志低っ
冬夜は自分の身に何が起こったのか暫く理解できなかった。
コックピットの中でけたたましく鳴る非常事態を報せるブザー音、ザーザーという音しか発しなくなったディスプレイ。
至るところで散っている設備の出血とも言える火花。
これらの不協和音が織りなす世界で暫く冬夜は状況が飲み込めずボンヤリとしていたが、突如正面から聞こえてきたバリバリという金属音に現実に引戻される。
「なぁっ?! あ……?」
その音はコクピット内の騒音が掻き消えるくらいに大きく、冬夜はそれが次第に自分に近付いてきている事に気付いた。
(ま、まさかちょっと……)
幾重もの装甲で覆われている筈の空間に隙間が出来てきた。
「……」
そこから外の光が差し込み、それが段々と増えてくる。
操縦という唯一の機能を失った空間で何もできなくっていた冬夜は、ただその光景を黙って眺めていることしかできないでいた。
最期にベリッと一際大きな音を立てて目の前の金属片を素手という意味が解らない力技で剥がしてきたのはやはりビルスだった。
彼は冬夜を見つけると「お」と言って溜息を吐くと、自分の後ろの方を向かって言った。
「見つけたぞー。たく、こんなことしないでちょっと破壊すれば直ぐ済んだのに……」
「ほほほ、まぁ仕方ないではありませんか。あんなのを見ればビルス様がとーや君を見つけるだけでも危なくないかあの子達が不安にもなるでしょう」
ふわりとビルスの隣に飛んできたウイスが微笑みながら言う。
「信用がないんだな」
「違いますよ。ただ怖がっているだけです。それよりほら……」
「ん? ああ……」
一通りウイスに愚痴を言った後に思い出したというようにビルスは黙って自分を見つめ続けていた冬夜に目を向けた。
「ほら、さっさと出るんだ。じゃないとアイツらが鬱陶しいんだよ」
「あ……」
アイツらというのは勿論エルゼ達のことだろう。
恐らくビルスは彼女達に乞われて自分をこの動かなくなった機体から助けに来たのだ。
『
冬夜は今更になって自分が置かれている状況を再認識して両の手で自分を抱きしめると俯いて震え始めた。
使い物にならなくなった自分の愛機、そんな状態に至らしめた者の強引という表しようがない方法を素で行える無茶苦茶さ。
彼はここに来て漸くビルスという存在に純粋な脅威的恐怖を感じるようになったのだ。
「おい、早く出ろってっ。……たく、もう……おい、ウイス!」
「はいはい、お任せを。ほいっと」
なかなか自分に注意を向けない冬夜に業を煮やしたビルスはウイスに後を任せる。
ウイスはそれを承諾すると杖の柄を一度冬夜に向けたと思うとそこからエルゼ達が立っている地面の方へ軽く振った。
「えっ」
そうすると驚きの声を上げている彼女達の前にまだ震えている冬夜がパッと一瞬で現れた。
「冬夜!」
「冬夜さん!」
「冬夜殿!」
三人が同時に駆け寄り彼の安否を確かめる。
冬夜は一瞬反応こそしたもののそれでもやはり俯いたまま自分を心配してくれている彼女達を見ようとはしなかった。
「大丈夫そうに見えたけど……。なぁ大丈夫だったよな?」
一見怪我などをしているようには見えなかったので大丈夫だと高をくくっていたビルスが下の様子にやや不安になってウイスに尋ねる。
「ええ身体的には問題は無いと思いますよ。このロボットの操縦者を守る造りはなかなかのものだったようですね」
ウイスは面白そうに杖の柄で動かなくなったフレームギアをコンコンと
「ふーん……。まぁ確かにアイツが危なくならないくらいの対応はしたつもりだったけどさ。結構しっかりしてたんだな」
ビルスもウイスと同じように手の甲で小突きながらそう言ったがその目は自然と神の方に向いていた。
「っ…………」
視線に気付いた神は即座に平伏する姿勢を取った。
ビルスが自分に目を向けた理由はいくらでも予想できた。
「何故更にこんな身の丈にあってない力を彼が持っていたのか」「使うにしても適切な運用ができていない」「恐らく破壊神が満足しない力の披露の仕方をした」etce...。
とにかく神がその時出来るのはただ心の底からビルスに謝意を伝える事だけだった。
「ま……」
そんな神にビルスは一瞥だけくれると特に彼に対しては何を言うこともなく、スーっと冬夜達が居る所へ降りていった。
「とーや」
ビルスの声に冬夜を含めた4人がビクリと震えた。
「とーや、取り敢えず僕を見るんだ」
最早彼に意見する気はさらさらなくなっていた冬夜は何とか気力を振り絞って視線だけをビルスに向ける。
「とーや、多分予想できていると思うけど、君が見せてくれた力に僕はハッキリ言って不満だ」
「……」
「まぁ僕としては君なりに頑張ってるなみたいなのが見れたりしていれば多少はまだ印象は良かったかもしれないけどね」
「がんば……って……?」
「そ。意味、解るかい?」
冬夜はビルスの問いに一度だけ深呼吸をして何とか一瞬だけ落ち着きを取り戻すとまだ若干震えている声で答えた。
「魔法とかも使わずに素手で挑戦すれば良かったですかね……?」
「んー、まぁそうだね。それなら君がここで冒険して身についた身のこなしとか見れたかもね。ま、それでも僕が納得するとは限らないけどさ」
「……」
「冬夜、君は強くない」
「!」
ビルスの無情な言葉にエルゼだけが怒りを露わにして彼にくってかかりそうになるが、それをビルスの後ろに控えていたウイスが自分の唇に指を当てて沈黙するようジェスチャーで伝えた。
そうすると不思議とエルゼは急に落ち着きを取り戻し、心中にまだ確かな憤りの感情がある事を認めつつも何とかそれを我慢することができた。
恐らくウイスが彼女に何かの術を行使したのは間違いなかった。
「強くないという意味が解るかい? とーや」
「……?」
「君は君が持つ魔法の力やあのロボットとかがなかったらどうなんだい? 君自身はどれだけ強いのかな?」
「僕自身、ですか……?」
「そう。精神でも体力でもいい。本当に君自身が生まれ持ったモノを君自身の努力で伸ばした力はあるかい?」
「……」
即答できない冬夜はただ沈黙することしかできなかった。
ビルスはそんな冬夜を見て言った。
「それが強さがないって事さ」
「……それじゃ、この世界は終わりですか……」
どうにもならない状況に冬夜は絶望した気持ちで訊いた。
ビルスの答えは分かり切っていたが、それでも直ぐに世界を終わらせるなんてとんでもない事は直ぐにはできないはず。
なら自分は最後にこの状況を招いた責任を取って親しい人だけでも何とかこの危機から逃す方法を考えなければ。
それは冬夜なりに誠意をもって考えた引き際だった。
だがビルスはそんな冬夜の心中を察したようにこんなことを言った。
「ん? もういいの? 素直に諦める潔さには感心するけど、僕は破壊すると決めたら直ぐだぞ?」
「えっ?」
4人の声が重なった。
どうやら冬夜以外の少女達も似たような事を考えていたようだ。
ビルスはそんな4人を前にして「まぁちょっとだけ教えてあげよう」と誰も居ない方向を向くと軽く、本当に軽く指一本で一回だけ地面に触れた。
「!?!!??!」
そこから起きた現象に4人は驚愕して言葉を失った。
ビルスが触れた地面に突如地割れが起こりあっという間に深い谷底を形成した。
「僕は破壊の神だ。僕が破壊しようと思えばこの世界はさっきみたいな軽い感じで一瞬で消えるよ。因みにこの地割れは破壊の力じゃない。僕自身の単純な力だ」
誰一人逃れようがない終焉に完全に4人は絶望した。
「さて……」
ちょっと可哀想だからもう一度だけ訊いてみるかとビルスが冬夜に声を掛けようとした時だった。
「すいません!」と彼より早く冬夜の方から膝を着いてビルスに縋ってきた。
「ん?」
「もう一度チャンスを下さい!」
「一度で済むと思ってるのかい?」
「……」
冬夜は何も言えなかった。
確かにビルスの言う通り今の自分では何をしてもビルスの期待に掠りもしないだろう。
ビルスが求めているのは自分が本当の意味で強さを持つ事だ。
その最低限の条件を満たせなければ神様にどんな助力を受けても同じ結果になる気がした。
「むぅ……」
同じ結論に達したらしい神が未練そうな唸り声を漏らす。
自分が彼を強化しても意味はない。
かと言って魔法に頼るわけにもいかない。
どうしたものかと必死に二人が必死に悩んでいる姿を見かねたのか意外にもビルスの方からとある提案をしてきた。
「いや、なんでそんなに悩むんだよ……。鍛えれば済む話じゃないか」
あまりにも単純にしてだからこそそれで済むわけないと思えるこの提案に神と冬夜は目を丸くした。
多分スマホ編は次話で終わります
Fate編も何とかしないとなぁ