デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第三十四話:修学旅行の終わり

 ぎちぎちと筋肉が軋む音がする。

 人の身に余るほどの巨大な力を使うのならば当然のように発生する反動。どれほど『天使』の力を使うことに慣れようとも、人体そのものの強度に問題があるのならば根本的な解決策などない。

 車では船のエンジンを積めないのと同じだ。

 強力すぎる力は内側から滅ぼすことになる。例え今は良くても、その軋みは確かに残る。どれほど正確に修復しようともダメージそのものが消えてなくなるわけではない。

 

 このまま使い続ければ──いずれ死に至る。

 

 

        ●

 

 

 士道は宿の一室で目を覚ました。

 起き抜けで記憶があいまいだが、外が僅かに明るくなり始めた頃合いということは一晩ぐっすり眠ってしまったのだろう。

 倒れる直前のようには体が軋まない。人体の回復力で治せる範囲だったのか、あるいは琴里の力を封じたことによる超回復の恩恵なのか。どちらにせよ士道のあずかり知るところではないが、今は体を動かせることがわかればそれでいい。

 ゆっくりと体を起こし、部屋を出て外へと向かう。二度寝をしてもよかったが、なんとなく外を歩きたい気分だった。

 昨晩十香と一緒に歩いた海岸沿いの防波堤付近をゆっくりと歩く。曙光の差す綺麗な朝焼けを見ながら、士道はそこに辿り着いた。

 そこは、戦場となった場所だった。

 地面が抉れ、岩が砕け、防波堤も一部壊れているところもある。千璃とエレンが戦った場所なのだから、この程度の被害で済んでむしろ良かったというべきなのか、士道は迷う。少なくとも片方は人間なのだからこんな被害は起こせないだろうし、やったとしたらまず千璃の仕業なのだろうけれど。

 

 ──思えば、一人で出歩くのは随分と久しぶりな気がするな。

 

 色々とごたごたが続いたせいで、常に傍には狂三が張り付くようになった。いまもいるのかもしれないが、いつも感じている気配が今はしない。十香もまだ眠っているのだろうし、本当に一人きりだった。

 海を眺めながらゆっくりと歩き回り、ふと視界に誰かが映る。

 

「……ん?」

 

 海岸の一角、砂浜にある岩の場所に一人の女性が倒れていた。言わずもがな、ここで戦っていた千璃である。

 一瞬で最悪の想像をした士道はすぐさま駆けつけ、呼吸などを確認する。

 顔色が悪いということもなく、単純に寝ているだけとわかると思わず大きくため息を吐いた。

 

『心配せずとも、こんなところで死んだりはしない』

 

 突如として背後からかけられた声に、思わずビクッ! と反応する士道。ゆっくり振り返ると、そこには金色に輝く長髪の青年が佇んでいた。

 相も変らぬ貼り付けたような微笑を浮かべ、初めて会ったときから変わらない恰好のまま。

 十香たちは見るたびにかなりの警戒をするので出来るだけ出てこないのだが、今この場には士道と青年、寝ている千璃のみ。話をするには丁度いいといえば丁度よかった。

 

『彼女も昨夜は張り切り過ぎたようでね。──君もまた、新たに力を発現させたようだが』

「……見ていたんですか?」

『ふふ、私に敬語は必要ない。気楽に話して構わんよ……それで、君の力の話だったな』

 

 千璃と同化している以上は彼女を通してしか情報は得られない。だが、知覚範囲という意味では千璃をはるかに凌駕する。千璃が気付かずとも彼が気付けば、それは千璃が気付いたと同義だ。

 とはいえ、今はまだこのことを話していない。話す時間が無かった、という方が正しいか。

 青年は士道の力を知覚して、その身で『天使』を発現させたことを知った。

 

『だが、余り勧められるものではないな。あれは元々人間が使うには過ぎた代物だ。君の妹がそうであったように、使い過ぎればいずれ呑まれるだろう』

「呑まれる……?」

『君の中には現在夜刀神十香と四糸乃、五河琴里の霊力が封印されている。そして此度、八舞耶倶矢と八舞夕弦という二人の精霊もまた封印することになるだろう。事態を収拾させるには最良なのだからそれ自体は止めはしない。だが──気を付けたまえ。人の身に余る力はいずれ自身を滅ぼす。君は特別性(・・・)ゆえ、しばらくは大丈夫だろうがね』

「……それはつまり、不必要に『天使』の力を使い続けると、俺は──」

『そうだな。なんともないから使い続けても大丈夫などとは決して思わないことだ』

 

 元々が人知を超えた異質な力。人が扱うには過ぎた代物だ。

 そんなものを使って無事でいられるはずがない。千璃だってそれがわかっているからこそ肉体を新たに創り出したのだし、それでさえ影響は完全に遮断できたわけではない。

 元より『天使』を使うために調整された存在である精霊ならばともかくとして、人間が扱えるようにはできていない。

 

『使用に危険が伴う力なぞ単なる使えぬ欠陥品、と思うかもしれないが、それは君たちから見た場合の話』

 

 精霊と『天使』は切っても切れない繋がりを持つ。狂三のような特例を除き、『天使』を使うことに代償など必要ない。

 それでも人間が『天使』の力を使おうと思うのならば、琴里や千璃のように精霊に成るしか方法はない。士道のやり方こそが異質なのだ。

 

『ともあれ、私が言いたいのはそれだけだ。今後君が「天使」を使わざるを得ない状況が発生しないとも限らない。自分を守るにしろ、誰かを守るにしろ、何かを削っていることを理解することだ』

「ああ……わかった」

 

 青年の言葉に感じる僅かな違和感。言葉そのものが問題なのではない。

 まるで、前にも同じ言葉を聞いたような──気のせいと言ってしまえばそれまでの、かすかな既知感。

 思えば、この状況も同じように感じてしまって──

 

『そんなことがあり得るはずはないのに、既知を感じてしまう、かね?』

 

 青年の見透かしたような言葉に、士道は思わず息が止まる。心を読まれたことなど経験がない。精霊の中にはそういう能力を持つものがいないとも限らないが、少なくとも士道は知らず、今までの行動から青年がそうであるとも思い難かった。

 増してや、それが経験則(・・・)などとは考えもつかない。

 ゆっくりと視線を青年へ向けると、先ほどと変わらない微笑を浮かべながら言葉を紡いでいた。

 

『確率が収束され始めているのだろうね。意図的に収束させようとしている側の私が言えることではないが、同じ道筋を辿るだけでは同じ結果にしか至らない。望む結果に至るためには、どこかでその既知を打破する必要がある──私も、君も』

「何、を──」

『得てして人とは、自分が得たものを自分だけが得たものと思い込む。特別なのが自分だけ(・・・・・・・・・)とは思わないことだ──素体となりうるのは、何も君だけではないのだから』

 

 青年の言っている言葉が理解できない。くらくらする頭を抑えながら、士道は必死に考える。

 士道の特別性など知れたこと、精霊の霊力を封印できるという一点。それがもし、士道だけに与えられた特別な力ではないとすれば……だがほかに可能性がある人物など士道に心当たりはない。

 仮にそんな人物がいたとして、果たして士道と同じように行動するかは疑問が浮かぶ。

 『天使』の力を使えて、精霊の霊力を封印できる人材。

 もしも士道と同じその力を備えていながら、私利私欲に使うような人間なら──そんなことは、決して許せない。

 あるいは、霊力を封印出来るのが士道だけであるという前提を崩すことで、士道の行動を縛ろうとしているのか。事実かどうかすら曖昧な彼の言葉に、士道は惑わされるばかりだった。

 

『──まぁ、今はそれほど気にする必要のあることでもない。千璃も知らない事実である以上は、君だけに教えておくのもフェアではない』

 

 そして、青年は右の人差し指をまっすぐ士道へと向ける。

 狂三がいないのだから都合もよい。青年の知覚範囲に入っていない以上、彼女がこの事実に気付くことはないのだから。

 

『しばらく忘れていて貰うとしよう。なに、君が残り六人の精霊を無事封印出来た時に勝手に思い出す。今はまだ、心の内にある疑念を大きくしておくだけで良い』

 

 瞬間。

 士道の意識が、ノイズにまみれてブラックアウトした。

 

 

        ●

 

 

 士道は辺りを見る。

 頭がまだ完全にさえていないのか、どうにも靄がかかっていてここ十数分のことを思い出せない。

 十香たちが警戒する金髪の青年にあまり『天使』を使い過ぎない方がいいと忠告を受けたあたりまでは覚えているのだが、そのあたりから先はどうにも思い出せない。

 何時の間にか旅館の近くまで移動していたようで、旅館の前でキョロキョロと何かを探している制服姿の八舞姉妹を発見した。

 

「お前ら、何やって──」

「む、士道を発見したぞ、夕弦!」

「承知。連行です」

 

 何か言う暇もなく両脇を固められどこかへ連れて行かれた。今日は天宮市に帰る日なので、早く準備をしないと全体の行動に支障をきたすのだが。

 まぁ、そうは言っても士道が一人で出歩いている時点で言い訳などするだけ無駄かもしれないが。一応本人としては朝食前に戻ってきたつもりである。精霊絡みなら特別扱いが許される身とはいえ、好んでそんな目立つようなことをしようとは思わない。というか一般の生徒には説明出来ないので誤魔化すのもつかれるのだ。

 そんな士道の心境を知る由もなく、夕弦と耶倶矢は少しばかり森に入ったところで士道を離した。

 ここならば誰かにみられることもないだろう。明るくなってきてはいるが、基本的に生徒たちは朝食のことで頭がいっぱいになっているはずだ。

 

「……士道、昨日はその、ありがとう」

「多謝。士道のおかげで耶倶矢と争う必要がなくなりました」

「いや、それは……お前ら二人が選んだ結果だよ。俺は選択肢を用意しただけだ」

「それでもよ。あんたがいなかったら、きっとどっちかが倒れるまで戦ってたから」

「首肯。私たちでは、その選択肢すら思い浮かびませんでした」

 

 お礼を言うのが少し恥ずかしいのか、耶倶矢は視線を逸らしつつ頬を染めている。夕弦の方はまっすぐ士道を見ているが、こちらもまた頬を薄く染めていた。

 大したことをしたつもりもない士道としては少々気恥ずかしいものもあるのだが、ありがたく礼を受け取っておくことにする。

 用はそれだけかと思ったが、二人は互いに目配せして一歩近づいてきた。

 

「だから、まぁその……つまんないもんだけど、お礼にと思って」

「請願。目を閉じていてください」

 

 言葉だけかと思いきや、お礼って何をするんだろうと思いつつ大人しく指示に従う士道。

 すると──。

 

「……っ!?」

 

 唇の右と左。

 両方に柔らかい感触が生まれ、思わず目を開けて目を白黒させる士道。

 夕弦と耶倶矢が、同時に士道へ口づけをしていた。

 

「お、お前ら、何を──!?」

「だ、だから言ったでしょ。お礼だって。私と夕弦なんて超美少女のファーストキスよ? 喜び舞い踊るならまだしも、その反応ってどうよ」

「謝罪。ご迷惑でしたか」

 

 腕を組んでそっぽを向く耶倶矢とわずかにうつむく夕弦。二人に共通しているのは頬が真っ赤だということだが、士道はそこを気にしている暇もなかった。

 あ、と思う間もなく二人の制服が光の粒子となって消えていく。彼女たちの着ていた服は視認情報から霊力で編んでいたものだ。霊力が封印されてしまえば消えるのも道理。 

 つまりは素っ裸だった。

 

「う、うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「狼狽。えっちです」

 

 二人して体を隠すようにうずくまる。士道はすぐさま後ろを向き、慌てて弁明を始める。

 

「お、落ちつけ二人とも! い、今のは霊力を封印するために必要なことだったんだよ!」

「ど、どういう意味!?」

「だから霊力を封印するんだって! 理屈は俺にもわからないけど、俺はキスした相手の霊力を封印できるんだよ!」

 

 だからその能力を使って、二人が霊力を無くしてしまえばもう争う理由はなくなる。このあたりは二人に了承して貰えるかどうかが問題だったが、説明する前にキスをされたので色々と面倒だった。

 とにかく、どうにかして二人の服を調達しなければならないのだが──

 

「狂三、はここにいないし……携帯も部屋に置きっ放しなんだよな……」

 

 狂三の分身体くらいなら島のどこかにいそうなものだが、このまま裸の二人を置き去りにして移動するわけにもいかない。

 どうにか出来ないかと思ったところで、どこかから声が聞こえてきた。

 

「おーい、士道君やーい」

「ちょ、士道! 誰か来たんだけど!?」

「狼狽。流石にこのまま人前には出られません」

「……いや、今の声は……」

 

 浜辺で寝ていたはずの千璃だ。あれからそれほど時間は経っていないはずだが、ここに来てくれたのなら都合がいい。

 というか、些か都合がよすぎるような気もするが……今はそうも言っていられる状況ではない。つなぎとなる制服を彼女に用意して貰えば、宿に戻ることも出来るだろう。

 しかし、声のかけ方からしてこちらの状況を分かっていて声をかけたのではないかと疑いたくなる。それならそれで助け舟を出してくれたということだし、都合がいいといえば都合はいい。

 

「千璃さん!」

「お、やっと出てきた。君があの二人を封印することを見越して制服用意しといたから、困ったら使ってよ」

 

 現在進行形で困ってました、と言って脇に抱えられていた二着の制服を持って二人のところへ戻り、すぐに渡して千璃のところへ戻ってくる。

 あのまま二人が着替え終わるところまで待つとなると、それはそれで士道の理性にひびを入れられかねなかったというのもあるし、千璃に礼を言うためでもあった。

 

「た、助かりました……」

「……こんな朝っぱらから盛ってるねぇ。若いっていいなぁ」

「そんなんじゃありませんよ。ただ、昨日二人が戦ってるのを止めたからお礼をしたいなんて言うもんですから……」

「そして森の中へ連れ込んで二人一緒に頂いちゃったと」

「だから俺は目を瞑ってただけで、キスしてきたのは二人の方です!」

 

 それから二人が出てくるまでからかわれ続け、士道は精神的にかなり疲弊することになった。

 森の方から出てきた二人はまだ顔を赤くしたまま制服を着ており、士道も少し顔を合わせづらかった。このままだと話が続かないと感じた千璃は、三人の間を取り持つように声をかけた。

 

「さて、私とは初めましてかな。士道君から話は聞いてるけど、どっちが耶倶矢ちゃんでどっちが夕弦ちゃん?」

「……私が耶倶矢」

「挙手。私が夕弦です。しかし貴女は士道とはどういう関係ですか?」

「んー……まぁ、協力者っていうのが一番近いかな。一応私も精霊でね。ちょっとした協力関係なの……あぁ、心配しなくても私が士道君を取ったりしないから安心していいよ」

 

 どちらかといえば千璃は疑心暗鬼で嫌われている方ともいえる。取るも何もないだろう。

 まぁ、千璃としても冗談で言ったつもりなのか、すぐに流して言葉を続ける。

 

「君たちが士道君と同じように学校に通いたいって言うならそれを支援するし、よっぽど無茶なこと言わない限りは希望を叶えてあげる」

「……本当に?」

「もちろん。精霊は君らだけじゃないけど、扱いは皆一緒にしてるよ。十香ちゃんもそうだし、狂三ちゃんもそう。他にも何人か精霊がいるけど、皆扱いは一緒」

 

 とはいえ、精神的にまだ幼い四糸乃などはそれほど我儘を言ったりしないし、千璃としても話半分で聞いているところはあるが。

 まだ子供である四糸乃に昼ドラは早かったなぁ……と後悔することもしばしばあったりするのである。

 それはさておき。

 

「歓迎するよ。とりあえず、君らは今日士道君と一緒の飛行機で天宮市に帰る。そのあと合流して、住む場所や今後のことを決めよう。それでいいかな?」

「うん。私はそれで構わないけど、夕弦は?」

「首肯。耶倶矢がそれで構わないのなら、夕弦からは何もいうことはありません」

「そう、それなら今後ともよろしくね。それじゃ、私は一足先に天宮市に戻ることにするよ」

 

 そう笑って、士道の横を通り過ぎていこうとしたとき。

 士道の耳元で、千璃は真剣な声色のまま告げた。

 

「狂三ちゃんと連絡が取れない。何か知っていたら後で連絡を頂戴」

 

 勢いよく後ろを振り向き、いましがた千璃が言った言葉を反芻させる。それはあまりに現実味がなくて、理解しがたいことであった。

 千璃が連絡を取れないだけならまだわかる。狂三とていつも千璃と連絡を取れる状況にあるわけではない。ましてや昨日のようなことがあったのなら、疲れて眠ってしまうこともあるだろう。

 だが、今日は士道の傍にもいなかった。いつもなら監視と称して傍にいるはずにも関わらず、だ。

 士道には、なんとなくそれがとても嫌な予兆に思えて──帰りの飛行機にて、その予感は本当だと確信した。

 

 ──時崎狂三は、この日、士道たちの前から姿を消した。

 




使い過ぎると死ぬ。という士道のことに関しては完全に独自設定です。といいつつ単にそう思わせているだけという可能性も……。
まぁ、全ての『天使』を扱うための『天使』とかどこぞの永遠の刹那みたいな設定はつけてません。面白そうだとは思いましたが。

次はそんなに遅くならないといいなぁと思いつつ。
次回から六巻です。遂に美九攻略開始か。それとも順番が変わって七罪か。その辺は気分次第で考えます(おい
……本当はハロウィーンに七罪編書きたかったんですけどね。終わっちゃいましたからね。

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