デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第六話:準備

「まだ通信は復旧しないの?」

「どうにも何者かがジャミングをかけているようで、通信を復旧するには大本を取り除かない限りは……」

 

 琴里がイライラした様子で話すと、隣にいた神無月が報告をする。

 士道がデパートの中へと入り、よしのんと少しずつ距離を縮めている最中にこの状況。何物かが意図的に作り出した状況という以上、士道の身に危険が迫っている可能性もある。

 作戦の要である以上に士道のことを大切に思っている琴里としては、現状は気が気でない状況だった。

 遠距離からバイクが疾走してきて、ASTを爆発で薙ぎ払ったと思えば狙いすましたかのようにデパートの中へと侵入。更には通信妨害など、狙っているとしか思えなかった。

 

「一体何者よ、アイツは……」

「反応から考えるに精霊だと思われますが、空間震は<ハーミット>以外に確認されていません」

 

 ならば十香の時と同じ静粛現界か。そう考えたところで、士道が言っていた言葉を思い出す。

 あちら側に帰れない(・・・・)精霊、樋渡千璃。

 精霊を知るものとしては一笑に付してしまう現象だが、ことここに至ってはその言葉を無視できない。──確認してみれば、数日前に現れた<サイレント>と反応が同じなのだ。静粛現界という可能性もあるが、これだけピンポイントで同時に精霊が現れるだろうか?

 恐らくは物質を生み出す『天使』の力を有して、何故かほかの精霊と接触しようとする。その行動に目的があるのだと思うも、それが何か想像もつかない。

 

「後手に回るしかないなんてね……<サイレント>か。出来る限りデータを集めなさい」

「しかし、現れるたびに通信を妨害されるのでは攻略の手助けが出来ませんが」

「その時はその時よ。士道に出来うる限りのパターンを覚えさせるしかないわ」

「パターンを構築出来るほどデータが集まればよいのですが」

 

 ネガティブなことばかり言う神無月の尻を蹴飛ばし、恍惚とした表情になったのを無視して言葉を続ける。

 

「妨害をなんとしてでも突破しなさい。今後邪魔される可能性がある以上、放ってはおけないわ」

 

 士道に危害を加える気なら先日初めて会ったときにできたはずだ。だから今回会っていても危害を加えることはない。

 琴里はそう考え、手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握りつつ報告を待つ。二人いっぺんに攻略するなど難易度が高いどころの話ではない。しかも片方がいればこちらからの手助けは出来ない。

 最悪の事態を想像しつつも、士道なら大丈夫だと心を落ち着ける琴里。船員たちもそんな琴里を心配するが、自分の仕事をきっちりやることが事態の改善につながると信じてジャミングの解析を急ぐ。

 それから十数分ほど経っただろうか。

 ノイズ交じりに映像と音音が回復し始める。

 

「ジャミングが解けました! 映像、音声ともに復旧します!」

 

 徐々にノイズが解けていき、琴里がマイクを使って士道の安否を確認しようとした矢先、それは起こった。

 琴里が言葉を告げるよりも早く、銃声が響いたのだ。それと同時に解け始めていた映像のノイズが無くなり、完全に沈黙する。

 破壊された、と理解するのに時間はそれほど必要なかった。

 

「──ッ!? 士道、返事しなさい! 士道!!」

『そんなに叫ばなくても聞こえてるわ。ただし、士道君ではないけどね』

 

 聞こえてきたのは見知らぬ女の声。

 映像がないからわからないが、おそらく相手は樋渡千璃だろうと琴里はあたりをつける。士道の近辺にいるとすれば、まず確実に彼女が最初に候補に挙がる。

 何が目的で士道の持つインカムを使ったのか、それが問題だ。

 

「……貴女の名前を教えて貰えるかしら?」

『士道君から聞いているでしょう? 私は樋渡千璃。あなたたちが<サイレント>と呼ぶ精霊よ」

 

 やはり、と唇をかみしめる。

 何が目的かわからないが、映像を撮らせないようにしたあたり、身を隠すのを徹底しているというべきか。いや、どちらかと言えばこの話し合いの間でどう動くかを予測させないためのものかもしれない。

 現場には代えの効かない存在がいる。ゆえに下手な返事を返せない。──最初に銃器を持っていると宣言したのだ、士道の命は手の内にあるという事実を突きつけただけなのだろう。

 如何に士道が『コンテニュー可能』とはいえ、それが何度も続いては本当に生き返ることが出来るかどうかも怪しい。

 回数制限が無いと誰が言った。

 物事には全て限界があるのだ。ならば、危険に晒さないことはこの交渉の前提条件。

 

「何が目的?」

『あなた達に聞きたいことがあるの──心配しなくても、愛しのお兄ちゃんは無事よ? インカムを貸して貰ってるだけ。怪我をさせるつもりもないし、現状あなた達と敵対するつもりもない』

「だったら、士道が無事だって証拠でも提示してほしいところね」

『じゃあ、はい』

『いや、はいって……ここで俺に渡されても正直困るんですが』

『君の妹が君の無事を確かめたがってる。それは君も聞こえてたでしょ?』

『いや、そりゃ聞こえてましたけど』

 

 やや遠いが、二人の会話が<フラクシナス>へと送られてくる。緊張感が無いというべきか、士道はどうにも危機感を感じていないらしい。

 舌打ちをしながら、琴里は二人がどういう関係性を築けたのかを想像する。

 先ほどの会話から、少なくとも軽口が効けるだけの間柄であるというの十分想像可能だ。そして琴里と──ひいては<ラタトスク>と敵対するつもりもないと言っている。

 目的については士道から聞き出したと考えるべきだが、それは最終的に彼女の霊力を封印させてくれることに賛同したということなのか。そうであれば随分と楽になるのだが、聞きたいことがると言っているあたり、何か個人的な目的がるとみるべきだろう。

 琴里が考えをまとめ切らないうちに、千璃が声をかけてくる。

 

『考え込んでいるところ悪いけど、単刀直入に聞くわ──「ウッドマン」って名前に聞き覚えはある?』

 

 ウッドマン。

 その名前は、少なくとも琴里には聞き覚えがあるし、士道が知らないはずの人物の名前だ。

 そして、彼女が琴里にそのことを聞いてきたのだとすれば、確実に<ラタトスク>にウッドマンという存在が関わっていると確信しているのだろう。

 どう答えるべきか。琴里が悩んでいる間に、千璃は次の言葉を発していた。

 

『エリオット・ウッドマン。その名に聞き覚えがあるのなら肯定。無いなら否定。簡単でしょう? 何を悩んでいるの?』

 

 確かに答えるのは簡単だ。だが、その男は琴里にとっての恩人である。

 彼女の言葉は、まさに恩人を売れと言っていることに等しいのだ。許容できるはずがない。例え本人が教えることを許しても、琴里が彼の不利益になることを進んでやりたがらない。

 だからと言って黙秘すれば、現時点では「敵対する気はない」という彼女を敵に回す可能性がある。しかも近くには士道がいる状況となれば、交渉が決裂した瞬間に人質にされるもしれない。

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。

 そんな琴里の様子を知らず、千璃は言葉を続ける。

 

『あの男は優しいから、貴女が話したとしてもきっと許してくれるわ。そうでしょう? あの男は寛大で、貴女のことを案じている。もちろん士道君のことも。士道君が危険な目にあっていたといえば、あの男も何も言わないでしょう』

 

 まるで遅行性の毒のように、その言葉が琴里の脳内へと緩やかに侵入してくる。

 思考が纏まらない。人をそそのかす悪魔のように話す彼女は、ただ穏やかに、感情を読み取らせないように話している。これでは彼女の目的を推し量れない。

 神無月が近くで何かを言っているが、まとまらない思考の中でその声は雑音にしか聞こえなかった。

 どうすれば。そう思っていた時、琴里の口は勝手に動いていた。

 

「……あなたは、彼に会ってどうするつもりなの?」

 

 その瞬間、琴里は千璃の端正な顔が笑みを浮かべて歪むさまを幻視した。

 

『秘密よ』

 

 

        ●

 

 

 士道は大きく息を吐いて、ソファに体を沈み込ませる

 今日は酷く疲れた。昼休みに空間震警報が鳴り、そのまま<フラクシナス>に回収されてデパートへ行き、よしのんとデート。途中で千璃が混じり、最後は千璃が<ラタトスク>相手に話し合い。

 あれを話し合いと言っていいのかはさておき、士道は一旦学校に戻ってから家に帰ることにした。

 十香にひどく心配されたが、怪我一つないとわかるとホッとしたのか、よかったと抱き付かれてしまった。

 そのあとまたなんやかんやとあって、士道は家に帰ってきた。

 

「あー……疲れた」

「まるで中年オヤジのようなセリフだな、シン」

「いや、あのピリピリした空気の中に居たら疲れもしますよ……」

 

 口の端を上げて笑みを浮かべる千璃はひどく魅惑的だったが、それ以上に恐怖を誘うものだった。

 「ウッドマン」という男についての情報を得た千璃は、これ以上用はないとばかりに背を向けてバイクにまたがり、ヘルメットをかぶってどこかへ行ってしまった。

 結局、彼女は「ウッドマン」という男のことを知りたかっただけなのだろうか。士道の知らない人物だが、琴里は知っていた。おそらくは<ラタトスク>における琴里の上司のようなものだろう、と士道はあたりをつける。

 千璃が何故知っていたのか、という疑問はあっても彼女は決して答えてはくれないだろう。確実にはぐらかされる。

 令音は斜め前のソファに座って砂糖を大量投入したコーヒーを飲んでおり、彼女は彼女で琴里のことを気にしているようだった。

 

「……琴里は大丈夫なんですか? かなりイライラしてたみたいですけど」

「してやられたからな。流石に経験が違うのだろう、と言っても聞く耳を持たない。彼女がここまでイライラした様子や嫌悪感を見せるのも珍しい」

「そうですね……俺も、あんな琴里は初めて見ます」

 

 千璃にウッドマンに関することを知られ、自己嫌悪と「してやられた」という怒りで癇癪を起しかけた琴里も今は落ち着き、上司に報告している最中らしい。

 一月前に士道が折紙に腹を撃ち抜かれた時も動揺すらしなかった琴里が、たかだかインカム越しの千璃との会話であれだけ動揺するのはおかしくも思うが……まぁ、内容にもよるのだろう。

 どのみち士道は教えて貰えないだろうと思っていたし、あんまり関係ないなら知らなくてもいいかなと思っていた。

 だが、どうしても琴里があそこまで動揺したのか。それだけが気になる。

 

「……シン。これは琴里にもあとで伝えるつもりなのだが」

「なんですか?」

「樋渡千璃。彼女がインカム越しに話している間、わずかだが霊力の反応があったんだ」

「それは……千璃さんは精霊ですし、霊力があるのは当然なんじゃ?」

「いや、彼女自身とは別に、<フラクシナス>の音声出力部からも霊力反応が確認された」

 

 そんな細かいところから霊力反応を検知できるとは凄いと思うのだが、観測機がある以上は可能なのだろう。

 しかし、それが先の話にどうつながるかがわからない。

 第一、何故音声出力部から霊力反応が出たらおかしいのか。──理由の一つとしては、音そのものが人の精神に影響を与えるものだからだ。

 音楽がそうであるように、音は人の感情の躁鬱をあるていど操作することが可能だ。催眠術だって視覚か聴覚から刺激をするのが基本だろう。

 だからと言って洗脳されているのかと言われるとそうではなく、あくまで感情の揺れ幅を大きくして動揺を誘っただけ。

 

「琴里だけがその影響を受けたってことですか?」

「本来ならほかのクルーも影響を受けていなければおかしいのだがね。あの場で精神状態を計れたわけでもない以上、推測に過ぎんよ」

 

 たとえ計れたとしても、動揺を誘うだけの軽度な症状。影響があるかどうかと言われれば首をかしげてしまうほどなら気にもされないだろう。

 だが、可能性としては大きいと令音はいう。

 

「これはあくまで私の予測でしかないが……彼女は電子機器に対して無類の強さを誇るのではないだろうか?」

「電子機器に……?」

「君が言っていた青年が映っていなかった監視カメラ。今回のジャミング。そして音声出力に影響を及ぼす力。これだけ材料がそろえば、可能性の一つにはあがるさ」

 

 すべてが偶然で片づけるには不自然すぎる出来事。

 だからこそ千璃がやったのではないかという疑念に囚われる。そしてそれは、おそらく可能なことなのだろう。

 精霊を精霊足らしめる「形を持った奇跡」──『天使』の力をもってすれば。

 士道は少し考え込むしぐさをして、千璃の言葉を思い出す。

 

「……確かに、千璃さんは自分がジャミングしていたといっていました」

 

 インカムも士道が渡したのではなく、半ば無理やり奪われたようなものだ。それであの状況に陥ったのだから云々、と言われると違うのだろうが。

 さすがに精霊相手に生身でケンカを売ることなどできはしない。ただでさえ士道はケンカにそれほど強いというわけではないのだから。

 それはさておき、千璃の『天使』の話だ。

 令音の予想はほぼあたりと言ってよかったが、それでも士道は腑に落ちない点があった。

 

「でも、彼女の能力は『物質の創造』みたいなものだと思っていたんですけど。あと、気になることもありますし」

「……その可能性もあるだろう。AST相手にそれらしき力を使っていた。だから可能性の一つだ」

「……俺が聞いた話では、彼女の『天使』は意識を持つ特殊なものだって……」

「意識を持つ『天使』だと?」

 

 『天使』が何かしらの能力を持っていたとして、それがある程度関連付けられるものなら「応用の一種」として受け止められる。

 しかし、「形を持った奇跡」そのものが意思を持つなど──それこそが精霊のようではないか。

 

「──いや、むしろ二人の精霊が一つの肉体に収まっていると考えるべきか?」

 

 それならば一人で複数の能力を持つのも頷ける。

 とはいえ、それが可能かどうかでいうとまた別の話になってくる。もっと深く、集中して研究しなければとうていわかり得ない領域の話だ。今ここで考えるべきことではないだろう。

 令音はすっかりぬるくなったコーヒーを口に含みながら士道のほうを見る。

 どうやってこれだけの情報を引き出せたのか。それが今の疑問だ。

 琴里との話し合いを見ていた限り、決して警戒心が薄い相手というわけではないし、つい先日現れたばかりで士道とは信頼関係を結ぶだけの時間もなかったはずだ。

 しかし現実にはこれだけの情報を引き出せている。一体どうやって、と思うのは仕方のないことだろう。

 

「シン。君は彼女と何かしらの取引でもしたのか? そうでなければ、これだけの情報を知るのは難しいだろう」

「いえ……なんだかわからないんですが、妙に信用されているみたいでして」

「ふむ……一目ぼれでもされたかね」

「それはないと思います」

 

 令音の言葉に即答する士道。あの人に惚れられるとか考え付かないしなぁ、などと思いながら予想の一つを話し出す。

 

「意思を持つ『天使』が情報を集めてるって言ってましたし、多分俺の精霊の力を封印する能力みたいなものに興味をもったからじゃないかな、と」

「だが、それを知ってどうするつもりなのか。数体分の精霊の力を食らって、何か特殊なものでも創り出そうとしているのだろうか?」

「そこまではわかりませんけど」

 

 千璃の思考がどうなっているかなど、それこそ知り合って数日の士道にわかるわけがない。

 聞いたところで答えて貰えるとも思えないし、そもそも連絡手段があると<ラタトスク>側に知られるわけにはいかない。

 なんとなくだが、千璃は敵に回すと危ない気がするし、連絡手段があることを<ラタトスク>側にばらすと一気に信用を失うだろう。それだけは避けたいところだ。

 

「……今考えても答えは出ないな」

「そうですね……」

 

 ため息をつきながら、士道がソファに倒れ込む。そこに背後から声がかかった。

 十香だ。

 

「シドー。夕餉はまだか? 私はお腹が空いたぞ……」

「え? もうそんな時間か……悪い十香、すぐ作るから待っててくれ」

 

 時計で今の時間を確認し、すぐに夕食を作りかかる士道。

 まだ作ってなかったのかと十香がしょんぼりするも、特別メニューにするからという士道の一言で元気を取り戻す。 

 雨は、止んでいた。

 

 

        ●

 

 

 早朝。日もまだ登らない早い時間帯に、千璃は煙草を吸いながら近くのビルの屋上の一角に座っていた。

 空は厚い雲で覆われ雨が降っていたが、濡れた床に座っていても千璃はそれを気にした様子すらない。

 一点の方向をじっと見つめるその手にはスナイパーライフルが握られており、スコープをのぞき込んでいる。その視線の先には一人の少女がいて、水溜りを跳ねさせながら遊んでいるようだ。

 このような早朝、しかも雨の日に外で遊ぶ子供などふつうはいない。何より、その少女は見覚えのある出で立ちだった。

 緑色のフード。青い髪。幼い少女の姿。

 ──昨日出会った精霊、よしのん。

 

「……ま、あれが本当の名前だとは思わないけど」

『一種の多重人格だろう。他者の対応は全て窓口である人形を通して行うため、本体は一切の感情表現を行わない』

 

 それはそれで構わないと千璃は思っているのだが、士道が攻略するうえでこれはいけない。

 本音を出させるためにも、士道を良質な餌にする(・・・・・・・)ためにも。

 射撃体勢を損ねないまま、千璃は右手で煙草を携帯灰皿へ落とす。よくみれば、彼女に触れる前に雨そのものが弾かれていた。彼女自身とそのわずかな周りの空間においては雨に一切濡れていないのだ。

 肺にたまった煙を吐き出しつつ、千璃はつぶやく。

 

「それで……<刻々帝(ザフキエル)>の所有者と渡りはついたの?」

『彼女──時崎狂三のことならば、そうだ。流石に本当かどうかは見ないことには判断できないと言っていたがね』

「そりゃそうでしょうね。あんなモン、私だって直に見ない限りは信用しないっての」

 

 千璃の口調は淡々としている。いつものふざけた雰囲気ではなく、集中しているのだ。

 右目でスコープを覗き、左目は開けたまま見ない(・・・)

 距離はおよそ五百。風は左側より風速一メートル。雨によって若干の軌道修正を。後はタイミングを見計らうのみ。

 息を大きく吸い、息を止める。

 酸素濃度の低下によって視力が落ちる前に、右手で引き金を引く。引く。引く。

 連続するマズルフラッシュは闇の中に消え、発砲音は雨の音にかき消されていく。あたりに漂う消炎の匂いを嗅ぎつつ、千璃は反動をうまく受け流した。

 三度引かれた引き金は思い通りのタイミングで弾丸を吐き出し、対象に被弾する。

 

「状況は」

『着弾を確認。左手──というよりも人形を弾き飛ばすことに成功』

 

 一発目で腕を弾き、二発目で人形を弾き、三発目で人形を大きく弾いて腕から飛ばす。

 威力を抑えてあるからこそ少女は無事だが、本気でやっていれば今頃左腕は存在していない。高密度に圧縮された千璃の霊力によって創造された弾丸だ。例え絶対的な防御力を持つ霊装といえど突き破る。

 だが、今回は突き破るわけにはいかないからこそ威力を抑えた。思い通りに人形を弾き飛ばし、地に落とす。

 少女は当然すぐに拾おうと動くが、千璃とてその動きは織り込み済みである。

 故にとる方法は実に簡単。

 

「爆破」

 

 カチン、と手元のスイッチを押した瞬間、市街地の一角が閃光に包まれる。

 如何に霊装が絶対的防御力を誇ろうと、フラッシュグレネードによる閃光はそもそも防げない。

 視界を奪われた少女に変わり、金髪の青年が姿を現して人形を拾う。少女は何かつぶやいているようだが、声が小さすぎて雨の音にかき消されている。

 彼女の声は聞こえない。

 青年は人形を持ったまま姿をけし、少女はしばらくして視力が戻った後、必死に人形を探すも見つからず──泣いた。

 

「気分が良いものじゃないけど、まぁ仕方ないか」

『それで済ませられるのだから、君は外道なのだと思うよ』

「何をいまさら。私は初めから手段を選んでた覚えはないね」

『その結果がマッチポンプかね』

 

 スナイパーライフルを消し、新しい煙草を銜えながら千璃はつぶやく。

 少なくとも、身が焦がれるほどの渇望は覚えている。そのために手段を選ぶ気はないし、その途中で邪魔をするであろう人物も覚えている。

 いや、邪魔をされた(・・・)というべきだろうか。

 ウッドマン。ウェストコット。メイザース。

 その名は絶対に忘れない。

 千璃の悲願を邪魔したその者たちの名は、絶対に。

 




千璃がどこぞの逆十字パパみたいになってきた感じが……。

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