デート・ア・ライブ 千璃ホロコースト   作:泰邦

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第十六話:選択

 

 翌日、当然のように学校を休んだ士道の席を見ながら、狂三は目を細めた。

 昨日分身体が見た光景が今でも脳裏に焼き付いている。

 あそこまでひどいことになるとは狂三自身も思っていなかったし、それに対して多少の罪悪感があるかと問われれば首を縦に振るしかないだろう。

 実際にトラウマを植え付けたのは千璃だと知っていても、それをフラッシュバックさせたのは紛れもなく狂三だ。

 

 ──知っていればもう少しうまく立ち回ったのですけど……。

 

 今更悔やんでも仕方ない。長居することはないと思っていたが、予想以上に長いこと学校に通うことになりそうだと思う。

 もともと士道に近づくための編入だったのだが、これはこれで意外と楽しいので今でも通うことにしている。当の士道がいないのは残念だが。

 同じ精霊である十香は学校に来ているが、士道がいないせいか随分と元気が無い。反対に折紙は心なしかいつもより機嫌が良さそうに思えた。

 

「……全く、彼女も碌な事をしませんわね」

 

 昨晩にやっべー、やっちゃったかー。などと欠片も悪く思っていないような千璃を見た狂三としては、士道に優しくなれそうな気がした。どのみち目的を果たすためには士道が必要なのだから、余計な感情は切り捨てるだけなのだが。

 トラウマを植え付けられた士道に同情はすれど容赦はしない。

 狂三にも譲れない思いがある以上、それは当然だった。

 

 ──まぁ、しばらくは学生生活というモノを楽しませていただきましょう。

 

 小さく笑みを浮かべながら、狂三はそう呟いた。

 

 

        ●

 

 

 前日の夜。

 〈フラクシナス〉に戻ってきた士道と令音を迎えたのは、いっそ清々しいまでの罵倒の嵐だった。悪いのは全面的に自分だと思っているので士道も言い返せない。

 神無月はなぜか羨ましそうに士道の方を見ていたが、流石に自重したのか何も言わなかった。

 

「本ッ当に何考えてんのよアンタはッ!? フラッシュバック起こしてぶっ倒れた癖に、家に帰って洗濯して夕飯食べてきた? 馬鹿にするのも大概になさい! 令音も令音よ。今は安静にすべきって言ったあなたが連れ出してたんじゃ意味ないじゃない!」

「……それについては悪かったと思っている。だが」

「だがも何もないわ。令音は士道の検査の後に少しの間謹慎処分よ。士道は精密検査をもう一度行うから、ついてきなさい」

「……わかった」

「あ、ああ……すみません、令音さん」

「いや、君が気に病むことはない」

 

 むしろ当然の処分だ。これでお咎めなしなどと言われては琴里の司令官としての能力が疑われることになる。だから問題はそこではない。

 令音が気にしているのは士道のことだ。会話の節々で笑みを見せることはあるが、彼の目は笑っていない(・・・・・・)

 それに琴里が気付いているかどうかも疑問だが、表面上は問題ないように見える。それが一番危険な状態ではないかと令音は考えているが──同時に、琴里の耳には入れない方がいいかもしれないと考える。

 根拠がないと言ってしまえばそれまでだが、どうにも今の琴里は焦っているようにも見える。疲労もあるようだし、今は伝えずに休ませることを優先させた方がいいだろう。

 士道の心的外傷。霊力の封印。十香と四糸乃。何時までも黙っているわけにはいかないだろうが、少なくとも神無月と相談しつつ士道の状態をモニタリングしておけばいい。

 肩を怒らせて歩く琴里とその後ろに士道。更にその後ろに令音と神無月が続く。

 

「……神無月」

「おや、どうしました、令音さん」

「後で話がある。シンに関することだ……今は琴里に話すべきではないと判断した」

「……わかりました。あとで部屋に伺います」

 

 真剣な話だと察したのか、神無月も真面目に答える。琴里に聞こえないようにしながら、だが。

 その間も琴里の罵倒は続いており、士道は苦笑しながらそれを聞いている。

 

「──それで、士道。あなた、まだ続ける気はある?」

「続ける、って……何をだ?」

「精霊を救い続けることよ。狂三を救いたいけど見るたびにフラッシュバックが起きますじゃ困るのよ」

 

 やるのか、やらないのか。はっきりしろと琴里は言う。

 真那はこれからも狂三を殺し続ける。原理はわからないが、狂三は何度殺しても現れるし現れるたびに真那は狂三を殺し続ける。

 それが、正しいはずがない。

 狂三は人を殺し続けるし、真那は狂三を殺し続ける。そんなことを何時までも続けて入れば、いずれ心は摩耗しきってしまうだろう。殺し続けるだけの機械になるようなものだ。

 そんなものを認められるのか?

 琴里は士道に対してそう投げかけた。

 

「……どうだろうな。正直、今はよくわからない」

「……今すぐに結論を出せとは言わないわ。でも、近いうちに必ず選択を迫られることになる。よく考えておくことね」

 

 歩みを止めずに問いかける琴里に対し、士道は頬をかきながらあいまいな返事をする。

 なんとなく、士道は「これからもなんだかんだで精霊を救うだろうな」という半ば確信に近い予感があるのだが、そんなことを話したところでまた罵倒されるだけだ。言わない方がましだろう。

 琴里というか〈ラタトスク〉は人間よりも精霊を重視している節がある。仮に「もう嫌だ」なんて言った日には洗脳でも何でもされそうな気さえするほどに。

 士道は基本的に"代えの効かない存在"だ。だからと言ってなんでもやっていい訳じゃないし、むしろ苦労も多い。そんな状態でもやっていけるのは〈ラタトスク〉という組織のバックアップがあるからだ。

 

 ──俺が〈ラタトスク〉の意に沿わなかったら、どうなるのだろう。

 

 考えたことが無い訳ではない。けれど、考えても答えは出なかったし、精霊を助けたいという思いが変わるわけではなかったから関係なかった。

 だがここにきて、士道が〈ラタトスク〉にとって不利益になる存在だとされた場合にどうなるのか。こういったことに疎い彼には想像もつかないが、表沙汰に出来ないことをやっている組織だけあって最悪の結末さえ想像してしまう。

 精霊に関する記憶の消去程度なら安いものだけど、と彼は思う。

 精霊が士道になついている今、十香と四糸乃の二人は二度と士道に会えなくなると宣告されるようなものだ。二人の精神はたちまち不安定になって霊力が逆流する。それは結局、精霊を救ったことにならない。

 なら、多分方法はひとつだけだろう。

 

 ──殺される、かな。

 

 不思議と納得はできた。何故だか恐怖もない。

 精霊がまた世界を殺す災厄になるくらいなら、〈ラタトスク〉は士道に力を封印させたまま士道を殺すだろう。被害妄想かもしれないが、可能性として考えるならば十分に存在するはずだ。

 精霊のための組織。それが〈ラタトスク〉だと士道は認識しているがゆえに、人よりも精霊を優先させると考えられる。

 そう考えているうちに部屋につき、琴里が先導して中へと入る。

 

「ここで明日まで検査を受けて貰うことになるわ。学校は当然休むことになるけど、そっちは心配しなくてもいいわ。なんとかするから」

「なんとかって……」

「なんとかなるのよ。大体今は士道の体のほうが大事でしょ。一々文句を言わないで欲しいわね──そっちの方が合理的でしょ」

「……わかったよ」

 

 言葉はあれだが心配していることは確かだ。あんなことがあった以上、士道としても検査を受けておいた方が安心できるだろう。

 散々令音から「違和感がある」とか「大丈夫か?」と訊かれていたのだ。自分では大丈夫だと思っていても心配になってしまう。

 令音が手早く機械を操作し始め、士道の方を向いて告げた。

 

「それでは検査を始めよう」

 

 さまざまな機械を用いての検査が、始まった。

 

 

        ●

 

 

「実際のところ、どうみる?」

『間違いなく心的外傷だ──が、その後の様子を観察してみるとどうにも違和感が感じられるな』

「どいつもこいつも違和感違和感、ってそんな感覚的な言葉じゃわかんないっつーのよ」

『ふむ……あれは五河士道の心の防衛反応、というところが無難だろうな』

 

 平日。士道が検査を受けて一晩経ち、本来ならば士道は学校に通っているはずの時間だ。

 〈フラクシナス〉内部で処理されるデータである以上盗み出すのは難しいが、閲覧自体は青年が姿を消したまま行えるのでそれほど問題ではない。

 千璃が気にしているのは、士道の現状だ。

 心的外傷とは厄介なもので、時として受けた人間の性格をがらりと変えることがある。今は静観して経過を観察するのが最善手だと判断しているから、こうして士道の情報を逐一集めては相談している。

 

「防衛反応ねぇ……私にはちょっとわからないことかな」

『君はもとよりそんなものを必要としない精神性の持ち主だからな。何人死のうが関係ないし、どれだけ凄惨な死体を見ても研究材料としてしか見ない。そんな人間は君くらいのものだよ』

「世界は広いからねぇ。探せば意外といるものよ」

『そんなことだから寝首をかかれることになったのだ。君は少々物事を楽観的に見過ぎだな』

「人生経験のたまものよ」

『現世にいる時間は君の人生よりも長いつもりだがね』

「まー、私は三十年くらい飛んでるしねぇ」

 

 かたかたとパソコンを打ち込みながら雑談を続ける二人。

 画面に表示されるデータはいずれも円グラフや折れ線グラフといったものばかりだが、特筆して異質なのはメーターのようなデータだった。

 

霊結晶(セフィラ)に異常なし。精霊とキスをして霊力を封印するならあるいは、と思ったけど……」

 

 霊結晶とは精霊を精霊足らしめている力の核だ。表示されているのは十香と四糸乃のデータで、精神が不安定になるにつれて霊力が士道から逆流している。

 精霊の精神状態で逆流を起こすなら、封印した士道の精神状態で何らかの変化があるかもしれないと思ったのだが──結果は芳しくない。

 やはりというべきか、五河士道という少年は霊力を収めるための"器"としての意味合いが強い。

 千璃にとって必要な人材であると同時に、"彼女"にとっても必要な人材である。

 

「ネームレスの奴もどこにいるんだか……あいつ、認識を阻害できるから厄介なんだよねぇ」

『本来十しかないはずの席に座る十一番目の精霊か。……何を思ってそんな存在を作ったのだか』

「あの子に限っては『天使』も存在しないから知覚のしようがないし、あっちから接触するのを待つしかないかな」

 

 やれやれとため息をついて煙草に火をつけようとして、止める。

 パソコンの傍で煙草を吸う行為を忌避したのもあるが、千璃の陰から狂三が出てきたからだ。

 

「御機嫌よう、千璃さん」

「どうしたの、狂三ちゃん。こんな時間から来るなんて」

 

 学生として学校に行っている時間じゃないの? などと無粋なことは訊かない。彼女は過去の自分を切り取って使役できるのだから、同一人物が数百人いても驚かない。

 だが、だからと言って千璃のところに尋ねてくる理由にはならない。何かあった、と考えるのが自然だろう。というか昨日も士道に関することで千璃のところを訪ねてきたのだが。

 狂三も余計な言葉を挟まずに、千璃にはっきりと告げた。

 

「士道さんの様子を訊きに来たのですわ」

「……あー、まぁいいか」

 

 情に絆されたのかは知らないが、今狂三が霊力を封印されると千璃も困るのだが。いざとなれば"奥の手"を使う用意があるが、出来れば使いたい手ではない。

 状況を知らせるくらいならば問題ないかと思い、ノートパソコンをいくらか操作してデータを表示させる。

 もちろんそのまま見たところで狂三には到底理解できないような数字の羅列が並ぶだけなので、千璃は一つ一つをきちんと説明していく。

 

「こっちのサインカーブは……正弦波(サインカーブ)くらいはわかるよね?」

「今高校で習ってますわね」

「要は波線のことさ。それだけわかってればいい」

 

 などと言いつつ説明を終えると狂三は満足したように頷いた。

 士道のトラウマがフラッシュバックした現場を作ったのが彼女だったからか、気にしていたらしい。

 目的は互いに聞かないことを事前に約束しているために何を目的としているかは知らないが、根は随分と優しい精霊らしい。本体の性格は擦れた結果なのだろうか、と微妙に失礼なことを考える千里。

 

「今は大丈夫のようだけど、接触した奴がことごとく『違和感がある』って言ってるから気を付けてね……身体は大丈夫だけど、心の方までは機械じゃ判別できない」

「わかっていますわ。わたくしにとって士道さんは目的を達成するために重要な方ですもの」

 

 それよりも、と狂三は言う。

 

「貴女のほうがわたくしは心配ですわね。士道さんを壊してしまわないか──とても心配ですわ」

「心外だね。私は何時だって士道君の身を案じてるよ? トラウマ作ったのは意図的じゃないし」

 

 互いに牽制し合うように笑みを浮かべる。精霊であり士道を狙う以上、〈ラタトスク〉にもDEMにも狙われている二人だ。狂三はまだ〈ラタトスク〉にとって救済範囲内だが、千璃はそれからすら漏れている。

 敵が多い現状、同族でありある程度の戦力となる精霊は協力するのが最善手。

 二人はそう判断したために協力し合っている。

 

「最悪、四糸乃を撃ったのは意図的じゃないっていえば同情くらいしてくれるんじゃないかな。私のことをよく知らなかったら、の場合だけど。まぁ別に嫌われようが憎まれようが目的達成には関係ないけど──」

 

 ──出来ることなら、なるべく士道には好意的でいて貰いたいかな。

 

 乙女心とかそんなロマンチックなものではなく、単純な実利の問題だ。

 〈ラタトスク〉の持つ表社会への影響力を除けば、その機能は全て千璃一人で補える範囲にある。

 精霊への知識も、武力も、すべてが一人にとって代わるのだ。〈ラタトスク〉に任せるよりも一人でほぼすべてのことをこなせる千璃が動いた方が何倍も効率的で合理的である。

 今は狂三という協力者もいるため、数も補うことが可能だ。

 

「……精霊の力を封印させることが、貴女の目的に繋がりますの?」

「君にとっても悪くはないと思うよ。精霊が封印されればされるだけ、士道君にはその分の霊力が蓄積されてく。それを奪うっていうのがどういうことか──わからない君じゃないでしょうに」

「まぁ、そうですわね。わたくしにとっても十分美味しい話ですわ」

 

 でも、と狂三は言う。

 

「場合によっては霊力は逆流する。精霊を封印すればするほど、士道さんの近くには精霊が増えていきますわよ」

 

 それは、単純な戦力の問題。

 狂三は物量を覆すだけの力を持っているが、狂三は千璃の力をよく知らない。真那に負ける程度では話にならないだろう。

 だが、それはあくまでも経験値を稼ぐための行為であって全力での戦闘ではない。彼女が全力で戦闘した場合のことを、狂三は知らないのだ。

 加えて異質な『天使』を持つ。警戒するのも無理はなかった。

 

「問題ないね。限定解除状態の精霊なら、幾ら居たって関係ない。──それに、もう少しで二段階目が飛び越えられる。それを超えれば大丈夫だと思うよ」

「二段階目……?」

「私は元人間で、更には『天使』そのものが特殊極まりない存在だ。だからあらかじめリミッターをかけてある」

 

 リミッターの数は全部で三つ。

 一つ目は精霊として最低限の力を手に入れた時に解除された。これは隣界での話。

 二つ目は『天使』の力の増幅。今とは比べ物にならないほどの物量で弾幕を形成する力を手に入れられる。

 そして三つめは──

 

「──私と『天使』が完全に融合する」

 

 




話が進まない……次回は狂三と士道の決着かな、と。
原作なんてもう知りません(おい

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