修行初日で地獄を見た
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「どうしたマギ、もっと抗いてみろ。まさかこれでもう終わりというわけではないだろうな?」
吹雪舞う山中で無数の剣が刺さっているなかで、片膝をつき肩で荒い息を吐き出すマギを吹雪と同じ冷たい目で冷笑し見下ろすエヴァンジェリン。
「くっ……うおぉぉ!!」
声を張り上げ、近場に刺さっていたロングソードを抜き、エヴァンジェリンに向かって振り下ろす。
しかし……
「甘い」
マギの見え見えの振り下ろしを簡単にパリィして弾く。無防備になったマギの胴体に鋭利になった爪を突き立て、マギの心臓部分を貫く。
口から血をポンプのように吐き出して、前に倒れてしまう。
「ふっまだまだだな。出直して這い上がってこい」
そう言い残して、雪山を降りていくエヴァンジェリン。
くそうと心の中で叫ぶマギであった。
一方、熱気渦巻くジャングルにて
「はーはーはー」
「の……のどか大丈夫です?」
「凄い熱気や。意識がぐるぐるしとる……」
「なんであたしらこんな所にいるんだっけ……?」
のどか達が意識を失わないように踏ん張っていた。
何故マギがこんな血みどろなことにのどか達がジャングルにいるのか、それは数日前に遡る。
夏休みに入り数日経ち、色々と動きがあった。まずアスナが自身の過去を思い出し、ナギを探すために表向きは英国を研究するという名目で魔法世界に行くための部を設立することになった。当然ネギとマギが顧問で、マギ達の中で一番の実力者のエヴァンジェリンが名誉顧問となることになった。
まず最初の目標は魔法世界でしっかり活動出来るように力をつけるための修行をすることに。その修行のためにエヴァンジェリンの別荘を使用することにした。時間の流れが緩やかなエヴァンジェリンの別荘は修行にぴったりな場所である。
皆やる気十分で修行に取り組もうとしていた。しかし問題があった。それは……
「神楽坂、貴様その程度のレベルであそこまで息巻いていたのか?お笑い草とはこのことだろうな」
伸びているアスナを嘲笑するエヴァンジェリン。事はネギとの模擬戦から始まる。咸卦法を使えるようになったアスナがネギに挑んだがあっさりと返り討ちにあってしまった。それは当然と言えるだろう。咸卦法を使い戦えるようになったアスナと学園祭以降もこの別荘で修行していたネギじゃ差が開いて当たり前だ。
「言っておくが坊やレベルで負けているようなら魔法世界に行っても1日も持たんぞ。分かったら貴様は日本に残ってタカミチの背中でも追っかけてろそっちの方がお似合いだ」
――ぶちりとアスナの中でキレた音が聞こえた。その話はアスナの中で禁句であり、怒りで心に火を灯した。
「ふざけんじゃないわよ……!やってやろうじゃない!!こうなりゃ矢でも鉄砲でも何でも持ってきなさいよ!!この修行で超レベルアップしてエヴァちゃんの泣き顔を拝んでやるんだから!!!」
怒りの感情で力が爆発したアスナ。体から溢れているオーラが大きすぎるためにネギが落ち着かせようとおろおろしていると
「ほう、私の泣き顔を拝んでやるか。面白いじゃないかやってみるといい。丁度貴様にぴったりな修行がある。身の引き締まる地獄のような修行がな。着いてこい」
「っ上等よ!!やってやろうじゃない!」
売り言葉に買い言葉でエヴァンジェリンの挑発に乗ってしまったアスナはエヴァンジェリンに着いていくことに。それがまさに地獄の修行と知らずに。アスナが心配になったネギも着いていき、その後ろで面白そうだと思った小太郎も着いていき、何かを決意したマギも着いていった。
「なななななな何よここおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
歯を鳴らしながら叫ぶアスナ。今アスナが居るところは極寒の吹雪舞う山の中であった。
「貴様の修行はこの雪山で7日間生き残るものだ。言っておくが居住と食事も現地調達だ。咸卦法を使っていないと30分で凍死するぞ」
「ささささささっきは矢でも鉄砲でもって言ったけど!!こんないきなりぶっ飛んだ修行をしなくても―――」
アスナは抗議をしようとしたが最後まで続かなかった。何故ならエヴァンジェリンがアスナの服の襟を掴み、割りと本気で投げ飛ばしたからだ。
「きゃああああぁぁぁぁぁぁ!?」
「ほら、本気で防がないと死ぬぞ。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック―――」
ほぼ一瞬で見えなくなってしまったアスナとエヴァンジェリン。目の前でアスナが投げ飛ばされて顔を青くするネギ。
「アスナさん!師匠!」
「ちょいとまちいやネギ」
ネギも同じように飛んで行こうとしたが、小太郎が腕を掴みまったをかける。
「離してコタロー君!!このままじゃ師匠がアスナさんを!!」
「殺しちまうってか?落ち着けや。エヴァンジェリンの姉ちゃんがアスナの姉ちゃんを殺す訳ないやろ。あれが今のアスナの姉ちゃんの力を解放するための荒療治みたいなもんやろ?なぁマギ兄ちゃん」
「俺にふられてもな……まぁ小太郎の言う通りなんだろうな。俺も魔法の事は記憶がないからよく分からないがエヴァがやろうとしてることが最速の修行方法なんだろ」
小太郎にそう言われ、マギも小太郎の考えに同意しネギは何も言えなかった。
1分位経った後にエヴァンジェリンがつまらなそうな顔をしながら戻ってきた。
「ここから300m先に神楽坂が伸びている。坊やと犬上小太郎、お前達が介抱した後に少し面倒を見ろ。正し甘やかしたら修行のきつさが倍になると思え」
「はっはい!」
「しゃーないなー。ほな行くでネギ」
エヴァンジェリンに命令されてネギと小太郎はアスナの元へ飛んで行った。
「それでマギ、お前は何故私達に着いてきた」
「単刀直入に言うよ。俺に修行をつけてくれ。多分今の俺は誰よりも弱い。失礼だがアスナよりもだ。記憶を失い戦い方を忘れたと言うのもあるが多分心も弱い。俺がネギに魔法世界に行こうと言い出しっぺなのに足を引っ張ったら本末転倒だ」
エヴァンジェリンに修行を申し込んだ。エヴァンジェリンはふっと笑みを浮かべる。だが微笑等の優しげな笑みではなく、吸血鬼の牙をぎらりと見せる獰猛な笑みだ。
「それを言うのを待っていたぞマギ。お前を不死身の存在にしてしまったことに負い目を感じていたが、お前自ら修行をつけてくれと言うのならそれに応えてやろう。だが私はお前が大切な者だからと言って甘くするつもりは毛頭もない。不死身の戦い方を骨身に刻んでやろう」
そう言ってエヴァンジェリンはマギの手を取り雪山を飛んで行く。暫く飛んでいると、無数の剣が刺さった場所に到着した。
「エヴァここは?」
「あーここは……一時期無数の剣が刺さった光景に憧れがあって勢いで作ったものだ。刃はついているから斬れるぞ」
若気の至りなのだろうかとマギは一瞬思ったが直ぐに考えを散らした。
「それよりもマギ、お前は寒さは大丈夫なのか?」
「……そう言えば確かに寒いが体が凍りつくまでじゃあない感じだな」
マギの答を聞き、エヴァンジェリンは何回か頷き
「どうやら魔法の記憶は忘れているが、体は覚えているようだな。身体を冷やさないように少しずつ魔力を放出し体に膜を張っているようだな」
「なるほど……」
よくよく見ればマギの身体を魔力が覆っていた。だから寒さが軽減していたのかと納得したマギ。
「それではマギ、お前の修行を始める。お前の修行の内容は至極簡単……この私に傷をつけることだ」
「え、それだけか?」
「あぁ掠り傷でも可だ。先に言っておくが、私を傷つけることは出来ないなんて事は言うなよ。それ以前にお前が私に傷をつけることなんて無理に等しいがな」
「そんな事言う積もりはなかったよ。けど、正直言って急にエヴァに傷をつけるなんて出来るか不安だな」
「なんだ怖じ気ついたか?だったらお前は日本に居残りをしておくか?まぁ私としては大事なお前に傷がつかないほうがいいがな」
挑発的な笑みを浮かべるエヴァンジェリン。そんな笑みを見てマギも覚悟が決まった。
「いや言い出しっぺは俺なんだ。こんな所で怖じ気づくわけにいかない。胸を借りる積もりで挑ませてもらう」
そう言ってマギは近くに刺さっていったブロードソードを抜いて構える。素人同然の構えに思わず吹き出すエヴァンジェリン。
嗤われたが今は気持ちを集中させるマギは何度か深呼吸をし
「うおぉぉ!!」
気合いをあげてマギはエヴァンジェリンに向かっていった。
「もう一度言うが、私はお前に対して一切の容赦はしない。例えお前が今は非力な存在でもな」
そう言ってエヴァンジェリンが構えた瞬間にマギは動けなくなった。体の自由が効かなくなった事に驚くマギ。よく見れば自分の体に鋼の糸が絡み付いていた。
何時の間に自分の体に鋼線が絡み付いたのか、そんな事を考えている時間もなく、嗜虐的な笑みを浮かべたエヴァンジェリンが
「残念だがマギ、今ここでお前は1回死んだ」
「まっま―――」
マギの静止の懇願も聞かずエヴァンジェリンは思い切り持っていた鋼線を引いた。
鋼線はマギの体に食い込んだと思いきや一瞬でバラバラに切り刻んでしまった。マギの血で雪が朱に染まった。
「う……あ……」
「意識はあるようだな。流石私が見込んだ男だ。取り敢えず今は体を再生することに意識を向けろ。イメージしろ。自分の身体を自身の四肢と自分の内側の器官を。激痛があるからといってイメージを疎かにすると歪なものになるから注意しろよ」
マギは激痛で逆に意識を失わずにすんだ。今自分は首と上半身とガントレット付けた腕しかない状態なのに死んでいないのは不思議な体験だ。激痛で体が動かないが辛うじて目だけは動くので斬り飛ばされた自身の身体を見ると、腐敗したかのように段々と崩れ落ち塵となりそのままマギの上半身に集まっていく。どうやらこうやって再生していくようだ。
「いきなり、バラバラにする、なんて、エヴァは、スパルタ、なんだ、な……」
「ふっ、初日から其ぐらいの口が叩けるなら見込みがあるな。最初にバラバラにした方が自身の再生の仕方を掴みやすいと思ってな。だがいいぞ、私が初めて腕や足を斬られた時はショックで数日は再生出来なかったのに、良い意味でぶっ飛んでるぞ」
「そ、そっか。不死身の、先輩である、エヴァが、そう言って、くれるなら、大きな、自信につながる、か、な……」
マギが完全に再生することが出来るようになったのは、数時間後であった。
「どうだ?身体の何処かに違和感があるか?」
「いや、初めてバラバラになったから違和感があるのかよく分からないな……」
手を開いたり閉じたりしたり伸びをして違和感があるか確かめるが、特にないと思うマギである。
「今日は修行はここまでとする。明日から本格的にお前の体に教え込んでいくから覚悟しておけ」
「あぁ分かったよ。それで悪いんだが、俺はこのまま雪山で自主トレしていいか?過酷な場所なら身体を動かす感覚が戻りやすいと思ったんだが」
「好きにしろ。雪山を駆け回ったりそこら中に刺さっている剣で素振りをするのも可だ。私は神楽坂の様子を見ていく。あの女はネギや犬上小太郎に甘やかされて今頃ボケッとしているだろうから、辛い現実に引き戻してやるさ」
「あんまりキツくしない方がいいんじゃないか?アイツは俺と違って不死身じゃないんだから」
「まぁ善処はしてやるさ。元々アイツが私に啖呵を切ったんだからな。せめての情けで音を上げたらこの別荘から追い出してやるさ」
それって情けなのかとマギが思っている間にマギを置いてエヴァンジェリンは飛んで行った。
「……それじゃあ取り敢えず走り込みから始めるか」
マギは気持ちを切り替えてまず最初に足下が悪い雪山で走り込みを始める事にした。
そしてアスナはエヴァンジェリンの言った通りネギと小太郎に甘やかされて、洞窟風呂で体を癒している最中にエヴァンジェリンが突撃してきたので、激昂したエヴァンジェリンに洞窟は崩壊し、ネギと小太郎はアスナの元から離すことにしてアスナ1人で7日間のサバイバル修行をすることに。せめての情けでエヴァンジェリンはアスナに防寒服を渡した。それとハンドベルを。ギブアップと思ったらハンドベルを鳴らせと、せいぜい頑張るのだな嘲笑いながら去っていった。
アスナは嘲笑られたことによって更に怒りで頭に血が登りながらも絶対に生き残ってやるぞと決意を高めたのだった。
「まったく、私が居ないとすぐに甘やかす。坊やのお人好しには困ったものだよ。犬上小太郎もさっさと坊やを止めないから私にネチネチと言われるんだぞ」
「はい……ごめんなさい」
「結局俺も怒られてしもうた。あんまアスナの姉ちゃん甘やかすなよネギ」
エヴァンジェリンにネチネチ言われ小太郎にも軽く責められしゅんと小さくなるネギ。そんなネギが今更だが自分の兄が居ないことに気づいた。
「あの師匠、お兄ちゃんは何処に?」
「マギならあの雪山に残ったぞ。今頃雪山を駆け回ったり、剣で素振りをしてるのだろうな」
ネギは驚きの顔を浮かべる。今のマギは戦う、生きるサバイバルの術を忘れているのに流石に酷すぎると思った。
「そんな師匠!今のお兄ちゃんは記憶を失ってるのにあんな雪山に残すなんて!」
「アイツが残るって私に言ったんだ。私はアイツの考えをすくったまでだ。それに私のせいではあるが、アイツは不死身となった。だから死ぬことは絶対ない。凍死もせずに体が凍りついて身動きが出来ないのが関の山だろう。それよりいいのか坊や?」
「いいのかって何がですか?」
にやりと笑うエヴァンジェリンに首を傾げるネギ。
「記憶を失ったが流石はナギの息子だ。体が覚えていて少しずつ魔力を放出して体を護っていた。それに身体の再生も早かった。私がバラバラにしてもすぐに元に戻してしまった」
バラバラにしたと聞いて、バラバラになったマギをイメージしてしまい青い顔になるネギと小太郎。
「この修行でアイツは化けるぞ。坊やはマギも護るつもりだっただろうがアイツは恐らく直感で不死身の戦い方を掴むだろう。そうすれば恐らくマギの方が強くなるだろうな。そうなれば、護られるのは……さて、どっちだろうな」
くくくと笑うエヴァンジェリン。彼女の言う通りである。今のマギは記憶を失い戦う術を持っていない。なら自分がマギを護っていこうと。それは一種の優越感でもあった。自分が兄であるマギを護ってあげるといった。だがエヴァンジェリンの言っている通りマギが自分の戦いかたなるものを掴んでしまったら、護られるのは結局自分になってしまうだろう。
「……師匠、僕少し自主トレーニングをやってきます。コタロー君、ごめん今は1人で修行してくるよ」
「あぁ分かった。せいぜいマギに抜かされないように頑張ることだな」
「しゃあないな。それじゃあ俺は楓姉ちゃんかくーふぇ姉ちゃんと修行でもするか」
ネギは1人で修行を、小太郎は楓と古菲を修行に誘うために2人が居るであろうエリアへと向かう事にした。
1人になりお手隙となったエヴァンジェリン。さてどう時間を潰すかと考えていると
「エヴァさん」
エヴァンジェリンを呼び止める声が。振り替えるとのどかに夕映に千雨に亜子、マギを慕っている女の子が揃っている。
「のどかに綾瀬夕映に長谷川千雨に和泉亜子じゃないか。どうしたそんな仰々しい顔して」
「エヴァさんお話があります。単刀直入に言いますね。どうか私達に魔法を教えてください」
のどかが深々と頭を下げて御願いし、のどかに続くように夕映達も深々とエヴァンジェリンに頭を下げた。
のどか達が頭を下げたことに一瞬気難しい顔を浮かべたエヴァンジェリンだが。
「……いいだろう。この私が直々に教えてやろう。地獄など生ぬるいような修行を叩き込んでやる」
と嗜虐的な笑みを深く描いたのであった。