アヴァロンの落とし子   作:ktomato

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第八話 パーティー

***4月14日(土)12:30***

 

 

「朝倉さん、四葉さん、よろしいですわね?」

「おっけー」

「大丈夫です」

「しずな先生、よろしかったでしょうか?」

「ほどほどに、ほどほどにお願いしますね?」

「もちろんですわ」

 

 そうして窓際から一列目、二列目、三列目、それぞれにコーラとポテト、ハンバーガーが行き渡ったのを見て、雪広あやかは壇上に登り、高らかに宣言した。

 

「それではみなさん、パーティーを始めます!」

 

 教室に大きく拍手が響き渡る中、千雨はうるさげに頬肘をついていた。

 早くもエヴァンジェリンや春日のようにサボればよかったかと後悔しながら、彼女はポテトに手を伸ばす――千雨と同じく面倒臭そうに席から動かずにいた隣の夕映が、早乙女ハルナに連れられていった――熱々のポテトは四葉、泉などの手作りだけあって非常に美味である。

 

「いかんのん?」

 

 そう声をかけてきた木之香に頷いて、千雨はコーラに口をつける。神楽坂と連れ立っていく彼女を見つめながら、千雨はタメ息をついた。飯だけ食べて、退出しよう。そう決めて、彼女はハンバーガーの包みを取っ払う。

 

「苦手なのか?」

 

 バーガーに齧りついた千雨の隣に座って、泉がそう問いかけた。

 

「あぁ」

「ああいう風に騒ぐのがか? それとも、あの子たちか?」

 

 委員長の元に集まっておしゃべりをしながら、彼女たちは二人を待っている。

 

「悪い奴らじゃないのはわかってるんだ」

 

 ひとまずバーガーをトレイに戻して、千雨は小声で答えを返す。

 

「でもあいつらには常識が通用しない。知ってるか? 神楽坂は本気を出せば軽く100メートル10秒を切れるし、椎名は宝くじを買えば来月にでも億万長者になれる」

「すごいな」

「おかしいんだよ。おかしなことばかりなんだ」

 

 暗にお前もそうだと告げる千雨に、泉は何も言わない。

 

「それに、だ。私はああいうノリには合わせられない」

「合わせる必要なんてないだろ」

 

 取っ組み合いの喧嘩を始めた神楽坂と委員長を見て苦笑する泉が、千雨にはなんだか場違いなものに思えた。三列目に混ざって笑っているしずなと同じように。しかしそれは龍宮や那波にしたって同じことだ。彼女らに比べれば、協調性のない子供(自分)の方がよほどにこの教室にふさわしい存在なのかもしれない。不貞腐れるでもなく、彼女はただそう判断する。

 

「なぁ、長谷川さん」

「なんだ?」

「俺は確かに非常識な奴かもしれないけど、長谷川さんと友だちになりたいって思う。長谷川さんのことが、好きだから」

 

 席を立って泉は、千雨に向かって手を伸ばす。

 

「行こう?」

 

 俯いて、千雨は頬を赤らめる。さっきの違和感は、本当はこのことだったのかもしれないと――まるで色男に口説かれているみたいじゃないか――ひどく男らしく見える泉に千雨は気の迷いだと首を振る。

 

「恥ずかしいやつだな、お前も」

「……そ、そうか?」

「あぁ」

 

 その手を取らずに立ち上がって、千雨は早足で階段を下りはじめた。

 

「トレイ、そのままでいいのか?」

「後でまた食べる」

 

 

**

 

 

「では皆さん。まずは改めて、自己紹介から始めましょう。ご自分の名前はもちろん、好きなもの、嫌いなもの、最近の出来事を、少し考えてみてください」

「いいんちょー。私もここに混ぜてもらっていい?」

「えぇ、ハルナさん。歓迎いたしますわ」

「ありがと」

 

 では最初に私からと、自己紹介を始めた壇上の委員長を見上げながら、めいめいが喋る内容を考え始める。他の列も同じように、朝倉と四葉が音頭を取っていた。

 

 委員長のスピーチが終わり、拍手がなりやむと、すっくとハルナが立ち上がる。

 

「じゃあ、次は私ね。私の名前は早乙女ハルナ。好きなものはBL。あと普通のマンガとか、アニメもよく見るなー。嫌いなものは締切と爬虫類。最近は、そうだね……」

「早乙女さーん。BLって何なのー!」

「男と男のおつきあいのことさ」

「おつきあい?」

「ストーーーープ! ストップですわ! 次、次に参りましょう!」

 

 ハルナと桜子の間に割って入った雪広は、彼が悪いのではないとわかっていても、こんなときに出張で出かけている高畑を少し恨めしく思った。

 

 

**

 

 

「のどかさん、ありがとうございました。次は千雨さん。お願いできますわね?」

「……あぁ」

 

 亜子、木乃香、明日菜、桜子、のどかの自己紹介が終わって時間はもう二時。

 壇上に立った千雨を余所に、委員長はまだやって来ない春日美空を心配し始めている。普段滅多に遅刻もせず、このクラスでは珍しく(表面上は)真面目な彼女が無断欠席をしているのだ。何かあったのではないかと身を案ずるのも無理からぬことだった。

 

 「少し、失礼しますわね」といって席を立ち彼女はしずなの元へ歩み寄る。そしてそんな彼女に気づいてすぐ先回りするように首を振るしずなを見て、委員長は心配そうに頬に手を当てた。

 

「ダメね。シャークティも知らないそうだわ」

「本当に、どうしたんでしょう」

「雪広さんはパーティーを楽しみなさい。その件についてはシャークティが対応するわ。彼女はあの子の母親代わりのようなものだから、任せておけばいいのよ」

「わかりました。何かあれば、教えてくださいますか?」

「もちろん」

 

 彼女が席に戻ったのを見て、千雨は自己紹介を始めた。

 

「名前は長谷川千雨。好きなものは温泉。嫌いなものは人ゴミ。最近は……2月にド●キャスが完全敗北したのを知って、少し落ち込んでいた」

 

 探偵クラブに入ったことよりもそちらの方が印象深かったのか、彼女はそのときのこと、そして昨晩もプレイしたセ●ガガを思い、泣き笑いに近い顔をする。

 

「ド●キャスなんてだっせーよなー! プレ●テ2の方がおもしろいよなぁ!」

 

 ハルナはただ合いの手をいれたつもりだったのだろう。しかし千雨はそうはとれなかった。激しい怒りが込み上げてきた。生産さえ間に合ってれば、時代さえ追いついてればS○NYごときに! と歯ぎしりする彼女は精一杯の強がりを披露する。

 

「ハッ! なんだよお前しらねーのかよドリームキ●ストってすっげえんだぜ!」

 

 それに意外そうな顔をする神楽坂に委員長、そして「中々愉快な奴だね~」と笑うハルナに、千雨は手で顔を覆う。

 内心では悪態が止まらない中、彼女はなぜあんなことを言ったのかと自分に問い詰め始める。原因を考えるまでもなく泉と後は主に湯●元専務のせいだったが、彼らに八つ当たりしない程度の分別は、今の彼女にもあった。

 

「はい。千雨さん、ありがとうございました。では綾瀬さん」

 

 それを見かねてか、委員長は質問をさせずすぐに千雨を座らせた。

 綾瀬が自己紹介という名の祖父の紹介に終始している間、彼女は意味もなくメガネのフレームをいじくっている。泉はそれを気にして何か声をかけようとするが、思わず謝ってしまいそうで、それじゃあダメだと二の足を踏んでいる。エミヤやアイリに頼っても、一向に答えは弾き出せない。そして、そのまま時間が来てしまう。

 

「では泉さん。お願いしますわね」

「わかった」

 

 席を立って、泉も教壇へ上がる。集中する視線を気にした風もなく、彼女は滔々と述べたてた。

 

「新田泉だ。好きなものは本と料理。嫌いなものは紙魚。先月、義姉に会った」

 

 一同はまだ続くものと思って待っていたが、それで泉の自己紹介は終わりだった。すぐに、明日菜が手を上げて質問する。

 

「その、紙魚って何?」

「紙を食べる虫のことだ。障子を開けるとたまに出てきたりするな」

「そ、そんな虫いるの!?」

「あぁ。俺は古本屋でバイトしてるんだが、手を入れていない本を開くとたまに出てくる」

「私、絶対いかない」

 

 そう断言する桜子に、泉は小さく苦笑を挟む。

 

「その古本屋に、哲学関係の書籍は置いてあるのですか?」

「結構あるぞ。実際、この間はハイデガーの原書が何冊かと、あと研究書も売れたしなぁ」

「ハイデガーの原書まで置いてあるのですか!?」

「あぁ。しかもあれは初版本だったな」

 

 もう売れてしまった本を惜しんでぐぬぬと呻いた後、綾瀬がおずおずと尋ねる。

 

「そ、そのお店はどこに?」

「のどかが知ってるから、今度、一緒に来るといい」

 

 宣伝も出来て満足したのか、もう教壇を降りようとする泉にハルナが質問を浴びせかけた。

 

「好きな本はー?」

「……うーん。『愛の渇き』、かな」

「おぉ。なんか凄そうなタイトルだね。どんな本?」

「愛人に寝取られた夫が死に、狂ってしまった未亡人が義父の愛人になり、こっそり若い男を囲ってまた裏切られて、ついにはその青年を殺してしまう話しだな」

「ヘヴィだぜ……」

「な、なんでそんなのが好きなの?」

 

 純粋にわけがわからないという顔の明日菜に、泉が少し考えるように俯く。

 

「そうだな。ありえないからだと思う」

「ありえない?」

「俺があんな風に誰かを愛して、裏切られて、愛した誰かを殺すということが」

「う、うん?」

 

 余計分からなくなった明日菜は、とりあえず高畑と自分でそのシチュエーションを想像してみる。

 

「わかりませんことよ? もし私が夫にそんなことをされれば、殺意が湧くかもしれませんもの」

「私もー。殺すまではいかないと思うけどさ。なんとなくわかるよ」

「ウチもー」

 

 委員長とハルナがそう言うのに、千雨は「だからお前らいくつなんだよ」と呟いた。木之香のように子供らしく気軽に同意しろよと考えて、彼女は思い直す。あんなことに気軽に同意するこいつも実はあちら側なんじゃないか、と。

 

「そうか?」

「これから、恋をすればわかるんじゃない?」

「あいにくその予定はないな」

「そんなこといってても突然やってくるものさー」

 

 ぶつぶつと高畑先生、高畑先生と呟く明日菜を指差して、ハルナが笑う。首を振って苦笑しつつ、泉は今度こそ教壇を降りた。

 

「では少し、休憩にしましょう」

 

 そうして二列目全員の自己紹介が終わると、委員長が飲食物の補給にとりかかった。手伝おうとした皆を笑顔で振り払い、彼女はてきぱきとトレイに紅茶とケーキを並べていく。

 

「千雨ちゃーん。ちょっとこっちきなよー」

「やめろ! 引っ張るな!」

 

 それから千雨をハルナにとられて手持無沙汰になった泉は、席に戻ってまだ残したままだったポテトをもそもそと食べ始める。もう冷めてしまっていて、あまり美味しくはない。

 

「新田、泉」

 

 声を掛けられて、彼女は面を上げた。

 龍宮の後ろの席の、ザジという少女だったか。そうなんとか記憶を引っ張り出して、「どうした」と彼女は無愛想に問いかける。

 

「人間?」

「あ、あぁ」

 

 予想外の問いに戸惑っている泉へ、ザジはさらに身体を近づける。重なり合うように密着したまま、彼女は小さな声で続けた。

 

「クヴェル、持ってる?」

「?」

「……心配しなくていい」

 

 こうしていれば周りには聞こえないと言いたいのか、それとも別のことなのか、泉にはわからない。

 

「すまない。何のことか、わからない」

 

 少し考えて、ザジは頷く。もう一度、頭を下げて、ザジは立ち去って行った。

 

 何だったんだと首をひねりながら、彼女はまたポテトを貪り始める。

 委員長から紅茶とケーキを受け取る前に、コーラで冷めたポテトを一気に流しこみ、彼女はゲップをこらえながら息を吐いた。そしてウェットティッシュで手を拭いている泉に、また誰かが声をかける。

 

「新田さん」

「うん? あぁ、桜咲さん」

「突然、すみません」

 

 無表情で会釈する刹那に、泉も軽く頭を下げた。

 着替えを返却する際、葛葉が刹那を紹介した関係で二人はある程度気心の通じた間柄だった。とはいえ何もないときに世間話をする程でもないので、自然、泉は何か用があるのかと身構えている。

 

「いや。どうした?」

「あぁ、いえ。その」

「葛葉先生から、何か、」

「いえ! あの、少し話しませんか?」

 

 彼女はただ、出来れば泉と仲良くしてやってくれという葛葉の頼みごとを、なんとか果たそうとしているだけだった。上司の罪悪感に巻き込まれた形である。だが刹那にも、比較的木之香と近い位置にあり、趣味も似通っている彼女と接していれば、お嬢様の近況を知るのに役立つ、そんな下心もあった。人付き合いの苦手な彼女にはそういった相手は貴重である。

 

「あぁ。いいぞ」

「ありがとうございます」

「いや、礼をいわれる程の事じゃ」

 

 基本的に木之香の影から離れない彼女ではあるが、自分だけの目でお嬢様の全てを判断するのは危険だと考えている。木之香のためには彼女なりの最善を尽くすことを怠らない刹那だった。

 

「新田さんは、お嬢様、近衛木之香さんとお話しすることはありますか?」

「のどかたちと一緒に、本の話をするぐらいだな」

「お嬢様はどんな本がお好きなんでしょうか」

「直接聞けば、教えてくれると思うぞ」

「そ、そうですね!」

 

 何か事情があるのだと察して、これくらい別に構わないだろうと、泉は話してやることにした。

 

「ふむ」

「参考になったか?」

「はい」

 

 自分の話をしていることに木之香が気づいたのを察知して、もう少し声を抑えるべきだったか後悔しながら、刹那は速やかに撤退する。

 

「では、失礼します」

「あぁ」

 

 長谷川さんがああ言うのも仕方がないのかもしれないなと、泉は苦笑いを浮かべた。

 刹那は教室でも野太刀を手放さない。剣道部に入ってそれを誤魔化してはいるが、あんな長物を剣道で使うはずもないことは、少し考えれば誰にだってわかることだ。気になる人間は気になるだろう。

 

「何の話ししとったん?」

 

 木之香について、のどかたちも泉の方へやってくる。ハルナのおかげで大分打ち解けたのか、千雨もその中にいた。

 

「好みの本の話を」

「えっ。せっちゃん、本読むのん?」

「いや、近衛さんの好みのことだよ」

「ウチの?」

「すまない。勝手に話してしまって」

「ええんよ。でもせっちゃん、なんでウチに聞いてくれんのやろ……」

「好きな子に物を尋ねるのが、恥ずかしい年頃なんだろ」

「ふふっ、新田さんかてウチらと同い年やん」

「まぁ、そうだが」

 

 ばつが悪そうに頭を掻く泉を、木之香はおかしそうに見つめる。

 

「泉ー! ちょっとこっちきてー」

「わかった! なんだろうな」

「なんやろうね?」

 

 すでにぞろぞろと移動を始めた彼女らを追って、二人も教壇の元へ向かった。

 

「で、どうしたんだ?」

「恋バナの、時間です」

 

 なぜかいる朝倉に木之香が首を傾げる。

 

「うん?」

「みんなーーー! 気になる人はいるー?」

「イェーーーイ!」

 

 壇上でそんなことを言い始めた朝倉に、ハルナのテンションは鰻上りである。ふと泉が委員長を探すと、彼女は一列目のグループでザジの曲芸に拍手していた。夕映は今にもそちらへ流れて行きそうである。

 

「アスナは、まぁいいとして」

「なっ!? なんでよ!」

「アスナが高畑先生にぞっこんだなんてこと、みんな知ってるしねぇ」

「嘘よ!」

「いえ、本当です」

 

 夕映のクールな答えに愕然とする明日菜を木之香に任せて、朝倉は青いファイルを開いた。

 

「えーっと、好きな人がいるのは……アスナと亜子ちゃん。気になる人がいるのは泉。うーん。このグループはいまいちだなぁ」

「えぇっ!」

「お、俺か?」

 

 視線が、一気に二人へ集中する。

 

「どうする? 亜子ちゃんが嫌ならいわないけど?」

「ごめん。誰にも言わないで。お願い」

「了解。じゃあ新田泉の話をしよう! そう、それは! 4月10日の昼のことだったのさ……」

「おい。何で知ってる」

「取材源に関しては黙秘します」

「ごめんね。新田さん」

「ああ、いや。和泉さんは何も悪くないぞ」

「そ、そうやなくて、ぁっあの、」

「落ちつけ」

 

 朝倉が喋り出すのを放って、泉は亜子の慰めに専念する。

 

「そう、4月10日の昼休み。一人の少年、今時珍しいというか絶滅したはずのリーゼントが自慢、喧嘩番長豪徳寺薫の元へ、一人の可憐な美女が訪れた……それこそ新田泉。年齢詐称の申し子! 逆合法ロリ! 惚れると火傷するぞ警察沙汰的な意味で!」

 

 ファイルを教卓に叩きつけて、朝倉が節を取る。

 

「ごめん。多分、あれいうたのウチの兄ちゃんやから」

 

 兄から直接聞きでもしたのか、彼女はもうそのことに関して疑いを抱きすらしていない様子だ。

 

「だったら尚更だ。まぁ、それに大した話しじゃない。それが分かってるからあいつもああいう風に話してるんだろ」

「そ、そうかな?」

 

 きっと、多分、そうだといいなと祈りながら、泉が大きく頷いた。

 

「なぜ彼女が彼を訪うたのか! そのためには奇々怪々たる出会いについて語らねばなりますまい!」

「お、おい!」

「ご、ごめん! 泉!」

 

 今度はのどかをなだめなければならなくなった泉を放置し、朝倉はパパンッ、パパンッと節を取り続ける。

 

「裸体。裸体であるっ! ある日の夜、彼はコンビニでガムを買った。そこまではいつも通り、単なる日常の一シーンである。しかし彼はそこで、少女の落し物を拾ってしまったのだ。男性が苦手な少女の落し物を、である」

 

 教卓から身を乗りださんばかりの似非弁士の語りに、なんだかんだいいつつも皆は聞きいっていた。夕映ももうサーカスに目を向けてはいない。

 

「気にするな。た、大したことじゃない」

「でも、泉」

 

 ここで止めてしまうと大事だと認めることになる、そう思って泉は話しを止めることができなかった。それを見てさすがに不味いと思ったのか、朝倉が小休止を入れる。

 

「あぁ~、泉。ここは話さない方がいいかな?」

「……そうしてくれ」

「だそうなので、そこからは自分で想像してねー」

「き、気になるじゃないのよー!」

 

 非難の声をさらりと避けて、彼女は昼の話しを始めることにした。

 

「まぁ、ともかく。豪徳寺薫君は怖がる少女に落し物を渡せず、口調だけは男らしい泉嬢を介してやっと手渡すことができたわけであります」

「どういうわけよ! ふぎゃっ!」

「そうだそうだー! ふみゃっ!」

 

 明日菜と桜子に強烈なツッコミを浴びせ、木之香はにっこりと微笑んだ。ヤジに参加しようとしていたハルナは椅子の上で正座している。

 

「そして話は10日の昼休みへと戻ります。彼女は怖がる少女に代わって、お礼をするために教室を訪れたわけです。今時珍しいお嬢さんではありませんか! このクラスにはいくらでもいそうだけどね!」

 

 パパンッ!

 

「男子校に美女、昼休みに手作り弁当! そう! 彼女のお礼とは、手の込んだお弁当だったのです! 男心を理解した極めて殺人的なアタックといえましょう! わざとか! 天然か! そんなことはどうでもよろしい。そのクラスにとって、あの豪徳寺薫を美女が訪れ、そこで一緒にお弁当を食べていったというその事実! 許し難い! そう思ってしまうのが女を知らぬ童貞の悲しきサガ……それがワタクシにこんな話をさせているのであります!」

「兄ちゃん……なにやっとるの……」

 

 パパンッ!

 

「「この間はありがとう。よかったら、食べないか?」「お、おう!」顔を赤らめる豪徳寺、無心に微笑む泉嬢。夢幻の世界へと踏み入ったかの如き心境の豪徳寺の舌に、料理の善し悪しが分かるはずもなくっ! 「美味かったか?」「お、おう! ……その、なんだ。また今度、作ってくれないか」などと言い返すことしかできないのも無理はないこと! あぁ~無自覚な泉嬢! にっこり笑顔で頷いて、そのまま彼女はかろやかに教室を去って行きました。ぼんやりとその背中を見つめる豪徳寺薫は未だ夢の中、あるいは次の逢瀬に思いを馳せているのかもしれませぬ……おそらく、今も、彼は心のどこかでそうしていることでしょう……」

 

 パパンッ!

 

「これにて、おしまい! はい次行ってみよー」

 

 流れるように次のグループへ移動した朝倉に呆然として、泉は文句を言うことも出来なかった。

 

「で、で? 好きなの?」

「そ、そうなの?!」

「ウチも気になるな~」

「……悪いが、友人だよ。それ以上でも、それ以下でもない」

「嫌だったなら、嫌だって言えよ。大体その豪徳寺っての、有名な不良だろ?」

 

 千雨がタメ息をついて、ちらりと、また三列目で演説を始めた朝倉を睨む。

 

「広められると困る部分はカットしてくれたし、いいさ。それに、いい奴だよ。豪徳寺は」

「お前なぁ……」

「でもお弁当持って行って、次の約束もしてるって、ちょっと勘違いされても文句言えないよ?」

「いや、そんな」

「その豪徳寺さんがどのような方かは分かりませんが、あなたほどの美女にそんなことをされて気持ちが揺らがない学生など、そうはいないと思います」

 

 男友達が出来たと無邪気に喜んでいた泉は、間抜けにも自身の容姿が与える影響について失念していたのである。アイリスフィールにそのような経験が乏しかったのも原因の一つだ。加えて泉には豪徳寺薫が自分に下心を持って接していると想像することさえ失礼だと思っている節があった。

 

「俺は、友達になれたと思って……」

「向うは自分に気があると思ってるかもしれないよ。ちゃんとそう言った方がいいって絶対」

「そうそう」

 

 ハルナの忠告に賛成するように、桜子も相槌を打つ。

 

「だが、そんなのは豪徳寺に失礼だ」

「友だち扱いは失礼にはならんよー。なぁ、のどか?」

「う、うん」

「ウチの兄が、本当にごめん」

「いや。いいんだ」

 

 きっぱりと首を振って、泉は打ち切るように強く言う。

 

「こういう面倒があるってこと、俺一人じゃあ気付けなかった」

 

 それが誤魔化しではないと感じて、亜子は安堵したように笑う。

 自分と友人になることで豪徳寺が周りからどんな風に見られるのか、泉はそんなことを考えてもみなかった。迷惑ではないのかどうか、聞いておくべきかも知れない。そう思えることに、彼女は本気で彼女たちに感謝していた。

 

「……まさかとは思うが、さっきみたいなこと、そいつに言ってないよな?」

「あ、あぁ」

 

 あやうく言ってしまうところだったのだろうと、ぎこちない返事をする泉に千雨はさすがに呆れた。

 

「さっきみたいなことって?」

 

 無邪気に尋ねる明日菜へ、泉もすらすらと答える。

 

「長谷川さんに好きだっていったことだろう」

「あっさりいうなバカ!」

 

 囃したてるハルナや、興味津々の皆の目に千雨は顔を赤らめる――こいつはバカだ! 大人なんかじゃない。ガワがそれらしいだけの、ただの子供だ!

 

 

**

 

 

 日が落ちかけた夕方。窓からさしこむ燈色の陽光に、しずなは少し目を細める。時刻は17時過ぎ。そろそろ生徒たちを、帰さなければならない時間だった。

 

「雪広さん。そろそろ、お開きにしましょう」

「そうですわね。皆さん!」

 

 教壇に立って、委員長が頭を下げる。

 

「本日はお集まりいただいて、本当にありがとうございました。皆さん、楽しかったですか?」

 

 頷いたり、叫んだり、笑ったり、手を上げたり、彼女らはそれぞれのやり方で肯定を返す。

 

「ではこれをもちまして、最初のパーティーを終わりたいと思います。皆さん、これからもよろしくお願いしますわね?」

 

 盛大な拍手が鳴り響く。ほっとしたように委員長は「よかった」と呟いて、そのまま教壇を降りて行った。

 

 

**

 

 

「泉さん」

「ん? どうした?」

 

 掃除の手を止めて、泉は小走りに駆けてくる委員長へ向き直った。

 

「泉さんのお誕生日、いつだったかしら」

「あぁ。言ってなかったな」

「泉さんが最後ですの。教えていただけるかしら?」

「いいぞ。4月9日だ」

 

 家族からもらった誕生日プレゼントのことを思い、泉は頬を緩める。父からは『愛の渇き』を、母からは紅茶のポットを、姉からはダイアリーを。

 

「そうでしたか……ありがとうございます」

「いや。今日はありがとう。楽しかったよ」

「まだまだお楽しみはこれからですのよ?」

「楽しみにしてるよ、委員長」

「えぇ。期待して待っていてくださいますか?」

「もちろん」

 

 そうして笑顔の委員長は、颯爽と持ち場に戻って行った。

 熱心に箒を操る千雨に遅れぬよう、泉はまた床を掃き始める。戻ってきた彼女を迎え入れるように、少しタイミングをずらして木之香が列を整える。以前はバラバラだった箒やぞうきんの列が、今日は比較的綺麗に並んでいる。千雨の望むとおり、掃除は早くに終わりそうだった。


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