マギが暴走し、エヴァンジェリンに食って掛かった修行4日目。
のどか達はある場所にいた。それは……
「なぁ……なんであたしらこんなジャングルに居るんだ?」
千雨がポツリと呟く。しかしその呟きもけたたましい鳥の鳴き声に掻き消されてしまった。
のどか達はマギやアスナ達が修行をしてる間に自分達も魔法の矢を出せるように修行をしていた。といっても魔法の矢が真っ直ぐ飛ぶのにかなり苦労したが……
『あっ危ないです!!』
『きゃあああ!?』
『どわぁぁぁぁぁぁ!!』
『ちっ千雨ちゃーーーん!!』
「……ほんとにあの時は死ぬかと思ったぞ」
魔法の矢が自分に迫ってきた時には短い走馬灯が駆け巡った千雨。だが死にかけたこともあったが何とか魔法の矢のコントロールが出来るようになってきた。
その矢先にのどか達は茶々丸に連れられ、このジャングルの入口に立っている。
「ここは南米アマゾンをモデルにしたジャングルです。気温は平均30℃以上、湿度は90%です」
「ふえー。そんな暑いところずっといたら干物になってしまいそうやね」
茶々丸のジャングルの説明を聞き、流れる汗を腕で拭う亜子。確かにこのままずっといたら体の水分が飛んでいってしまいそうだ。
しかし茶々丸は次にはこう言った。
「皆さんには今日を含めた4日間、ここでサバイバルの修行を行っていただきます」
「さっサバイバル、です?」
茶々丸の飛んでも発言とも取れる内容に目を丸くする夕映。
「ちょっと待ってくれよ茶々丸さん。あたしら昨日ようやっとって感じで魔法の矢の制御が出来るようになったのに、いきなりこんな所でサバイバルなんて、自殺行為にも程があるぞ」
千雨が抗議すると
「だが悪いが、今のお前達には強引な方法で強くなってもらうぞ」
魔方陣が光り、そこからエヴァンジェリンが現れる。
「マスターお疲れ様でした。マギ先生のご様子はいかがだったでしょうか」
「あぁ、散々私がいたぶり過ぎたせいか、溜まっていたみたいでな。爆発して私に襲いかかってきた。私もマギを抑えていたが油断して押し倒されてな、危うく刺されそうになった所でマギは理性を取り戻した。まったく、手のかかる弟子だよ」
旗から聞けばどこかいかがわしい雰囲気にも取れる内容にのどかや亜子は耳を赤くするが、まったくませた子供達がとエヴァンジェリンが鼻で笑い、先程まで起こった内容を話すと今度は羞恥で顔を真っ赤にするのだった。
「つまりなんだ?マギさんは暴走してエヴァンジェリン、あんたを襲おうとしたが何とか踏みとどまったってことか?」
「ああ。私も魔法世界に行くつもりだ。だが魔法世界で何が起こるか分からない。最悪私がその場にいないでマギが暴走した時に自分の身を護れるのは自分でしかない。世の中物語のように都合の良い展開になるとは限らない。最悪の場合……な。それが怖いと思ったなら今からでも立ち去れ。私は別に蔑んだり咎めたりはしない」
エヴァンジェリンの脅し文句にものどか達は逃げようとしない。ここで逃げ出してしまったらあの苦しい悪夢はなんのために味わったのか分からなくなってしまう。
逃げる姿勢を見せないのどか達を見て満足そうにエヴァンジェリンは微笑む。
「修行内容はいたって簡単。茶々丸が言っていたように今日を含めての4日間サバイバルをしてもらう。この入口に留まるのも可、動き回るのも可だ。だが、留まるのはお勧めはしないがな」
「それはどういう意味です?」
「それは」
「こういう意味だよ!!」
またも声が聞こえ、魔方陣からハルナが現れた。
「ハルナ?どうしてハルナがここに?」
「いやーエヴァッチに頼まれてさ。のどか達の修行のサポートをして欲しいってね♪」
だれがエヴァッチだと呆れ混じりの溜め息を吐いたエヴァンジェリンはハルナがやって来た理由を説明する。
「早乙女ハルナにはアーティファクトを使用し、ジャングル内でゴーレムを召喚してそのゴーレムと戦闘をしてもらう。この4日間で少しでも戦闘のいろはを叩き込むつもりだ」
「うっうぅ。それを聞くと段々と怖くなってくるな……」
「正直、そう簡単に強くなれるとは私も思ってない。そう思い、お前達にはあるものを用意した。茶々丸」
はいと茶々丸はのどか達に子供が使うおもちゃの杖と1冊ずつ本を渡す。そして千雨と亜子にはあるものを渡す。
「これは何ですか?」
「簡単に言えばあんちょこ本だ。お前達の属性に適した魔法の詠唱が書かれている。それを読みながら魔法を詠唱すれば、少しは制御もしやすくなるだろう。因みにマギや坊やの父親であるナギも戦闘中はメモ書きを見ながら戦闘していたそうだ。あの馬鹿に出来たんだ。お前達も直ぐに戦えるようになるさ」
エヴァンジェリンはメモを必死で読みながら戦うナギを思い浮かべふと微笑みを浮かべる。
「なぁエヴァンジェリン、あたしは何であんちょこ本の他にこののっぺらぼうの人形を寄越したんだ?」
「うちも。これは……マイク?」
千雨と亜子はあんちょこ本以外にのっぺらぼうの等身大の人形とマイクを渡されなんなのかと首を傾げる。
「長谷川千雨、お前の噪演魔法はどういうものか分からない。よってこの人形を貸す。この人形は魔力を消費し、念じる事で動くことが出来る。頑丈な作りとなっているから十分に護ってくれるだろう」
「なんかスタ○ンドみたいな感じだな」
「それと和泉亜子、お前の歌魔法はマイクを使うことで力が増幅される。そのマイクも魔力を送り込むことで力を発揮する。ただ魔力をかなり消費するから使う時と場所はしっかり見極めろよ」
「へーエヴァンジェリンさんは色々と珍しい物を持ってるんやね」
何でも揃っていると言えるこの状況に亜子も感嘆の声を挙げていると
「それと手っ取り早くこの修行を終えることが出来る方法は1つだけある」
「それってどういう事エヴァさん?」
のどか訪ねるとエヴァンジェリンはジャングルを指差す。
「このジャングルの奥に神殿を建ててある。その神殿に祀ってある宝を手に入れることが出来れば4日間修行せずとも直ぐに修行を終わらせることが出来る」
「成る程な。それは良いことを聞いた。けど、そう易々と宝が手に入るわけないだろ?」
千雨が警戒する。その通りだと千雨の警戒に肯定するように話を続ける。
「早乙女ハルナには神殿に近づくにつれゴーレムの強さ強度を増すように命じている。つまりこのジャングルの入口では道中倒せそうな雑魚モンスターを大量に出す予定で、神殿に近づけば近づく程に段々と数は減るが、逆に強さのレベルが高くなり最終的にはラスボスランクのモンスターになる訳だ」
「因みにジャングルの入口はスラ○ムドラ○ーとかそこまで苦戦しないのをばんばん出して、中盤でキ○ーマシン、ギガ○テス。最後は○ーマレベルの奴を出すつもりだからそのつもりで」
「あまりゲームをやったことないですが。なんとなく分かるです」
自分達がRPGのキャラクターになった感じだなと思ったのどか達。
「それと茶々丸も同行させる。この4日間、食事や風呂の世話を任せる。また戦闘面で茶々丸が危ないと判断したら介入するように命じている。ただし3回までと、最後の神殿には手を出さないようにしている。茶々丸が介入し3回目以降は自力で対処。それが出来ないようであればこの魔方陣に戻れ。その瞬間、修行はその場で終了。魔法世界への同行は無しとする。質問はあるか」
すっと千雨が手を挙げる。
「地図を貸してもらうのは駄目か?場所が分からなくて同じ場所をぐるぐるするのは正直非効率だからな。それと、もし神殿にたどり着いた時にその場で遭遇したモンスターに勝てないと判断したら逃げるのはありか?」
「まぁ其れぐらいだったらいいだろう。道に迷って遭難にならないように気を付けろよ。逃亡も良しとする。勝てないと判断した相手に無謀に突撃するのは蛮勇だからな」
「まぁこっちもラスボス相手に尻尾を巻いて逃げるなんて事が出来ないようにするつもりだから覚悟しときなよー」
のどかと夕映は察する。ハルナは本気でこちらを潰すつもりだと。彼女は例え友人相手でもやる時はやる凄みがある。
のどかと夕映が戦慄を覚えている間にエヴァンジェリンは地図を千雨に渡す。地図には事細かく場所の詳細が書かれていた。
「さて、これ以上説明する必要もないだろう。後は実戦あるのみだ。昼夜油断せずにこの4日間励めよ」
そう言ってエヴァンジェリンは魔方陣でジャングルを去った。
「そんじゃ私も移動するから。励んでよ~。のどからの動きは私のマンガの材料として有効活用させてもらうから」
ハルナは大型の鳥ゴーレムを召喚し、その背に乗り飛んでいった。
「……よし、ずっとここで雑談してるわけにも行かないし、行くか」
千雨が言ったことにのどか達も頷き、ジャングルの中へと入って行った。
「さて、今あたしらはジャングルの奥へずんずんと向かってる最中だが、のどかさんに夕映さん、改めて聞くが早乙女ってどんな性格なんだ?」
ジャングルを前進するのどか達。千雨がのどかと夕映にハルナがどんな人物なのかを聞くと、夕映は遠い目をして答える。
「ハルナは例え親しい友人が相手でも自分の欲望には素直に爆進するです。そして彼女が好きなのは修羅場。私達がモンスター相手に苦戦している状況を嬉々として自分の漫画のネタにするはずです」
「おーけい。早乙女の性格がとってもいいというのが、よーく分かったよ」
「でっでも根が悪いわけじゃなくて、自分のしたいことに素直なだけだから!」
のどかがハルナのフォローをするが、夕映の説明を聞いてハルナがどう仕掛けてくるか警戒を強める。
「話しは変わるですが、千雨さんはその人形を動かすのに支障は無さそうです?」
夕映が千雨を気に掛ける。現在千雨の背後にベッタリとまさに背後霊やスタ○ドのように人形が歩いている。
「あぁ、ある程度の魔力を与えておけばそれ以上は食われないみたいだ。あたしのことよりも自分の事は大丈夫なのか?」
汗を拭いながらのどか達の事を心配する千雨だが
「私は図書館島で過酷な場所に行ったこともあるですし、体力には自信あるです」
「私も大丈夫。けど正直言うと熱い……かな」
「うちも夏の炎天下の中で試合や練習してるから暑さへの我慢はこの中では一番と言いたいんやけど、この暑さはグランドとは別物やな」
「くそ、やっぱインドア派のあたしがこの中で一番体力は下みたいだな……」
千雨がぼやいていると茶々丸が水筒を渡してくる。
「皆さん水分補給は適度に行いましょう。水分摂取を怠るのは一番危ないことです」
「そうだな。サンキュー茶々丸さん」
茶々丸に礼を言い水筒を傾ける千雨。冷えた冷水が千雨の体を冷やしていくのを感じる。一気に飲むのではなく少しずつ飲むのを心がける。
のどか達も水分補給のための小休止を取ることにしたその時、茂みが動いた。
早速仕掛けて来たかと警戒するのどか達。何が出てくるのだろうか。しょっぱなからえげつない姿のモンスターだろうか……
しかしその予想は真逆の可愛らしい白い野うさぎが一羽、茂みから現れたのだった。
「やーん!めっちゃ可愛いんやけどー!!」
狙っているのかそれとも自然にやっているのか首を傾げる野うさぎを見て心打たれた亜子が不用意に野うさぎに近づこうとしている。
だがハルナの事を聞いた千雨は警戒の色全開で急に現れた野うさぎを見ていた。
「なぁ夕映さんよ、早乙女がこんなあからさまな事をしてくるか?」
「そうですね、ハルナの事だから安心しきった所でえげつない事を仕掛ける可能性が大です」
「うん、ハルナならやりかねないかも……」
夕映とのどかの話を聞いて警戒度が更に上がる。あの野うさぎは絶対何かを仕掛けてくる。
「おい亜子さんよぉ、そいつから早く離れた方がいいんじゃあないか?」
「えーこんなに可愛いのに?警戒しすぎやよー」
思わずジョ○ョの登場人物の話し方になりながらも亜子に離れろと言うが亜子は完全に心を許しているが、それは起こった。
野うさぎがぶるぶると震えたと思いきや、某寄○獣のように顔がぱっくりと4つに割れ、割れた断面に夥しい数の牙が生えているのが見えた。
「キシャアアアアアア!!」
「!?きゃあああ!!」
奇声を挙げながら亜子に向かって跳び跳ねた野うさぎ擬きに思わず悲鳴を挙げる亜子。しかしこの展開は千雨は読んでいた。
人形に野うさぎ擬きを殴れと念じていたので直ぐに亜子の前に立ち、野うさぎ擬きを殴り飛ばした。鈍い音を出しながら飛んでいく野うさぎ擬きに呆然とする亜子。
「あ、ありがとな千雨ちゃん」
「だから油断するなって言っただろ。それよりもこれで終わりって訳じゃないだろ」
「ええ、ハルナのことです。直ぐに仕掛けてくるはずです」
「どうやらそのようです……皆さん、囲まれました」
茶々丸が言った通り、四方から何かが蠢く音が聞こえそして
『キシャアアアアアアアアアアア!!』
木々や茂みから先程殴り飛ばされた野うさぎ擬きが無数に飛び出してきた。その数は数えただけでも50は優に越えていた。
だが千雨はこの展開もある程度読んでいた。
「悪いが強引に進ませて貰うぞ。行けぇ!!」
千雨は人形に命じる。今大事なのは迫ってくる野うさぎ擬きを全滅させるのではなく、この場から逃げる事。そのために野うさぎ擬きが密集している所の一番薄い所を突く。
ス○ープ○チナやクレ○ジー・ダイ○モンドと比べたら些か遅いと思われそうだが、人形の高速ラッシュで野うさぎ擬きの壁を蹴散らし道を作る。
「今は逃げるぞ!!」
千雨に続くようにのどかに夕映に亜子そして茶々丸が急いでこの場から逃げ出し、それを追いかけるように奇声を挙げながら追いかける野うさぎ擬きの群れ。
「くっそ!しょっぱなから出鼻を挫かれた!!」
千雨の悔しげな叫びがジャングルに響くのだった。
野うさぎ擬きの群れから逃げ続けすっかり夜になってしまった。
野うさぎ擬きの群れから逃げ出して、400~500m行くか行かない所で千雨の体力が底をついてしまい、そこからは人形に念じて横抱きをしてもらった。
道中で野うさぎ擬きに食いつかれそうになった時は魔法の矢で撃退していった。
野うさぎ擬きが追撃を止めたのか段々と数が減っていき、遭遇するのがゼロになった時には夜になり、のどか達の魔力体力共々ゼロになって一歩前に進むのも一苦労に成る程だった。
最終的に茶々丸が案内し、ジャングルの中にポツンと建つログハウスに到着した。
元々ノリでこのジャングルを作り、ついでにこのログハウスを建てた模様で、ここをセーフハウスにすることを満場一致で決定した。
最初はこのログハウスを勝手に使っていいのか不安になったのどかや亜子だが、茶々丸が
「別にマスターはこのログハウスを使うなとは命じておりません。ですので大丈夫でしょう」
と言いきった。ならば存分使わせて貰おう。
茶々丸が簡単な料理ということでカレーを作ってくれた。疲れた体にカレーの辛みが更に食欲をそそりあっという間に完食してしまった。
「たく、初日からえらい目にあったぞ……」
「私も、かなりくたくたです」
「今日はもう動けそうにないよ」
今日味わった苦労を全てここで出すかのように大きな溜め息を吐く。
「……よし!」
そんなのどか達を見て意を決した亜子は今まで使っていなかったマイクを手に取った。
「亜子さんどうした?悪いけど今は音楽を聞く余裕はあたしにはないぞ」
「大丈夫。今は何も考えず聞いてくれればええから」
そしてゆっくりとしたテンポの歌を謡だす亜子。すると、先程までの疲労が段々と薄れていくのを感じた。
「この歌は何なのです?」
「癒しの歌って言うんやって。今のこの状況にピッタリやと思って、どうかな?」
「うん、聞いててとても癒されたよ。ありがとう」
「まぁ、やっぱなんやかんや言って歌って侮れないよな」
歌ってくれた亜子にお礼を言うのどか達。お礼を言われた亜子も顔を赤くしながら微笑む。
「皆さん。お風呂の用意が出来ました。今日の汗と疲れを流して明日に備えてください」
お風呂と聞いて顔を輝かせる夕映と亜子。
早速入ろうと準備をしようとした時に待ったをかける千雨。
「なぁ茶々丸さん、そのお風呂ってこのログハウスの中にあるのか?」
「いえ、マスターがせっかくだから露天風呂を作った方が面白いだろうと言うことでお風呂は露天風呂です」
「……そっか。あぁくそ」
風呂は露天風呂と聞いて悪態をつく千雨。
「どうしたの千雨ちゃん?もしかして露天風呂が嫌なん?」
「そうじゃないよ。なぁのどかさん、早乙女の奴は夜でも仕掛けてくるか?」
「……やるかもしれない。ハルナにとって昼も夜も関係ないだろうから」
「えぇ……早乙女さんも女の子なんだし夜は早く寝るんやないの?」
「いえ、ハルナは漫画の〆切を間に合わせるために何度も徹夜をしているです。恐らく今も寝ずに私達に何時仕掛けるか見計らっているはずです」
それを聞いてすっかりお風呂の雰囲気ではなくなってしまった。
「エヴァンジェリンも昼夜気を付けろよと言ってたからな。とりあえず交代制で入るか。時間は10分もあれば長風呂になるだろ?」
千雨の提案に皆賛成し、誰が最初に入るか決めることにした。
そして……
「にゃはは。やっぱ私が仕掛けるって思ったか。いいよいいよ、そういう反応を見せてくれた方が私としても面白いからね」
ログハウスから300m離れた岩山に陣を取っているハルナ。今は双眼鏡で、のどか達の行動を見張っていた。
何故ハルナがこの修行の敵役として参加したか、それはエヴァンジェリンと取引をしたからである。
因みにハルナはのどか達が飲んだあの劇薬を飲んでいる。何故飲むことになったのか、それは
「やっぱパワーアップアイテムとかそそるでしょ?」
と至極単純なものだった。これにはエヴァンジェリンも呆れ顔を浮かべてしまう程にである。
懇願してくるハルナにさほど興味はなかったエヴァンジェリンは交換条件としてのどか達の修行相手になるように提案、その条件を飲んだハルナはのどか達が魔法の矢の制御をしている間に薬を飲んだ。
薬はのどか達が飲んだ10倍希釈したものより少しだけ薄めた50倍の希釈でハルナに与えた。
「劇薬だとしても貴重な薬だからな。こいつにはそれ程興味はないし、50倍位でいいだろう」
との事である。飲んだ瞬間に激痛は起こらなかったが、酷い吐き気を覚えたハルナは横になった。
夢の中ではもう1人の自分に会うことは無かった。ただ描いては消え描いては消えてしまう終わりの無い原稿の完成を目指すと言った悪夢を起きるまで延々とやらされたのだ。
その甲斐あってかハルナも以前よりもパワーアップし、アーティファクトのゴーレムのクオリティも強度も上がった。デメリットとして精巧なゴーレムを描くと自分にもダメージが来るフィードバックが着くことになった。そして今に至る。
「折角ちょっちパワーアップしたんだし、この力を使わないと勿体ないでしょ」
双眼鏡でのどか達の様子を見ながら自分はカップヌードルをすする。監視していると、風呂の順番は千雨、夕映、亜子最後はのどかに決まったようだ。
「そんじゃ、狙うのはおっちょこちょいののどかに決ーめった!」
そしてスケッチブックにあるものを描くハルナ。それはジャングルのパニック映画代表の爬虫類。手足の無い長い体で音も出さずに獲物に向かって這って襲い掛かる姿は正に恐怖。
アナコンダ。その体長は10mを越えている正に怪物と言ってもいいぐらいの大きさだ。大蛇は下をちろちろと出しながら這ってのどかの元へと向かって行った。自分の欲望(漫画のネタ)の為にここまでする。引くのを通り越して感心するレベルまでに達していた。
場面は戻り、最後の番になったのどかが露天風呂に入り疲れを癒していた。
「ふぅ……今日は色々あって疲れたなぁ。けど自分が決めた道なんだし、マギさんや皆のために頑張らないと」
と改めて意気込みをする。人はリラックスしている時が一番油断するもの、大きく伸びをしたのと同時に近場の茂みが大きく動き出す。
何か来る。のどかは近くに置いていた杖に手を掛けるが、それよりも早くアナコンダが鎌首をもたげながら現れた。
「しゃあああぁぁぁぁぁ……」
「!?きゃあああ!!」
この大蛇、口を開ければ人1人は簡単に呑み込めそうだ。大口を開けてのどかに迫る。このまま呑まれてもハルナが直ぐにこのアナコンダのゴーレムを消すようにするから問題ないが、それでも丸呑みにされるのはかなり怖い。
哀れこのままのどかは丸呑みにされてしまうのかと思いきやのその時、大きな音がしてアナコンダは何かの力で弾かれてしまった。
障壁だ。のどかが魔法の障壁を展開しアナコンダの攻撃を防いだのだ。今さっき悲鳴を挙げていたのに障壁を展開する時間などあったのだろうか。防がれたのならもう一度攻めればいい。アナコンダがまたも大口を開けてのどかを呑み込もうとしたら
「――――――ねぇ、こっちはもうヘトヘトなの。だからもう……さっさと何処かへ消え失せて」
さっきまでおどおどし高い悲鳴を挙げたのどかとまったく真逆で、低い声色でアナコンダを睨み付けた。
このアナコンダには感情なんてものは持ち合わせていない。ハルナの命令だけで動いているゴーレムなのだから。しかし目の前ののどかを見て、この女はまずい。暗く重いのどかの雰囲気に、呑み込もうとしたらこっちが頭から尻尾まで喰われてしまうと本能に似た何かを感じ取った。
暫く睨み合っていたらアナコンダの方が折れて何処かへと逃げていった。
「あっれ!?なんでアナコンダの奴勝手に逃げ出して、のどかをしっかり狙えって命じたはずなのに……」
ぼやきながら双眼鏡でのどかの様子を見る。しかしそんなのどかがぐるんと首を動かし、ハルナが見ている双眼鏡としっかり目が合う。
「え?嘘見られてる?いやそんなわけない。ここからログハウスまで300m以上は離れてるのに」
きっと気のせいだとハルナは自身にそう言い聞かせているが、のどかがくすりと笑いながらゆっくりと口を開く。
あ・ま・り・ち・ょ・う・し・に・の・ら・な・い・で・よ・ね
「~~~~~~~~~!!」
思わず双眼鏡から目を離してしまった。何を言っているか聞き取れるわけなかったが、のどかはハッキリとそう言っていると分かった。
「なに、あれ……あれ本当にのどかなの……?」
目に精気が感じられず、空虚な目に見られハルナは息が詰まりそうになり、そのまま窒息してしまいそうになった。あののどかを冗談交じりでちょっかいを仕掛けたら、そのまま喰い殺されるイメージが頭から離れない。
「……のどかに手を出すのは極力控えよう。逆に返り討ちにされそうだし」
今はこの場から離れよう。それだけを頭にいれてハルナはログハウスから距離を取るようにした。
そしてハルナの気配が遠くになるのを感じたのどかは目を閉じる。目を閉じるとさっきまでの暗くのしかかる雰囲気は霧散していった。
「……あれ?あの大きな蛇は何処にいったの?」
呆然としながら周りを見渡す。どうやら先程までの事を何も覚えていないようだ。
「のどか大丈夫です!?」
のどかの叫びを聞いて、ようやく夕映と千雨と亜子が駆けつけるが、のどかしか居ないことに肩透かしをくらう。
「のどかさん、さっき凄い悲鳴を挙げてたが大丈夫なのか?」
「えっと大きな蛇が現れたんだけど、気がついたら居なくなってて」
「大丈夫なん?どこか怪我しとらん?怪我したならウチが手当てするよ」
「ううん。怪我はないけど、ビックリして気を失ったのかちょっとの間の記憶が曖昧で……」
とりあえずのどかが無事なのを確認してほっと胸を撫で下ろす夕映。
「とにかくのどかが無事でよかったです」
「けどやっぱ早乙女の奴仕掛けて来たか。もしかしたらあたしらが寝た後にも何かしてくるかもしれないから交代で寝るか」
千雨の提案にのどか達は賛成し交代で睡眠を取ることにした。
………しかし、深夜1時2時を過ぎてもハルナが一向に仕掛けてくる気配がないので、最終的には交代せずに皆一斉に寝ることにした。
こうしてのどか達のサバイバル生活の1日目が終了したのである。