デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第四十一話:絶対者

 

 

「自分の偽物を用意したうえで自分は一般人に紛れて奇襲とは……随分セコイ手を使うようになりやがったようですね」

「……よく看破したものです。その才能は本当に失うには惜しかった、ということですか」

 

 エレンとは似ても似つかない顔の黒髪の女性の輪郭が歪む。

 随意領域と最近開発された光学迷彩の試作品を応用して、自身の姿に別の映像を被せていた。ただそれだけに過ぎないが、それ故に見破ることはほぼ不可能だったはずだ。

 まだ試作段階とはいえ、初見で見破れるほど出来の悪いものではない。

 真那の"眼"が飛び抜けているのではないと、真那自身もわかっている。

 これは"デジャヴ"だ。

 

「見たことがある。知っている。──そんな気がして仕方ないんですよ」

 

 そんなことはあり得ないとわかっているにもかかわらず、真那にはこの状況に、この光景に既視感を覚えている。

 何時、どこで、どんな状況で、どうして。それらは一切覚えていないが、既視感だけが真那の脳内を支配した。

 気持ちが悪くて最悪の気分だが──今なら、例えエレンを相手にしても負ける気はしない。

 一般人の中に紛れているため大々的に武器を振り回すわけにはいかないが、それは真那に限らずエレンも同様。視線と殺気で牽制するしかなく、どちらからも手が出せない状況だ。

 いきなり切りかかった真那としても、一般人の目に映らない速度で剣を振るえばばれはしないと考えていた。巻き込む可能性がある以上は取るわけにもいかない手だが、エレンとてこのような状況を想定していなかったわけではない。

 

「仕方ありませんね……各員に通達、作戦を変更します」

 

 千璃に傍受されるため、出来れば使いたくもなかった通信機を使う羽目になった。同時にエレンの位置を知らせることにもなり、真那も含めて相手どる必要が出てきた。

 少々厄介で面倒な状況だが、まだ致命的ではない。

 

「捕獲対象は変わらず〈プリンセス〉及び五河士道──それ以外の精霊と思しき人物がいた場合、問答無用で殺害を許可します」

 

 同時に鳴り響く空間震警報。

 突然の事態に慌てふためく周りの人々だが、真那とエレンの周りだけはひどく剣呑とした空気が漂っていた。

 少しずつ周りから人が消えていく中、真那がぽつりとつぶやく。

 

「……正気でいやがりますか」

「私は何時だって正気ですよ。そも、センリが生み出した存在であるというだけで須らく滅尽滅相すべきでしょうし。何を吹き込まれたかは知りませんが、あれは人々にとって害悪にしかなり得ません」

 

 樋渡千璃という女に対する認識が、エレンと真那ではあまりに違い過ぎる。

 人間として過ごしていたころと違い、今の千璃は随分と大人しい。

 精霊化して変わったのではなく、時を待っているだけだ。千璃の計画を破綻させたいなら早い段階で精霊を殺しておくべきだと、エレンはそう考えている。

 エレンたちも利用しようとしていた側面があるからこそ今まで殺害だけはしてこなかったが──一人でも殺してしまえば千璃の計画の邪魔が出来るかもしれない以上、先んじて手を打つべきだと判断して計画を変更した。

 特に、最近二葉が千璃の計画を邪魔しようとエレンたちをせっつかせていることもある。

 

「見た目や気質で選り好みをするなど言語道断。殺してしまえばひとまず時間稼ぎが出来るのですし、あなたにとっても悪くないと思いますが」

「……そもそもの話、あの女が何を狙っているのかを私は知りませんので」

「それでは判断のしようがない。人質でもとられているのであれば我々も手を貸しますし、出来る限りのサポートをしますが」

「人の体を勝手に弄った連中を信用しようとは思いませんね」

「ではセンリは信用出来ると?」

「人の体を勝手にいじらない分、まだ信用できますよ」

 

 その言葉に思わず失笑してしまうエレン。

 あの女こそが、三十年前に大量の人体実験をおこなって多くの人々を死なせた元凶であるというのに。他者を顧みずに己だけを信用して突き進むような存在が信用できるなど──エレンからすれば到底許容できない。

 加えて真那の実力は一級品だ。エレンに次ぐその実力は折紙などでは比較にならない。

 出来ることなら取り返したい。そんな思いがエレンの胸中に渦巻いていた。

 相手側の戦力を削ぐという意味でも、この会話は重要だ。

 

「では彼女のおこなった悪行を一つ教えましょう──三十年前に発生したユーラシア大空災。あれの根本的な原因はセンリですよ」

 

 

        ●

 

 

 士道は真那がエレンに切りかかった直後、真那と同様の既視感を覚えていた。

 否──既視感というよりも既知感。

 何かとてもまずいことが起こるという確信にも似た予感が士道の脳裏をよぎり、取り出した携帯からすぐさま七罪へと電話した。

 千璃は放っておいても構わない。霊力を十全に使えるうえ、実力は琴里を簡単に下すほどなら心配などする必要がない。

 それよりも本人曰く「戦闘には向かない」力を持っているという七罪の方が心配だ。

 

「出てくれよ……」

 

 別働隊が奇襲をしている可能性も存在するにせよ、一般人が大勢いるこの場で大暴れすることはないだろうという良識を期待してもいる。

 数度のコール音が響いたあと、七罪の緊迫した声が聞こえてきた。

 

『士道? こっちはちょっとまずいことに──』

「そっちにエレンがいるのか? だとしたら、そいつは偽物だ! 『天使』を使えば逃げ切れるはずだから、美九と一緒に逃げろ!」

『偽物? ……なるほど、嵌められたってわけ』

 

 理解が早くて助かる、と思いつつ真那の方を見る。

 対峙していたのはやはり"本物"と思しきエレン。おそらくはエレンの部下として、彼女の戦い方を誰よりも見てきた真那だからこそ看破できたのだろうと士道は思う。

 だが、睨みあっているだけでは事態は進展しない。

 この先精霊を狙って襲い掛かってくることもあるだろう。ならば、今このときを以て彼女を殺してしまえば──。

 

「……いや、駄目だ」

 

 一瞬よぎった考えを振り払う。

 それ自体がそも不可能(・・・)

 だが、一番簡単で手っ取り早い答えであるのも確かだ。彼女たちは士道の言葉を聞こうとはしていないのだから、どうにか十香たちに手出しさせないようにするためには抑止となりうる"何か"が存在しなければならない。

 千璃の存在でも抑止とならないのだから、DEMが今後手出しできないようにする方法はないに等しい──それこそ、エレンを殺す以外には。

 最強戦力である彼女の存在がネックとなっているからこその状況。彼女さえ抑えてしまえばどうにかなるのだが、その抑える方法が無い。

 

「ともかく、こっちと合流してどこかへ隠れよう」

 

 二手に分かれている現状は拙い。真那にエレンのことを任せきりにしている現状もあまり好ましいものではないが、一般人の多い今はそう易々と手は出せないだろうと踏んでいる。

 その手の良識がない相手ならば、最早手段など選ぶことは出来ないが。

 七罪も士道の言葉に肯定し、返答をしてくる。

 

『すぐにそっちへ移動を──』

 

 刹那、空間震警報が鳴り響く。

 ハッとした様子で士道はエレンの方を見ると、彼女は澄ました顔で真那と対峙したままだ。

 ならばこれはDEM側の策と考えるのが自然だろう。千璃もいない今、まともに戦闘出来る者は限られている。七罪はすぐに移動することに決めたのか、「すぐ行く!」と言って電話を切ってしまう。

 不安そうな目で見ている四糸乃の頭をなでて宥めつつ、耶倶矢と夕弦に視線を向けた。

 

「二人は四糸乃を頼む。最初の予定通りに、守ってやってくれ」

「だが、それでは士道は──」

 

 それ以上を口にさせないというように、士道は耶倶矢へと視線を向ける。

 視線を向けられた耶倶矢は覚悟を決めた士道の目を見て何も言えなくなり、拳を握って歯を食いしばり、無理やり自分を納得させるように頷いた。

 夕弦もまた同様に、感情を押し殺すようにして四糸乃の手を引く。

 ここで何を言っても士道は退かないだろう。元々千璃の計画していた状況に近いこともあり、きっと大丈夫だと考える。

 

「了承。四糸乃、ここは危険です。離れましょう」

「で、でも……」

『士道君は十香ちゃんと別のところに行こうとしてるけど、あっちは危なくないの?』

「安心。二人なら大丈夫です」

 

 どのみち霊力が封印されている今は夕弦と耶倶矢に出来ることなど少ない。或美島の時のように士道が『天使』を扱えるというのなら、多少の危険ははねのけることが出来る。

 多少の期間を一緒に過ごしただけだが、どこか掴めず信用しきれない千璃よりもずっと士道のことを信じている。

 きっと二人は無事に帰ってくる。それを願うだけだ。

 

 

        ●

 

 

「──で、それで?」

 

 原初の精霊が引き起こしたとされるユーラシア大空災。大陸の真中に巨大な風穴を開けた空間震を引き起こした根本的な原因が千璃だということなど、真那にとっては正直どうでもいい(・・・・・・)

 何を知っても過去を変えることなど出来ないのだから、真実を知る以上の意味があるわけではない。

 無論なにも思わないわけではないにせよ、真那にとっては士道が最も優先すべき事柄だ。

 そもそもの話、そんなことを言われたところで真那から千璃への評価が修正されるわけでもない。

 

「生憎と、私は最初からあの女についてはミジンコほども信用してねーんですよ」

 

 体を変に弄られない分、まだマシ。ただそれだけの話で、信用度でいえばエレンも千璃も同レベル。何を話そうとそれが真実だという保証すらない。

 つまるところ、この会話は戯言以上の意味を持たないのだ。

 それを理解したエレンは小さくため息を吐く。

 

「……まぁいいでしょう。どのみちセンリとは敵対するでしょうから」

 

 エレンとて何も考えずに千璃と敵対しているわけではない。

 千璃の目的を達成するにあたっては必要なものがおよそ二つ存在することは事前にわかっていた。

 一つ目は精霊。十──否、十一の精霊の力を以て何かをするつもりだというのは二葉から聞いている。

 二つ目はそれらの力を蓄える器。こちらはおそらく或美島にて『天使』を振るった少年、五河士道だろうとあたりを付けていた。

 日本の研究所で研究をしていた際にエレンたちが襲撃をしてその資料の一部を盗んだ。一部しか盗めなかったのは襲撃に気付かれ、直前にほとんどのデータが破棄されていたからだ。

 消去が間に合わなかった一部のデータは千璃の『遺産』として残っているため、二葉と共に目的を推測した。

 

 ──結果的にわかったことは少ないが、それでも確実といえることはある。

 

「五河士道はいずれ殺されますよ。何のために精霊の力を封じさせているのかは知りませんが──力を蓄える器に自己意識は要らない」

「な……ッ!?」

 

 何故器である存在に自己意識を与えたのか──いや、前後関係を考えれば自己意識がある存在を器にした、と考えるべきか。三十年前には既にいなくなっていた以上、そう考えるのが妥当だ。

 あるいはエレンの知らない千璃の部下がやったという可能性もあるにはあるが、千璃がそれほどまでに重要視することを他者に任せるとも考えづらい。

 どちらにしても、それが千璃のいない空白の期間だったことを考えれば何かしらのカラクリがある。千璃の仕込みにせよ、第三者の行動にせよ、エレンのやることは変わらないのだから違いなど考える必要もないのだが。

 

「それでも私と殺し合いをしたいというのなら止めはしませんが」

「…………あの女に関してはあとで問い詰めてやりますよ」

 

 今は駄目だ。今ここでエレンから目を離せば、向かうのは士道と十香のいる場所になる。そうなっては意味が無い。

 真那が守りたいのはただ一人の血を分けた家族である士道だ。その士道が大切にしているというのなら、例え精霊だって守って見せる。

 そのためにはエレンも──千璃も邪魔だ。

 

「今はあんたを止めることだけに集中します。それが最善ですからね」

「なるほど、確かにその判断は間違ってはいないでしょうが──」

 

 刹那、連続する爆発音とスピーカーを通して聞こえてくる霊力の込められた音(・・・・・・・・・)

 二人は同時にそれに気付き、随意領域を張り巡らせる。

 

『歌え、詠え、謳え──〈破軍歌姫(ガブリエェェェェル)〉ッ!!』

 

 パイプオルガンに模した音だが、決定的に違うのはその音に霊力が込められていること。荘厳な音が規則的に反響してより強まり、頭の中にその声が染みるように響いてくる。

 真那とエレンはこれが『天使』の力によるものだと瞬時に判断し、随意領域を防性にして自身の意識を守る。

 特に真那は事前に千璃から聞かされていたため、念入りに意識を改ざんされないよう注意した。

 

「情報にはないものですが……また新しい精霊ですか」

 

 新たな乱入者に嘆息するエレン。千璃が自分の勢力の全てをさらけ出しているとも思わないが、既にそれなりの数の精霊を手中に収めているとなれば問題だ。

 早急に事を進めなければ取り返しのつかないことになる。

 二葉がいる以上は計画が完全に完成することはないとはいえ、代替案が無いとも限らず、何より迂闊に千璃の前に出すわけにはいかなくなる。

 一人でも精霊を殺せればその時点で頓挫まではいかずとも、計画を大幅に遅らせることが出来るはずだ。そう考えてワイヤリングスーツを纏おうとしたところで、エレンは気付く。

 先程まで慌ただしく地下シェルターへと避難していた一般人が、その動きをピタリと止めて直立不動のまま動かない。まるで蝋人形のように固まった彼らを見て、まさかと思い通信をつなぐ。

 

「各員、状況報告を」

『こちらアデプタス3! 〈サイレント〉との戦闘で部隊の過半数が死傷、このままでは全滅しかねませン!!』

『こちらアデプタス4! おそらく〈ウィッチ〉、〈ディーヴァ〉と目される精霊を発見! 一般人に紛れて逃走していたため追跡中ですが、〈ディーヴァ〉が『天使』を使用し一般人を操っています!』

『こちらアデプタス5! 霊力反応より〈ベルセルク〉及び〈ハーミット〉を捕捉。こちらも一般人に紛れて逃走中──きゃあっ!』

 

 ノイズ交じりに聞こえる爆発音。途中にあった報告から一般人が直立不動のまま動かない理由もわかった。

 逃走するために一般人を操って追跡するDEMの人間を封じ込めているのだろう。幾らDEMの魔術師とはいえ、一般人に配慮しなければ日本という国に大きな借りが出来てしまう。

 精霊という存在が表舞台に出ていない以上は当然だが、下手に一般人に被害を出すとウェストコットに迷惑がかかる──だからエレンやジェシカ以外の魔術師は手を出しかねていた。 

 良心の枷というのは意外と厄介だ。

 一人二人ならまだしも、人波となるほどの数なら躊躇してしまう。どれほど言い訳を重ねようとも多くの人間を殺せるのはどこか破綻した存在だけ。

 だから、エレンは無理やりにでもその理由を創り出す。

 

「総員に連絡──〈サイレント〉の相手をするためにアデプタス4以下三部隊を動員。他精霊についてはアデプタス8以下二部隊で対処。一般人に対する被害は考慮しなくて構いません」

 

 元よりウェストコットの目的を果たせばDEMも含めて築いた地位も名誉も名声も何も要らないのだから、気にするだけ無駄だ。

 

「私は元アデプタス2が反逆したため、そちらを仕留めます」

「……言ってくれやがりますね」

「惜しい才能ではありますが、敵対されると厄介なのは変わりませんから」

 

 ワイヤリングスーツを瞬時に纏い、二本のレイザーブレードを持って真那と相対するエレン。

 同様にワイヤリングスーツを纏ってエレンに剣を向ける真那。

 世界でも最強格の魔術師たちが、この場でぶつかった。

 

 

        ●

 

 

 七罪と美九はDEMの魔術師相手に逃走しながら士道との合流を目指していた。

 合流場所は先程までいたアリーナの入口の一つ。元々はぐれた際の集合場所に決めていた場所だ。

 途中で美九が『天使』を使って一般人を壁にしつつ逃走していたのだが、空中から捕捉されては振り切れない。

 そもそも、だ。

 

「一般人の被害も関係なしって……」

 

 出来る限り弾いてはいるようだが、人ごみから抜け出た瞬間に周りの被害を厭わずにミサイルやレーザーでの攻撃を開始してきた。

 しかも魔術師の数が増えている。

 どこぞの黒い虫ほどとは言わないが、次々に現れる敵に辟易する七罪と美九。

 

「どうにか撒けないかな……『天使』を使うのが一番早いんだけど」

 

 七罪の〈贋造魔女〉なら見た目を誤魔化すことは容易だが、霊力反応まで消せるわけではない。相手側は霊力反応を頼りに追ってきているようで、視覚的な部分を変化させても追跡を振り切れないのだ。

 そうこうしているうちに振り切れないまま合流場所に辿り着く二人。

 士道と十香の無事な姿を見てホッとした七罪は、後ろから近付いてきた魔術師に気付くのが遅れた。

 気付いたときには既に遅く、剣の届く範囲内まで近づかれていた。

 

「七罪!」

「やば──」

 

 咄嗟に美九を突き飛ばし、反射的に腕を交差させて胴体を守る。無意識のうちに目を閉じてしまい、その時を待つ──が、一陣の風が吹くだけで肌を切り裂く痛みは訪れない。

 恐る恐る目を開けた七罪の前にいたのは、霊装と〈颶風騎士〉を限定的に顕現させた耶倶矢と夕弦の姿だった。

 風を纏って佇む二人を前に魔術師たちも手を出しあぐねており、二人は七罪の方を向いて笑みを見せた。

 

「くかかっ。無事か、七罪」

「交代。戦闘ならば封印されたままでも私たちの方が得意ですから、お姉さま(・・・・)と共に下がっていてください」

「二人とも、なんで……」

 

 当初の予定通りとは言い難いが、少なくとも二人は四糸乃と共に避難していたはずではなかったのか。

 確かに戦闘の得意な精霊である二人を四糸乃と共に避難させるのは相対的に士道の危険性があがることだが、限定的にしか霊力を使えない以上は危険だと判断したからこその采配で、納得もしていたはずだ。

 それが今になって納得できないから戻ってくるなんて──と思ったところで、違和感に気付く。

 

「……お姉さま?」

「どうやら、私の〈破軍歌姫〉の力が効いてるみたいですねー……ところで、今士織さんの名前」

「後で説明するから、ちょっと待って。あと一般人を避難させてもらえない?」

「……絶対ですよー?」

 

 『天使』を使って周りの一般人を地下シェルターへと誘導する美九。正直どうでもいいといえばどうでもいいのだが、視界を遮られて不意打ちされるかもしれないと言われると従わざるを得ない。

 加えて、どうやら精霊に〈破軍歌姫〉は効かないという千璃の予想は外れたらしい。まぁ、おかげで助かったのは事実だ。

 士道と霊装を纏ったままの十香もこちらに近づいてきており、美九は七罪に手を貸して立ち上がらせる。

 耶倶矢と夕弦は多数の魔術師相手に奮闘しており、一歩も退かずに抑え込んでいる。

 二人と一緒にいたはずの四糸乃はどこに行ったのかと思えば、近くの建物の影からこちらへと駆けてきていた。夕弦と耶倶矢が時間を稼ぐ間に合流するよう言われていたらしい。

 

「で、でも、みなさん無事でよかった、です……」

『怪我がなくて良かったね。四糸乃もよしのんも心配しちゃったよ』

「ごめんね、四糸乃によしのん。でもこれが一番危険が少ない方法だって千璃も言ってたし」

 

 性質や性格はさておき、士道に協力している今は出来る限り味方のことをおもんぱかってくれている……はずだ。自信はない。

 初めて会ったときから他人のことなんて考えてないような女だったため、七罪としても断言しがたい。

 七罪の傍に士道が近付き、目を合わせて互いに頷く。やることは決まっている。

 

「ともかく、どうにかしてあれを撃退しないと」

「千璃さんはどこに行ったんだ?」

「知らない。けど、あっちも戦ってるんじゃないかな。上でドンパチやってるのは千璃だと思うし」

 

 祭りの音に紛れて銃声や空気を引き裂くレーザーの音が響いていたのだが、こちらもそれを気にしていられる状況じゃなかったために気付かなかった。

 戦闘中だとしたら千璃が連絡してこないのも理解できる。こちらに意識を裂く暇がないのだろうと考え、士道は自分たちでどうにかしなければならないと悟る。

 まず最初に、美九の方を向く。一般人を手早くはけさせていたためか、暇そうに片手で髪を弄んでいた。

 

「美九、話を聞いてくれるか?」

「……不本意ですけど、この状況とか全部話してくれるんですよねー?」

「巻き込まれただけってわけじゃないからな。美九が精霊だから狙われたっていうのはあると思う。ただ、ちょっと厄介な──」

「シドー!」

 

 説明をしようとした士道は、十香の声に危機感を覚えて咄嗟に美九を抱えて横に跳ぶ。

 刹那、美九の背後から一直線にレーザーが流れ、空気の焼け付くオゾンのような嫌な臭いが辺りに充満した。

 同時に吹き飛ばされてくる人影──その影に、士道は思わず名を叫ぶ。

 

「真那!」

「ぐ……兄様、ですか。早く、逃げてください……」

「馬鹿、そんなボロボロになってまで俺を守ることなんか……」

「いえ、……あのデジャヴも消えてからこうなってしまいやがったんですが、ちょっと面倒が起こりまして……」

「おや、今のは完全に入ったと思ったのですが……中々しぶといですね」

 

 ほとんど人のいないこの場に現れたエレン。相対しているのは血まみれの真那を抱える士道と、『天使』を構える十香、四糸乃、七罪の三人。

 エレンはこの場にいる四人の精霊、そして少し離れた場所でDEMの魔術師と戦っている二人を含めて六人。

 それだけの数の精霊を一度に始末出来れば千璃の計画に致命的な誤差を与えられる──が、欲をかく必要などない。

 元々の狙いは〈プリンセス〉ただ一人。ならば、その命令を忠実に実行するのみ。

 

「真那の処分を兼ねて精霊狩り、と行きたいところですが──〈プリンセス〉をこちらに渡すというのなら、その首を見逃しても構いませんが」

「冗談を。そんな保証がどこにあるっていうんですか」

 

 見覚えのあるその巨大なCR-ユニットを展開させ、脅しかけるように士道へ言葉を発するエレン。それに対し、真那は頭部から血を流しながらも立ち上がって相対する。

 十香も〈鏖殺公〉を構えて相対するも、冷や汗が背筋を伝う。

 一度だけ、あれを見たことがある。使っていたのは折紙だが、その時でさえ恐ろしい戦闘力を誇った兵器だ。

 

「なんで、あれが……」

「おや、これを知っているのですね……いえ、鳶一折紙が使っていたと聞きますし、〈イフリート〉の際の事件で目視していてもおかしくはありませんか」

 

 死へと誘う彼岸花。

 花開くその白い花弁を模した兵器は、エレンという最強最悪の魔術師の手にあって最大の力を発揮していた。

 

「〈ホワイト・リコリス〉……ッ!?」

 

 おそらくは、この場の精霊全員を相手取ってなお余力を残すほどの力を持つ兵器を手に、エレンは立ち塞がる。

 

 

 




勢力が微妙にずれてて力関係が変わり、結果進めるのが難しくなったのでテコ入れした結果エレンの凶悪さが増してしまった……なんでや。
原作キャラ死亡(あくまで現時点において)はなさそうです……美九編では。

感想等いただけると嬉しいです。

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