デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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原作読み直してて違和感があると思ったら、天宮市で起こった空間震は別に二番目の精霊でも何でもなかったという。
このままでもいいかなぁと思ったのですが、一応一話を修正しておきました。特にストーリーに変更はありません。


第七話:〈ウィッチ〉

 

 日が昇り、朝となる。

 千璃は二度寝を決め込んでいるため部屋の中で下着姿のままだ。

 結局、早朝に手に入れた人形は部屋に飾っておくだけで特にアクションを起こすわけでもない。士道と少女の関係性しだいといったところだろうが、ずっと見ていられるほど千璃とて暇ではない。

 やることならいくらでもある。情報収集もそうだが、接触しなければならない存在が数名ほどいるのだ。

 それは先日連絡をとれた「時崎狂三」という少女と、千璃が「ネームレス」と呼ぶ存在。

 前者はさておき、後者はどこにいるとも知れない存在だ。そう簡単に見つかるとも思っていない。

 だが見つけなければ話にならない。「ネームレス」は千璃にとって重要なピースある以上、どうにかして見つけなければならないのだが──。

 

 金髪の青年は下着姿で爆睡している主を見て、嘆息した。

 今日は本来少し遠出をしてDEMインダストリー──デウス・エクス・マキナ・インダストリーの略である──の情報を集めようと言っていたのだが、当の本人が爆睡している以上は自分が行かなければならないなと考えていた。

 DEMの社長であるアイザック・ウェストコット。そしてその秘書として動くエレン・メイザース。

 この二人は千璃の探す怨敵だ。彼らの目的は知らないが、青年としても彼らを生かしておくのは得策ではないと思っていた。

 

『……面倒なものだな』

 

 青年は小さく息を吐く。

 実際のところ、世界的な大企業であるDEMインダストリーの社長であるウェストコットはすぐに見つかった。エレンも立場を考えれば見つけることは容易であろう。

 そして、ウッドマン。この男は多少気を使っているのか、すぐには情報が手に入らなかった。 

 しかし本気で見つけようと思えば見つけられる程度のものだ。<ラタトスク>などという組織を作ってこそこそとやっているようだが、青年にとってそれは子供の遊び程度でしかない。

 今はまだにしろ、いずれ決着をつけなければならないだろう。

 

 ──願いを叶えるためならば、方法は問わない。

 

 

        ●

 

 

 結局、千璃が起きたのは昼過ぎだった。

 寝起きは頭が回らないのか、ぼさぼさの金髪をそのままに部屋の中を下着姿でうろうろする。なんというか、千年の恋も一目で覚めてしまいそうなほどだ。

 千璃が寝ている部屋というか家は一応店長から借りた家というか部屋なのだが、店長の家でもあるので店長が入ってくる可能性もある……はずだが、千璃は彼のことを全く警戒していないようだった。

 というより、警戒する必要さえないと侮っている様子である。ただの人間である以上、その判断も仕方のないものなのだろう。

 しばらくした後で買ってきたデニムと七分丈の赤いパーカーに袖を通して着替え終わると、近くのコンビニで昼食を購入して食事をとる。ついでに一服した後、ようやく千璃は動き出した。

 

「あー……雨の日にバイク乗りたくないなぁ……」

 

 霊装を纏えば話は別だが、あれはASTや<ラタトスク>に居場所がばれるのであまりやりたくない。隠ぺいも可能ではあるが、四六時中そちら側にまで気を張ってられないのだ。

 なのでおとなしく傘をさして雨の中を歩き回る。

 今日の目的はDEMの情報収集だったはずが、何時の間にか士道とよしのんを探すことになっていた。情報収集は千璃の『天使』でもある青年が勝手にやってくれるだろうという考えである。他力本願もここまで行くといっそ潔い。

 ASTのデータベースをハッキングして盗み出した精霊の情報をタブレット端末で確認しつつ、街中を歩き回る。

 

「<プリンセス>、<ハーミット>、<ナイトメア>、<イフリート>、<ベルセルク>、<ディーヴァ>、<ウィッチ>、ねぇ……」

 

 <イフリート>は五年前に一度だけ出現した精霊。<ベルセルク>はたいてい空中に空間震を起こすために認知度は低いものの広域に高速移動することで被害や一般人によって目撃されるものの、素顔などはばれていない。<ディーヴァ>は最近出現した精霊で、まったくもって情報が存在していない。

 それ以外の精霊に関してはいくらかデータがあるものの、千璃としてはどの『天使』の所有者かわかればいいのであまり興味はなかった。

 気性や性格など、実際に会ってみなければ到底わかることではない。データとして残っているからこれは正しいとは絶対に言えないのだ。

 

「……あん?」

 

 ふと視界に入った人物のほうを向き、その顔をよく確認する。

 緑色の長い髪。作り物めいた端正な顔立ち。男を虜にし女を嫉妬させる体つき。横顔ではあるがエメラルドの瞳もよく見える。

 丈の短いスカートと胸元を大きく開いた扇情的な服装をしており、言い寄ってくる男たちを困り顔で、しかし満更でもなさそうに断っていた。

 千璃はもう一度タブレット端末に目を落とし、数度スライドさせて<ウィッチ>のページで止める。──そこには、目の前の美女と全く同じ顔の女性が映っていた。

 おもむろに煙草を取り出し、一本口にくわえてライターで火をつける。

 空間震を起こさない静粛現界と呼ばれる方法があることは知っているが、まさかこうも簡単にほかの精霊が見つかるとは思わなかった。

 千璃の目的としては、まず精霊に"反転現象"を起こさせないこと。"反転"した場合は対処が非常に面倒であるため、出来る限りそれは避けたいのだ。

 第二に士道に封印させることで『精霊を一か所に集める』こと。隣界に帰すと場所がわからなくなる以上、この方法が一番確実な方法だ。

 

 故に、とる行動は『士道と精霊を出来る限り好意的に接触させる』こと。

 

 とはいえ、流石に二体の精霊を同時に相手させるほど千璃は鬼ではない。今は彼女と接触しておくだけで十分だろう。

 そう考えて<ウィッチ>と呼ばれる精霊に接触することにする。

 

「こんにちは」

 

 煙草を携帯灰皿に捨て、にこやかな笑顔を浮かべつつ接触を図る。周りにいた男たちは千璃の姿に驚きつつも道を譲り、女性の目の前まですぐに行くことが出来た。

 千璃が声をかけてきたことに少し驚きの表情を浮かべた女性だが、すぐににこやかに笑みを浮かべてそれを隠し返答する。

 

「こんにちは。ふふ、どうして私に声をかけたのかしら?」

「失礼ですが、名前を教えていただけませんか?」

「構わないわ──七罪よ」

「では七罪さん──『精霊』である貴女に話があるのだけど、少しいいかしら?」

 

 周りの男に聞こえないよう耳元でいう言葉に、今度こそ隠せないほどに驚く七罪。

 精霊だとばれたこともそうだが、目の前の女性が精霊だとわかって接触してきたことが驚きなのだろう。今まで精霊だと知って接触してきたのはASTのみだとすれば、その反応はある意味当然だ。

 士道はいまだ彼女のことを知らないだろうし、<ラタトスク>としても静粛現界した精霊を感知する術はない。

 だが七罪としても初めての好意的な接触に興味が湧いたのだろうか。周りの男どもを一蹴しつつ近くの喫茶店へと入る。

 二人とも同じカフェオレを頼み、店の奥で話を聞かれないようにしつつ会話を始める。

 

「──それで、どうして私が精霊だと知っているのかしら」

「ASTのデータベースには貴女の情報が幾らか載っているの。私はそれをハッキングしてコピーしたから、貴女の顔を知っているのよ」

「なるほどねぇ……もしかして、貴女も精霊なの?」

「いえーす」

 

 徐々に砕けた話し方になっていく千璃に対し、七罪は依然口調を変えずに運ばれてきたカフェオレを含む。

 暖かいカフェオレは、春先とはいえ雨の降って気温が低下している今日のような日には丁度いい。一息ついたあと、会話を続ける。

 

「同族を見つけたから仲良くしてほしいって、私のところに来たのね」

「まぁ、近いといえば近いんだけど……厳密にはちょっと違うかなぁ」

 

 千璃とほかの精霊が仲良くしたところで特に何があるわけではない。重要なのは精霊を士道に惚れさせることだ。それ以外は全て些事に過ぎず、意味などない。

 千璃に対する好感度などあろうがなかろうが関係ない。千璃の悲願を叶えるために必要なピースとしてそれは存在しないのだ。

 

「私は貴女と仲良くする気はない。──でも、貴女の性格思考その他諸々を知っておくと色々得なのよね」

 

 だから、

 

「ちょっと喧嘩しようか、<ウィッチ>」

 

 七罪が飛び退くのと空間震警報が鳴り響くのは全くの同時だった。

 人一人殺すのには十分すぎるほどの濃密な殺意を向けられる中で、七罪は虚空より現れた一本の箒を手に持って千璃へと向ける。何もただの箒で戦おうというのではない。これ(・・)が七罪の『天使』だ。

 空間震警報が鳴り響いたことにより、店員も客も皆慌てて店の外へ出て地下シェルターへと向かう。

 しかしこの店に残った二人、千璃と七罪だけは互いに視界に収めたまま対峙して動かない。

 それもまた当然。わずか数メートルの距離では互いの射程範囲内。迂闊に動けば先に発動した『天使』にやられることになる。

 

「ああ、一応言っておくと今の空間震警報は気にしなくていい。私が意図的に鳴らしたものだからさ」

 

 空間震が起こる場合、事前に空間が歪む。その現象を察知して警報を鳴らすのが空間震警報というシステムだが──千璃はそれを逆手に取り、空間震発動一歩手前まで発動しかけてキャンセルしたのだ。

 通常精霊が現れる際の余波とされる空間震だが、精霊がその気になれば自分で空間震を起こすことも可能である。

 だからと言って、発動直前にキャンセルするなどそう容易く出来ることではないのだが。

 

「さぁ、思う存分喧嘩しようか。<贋造魔女(ハニエル)>の所有者ちゃん」

「私の『天使』のことまで筒抜けってわけね……だったら、こうしてあげるわ!」

 

 一般人に被害を出さないための空間震警報だ。対峙している間だけである程度時間を稼いだため、今町に人はいない。被害を気にする必要もない。

 故に、という訳ではないにせよ、躊躇なく先端部が宝石のように輝く箒を千璃へと向ける七罪。そのまま一回転させ、箒の先端部を光らせた。

 すぐには霊装を纏わず、座っていたテーブルを倒して七罪の視界から自分を消す。するとテーブルが見る見るうちに小さくなっていき、最終的には手乗りサイズの大きさになった。

 それに驚いたのは、千璃ではなく七罪。

 まるで自分の行動が予測されているかのような動きにわずかな恐怖を感じ、さらに後方へと距離をとった。

 

「距離をとるだけじゃ喧嘩は勝てない。もっとも、武器があるなら話は別だけど──」

 

 椅子から立ち上がり、カフェオレを飲み干した千璃はカップをそのまま七罪へと投げつける。七罪はそれを躱し、もう一度箒の先端部を光らせて能力を発動させる。

 次は避けられない。確実に千璃を『贋造魔女』の力の影響下に置けた。

 そう確信して笑みを浮かべる七罪だが、千璃から放たれる明確な殺意が彼女の体を勝手に動かした。

 

「ヒュウ。中々いい勘してるじゃん」

 

 放たれたのはパンツァーファウスト。いわゆる『対戦車擲弾』とよばれるものだ。

 ピンを抜いて敵のやや上方向を向けていれば、山なりに射出されて敵を破壊する戦争用の兵器。かつてドイツ軍が使っていたそれを、霊力で構成して七罪へと放った。

 距離が近かったためにとっさに避けた七罪はしかし、店の壁に着弾して発生した爆風で姿勢を崩す。

 閃光に包まれた千璃のほうを見れば、ASTが来ているワイヤリングスーツとそっくり──というよりそのものを着用していた。その隣には射出済みのパンツァーファウストが一本と、未だ射出されていないものが二本ほど空中に浮いている。随意領域(テリトリー)によって支えているのだろう。

 いや、見るべきはそこではない。

 ──閃光が消えた時、千璃の姿が幼くなっていた。

 

「ふむふむ。まぁよそうどおりか。……とはいえ、これでわたしをどうこうはできないかなぁ」

 

 舌を動かす筋力さえ退行しており、発音さえままならない。厄介な能力ではあるが、千璃にとって<贋造魔女>とはトリッキーではあっても脅威ではない『天使』の部類だ。

 体に合わせて小さくなったワイヤリングスーツとそのままの大きさであるCR-ユニットがアンバランスな印象を与えるが、千璃はさして気にした様子もない。

 驚いたのはむしろ七罪のほうで、精霊だといった千璃がASTの兵器であるCR-ユニットを使っているのだ。本来精霊にCR-ユニットが使用可能かどうかはさておき、『天使』という強大な力をその身に宿す彼女たちがわざわざ扱いづらくさして強い訳でもないCR-ユニットを使う理由がわからなかった。

 

「あ、あんた……なんで精霊の癖にASTみたいな……いや、そういうことね。自分が精霊って言って油断したところで私を叩こうっていうわけ?」

「そんなこざいくはしないってば。つかれるからあんまり『てんし』をつかいたくないだけ……それに、これもあるいみわたしの『てんし』なんだよねぇ」

 

 使うの必要最低限の力で十分。とはいえ、視界に入っている以上は今出しているパンツァーファウストも対処されてしまうだろう。遠距離兵器も近距離兵器も基本的には七罪にとってほとんど害にならない。

 七罪の持つ<贋造魔女>はそういう能力だ。正面から対峙しても碌なダメージは与えられない。ある意味脅威の『天使』だ。

 それは彼女とてわかっている。だからあえて挑発する。

 

「あいてはしょせん『てんし』でじぶんをいつわってるおくびょうものだし」

「……何が言いたいのよ」

 

 まるで七罪の正体を知っているような口ぶり。

 実際に姿を見たわけではないのだろうが、作り物めいた顔立ちといい、『天使』が<贋造魔女>であるあたり、予想は可能なのだろう。

 所有する『天使』から所有者自身の性格などを予測する。『天使』の能力などを熟知している千璃だからこそ出来る芸当であった。

 

「べつに。わたしがききたいのはひとつだけ──あなたは『わたしをみて』と『わたしをみないで』、どっちがいいの?」

「──ッ!?」

 

 それは七罪にとって究極の問いに等しかった。

 まるですべてを見透かしたような言葉に目を見開き、歯を食いしばる。

 

 ──一体この女が私の何を知っているというの。小さくなってもなお衰えない美しさを持つこの女が、私のようなブスに対して何を考えているかなんて馬鹿でもわかる……ッ!

 

 輝くような金髪を横に払い、右手に出現させたブレードの調子を確かめる。その一連の動作さえさまになっており、七罪は憎しみさえこもった眼で千璃を見る。

 肉体能力は落ちて、『天使』も使わずASTの真似事をして、それでもなお勝てると豪語する少女。その余裕さえ存在する笑みに七罪は沸点を超えた。

 

「何も、何も知らないくせに……ッ! 私のこの姿を見て誰もが羨む! 妬む! 本当の私(・・・・)なんて誰も見てくれない! それがお前になんかわかるもんかッ!」

「さぁ。そんなこといわれてもわたしはきょうみないし。──ひとついえるのは、あなたがこのままいつわりつづけてもなにもかわらないってことだけ」

 

 七罪の振るう<贋造魔女>自体には殺傷能力はほとんどない。しかし、その能力の特性上『殺傷能力のあるもの』に変えることはできる。

 千璃の持つブレードとそっくりになった箒は確かに殺傷力を持ち、霊装でさえ切り裂く。

 それを見て笑みを浮かべる千璃は、挑発するように指を動かした。

 馬鹿にしている。リーチも筋力も退行した身体能力ではまともに戦うことなどできはしないというのに。

 

「ああああああああああああああああああアァァァァァァァッ!!」

 

 七罪には決して剣術の心得があるわけではない。だから彼女は力任せにブレードをふるうだけ。

 しかし身体能力の差というのは馬鹿に出来ないもので、精霊である以上は並の人間など力任せに両断できる。刃を立てる必要さえなく、ただ力任せに。

 一方の千璃もまた剣術の心得などない。だが彼女は七罪よりも冷静で、体の使い方が上手かった。それだけの話。

 数度に渡る剣戟は力任せに振るう七罪とそれを容易く受け流す千璃の攻防。

 薄皮一枚まで絞って密度を上げた随意領域(テリトリー)によって筋力を補正し、振るわれる剣を弾いて受け流すだけの単調な作業。

 

「……やっぱり、せんとうむきじゃないねぇ」

 

 故に見切る時間もまた早かった。乱雑に振るわれる刃をすり抜けて肉薄することなど簡単と言わんばかりに、千璃は容易に懐に潜り込んで刃をふるう。

 リーチが短かったのが幸いしたのか、七罪はバックステップでそれを避けるもやや深く切り込まれてしまう。

 流れ落ちる血の雫が己の腹から出ていると知り、必死にそれをせき止めようと手で押さえる。しかしそれでも絶え間なく流れ出す血は手を汚し、地面を汚し、まるで命が流れ出ているのではないかと錯覚させた。

 まともに戦ったことなどない七罪が近接戦闘を挑んだことがまず間違い。

 仮にも魔女を名乗るのならば、直接的な戦闘ではなくこの場は逃げて暗殺でも企めばよかった。

 

「あ、ああ、血、血が……ッ!」

 

 痛い。痛い。痛い。

 内臓までは傷ついていないとはいえ、その傷は浅くない。

 チカチカと明滅する視界。今まで感じたこともないような苦しみ。与えられ続ける不快で強烈な刺激。気絶することも許さない痛みが全身を駆け巡り、苦悶の声を上げさせる。

 こうなれば最早勝負は決した。七罪の体を霊装ごと切り裂いたことで『天使』の力が解けているのか、千璃の肉体も元通りに戻っていく。

 優先度でもあるのか、七罪の体は未だに変身が解けていない。そこまでして見せたくない本当の姿とやらに千璃は興味が湧いてくる。

 一歩踏み出した千璃に恐怖し、七罪は後ずさって涙を浮かべる。

 

「い、いやっ……死にたく、無い……ッ!」

「別に殺さないって。大した経験値にはならなかったけど、まぁ直接的な戦闘には向いてない<贋造魔女>だしね」

 

 予想の範囲内とばかりに肩をすくめる千璃。ブレードを腰の鞘に収納して武装を解く。これ以上やっても意味はないと判断した。

 七罪の思考もある程度はわかった。面倒くさい性格をしているが、決してどうにかならないレベルではない。あまりにひどいようなら霊結晶(セフィラ)だけ回収して別の誰かに、とも思ったものだが。

 

「それより、喧嘩は終わりにしましょうか。そろそろASTも来るころだし、のんびりしてると面倒だしね」

 

 七罪は<贋造魔女>の力で傷をある程度ふさぐことが出来る。動揺している七罪にそれを指摘し、ある程度マシになったところで千璃の部屋へと連れていくことにした。

 そこなら千璃が医療用顕現装置(メディカルリアライザ)を用意できる。その旨を七罪に伝えた。

 いまだに千璃を警戒しているのか、ある程度の距離を保ったままの七罪だが──さすがにこの状況でASTの相手をするくらいならと判断したのだろう。痛みに顔をしかめつつ、立ち上がって千璃の傍へと歩いていく。

 

「よろしい。またあとで話をするとして……」

 

 周りでひっきりなしに行われているASTと本部との会話を傍受する限り、既に喫茶店の周りを取り囲むようにしてASTが配置されている。中にいる精霊が出てきたら逃がさないためのものだろう。

 真正面から出て薙ぎ払うのも悪くはないが、時間をかけるのも面倒なのでもう一度空間震を起こしかける(・・・・・・)

 ASTとて人間だ。空間震に巻き込まれれば一溜まりもなく死亡してしまう以上、避けなくてはならない災害だ。それを利用してASTを追い払う。

 霊力は隠ぺい可能だ。七罪もそうだし、千璃とて同じように隠ぺいしている。そうでなければ町で暮らすことさえままならないだろう。

 

「ほかに聞きたいことはある?」

「貴女……どうして、ASTみたいな格好してるの?」

「ああ、これ? ASTの基地から盗んできたのを改造したの。魔力じゃなくて霊力で動くようにね」

 

 脳に多大な負担をかけるCR-ユニットなど『天使』の下位互換でしかない。だがそれが科学技術の一部である以上、千璃にとっては己の武器にすることはたやすい。

 ──もっとも、どちらが先(・・・・)かは千璃とてよく分かっているのだが。

 それはさておき、随意領域を使って七罪の体を支え、その要領で空中を移動することにした千璃。当然近くにはASTも人もいないため、比較的すぐに家までたどり着けた。

 雨も弾けるので楽なものである。

 

「さて……士道君のほうはうまくいってるかねぇ」

 

 部屋に置きっぱなしにしたまま忘れていた人形を視界に入れ、千璃は小さくつぶやいた。

 




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