堕落先生マギま!!   作:ユリヤ

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アイドルと委員長のジャングルサバイバル

「はぁはぁはぁっ……くそ!」

 

 千雨が悪態をつきながら巨木の幹に隠れ、闊歩している甲殻類の魔法生物から身を隠す。

 マギ達と同じジャングルに飛ばされた1人は彼女であった。

 

「どっか見渡せる場所は……あそこだ!!」

 

 漸く全体を見渡せる場所を見つけ、とりあえず上ることにした千雨はそびえ立つ岩山を登り、登り終えてから辺り一面を一望し

 

「……本当にジャングルじゃねえか。何処なんだよここ」

 

 呆然としながら呟いてしまった。しかし千雨は1人ではなかった。何故なら……

 

「ちっ千雨さぁぁぁん! どうか、どうかあまり1人で先に進まないでくださーい!!」

 

 肩で息をしながら千雨の後を必死に追うあやかの姿があった。そう、今千雨は一般人組のあやかと行動を共にしているのであった。

 

「……ほんと、何であたしがこんな貧乏くじを引かないといけないんだよ……」

 

 天を仰ぎながら今の気持ちを吐露するのであった。

 

 

 

 

 

 千雨がジャングルに飛ばされる38時間前、千雨達マギ組(ハルナ命名)は動けなくなったマギの元から決して離れないようにしがみついていた。

 しかしそんな彼女達の想いを踏みにじるかのようにゲートポートの爆発がマギと千雨を離れ離れにさせてしまった。

 そして何も出来ないままこのジャングルに堕ちていった。

 

「くっそぉ、こんな出鼻を挫かれるようなアクシデントに会うなんて。マギさんかなりやばそうだった。あのままだと自分を責めて自暴自棄になってしまいそうだな……」

 

 千雨はマギの身を案じているが、自分自身もこんな所で1人なのだ。まずは身の安全を確保しなければ

 

「とりあえず今ここが何処か分からないからな。安全な場所を確保しないとな……」

 

 立ち上がり、行動に移ろうとしたその時

 

「いたたたたた!! ち、千雨さんどうか足を退けてくださいぃぃぃぃ!!」

「……は?」

 

 よく知る人の悲鳴が聞こえ、ゆっくりと自身の下を見てみると

 

「お、重いい……」

「い、委員長!?」

 

 あやかが文字通り千雨の尻に敷かれている状態であった。

 

「────びっくりしましたわ。まさか上から千雨さんが落っこちてきたのですから」

「そりゃ悪かったな。あたしだって好きで委員長の顔をあたしの尻で潰そうとしたわけじゃないんだからな」

 

 あやかを助け起こす千雨

 

「それにしても此処は一体どこなんですの? さっきまで凄い建物に居たと思いきや、いきなりこんなジャングルの中に立っているのですから」

「さあな。正直あたしだってここが何処なのか見当もついてないからな」

 

 千雨が分かると事は、此処がさっきまで居た文明的な場所ではなく、命の危険に脅かされる場所だっていう事だけしか分からない。

 これからどう動こうか考えていると、あやかは手を打ち勝手に納得している。

 

「分かりましたわ! これはゲームの世界なんですね?」

「はぁゲームだぁ?」

「だってそうでしょう? さっきまでは建物に居たのに今はジャングル。この前の学園祭に行ったゲームのようにステージが変わったのでしょうね」

 

 今の光景をゲームのステージと勘違いしているあやか。魔法を知らないあやかはそう思うのは仕方ないだろう。溜息を吐いた千雨はあやかがパニックにならない様に現実を教えることにした。

 

「いいか委員長、此処はゲームの世界じゃない。現実の世界だ」

「はい? 何を言ってるんですか千雨さん? このジャングル、どう見たって現実ではなく、千雨さんが教えてくれたバーチャルリアリティーというものじゃないんですか?」

「いや、だからな……」

 

 もっと詳しく教えようとしたその時、千雨は何か強い気配を感じ取った。

 

「? 千雨さん?」

「っ伏せろ!!」

「へ? きゃあ!?」

 

 何も分からずにいきなり千雨に押し倒され、パニックになってしまう。

 

「千雨さんいきなり何を!?」

「黙ってろ委員長! 今変に叫ぶと互いの為にならない!!」

 

 何を言っているのか分からず追求しようとしたが

 

「ギャアギャア! グルアアアア!!」

 

 2人の上空を肉食の飛竜が飛び去って行った。どうやら此方には気づいていないようでホッと胸を撫で下ろす千雨。

 

「よかった。この状況であんな奴とエンカウントしていたらどうなっていたか……」

「! 千雨さん、貴女、腕に傷が!」

「え? ……っち、まずいな。こんな状況で傷口から細菌とか入ったら洒落にならねえぞ」

 

 早く傷口を洗い流し消毒しなければと考えているとあやかが気付く。

 

「なんで、千雨さんが傷ついているのですか? これはゲームなのでしょう?」

「悪いが今のゲームでこんなにリアルな傷や血の演出なんて難しいんだよ。それに委員長もあたしに押し倒されて結構痛かったろ? あの時の電脳世界とは比べ物にならない……な?」

「え? え? 一体全体どういう……?」

 

 あやかは何が何だか分からず混乱している状態だ。

 

「もう一度言うぞ。これはゲームでも何でもない……本当の世界だ」

 

 まだ混乱しているあやかを連れて、とりあえず安全な場所を探す千雨。道中魔法生物に遭遇しない様に細心の注意を払い、冒頭の見渡せる場所で自身達がジャングルに居ることを認識しながら、何とか魔法生物の気配がない洞窟を見つけた。

 道中で拾った枯れ木を何本か拾い、焚火の準備をする。

 

「あたしは正直言ってまどろっこしい事は苦手だから単刀直入に言うぞ。ここは地球じゃない。魔法世界っていう別の世界だ」

「……え? 魔法世界? 地球じゃない? 何を言ってるんですか?」

 

 まだ混乱、現状に納得していないあやかを無視して、千雨はポケットをまさぐり、何か火をつけられる物が無いか探してみると壊れていない携帯用の杖を発見した。

 これを見せれば手っ取り早いと判断した千雨は呪文を唱え杖から火を出すと、枯れ木に火をつけ、燃えだしたらそのまま他の枯れ木に火をつけて焚火を完成させる。

 

「ち、千雨さん。今何をしたのですか? それはライターなどではないですよね?」

「あぁこれは魔法の杖で今のは簡単な火を灯す呪文だ」

「ま、魔法? 呪文? 千雨さん、貴女、私をからかってるのですか?」

「嘘だと思うならこの杖を持ってみな。それと火に手を近づけて見ろ。種も仕掛けもないし、火も本物なんだからな」

 

 疑いながら杖を持ち、自身が振っても何も反応がないし、火も本物だという事に驚いている。

 

「千雨さん貴女、魔法使いなのですか!?」

「いやあたしは魔法使いなんて大層なもんじゃねえよ。あたしはちょいちょい魔法が使えるだけのネットアイドルなだけさ。魔法使いはそれこそマギさんやネギ先生のことを言うんだよ」

「!! ネギ先生とマギ先生は魔法使いなのですか!?」

「あーそっからだよな。もういいや、ここまで来たらばらしても問題ないよな」

 

 千雨はあやかにマギとネギの事、そしてアスナやのどかや皆の事を色々と話した。といっても千雨も最近に参入した新参者だから、修学旅行の事や悪魔の襲来の事はマギ達から聞いたものなのだが。魔法世界来たのもマギとネギの父であるナギを捜索するためなのだと包み隠さず伝えたのであった。

 

「────そしてあたしらがゲートポートに着いたらあのテロリスト達と遭遇して、マギさん達がテロリスト達と戦ってそれでゲートポートが爆発してあたしら皆飛ばされて、今に至るってわけだ」

「……」

 

 千雨に今までの事を全て聞き、あやか通夜のように沈み俯いている。

 

「あ~委員長、色々とショックなのは分かるが今は早く気持ちを切り替える方が得策────」

「いいえ違いますわ! 私がまき絵さん達をしっかり止めていればネギ先生達にご迷惑をおかけすることはありませんでしたわ!! それなのにアスナさんと約束をしたのにこのていたらく! 私は自身が恥ずかしいですわ!! ネギ先生と無事に再会したら地面にめり込むほどの土下座をして謝罪しなければ!!」

 

 自分自身の不甲斐なさに憤慨しているあやか。ショックは受けていないと判断した千雨は話を続ける。

 

「だったら今はあたしらの身の安全を第一に考えないとな。まず最初にここはジャングルだ。文明なんて何処にも無さそうな自然地帯。今あるのは携帯食料とあたしのケータイとパソコンと……こいつらだ」

『ちうさまー!!』

 

 千雨は電子精霊達を召還した。

 

「まぁ! あの時のネズミさん達ですわね」

『お久しぶりですー』

「まぁこいつらが居ても何も変わらない役立たずだけどな」

『そんなひどいー!』

「だったら今夜なんだから星の位置から今の現在地とここから一番近い街を探せほら早く」

 

 千雨の戦力外通告に電子精霊たちは必死に猛抗議をしている。そんな抗議を無視して今後の目的を話し続ける。

 

「さっきも話したがあたしらの身の安全が第一だが一刻も早く力がある人と合流しないと」

「千雨さんは戦う術を持っていらっしゃるのですか?」

「……恥ずかしながらあたしはあまり攻撃系の魔法を持っていない。せいぜい魔法の矢、雷の斧、一番強い魔法で白き雷ってやつだけだ。それも威力は恐らく下から数えた方がいいだろうな」

「何でもっと頑張ろうとしなかったのですか?」

「うっせ言ってろ……と言いたいけどそうかもな。あたし自身が戦うんじゃなくて、人形に戦わせていたからな」

「その人形っていうのは?」

「修行で壊れた。だから恐らくこのケースの中にあるのはその代わり、なんだろう」

 

 といった千雨の横に傷一つないスーツケースが転がっている。ただ爆発の衝撃なのかうんともすんとも反応しない。

 

「木の守護者の代わりが絶対この中に入ってるんだ。あたしはさっさとそいつを呼び起こして一刻も早くマギさんと合流したい」

「マギ先生と? どうして?」

「あんたも見ただろ、あの時のマギさんの戦い方を」

「はい、あれは何というか人ではない別の何かのようでした」

 

 あやかはマギの戦い方を思い出し戦慄する。咆哮を上げたマギ、まさに人を超えた獣のようだった。

 

「あの戦い方はマギさんの精神を結構蝕むかなりやばい魔法だ。マギさんはあたしらをあのテロリストとか護ろうとしてくれた。本当はあたしらがマギさんを護ろうとしたのに。皆ばらばらに飛んで自分のせいだと責めてる。今はネギ先生よりマギさんの精神状態が危うい。下手したら暴走してしまうかも。そうすればあたしらじゃ止めるのは難しい。何せ死ねない不死身のマギさんだからな」

「その、本当なんですか? マギ先生は死ねないっていうのは」

「見たんだろ目の前で頭が吹き飛んだマギさんを。あの学園祭で無理して不死身になってそれでまた無理した結果、マギさんは記憶を失くした……いや心の奥底に堕ちていったって言った方がマギさん自身正しいと言ってたな。ただ分かることは記憶がリセットしてしまったせいで今のマギさんはネギ先生よりも精神が不安定だ。あたしはマギさんの支えになりたい。一刻も早くな」

 

 そんな決意を述べた千雨を見て、あやかは微笑んだ。

 

「何でそんなにやにやしてるんだよ。あたし何か変な事言ったか?」

「いえ、マギ先生やネギ先生が日本に来るまでは千雨さんは私達と距離を置いていました。それが今は誰かの為になりたいなんて言うなんて。恋って人を変えるんですわね」

「うっせ言ってろ。でもな……あぁそうだよあたしが此処までやるのはマギさんのためだ。そうじゃなきゃ今頃涼しいクーラーが効いた部屋でくつろいでいたさ」

 

 そっぽを向きながら頬を掻き

 

「その、ありがとな委員長。もしあたしが1人だったら今頃現実逃避をするために意味もなくパソコンを使ってブログを書いてたろうからな。余計な電力を消費しなくてよかった」

「でしたら、そんな委員長なんて他人名義な呼び方をしなくてもいいでしょうに」

「……わかったよあやかさん」

 

 と微笑ましい会話をしていた2人に横やりが入る。

 

『ちうさまー!!』

 

 位置情報を調べていた電子精霊達が慌てた様子で飛んできた。

 

「どうしたお前らそんなに慌ててよ」

『それがちう様、今我々が居る場所は────」

 

 電子精霊達の報告を聞き、千雨とあやかは愕然としてしまう。

 

「「310キロ!?」」

『はい……此処から一番近い人里までの距離がそれぐらいです』

「まじかよ310キロってどれくらいなんだよ……」

「東京から名古屋か新潟までの距離ですわ。しかしそれは何もない日本でのことです。しかしここは……」

「危険な魔法生物がいるジャングル。そんな場所で310キロを歩くなんて……」

 

 今の自分たちが限りなく無茶で無謀な状況にあると知ることになった。

 

『あの、今はお体を休めた方がよいかと』

「そうだな。あやかさん今は休むぞ。この洞窟はあまり魔法生物が寄り付かなそうだ。けど細心の注意は忘れるなよ」

「え、ええ。分かりましたわ」

 

 今はわめいてもしょうがない。そう判断した2人はとりあえず今は就寝するしかなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟にキャンプした2日目。千雨とあやかは周りを警戒しながらはるか先にある人里へ向かった。道中獣たちの鳴き声に気を付けて、見つからない様に隠れながらただひたすらに前へと進む。

 しかしここは熱帯林のジャングル。上空から照り付けてくる陽の光にどんどんと体力を奪われていく。

 

「なぁ、もう40キロ位は歩いてんじゃないか? こちとら8時間は朝から歩いてるんだからな」

『いえ、それが……まだ16キロしか歩いていません』

「はぁ!? 半日歩いてもそれぐらいかよ!」

「無理もありませんわ。常に方角を気にしながら周囲を警戒。迂回しながら安全そうな道を歩いているのですから」

 

 そう言ってあやかがペットボトルの水を飲もうとする。

 

「あまり水は飲まない方がいい。水や食料には限りがある。ジャングルの水は絶対に細菌だらけだ。飲むなんて自殺行為はしない様にな」

「ええ、そうですわね」

 

 今現在、水も食料も限りがある。しかしどう見たって1日ももたない量だ。

 

「唯一の救いはこいつらがまだ動けることだろうな。こいつらがいなければ何も出来なかっただろうから」

 

 千雨の周りでは電子精霊達が浮かんでいるが、墜ちそうなのをなんとか堪えてふわふわと危なげだ。

 

『が、がんばりまーす』

「大丈夫ですか? どこかお辛そうですが」

『はいぃ。僕達は近くで電気製品が稼働していないと活動出来ないんですぅ。少しずつですがケータイやノートパソコンのバッテリーも消費しているはずですぅ』

 

 電子精霊のこんにゃに言われ、千雨も自身のケータイとノーパソを確認する。見ればどちらも50%を下回っている。充電が切れるのも時間の問題だ。

 

「やばいな……急いで前へ進んで少しでも人里まで近づくぞ!」

『は、はいぃぃ……」

「分かりましたわ!!」

 

 千雨が先頭に立ち先導する。今は前に進むしかない。何か奇跡でも起きて、自分達を安全に人里まで連れて行ってほしいと懇願する千雨。

 しかしそんな奇跡なんて起きるはずもなく、結局本日歩いた距離は約50キロ近く。辺りはもう暗くなっており、ケータイとノーパソのバッテリーが今まさに尽きようとしている。

 

『ち、ちうさまー。もう僕達限界ですぅ』

「……わかった。今はもう休め」

『いえぇ、僕達いないと危険な場所の偵察出来ないし、ちうさま街の方角が分からないでしょー』

 

 と言っている電子精霊達は1匹1匹と消えてしまっている。

 

『あぁもう、限界……せめて街の方角だけでも書き残して……』

「おい、無理すんなって」

 

 そして電子精霊が書き残したものが

 

 まち あっち ⇐

 

 方角も何も書かれず、ただ矢印が描かれているだけであった。それを見た千雨とあやかの空気が死ぬ。

 

『どうかちうさま、しな、ない、で』

 

 不吉な事を言い残して、最後の電子精霊ねぎが目の前で消えた。電子精霊が消え、千雨とあやかだけになり、千雨は地面にへたり込んでしまう。千雨が動いてしまったことで矢印も動いてもう街の方角が分からなくなってしまった。

 

「千雨さん……」

「悪いあやかさん。もう……あたしは限界だ」

 

 好きな人が近くに居ない寂しさ。自分は何も出来ない無力感。暑さや歩いても歩いてもゴールに辿り着けない疲労感。千雨の心は折れかけていた。

 

「大丈夫ですよ千雨さん。しっかり休んだら前に向かって進みましょう」

「そうは言うがなあやかさん、肝心のあいつらはあたしのケータイとノートパソのバッテリーが切れたことでもう呼び出せない。今のあたし達が何処に居るかもわからない。それに何かあった時の防衛手段があたしのそこまで強くない魔法ときたもんだ。もう、詰んでるんだよ」

 

 甘かった。修行の時に死に掛けたが何とか乗り切り何処か心の中で浮足立って本場でも何とかいけると思ってしまっていた。しかし現実は甘くなく、今まさに自分の命の灯火は消えそうになっている。あぁ最期は好きな人の前で逝きたかったと諦めかけていると

 

「しっかりしなさい千雨さん!! 私はこんな所で挫ける積りはありませんわ!! きっとネギ先生やマギ先生も私達と離れ離れになって気を病んでいるはずです。なら私達が無事な姿を見せてお二人を安心させるのが今私達がすべきこと! ならばこんな所でへこたれている時間はありませんわ。千雨さん、私という非力な者の為にずっと前を歩いてくれました。私1人だけならとっくのとうにこの森の栄養分になっていたでしょう。ありがとうございます。ですが、貴女も3-Aの一員であるというのなら、こんな所で挫けていはいけませんわ!!」

 

 あやかが千雨に 咤激励をする。本当はあやかだって不安で心細く直ぐにでも折れてしまいそうだろう。しかしネギに会うために此処で倒れてはいけないと自らを奮い立たせ、今まで先陣を歩いていた千雨に感謝しながらこんな所で挫けるなと 咤激励を飛ばす。

 あやかの 咤激励のかいあってか、さっきまで沈んでいた心に少しだけだが活力が戻ってきた。

 

「……へっ。何の力も持ってない一般人組のあやかさんに此処まで言われちゃあ、ちう様の名前に傷がついちまうよなぁ」

「千雨さん……!」

「悪かったなあやかさん。でも、もう大丈夫だ」

「ええ。ならば、早く安全そうな場所に行き、もう休みましょう」

 

 あやかが千雨の手を取り千雨を立たせる。何とも心にしみる光景だろうか……邪魔者が現れなければの話だが。

 

「ぷぎゃぁあああああ!!」

 

 豚に似た甲高い鳴き声と大きな足音が聞こえ木々がなぎ倒されていく。千雨は何かやばい奴がこっちに近づいてくるのを感じて

 

「おいおい、何だよこいつ……」

 

 千雨とあやかの目の前に象かそれ以上の大きさの巨大な猪が鼻息を荒く出しながら登場した。2人に威嚇しているのを見てかなり興奮しているようだ。

 

「あやかさん、ゆっくり、ゆっくりと後ろに下がるぞ」

「え、えぇ……」

 

 音を立てずにゆっくりと下がる。魔法世界の猪だから魔猪と呼ぶことにするが、見ただけでは分からないがかなり空腹になっている。猪は雑食だ。食べようと思えばカエルやイモリも食するという。

 つまりこんなに巨大な体を維持するにはかなりの量の食事を取らないといけない。それこそ……此処に迷い込んだ哀れな人でも。自分たちなどぺろりと平らげてしまうだろう。そうならない為にもゆっくりとゆっくりと魔猪と距離を取る。そして距離を100m以上離すことが出来た。これ以上離れれば魔猪も興味を失ってくれるだろう。いや失ってほしいと願っていたが……

 ぱきりと折れた音がした。見ればあやかが足元にあった小枝を踏んでしまっていた。

 

「ぷぎゃぁあああああ!!!」

「──―走れ!!」

「ご、ごめんなさい!!」

 

 魔猪が甲高い鳴き声を出しながら突進を始めたのと同時に必死で駆けだし始めた。さっきまでここまでだと言っていたのに直ぐに気持ちを切り替えて魔猪から逃げる事だけを考える。

 やはり巨体のためかそこまで早くは動けないようだ。それに周りに木々があるために魔猪は木をなぎ倒さなければいけない。しかし迫力までは消えることがない。まさに自然の戦車だ。

 

「はぁっはぁっはぁっ!」

「止まるなあやかさん! 今は前だけ見て走れ!!」

 

 行け行け行けと叫びながら前へと向かって走る。少しでも距離を離し、魔猪に諦めてもらうために。しかしこの魔猪は地球に居る猪とはわけが違う。

 

「ぷぎゃあ!!」

 

 一声鳴きながら、魔猪の牙に光が集まっている。

 

「あの猪、何をしようとしていますの!?」

「まさか……! 避けろあやかさん!!」

 

 もう一声鳴いたと思いきや、魔猪の牙から雷が放たれ真っすぐあやかに向かっていく。

 

「きゃああああ!?」

「くっそ、間に合え!!」

 

 あやかを雷から護るため、千雨がとっさにスーツケースを前に出し、スーツケースが何か仕掛けがあったのか、雷から護ってくれた。しかしその結果眩い光で一瞬だが千雨とあやかから光を奪った。

 

「くっそ、動物も魔法を使うのかよ。目が、見えない……!」

「前が見えませんわ!」

 

 少しずつだが目が見えるようになっているが、それでもまだ周りが見えるほどに回復はしていない。だが魔猪が刻一刻とこちらに近づいてくるのは分かる。

 

「くそ、此処までかよ」

「まだ私はネギ先生の元に辿り着いていないのに……!」

 

 生暖かい風が当たる。もう食われるぐらいまでに近づいてきているようだ。否応なしに死の宣告が迫ってくる。

 そんな千雨の脳裏にマギの顔がよぎる。

 

「あぁ最期にもう一度会いたかったな……」

 

 辞世の句を詠んだその時

 

『認証完了。起動します』

 

 スーツケースから電子音の声が聞こえ、勢いよくスーツケースが開けられると、中から人型の何かが現れ、そのまま魔猪へとぶつかっていった。

 

「ぷぎぃ!?」

 

 くぐもった悲鳴を上げる魔猪はそのままもんどりうって仰向けに倒れて足をじたばたとしている。

 目が回復していき、千雨の目の前に騎士の鎧を着たロボットが仁王立ちをしていた。

 

『改めまして、初めましてマスター千雨。私は貴女を護るために作られた存在です。ですが今の私には名前がありません。どうが私に名前を付けてください』

 

 名もないロボットの騎士が千雨に名前を求める。いきなり登場し名前を付けてほしいと願いを言ってきた。千雨も最初はいきなり現れたロボット騎士に面食らっていたが。

 

「急に登場して名前寄越せと来たか。へっでもあたしを直ぐに護ったことに対しては高評価だ。そうだな……マギウス、魔導騎士マギウス。お前の名は魔導騎士マギウスだ。これからはこのちう様を護る務めをしっかり果たしやがれ」

『魔導騎士マギウス。とても良い名前ですね。私の名は魔導騎士マギウス。千雨様を護る剣となりましょう』

「あ、でも一々魔導騎士マギウスなんて御大層に呼ぶのはむず痒いからマギウスって呼ぶから、お前も千雨様じゃなくてちう様って呼べ』

『了解いたしました。ちう様。直ぐに愛称を付けてくださり、感謝の極みです』

 

 仰々しく喜ぶ姿を見せる魔導騎士マギウス、マギウスに千雨も満更ではなさそうだ。

 

「千雨さん、もしかして名前はマギ先生から取って付けたんじゃありませんこと? あのロボット騎士さんもどこか顔がマギ先生に似ていますし」

「いいだろ? あたしだけの騎士だ。だったら好きな人の名前も頂いても」

 

 鼻を鳴らし胸を張る千雨に呆れながら苦笑いを浮かべるあやか。しかしこんな事をしている間にじたばたしていた魔猪が起き上がる。

 新たに出てきた敵に警戒しながら嘶く魔猪。

 

『ちう様残念なお知らせがあります。私の無理な起動、そしてちう様の今の状態から分析して、私が万全な状態で稼働出来る時間は3分が限界です』

「まじかよウルトラマンと同じ時間しか戦えないのかよ……!」

『その3分であの猪を追い払うか、あるいは討伐するかのどちらかです。それと、ちう様これを』

 

 と言ってマギウスは千雨にキーボードに似た何かを渡した。

 

「マギウス、これは?」

『私は私自身でもある程度戦うことが出来ます。ですが、私はちう様あってこその真価を発揮することが出来ます。私を作って下さった創造主の葉加瀬様も仰っていました。『千雨さんは念じるよりもこうやって操った方がやりやすいだろうな』と』

「確かに、これで操った方があたし向きだ!」

 

 そう言って高速でキーボードを叩きマギウスに指示を飛ばすその瞬間、千雨とマギウスが繋がったように感じた。

 

「さぁ、やろうか、マギウス。猪退治だ!」

『御意!』

 

 マギウスは鞘から剣を抜き、魔猪に向かって突貫する。

 

「ぷぎゃぁあああああ!!」

 

 魔猪も新しい獲物としてマギウスに向かって襲い掛かる。

 

「! そこだ! いけぇ!」

『はぁ!!』

 

 マギウスは魔猪の突進を避けて魔猪の立派な牙に剣を振るった。剣はそのまま魔猪の牙を1本切り落とすことに成功する。

 

「! ぷぎぃ! ぷぎゃぁあああああ!」

 

 牙を切り落とされた魔猪は驚きと怒りで四方八方に体を振るい暴れた。

 ぶつかりそうになった瞬間にマギウスは盾で魔猪の暴走を防ぐがそのまま後ろに飛んで木に叩きつけられる。

 

「くそ! あんまり暴れるなよ! あやかさん! 何か説明書とかマニュアル無いか!? そこに武装とか書かれているだろうから!」

「え!? えーとえーと……ありました! 千雨さん!」

 

 あやかは千雨にマニュアルを投げ渡す。受け取る千雨はキーボードを打ちながらマニュアルの武装を見てみた。そこには今マギウスが振るって護っている剣や盾の事も書かれているが他にも幾つかの装備が書いてあった。

 魔法の矢ガトリング。腕をガトリングに変形してそこから魔法の矢をガトリングのように撃つことが出来る。

 断罪の剣ブレード。腕から魔力の剣を出すことが出来る。

 闇の業火ブラスト。腕をロケット砲に変形し、強力な魔力の砲弾を放つ。それ以外にもあと幾つかは載っているが今は省略する。

 どれも強力そうだ。しかしそれらを使うために、千雨の魔力を消費する。それに今の千雨はかなり体力も厳しい。今は一撃必殺位の強力な装備を使う方が手っ取り早い。

 

「マギウス! 荒っぽいが、闇の業火ブラストっていう奴を使うぞ!」

『……宜しいのですか? 恐らく闇の業火ブラストを使用すればちう様の魔力が底をつき、私の稼働も厳しくなると思われます』

「今はこの大技に賭けるさ。運が良ければ倒せるだろうし、びびって逃げてくれることを祈るだけさ」

『了解致しました。私はちう様の指示に従います』

 

 マギウスは腕をロケット砲に変形させ、魔猪の隙を伺いながら牽制をする。

 

「千雨さん、本当に大丈夫なのですか?」

「今はあたしの腕と、葉加瀬が作ったマギウスを信じろ」

 

 等と話している間に魔猪が大きく体を動かし、隙が出来た。

 

「今だ! 行けマギウス!!」

『闇の業火ブラスト!!』

 

 千雨がコマンドを送り、マギウスのロケット砲からマギが使っている闇の業火のような黒い炎の砲撃が、魔猪のどてっぱらに直撃した。

 

「ぷぎゃぁあああああ!?」

 

 魔猪はここ一番で大きな鳴き声を出している。かなりダメージは入っているのではないだろうか。

 

「これで、倒れてくれよ頼むから……!」

 

 千雨は懇願する。今の自分はもう限界だ。それにマギウスも膝をついている。

 

『申し訳ございませんちう様。今の攻撃で私の活動限界に達してしまったようです』

「あぁ。よく頑張ったよおつかれさ────」

「ぷぎゃぁああああああああああ!!」

 

 魔猪は腹から血を流しながらやたらめたらに暴れだした。どうやらあれだけの攻撃を食らってもまだ暴れられる力があるようだ。

 そのままマギウスを吹っ飛ばし、血走った目で千雨とあやかを睨んでいる。

 

「ぷぎぃいいいいいいいいいいい!!!」

 

 自分をこんな目に会わせた目の前の人間に報復するためにと魔猪は咆哮を上げながら突進をする。もう助からないと本能で察し、せめて道連れにしてやるまでだ。

 

「くそ、頑張ったのに此処までかよ」

「あぁネギ先生、お父様。先立つ事をお許しください」

 

 万事休すかと思われたその時

 

「────ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああ!!!」

 

 何処からか獣のような雄叫びが聞こえたと思いきや、魔猪の首に巨大な剣、グレートソードが突き刺さった。

 

「ぷぎぃぃぃぃぃぃぃ!?」

「あっあの剣はまさか!?」

 

 魔猪が悲鳴を上げている間に、グレートソードの持ち主、マギが茂みから飛び出してきて、そのまま魔猪の首に刺さったグレートソードを容赦なく引き抜く。引き抜かれた首から噴水のように血が噴き出す。

 

「ぷぎゃぁあああああ!!」

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 容赦ない物騒な事を叫びながらマギはそのまま魔猪の首をそのまま叩き斬ってしまった。さっきまで暴れていた魔猪が何も言わぬ死骸へと変わってしまった。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 荒い息を吐きながら、マギは血が付いたグレートソードを思い切り振るいそのまま血をはらって落とした。

 

「まっマギさん?」

 

 千雨はおっかなびっくりな様子で声をかける。するとマギはゆっくりと千雨の方を向く。ハイライトの無い死んだ目に千雨は思わず息を呑む。

 最初は呆然と見ていたマギだが、ゆっくりとマギの目に光が戻る。

 

「……千雨?」

「あはは、マギさん、随分ワイルドな感じになって────」

 

 マギはそのまま(血塗れ)勢いよく千雨に抱き着いた。

 

「ちょ!? マギさん!? その、少しはその血を落としてから────」

「よかった! 千雨! 君に何かあったら俺は、俺は……」

 

 見ればマギの体は震えている。いっぱいいっぱいであったマギは千雨に会えたことで限界になっていたのだろう。

 マギの危うさを察した千雨は優しくマギの背中をさすった。

 

「あぁ。あたしもマギさんに会いたかったよ」

「あぁ、あぁぁぁぁぁぁ……」

 

 泣きじゃくる子供のようにマギをあやす千雨。こうしてマギは無事に千雨と合流することが出来たのであった。

 

「その、私も居るのですが……」

『今はそっとしておいた方が良いのでしょう』

 

あやかとマギウスは蚊帳の外ではあるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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