デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第二十九話:修学旅行

 

 七罪はテーブルの上に突っ伏してだらけていた。

 普段この時間帯は士道も十香も狂三も学校であるため、家にいるのは基本的に千璃か七罪となる。千璃はともかく、七罪は誰もいないならどこかへふらふらと出かけてしまうのだが。

 緑色の長い髪にまみれ、やることもなく暇そうにしている。

 千璃は同じテーブルの上にノートパソコンを開いて何やらやっているため、七罪の相手をしようとしていない。

 

「……暇だわ」

「修学旅行に便乗して遊びに行けばよかったのに」

「だって、同じ学校に通ってるわけでもないのに修学旅行は行けないでしょ。しかもなんかアンタが警戒するようなのもいるっていうし」

「〈贋造魔女〉を使えるならいくらでもごまかしようがあると思うけど……危ない橋は渡らないに限るから、その判断は正解かもね」

 

 DEMとて精霊かどうかを識別する機械を用意してくるだろう。無差別に襲い掛かることはしないはずだ。

 精霊を殺してどうするつもりかなど千璃の知るところではないが、千璃の目的に沿わないことだけは確かであるために排除する必要がある。

 そのためにはどうあっても戦力が足りない。

 やろうと思えば殺せるだろうが、多大な被害も考慮しなければならなくなる。それだけ厄介な相手なのだ。

 

「アンタも行くの?」

「沖縄だったら現地に行かなきゃならないけど、或美島ならすぐだし大丈夫でしょ」

 

 緊急時には航空法を丸々無視する形になるが、今更そんなものを気にしてすらいない千璃には関係のないことだ。

 伊豆の方にあるので距離的にはそれほどでもないのだ。……沖縄と比べれば、とつくが。

 

「修学旅行か……班をくめーと言われて友達がいなくて一人余った結果よく知らないグループでパシられるのが見えるわ……」

「えらく現実的な想像ね……青い空に白い雲。澄んだ海に磯の香。昔一度だけ海に行ったことがあるけど、悪くはなかったわね」

「……一人で?」

「家族とよ。娘と、孫と」

「子供がいたの?」

「血は繋がってないけどね……って、前にも言った気がするけど」

「覚えてないわ」

 

 七罪の言葉に苦笑する千璃。椅子にもたれかかって腕を組み、テーブルに置いてあったコーヒーを一口飲む。

 相変わらずだらけ切った体制の七罪だが、話を聞く気だけはあるようで、視線を千璃の方に向けている。

 

「どっちも今は居場所は知らないわ。三十年前に私は一度姿を消したから、足跡を知らないのよね」

「ふぅん……正直どうでもいいわ」

 

 でしょうね、と千璃はつぶやく。

 三十年前に一度死んだことさえ、驚きはしても七罪からすれば他人事に過ぎない。知ることで何が変わるわけでもないので、特に知ろうとも思わないのだ。

 そんなことよりも、七罪は持て余した暇な時間をどう潰すか考えていた。

 

「私も旅行行こうかしら」

「一人で?」

「うるさい」

「どこに行くにしても気を付けてね。いま日本は注目されてるから」

 

 特にDEMの目は厳しい。精霊を狩るための魔術師たちが在籍する場所であり、彼ら彼女らは常に獲物を求めている。

 如何に戦力が整っても精霊が現れなければ意味を持たないが、場所さえ分かればすぐにでも戦力を整えて送り込んでくる。

 今回の働きかけもまさにそれだ。

 七罪は隠ぺいすることに長け、トリッキーな戦い方で相手を惑わすことが出来る。しかしそれが直接的な戦闘力につながるわけではない。

 

「まぁ大丈夫だとは思うけど……ん?」

 

 コーヒーとは反対側に置いてあった携帯が音を鳴らす。誰からかと思えば士道からの電話だ。

 今の時間ならちょうど或美島についたころだと思うのだが、早速何かあったのだろうか。

 

「もしもし、どうしたの? まさか精霊でもいた?」

『いや、その…なんていうか、そのまさかの事態でして』

 

 冗談交じりに言った言葉を肯定されて驚く千璃。

 コーヒーを一口飲んで心を落ち着け、会話を再開させる。

 

「……君、精霊用の誘蛾灯かなんか? ていうか精霊ホイホイ? こうも立て続けに精霊と接触するとは……滅多なことではないと思うのだけど」

『俺も驚いてるんですけど、それはいいんですよ。それよりも──わぷっ!』

『士道。一体誰と話をしてる? この颶風の巫女たる八舞耶倶矢を選べばそれで済むはな──』

『否定。士道は私こそが八舞に相応しいと思っているはずです。悩殺です。夕弦の魅力にメロメロです』

『ちょ、かぶせんなし! 話してる途中じゃん!』

『疑問。何故夕弦が耶倶矢の命令を聞かなければならないのですか?』

『ああもう、お前らこっちで話してるんだから静かにしてくれ!』

「……うん。なんとなく状況はわかったよ」

 

 経緯はわからないが、話を聞くにどっちが可愛いか選べとかそんな感じのことをやらされているのだろう。

 

 ──しかし、二人? 八舞に相応しいとか言ってるし、どういうこと……?

 

 おそらくは士道もそのあたりのことを聞こうと思って電話をかけてきたのだろうが、携帯の近くでギャーギャーと騒いでいる声がよく聞こえる。女が三人そろうと姦しいというが、二人でも十分姦しいな、と思ってしまう千璃。

 結局、あとでもう一度かけ直すと言って電話を切ってしまった。

 千璃は嘆息し、すっかりぬるくなったコーヒーを口に含んで一息入れた。

 

 

        ●

 

 

『……双子の精霊?』

「ええ。なんでも、元々一人の精霊だったのが二人に別れたとかなんとか……」

 

 当の二人は令音が転入生ということで処理してくれた。琴里のこともあり、士道のこともあるので〈ラタトスク〉は基本的に以前と同じように協力を惜しまない。

 ただ、それは士道関係のことであって千璃に関係することは協力しないとはっきり言われている。

 千璃も文句はないので、好きなようにやらせているのだが。

 

『「八」か。〈颶風騎士(ラファエル)〉は確か弓矢の形状をした『天使』だったはずだし、可能性としてはゼロじゃないかもね』

「どういうことですか?」

 

 最初に電話をかけた時は耶倶矢と夕弦が言い争いを始めてしまって相談どころではなかったので、夜になってからかけ直したのである。

 エレンがカメラマンとして同行していることも既に話したが、そちらは千璃からすれば「予想の範囲内」らしい。

 旅行会社側で独自に雇ったといえば修学旅行について行ってもおかしくない役割であるし、そもそも修学旅行の行き先が変更になったのも観光PRが理由である以上は十分予想できたことだ。

 どのみち今は放っておいても問題はないと言っていたので、士道が気にすることではないのだろう。

 

『弓矢ってのはその名の通り弓と矢の二つがあって初めて意味を成す。つまりは一対で一つ。どちらが欠けてもいけないわけだ』

 

 それゆえ元々が多重人格でもおかしくはない。例え元が一つの人格でも、二つに分かれた程度ならばいうほどデメリットもないだろう。

 二人がそろわなければ『天使』の完全開放が出来ないが、片方だけでもそれなりの力は使える。予想としてはこのあたりが妥当か。

 

「多重人格って……でも二人は、元の人格は失われていて、どっちか勝った方が主人格になるって……」

『その可能性も否定はできない。そして、元からそんなものはなかった(・・・・・・・・・・・・・)可能性もね……私は元の性格や人格を知らないからね』

 

 千璃が知っているのは『天使』の能力や特性であって、個々人の性格までは把握していない。

 そもそも三十年前の時点で生まれていた精霊は三人しかいない。その中にいない時点で知っているはずがないのだ。

 琴里が持っている〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の霊結晶にしても、千璃は前の所有者を知っていた訳ではない。すべての精霊は一度己に合った肉体を得ているはずだという己の予測の元、前の所有者が何者かに殺されたのだろうと考えたに過ぎないのだから。

 

『何はともあれ、現状は様子見かな。詳しいことは調べて見ないとわからないけど、負けたほうの人格が永遠に失われるとも限らない』

「……どういうことですか?」

『あくまでも表に出てくる人格がどちらか一方であって、もう一方は普段は眠っているか表に出てこれない状況に陥る。そういう可能性もゼロじゃないってことよ』

 

 希望的観測ではあるが、ネガティブなことばかり考えても仕方がない。

 一応は精霊に関してそれなり以上の知識を持つ千璃の言葉だ。ある程度は信用がおけることは間違いないだろうが、実際に調べてみないとわからないこともある。

 どうにか合流したいが、エレンと鉢合わせになれば戦闘は必至。折角の修学旅行を大人の都合で台無しにするのも気が引けるから、耶倶矢と夕弦に来てもらうのが一番だと千璃は言う。

 

「でもあの二人、俺にどっちが魅力的か決めて貰うまで離れないって言ってますけど」

『どっちも助かる道があるって言えば喰いつくでしょう。ま、急ぐことじゃないし、修学旅行を楽しんでからでいいと思うよ』

 

 耶倶矢か夕弦を主人格に、というのは何も今すぐ決めなければならないことではない。今まで散々戦って決めようとしてきたが決まらなかったことを鑑みるに、どちらかが致命傷かそれに近い傷を負わなければ敗北にはならないのだろう。

 あるいは心が折れればどちらかに統合される可能性もあるが、幾らか疑問は残る。

 例えば、二つに分かれて今までどちらかに統合しようとした。幾らでも時間はあったはずなのに、どちらも致命傷を負うことがなかったという事実。

 実力が拮抗していればそうなるのは当たり前と思うかもしれないが、実力が拮抗している場合はむしろ結果は逆──短期で決まる可能性が非常に高い。

 

『──戦闘のタイプが違えば話は変わるけどね。でも、百戦やったとか言ってるあたり時間はそれなり以上にあったはずだよ。それでも互いに生きてるってことは、互いに互いを殺す気が無い(・・・・・・)のかもね』

「それって、つまり……二人とも、互いを生かそうとしているってことですか……?」

『可能性の上の話さ。机上の空論かもしれない。……どちらにしても直接見ていない以上はなんともいえないかな』

「それでも、二人とも生き残れる可能性はあるわけですよね?」

『君がデレさせてキスすれば全部解決なんだけどね』

 

 そりゃそうかもしれませんけど、と士道は苦笑する。

 先程までの推測は士道が絡まずに決着をつけた場合の可能性の話。それらの前提をことごとく覆すことが出来るのだから、無意味といえば無意味だろう。

 それが簡単に出来れば苦労はしないという話なのだが。

 

「シン、少しいいかな?」

 

 そう考えているとき、部屋の外から令音の声が聞こえてきた。

 「またあとで連絡します」とだけ伝えて通話を切り、令音を部屋に招く。いつも通りの白衣だが、表情は少し訝しげだ。

 

「どうしたんですか、令音さん?」

「……いや、〈フラクシナス〉との連絡が途絶えていてね。何かあったのかもしれないし、一応君に伝えておこうと思ったのだが……」

 

 令音の視線は士道の持つ青いスマートフォンへと向く。

 先程まで通話していたため微妙に熱を持っているそれをじっとみる令音の目は興味深そうだった。

 

「……君はさっきまで樋渡千璃と通話していたのかね?」

「え? ええ、まぁそうですけど……通話も出来ないんですか?」

「電波妨害がされている、と考えるのが一番可能性があるのだがね。現に私の携帯は通じなかった。君のそれは、どうして繋がるんだい?」

「どうしてって言われても……これ、千璃さんが作った特別性なんですよ」

 

 通常の電波妨害では妨害出来ない特殊な携帯。千璃が創ったのならありえるかもしれない、と令音は考える。

 逆に言えば、そうでもしなければ潜り抜けられないような妨害がかかっているということでもある。

 仕掛けたのはおそらくDEMだろう。島であったことを外に伝えさせないつもりでいるのか、それとも一時的に邪魔を入れさせないためか。おそらくは後者だろうが、どれだけ派手にドンパチやるつもりなのかという話である。

 

「外部との連絡手段はあるが、それだけではどうしようもない、か……」

「そうでもありませんわよ。わたくしたちがいれば、ある程度の事態には対処できるでしょう」

 

 士道は慣れたものだが、令音はピクリと眉を動かして驚きを表す。士道の影から狂三の分身体が現れたのだ。

 島のいたるところで警戒している狂三の分身体だが、本体は今頃耶倶矢と夕弦を連れて風呂に行っているはずである。士道に迷惑をかけているからと額に青筋を浮かべた狂三に連行されていた二人を見ると、士道の頭の中にはドナドナとメロディーが流れていた。

 耶倶矢と夕弦は自分勝手にしようとしていたが、狂三もまた封印されていない全力を使える精霊である。正面から戦うと二人の決闘どころではないと判断したのだろう。比較的おとなしく連行されていった。

 それはともかくとして、狂三が現れたのはそれを告げるだけではない。

 

「わたくしたちの一人が殺されましたわ。あのエレンとかいうカメラマンに対して、ちょっと実力を見るためにちょっかいを出してみたのですけれど、見事に一蹴されてしまいましたわ」

「……狂三。なるべくでいいから、分身体だからと使い潰すようなやり方はやめてくれ。例え本体が死んでなければ大丈夫とはいえ、仮にも狂三の死体だ。俺はそんなの見たくない」

「あらあら、お優しいことですわね。でも、必要なことですもの。なるべくならそうしたいものですけれどね」

 

 士道の言葉に笑みを浮かべる狂三。

 たったこれだけの会話でも二人の仲を邪推してしまいそうになるが、霊力が封印されていないということはキスもしていないは確実だ。

 令音としては手早く霊力に封印処理を施してほしいところなのだが、彼女の力は様々な形で役に立つ。今のままの方が都合がいいというのも事実ではあった。

 

「……ともかく、君たちも気を付けることだ。DEMが何かしら企んでいることは樋渡千璃とてわかっているだろうが、彼女は決して万能ではない」

「言われずともわかっていますわ。わたくしの役目は士道さんを守ること。邪魔をするなら同じ精霊であっても多少のお灸は覚悟していただく所存ですわ」

「ならば良いのだがね。琴里も今は本部に出向している。頼りになる戦力は事実上君だけかもしれないのだから」

 

 〈フラクシナス〉も一応待機はしているはずだが、連絡が取れない以上はあまり期待も出来ない。

 十香もまた精霊ではあるが力は封印されている。下手に戦闘をさせると逆に討たれる可能性がある以上、あまり前線に出させるわけにもいかない。

 そして極めつけは耶倶矢と夕弦のことである。

 

「彼女たちは〈ベルセルク〉と呼ばれていてね。世界中で目撃されている比較的出現頻度が高い精霊だ」

 

 空間震の規模はそれこそ十香よりも大きいが、基本的に空中に発生するのでそれそのものでの被害はない。

 問題はその後の二人にある。

 突発的な移動する台風のように、長距離を移動しながら暴風をまき散らすのだ。二人が通った後は甚大な被害を受けた街も少なくないし、事実として〈ラタトスク〉もASTも優先対象に入れている。

 この二人が引き起こす被害は最早災害のそれと同じなのだ。攻撃する意思があるでもなく、誰かを憎む意思があるわけでもない。

 ただ二人が争いながら移動するだけで甚大な被害をまき散らす意思ある自然災害。

 ──精霊とは、少なからずそういう存在であると再認識させられる士道。

 

「今回、私は二人の援護に回る。君をデレさせる側だな」

「は……?」

「出来ることなら二人同時が望ましいのだが……そうなるように調整できるかは君の協力にもかかっている」

 

 単純な問題として、八舞という精霊は二人いる(・・・・)

 士道と十香のように互いにパスが通っている可能性もある以上、封印するなら二人同時というのがベストだ。その為の協力を令音は惜しまないという。

 元より精霊を救うための組織である。ある程度の行き違いがあったとはいえ、士道にしかできないという根本的な問題は解決していない。令音が協力するのも彼女からすれば当然なのだろう。

 他の女性を口説くということで、狂三はあまり面白そうではないようだが。

 

「まぁ、そういうことだ。今日は早めに休んで明日に備えてくれ」

「わかりました」

 

 令音がドアから退出すると同時に狂三も影の中に潜っていき、士道は一度だけ大きくため息を吐いた。

 

 




あれ……正妻は十香の予定なのに狂三が正妻っぽくなってる……。

耶倶矢と夕弦は口調があれなのでちょっとどうしようか迷ってます。
……どっちか減らそうとか。もうここまで来たらいっそ独自路線で原作関係なくやっていくのが一番楽なんですけどね。
この二人は殺し愛が一番に会う気がします。某剣鬼と摩利支天みたいに。

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