アーチャーがマギを倒しうる力不死斬りを手に入れたことから視点をラカンの元で修行をしているマギ達が居るオアシスへと戻る。
「いやぁ! はっはっは! まさかエヴァの闇の魔法がここまで凄いとは思わなかったぜ! 俺じゃなければ死んでたなこりゃ!」
盛大な爆発で自滅し包帯ぐるぐる巻き状態でありながらも快活に笑うラカン。明らかに重傷だったのにもう動けるラカンの出鱈目な回復力に呆れる者、感心する者、驚愕する者、どん引きする者と反応は様々であった。
「ん、まぁ……闇は止めとけ。死ぬわ」
マジでときっぱりとそう言ったラカン。
「さんざん勧めといてあっさりと手の平返しやがったな」
「まぁこの俺でもこんぐらいの傷を負ったぐらいだからな。ネギじゃ下手すれば耐えきれず……ぼんっと人間爆弾になっちまうかもしれないな」
「そ、そんな! ネギ先生が!!」
「落ち着いてあやかさん! まだ僕がそうなるって決まったわけじゃないですから」
ネギが人間爆弾になると聞いてネギが爆発四散する光景をイメージしてしまったのだろう顔面蒼白なあやかが悲鳴を上げてパニック状態になり、ネギが落ち着かせようと宥める。
「それでマギはこのまま闇の魔法の修行は続ける積りか?」
「俺は構わない。俺はもう不死身だから爆発しても再生は出来るだろうからな」
俺は爆発には動じないと言い切ったマギを見て千雨はどこか悲しげな表情を浮かべた。千雨の顔を見て自身の身を顧みない言動は配慮が足りなかったと直ぐに謝罪する。
「まぁマギは闇の魔法の基礎は知ってるわけだし、あとは暴走しないようにするのが課題だが、ネギは闇の魔法の経験はゼロだ。といっても闇との相性が無いというわけじゃねえ。さっきはぼんっなんて言ったが、俺の見立てじゃ爆発する可能性はまぁ小さいだろ」
「そ、そうですか。よかったです」
爆発はないだろうと聞き、さっきまでのパニック状態から少しは落ち着きを取り戻したあやか。
「だけどな、爆発しないと言っても適性が無ければどうなるか分からんのも事実だ。千雨の嬢ちゃんに聞いたがマギも闇の魔法を暴走させて化け物になっちまった未来もあったんだろ? ネギだって化け物になるかもしれないからな」
「……はい」
ネギは化け物になったマギを思い出した。自分もあのような化け物になってしまったら本末転倒だ。何のために強くなろうとしたのかと無駄な努力になってしまうかもれしない。
段々と臆し始めたネギを見て、ラカンは手の平を叩く。拳銃のような破裂音で下向きだった意識が元に戻る。
「今日はここまでだな。残り時間はとにかく体を動かしてさっさと寝ちまうのが一番だ。おら、ネギは湖の周りをランニング100周した後に筋トレの後にイヤな顔をしてのパンチ1000回だ! マギは同じように座禅」
「は、はい!」
「おう」
ラカンに言われた通りにネギとマギはイヤな顔をしてパンチと座禅を組むのであった。
翌日の早朝、ネギは早く起きて雑念を捨てようと日課の拳法の型を行っていた。
ネギは迷っていた。闇の魔法を身に着け、更に強くなりたいと願う自分もいれば、無理をして自分だけ強くなる必要はないと思う自分も居た。
憧れの父の道、慕っている師の道。自分はどちらの道を進めばいいのか
確かにフェイト・アーウェルンクスは強い。自分1人で戦えば勝つ可能性は低い。だが自分は仲間がいる。ならば仲間と一緒に倒せばいい。そうだそれがいい。
だけど……
「僕は、どうする!?」
震脚をしてから虚空の相手に鉄山靠を当てる。確かに仲間が居ればどんな困難も乗り越えることは出来るだろう。しかし逆を言えば仲間がいなければ何も出来ないのではないのか
自分が強くなろうとしたのは、フェイトを倒す、超えるためではない。本来は大切な仲間、
もうこれ以上誰かと離れ離れになるのはごめんだ。
「朝から鍛錬を行うなんて、流石ですわネギ先生」
「あやかさん。すみません、起こしてしまいましたか?」
巻物を持ったあやかが微笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。早朝にネギが居ない事に心配をかけたかと思い謝罪をするが、あやかは大丈夫ですと言いながらネギに巻物を渡す。
「ネギ先生、これをラカンさんが渡すようにと」
「これは?」
「エヴァンジェリンさんが昔に記した闇の魔法の巻物だそうですわ」
「これはただの
巻物からとてつもない力を感じ思わず冷や汗を流すネギにあやかは話を続ける。
「もし光の道を行くなら開けるな。闇の道を選ぶなら開けてみろとラカンさんが言っておりました」
つまりこの巻物を開ければもう後には引けなくなる。
「ネギ先生……」
「あやかさん?」
「私はネギ先生が心配です。本音を言えばその巻物を開いては欲しくないと思っております。けど、もうネギ先生の考えは決まっている。そうでしょう?」
「……はい、ごめんなさいあやかさん」
巻物を見てしまえばあれだけ迷っていたはずの気持ちがあっさりと固まってしまった。我ながら単純だなぁと自嘲の笑みを浮かべた。
「私から言えることは、修行を終えて、どうかまた元気な笑顔を見せてください。ただそれだけです」
「はい!!」
一方マギは湖の浜辺で久しぶりに月光の剣を抜いた。月光の剣に魔力を送り、月光の剣が蒼く輝く
「ふっ」
月光の剣を振るい、蒼い光刃が飛び湖の水面に当たり水柱が出来上がる。
「ふっ! はぁ!」
今度は二度振り、2つの光刃が放たれる。
「……ふぅ」
残心を解き鞘に納める。心なしかトサカの時に振るった時よりも光刃の威力が上がってるような気がするマギであった。
「……なぁマギさん」
「なんだ?」
月光の剣を振るうマギを見ながらまだ寝起きなのか寝ぼけながら聞く千雨(マギウスはまだ起動していない)にマギは反応する。
「ネギ先生の奴、あの巻物を開くと思うか?」
「開くだろうな」
マギはネギが巻物を開くだろうと確信している。ラカンの自爆を見て、下手をすれば死ぬリスクがあると一瞬はひよっているがネギは一度決めた事は絶対に曲げない。記憶がリセットされネギとの関係は短いがマギは心でネギを理解している積りであった。
「でもよ。心配じゃねえのか? マギさんだって闇の魔法を使う時は結構ヤバそうだったのに、マギさんよりも肉体も精神も幼いネギ先生に耐えられるのか?」
「正直言えば俺も心配さ。けど、ネギが決めた事なら俺はネギの気持ちを尊重したい」
マギは誰が何と言おうがネギが決めた事を尊重すると決めている。
「ネギ先生もそうだけどよ、あたしはマギさんアンタが心配だよ。あたしはマギさんに何かあったら……」
心配そうな千雨の顔を見て、マギは困った笑みを浮かべながら千雨の頭に優しく手を乗せた。
「悪い。勝手な事だと分かってる。心配をしてくれるのをありがとうと言うのも違うというのも分かってるけど、今は俺の事を信じてくれないか?」
「……まったく、女泣かせだよなマギさん。信じるよ。今のあたしはそれぐらいしか出来ないからな」
心配する女に信じてくれとしか言えないマギに千雨もへっと笑いながらそう言った。
ありがとう。再度マギは千雨にそう言うのだった。
そして身支度を終え、マギとネギはラカンの元へ向かった。
「おう! ぼーず! そんで決めたのか?」
「はい。それよりもラカンさんは体の方は大丈夫なのですか?」
「はっはっは! ガキに心配される程やわな身体はしてねうお」
笑っているが眉間から噴水のように血を噴き出すラカンにネギは慌てるが、ラカンは直ぐに眉間に力を入れて止血する。止血の仕方もぶっ飛んでるのにもう何もツッコむかと誓った千雨。
「そんでどうすんだ? 光か? 闇か?」
「はい、僕……は父さんを目指すために、何より仲間を護るために僕は闇を選びます!」
そう言い切ってネギは巻物を開いた。少し呆けた顔をするラカンだが、直ぐに笑みを浮かべ
「ほー。少しはビビるかと思ったが随分あっさりと決めやがったな」
「怖くないと言えば嘘になります。けど、今の修行の仕方をしても限界が来る。なら、闇の素養があるのなら僕は闇を選びます」
「あらら、兄弟どっちも闇を選ぶとはな。親父が聞いたら泣いちまうかもな」
「そうでしょうか。父さんなら背中を押すかもしれませんよ。それに僕は父さんじゃないですから」
「あやかの嬢ちゃんもいいのか? 多分ネギが思ってるよりもキツイぜ?」
「信じてますから。私はネギ先生が元気な笑顔をまた見せてくれると」
「いいねぇ。愛されてるじゃねえかネギ」
ニヤニヤ笑いながらネギの脇腹を突くラカン。だが直ぐに笑みを引っ込め真面目な顔に戻り
「けど、その巻物を開けばもう後戻りは出来ねえぜ。覚悟は決まったと見ていいんだな」
「はい。絶対に乗り切って見せますよ」
笑みを返すネギであるが
────ほう、言ったな餓鬼ガ────
何処からか、聞きなれた声が聞こえてきた。
見れば巻物が怪しく光り、巻物から何者かがゆっくりと姿を現してきた。
その者はマギとネギの師であるエヴァンジェリンが一糸まとわぬ姿で現れたのだ。
『闇ガソレホド容易いモノでハナイことヲ知るがイイ』
「えっ師匠!?」
「何故ここにエヴァンジェリンさんが!?」
「いや違うあれは」
「巻物に刻まれた雪姫の記憶の幻影か」
マギは直ぐに巻物のエヴァンジェリンが幻影だと見抜いた。そしてラカンが言っていた通りこれは正に決死の覚悟を決めて挑むことになりそうだと肌で感じた。
急に全裸のエヴァンジェリンの幻影が現れた事に顔を赤くするネギに構わずエヴァンジェリンの幻影はネギの顔を掴んだ。
その瞬間、ずぐんとネギの体に何かが強引に入っていく感覚に襲われ、激痛が走る。
「う、ぐ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」
『打ち勝ってミセロ。デナければ貴様ハ終わりダ』
悲痛な叫びを上げながらもプツンと切れたのか白目を向きながらネギは膝から崩れ落ちて倒れてしまった。
「ネギ先生!!」
倒れたネギに直ぐに駆け寄るあやか。気づけばエヴァンジェリンの幻影は姿を消してしまった。
「おい今のエヴァンジェリンの奴は何処に行ったんだよ!?」
「今頃ネギの中にいるだろうさ。闇の魔法を使えるようになる試練だな」
エヴァンジェリンの幻影は何処に行った千雨は問い詰めるがあっけらかんと答えるラカンは話を続ける。
「ぼーずがこの試練を乗り越える事が出来なければ、二度と目覚めることは出来ないか、目が覚めても魔法を使う事は出来なくなるかもな」
「おい! 何でそんな大事な事を言わなかったんだよ!」
「聞かれなかったから、なんて言うつもりはねえよ。ネギは闇を選んだ。ならこれ位は覚悟の上だろ?」
千雨とラカンの話など耳に入っていないあやかは必死にネギに呼びかけ、ネギが息が荒くなっているのを見て、額に手を当てる。
「酷い熱……! 千雨さんネギ先生を運ぶのを手伝ってください!」
「あたしらが運ぶよりもマギウスを使う方がいいだろ! 頼むマギウス」
『かしこまりました。ゆっくりと運びます』
マギウスがゆっくりとネギを少しでも涼し気な場所へと運んであげた。
「それで、お前は何か言わねえのかマギ」
「闇の魔法は生半可な魔法じゃない。ならその修行も半端なものじゃないっていうのは分かってた。なら俺はネギを信じる。それだけだ」
「ドライだねぇ。いや、これはネギを信頼してる現れってやつか? 麗しい兄弟愛じゃねえか」
「茶化すなよ。今はネギの元へ行こうぜ」
そう言ってマギもネギの元へ往くのであった。
日陰のある小屋にて冷えた水で濡らしたタオルでネギの体を少しでも冷やそうとするあやか。
しかしうなされているネギは体をよじってしまい、何度もタオルがずり落ちてしまう。
何度もタオルがずり落ちてもタオルを冷やし必死に看病するあやか。
「そんじゃボーズの事はあやかの嬢ちゃんにまかせて次はマギの番だな」
「あぁ頼む」
マギの方も始まると聞き、千雨が反応する。
「なぁ本当に大丈夫なのかよ。今のネギ先生の状態を見てあたしはマギさんを信じるなんて自信を持って言えねえよ……」
千雨は闇の魔法の修行の中止をマギに呼びかけるが、マギの目を見てしまった。
ずるい。そんな目を見てしまったらもう何も言えなくなってしまうじゃないか。そんな言葉を千雨は飲み込んでしまう。
「千雨はあやかと一緒にネギを見ていてくれ。今のネギをあやか1人で見続けるのはかなり酷だろうから」
「何言ってんだ。あたしが見るのはマギさんであってネギ先生じゃねえ。あやかさんの手伝いはマギウスに任せる。マギウスなら人みたいに寝る必要もないからな行けるか?」
『はい。今のエネルギー残量なら24時間フル稼働で動けます』
「そうか、本当はロボットだからって酷使するのは躊躇いたい所だけど頼めるか?」
『私はちう様をサポートするために作られた存在。これぐらいのタスク何の問題もありません』
「それじゃあ頼む。そういうことだマギさん、もう何も言わせねえぞ」
「……ああ、ありがとう。千雨、マギウス」
深々と頭を下げ感謝するマギ。そんなマギを照れくさそうに見ながら千雨はマギウスを自由行動に設定するのであった。
「準備は終わったぞラカンさん。始めようぜ」
「おう、そんじゃ最初はこいつを受け取れ」
そう言いながらラカンはネギに渡した巻物とは別の巻物を受け取る。
「ラカンさんこれは? ネギの巻物とは違って禍々しさは感じないがとてつもない力を感じる……」
「これは俺が各地を旅した時に偶然手に入れた代物でな。何でも己の内側を具現化させるものらしい。修行で行き詰まった奴が己の内面と向き合う時に使うものらしいが、俺は元々使う必要がなかったからすっかりホコリ被っちまったようだな」
ラカンのさりげない自負をスルーして巻物を凝視する。
”自身の内側を具現化させる”なんともおあつらえ向きな代物だろうか。
この巻物を開けばどうなるのかある程度予想は出来てる。
落ち着くために深く深呼吸を数回行い
「……よしっ」
勢いよく巻物を開いた次の瞬間
「あぐっ!?」
「ちょ! どうしたんだよマギさん!?」
「今一瞬でかなりの魔力を持ってかれた……!」
急な虚脱感に襲われ立っていられなくなり、片膝をつくマギ。巨大な注射器なイメージで体の魔力を吸い取られたのが分かる。
「だがこれで”条件は揃った”。だよな、俺?」
「え? マギさん何を言って──―」
急に自問自答し始めたマギに千雨が混乱していると
『あぁ、これで俺は外に出られるぜ。俺ぇ』
巻物が黒く光るとまず片腕がにゅっと出てきた。そこから少しずつ体が出てき
「──―はっはぁ。まさか本当に俺様が外に出られるとはなぁ。いい風が吹いてるじゃねえか。まぁそんな事はどうでもいいか。俺……参上!」
上半身裸で革ジャンを着た、ラカンよりも真っ黒な肌をしたマギよりも2回り大きい、黒マギが牙の様に鋭い歯を見せながら不敵に笑って登場した。
幻影エヴァンジェリンを見てからもう何も驚かないぞと思っていた千雨は急に現れた黒マギを呆然と見ていると、その黒マギが千雨をいやらしい目で見てゆっくりと歩み寄る。
「まっ、て……」
マギは黒マギが何をするのか分かり止めようとするが上手く立てない。
魔力を黒マギが現界出来るようにかなり持ってかれて今残っているのはほんの僅かしかない。急いで立ち上がり黒マギを止めたいが魔力が回復せず足に力が入らない。
マギがもたついている間に黒マギは千雨の前に立ち、身長に差がありすぎるために見下ろす形で千雨の顔を見つめる黒マギ。
「……なんだよ」
がたいがいいため内心ビビっているが顔には出さずに黒マギを睨みつける千雨。
黒マギが千雨を見つめること数十秒。急に黒マギが千雨のあごに手を当てくいと上げる。
「
しかし、ワイルドな風貌の黒マギの皮肉にも様になっている口説きに一瞬面食らいながらもあごの手を払い除け
「ふざけんな。あたしが好きなのはマギさんだ。てめえみたいに下半身でしか物事を考えるようなバカになびくわけねえだろ」
千雨の堂々とした態度に見守っているラカンが口笛を吹く。
だが、本能で動く黒マギには悪手な返しだった。
手を払われ、きっぱりと断られた黒マギは最初はぽかんとしていたが、次の瞬間には狂ったように笑いだした。
「な、なんだよ。何がおかしいってんだよ」
黒マギが急に笑いだしたのを見て警戒する千雨。
いやぁ悪い悪いと形だけの謝罪をした黒マギは
「言ってなかったが俺様は本体の本能の部分が闇の魔法で具現化した存在だ。そんな奴が今みたいにあしらわれたら……逆に火がついちまうだろ」
……あ、失敗した。この手の類は自分が対処するのは無理なレベルだ。
千雨は自分の取った行動に後悔してると黒マギが千雨の両肩に手を置きゆっくりと力を入れ始めた。
こいつこのまま押し倒すつもりだ。しかもラカンやよりによってマギ本人の前で
さあっと顔が青くなり、押し倒されないように魔力で体を強化するが焼け石に水であった。体格差もあって全然びくともしない。
「この! 離せよヘンタイ!」
「イヤよイヤよも好きのうちってなぁ。忘れられない体験にしてやるぜ」
「ひ、いや、やめて……!」
「やめろこのバカ!! 千雨にそんなことするんじゃない!!」
「たく、修行のはずがとんだR指定の展開になりそうだな。仕方ねえ。俺が止めるか」
まだ魔力が回復せず叫ぶ事しか出来ないマギは悔しさで下唇を噛み血を流す。
今の黒マギの凶行を止められるのは自分しかないと判断したラカンは黒マギを止めようとした瞬間、もう一度巻物が今度は白く輝く。
あぁ自分はこんな事で純潔をちらしてしまうのか。顔は好きな人と同じなのに性格は真反対のそれに。
(あぁ、はじめてはこんなクソ野郎なんかじゃなくて、ちゃんとマギさんに捧げたかったな……)
抗えられなくなり、押し倒され、諦めかけた千雨は一筋の涙を流す。
「へっへっへ。頂きま──―」
千雨が観念したと思い、黒マギが千雨を手籠にしようとし
突如伸びてきた2本の腕が黒マギの横っ面にめり込む。
「ごへぇ!」
間抜けな悲鳴を上げながら黒マギは殴り飛ばされ、そのまま湖に突っ込み巨大な水柱を作り上げそのまま水底へ沈んでいった。
「……へ?」
いきなりの事で頭の処理が追いついておらず呆然としていると
「本能があそこまで強大になるとここまで見境なくなり、獣に堕ちる……か。全く度し難いな」
髪が白、肌も白、身に纏っている服も真っ白と白尽くしの理性を司る白マギが殴り飛ばされた黒マギを呆れた眼差しで溜息を吐き。
「間に合ってよかった。本当に……。千雨、立てるか?」
倒れた千雨に手を伸ばす、もう1人のマギの姿があった。
千雨はまだ頭の処理が追いついていない。ちらりと見て、よろよろとしながらも千雨に駆け寄ろうとするマギの姿。
そして自分に手を伸ばしている”髪が逆立っていない”マギの姿。
「まさか、マギさん……なのか」
自身に手を伸ばしているマギは最初に自分が好きになった、かつてのマギであった。
黒マギを殴り飛ばしたのは白マギとかつてのマギであった。
「ああ。まさかこんな形で再会するなんてな。久しぶり、こんな状況で聞くのもあれだけど、元気にしてたか?」
申し訳なさそうな笑みを浮かべるマギの手を掴み立ち上がる千雨。
かつてのマギに対しての反応は礼でも抱擁でもなく
「この──―馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
本気のグーパンであった。魔力も混じった魂心の右ストレート、それがかつてのマギの頬に抉るように入った。
千雨の拳を甘んじて受けたかつてのマギは仰向けに倒れた。
そして倒れたマギの胸倉を掴み一気に責立てる。
「バカマギさん! 勝手に無茶したと思ったら勝手にいなくなりやがって! 好き勝手に無茶したアンタに色々と言いたい事があったのにそれなのに黒いマギさんに襲われかけたと思ったらヒーローみたいに颯爽と現れて、もう、頭の中がめちゃくちゃだよこっちは!!」
涙目の千雨。そんな千雨の頭に優しく手を乗せ
「本当に済まなかった。俺のわがままでみんなに迷惑をかけてしまった。でも、あぁ、こんな事場違いで無神経だと思われてもしょうがないけど……また千雨を見ることが出来て嬉しい」
微笑みながら今の正直な言葉を口に出す。それを聞いて限界が来たのかぼろぼろと涙を流し
「うわあああああ! 怖かったよおおおおお! マギさんに助けてもらえなかったら、あたし、あたしは……」
「怖かったよな。よしよし、もう大丈夫だから、今は思い切り泣きな」
胸に顔を埋める千雨の頭を優しく撫で続けるかつてのマギ。
そんな光景を複雑な眼差しで見つめる今のマギ。
「どうした? いかにも面白くないって言いたげな目をしてるじゃねえか」
「そんなんじゃない。ただ、俺は言わばバックアップのような存在であって、やっぱり千雨や雪姫達は前の俺の方が良かったんじゃないかって複雑な気持ちなだけだ」
「今はそっと見守ってやってくれ。このような状況じゃないとかつての俺は現界するのは難しいだろうからな」
と目の前の光景を複雑な目で眺めているマギであった。
千雨が泣き止んだ頃に湖に沈んでいた黒マギが浮かび上がってきた。
「はっはぁ! いやぁわりぃわりぃ。俺様としたことがついつい本気になっちまったぜ」
湖から上がってきた黒マギは形だけの謝罪だけであまり反省してる様子はなかった。
黒マギ曰く白マギと旧マギの気配は感じており、直ぐに助けると思い千雨にドッキリを仕掛けたのだという。
本能の黒マギの言ったことは信用ならないために、旧マギと新マギは警戒を解かず千雨を護るように立つ。
因みにかつてのマギが旧マギで、今のマギが新マギである。
かつてのマギや今のマギでは言いづらいためにどうしようかということで
「旧作新作にちなんで俺が旧マギでお前が新マギっていうことでいいんじゃねえか?」
旧マギの提案でそういう事になった。
そして旧マギ新マギ白マギ黒マギの4人は向かい合う形で砂浜に座る。千雨は旧マギと新マギの間だ。
「それで、俺の修行って何をやればいいんだ? まさかこの4人で討論会をしろなんてわけじゃないよな」
まさかと黒マギがげらげらと大声で笑いながら
「至ってシンプル。この俺様と戦い、俺様に勝てればいいだけの話だ。因みに闇の魔法の総元締めは俺様だ。その証拠に見てみろ本体の俺の腕を」
そう言われ自身の腕を見て驚く新マギ。自身の変異していた腕が人の腕に戻っていた。
「俺たちは内側でこのバカを押し留めることに尽力していた。だが……」
「SWITCH ON BERSERKERだったか、あれを多用したことによってこの黒い俺は頻繁に外に出るようになり、今では内側の主導権は黒い俺が掌握しつつある状態だ」
「すまない。俺があの力を頼りにしすぎてしまったからに……」
「いや内側から見ていたがあの状況なら仕方ない。むしろあの状況を実戦経験が浅い今の俺に任せてしまい申し訳ない」
「あたしとしては何でも1人でやろうとするなって所だけどな。もっと周りを頼ってくれよ」
「「はい、すみませんでした」」
千雨に咎められ頭を下げる旧マギと新マギ。頭を下げる旧マギと新マギをケラケラと笑いながら見ている黒マギ。
「まぁその白い俺の言った通り今魔力を総ているのはこの俺様で俺には貸してやってるだけだ。そして白い俺と旧俺がここにいるのは俺様の魔力の残り滓のおかげってわけだ。残り滓、出がらし、糞。ギャハハ! 俺様の糞だってよ! うんこだうんこ! ギャハハハハ!!」
下品な言葉で大爆笑している黒マギを軽蔑な眼差しで眺めている千雨。
「あたしアイツ嫌いだ。小学生かよ。というか本能が具現化したんだろ? 下手したらガキよりたちが悪いじゃねえか」
「安心しろ千雨」
「俺達もアイツは嫌いだ」
「同じ俺達なのに何であいつだけあそこまで自由奔放なんだ? 本能だからか……」
旧マギ新マギ白マギも皆千雨と同じ気持ちであった。
閑話休題。
「そんじゃあやるとしようぜ。ルールは至ってシンプル。この俺様を屈服させられれば俺の勝ちだ。対して俺が心が折れたりしたら俺様の勝ちだ。その場合は……この俺様が俺と入れ替わる」
「んな!? なんだよその勝手な展開は!」
千雨は納得出来なかった。今のマギは魔力など無いに等しい状態。
「心配すんなって。不死身はなくなっていねえから俺が死ぬことはないだろうぜ」
「そういう事を言ってるんじゃないぞあたしは! 今のマギさんはレベル最初期でラスボスと戦うような理不尽な展開じゃねえか!」
「千雨、大丈夫だ」
「っ、マギさん……」
新マギは微笑みながらも千雨の反論を遮ってしまう。
「どの道もう死ねないんだ。だったら俺が折れるか、黒い俺が折れるかの我慢比べだ。そうだろ?」
あぁそうだぜと不敵に笑う黒マギ。
「ハンデをつけてやるよ。白い俺と旧の俺を含めた3人でかかってこい。それぐらいでちょうどいいだろうぜ。安心しな。俺様が入れ替わってもちゃんと仲間は護ってやるよ」
「ほざいてろ。お前みたいな暴虐無尽な輩に仲間は任せられない。お前を打ち負かせて必ず力を制御してやる」
そして、新マギは月光の剣を旧マギは断罪の剣を白マギは大きめのタワーシールド(白マギ曰く戦うのはあまり得意じゃないとのこと)をそれぞれ構える。
対して黒マギは
「おお、これこれ。前から使って見たかったたんだよなぁ」
マギが影に収納し、愛用していたグレートソードを取り出した。
「さらに」
と黒マギがグレートソードに魔力を送るとグレートソードの刀身が真っ黒に染まった。そしてグレートソードを喜々としてプロペラの様に高速で回転し始めたのである。
「ま、マギさん本当に大丈夫なのかよ……」
千雨は黒マギのぶっ飛んだ行動を見て心配そうにマギを見るが
「勝つさ」
それだけしか答えないマギ。千雨ももう、何も言えなかった。
「そんじゃかかってこい。返り討ちにしてやるからよぉ!」
「行くぞ! 吠え面かくんじゃねえぞ!!」
叫びながら黒マギへ突撃する3人のマギ。
果たして圧倒的な力を持つ黒マギに勝つことは出来るのだろうか。