デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第五話:よしのん

 千璃は目の前の台を見ながら、自分がやるべき次の手を考える。

 表情は一切変えずにカードを交換し、ほか三人が同じようにやったあとに全員でカードを見せ合う。──やっていることは至極単純だが、互いに高度な心理戦を行っている。

 このポーカーにおいて、千璃は負けなしだ。四回やったうちの三回はストレートフラッシュ、一回はフルハウスで勝利を収めている。

 そして五回目。千璃に挑む三人の男たちもここまで来たら負けられないと躍起になっており、負ければ持ち金がすっからかんになってしまうにも関わらず勝負を挑んだ。

 

「では、オープン」

 

 ディーラーの男が言うと同時に、三人の男がそれぞれ役を作って場にカードを出す。

 一人はフルハウス。もう一人はフォーカード。そして最後の一人は──ロイヤルストレートフラッシュ。

 にやにやと下卑た笑みを浮かべ、でっぷりとした体をゆすりながら千璃がカードを出すのを待つ。

 ここにいるのは皆似たり寄ったりな体系の男ばかりで、多少顔のいい男はいても女はほとんどいなかった。理由はと言われれば、目の前に居るような男たちの餌食になったからなのだろう。

 自分たちに勝たせ、良い思いをさせてベットさせ続けたのち、全額かけて大敗させる。金が払えなくなった女は──とまぁそのような感じだ。

 

「ど、どうした。早く札を見せろ。ここまで来て逃げるなんてのは許されないぞ」

「そうだ! さっさと手札を見せたらどうなんだ?」

「自分の札が負けているから見せたくないのか? ほら、早くしろ!」

 

 せかす男たちに対し、千璃は冷ややかに目を向けるだけ。ディーラーの男は目を瞑ったまま何も言わない。この男たちの蛮行を許容している、というわけではないのだろうが、金で買収されたと考えるのが一番わかりやすくていい。

 胸元から取り出したタバコを口にくわえ、ライターで火をつけて肺に煙を送り込む。

 士道君の顔が見たいなーと思いながら、手札をもう一度見る。

 ……実のところ、千璃は今のところ一切金に困ってはいなかった。士道に頼んだのは、自分と士道の間にある心の壁を取っ払うことだ。

 敬語云々というのは口からでまかせを言ったに過ぎないが、あれは別にいい。問題は取引と言いつつも彼はそれを使わないだろうと千璃が予想したこと。

 

(士道君て、何かあったら自分一人で何とかしちゃいそうだからねぇ)

 

 頼る前に自分で何とかする。それはいいのだが、こと精霊に関しては千璃にとって困ったことになる。

 <ラタトスク>の動きを見張る役目もあるし、肝心の精霊の力を封印する士道と仲良くなっておくことに異論はないからだ。自分が攻略されたとしても別に構わない。目的を遂げた後なら、体でもなんでもささげたってかまわない。

 だが、その前にやるべきことがあるだけ。

 そのために士道は利用できるし、士道に信用されるためにもフランクに接しているに過ぎない。

 

「おい、聞いているのか! 早くしろと──」

「煩いな」

 

 焦れて手を伸ばしてきた男に先んじて手札を場に出す。勝った、と男たちが思った瞬間にその気持ちは地獄へ叩き落される。

 出した手札は──ファイブカード。

 ワイルドカードの含まれるこのゲームにおいて、ロイヤルストレートフラッシュはファイブカードよりも弱い。

 即ち、結果は男たちの惨敗。驚いた顔をしてディーラーを見る男たちだが、ディーラーは目を瞑ったまま動こうとしない。

 その様子を見て、「嵌められた」と気付いた男たちは力づくで千璃を手に入れようとするが、千璃は煙草をくわえたまま右手にリボルバー式の銃をもって男たちへと向けた。

 

「お前らの負けよ。有り金全部おいて出ていきなさい」

 

 その眼は家畜を見るような冷たいもので、一切の慈悲が込められていない。肌をピリピリと刺激する威圧感に耐えられなくなり、男たちは情けなく背を向けてこの賭博場を出ていく。

 煙を吐きながらディーラーへと視線を移し、チップの一枚を指ではじいて投げ渡す。

 無表情でそれを受け取ったディーラーは、軽く息をついて店の奥へと消えていく。

 千璃が煙草を二、三度吸ったところで戻ってきたディーラーの手には、少々高級そうなワインがあった。

 

「昼間っから酒とは。いいご身分になったもんだねぇ、店長」

「酒でも飲まないとやってられん。ああいうやつらが入り浸るのは俺にとっても害にしかならんからな」

 

 足を組んで台に乗せ、椅子を傾けつつ店長からワインの入ったグラスを受け取る千璃。もちろんチップを渡すことを忘れない。

 グラスを少し揺らした後、ゆっくり傾けて香りと味を楽しむ。やっぱり酒は最高だ、と思いながらも表情には出さない。こういった場ではあまり表情を出さないようにしているのだ。

 

「いやならさっさと追い出せばよかったのに」

「奴らは警察の上層部ともつるんでいる。賄賂が横行しているとは言わんが、敵に回すのは面倒くさかったんだ」

「ほうほう、それでどうして今になって敵対する気になったの?」

「後ろ盾が出来たからだ……お前さんのおかげでな」

 

 ワインを飲んで一息つく店長。この場には他にも賭け事をしている連中こそいるが、千璃とかけていた連中ほど悪辣なものではないので無視している。

 千璃もまた一口ワインに口をつけ、店長の話の続きを促す。

 

「この店で賭博やる条件ってのは会員の知己であること。会員になるには誓約書を書いてもらう……だがお前はどちらもやっていない」

 

 何故なら千璃はとある映像をもってこの店に来たからだ。

 警察上層部と彼らが癒着していた証拠映像。それをもって、店長は警察上層部を脅した。

 マスコミに垂れ流されればどうなるかなど自明の理。そうでなくともその座を狙う敵対派閥というのはどこの組織にも存在するものだ。

 

「おかげで上層部はうちの商売を認めたうえで、連中に便宜を図る真似もしねぇと」

「上々ね。私は住処と食事を手に入れて、あなたは後ろ盾を得る」

「賭け事やるのも構わねぇが、ほどほどにしろ。イカサマなんてのは基本的にやらねぇのがうちの賭博場だ」

「非合法のくせにいまさら何を。ま、当分必要ないくらいには手に入ったし、しばらくはおとなしくするわ」

 

 ワインを飲み干し、立ち上がって部屋に戻ると告げたその直後。

 

 ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ────

 

 鳴り響く空間震警報。店の中は一瞬シンと静まり返り、すぐにざわつきを取り戻す。

 この店自体が地下シェルターなのだ。住居は上にあるが、そちらは非合法でも何でもないので壊されても修復してもらえる。この店は非合法な賭博場でもあるので、修復して貰えるかどうかは定かではないが。 

 一応この店にいれば問題ないとあって、客も店員もさっきまでと同じように酒を飲んだり賭け事を楽しんだりしている。

 その中で一人、千璃だけが立ち止まって何かを考えていた。煙草は既に根元まで燃えており、それに気づいた千璃は灰皿に押し付けて火を消す。

 

「……おい、どうした?」

「チップは預けておくわ。どうせこの店でしか使えない通貨みたいなものだし、換金して貰うまで時間がかかるでしょ」

「そりゃ、これだけの量ならそうなるが……」

 

 札束では量が多いと嵩んで持ち運びに不便なので、レートを用意してチップに換金するという制度をとっている。もちろんチップから現金に換えることも可能だが、千璃の場合は量が量だけに金庫を開けに行かなければならないほどであった。

 山積みになっているチップを尻目に、千璃は言葉を続ける。

 

「私はどうでもいいけど、あなたはこの店をつぶしたくないでしょう? だったら、チップの数を誤魔化そうなんて考えないことね」

「……わかっている」

 

 多少なら構わないけど、と言い残す千璃の背を見ながら、店長は額に浮かんだ冷や汗をぬぐう。

 彼女は異質だ。先日現れて少しの付き合いしかないが、彼女は人を破滅させることに戸惑いがない。多少は、などと言っていたが、その限度を超えると容易く店長の身を破滅させるだろう。

 それで困るのは彼女も同じだが、権力ではなく暴力で金を奪う可能性もないわけではないのだ。

 彼女は敵に回してはならない。店長は、心の底からそう思った。

 

 

        ●

 

 

 店の外に出た千璃は、警報でガランとした町を見ながらバイクを出現させる。雨が降っているが、霊装で弾けるため気にするほどのことでもない。

 服装はいつも通りのライダースーツで、フルフェイスヘルメットをかぶりながら空間震が起こっている方向を見る。

 規模はかなり小さい。千璃の時は異常なほどに広かったが、今回はそれとは比べ物にならないほどに小規模だ。まぁ、それが悪いこととは言わないが。

 

「今回の精霊は誰かなー、っと」

『おそらくは<氷結傀儡(ザドキエル)>の所有者だろう。ここ最近は彼女がよく出現していた』

「あら、アンタ居たの」

『……基本的に情報収集に出ているとはいえ、その扱いは酷くはないかね』

「呼んだって返事しないやつはこの扱いでいいのよ」

 

 別に『天使』の意思が外に出ていたって、千璃が『天使』の力を使う分には何ら問題はない。全力戦闘を行うとなれば別だろうが、それ以外では必要というわけではないのだ。

 バイクのエンジンをスタートさせ、アクセルグリップを捻って発進させる。目標は精霊の現れた場所だ。

 

「士道君もあそこに向かってるんだろうね」

『おそらくはな。彼らの目的が精霊の力を封印である以上、動かないわけもあるまい』

「優しいねぇ、ASTに殺させないって。彼の力も気になるけど、今はそれはいいか」

『それほど遠くはない。が、すぐに移動を開始しているぞ』

 

 精霊が精霊の力を感じ取れるというわけではなく、ヘルメットのガラス部分に目標の方向と距離が示されているのだ。

 ASTなどは大型のセンサーをもって精霊の力を検知しているのだが、千璃に限って言えばそんな面倒くさいことはしなくてもいい。というよりする必要がない。

 現代の技術では不可能でも、千璃もまた同じ霊力を扱う精霊だ。ましてや千璃の『天使』の力は『万物創造』──それらのことをやるのは不可能ではなかった。

 

「あっちこっちに逃げ回ってくれちゃってまぁ」

『通信を傍受した限りだと<ハーミット>と呼ばれているらしいな。小柄な少女だそうだが』

「<氷結傀儡(ザドキエル)>の所有者ってそんな感じだったっけ?」

『なんとも言えんな。対人恐怖症であったことは記憶しているが』

「対人恐怖症かぁ……そりゃまた面倒な精霊だことで」

『面倒でない精霊など、どれほどいるのか分かったものではないがね』

 

 んー、と言いながら精霊の特徴を脳内で並べていく。精霊一人一人の性格を詳しく知っているわけではないものの、千璃に存在する『天使』の知識はそのまま所有者の性質に直結する。

 中でも人形を操る<氷結人形(ザドキエル)>は、自身ではない別のものをもって自身の本心を隠す癖がある。まさに人形を操る精霊だ。

 自身の過去を探っている最中ではあるが、少なくともこのくらいのことは覚えている。

 自分は元「人間」だ。少なくとも最初から精霊だったわけではない。それは自身の記憶からそう言えるが、記憶が改ざんされていたら……などと考えるとキリがないので考えないことにした。

 

「お、あっちのデパートに入って止まった」

『身を隠したのだろう。同時に、士道君も動いたようだが』

「……アンタの能力地味に便利だよね。通信の傍受まで出来るって」

『応用に過ぎんよ。科学の溢れるこの世界において、我々ほどのアドバンテージを誇る精霊はいないだろう』

 

 そりゃそうだ、と笑いながらバイクを方向転換させる千璃。十数分ほどで街並みが変わり、大きなデパートが見えてくる。

 それと同時に、こちらに気付いたASTが視線を向けたのがわかる。人を大きく超えた五感は遠距離であっても感知を可能とするのだ。

 左手をバイクから離し、その手の中にアサルトライフルを生み出す。

 一般人である可能性があるため、ASTは千璃に向けて今はまだ発砲できない。その隙をつく。

 

「──ッ!? 止まれ! 何故シェルターに入っていないんだ、ここは危険だ!」

「煩いねぇ、黙ってろよ蠅が」

 

 セミオートで発砲された弾丸は寸分狂わずASTの隊員のもとへと向かうも、随意領域(テリトリー)を防性へと変質させることで防ぐ。

 当然その間に千璃はバイクで走り抜け、制空権を持つASTが後ろから追ってくる形となる。

 ことここに至って千璃が精霊であると本部あたりから報告を受けたのだろう。動きが変わり、ミサイルが射出される。

 

「面倒臭いな……脅すか」

『やる気かな?』

「いぇーす。今回は手出し出来ない程度に痛めつけておくとしますか。運転宜しく」

 

 了解した、と声が聞こえた瞬間、千璃はアクセルグリップを握っていた右手を離す。

 それは通常、バイクを運転しているものがやれば自殺行為にも等しい愚行だ。両手を離せば体制を保つこともままならず、アクセルグリップを離した以上は速度も減速するだけ。

 しかし千璃が乗っていたバイクは違った。

 両手を使っていないのにバイクの体制は安定し、それどころかデパートへ向かって一直線に速度を上げ始める。

 千璃は左手に銃を持ったまま視界に多くのASTを収め、右手を掲げる。

 

「■■■■──燃料気化爆弾」

 

 言葉とともに出現したのは細長い円柱形に安定翼がついたもの。ミサイルに近い形をしているが、その威力はASTが使うミサイルとは威力の桁が違う。

 軍部にいるものだけあって、その物体の正体を察したのだろう。遠目からでもわかるほど顔を青ざめさせて叫ぶ。

 

「おら、防いでみろよAST。死ぬぞ」

「総員、退避──ッ!!!」

 

 笑う千璃の顔を見たわけではないのだろうが、一瞬だけ視線が交錯した気がした。銀色の髪の、まだ幼さの残る少女がこちらを見ていたのだ。

 千璃を追っていたASTは急制動をかけるも、さすがに一瞬で真逆に方向転換は出来ない。

 ましてやビル群のど真ん中。逃げる場所が少ないと悟ったASTはビルを壁に防性結界を前面にはり、その爆発に耐えようとする。

 

 直後、轟音が町に響いた。

 

 爆炎が半径五十メートルほどを包み込み、その衝撃波と熱は長時間続く。それが燃料気化爆弾の恐ろしさだ。

 一切の容赦なく包み込む死の風を耐え切ることは不可能。──最も、CR-ユニットを持った彼らは超人だ。壁にしたビルは崩れ去っているが、防性結界によって熱と爆風を防ぎきっている。

 とはいえ完全に無傷というわけではない。ほとんどの者は熱と衝撃波でやられており、軍としての行動はほぼ不可能であると判断できる。

 威力に比べて被害が少ないのは雨の影響もあるのか、それとも千璃が手を抜いたからか。

 霊力によって創造されたその爆弾は、千璃が霊力をケチった影響で爆破範囲がかなり狭まり威力も落ちている。

 

「ま、こんなもんっしょ。これで死ぬなら敵にすら値しないね」

『なんともエグイやり方だな。マークされるのは確実だぞ』

「いざとなったら行方晦ますくらい訳ないって」

『この町にいたほうが都合がいいといったのは君だろうに。ASTやDEM社はともかく、<ラタトスク>を敵に回すと面倒だぞ』

「……私が負けるって?」

『士道君が敵にまわる』

「ああ、そりゃ面倒だね。それに、最悪あっちを敵に回すと士道君が攻略した精霊がそのまま敵にまわりかねない、か」

 

 たとえ数体の精霊が敵に回ったところで負ける気はないが、千璃とて精霊を殺すつもりはない。というかできれば殺したくはないし、士道を敵に回したくもない。

 なのでちょっと自重することにした。少なくとも次からは。

 千璃は左手の銃を捨てて消失させた後、両手をバイクに戻してデパートの入口へ突っ込む。

 がっしゃーん! と派手な音を立ててガラスをぶち破り、そのまま奥にある階段をバイクで登っていく。やろうと思えば壁さえ登れるこの特殊なバイクが、階段如きを登れないわけもなかった。

 数度それを繰り返し、目標の精霊がいる階に辿り着いた。狭いデパートの階段をウイリーで登ってきたが、それが簡単なはずもなく、わずかに息を吐いてバイクのエンジンを切る。

 

「さーて士道君はどこ、に……」

 

 ばっちり見てしまった。

 一瞬でそんな思考が流れるも、見た光景を忘れるわけにもいかず、千璃は固まってしまう。

 どういうことかと言えば、仰向けに倒れている士道の上に一人の少女がいて、その子も倒れていた。しかも士道とバッチリキスした状態で、という状況である。混乱するなという方が難しい。

 

「…………」

 

 無言でバイクから降りてフルフェイスヘルメットを外し、金髪を乱雑にわしゃわしゃと掻きむしる千璃。

 こんな時、どういう顔をすればいいかわからないの。などと考えつつ視線をあっちこっちに向けるが解決策は浮かばない。

 バイクでここまで上がってきたのだから、当然士道も千璃のことを認識している。

 士道とキスをしていた少女もまた無言で、シンと静まり返っていた。

 この空気をどうにかしようと、千璃は口を開く。

 

「……なんか、その……ごめん」

「いや、謝られるとなんか悪いことした気分になるんですけど!」

「士道君がロリコンだったなんて知らなかったから」

「ロリコンじゃありません。今のは事故ですって!」

 

 目を背けつつ言う千璃の言葉に必死に反論する士道。千璃が笑いを堪えているのが見えて、からかわれているのだとすぐに気付いた。

 頭をかいてため息をつき、士道は青い髪の少女のほうへと視線を移す。

 

「大丈夫だったか?」

『まーね。悪かったと思ってるよ士道君。不注意だったしねー』

「いや、怪我がないならいいんだ」

 

 左手でパペット人形を器用に操る少女。先ほどまで千璃のヘルメットに出ていた反応と言い、士道が近くにいることと言い、やはり彼女が今回現れた精霊なのだろう。

 千璃はそう判断して士道と少女に近づき、にこやかに笑みを浮かべて挨拶をする。

 あたかも敵意が無いように、好意的に解釈されるように。

 

「初めまして、私は千璃っていうんだけど、お嬢さんの名前は?」

『およ? よしのんはー、よしのんって名前だよ。よろしくね、おねーさん』

「よしのんか、いい名前じゃないの。こっちこそよろしくね」

 

 左手のパペット人形の左手と握手するというちょっと奇妙な体験をしつつ、千璃は会話を続ける。

 というよりも、よしのんが会話を振ってくれた。

 

『おねーさんは士道君と知り合い?』

「千璃でいいよ。私と士道君はつい最近知り合った仲です。君と同じような状況でね」

『ってことは、千璃さんも精霊?』

「いえーす。だから知り合い少なくてね。仲良くしてほしいな」

『それはこっちからもお願いするよー』

 

 千璃とよしのんが仲良く話している間、仲間外れにされていた士道は琴里と連絡がつかないことに疑問を抱いていた。

 士道は<ラタトスク>との連絡用に右耳に小型インカムをつけている。琴里と連絡を取り合って精霊とより親密な間柄になるためだ。そのためのサポートや指示を行っているため、いつも通り士道が指示を仰ごうとしたら、インカムからはノイズが聞こえるばかりで通信が出来ない。

 何かあったのかもしれない、と思いつつも、この場を抜けることも出来ない以上は琴里に任せるしかない。

 そんなことを考えていると、千璃が士道のほうを向いた。

 

「士道君もこっち来なよ」

『そうそう、そんなところで突っ立ってないでさ』

 

 二人の手招きに応じて近づくと、千璃が耳元で小さくつぶやいた。

 

「<ラタトスク>との通信なら私がジャミングかけてるから無駄よ」

 

 音声はもちろん映像も彼らには届かない。『物質創造』の能力を持つ『天使』を有すると同時に、彼女は科学という分野に対して千璃は絶対的なアドバンテージがある。

 それは別の力というわけではなく、あくまでも千璃が有する『天使』の力の一端に過ぎないのだが。

 それを知らない士道は、一瞬呆然とした顔をして千璃を見る。

 千璃はすぐによしのんの方へと視線を戻し、わずかに消えかけているよしのんの体を見てつぶやいた。

 

「あら、そろそろ消失の時間なのね」

『そうみたいだねー。ま、今回は楽しかったよ。また会えるといいね、士道君。千璃さん』

「そうね。また今度遊びましょう」

「あ、ああ……またあったら、今度はどこか別の場所で遊ぼう」

 

 よしのんの言葉に少しつっかえながらも返答する士道。少なくとも、今回力を封印できなかった以上はまた会うことになるだろう。

 千璃の発言も気になるが、今優先すべきはよしのんのほうだと判断した。

 ばいばーい、と手を振りながら、隣界へと消失していくよしのん。思えば終始喋っていたのは人形のほうで、本人の口からは全く言葉を発していない。

 まるで人形みたいだ、と士道は思った。

 

 


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