あと少しだけヒロイン達も出ます
写真を撮らせてくれとお願いされた時、正直ビルスはそう願い出た動機を何かくだらない考えによるものだと胡散臭く思ったのだが、そういう風に思ってしまうのも冬夜のアンバランスな強さに対する印象がもたらした偏見とも思えたので、ここは素直に接待を受けることにした。
だがそんな彼が珍しく見せた自制も冬夜が自分から離れた場所で電話で話している会話の内容を漏れ聞いた時に無駄であった事が判った。
(ちょっと離れただけで会話が聞かれないと思うのも浅はかだけど、写真が自分が仕える神に情報を提供するためだったというのも……)
「はぁ……」
痒そうに耳を掻くビルスを見てウイスが尋ねる。
「どうかしました?」
「いや、小者だなってね」
「え? ああ、あの話の事ですか?」
「うん。まぁ自覚はないだろうし、もしかしたら初めてやっていることかもしれないけどさ」
「珍しくあまり機嫌を悪くされたりはしていないんですね」
「相手の事を把握していない状態でいきなりその事を知れば気分は悪くなったんだろうけど、こう事前に判ると、な」
「なるほど。それで如何されるおつもりですか?」
「取り敢えずアイツが仕える神らしいのが来るみたいだし、面白そうだから会ってみる。ソイツはアイツよりまともみたいだったしね」
「承知致しました」
つまらなそうな目で冬夜を眺めるビルスであったが、内心では山師達を破壊した後にいつもの気まぐれで気が変わってぶらつくのをやめて誰かが通りかかるまで寝て待つという方針に変更したことを後悔していた。
(あんなのに会うくらいだったら最初から適当にぶらついていれば良かったな……)
そうビルスが思い返しながら再び眠気に襲われそうになった時だった。
冬夜達の前に突如天空から眩しい光の柱が降りてきたかと思えば、その光の中から穏やかな性格をしてそうな風貌の白髪白髭の老人が現れた。
「神様!」
予想以上に早い参上に嬉しさと安心感から冬夜はいつもの調子で話しかけたのだが……。
「……」
「神様……?」
冬夜に神様と呼ばれた老人は横目でチラリと彼の姿を認めただけで特に声を掛けることもなくそのままビルスの方に進んでいった。
「ビルス様……」
片膝を突いて深く頭を垂れる老人にビルスは初対面ではあったものの、その態度で自分のことを知っている神だと把握し、厳かに頷いて言った。
「やぁ、来るのは分かっていたよ。君がここの世界の神かな?」
「は、この星を含め、いくつかの星々を担当させて頂いております」
「そっか。まぁ来た理由は敢えて聞かないでおいてあげるよ」
「……誠に失礼致しました」
神も最初から冬夜と自分との会話の内容がビルスにバレていないとは鼻から思っていなかったので、その場では一切弁明する事もなく再び深く頭を下げるのだった。
こうして早く訪れたのも、冬夜との会話を最低限の現状把握にのみに留めて直ぐに打ち切ったのも、勿論冬夜がビルスに対して非礼を働いてしまう可能性を少しでも下げる為だったのは言うまでもなかった。
ビルスもそれを理解していたからこそ彼の心情を慮り鷹揚に応じたのだが……。
「まぁとにかく、ちょっと訊きたい事があるんだけどさ」
「……存じております」
「そうか。で、どうしてかな?」
「どうして?」というのは何故冬夜に元々の資質に対して過大な力を与えたのかという疑問に他ならなかった。
神は最初からビルスが投げかける疑問はそれしかないと予測できていたので特に慌てる事もなく、しかし態度はとても恐縮しているといった様子でその経緯を正直に答えた。
「……なるほどね。過失で死なせてしまったから、か」
「神物質を用いて転生させてしまったという過失に関しては最初に犯してしまった過失以上に申し開きの言葉もございません」
「んー、まぁ僕にそれを責める義務とかはないんだけどさ。でもやっぱり気分は良くないよねぇ」
「誠に申し訳ございません!」
「まぁ僕が先にアイツの事を解って君は運が良かったよ」
「……」
『破壊神ビルス』神もその存在は噂でしか聞いたことがなかったが、送られてきた画像を見ただけで直感で噂は本当であったと確信した。
勿論付き人であるウイスの姿を認めたのも確信に至った理由の一つではあったのだが、やはりたった一度、画像ごしとはいえその姿を見ただけでそう感じることができたのは彼が紛れもない神であるという証拠と言えた。
そして今こうして直接対面して話しているわけだが、正直神はそれだけでも生きた心地がしない気持ちだった。
ただ会話しているだけだというのにビルスからは格の違いという言葉では不足と言えるほどの抗ってはならない力の違いを感じた。
(傲岸不遜、さらには気分屋……。性格に関しては良い噂は聞いたことはない……が、直近お目覚めになってからは、理由は定かではないが大分マシになったという。これに期待するしかないのう……)
「…………」
自分が慕い、最も頼りしている人が初めて会い、それも内心では良い印象を持っていない者に対して平身低頭している。
その様子を見守っていた夜冬の心情ははっきり言って愉快ではなかった。
何故あそこまでへつらわないといけないのか。
彼がそこまでする過失を犯したとは思えない。
傍から見てるだけでもビルスが格上の存在であることはもう冬夜にも理解できていたが、そうだとしても頭を下げる神を見下ろすビルスの面白くなさそうな顔は、冬夜にはまるで自分の親が虐げられているようでとても気分が悪かった。
「冬夜……」
「冬夜さん」
「冬夜殿……」
そんな彼の心情を気遣ってか婚約者達が心配する表情で冬夜の手、あるいは肩に触れてきた。
冬夜は知らないうちに自分が固く拳を握りして締めていた事に気付いた。
どうやら自分のそんな様子と硬い表情が彼女たちを不安にさせてしまったらしい。
(いけないいけない)
冬夜はパンパンと軽く自分の頬を叩くと努めて笑顔を作り振り向いて彼女達に言った。
「ごめん、なんでもないよ。心配しないで」
「そ、そう?」
エルゼは初めて見る冬夜の強張った表情に尚も不安を拭えないでいた。
今まで仲間が害されて彼が憤る姿を見たことはあるが、今回の彼からはそれとは違う余裕のなさからくる人間らしい感情を彼女は感じた。
「人間らしい感情」普通の人が聞けばまるで人間ではないような言い表し故に不快に思われる事だろう。
しかしこと冬夜に限って言えばどんな有事の際でも常に正義の側に立ち、かつ勝者であった。
故に彼は稀に怒りの感情こそ見せることはあれど、それは自分の力で必ず相手に勝つことができる事を前提としていたものであったし、だからこそそんな時でも彼からは常に余裕を感じられた。
だがそんな彼は今、初めて怒り以外の感情で表情を曇らせ、人間らしい余裕のなさを周囲に察せられるにまで至っている。
今までがあまりに順調、それ故にその流れに少しでも変化が生じてしまうと周囲の者も彼に依存していたが為にただ不安を感じるだけで、少しでも有効そうな行動をなかなか能動的に起こせない。
これは冬夜というこの世界において完璧な強者が彼を取り巻く全ての全ての味方にもたらした明確な欠陥であった。
エルゼと同じ心情になるのに時間はかからなかったリンゼと八重も心配するなと言う冬夜を見てもなかなか胸の裡に湧いた不安は晴れなかった。
「アイツ、僕のこと気に入らないみたいだな」
「ッ! そ、それは誠に……」
ビルスは直接本人を見なくても自分に向けられている一際目立った感情に初めて面白そうに目を細めた。
神はそんなビルスの様子に慌てふためき謝罪をしようとするのだが、意外にも彼は特に気分を害した様子を見せることもなくやんわりと手で制するのだった。
「大丈夫、別に怒っちゃいないしこの世界を破壊する気もないよ。ただちょっと面白いことを思いついてね」
「お、面白い事でございますか?」
「うん。ちょっとアイツ……とーやだったっけ? とーやと少し話がしたい」
「それは……」
「君もアイツが僕を不快にさせる可能性があるのを解っているなら、アイツの何が問題なのかも解っているだろう?」
「は……」
「まぁどうなるかはアイツ次第だけどさ。君だってこんな事が何度もあると困るはずだ。なら今の内にマシにできるならした方がいいよね?」
「では私にお任せを」とは神は言えなかった。
元はと言えば自分の甘さが彼を増長させたのだ。
「君の心配も解るよ。でもアイツがあのままなのはちょっと僕嫌なんだよね。まぁ少し前の僕ならそう感じただけで星ごと消していたところがそうでないってだけで運が良いと思う事だ」
「……畏まりました」
「よし、アイツを呼んできてくれ」
ビルスは話の最後にこれから何が起こるのか不安で仕方がないといった様子の神を一瞥だけすると、此処に来るまでに会った様々な者の顔を思い浮かべながら冬夜の可能性を確認することにした。
太郎君のビルス様との本格的な交流は次話からの予定です