堕落先生マギま!!   作:ユリヤ

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DOGEZA

 トサカは悪態をつきながら通路を歩いていた。理由はもちろんマギ(ネギ)の事である。先程の試合で圧倒的な強さで対戦相手をいともたやすく瞬殺してしまった。

 さらに面白くない事に、2回戦目の試合はどちらの選手も棄権してしまった。理由はどちらかが勝っても次に戦うのが相手を容赦なく地に沈めたマギということもあり、完全に戦意が折れてしまって逃げてしまったそうだ。あの後も闘技場の至る所で失神者を続出させるといったのもあって、それが更にトサカの苛立ちを加速させる。

 初めて対峙した時から自分よりも強かった相手が少し時間が経ってから更に強くなっていた。どんなずるい手(半ば合ってる)を使ったらあれ程までに強くなれるのだろうか。

 しかも準決勝ではあのラカンと戦う。英雄の1人と同じ戦いの場で相見えて拳をまじ合わせる。拳闘士としてこれ程までの誉れはないだろう。自分には持っていない物を持っていマギの存在が恨めしかった。だからこそ

 

「これを使って、これ以上あいつがすまし顔出来なくさせてやる」

 

 笑うトサカだが、その顔は誰が見ても歪んで見えたのであった。

 

 

 

 

 

「ふわぁ……マギさん凄い強かったなぁ。びっくりしたわ」

 

 何時もの作業着で働く亜子はせっせと働いていた。亜子もマギの試合を見ていたが、文字通りびっくりするような試合だったからだ。

 選手入場口から出てきたマギを最初に見たときは本当にマギなのかと思ってしまった位である。亜子でもあのマギを見た瞬間には身の凍る感覚になったのだ。そして容赦なく相手を倒す。今までのマギは相手に対してもそこまで酷い倒し方をしなかったのに今回は本気だった。

 休み時間の時に千雨達に会うことが出来てマギの事を聞いてみたが

 

「すまん。あたしらもどんな修行をしていたのか聞くことは出来なかった。けど分かることは、マギさんはおっさんに勝つために無理しようとしていることだけだ」

 

 以前の自分だったら自分を解放するためと嬉しい気持ちになっていただろうが、あのマギを見てしまったらそんな気持ちよりも心配の気持ちの方が勝ってしまった。どうかマギに何の問題も起こらないでほしいと願っていると

 

「おいネギ! てめぇこっちこい!」

 

 嫌な展開が起きてしまったと亜子は天を仰ぎ見る。

 声の上がった方へ向かうとトサカがマギを何処かに連れて行こうとしている。亜子はトサカに気づかれないよう後を着ける。

 そして人通りが少ない通路に着くとトサカがマギに壁ドンを仕掛けた。

 

「悪いが俺、そっちの気はないんだけどな」

「安心しろ。俺だっててめぇ見たいないけ好かない野郎なんて大嫌いだ。だがな、これを見ればもうそんな生意気な態度は取れないぜ」

 

 そう言ってトサカは手に持っていた小型端末を操作すると映像が再生された。映っていた映像はマギが人気のない路地裏で元の姿に戻るものだった。

 

「いやぁ驚いたぜ。皆の人気者のネギ選手がまさか世間を騒がせてる賞金首の1人だったとわなぁ」

 

 こっそり映像を陰から見ていた亜子の顔がさあっと青ざめる。

 バレた。よりによって一番バレてはいけないタイプのトサカにマギの正体を知られてしまった。

 トサカは弱みを握れたと思っているようで下卑な笑みを浮かべる。しかし、マギはというと冷や汗も流さず黙ってトサカを見ていた。

 自分が思っていた反応が見れなかったのが面白くなさそうに舌を打ちながらまくしたてるように話を続ける。

 

「それに、色々と調べたらてめぇがまさか英雄の息子のマギ・スプリングフィールドだったとわはなぁ。40のおっさんに化けたり10代のガキになったりと色々と大変だな」

「いやほんとにな。誰の仕業か分からないがほんとほとほとに参っちまうよ。お陰でこそこそと元の姿に戻ったりこの姿になったりして。全然若いのに四十肩になっちまいそうだ」

 

 マギは肩を回しながらトサカに対して愚痴を零した。正体がバレているのにマギの態度が気に入らないトサカは歯が砕けんばかりに食いしばる。

 

「てめぇ分かってんのか!? 俺はてめぇらの弱みを握ってるんだぜ? この情報をリークしちまえばてめぇやてめぇの仲間を全員捕らえる事が出来るってことによ!」

「……はぁ。話がぐだぐだとまどろっこしいんだよ。それで、俺にどうして貰いたいんだ?」

 

 マギは目をそらさずトサカを真っ直ぐ見る。動揺を見せないマギに押されかけるトサカだが、折れずにポケットから亜子達が首に着けているのと同じ首輪を取り出した。

 

「まぁ、同じ釜の飯を食った仲だ。通報はしないでやるよ。だがな、お前は俺の下僕になってもらうぜ。俺に跪いて今までの舐めた態度を取っていた事への謝罪のおまけ付きで……な」

「なっ!?」

 

 亜子は思わず声を出してしまいそうになるが直ぐに口を噤んだ。もし亜子が居ることがバレてしまえばトサカは手に持っている映像を横流しするかもしれない。

 

「さぁどうするよ。てめぇに出来るかなぁ? てめぇよりも弱い俺なんかに頭を下げることがよ! ハハハハハ!!」

 

 トサカは自身の勝ちを実感していた。マギを自分が掌握しているというとても心地よい高揚感を感じている。トサカは思う。自分よりも弱い相手に屈服するなんてそんなのプライドが許さないと。

 しかしトサカのその考えは間違っていた。マギはトサカが思っている以上の男だった。

 

「なんだそんな事か」

「……は? てめぇ今なんて言ったんだ?」

「そんな事かって言ったんだよ」

 

 マギは言われるままトサカに跪く。いやそれどころかもっと姿勢を低くし手を地面に置き、深々と頭を下げる。

 それは、土下座。極度に尊崇高貴な対象に恭儉の意を示したり、深い謝罪や請願の意を表す場合に行われる日本の礼式の1つである。

 

「トサカ様。今までの数々な無礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。貴方の下僕となりますのでどうかその映像は流さないでください」

 

 棒読みではなく、感情を込めた謝罪と懇願。まさかマギがあっさりと頭を下げた事にトサカは却って混乱してしまい

 

「てってめぇ何考えてるんだ!? そう簡単に格下に頭下げやがって……てめぇにはプライドってもんがねえのかよ!?」

「無い」

「は……はぁ!?」

 

 あっさりと無いと言い切ったマギに更に戸惑うトサカ。

 

「こっちは亜子達を助けるためにこの後にラカンさんに挑むんだ。それなのに自分のプライド何か気にして余計な問題を増やすわけにはいかないんだよ」

 

 だから、そう言いながらマギはトサカから首輪を取り

 

「亜子達を助けるためなら俺は喜んで頭を下げてやる」

 

 所で……一度溜めてからマギは目を開く。試合時の空虚な目をトサカに向ける。自分の顔がよく見えるマギの虚ろな目で見つめられトサカの口から変な空気が漏れ出した。

 

「俺達の賞金って結構な額だったよな。総額なら10年は遊んで暮らせる額だって。人ってのは欲に目が眩むもんだ。もし、金に眩んであんたから約束を破ったら……どうなるか分かってるよな? 

 

 マギの圧に押されてしまったトサカ。自分がマギを脅していた筈なのに完全に立場が逆転してしまっている。口を何度も開閉して後ずさりをするトサカを見て亜子が思わず飛び出す。

 

「マギさんストップストーップ! それ以上はいかんってー!!」

 

 亜子が飛び出す事でトサカも恐慌状態から抜けマギが持っている首輪を引ったくる。

 

「だ、誰がてめぇみたいなバケモンを下僕にするか!!」

 

 そう捨て台詞を吐いて走り去っていた。残されたマギと亜子。トサカの背中を見ながらマギは力なく笑いながら

 

「バケモン……か。そうだよな。普通の人からしたら俺なんかバケモンだよな。それに最近人の感覚が鈍っているように感じてるし」

 

 自虐をこぼす。そんなマギの手を亜子は強く握りしめて

 

「マギさんはマギさんや。そんな事を言わんといて」

「ありがとな亜子」

 

 礼を言うマギの顔は笑顔ではあるが、何処か影がある。そんなマギの顔を見て亜子は泣きそうになるが涙は堪えるのであった。

 

 

 

 

 

 

「亜子どこに行くの!?」

「うん、ちょっとトサカさんの所」

 

 何処かへ向かおうとする亜子にアキラは訪ねると亜子はそう答えた。

 まさか自分からトサカの元へ行こうとする亜子にぎょっと驚くアキラ。

 

「ちょっとトサカさんに言いたいことがあるから」

「だ、駄目だよ亜子! あの男にまた酷い事をされちゃうよ!?」

 

 何処か怒った様子の亜子を止めようとするが、亜子は扉に着くとノックもせずに扉を開けた。部屋は薄暗く、本を読んでいるトサカとカードゲームをしてるトサカの取り巻き達。

 

「なんだてめぇ! 仕事をサボってるのか!」

「チーフには一言言ってお休みをもらってます。ウチが用があるのはトサカさんですから」

「……あぁ?」

 

 チビとふとっちょがガンを飛ばしてくるが亜子は無視をする。読んでいた本を閉じると亜子の方へ顔を向ける。

 

「もしかしてさっきの事か? だったら安心しろあんなバケモンの相手なんかもう御免だからな。あの映像もとっくに削除した。だからもう──―」

「いえ、それもあります。けどウチが最初に言いたい事は……トサカさん、何であんなダサいことしたんですか?」

「……何?」

「ちょ亜子!?」

 

 亜子の言ったことにトサカはピクリと反応しアキラは露骨に慌てだす。カードゲームを中断し亜子の方を見る取り巻き達。一触即発の空気だ。

 

「今俺の事なんて言った?」

「こそこそ後をつけて弱みを握ろうなんて、セコくてダサいことしたんですか? って言ったんです」

「てめぇ! アニキに向かって!」

「女だからって容赦しねえぞ!」

 

 チビとふとっちょが亜子に殴りかかろうとしたが、亜子の方が早く動き、チビの顔面すれすれに蹴りを繰り出し当たる寸前に脚を止めた。

 

「言っときますけど、ウチは風邪引いてヘロヘロだった頃と違いますから。それに、結構足には自信あるんですよ?」

「……やめとけ。お前らじゃ相手になんねえ」

「でもトサカのアニキ!」

 

 何か言おうとした取り巻きを拳で沈めたトサカは亜子と向き合う。

 

「何で俺に構う。確かに俺があいつを強請ろうとしたが、俺が負けて終わりな話だろうが」

「チーフから聞きました。トサカさんの過去を」

 

 トサカ、チーフ、バルガス達は故郷が壊滅した後に奴隷となった。チーフとバルガスはまず最初にトサカ達を解放するために拳闘士になり金を集め解放した。そして今度はチーフとバルガスを解放するためにトサカが拳闘士となり長い時をかけてチーフとバルガスも解放することが出来たという。

 

「チーフを解放した人がそんな姑息な事をしたなんて思いたくないんです」

「……はっ」

 

 トサカは亜子の思いを鼻で笑う。軽薄な態度を見せるトサカをアキラは睨みつける。

 

「まるで俺がいい人みたいに言ってるがな、俺みたいなクズが出来る事は拳闘士しかなかっただけだ」

「本当のクズやったら、解放された後に恩を返さずに逃げ出すはずやろ。でも長い時をかけてチーフを解放するなんて生半可な覚悟じゃなかったはずや」

 

 亜子の言う通りである。拳闘士はボクシングのようなスポーツではなくローマのグラディエーターのようなもの。危険が隣り合わせ、それなのに逃げ出さずやり切るのは凄い事だろう。

 

「ウチの国に隣の芝生は青く見えるって言葉があります。トサカさんはマギさんの力を見て羨ましいと思いました。トサカさんの気持ちはウチも痛いほど分かります。けど、トサカさんだって普通の人なら嫌になって逃げ出す事を最後までやり遂げたじゃないですか。それなのに、たった1つのやらかしで今までの頑張りをムダにするような真似なんてやめましょうよ……!」

 

 それが亜子の本音だった。自分を一時脇役だと思いこんでいたからこそトサカの自分よりも上位の者へ対する考えは共感出来るものがあったからだ。

 暫し続く静寂。それを打ち破るのはトサカの自虐的な笑であった。

 

「最初てめぇを助けたアイツはいけ好かない野郎だと思った。英雄の息子を自称した時はふざけてるのかと思ったさ。けどな俺が18年でやり遂げた事をアイツはたった一月で成し遂げようとしたのが妬まして仕方なかった。何とかアイツの弱みを握って揺さぶろうとしたが……相手が悪かった。アイツはイカれてる。敵わないとかそれ以前の問題だ。相手にすることが馬鹿馬鹿しい話だったんだ」

 

 トサカは端末を操作し映像を消去するのを亜子に見せた。

 

「もう金輪際アイツのようなバケモンには突っかからないようにするさ。クズはクズらしくテメェよりも弱い相手にイキってやるさ」

 

 そう言って取り巻き達と部屋を後にするトサカ。残ったのは亜子とアキラだけ。

 

「何だあの男は。まったく反省する気がないじゃないか……!」

「ううん。トサカさんはあれでいいんやよ」

 

 言いたいことを言い切って満足な亜子であった。

 そして本日の大会が全て終わり、亜子は飲食スペースの掃除をしていると

 

「今日もお疲れ様」

「チーフ。お疲れ様です」

 

 仕事を終えたチーフが労いの言葉を送ってくれた。

 

「聞いたよ。トサカに面と向かって言ってやったんだって?」

「はい。でもウチも出過ぎたマネをしちゃったんじゃないかって……」

「いいんだよ。それにトサカの気持ちが分かってるつもりなんだろ? だったらトサカにだって亜子ちゃんの言葉は届いたはずさ」

「……はい」

 

 豪快に笑うチーフとそれにつられて笑う亜子。所でとチーフは話題をマギの話に戻る。

 

「今日の試合はヤバかったね。元拳闘士から見てもあれはぶっ飛んだ強さだったよ。色々と犠牲にしてる。下手したら壊れちまうよ」

「そうですね。だからこそ、ウチも出来ることはして行きたいと思います」

「そうかいしっかりやりな。けど、かなりライバルが多そうだけど大丈夫なのかい?」

「はい。皆ライバルでもあるけど、仲間でもありますから。それに……もう、脇役に戻る積もりはないですから」

 

 強い子だ。こんなに真っ直ぐと言い切るなら大丈夫だろう。

 そう、チーフはそう思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 


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