「ふんふふんふーん♪」
亜子は洗濯物を運びながら鼻歌を歌って上機嫌だった。マギやネギ達が本選に出場権を獲得し、自分達もついて行くことになった。しかも自由時間も貰えるようになり、自分の時間を確保することが出来るようになった。
それにチーフが言うには
「今回の大会の出場者の質は前よりかは落ちてるから、このままいけばあの坊や達が優勝してもおかしくはないだろうね」
との事だから今は安心してこの仕事を頑張ろうとしていたが、出鼻を挫く事が起こった。
「きゃ!」
洗濯物で前が見えなかったせいで、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「す、すみません! ……あ」
「ちっテメェか……」
しかも最悪な事にぶつかった相手がマギ達を目の敵にしてるトサカであった。
「ご、ごめんなさいトサカさん」
「だからトサカ様って言ってるだろうが! すっとろいガキが! 何洗濯物に顔をうずめてやがった……」
亜子が顔を埋めていたのがマギの服だと気付いたトサカは嫌な笑みを浮かべた。
「おいおいまさかお前あのオッサンの服のにおいでも嗅いでたってのか? はっ、これは随分な話じゃねえか! まさかお前がオッサンの匂いを嗅いで興奮する変態なガキだったとはなぁ!」
「なっ」
一番見られたくない相手に色々と言われ、羞恥で顔が赤くなる亜子にトサカは更にまくしたてる。
「まさかな話じゃねえか! けどあいつらが拳闘士やってるのはお前らの為だからな! しっかし人気の拳闘士の目的がお前のような奴隷のガキを救い出すなんて話、あいつのファンが知ればどんな反応をするのか見物だなぁ。もしかしたらもっと食いついてファンも喜びそうだよなぁ!」
トサカは面白がって亜子の反応を見るが、亜子の目はトサカに対しての反抗の目ではなく、どこかトサカに哀れみの目を向けていた。
「あ……? なんだその目は」
「……可哀想」
「あ?」
亜子の可哀想発言にトサカの顔に青筋が浮かび上がる。
「今のトサカさんは自分よりも上の人に羨んで、下の人をからかって安心しようとしとる。ウチも一緒やった。背中に傷があったから一歩引いて皆を見てて、皆が輝いているように見えて、そんな皆を羨む自分がとても嫌やった。けど、あの人が言ってくれた。自分の人生の主人公は自分やって」
だからと亜子はトサカに負けない様に目をそらさずに言い切った。
「ウチはあなたみたいな人にはならない。絶対に!」
「ちっ……何も知らねえガキが生意気言うんじゃねえぞ!!」
トサカは頭に血が上り、そのまま亜子を叩こうとした。誰も周りに護ってくれる者はおらず、亜子は思わず目を瞑った。しかしマギ達の他にも亜子の味方は居る。
叩こうしたトサカの手を誰かが掴んだ。
「誰だ!? 手を離しやが……れ」
最初は威勢が良かったトサカの手を掴んでいるのが目が据わったチーフだと分かった瞬間、顔から血の気が引いていた。
「あんたよりもこの子達の方が大事だって何度言えばいんだい!? それに女の子を叩こうなんてそんな曲がった性根、あたしが直々に直してやるよ!」
「あだだだ! ゆ、許してママー!!」
亜子を叩こうとしたトサカがチーフにボコボコにされ、そのまま医務室へと運ばれていったのであった。
「はっはっは! いやぁ、いい啖呵だったじゃないか亜子ちゃん」
「ううん、ウチトサカさんに酷い事言っちゃった……」
「いいんだよ。あのバカにはあれぐらい言わないと。けどねぇあのバカの事、あんまり悪く思わないでもらえるかい? あいつも久しぶりに故郷に帰って来て気が立ってるんだよ?」
「故郷ですか?」
そう言ってチーフは雲海を指さす。
「あの雲の真下にあたしらの故郷があってね。オスティアが崩落した時に真っ先にあたしらの故郷が犠牲になった。その時はまだあたしは10代の美少女、トサカは5歳だったかねえ。住む場所も無くなったし、奴隷商人に買われて、自由になるまで奴隷生活さね」
「大変だったんですね」
「そりゃまあね。けど、それだけであいつの性格がひねくれたわけじゃないからね。また何か言われたら直ぐに言いな。あたしがぶん殴ってやるからね!」
「あ、あはは。お手柔らかにお願いします」
何かあったら直ぐにぶん殴る。改めて文明の違いを感じた亜子であった。
そんな豪快なチーフであるが、亜子を慈愛のこもった眼差しで見た。
「亜子ちゃん、アンタは早くこんな所から出ていくべきだよ。アンタはトラブルで奴隷になっただけだからね。それに、アンタには待っている人が居るんだろ?」
チーフにはお見通しだったようだ。
「あのネギって男はあんなに歳を取ってないだろ? それに名前も偽名。それとアンタが好きな男……だろ?」
チーフはなんでもお見通しだったようで、亜子は首を縦に振った。
「絶対に幸せは逃しちゃ駄目よ。自分の人生なんだからちゃんと自分で切り開かないと」
「……はい!」
見た目が怖いかもしれないチーフだが、誰もが信頼している、奴隷達のママであった。
「なんか、ちょっと早いお休み貰っちゃったなぁ」
チーフに
「今日はもう上がっちゃいな。夏美ちゃんとアキラちゃんも少し働かせたら上がらせちゃうから」
との事で、まだまだ時間に余裕があるぐらいであった。一応奴隷扱いということで制服のメイド服のままだが。
「お祭りすごいなぁ……」
夜の祭りの光景も昼とは違かった。賑やかな中で照明が綺麗であり、その中を家族やデートで歩く者達が見える。
「うちも、マギさんと歩きたいなぁ……」
と呟いていると
「あれ? 亜子じゃないか。仕事はもう終わったのか?」
「あ、マギさん、じゃなくてネギさん! もうお話は終わったん?」
アスナ達と話をしていたマギが戻って来た。一応今はネギということでネギと呼んでいる亜子。
「別にマギでいいだろ。俺もずっとネギに扮していると野良試合に絡まれるし、ファンも色々と追っかけてくるからさ」
一瞬でネギからマギに戻る。これで必要以上に絡まれることは無いだろう。
「おいマギ、今日はもう何もすることはないから和泉と一緒に居てやれ」
「え? いいのか雪姫?」
「和泉さんずっと働きづめだろ? 折角の休みの時間もマギさんと一緒に居た方がいいだろ」
「千雨さん」
「そういうことだ。マギ、和泉をエスコートしてやれ」
それだけ言い残して、雪姫と千雨は闘技場関係者のエリアへと入っていった。
「えっと、それじゃあ。少し周りでも回るか?」
「うん! 行こう行こう!」
疲れが一気に吹き飛んだ亜子はマギと一緒に夜のオスティアの街を歩くのであった。
道中、出店の料理を摘まんだり、路上のパフォーマンスを見たり、夜景を見たりした。
しかし亜子の顔色が少し悪いのに気づきどうしたのかと尋ねてみれば、亜子は昼間の事を話した。
「そうか、トサカの奴亜子に手を出そうと」
「でもトサカさんの気持ち分かるんや。ウチも前までそうだったから」
亜子はトサカに同情をしているが
「何言ってるんだ。亜子はしっかりと前を向いているじゃねえか。トサカはまだ、同じ所をぐるぐる回ってるんだ。もう亜子とトサカの生き方は似てもいない。むしろお前もこうやって生きて見ろってトサカに見せつけてやれ」
「うん……」
まだこれが自分の生き方というのを確約出来ていない亜子は胸を張る事が出来ないでいた。と少しトイレに行きたくなってきた。
「ねえマギさんちょっとお手洗い行ってきてええかな?」
「ああ行って来い。俺は此処で待ってるから」
亜子はトイレに行き、マギはベンチに座り亜子を待つことにした。しかし亜子は他者に劣等感を感じているトサカを悪く思う事が出来ないようだ。だが、そういった同情は却って相手を傷つける。
どうしたものかと考えていると
「ねえお兄さん、今1人?」
「これから私達といいことしない?」
随分と露出が激しい女性が2人、マギに絡んできた。あぁそういう類の女かとマギは冷めた顔で2人の女を見る。ここは治安がいい日本ではない。しかも祭りの最中だ。こういった女の1人や2人いてもなんら驚くことは無い。
「悪いな、俺今連れが居るんだ」
「えーだったらそのお連れさんも一緒でいいよぉ」
「……連れは女の子なのだが」
「いいていいて。女の子でも普通に相手するから」
こちらの都合など全く聞かずに金を稼ぐことしか考えない。といっても相手はそれが仕事なのだが。
「マギさん、お待たせ……どういう状況なん?」
トイレに行ってたらマギが知らない女に絡まれてた。それだけ聞くと逆ナンされていると分かるだろう。
「あら、連れの女の子って随分子供ね。そんな子供で楽しめるの?」
「それにその格好ってあの奴隷達の格好よね? やだぁ奴隷相手って随分お兄さんマニアックなのね」
「それに、傷ありなんて女として半減しちゃうわよね。こんな子ほっといて私達と遊びましょうよ」
見ず知らずの女に自分のコンプレックスを突かれるのは好い気はしない。折角マギと2人でなんだかんだいって楽しんでいたのに気分が台無しだ。
「断る。この子は俺にとって大事な人なんだよ。平気で人の大事な人の事を蔑むことを言う女の相手を誰がするか」
マギがきっぱり断りの態度を見せてくれたことに亜子は嬉しく、対して女達は面白くなさそうだ。
「それに、隠すならもっとちゃんとやれよ。香水でちゃんと隠れてないぞ。染みついた血の匂いが」
え? と亜子はマギが言っている事がよく分ってなかったが、女の1人が舌打ちをしながら、胸の谷間からナイフを取り出すと、マギに向かって投擲したが、マギはナイフを指で挟みキャッチする。
「賞金稼ぎか。オスティアに着いたらそろそろ来るかと思ったら、まさか女2人が最初の相手になるとはな」
「ち! ばれちゃ仕方ないね! けど残念だったね。いい思いさせてから殺して突き出してやろうと思ったのによ!」
本性を現して口調が荒くなった賞金稼ぎの女A。賞金稼ぎの女Bも何処に隠し持っていたのか、ナイフを両手に構えた。
「悪いな。俺は純潔なんだ。お前らに俺の純潔は渡せないな」
マギは不敵に笑いながらそう口に出すが、直ぐに手で口を塞ぐ。今のも思わず出てしまったようだ。
「悪い亜子、今のは聞き流してくれ。あと危ないから離れてろ」
「う、うん……」
マギの純潔発言に亜子も顔を赤くしてしまった。
「残念ね! 女も知らずにあの世に行くんだから!」
「あたしらの誘いに乗ればよかったのよ!」
「ああ、くそ。こんな奴らに言いたくなかったのに……」
そうぼやきながらマギはまたもネギへと変身をした。
「おい、あそこにいるのって今度のナギ・スプリングフィールド杯に出るネギ選手じゃねえか!?」
「え!? ネギ様がそこに居るの!?」
「おいネギ選手が女拳闘士と野良試合してるぞ!」
「俺ネギ選手に100かけるぞ!」
「俺は女の方に1000だ!」
マギはネギに戻ったことで、ネギに絡んできた相手と野良試合をしましたという口実を作るためである。
「まさか巷で騒がしてるネギ選手だったなんてねぇ!」
「アンタを倒せばあたしらの名が上がるってものよ!」
「御託はいいからさっさとかかって来いよ。面倒だし2人掛かりでも構わないし、せめての情けで顔だけは勘弁してやるよ」
手招きで挑発するマギに、血の気が多いのか挑発に乗った女賞金稼ぎ達。
「調子に乗ってるんじゃね────」
仕掛けようとした賞金稼ぎAが先に動いたマギの掌底の餌食になった。女の体にマギの掌底がめり込み、賞金稼ぎAは白目を向きながら泡を吹いて気を失った。
おおとどよめく野次馬達。誰もマギを酷いとは思ってない。これは野良試合のストリートファイト。戦いに男も女も関係ない。
「1人は終わり。もう1人はまだやるかい?」
「ひっひい!」
まさか相方があっさりやられるとは思っていなかった賞金稼ぎBは自分だけじゃ勝てないと判断し、野次馬に紛れてる亜子を見た。そうだ、あの女を人質に取ろう。
瞬時に亜子を人質に取ろうとしたが、マギが察知し、賞金稼ぎBの顔を鷲掴みにし、そのまま地面に沈めた。
「あがっ! な、なん、で? 顔は狙わない、って……」
「お前今亜子を人質に取ろうとしただろ? テメェみたいな外道は女でも容赦しねえぞ」
そう言ってマギは手に力を込めて万力の如く閉めていった。
「ゆ、許して……」
「許すも何もそれがテメェの選んだ道だ。そのまま懺悔しておけ」
「ま、マギさん! だめ! そのままやとその人死んじゃう!」
「こら! 何をしとるか!」
亜子が止めるように懇願してる間に、祭りの間を警護してるものが血相を変えて駆け付けた。野良試合はある程度許しはあるが、殺しはご法度である。
マギは警備の者が来ていたのは分かっていたので、直ぐに力を緩めた。
「ご苦労様です。野良試合を頼まれたんですが、質の悪い輩みたいでして、私の連れを人質にして勝とうとしたんですよ」
「貴方はもしかしてネギ選手ですか!? いやぁウチの息子はあなたのファンでして。いやはや有名人は辛いですな!」
「ほんとですよ。ではこの人をお願いします。ああそこに伸びてる人もその人の仲間です」
「わかりました。では連れていきますので」
そう言って警備の者は仲間と一緒に賞金稼ぎAとBを連行しようとしたところで、マギが呼び止めた。
「あぁあと一言言いたいことが……あんまり調子に乗ってると今度は容赦しない。檻の中で少し反省してろ」
マギの圧に屈したのか、賞金稼ぎBは涙目で頷くしか出来なかった。これであの賞金稼ぎ達が絡む事は無くなるだろう。
マギは野次馬の前で一礼した。その瞬間拍手が起こる。日本なら警察沙汰だが、日本ではない。野良試合には男も女も関係ないのだから。
「行こうか亜子」
「うん」
直ぐにネギからマギへと戻り、亜子を横抱きにして跳び、その場を後にしたのであった。
「折角の休みなのに、とんだ事に巻き込まれちまったな」
「そうやね。でも久しぶりだけどマギさんと一緒になれて楽しかった」
場所を移し、夜景一望できる場所に座った。丁度花火も上がって、夜空に綺麗な花が咲く。
「綺麗」
「ああ、そうだな」
あらかじめ買っておいたジュースを飲み干す。話は先程のトサカの話に戻る。
「トサカには俺やネギが眩しく思えるんだろうな。才能あって皆の人気者そりゃ、眩しく見えるだろうな。けど、誰もがそんな人生を望んでるか?」
「それはどういう?」
「ネギだってそうだ。クソ親父が英雄なんてなっちまったからあいつは英雄の息子っていう人生の主人公になっちまった」
「それはマギさんと一緒じゃ……」
そうだ。マギもネギと同じナギの息子という英雄の息子である。マギは深い溜め息を吐いた。
「俺は、ネギ程素直じゃなかったのかもな。時折夢で見るんだ。陰で延々と笑われる夢を。昔の俺はどうやらネギと違って凡人だったみたいだ。英雄と違う英雄と違うって妬みや羨みからの蔑む笑い声がな。俺を俺として見てくれたのはネカネ姉とおじさん、それとスタンじーさんだった。そんで少し経てばネギがやって来て、ネギは俺と違って頭が良かった。俺は悔しかったさ。それに幼いネギを妬ましくて、そんで気持ちがすさんでいって最後はネギを避けていった。そこで夢は終わった。そこで昔の俺が現れて言ったんだ。すまんって。だから俺もトサカの気持ちは感覚では分かるつもりだ」
「マギさん……」
「多分、ネギに付いて行って日本に行こうと思ったのはくすぶっていた俺が変われると思ったのかもな。そのおかげで皆に会えたわけだし。あぁ人生ってやっぱり自分で前向いて行かないといけないんだなと思ったよ」
マギの話を最後まで聞いて亜子はおもむろに立ち上がった。
「ウチもそうやった。背中の傷で色々と諦めてた。けどマギさんが言ってくれたことで、ウチも自分の人生としっかり向き合う事が出来た。皆変わろうと思えば変えられるんだって」
だから……と振り返って亜子は微笑む。
「色々と辛い事もあるかもやけど、絶対に前を向いて頑張って絶対にハッピーエンドを迎えるんや」
「……ああ、そうだな」
「だから、頑張ってマギさん」
「おう」
花火もフィナーレが近いのか、連続で上がって空に咲き誇った。
「ほんと、亜子は俺には勿体ない素敵な子だよ」
「ふぇ!? 今のって、また思わず言ったん?」
「……どうかな」
照れ隠しで顔を逸らしたマギ。今のは勢いで言ったのか、それとも本心で言ったのか。
それはマギ自身も分からなかった。
すみません。
話のストックがゼロになりました。2週間投稿なので間に合うとは思いますが、もしかしたら投稿出来ないかもしれません。
今は間に合うように頑張ります。