デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第二十五話:〈イフリート〉前編

 

 広大な空にたなびく雲の合間に、赤い点が一つ。

 目も覚めるような真紅の髪と紅玉のような瞳。頭部に生えた二本の角と和装。天女を思わせるその恰好は少女の美しさを一層際立てる一つの装飾品だった。

 手には戦斧。

 纏うは業炎。

 AST、〈ラタトスク〉両勢力に〈イフリート〉と称される精霊が、そこにいた。

 地表にまっすぐ落下する様は彗星を思わせるが、少女は途中で減速して町を睥睨する。

 

「……おにーちゃんはどこかしら」

 

 少なくともこの町からは出ていないはずだ。空間震警報が鳴り響く中、少女──琴里は静かに考えていた。

 まぁ、どこにいようと関係ない。地の果てまで逃げたとしても、自分は追いかけ追いつめ捕まえて見せる。

 それが出来る力がある。

 

「ふふ……逃がさない。絶対に逃がさないから」

 

 士道のことだ。自分も救おうとしているはずだから……まずは、町を焼いて炙り出そう。それが一番手っ取り早そうだ、と琴里は考える。

 やることは簡単だ。ただ顕現させた炎を無秩序にばらまけばいい。

 町を焼いて逃げ場をなくすと同時に、自分はここにいると示す。ASTも寄ってくるかもしれないが、もうどうだっていい。士道と自分を引き離そうとする存在は全て敵だ。

 万象一切滅尽滅相。

 

 ──私とおにーちゃん以外は要らない。邪魔するものはすべて灰になってしまえばいい。

 

 琴里の持つ本来の独占欲と〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の調整不足による破壊衝動が合わさった結果だ。

 親鳥を求める雛のように純粋に士道を追い求める一方で、それに至るまでのことごとくを破壊せずにはいられない、どうしようもない性。

 琴里本来の自我が完全に呑み込まれたわけではなく、彼女自身が求めたことによる意識の統合。

 その力を使って壊すことに、灰にすることに忌避感すら抱かなくなる冷徹な狂気。ある種千璃にも似たところがあるが、その思いは千璃と違って他者へ向いている。

 町の一区画を灰にしながら士道を探して歩き回り、ASTが現れないことに疑問を持ちつつ、その時を待つ。

 

 ──そして、彼は現れた。

 

 

        ●

 

 

 町が赤く染まっている。

 空間震による被害が無い、ということに疑問を感じる間もなく、折紙は飛び出していた。慌てるようにして日下部たちが後に続くが、折紙はそんなことにかまっていられなかった。

 すぐ近くに仇がいる。

 復讐すべき敵がいる。

 自身が出せる最大の速度をもって飛行し、炎上している町の一画へと急ぐ。

 だが、そう簡単には行かなかった。

 

「ふふ。ここから先は通行止め、ですわよ」

 

 横合いから放たれた弾丸が折紙の随意領域を侵し、その矮躯を弾き飛ばす。

 赤と黒で彩られたドレスを纏った少女──狂三が折紙の行く手を阻む。

 狂三の持つ『天使』によって作られた分身体、およそ二百体の分身がそれぞれ武器を持ち、ASTを先へ行かせまいとして立ちふさがった。

 

「〈ナイトメア〉──ッ!!」

「叫ばずとも聞こえていますわ。あなたの気持ちも痛いほどわかるのですけれど──わたくしとしても、あなたがたを通すわけにはいきませんのよ」

 

 この先には士道がいる。折紙ならば間違っても攻撃することはないだろうが、琴里は別だ。

 死んでも殺したい両親の仇。折紙が正体を知っているかどうかは狂三にはわからないが、通すなと言われた以上は通すわけにはいかない。

 ASTは琴里を殺しにかかるだろうし、今の琴里は暴走して危険だと千璃は言っていた。余計な犠牲を減らす意味でも、今はASTを通すべきではない。

 

「貴女に構っている暇はない。私は〈イフリート〉を討伐しなければならない」

「それをさせないために、わたくしがいるんですのよ」

 

 続々と追いついてきているASTのメンバーも手に持った銃で撃ち落としつつ、狂三はそういう。

 ギリッ、と歯を食いしばり、折紙はどうにかしてこの先へ抜けるための策を練る。凄まじい数の分身体がいる以上、単純に突破することは難しい。『天使』を使われれば先日の真那の二の舞だ。

 ──だが。

 

「……『天使』を使っていない……?」

 

 使う必要が無い、と言われればそれまでなのだろう。随分と舐められているが、単純に霊力だけを消費するわけではなく、それ以外にも代償があるような口ぶりだった。

 できれば使いたくない最終兵器、という位置づけなのだろう。

 ならば折紙からすれば好都合。数が多く驚異的でも、それだけならまだどうにかできる。

 

「無理矢理にでも、押し通る」

「叩き潰してさしあげますわ」

 

 手に持ったレイザーブレイドを振るって狂三に切りかかる折紙。狂三はそれを二丁拳銃を交差させて受け止め、背後に控える別の狂三が銃口を折紙へと向ける。

 銃口が定まった瞬間、引き金が引かれた。

 その直前に身をひるがえして銃口から体を逸らす折紙。銃弾は前見たものと同じで千璃が創造した魔弾であり、折紙の随意領域では受け止めきれないと悟ったからだ。

 連続して響き渡る銃声。

 連続して放たれる銃弾。

 おそらくはここにいる狂三だけが全てではないと思うが、そうでなくても十分すぎるほどの脅威だ。

 

「くっ──」

 

 物量の差も、実力の差も、思わず自傷してしまいそうになるほどに痛感する。

 

 ──こんなにも、自分は弱い。

 

 精霊一人殺すことも出来ずに、ただ圧倒されて、目の前に居る仇の場所へも辿り着けない。

 そんな思考をしてしまった一瞬の空白。

 その隙に、狂三は折紙を蹴り飛ばして距離をとる。ASTのメンバーである以前に、彼女は士道に近しい人物だ。むやみに殺しては士道へどんな影響が出るかわからない。

 

 ──ただでさえ厄介な状況なのですから、これ以上問題を増やさないで欲しいものですわね。

 

 今の士道は精神的に脆い部分がある。千璃によって植えつけられたPTSDが作用し、士道の心を縛っているのだ。

 そのうえで士道に近しい折紙を強制的に排除すれば──事実はどうあれ可能性の問題として──矛先は千璃か狂三へ向くことになる。

 二人とも自らASTを襲っていたからこそ、士道にとって"あり得る話"として処理されかねない。それが狂三でなく、千璃でもない場合でも同様に。

 だから、今の時点ではなるべく士道の周りの環境を変えないことを優先する。

 ゆえに折紙は"殺されていない"のだから。

 

「面倒ですわね、本当に」

 

 両足を撃ち抜いて行動不能にするくらいならば問題はないだろう。"本体"がいないので今は無理だが、怪我そのものは狂三の『天使』でも治せる。 

 少し離れた場所で相手をしているASTも同様に。今は手を出されないようにすることが先決だ。

 明確に目的をもって動こうとした狂三。その一歩目を踏み出そうとしたとき、折紙は歯を食いしばって悔しそうな顔をした後、距離をとって撤退を始めた。

 

「……一体どうしたというのでしょうね」

 

 苛烈な復讐心を持つ折紙ならば、物理的に止めない限り、または徹底的に心を折らない限りは琴里のもとへ向かおうとするものだと思っていたが。

 狂三の見込み違いで、仇を討つことをそれほど重要視していなかったということだろうか。

 まぁ、どちらにしても狂三のやることに変わりはない。

 琴里と士道が接触する予定地点を中心に、半径一キロには誰もいれてはならない。千璃の野暮用が終わり次第"本体"も防衛に参加する予定だが、どれほどの時間がかかるかは今のところ分からないままだ。

 それよりも気になるのは、琴里と接触している士道だ。

 十香が傍にいるとはいえ、霊力の大半が封印されている現状ではあまり護衛としての能力に期待はできないだろう。それでもついていくことを許したのは、士道の精神安定剤としての役割を果たすからだと千璃は言っていた。

 十香にとって現時点で最も信用出来る人間が士道であるように、士道にとって現時点で最も信用出来る存在は十香なのだ。

 

 ──羨ましいですわ。嫉妬してしまいますわ。士道さんにそこまで想って貰えるなんて──。

 

 思わずため息が出てしまう狂三だが、自身はそれに気付いた様子が無い。

 狂三の分身体の一体も士道と共に向かっているはずだが、それはあくまでも狂三からの一方通行な理由である。

 士道と十香のように、互いに守り合うような関係性ではない。

 それが、狂三にはひどく羨ましく思えた。

 

「……いけませんわね。これでは」

 

 士道の霊力は現時点で精霊二人分。今後も増えていくだろうし、それを狙って近くにいる以上は士道にあまり情を移すべきではない。

 想えば想うほど、つらくなるだけだ。

 何を犠牲にしてでも達成したい目的があるのだから。情に流されるようなへまはしない。だが、余計な傷を負う必要もない。

 結局、表面上は仲良くなれても心の底から信頼することなど出来はしない。狂三自身が拒否しているのだから、成立するはずがないのだ。

 視線を士道がいるであろう方向へ向け、知らずに小さくつぶやいた。

 

「わたくしのためにも──ほかの精霊を、救ってあげてほしいものですわね」

 

 わざとらしく偽悪的に。

 狂三はそう呟いていた。

 

 

        ●

 

 

 真紅の炎が宙を舞う。

 撒き散らされる火の粉は揺らめき、絶え間なく姿を変えながら琴里の周りを覆っている。

 近づくことすら出来ないほどに熱量を持ったその場所へ士道は辿り着いていた。

 すぐ後ろには十香がいる。限定的ではあるが『天使』も顕現しており、警戒の色をにじませている。しかし、琴里にはそれを気にした様子が無い──というよりも、士道以外は視界に入っていないような雰囲気だ。

 

「あぁ、おにーちゃん。会いに来てくれたの? やっぱりおにーちゃんは優しいね」

 

 琴里の感情に合わせるようにして揺らめく炎は家を焼き、木々を焼き、一切を灰塵と化している。

 意図的にやっているかどうかは定かではないが、燃えている住宅街を見る士道は一つの思いにとらわれていた。

 

 ──この光景を、見たことがある。

 

 何時、どこで、何故。それらすべてを思い出すことが出来ないものの、士道にとってこの光景は既知のものであり、既視感が生まれているものだと無意識のうちに理解した。

 燃え盛る炎。

 その中にただ二人。

 否、そこにいるのは士道と琴里と──奇怪なノイズに包まれた存在。

 一瞬のうちに流れたノイズ塗れの映像に顔をしかめる士道だが、琴里はそれに気付いた様子はない。

 

「……琴里」

「なぁに、おにーちゃん。私、今すごく気分が良いの。これからおにーちゃんと一緒に、二人きりで、誰にも邪魔されずに過ごす日々のことを考えて──すごく楽しくなっちゃうの」

「琴里」

「私以外の女はおにーちゃんに相応しくないし、何より私が認めない。どんな言葉を言い繕ってもそれはおにーちゃんに這い寄りたいだけの屑なんだから、私が全部始末(・・)してあげる」

「琴里ッ!」

「だからね──おにーちゃんを私のものにしたいの。私のもとで、私だけを知って、私だけを感じて、私だけを見ていればそれでいいから」

 

 炎が広がる。視界に入るものすべてを焼き尽くすそれは、士道以外の全てを焼き滅ぼすために広がり続ける。

 それは無論、十香とて例外ではないのだ。

 放たれた爆炎は士道だけを避けて広がり、十香の身を焦がす。

 

「十香!」

「ぐ……大丈夫だ。琴里を止められるのはシドーだけなのだろう? ならば、早く行け!」

「……すまん、十香」

 

 何はともあれ、霊力を封印するためにも近付かなければならない。

 諸手を挙げて士道が近付くことを喜ぶ琴里だが、周りの炎は生物のように蠢いて十香を炎の檻に閉じ込める。物質化した炎は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の一撃を受けてもなお壊れず、十香を捕らえたまま逃がさない。

 手足の如く繊細に炎を操るそのさまは、先日来禅高校で見たものとは全く別の印象を与える。

 あの時の炎が荒々しく振るわれる暴力だったのに対して、今のそれは完全に制御化に置かれた暴力。

 にこやかに笑みを浮かべたまま、躊躇することなく相手を殺しかねない炎を振るう狂気。

 常人ならば恐怖で近づくことも出来ないであろう今の琴里のすぐそばへ、士道は歩み寄る。

 

「……琴里。どうして、こんなことをしたんだ?」

 

 士道の純粋な疑問に対し、琴里はにこやかに答えた。

 

「おにーちゃんを私だけのものにしたいからよ。ほかの誰でもない、私のものに」

「お前のものになる……? お前、何を言って──」

「私はおにーちゃんのことが好き。誰よりも愛してる。おにーちゃんへの愛なら誰にも負けない。惚れた相手に自分だけを見てほしいって思うのはそんなに変なこと? 私はそうは思わないわ。

 私が、私だけがおにーちゃんの傍にいればそれでいい。ほかの誰も、一切合切全て要らないの」

 

 目の前に立つ赤い髪の少女は本当に琴里なのか?

 思わず士道がそう考えてしまうほどに、今の琴里は今までの琴里とは違っていた。

 あるいはこれが千璃の言っていた暴走の結果なのか?

 琴里は今、士道のことしか見えていない。元から士道へ好意を抱いていたが、この状況になってより強く士道のことを想うようになった。

 逆説的に考えれば、今こそ琴里の霊力を封印すべきなのだ。士道への恋心が強まり表面化しているのなら、『士道への好意』をきっかけとする霊力封印の能力は確実に発動する。

 あるいはそれさえ些末なこととして捉えている可能性もあるが、今の琴里の暴走を止めるにはそれしかない。

 

 ──だが、本当にそれだけで止まるのか?

 

 士道の能力はあくまでも『霊力の封印』であって、逆に言えばそれ以外のものには何ら干渉しない。精神に作用する『天使』などであった場合は話が別だが、この状況はそれに当てはまるのか?

 

「おにーちゃんは私のことを信じてくれる? 私は無論、信じているわ──貴方がこの(あい)()かれる瞬間を」

 

 士道が迷っているその間に、琴里は準備を終えた。

 頭上で大きく膨れ上がった炎はまるで太陽のように照り輝き、天宮市だけが局地的に明るくなっている。

 どうするのかなど知れたこと。その太陽のような炎をもって、十香を殺す気なのだ。

 今士道に一番近しい存在は間違いなく十香だと、琴里とてわかっている。だからこそ、その存在を無くすことで自分が士道に一番近しい人物になる。

 加えて、これほどの規模なら町一つ呑み込むことは容易いだろう。ついでとばかりにASTも千璃たちも殺す気だ。

 

 ──今霊力を封印すればこの炎は止まるだろう。だが、琴里が元に戻る保証はない。

 

 一瞬の迷いの隙に、頭上の太陽が堕ちてくる。

 士道だけを避けるように炎が揺らめいた。実際、これほど近くにいるというのに熱さすら感じないのは琴里が完全に制御化に置いているが故のことなのか。

 迷っている場合じゃない。琴里のことは千璃を頼るしかない。

 だから今は、十香を救うために霊力を封印しようとして──。

 

「邪魔しちゃ駄目よ、おにーちゃん。十香は今消さなきゃ駄目なんだから──」

 

 絡みついた炎が士道の体を縛る。熱を感じない物質化された炎はそのまま士道を地面に引き倒し、身動きをとれないように雁字搦めに縛った。

 止められない。このままでは十香が死んでしまう。

 

「そんなこと、させてたまるか──ッ!」

 

 止めなくてはならない。

 十香を失いたくないし、琴里に殺人をさせるわけにもいかない。頭上から堕ちてくる疑似太陽を止めるべく、士道の体が冷気を纏い始めたその瞬間。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】」

 

 疑似太陽の落下が止まる。

 士道のすぐ傍、琴里の後ろに降り立つ黒髪の少女。撒き散らされる炎が辺り一帯の気温を著しく上げているが、霊装を纏った彼女には些末なことに過ぎない。

 

「助けに来ましてよ、士道さん」

 

 二挺の古式銃を持つ狂三は、続けて【七の弾】を琴里に放ち、【四の弾(ダレット)】を士道を縛る炎へ撃つ。

 まるで時が巻き戻るかのように霧散していく炎を視認し、その直後に士道を抱えて十香の囚われた檻の横へと距離をとる。

 高温の熱に晒され続けたせいで十香の肌は火傷したように赤く染まっている。限定的とはいえ霊装を纏えていなければ、今頃熱だけで焼き殺されていただろう。

 

「霊力の封印はできていないようですわね」

「……すまない、チャンスはあったはずなのに……」

「謝ることではありませんわ。ですが、気を付けてくださいまし。士道さんの行動一つで、わたくしたち全員が影響を受けることになりますのよ」

「ああ……もう迷わない。無理矢理にでも、霊力を封印してやる」

 

 信用の出来る出来ないでいえば千璃もまた『信用できない』部類に入る人物だ。それでも〈ラタトスク〉ではなく彼女についたのは、会ったこともないウッドマンより少なからず関係のある千璃の方がまだ信用出来ると思ったからだし、精霊に関する知識も深いという理由もあった。

 琴里を元に戻すためにも、彼女の手は借りる必要があるだろう。

 千璃が士道を必要としている理由は知らないが、協力関係にあるなら利用すればいい。

 少なくとも、千璃と協力すると決めた時にはそう考えていたこともあるのだから。

 

「無理矢理組み伏せて唇を奪うなんて……随分と大胆な発言をしますわね、士道さんは」

「おいまてなんでそんな鬼畜みたいになってんだ!」

 

 しかしやることは大体そんな感じなのであながち間違っているとも言えなかったりする。

 狂三は【四の弾】で十香を囲む檻を霧散させ、二丁拳銃を構える。出来る限り『天使』は使いたくないが、今回はそうも言っていられないらしい。

 

「さァて……熱いお灸を据えてあげなければなりませんねェ」

「そうだな……十香と狂三は陽動で、どうにか道を作ってくれ。あいつは俺を傷つけようとする気はないらしいからな」

「うむ。何とかやってみよう」

「囚われのお姫様にだけはならないよう気を付けてくださいませ、士道さん」

「わ、わかってるよ」

 

 小声で話し合いをする士道たちを、琴里は薄い笑みを浮かべたまま見据える。

 どのみち士道に近づく女は皆殺しにするつもりなので、一人二人増えようと大した違いはない。むしろ集まってくれた方が逃げ回られるよりも楽でいい。

 琴里が一歩踏み出し、十香と狂三を殺そうと動いたとき──もう一人の乱入者が現れた。

 

「〈イフリート〉──ッ!!」

 

 撃ち出されるミサイルを片手間に炎で防ぎ、琴里は新たに現れた人物を見る。

 肩に触れるか触れないかという程度の長さの白い髪に、人形のような端正な顔立ちをした少女。ASTの持つワイヤリングスーツを身に纏い、武器庫そのものを背負っているような巨大なユニット。

 〈ホワイト・リコリス〉と呼ばれる特殊な兵装だ。

 DEM社が製作し、DEMにいる腕利きの魔術師が三十分で廃人になってしまうというほど脳を酷使する代わりに、精霊一人を討滅できるだけの兵装を積んだ兵器である。

 

「ようやく、ようやくたどり着いた──」

「……まったく、次から次へと。面倒くさいわね、まったく」

 

 鳶一折紙。理由は不明ながら彼女もまた士道に恋心を抱く女性であり、琴里からすればブラックリストに載る一人である。

 巨大な兵装を抱えているが、そんなもので殺されるとも思っていない。精霊ですらない彼女を殺すのは、たんなる作業でしかない。

 どれだけ憎悪を抱いて琴里を睨もうとも、折紙のことなど眼中にもないのだ。

 

「見つけた……ッ! お前が……お前が、私のお父さんとお母さんを殺したんだ! その仇を、討たせてもらう!」

「……?」

 

 折紙の言葉を聞いて、琴里は少しだけ思案する。

 その間にいくつものミサイルを放ち、琴里の纏う炎とぶつかって衝撃波と爆炎を生み出す。防ごうと思うまでもなく、纏わりつく炎が勝手にミサイルを迎撃しているのだ。

 琴里の紅い瞳が折紙の方を向く。

 

「私が、あなたの両親を殺した?」

「──五年前、天宮市南甲町に住んでいた私の両親は、炎の精霊の──貴女の手で殺された。私の目の前で、二人を灼いた! 忘れるものか! あなたを殺すためだけに、私は今まで生きてきたんだ……ッ! だから殺す。必ず殺す。絶対に……絶対に許さない!」

 

 折紙の憎悪を一身に受けながらも、琴里は表情一つ変えはしない。

 いや、違う。左手を口元に持っていき、嘲笑を浮かべている。まるで可哀想なものを見るような目で、折紙を憐れんで嗤っている。

 

「記憶にないわね。そんなどうでもいいこと(・・・・・・・・)、一々覚えているわけないでしょうに」

 

 くすくすと嗤う琴里を前にして。

 折紙の耳に、何かが切れる、音がした。

 

 




琴里がヤンデレ化して超強化されました。ついでに煽りスキルもカンストした模様。
折紙さんェ……。

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