ウェストコットから「〈ホワイト・リコリス〉を使いたい者がいるなら自由に使ってもらって構わない」と連絡が来たのは、折紙が飛び出した十数分後のことだった。
ちょうど交代の時間に起きてしまったので準備に手間取り、いち早く飛び出した折紙を追いかけることになったASTのメンバー。
道中に〈ナイトメア〉が出現したため、やむなく一時撤退をすることとなる。真那が敵わなかった〈ナイトメア〉を相手にASTだけでは荷が勝ちすぎると判断されたためだ。
そんな中での、ウェストコットからの通達。
理論上「精霊を一人で殺せる」装備として開発された〈ホワイト・リコリス〉だが、実態は使用者をわずか三十分で廃人にしてしまう欠陥兵器だった。無論使用者によっては使うことすらままならないこともあり、兵器としては三流以下だろう。
当然、使い手がいるとも思えなかったし、使えるものがいるとも思わなかった。
「私が使います」
折紙がそう告げるまでは。
●
琴里の哄笑が辺りに響く。
相手を徹底的に見下して嘲笑う。今までの琴里なら分別は持っていたからこんなことは言わなかった。
だが、今の彼女は違う。
徹頭徹尾士道のために。その他の存在など塵芥としか思っていない狂人の思考。
それが、折紙の理性を吹き飛ばした。
「き、っさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
夥しい数のミサイルが射出され、煙が軌跡を描きつつ琴里へと向かう。
だが、それで終わらない。
「──指向性随意領域・展開! 座標固定(二七四、三四三、九七)──!」
身を守るための防性結界ではなく、相手を閉じ込めるための結界。内部に閉じ込められた琴里は少しだけ驚きを露わにしつつも、球場の結界を見て把握する。
とはいえ、一瞬でこれを破壊することなど流石に出来ない。逃げ場のない爆風に晒され、爆発に焼かれながらも琴里は倒れない。如何な精霊であろうと、あれを食らえばただでは済まないはずなのに。
傷は負った傍から舐めるように炎が出て修復されていく。
「許さない。お前が、お前が私のお父さんとお母さんを──ッ!!」
何事もなかったかのように佇む琴里だが、苛烈な攻撃を加える折紙を"敵"として殺そうと動く。
しかし琴里とて何もしていないわけではない。戦斧を振り下ろして結界を攻撃し、同時に周りの炎が蠢いて琴里を封じ込める結界を打ち壊した。
「〈■■殲鬼〉──」
ザザザッ、と言葉にノイズが混ざる。
その違和感に、近くで伏せていた士道が眉をひそめた。
「……なんだ、今の……?」
「確かに、具体的には言えない違和感がありましたわね」
「なんなのだ、あれは。なんとなく、嫌な感じがするぞ……」
琴里の右手に現れた棍。そして纏った炎から己を創り出し、戦斧として構える。
パッと見は先日見たそれと同じものだが、棍に巻き付くように黒い紋様が描かれていた。
それに、どことなく禍々しい感じがする。十香が「嫌な感じ」と称したのもそれが理由だろう。
明らかに『天使』のそれとは違っていた。先日のそれと似ても似つかない場所があるにもかかわらず、一部は先日見たものと全く同じで──まるで、全く別のものを無理矢理くっつけたかのような歪さが、そこにはあった。
「防性結界──」
「弱い」
無造作に振るわれた、ただの一撃。
上方から振り下ろされた戦斧の一撃はアスファルトの地面を折紙の随意領域ごと砕き割る。思わず膝をつく折紙だが、それだけでは諦めない。
至近距離にいることを利用し、巨大なユニットの砲口を琴里へと向けた。
「討滅せよ──〈ブラスターク〉!」
眩く光る青白いレーザーが琴里の矮躯を軽々と吹き飛ばす。霊装で守られているとはいえ、これほどの恐ろしい威力を持った兵器を至近距離で受けては無傷でなどいられない。
魔力光の奔流に呑み込まれてなお戦斧を振るい、十数メートルという距離を開けてその攻撃を相殺した。
戦斧を振るうと同時に撒き散らされる爆炎は折紙を追い詰めるように周りを覆い、二人は相対する。
「はぁ──はぁ──ッ!」
顔色は真っ青で息も絶え絶え。攻めているのは折紙の方だというのに、一撃ごとに寿命を削っているかのような印象さえ受ける。
それほどまでに脳を酷使する兵器なのだ。常人には扱うことなど出来ないそれを使っている以上、代償はあってしかるべきといえた。
「くっ……どうにか、二人を止められないか?」
爆風と爆炎で近づくことすらままならない。このままではどちらかが死ぬまで戦い続ける──いや、現状を見るだけでも折紙が圧倒的に不利だ。
何せ琴里は霊装で身を守っていながら、ダメージを受けても回復する。千璃のように強制的に意識を落とすことが出来ない以上、徐々に追い詰められていくしかない。
再生限界があるかどうかも定かではないのだから、戦っている折紙の精神的疲労は相当なものだろう。
背負っている巨大なユニットを使っているせいで顔色も相当悪い。
「このままだと、折紙が……」
「そうですわね……とはいえ、下手に手を出すと両方の攻撃に巻き込まれかねませんわよ」
「……なら、私が鳶一折紙を止める。シドーと狂三は琴里の方を何とかしてくれ」
「いいのか?」
「今の鳶一は見ていられん。琴里の方はシドーにしかどうにか出来ないのなら、これが一番だろう?」
今の折紙は理性が飛んでいる。邪魔をするなら士道であっても殺しかねない危うさを秘めているのに、十香は自分が行くという。
士道は反論しようとして、それが最善とまでは言えずとも次善ではあると理解してしまった。
最悪、千璃の作った武装を纏う狂三の分身に援護をしてもらえばいい。狂三もそれはわかっているのか、士道に向かって一度頷いた。
「……ありがとう、十香。すぐに何とかして見せる」
「うむ。頼んだぞ、シドー」
「狂三も、頼んだ」
「承りましてよ」
たがいに頷き合って、タイミングを見計らう。
二人が激突し、距離をとって出来た空白の時間。
その瞬間に三人は走り出した。
「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す──絶対に、お前だけは殺すッ!!」
青白い顔で、今にも倒れそうになりながら折紙は再度ミサイルポッドからミサイルを射出する。しかしそれは琴里に向かう途中でほとんどが撃ち落される。
十香の振るった剣の一撃と、背後に構える狂三の分身体の援護射撃によるものだ。琴里へと向かって撃った以上、彼女に近づく狂三の本体と士道が必然的に巻き込まれる形になるため、どうしても迎撃する必要があった。
剣を正眼に構え、十香はまっすぐに折紙を見る。
十香だとはっきり認識できているかどうかも定かではない。びっしりとかいた汗に真っ青な顔色。足取りは覚束ないうえに頭痛を堪えるように時折顔を歪めていた。
そんな中でも、琴里と自分の間に立った十香を認識する。
「邪魔を、するな……!」
「それはこちらのセリフだ、鳶一折紙。邪魔をするな!」
にらみ合う十香と折紙。その一方で、琴里と士道、狂三もまた相対していた。
炎を纏った戦斧を持ち、笑顔で士道を見る琴里。だが一方で、狂三を見るとき嫌なものを見るような鋭い眼光を宿していた。
「もうやめるんだ、琴里!」
「やめる? やめるって何を? 私がおにーちゃんと結ばれるためには、おにーちゃんに言い寄る女は皆殺しにしなきゃいけない。色目を使う女なんておにーちゃんの傍にいちゃいけないの」
狂三が放つ停止の弾丸である【
これでは琴里本人を止めることが出来ないため、使うだけ霊力の無駄になってしまう。
それに、これはあくまでも保険でしかない。止めるのは士道の仕事だ。
「私は私のためにこの力を使う。私とおにーちゃんの仲を引き裂こうとする奴なんて要らない。おにーちゃんに言い寄る女は皆消えちゃえばいいんだ」
哄笑を上げながら炎をまき散らす琴里。士道にこそその炎は届いていないが、狂三は霊装を纏っているとはいえ熱そうに顔を歪めている。
それを見た士道は、狂三の前に来るように位置を調整して琴里へ歩み寄っていく。
好感度なんて考えるまでもない。今の琴里は士道への好意を前面に押し出しているのだから。
「十香も四糸乃も狂三も鳶一折紙も、みんなみんな殺してあげる。私だけが士道の傍にいる。私だけがおにーちゃんの傍にいられるようにする。だから──今だけは、邪魔をしないで」
炎が吹き上がり、士道の肢体を絡めとる。物質化したそれは熱さこそないが身動きが取れない。
士道とキスはしたい。
しかしそれをやってしまえば霊力が封印されると琴里は知っているのだ。
だから、今は士道の動きを封じて先に狂三たちを片付けようとしている。士道の横を素通りし、背を向けて狂三の方を向いて。
「やめろ、琴里! クソっ、これを外せ!」
「駄目だよおにーちゃん。おにーちゃんに色目を使う女がいる限り、私の力を封印させるわけにはいかないの。おにーちゃんがきちんと私のものになるまでは、絶対に誰にも邪魔させないようにしなきゃ」
「こんなことをして──十香や狂三、四糸乃や折紙を殺して、俺が今まで通りに接することが出来るって本当に思ってんのか!」
『天使』を構えて迎撃しようとしていた狂三だが、ぴたりと動きを止めた琴里の体が士道の方へと向き直る。
意識が完全に士道の方へ向いている。いまならあるいは『天使』が通用するかもしれないが、実験的に行動して士道の行動を無駄にしたくはない。
任せると決めた以上、自分はあくまでサポートに徹するべきだと狂三は判断した。
「何度でもいうぞ──俺は、十香や狂三、四糸乃や折紙を殺したお前を今まで通り可愛い妹としてみることなんか出来ない!」
「じゃあ、おにーちゃんに言い寄る女はそのままにしておけっていうの? おにーちゃんに色目を使ってすり寄る女を、認めろっていうの? ──そんなの駄目だよ。おにーちゃんの傍には私がいる。私だけがいる。私だけがいればいい。私だけがいればそれでいいでしょ? 他に誰も要らない。何も、何も要らない! そうでしょ!? 私が一番傍にいた。私が一番近くにいた。私が一番一緒にいた。私が一番暮らしていた! 誰よりも何よりも愛してるおにーちゃんをほかの誰かに渡せっていうの? 冗談じゃない。そんなの認めない。絶対に認めない。おにーちゃんは私と一緒にいるのが一番幸せなの。今までそうだったように、これからもずっとそう。誰にも邪魔させない。絶対、絶対絶対絶対絶対絶対──おにーちゃんは誰にも渡さない」
琴里の手にある戦斧が──『天使』であるはずのその武器が、黒い輝きを持ち始める。
矛盾しているようでありながらもそうとしか表現出来ないその現象に士道はただ目を見開いて驚くことしか出来ない。
「おにーちゃんは永遠に逃がさないって、そう決めたんだから」
「狂三!」
「【七の弾】──【
とても嫌な予感がした。
だから、無理をしてでも狂三に琴里の動きを止めてもらい、この物質化した炎を消して貰った。そうしなければ、取り返しのつかないことになりそうだったから。
消失した炎と停止した琴里。周りの炎は琴里が停止したことで連動するように動きを止め、士道を縛る物質化した炎は霧散して消えていく。
目の前にいた琴里を抱きしめるようにして唇を重ねる。
唇の柔らかい感触を感じながら、霊力が流れてくるのを感じて──同時に、ぼんやりとした記憶が流れてくるのを感じた。
●
それは五年前のある日のことだった。
琴里の誕生日。泣き虫だった彼女の前に現れた形容しがたい"何か"。
何故琴里のもとに現れたのかはわからないし、ただの気紛れだと言われたらそれまでの話だろう。少なくとも、"何か"の目的は到底わからなかった。
強くなりたいと願う少女に渡したのは、赤い宝石のようなもの。
触れれば体内に吸収され、人の身から"精霊"に変わってしまう異質な力。
琴里が叫び声を上げると同時に撒き散らされる炎の渦。同時に走る一条の閃光。姿を消す"何か"。
理解できなかった。
──何、これ。
体が痛い。蹲ったままの態勢で痛みに耐え、どうにか痛みが和らぎ始めたころにそれを見た。
町が燃えている。
琴里の大事なものが、大好きなものが、皆燃えて消えていく。
どうして、と考えるまでもなかった。自分にまとわりつく炎が、視界に映るすべてのものを焼き尽くしている。制御不能の爆弾のようなそれは、琴里の意思とは無関係に蠢き続けていた。
──いやだ。なにこれ、なんなの……。
燃えていく街並みを見ながら、一つの影が近寄ってくる──士道だ。
誰よりも大事で。何よりも大好きな兄。
琴里のみを心配して近づいてくる彼を、琴里は拒絶するように叫ぶ。
──来ちゃだめぇぇぇぇぇぇ!!
視界に入るすべてを焼く焔は、士道とて例外ではなかった。
大きく吹き飛ばされた士道は地面に激突し、琴里の炎によって大きく焼け爛れ、即死していないことが奇跡だとでも言わんばかりに。
肩から腹部にかけて大きく抉られた肉。焼けて爛れた皮膚。地面と激突したことによる打撲。素人目にしても到底助からないであろう傷を治したいかと、琴里に力を渡した"何か"は言う。
言われるがままにキスをして、傷痕に炎が這ったかと思えば傷が無くなっている。
意識を取り戻した士道に誕生日プレゼントだと渡された黒色のリボン。直後に三度現れる謎の"何か"。
【私にとって最高の結果を与えてくれてありがとう。──心配せずとも、私は君たちに危害を加える気はないよ】
ノイズがかった謎の"何か"は笑ったような気がした。男か女か、老人か子供かすらわからないその存在は気味が悪く、幼い二人には少なからず恐怖がある。
ゆらりと手を伸ばしてきた時も、とっさに逃げようとしたにも拘らず、射竦められたかのように体が動かなくなってしまうほどに。
【でも今は、私のことを知らなくていい。少し忘れていて貰うよ】
その手が琴里の額に触れる直前、思い出したかのように"何か"は言葉を紡いだ。
【ああ、そうだ。──もしもこのことを思い出す時があったら、その時はきっと『彼女』が既に動いているころだろう。これは警告。思い出したら覚えておいて──樋渡千璃には気を付けるんだ】
──その直後に、世界は暗転した。
●
──今のは……?
流れ込んできた映像は士道の主観ではなく──琴里のものだった。
五年前の琴里の誕生日。その日に起こった惨劇。現れた"何か"。
考えるべきことが増えた。
「おにーちゃん……」
士道の腕の中で、霊装が空気に溶けるようにして消えていく中で、琴里は意識を失っていた。霊力封印の影響なのだろうか、と考えるがよくわからない。
周りを見れば、琴里の周りに渦巻いていた炎は消えている。狂三も無事のようだし、十香も所々傷を負っているものの、大きなけがはない。
折紙は倒れ伏して動かなくなっていた。
十香に聞いてみると、戦っている中でいきなり倒れたのだという。
「……とりあえず、終わったのか……?」
「と、思いたいところですわね。まぁ、流石にこのままにしておくわけにもいきませんし」
狂三が『天使』を使って折紙に撃ったのは【四の弾】──時間回帰の弾丸だ。
折紙の負っていたひどい怪我は時間が巻き戻るようにして消えていく。狂三はその分の代価としてある程度の時間を貰っているようだが、士道は疲れ切っていてもう何も言う気力が無かった。
半分死人のような顔色だったため、狂三が気を利かせたのだろう。彼女が死ねば士道が悲しむ、と。
そんな時だ、千璃から連絡が来たのは。
『何とか事態は収拾したみたいね』
「ええ、なんとか……そっちはどうだったんですか?」
『エレンとウェストコットは上手いこと抑えられたわ。まぁ、詳しいところまでは知らないけど──かといって、そっち側に加勢に行ったところでねぇ』
琴里はおそらく千璃に対して悪感情を持っている。おそらくというよりもほぼ確実に、だろうが、この状況で彼女がいれば自体は更に悪化した可能性もある。
結果的にいない方がスムーズに話は進んだということだ。
「そうだ、琴里は……」
『こっちに連れてきてよ。聞きたいことと調べたいことがあるから』
「調べたいこと?」
『そう──中途半端に反転したこととか、ね』
●
「事態は収拾したようだね」
ウェストコットはホテルの一室で紅茶を飲みながら、炎上していた街の一画を見下ろしていた。
その背後にはエレンがいて、エレンの突き刺すような視線の先には金髪の青年がいた。
『結構。君たちに手を出されると少々困ったことになるのでね。私としても一安心している』
貼り付けたような笑みを浮かべながら、青年は静かにそう告げた。エレンは警戒の色を前面に押し出しているが、ウェストコットはそれを気にせずベランダからリビングへと足を踏み入れ、紅茶の入ったカップをテーブルに置く。
今回の事態において、ウェストコットは手出しをする気が無かった。
確かに精霊を殺害することはウェストコットの目的のために必要だが、今更焦ってやらなければならないことではない。
それに、今回はそれよりも重要度の高い存在と接触できた。
「センリは元気にしているかな?」
『ああ。いまでも十台の幼子のような女だよ──君たちへの恨み辛みも忘れてはいないさ』
「ふふ、それは当然だろうね。私たちは一度彼女を殺そうとした。一度は志を共にした以上、その恨みも深いことだろう」
千璃の憎悪を受けながらも飄々とした態度を崩さない。本人がここにいないこともあるのだろうが、それ以上に彼女が目の前に現れても大丈夫だという自信があるのだろう。
ウェストコットの首を落とすためにはエレンを破らねばならない。
最強の魔術師であるエレンの実力はウェストコットはもちろん、千璃もよくわかっている。
ゆえに下手な手出しは出来ない。
『君のことだから、私を切り捨ててでもあの場所へ赴こうとするものだと思ったのだがね』
「私はアイクの意思に従うだけです。その為にはあなたを切るのも厭いませんが──今はどのみち無理だとわかっていますし」
「……まったく、意地の悪い。三十年前のままならばいざ知らず、今のあなたは実体がない。殺すことなど不可能だと知っているだろうに」
『だが、随意領域をかなりの練度で使いこなす彼女ならば、一時的にでも私を封じ込めることは可能であるはずだが?』
「それは封じただけであって殺害できたわけではない。それに、今あなたを切り捨てたところでセンリがいる以上は無駄だろう」
青年の存在は千璃に依存している。今ここで青年を切り捨てることが出来たとしても、千璃がいる以上その存在を消し去ることが出来るわけではない。
殺したいのならば、まず千璃の首を刎ねることが第一条件。
そのうえで、実体化した青年の首を刎ねなければならない。
「反転体を持たない聖守護天使であるあなたは、我々にとっての最大の目標の一つだ。いずれその首を刎ねるため、剣を振るわせてもらうとするよ」
『ふふ……全く、これだから人間とは面白い。無駄なことをよくもまぁ好んでやるものだ』
「未知に挑戦するのは人間の性だよ、聖守護天使どの」
『ならば、私は傍観させてもらうとするよ。君たちの精一杯の足掻きを私に見せてくれ。なに、一度は不可能を可能にしたのだ。君たちならばあるいは私に刃を届かせることが出来るかもしれん』
「悪逆の魔王の首を刎ね、その力を以てして──あなたを討ちに行く。その時を楽しみにしていてくれたまえ」
『ああ、ゆっくりと待たせて貰うが──あまりのんびりしていると千璃が全て"終わらせて"しまうぞ?』
青年はゆっくりと空気に融けるようにして姿を消し、張りつめていた緊張感をゆっくりと解いていく。
エレンもまた手にかけていた剣を収め、ワイヤリングスーツからスーツ姿へと服を変える。
ウェストコットは炎上した街を見下ろして、先程までいた青年のことを考えていた。
──やはり、三十年前と変わらない。
あくまでも千璃に肩入れする。それは彼女が、青年を生み出した──あるいは呼び出した──者の血族であるからなのか、はたまた別の理由があるからなのか。それはウェストコットには到底計り知れない。
だが、それでいい。それでこそやりがいがある。
三十年の間、ウェストコットとエレンが何もしていなかったわけではないのだ。
準備は終わりつつある。
すべての歯車は動きつつある。
「──さぁ、我々の戦争を始めるとしようじゃないか」
流れ込む一陣の風を浴びながら、ウェストコットはそう呟いた。
取りあえず四巻分は終了となります。しかしいろんな人から嫌われている千璃ェ……。
ちなみにウェストコットとエレンが千璃をカタカナで呼んでるのは単に二人が外国人だからってわけじゃないです。
感想とか頂けると嬉しいです。