世界樹前広場にて、マギとエヴァンジェリン、そしてアーチャーが激闘を繰り広げていた。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 集え氷の精霊 槍をもて迅雨となりて敵を貫け 氷槍弾雨!!」
氷の槍が文字通り雨のようにアーチャーに降り注がれるが、アーチャーはそれを軽々と避けながら、弓と矢を具現化させ、マギに向かってマルチショットで放つ。
「くっそ……が!」
マギは仕込み杖の刃で矢を弾き落とすが、やはり右腕が使えないのがこたえる。それに
「ぐっががあ!」
戦っている最中も右腕からの激痛で思うように体が動かない。
マギがまともに動けないことはアーチャーも見抜いており、先程からマギを集中的に狙っており、エヴァンジェリンがマギの援護に入るとすぐに後退し、矢で遠距離から狙うというマギが苦戦する形となっていた。
「この、チマチマ嫌らしい戦いかたしやがって!決闘なら正々堂々と戦いやがれ!」
「戦い、否狩の基本だろう?弱っている獲物から狩るもの、貴様が狩りやすくなっているから狩っているそれだけのことだ」
「そりゃごもっとも……で!!」
魔力で強化した踏み込みで一瞬で間合いに入り仕込み杖を振るうがアーチャーの干将と莫耶で簡単に防がれてしまう。右腕の暴走のせいで上手く戦えないのに対してアーチャーは魔力で背後に回って干将でマギの背中を切り裂く。
が逆再生のように傷がふさがり、何もなかったかのように回復する。
「ほう……」
「残念だったな、俺はエヴァのお陰で不死身のマギさんとなったのだ。俺を亡き者にするって言いまくってたが、それもかなわないな、ざまあみろ」
「ふっ、勝ったつもりのようだな。貴様も魔法使いなら世界には不死を断つ武器ぐらいあることは理解しているだろう?それに、貴様の不死はどうやらまだ不安定、貴様のお粗末な不死なら断ち切ることも容易かろう」
「貴様こそ何を勝った気でいるんだ?マギには闇の福音であるこの私が居るんだ。その余裕ぶった態度のまま凍りつかせて粉々に砕いてやろうか?」
「その割には先程から随分温い魔法しか使っていないようだが?自称悪の魔法使い様も日に当たりすぎて腑抜けてしまったのかな?」
アーチャーに痛いところを突かれ、口を紡ぎ苦い顔を浮かべるエヴァンジェリン。先程から魔法の矢や氷爆といったさほど殺傷力の低い魔法しか(それでもエヴァンジェリンが使うのでかなり強力だが)使っておらず、闇の吹雪のような強力な魔法は使っていない。流れ弾で怪我人が出てしまうかもしれないからだ。しかもアーチャーの背後には和美等イベントに参加しているもの達が最終決戦として集結しているのだ。それを承知していてアーチャーはエヴァンジェリンに挑発しているのだ。ないと思うがもし挑発にのってしまい闇の吹雪を使ってしまったら、そう考えただけでも恐ろしい。
「まったく、あのにやけ面を叩き潰せないのが忌々しい」
「耐えろエヴァ、あいつをこてんぱんに出来るチャンスは必ずくる」
チャンスは巡ってくる。そう信じまた攻め込もうとしたその時
「なんや、やっぱりあの坊主の兄ちゃんと、金髪の嬢ちゃんやないか」
マギとエヴァンジェリンに向かって巨大な金棒が飛んできた。
後ろに跳んで金棒をよける2人、金棒は地面にめり込み巨大な穴が出来てしまった。
「この金棒は……」
「よぉまた会ったなぁ。元気にしとったか兄ちゃん?」
地面に突き刺さった金棒を引っこ抜き肩に担ぎながら親分鬼が現れた。
「まさかあんたがやってくるとはな……」
「おもろそうな事をやってそうやから来たんやが、邪魔させてもらうで」
「まぁいいだろう。だが貴様が相手するのは闇の福音の方だ。マギ・スプリングフィールドの相手は私がするのだからな」
ほんとは俺が兄ちゃんの相手をしたかったんやけどなぁとぼやきながらエヴァンジェリンと対峙する。
「ほなやろうか嬢ちゃん。リョウメンスクナを凍らせたその力、とくと見せて貰おうやないか」
「ふざけるなよ。誰が貴様のような木偶の坊相手にするか」
「まぁそんないけずな事、言わんといてや!」
親分鬼がエヴァンジェリンに金棒を振り下ろし、それを防ぐとエヴァンジェリンは相手の力を利用して投げ飛ばした。
「がはは!ええで!やっぱこっちに来て正解やったわ!」
投げ飛ばされ地面に叩きつけられても愉快だと快活に笑う親分鬼に舌打ちするエヴァンジェリン。
(なんでこのタイミングでこいつはやって来るんだ。こっちの状況を知らないのが当たり前だが空気を読んでほしいよまったく……マギの右腕も危うい状態だ。早々にこいつと蹴りを着けてマギの加勢に入らないと)
両手に断罪の剣を出して親分鬼に斬りかかり、親分鬼もエヴァンジェリンの断罪の剣を金棒で防ぐ。
「さてこれで2人きりだな。邪魔をする者はもういない……思う存分やり合おうか」
干将と莫耶の刃を交差させながらマギににじりよる。
「まったく、ここまで迫られるなんて、罪づくりな男だなマギさんはよ!!」
仕込み杖の刃をアーチャーに振るうが、先程と同じように防がれて干将と莫耶の連撃を防ぐしかない。
ピキッとひび割れた音が聞こえ、刀身を見ると刃の半ばで罅が入っている。あと何回相手の刃を防ぐことができるだろうか。
更に、良くない事は連鎖的に起こってしまうものだ。アーチャーに向かって光弾が飛んでき、アーチャーが光弾を後ろに飛んでかわす。
「今のは……!」
光弾を見てあってはならない最悪の展開を想像し後ろに振り返った。
「マギさん!助けに来たよ!」
祐奈と風香と史伽、そして千鶴が其処にいた。いてはいけない一般人の生徒が現れたことに思わず
「お前ら来るな!!」
怒気をはらんだ荒んだ声で来るなと叫ぶマギに風香と史伽は大きく肩を振るわせ、千鶴は目の前の光景に違和感を覚える。だが裕奈だけが何時もの調子で話しかけてくる。
「マギさん苦戦してそうじゃん!この裕奈・ザ・キッドが助太刀してあげるよん!」
「違う裕奈!こいつはイベントとは関係ない!俺の事は構わずどっか遠い場所に行ってくれ!」
これはゲームじゃないと訴えかけてもマギが迫真の演技を演じていると解釈してしまった模様で
「よくもマギ兄ちゃんをやってくれたな!ここからはボク達も相手してやる!」
「マギお兄ちゃんを援護するです!」
「……ちょっと待って皆、マギ先生の慌てぶりからして本当にこのイベントとは関係ないんじゃ―――」
千鶴が裕奈達を止めようとしたが一足遅く、裕奈達はアーチャーに武器を構える。呪文が唱えられ光弾がアーチャーに向かっていく。
だが目の前のアーチャーは光弾が当たれば機能停止する田中やカタギ相手には手を抜く妖怪達とはまったく違う。アーチャーが莫耶で光弾を切り捨てたのを見て、思わず呆然としてまの抜けた声を出してしまう祐奈と風香。
「……鴨が葱を背負ってくるというのはまさにこのことなのだろうな」
「あ?何いきなり諺言ってん」
アーチャーは手を掲げ剣を具現化させる。その数100本は越える。裕奈達は急に現れた剣に驚く。が切っ先が一斉に自分達の方へ向きだしたのを見て息が止まる。
「……おい、まさかてめぇ―――」
「迷い混んでしまった哀れな一般の女子生徒。貴様が護り通せるか見物だな」
冷笑を浮かべながらアーチャーは一斉に剣を発射する。高速で剣が向かってくることに悲鳴を挙げる風香と史伽。
「このっクソッタレがぁ!!」
アーチャーに出来る最大限の悪態を突きながら、マギは祐奈達の元へ飛び込んで行き、仕込み杖で剣を弾き飛ばしていく。
「マギ兄ちゃん!」
「マギお兄ちゃん!」
「お前らじっとしてろ!ぐっ……うおおおおおぉぉぉ!!」
弾ききれずに手や足が剣に斬られるのを見て風香と史伽は悲鳴を挙げるがマギは吠えて痛みを押し殺しながらもなんとか剣を弾き落とすが剣が矢の雨の如くマギに降り注いでくる。
「まだまだ耐えるか。いいぞそれでなけれ嬲りがいが無いと言うものだ」
アーチャーは剣の雨を絶えず降り注いでいく。そして限界が来たのか仕込み杖の刃が刀身半ばで鈍い音と共に折れてしまった。
なら断罪の剣で折れた刀身を覆うようにしようとしたが、先程まで大人しかった右腕がまた暴れだす。骨が軋むような激痛がまた体を走る。
「くそっ肝心な時に……!!」
それが命取りだ。弾き落とすことが無くなり、次々とマギの体に剣が突き刺さり、腹には螺旋状の大剣が体を貫通してしまう。
体の至る所に剣が突き刺さり血が止めどなく流れまさに弁慶の立ち往生状態だ。
「マギ兄ちゃん!!」
「マギお兄ちゃん!!」
「マギ先生……!!」
風香、史伽千鶴がマギの悲惨な姿に悲鳴を挙げる。
「え?何これ?そういう演出なんだよね?」
祐奈は腰が抜けてしまい、目の前のマギの姿が本当なのかそういった演出なのか分からなくなり混乱する。
「マギ!!おいお前、大丈夫か!?しっかりしろ!!」
親分鬼と戦っていたエヴァンジェリンは親分鬼をほっとき、重傷なマギに駆け寄る。
「なんやあの傭兵、つまらん真似しよってからにこれじゃ興醒めやないか」
そう言いながら不貞腐れるように胡座をかき戦う事をやめてしまう親分鬼。
そして当事者で剣で針鼠状態のマギは、自身の腹にぶっ刺さっている螺旋状の大剣を思い切り引き抜いた。
引き抜いたことで腹には大きな風穴が見えそこから更に血が噴水のように吹き出し、悲惨さをより過剰化させる。口から大量の血反吐を吐きながら、アーチャーを睨み付ける。
「てめぇ…最初か…ら、あいつら……狙ってた…わけじゃ…ねえの…か…よ」
「私も何も関係の無い女子供を狙うほど外道ではないからな。だが貴様を殺せるなら利用したまでだ」
体のダメージがかなり蓄積され、前のめりに倒れそうになるマギだが足を踏ん張り耐えた。
「こっの……貴様!」
激昂したエヴァンジェリンが両腕の断罪の剣でアーチャーに斬りかかるために飛び込んでいく。だが
「目の前で慕う男が傷つけられて怒りに任せて特攻か……これが高額の賞金首がかけられた闇の福音の現在の姿か。今賞金稼ぎが貴様を見ればどういう反応をするだろうな」
アーチャーはいとも容易くエヴァンジェリンの両腕と両足を両断してしまう。両腕と両足がなくなり地面に落ちたエヴァンジェリンを見て息が止まる祐奈達。
エヴァンジェリンは斬られた両腕と両足を直ぐに再生させようとするが、アーチャーも対策済みだ。
透明なワインボトルを懐から出すと、中の液体をエヴァンジェリンにかけた。かけられた液体を浴びたエヴァンジェリンは段々と力が抜けていくのを感じる。
「貴様の弱点の特注品だ。暫くは大人しくしているのだな」
まるで相手にしていないアーチャーに対して歯が砕けるばかりに噛み締めるエヴァンジェリン。しかしそれ以上に弱点の水のせいで身動きがとれない自分の情けなさに悔しさと怒りが沸き上がる。
アーチャーはゆっくりとマギに近付いていく。マギも立とうとするが体のダメージと右腕の痛みで上手く立てない。
まずいまずいまずいと焦るマギの前に風香と史伽がマギを護ために前に立つ。
「風香…史伽……何やってんだ…早く逃げろ……!俺の事は気にするな……」
口から血を流しながら風香と史伽に馬鹿な事はするなと訴えるが嫌だと風香が叫ぶ。
「アイツが悪いヤツで、マギ兄ちゃんがひどい目にあってるなら僕がマギ兄ちゃんを護るんだ!」
「マギお兄ちゃんは逃げて!ここは私とお姉ちゃんで食い止める!」
史伽が逆にマギに逃げてと言った直ぐに風香と一緒にアーチャーに向かって駆け出した。
「よせぇ!そいつはお前らにどうこう出来る相手じゃないんだ!!」
風香と史伽を止めようと走ろうとしたが、血が足りないために足がおぼつかななく、そのまま倒れてしまった。
「なんてざまだ俺は……!!」
無様な自身の姿に怒りで震えるマギ。
「「やあああああああぁぁぁぁ!!」」
風香と史伽はアーチャーの両足に飛びかかると、そのままよじ登り小さい手でアーチャーの体を叩くが成人男性の体格のアーチャーには風香と史伽の幼い拳では大したダメージは入りそうもなかった。
アーチャーは風香と史伽を捕まえて小さくため息をつき
「悪いが君達のお遊びに付き合っている暇はないのだがね」
軽くではあるが2人を放り投げるアーチャー。悲鳴を挙げながら地面に叩きつけれた。そんな光景を見てマギはさっきまで怒りで煮えきっていた頭が瞬時に冷えきった。
余計な邪魔が入ったと思いながらも再度マギへ向かおうとした瞬間、いつの間にかアーチャーに近付いていた千鶴が自身が出せる最大の力でアーチャーの頬を叩いた。
渇いた破裂音がその場に響く。口を切ったのか一筋の血がアーチャーの口から垂れ、それを腕で拭う。
「貴方とマギ先生の間に何があったのか私達は知るよしもありません。ですが、これ以上マギ先生を傷つけることを私は許しません」
気丈な態度で言いきった千鶴にアーチャーは場に合わない微笑みを浮かべる。
「そうだな、この時代のこの男は君達にとっては大切な存在なのだろうな」
アーチャーの微笑みに戸惑いを見せた千鶴の腹に莫耶の柄を当てて気絶させ、そのまま横に寝かせるアーチャー。
千鶴がアーチャーに手をかけられた瞬間、ぷっつんとキレたマギは
「――――――!!」
声にならない叫びを挙げながら、魔力を爆発させ瞬間的加速でアーチャーの前に飛び出すと仕込み杖の柄を握りしめながらアーチャーを殴り飛ばした。
殴り飛ばされながらも足を踏ん張り耐えるアーチャー。殴られた衝撃なのかバイザーの片面がひび割れて地面に落ちた。冷えた氷のような目がマギを見つめている。
マギは怒りで肩を振るわしながら、右腕の聖骸布を思い切り取った。
「マギ!その布を取るな!!その布を取ったらお前の腕は……!」
両腕両足が再生しふらふらとおぼつかない歩みでマギへ向かうエヴァンジェリン。
聖骸布が取られ、どす黒いまさに闇と言っていいマギの右腕を目の当たりにして風香と史伽に祐奈は大きく目を見開く。
聖骸布を取ったことにまた暴走を始めようとするマギの右腕はぎちぎちぎしぎしと耳障りな音を出しながら、マギに襲いかかる。
そんな右腕に、今までは押さえているだけだったが左手で右腕を地面に押さえつけて、半ばで折れてしまった仕込み杖の刃を右手の甲に容赦なく突き刺した。
いきなりの自傷行為に風香と史伽は口を大きく開き呆然として、祐奈は脳のキャパシティが限界に達したのか、白目を向いて失神してしまう。
「おっおい、マギ?何をやっている……止めないか……」
右手の甲に刃をぐりぐりと突き刺しているマギを止めようとエヴァンジェリンは制止の声をあげるが、マギは怒りで聞こえていなかった。
「っ~~~~……いい加減にしろよ。勝手な事ばっかしやがってよぉ。俺に構ってもらいたいならこの戦いが終わったら好きなだけ構ってやる。だから今だけはこいつぶっ飛ばすために力貸せ……!!」
刃を刺されながらももがいていた右腕はマギの命令を聞き入れたのか急に大人しくなった。もう暴れる事はないと判断し刃を右手の甲から引き抜くとそこからも血が流れていく。
「マギ!!」
ふらふらと倒れそうになり、エヴァンジェリンがマギを支える。
「何て馬鹿なことをしたんだお前は」
マギの行為を叱責しようとしたが、マギが遮りエヴァンジェリンにあるお願いをした。それは……
「なぁエヴァ、ちょっと血をくれないか?血が足りないのか目の前がふらふらするんだ」
「だっ駄目だそれは!確かにお前に私の血を輸血したがそれは延命措置で、お前の任意で私の血を取り込めば不安定だった不死が完全なものになり、お前は本当の私と同じ不死身の化物に……」
それだけは絶対に嫌だと拒否するエヴァンジェリン。自分と同じ不死身の化物になってしまえば、それをよしとしない者達に狙われる。好きになった者が同じ目に合うのをエヴァンジェリンはよしとしなかった。
しかしマギは頼むとエヴァンジェリンに懇願する。
「今の俺はアイツよりも弱い。このまま戦っても勝てない。なら手段は選ばない……あぁエヴァの前で本当は言いたくは無かったけど、正直怖いよ。不老不死の不死身の存在に変わってしまうことが、怖くて堪らない。けど俺が怖がったせいで誰かを失う方がもっと怖くて堪らない……俺は人間を止める。もう覚悟は決めた」
マギはもう揺らぐ事はない。ならその覚悟にもう応えるしかない。そう判断したエヴァンジェリンは自身の指先を噛みきり、血を出してマギに近付ける。
「これを飲めば後には引けなくなる。くどいようだが本当に後悔はないのか?」
「ない……けど、この先何かあった時には申し訳ないが後始末頼んでいいか?」
「……ああ、引き受けよう」
マギはエヴァンジェリンから滴り落ちる指先の血をなめ取った。その瞬間身体中で何か上書きされるような、今までの自分じゃなくなるような感覚が巡った。
体の傷は瞬く間になくなり、腹の風穴もふさがり先程までの傷が嘘のようだった。しかしどす黒い右腕はそのままだった。
そして改めてアーチャーと対峙する。
「随分と余裕そうだな。もうさっきまでのような曖昧じゃない完全な不死身のマギさんになったんだぜ?」
「だからどうしたと?貴様の不死身など断ち切ろうと思えば断ち切れるさ」
余裕な態度を崩さないアーチャーに対して、マギは不敵な笑みを浮かべる。
「その余裕な態度をとれるのも今のうちだ。俺にはとっておきの切り札が残っているんだからな」
そう言ってエヴァンジェリンの方を向いて
「エヴァ、最初に言っておく。何か起こったら頼む」
そう言ってマギは詠唱を始める。
「マギウス・ナギナグ・ネギスクウ! 来たれ炎の精闇の精! 闇よ渦巻け燃え尽くせ地獄の炎 闇の業火!! 術式固定 掌握!!」
右手で闇の業火を掌握し
「マギウス・ナギナグ・ネギスクウ! 来たれ深淵の闇 燃え盛る大剣 闇と影と憎悪と破壊 復讐の大焔 我を焼け彼を焼け 其はただ焼き尽くす者 奈落の業火!! 術式固定 掌握!!」
左手で奈落の業火を掌握する。さらに
「マギウス・ナギナグ・ネギスクウ! 我が声に応えよ炎の大神! その御力で大地を焦がし 天空を緋焔に燃やし尽くせ さあ世界を灰塵に帰せようぞ 終焉の劫火!! 術式固定―――」
マギの眼前に煌々と輝くまるで小さな太陽のような魔力の塊が固定化されて現れる。その魔力の塊をあろうことかマギは
「補…食……!!」
食らいつき、食べ物を食べるかのように魔力の塊を咀嚼して飲み込んだ。
マギの3連続の闇の魔法の使用にさすがにエヴァンジェリンも叫ぶ。
「こっこの馬鹿者がぁ!!お前何を考えているんだ!?あと一回でも闇の魔法をしようしたらどうなるか分からないのに一度に三回も発動するなんて!!?」
現にアーチャーもマギの奇行に呆れ返っている。
「あぁ自分でも無茶苦茶だと思ってる。けどこれぐらいの賭けをしなければ今のアイツには勝て―――!?」
それは突然起こる。体の中でどろどろのマグマが蠢くように駆け回る。先程までの痛みを上回るほどで体の内側から燃やし尽くされる激痛だ。さらに
「いやああああああ!!」
「マギ兄ちゃん!!?」
風香と史伽が悲鳴を挙げる。目の前でマギが体をゴム風船のように膨張したり収縮を繰り返しそのまま破裂しそうな勢いなのだから無理もない。
「マギ!!」
エヴァンジェリンは必死にマギに呼び掛けるしかなかった。自分が出来ることと言ったら、もしマギが暴走をしたら自分が止めるしかないただそれだけだ。
マギは意識が持ってかれないように耐える。体の中で色々と逆流してきてそのまま血が混じった吐瀉物を吐き出しながらも暴れる力を制御するように足を踏ん張り押さえ込んでいく。
「う……うおおおおおぉぉぉ!!」
気合いをいれるために思い切り叫んだ瞬間、マギの視界が真っ白に染まりそのまま意識だけが何処かへ飛んでいくように感じたのだった。
「………ここは?」
気がつくとそこは先程までいた世界樹の広場ではなく見渡す限り真っ白ななにもない世界だった。
「さっきまで俺は広場にいたはずなのに、なんだよここ……」
「ここは俺の心の中の世界、まぁありきたりな言葉で言うなら精神世界ってところかな」
聞き覚えのある声が聞こえ、聞こえた方を振り返り目を見開くマギ。
「俺?」
そう、髪が真っ白で顔も白粉を塗ったかのように真っ白、そして服も上下とも真っ白と全てが真っ白のマギが立っていた。
「初めまして…なのか?俺は俺の理性を司る……いちいち説明するのもあれだから『理性の白マギさん』で覚えとけばいい」
それと白マギはゆっくりマギに歩み寄ると
「ふんっ」
「あがっ」
割りと本気でマギを殴り飛ばした。防御も何もせずに白マギの拳を甘んじて受けてそのまま後ろに倒れた。
「今殴れたが、何で殴られたか分かってるよな?」
「あぁ……」
白マギは長いため息をついてから、起き上がろうとしたマギの額に人差し指を当てて何回もつつく。
「何を考えてるんだ俺は?闇の魔法を一気に三回も発動させるなんて、しかも賭け金は自分自身とか大博打にも程があるだろ……」
「自分でも馬鹿な賭けだとは思ってる。けどこうまでしないとアイツには勝てないそう判断した結果だ」
「その判断で大変な事になりかけてるんだがな……まぁそれについては何か飲みながら話すか」
そう言って指を鳴らす白マギ。すると一瞬でテーブルとイスにコーヒーが2つ現れた。精神世界だから出来ることだろうとマギが感心するが
「ちょっとまてここでのんきに飲んでる暇なんてないだろ?」
「心配するな、精神世界のお約束でここでの1時間は現実じゃ1秒も満たないさ」
もうなんでもありだな精神世界と思いながらもイスに腰掛けるマギと白マギ。互いに砂糖やミルクを入れてコーヒーに口をつける。
「それで、大変なことになりかけているってどういうことだ?」
「あれだ」
そう言って白マギが指差した方向には先程まで何もなかったのに、今は大きな黒い穴がぽっかりと空いており、穴の中では何か大きな者が蠢いている。
「あれはなんだ?」
「あれは人が本来持っている本能……だったものだな。闇の魔法の反動で俺の破壊衝動や怒りや殺意といった攻撃的な感情が独り歩きして暴走してる。『破壊の黒マギさん』と仮称しておくか」
「白マギさんと黒マギさんって童謡かよ」
仮称にツッコミを思わず入れてしまうマギ。そんな話をしている間に黒マギが少しずつ穴から這い出ようとしている。
「さて精神世界だからって悠長に時間を潰している暇はないから本題に入ろうか。良い話と悪い話どっちから聞きたい?」
「……じゃあ悪い話から」
「このままいけば黒マギさんが白マギさんを取り込んで理性はなくなり本能のままに暴れる怪物になって大暴れ。二度とマギ・スプリングフィールドに戻ることはないだろうな」
「……そうか」
白マギの悪い話を聞き苦い顔を浮かべるマギ。自分の賭けは失敗に終わるのかと思わず落胆してしまうと
「おいおい何Bad endかぁみたいな顔を浮かべてるんだよ俺。まだ良い話が残ってるだろ?良い話ってのは白のマギさんがギリギリまで踏ん張って黒マギさんを押さえ込んでおく。そうすれば暴走をすることなくあの傭兵と戦える。まぁといっても制限時間があるからな」
「どれくらいだ?」
「某光の巨人の活動時間と同じ3分、其以上は無理だ。まぁ俺なら其ぐらいの時間があれば十分だろ?」
「あぁそれだけあれば十分にアイツをぶっ倒せる。けどなんの代償もなくこの力を使える訳じゃあないだろ?」
マギも分かっていた。これ程今の自分じゃ強力すぎる力をそう易々と使えるとは思っていなかった。何かしらの代償を払うだろう。
白マギはコーヒーを飲み干しカップを置くと一息つき払うべき代償を話す。
「あぁ俺が払わなければいけない代償は――――――」
白マギが言った代償にマギは思わず息を呑むが、微笑みを浮かべ
「そっか、なら俺は払うさ」
「……本当に良いのか俺?俺が言うのもあれだが、けっこう堪える代償だと思うんだがな」
「そうだな、その代償を払うのは怖いなけど……それも俺の罰なのかもなって思うところがあるんだよ。クソ親父をぶん殴るってほざきながらも何も動かずにグータラ堕落した生活を送ってた俺自身のな」
「ネギ達の事はどうするんだ?あいつらは絶対に悲しむぞ」
「かもな。どうしようもない愚かな兄貴で本当に申し訳ない。そう謝罪してもしきれないさ」
何処か達観した表情を浮かべるマギに白マギは呆れたような溜め息を重く吐き出して頭を掻いた。
「たく、何悲劇のヒーローぶってんだよ………あぁそうかよ。もう不老不死の存在になったんだ。これから永劫とも言える長い時間の中で延々と後悔してけ」
「あぁ、もう覚悟は出来てる。やってくれ俺」
「了解……最初から全開で飛ばしていけ。まぁ俺なら絶対に勝てるだろうよ」
そう言って白マギは光輝き、白い世界が光で包み込まれマギの意識もまた光に包まれ遠くなっていく――――――
「マギ、おいマギ大丈夫なのか?」
先程まで体を膨張と収縮を繰り返していたのが急に収まったのを見て、エヴァンジェリンはマギに呼び掛ける。
先程までの精神世界のことをしっかり覚えており、意識がはっきりしたマギはエヴァンジェリンの方を向き。
「もう大丈夫だエヴァ。けど危ねぇから離れてもらってもいいか?」
「あっあぁ……」
エヴァンジェリンは言われた通りにマギから離れる。
「待たせたな。残念だがこれからはずっとマギさんのターンだ。さっさと尻尾を巻いて逃げなかったことを後悔させてやるぜ」
「ほう、さっきまで無様な姿を見せていたのに大口を叩くものだな。ならさっさと見せてもらおうか?」
「あぁ見せてやるぜ。もう時間も掛けている暇はないからな……術式兵装 気炎万丈 劫火!!」
その瞬間、マギの体を灼熱の炎が包み込む。そして炎が晴れるとそこには人の姿とはかけ離れた姿だった。
右腕は大砲が混ざっており、左腕は肘から先が両刃の剣となっている。背中には巨大な2つの砲台が付いた巨大な翼が生えている。体も骨格が隆起しておりまさに骨の鎧。骨の鎧で一回りマギの体が大きくなっており、髪も伸びきっており地面にまでつきまるで髪が尻尾のようだ。
「これが俺のとっておき、気炎万丈 劫火だ。覚悟しておけよ、こればかりは今の俺じゃやっとの所で制御してるからな」
いつ爆発するか分からないからな。そう言って直ぐに体がふらつくマギ。頭の中で白マギが急げ時間は待ってくれないぞと警告の鐘をならしているようだった。
「がっはっは!なんや外人の兄ちゃん随分とおもろそうな為りになったやないか。どらいっちょ遊んで貰おうか?」
さっきまでつまらなそうにしていた親分鬼がマギの気炎万丈 劫火の姿を見て戦いたいと本能が疼き胡座から立ち上がりそのままマギに向かって金棒を振り下ろした。
本当に時間が残されていないマギは左腕の剣で金棒を弾くと横一閃で親分鬼を上下に両断する。そして右腕の大砲を親分鬼へ向ける。
「悪いな、あまり時間がねえんだわ俺」
「そうか。まぁ残念やなぁ。まぁでも最後におもろいものを見れたから良い土産話が出来たわ」
これから自分に何が起こるのか分かっていながら満足そうに笑っている親分鬼に向かって大砲を放つマギ。
大砲に包まれそのまま消えてしまった親分鬼を一瞥してからアーチャーに顔を向けるマギ。
「さぁ……そろそろ決着つけようぜ」