Re:START
学園祭の打ち上げが夜通し行われた早朝、学生達は学園祭での疲れを癒すために思い切り羽を伸ばすか、若さに身を任せて打ち上げを続けているかのどちらかだった。
そんな楽しげな雰囲気の中でお通夜の空気を出す一行が。マギとネギとアスナとこのか刹那、のどかと夕映に千雨に亜子にエヴァンジェリンに茶々丸にカモとプールスがかつて茶々丸を検査するために来た葉加瀬のラボに来ていた。
ネギが扉をノックすると葉加瀬が真剣な顔で扉を開けた。
「来ましたね。では中へ」
ネギは葉加瀬のラボへ入って行く。何故なら記憶を失くしたマギを検査するからだ。
「―――ハカセさん。お兄ちゃんはどういう状態なんですか?」
マギは巨大な容器に入れられて(元々茶々丸用の物だったが人でも使えるように急遽改造)体をスキャンされている。
ネギの心配な声に葉加瀬は申し訳無さそうに首を横に振る。
「だめです。脳には全く損傷等は見られません。分かることはマギ先生はエピソード記憶だけが失くなっているように見えます」
「ごめんハカセちゃん。アタシあまり頭良くないから分からないんだけど、エピソード記憶って何?」
アスナが葉加瀬にエピソード記憶とは何かを聞く。
「記憶には意味記憶とエピソード記憶があります。意味記憶は事実や概念分かりやすく言えば知識です。エピソード記憶はその人が体験したエピソードを記憶する。これも分かりやすくすれば思い出です。今のマギ先生はあらゆる知識はあっても自分の思い出はおろか自身が過ごした思い出や故郷この学園での出来事、私達の事やネギ先生こと……自分の父親の事も失くなっているのだと思われます」
結果を聞き、マギの記憶が失われたことにネギ達の目の前が真っ暗になるような感覚が襲ってくる。
「……こうなった原因、アンタなら分かってるんじゃないのか?」
千雨がエヴァンジェリンを見る。その目は何処かエヴァンジェリンに敵意がある。
「マギが闇の魔法を3回同時に発動した代償というのが確実だろう。私が不覚を取られずマギと一緒に戦ったらこのような結果にはならなかったかもしれない………すまない」
エヴァンジェリンが深々と頭を下げた。いつもは気丈な姿勢を見せているエヴァンジェリンが今はどこか弱々しく見えてしまう。
千雨は思わずエヴァンジェリンを勢いで罵ろうとするがぐっと口を紡ぐ。自分は現実ではマギに出来ることなんてない。精々電子の世界で活きることしか出来ない。自分がマギと一緒に戦っていたエヴァンジェリンを責める権利はないのだ。
「ねっねぇマギさんはほんまに覚えてないん?ウチがマギさんに好きだって言ったことも覚えてないん?」
亜子は一抹の希望を求めマギに覚えていないのか聞く。
だがその答えはマギが申し訳なさそうに首を横に振ったのだった。
それを見て亜子は膝から崩れ落ちすすり泣き、のどかも静かに涙をこぼした。
まだ皆の心の整理が追い付かず、沈んだ表情のままだ。
「皆さん、一度落ち着きましょう。僕らよりもお兄ちゃんの方がずっと辛いでしょうから……」
ネギは落ち着きを取り戻すように皆に言い聞かせるが
「なに言ってるのよネギ……アンタだって手が震えてるじゃない」
ネギも手が震えている。その震えている手を片方の手で押さえ震えを止めようとする。
「僕は皆さんの先生です。せめて僕だけでも冷静でいなければいけない……けど、やっぱり……ごめんなさい。お兄ちゃん……う…っく……」
この中で一番ショックが大きいのはやはりネギであろう。だが先生だからと自分に言い聞かせて冷静を保とうとしたが、やはり耐えきれなくなり堰を切ったように涙をこぼしてしまう。
それにつられるようにこのかや夕映にプールスも大泣きしてしまう。
アスナや刹那に茶々丸にカモもどうすることも出来ず、いたたまれない空気のなかで
「ね……ぎ…ねギ……ネ…ギ……ネギ……」
マギは何回かネギの名を呟く。すると先程まで虚ろだった目に段々と光が戻ってきて
「ネギ!」
ハッキリとネギの名を呼んだ。
「おっお兄ちゃん?」
マギがいきなり名を呼んだことに驚いていると
「アスナ、このか、刹那、プールス、カモ、のどか、夕映、亜子、千雨、茶々丸、"エヴァ"」
アスナから順に名を呼ぶ。さらにエヴァンジェリンは記憶が失われた前と同じエヴァとそう呼んだのだ。
「お兄ちゃん!記憶が戻ったの!?」
「マギお兄ちゃん!!」
「マギさん!」
ネギ達の顔に喜びの色が見える。
「信じられません……マギ先生は完全に記憶を失ったはずなのに」
葉加瀬は信じられないものを見ているがマギが首を横に振り
「いや未だに昔のことは覚えてない。けどネギはネギ、のどかはのどか、エヴァはエヴァというのは分かる。これだけは失ってはいけない。そう思ったんだ」
そう言ってマギは自身の胸に手を当て
「目を覚ます前、暗闇の中で記憶が失う前の俺と会ったような気がする。その時に俺はこう言っていた」
―――俺が戻るまでに皆の事を頼む―――と
「さっきまで頭の中で靄がかかってたが、ネギの名前を呼び続けたお陰で少しだけ頭の中が晴れたような、心の中のピースが1つだけはまったような気がする。なら俺は最後に残ったかすかな想いを絶対に手放さない。絶対にだ」
誓うように力強く拳を握りしめた。
ラボからの帰り、辺りはもう夕焼けに照らされているが、早朝と違って皆表情は少しだけ戻っていった。
『マギ先生の話から推測すると、恐らくマギ先生は記憶を失ってはいないと思われます。俺が戻るまでということは今までのマギ先生を培っていた人格が、闇の魔法を抑えようとしてるのではないでしょうか。つまりは闇の魔法を完全に制御出来るようになればマギ先生の記憶が戻る可能性は高くなると思われます』
葉加瀬の推論を聞き、マギの記憶も戻ってくるかもしれないというまだ一縷の希望が戻ってきた。
「君らを忘れてしまってはいけないと心が叫んで、魂に刻んだだと思う」
「魂にですか?」
魂に刻んだ。その言葉に夕映が首を傾けると
「当たり前だが記憶喪失は何もかも忘れてしまうこと、君達を忘れてしまうのはマギ・スプリングフィールドとして終わってしまう。そう思っての最後の抵抗だったと思う」
そう言いながら右腕に着けたガントレットを天にかざすマギ。
このガントレットは葉加瀬のお手製でエヴァンジェリンがマギに渡した聖骸布と同じ役割を担っているとのこと
『このガントレットは特殊な魔力の波を腕に当てています。今のマギ先生の右腕は休眠状態で暴走することはないでしょうが、これをつけていれば暴走する可能性は低いと思われます』
後は茶々丸もガントレット作成に手を貸し可能な限りに内蔵出来る防衛機能を取り付けた。聖骸布を手に巻いているよりかはましかもしれない。
「これからどうするのお兄ちゃん?」
「焦っても何も始まらないさ。じっくりと一歩ずつ踏み出すさ」
微笑みを浮かべたマギだがすぐに申し訳なさそうにする。
「お兄ちゃん?」
「……悪い。気軽に話してるけどネギはネギって分かるけどネギがどういった奴か知らない、空っぽなんだ。ハハ、薄情だな俺って」
ネギのことは認識できるがネギがどういった人なのかを理解出来ない。もやもやしてそんな自分を責めてしまう。
「そんなに自分を責めないでください。マギさんは私達の名前を呼んでくれました。私達を忘れないでくれた。それだけでも私は嬉しいです」
のどかが励ます。のどかの励ましを聞くと心が温かくなるのを感じた。
「不思議だな。のどかのそんな言葉を聞いたのはある意味これが初めてだけど、心が温かくなって落ち着くよ。ありがとう」
のどかに礼を言うマギ。のどかに続くように皆がマギを励ます。だがエヴァンジェリンだけが複雑そうにマギを見ているだけだった。
「ありがとう。君達の声を聞いていると心が落ち着いてくる。こんなにも支えてくれる人がいる。こんなに嬉しいことはない」
マギは髪をかきあげ、かきあげられた髪が逆立つ。まるでこれからの決意の現れだ。
「皆の支えに応えるために、ここで俺は改めて一歩踏み出す。マギ・スプリングフィールド、リスタートだ」
かつて堕落を地で行こうとした男が、またこうして新たなる一歩を踏み出したのだった。