アヴァロンの落とし子   作:ktomato

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新田泉と二人の友達
第五話 入寮


 多すぎる荷物を両手に抱えて、泉はエレベーターが降りてくるのを待っている。

 

 今の彼女の格好は、アイリスフィールと母の言葉を参考にしたものだった。

 ストッキングにロングブーツ、スカートを黒で揃え、赤いハイネック・ブラウスを着て、チェックのネクタイをつけた彼女は、どこからどう見ても、俺という一人称を使う人間には見えない。

 

 降りてきたエレベーターの前で、彼女は荷物を担ぎ直した。

 すぐに扉が開き、大柄な女性が通り過ぎる。泉にすれば見上げるような身長の彼女、龍宮真名は軽く会釈だけして、そのまま立ち去っていった。

 

 エレベーターに乗って、彼女は3Fのボタンを押す。

 さっきの女性は先生か何かだろうかと考えていると、すぐにエレベーターは3階に到着した。龍宮のことはそれきりにして、彼女は部屋に向かう。

 

 

 部屋番号を鍵で確認してから、泉はインターフォンを鳴らした。

 それに答えて顔を出したパジャマ姿の少女の顔色に、彼女が顔をしかめる。青ざめた、病人の顔だ。

 

「新田、泉か?」

「あぁ」

「長谷川千雨だ」

 

 それだけいってドアを開け放しにし、元来た廊下を戻る彼女を追って、泉は中に入った。

 大きな部屋の右手には三つの勉強机が等間隔に並び、その前にTVや書類など個人の持ち物が置かれている。衣服類は左手のチェストの中だろう。チェストも三つあり、それぞれに持ち主の名札が張られている。

 

「その空いてる机がお前の机で、その前のスペースがお前のだ」

 

 部屋の奥、三段ベッドの梯子にもたれて言う千雨は見るからに辛そうだった。

 

「大丈夫か?」

「ただの風邪だ……すまんが、もう寝る」

「あぁ、おやすみ」

「また夜に、朝倉が帰ってきたら起こしてくれ」

 

 ベッドの最上段に消えた千雨を見送って、彼女は自分のスペースに荷物をおろした。

 大きな段ボールが一つ、旅行用鞄が三つ。三つのバッグの内、赤いバッグから泉は古びた本を取り出し、立ち上がって少し何かを考える――うん。荷解きは明日にして先にのどかに会いに行こう。そう決めて、彼女は部屋の電気を消し、外に出た。

 

 

**

 

 

「あっ、いらっしゃい」

「今、いいか?」

 

 インターフォンを鳴らして、最初に出てきたのはのどかだった。それに安心して彼女は気安そうに本を掲げる。

 

「うん。上がって上がって」

「お邪魔します」

 

 先ほどとあまり変わらない間取りの部屋にはのどかの他、二人の少女がいた。

 肌寒いのか、三人は学校指定の赤いジャージの上にカーディガンやちゃんちゃんこを羽織っている。

 

「こんにちは」

 

 中央の少女は机に古い洋書を一旦置いて、泉に向き直った。

 

「こんにちは。綾瀬夕映です」

「新田泉だ」

「知ってます。宮崎さんから聞きました」

 

 それ以上言うべきことはないと、夕映はまた本を読み始める。それを見て、奥の机の女性がとり成すように言った。

 

「ごめんねー! ちょっちその子、人みしりだから」

「違います」

 

 バッサリと切り捨てて、夕映はまた本の続きを読み始める。それを気にした様子を欠片も見せずに早乙女ハルナがやけっぱちな声を上げる。

 

「私は早乙女ハルナ~BL界の超新星、パル様たぁ~私のことよぉ!」

「そ、そうか」

 

 おかしなテンションの彼女も、いい終わるとすぐ机に向かい、凄まじいスピードで原稿に絵を描き始めた。そして見る見るうちに美少年と美少年が抱き合い、愛の言葉を交わし合う様が浮かび上がる。

 

「ごめんね。ハルナ、一昨日からずっと眠ってないの」

「た、大変そうだな」

 

 泉は引き攣った笑みを浮かべながら、早乙女ハルナを視界から外した。

 それに笑ってのどかが、話題を変えるように泉の持つ本へ触れる。

 

「これが、今度の?」

「あぁ。どろどろとして、中々面白かったよ。好きな男性が他の人と結婚して、女性が狂ったようにその男性に執着して、とまぁ、そんな感じの内容だ。どうぞ」

「ありがとう」

 

 受け取った本を机に置いて、彼女は返礼として文庫本を泉に向ける。

 

「これ、よかったら」

「ありがとう。ふむ。今度のは、ちょっと変わった表紙だな」

「作者の山尾悠子はファンタジー作家だから。いつもは硬い文章で……へんてこで、すごく綺麗な小説を書く人なんだけど……これは、読みやすいし、私は、一番、好きだから」

 

 つっかえつっかえ、のどかが言う。

 

「帰ったら、早速読んでみるよ」

 

 本を受け取った泉は、それからのどかと少し世間話をした後、二人にもさよならをいい、退出した。

 

 

**

 

 

 一人、泉はまだ何も置かれていない机に向かい、『オットーと魔術師』を開いた。机の明りだけを灯して、彼女は静かにページを繰り始める。

 

 

***

 

 

 突然灯った部屋の明かりに瞬いて、泉は本を閉じた。

 栞を挟まなかったことに「しまった」と思いながらも彼女は席を立ち、帰ってきたもう一人の同居人に声をかける。

 

「こんにちは」

 

 快活に笑う朝倉はなぜかもう制服姿で、小学生の名残はもうどこにも見られない。立派すぎて女子高生に見えるほどだ。

 

「こんにちはー新田泉? 私は朝倉和美。よろしくね」

 

 バッグを机に降ろしながら答える彼女を見ながら、もう夕方かと、今更ながらに本に熱中していた自分に気がついて、泉は大きく伸びをした。

 

「よぉ、遅かったな」

「あれ? 千雨ちゃん、もう大丈夫なの?」

「あぁ」

 

 いつからか眼が覚めていたのか、ベッドの上からかすれた声を出して、千雨が梯子を軽快に降りてくる。

 

「大分、顔色もよくなったな」

「まぁ、元から大して熱も出てなかったしな。とりあえず、先に話しするか」

「そうだね。掃除当番とかも決めないと」

「ふむ。ちょっと待ってくれ」

 

 そう言って彼女はおもむろに荷物の段ボールを剥ぎ取り始めた。

 

「なんだ? それ」

「こたつだ」

 

 バラいた段ボールを除け、彼女は手慣れた手つきでさっさとこたつを組み立てていく。もちろんそれは投影品であり、魔術の隠匿よりも節約を優先した結果である。

 

 コンセントにプラグを差し込んで準備万端整うと、朝倉は早速こたつの電源を入れた。

 

「入っていいか?」

「あぁ」

 

 TVの前に置いてあった自前の座布団を敷きこんで、千雨はこたつにもぐりこんだ。座布団を持たない朝倉には泉が貸し与え、二人も後に続く。

 

「あぁ~」

「ナイス新田ー」

 

 そしてだらけ始めた二人を促すように、泉が姿勢を正す。

 

「で、掃除当番だったか?」

 

「そうそうー」

「しゃっきりしろよ朝倉」

「千雨ちゃんだって」

「私は病人だからいいんだ」

 

 寝転んで顔も上げない千雨と、テーブルにうつぶせになった朝倉はそのまま動こうともしない。タメ息をつきそうになって泉は、そういえば昼を食べてなかったなと、軽く腹部に手を添えた。

 

「そういえばさぁ、新田の誕生日って何月何日?」

「どうした? 突然」

「全く何がそういえばだよ……あぁ、いいんちょに頼まれてたな」

「そうそう。一応、先に聞いておいてって言われたの忘れてた」

 

 話しについていけない泉に、朝倉が補足する。

 

「雪広あやかっていう、委員長気質の子がいてね。把握しておきたいんだって」

 

 彼女は両親からそのことについて聞いておらず、答えに詰まった。

 

「単に皆のお祝いをしたいってだけだと思うよ。いい子だから」

「あぁ、いや。そういうことじゃない。ちょっと、誕生日がいつだか知らないだけだ」

「知らないって、お前」

 

 視線を鋭く上向けながら千雨は、それ以上何も言わず、ただ泉を見つめる。

 

「えーっと」

「すまない。今度、父に聞いてみる」

 

 なんでもないことのようにいう泉は、きっと聞けば答えてくれるだろうということは二人にもわかったが、この時はそれ以上踏み込まなかった。

 

 その代わり、この空気を打ち壊そうと身体を起こして朝倉は、明るく大きな声を出す。

 

「この中で、料理出来る人ー! 挙手! ……はい、新田は料理当番に決定!」

「……おいおい」

「洗い物とあと、掃除・洗濯は千雨ちゃんと私でやるからさ」

「掃除は朝倉、洗濯は私、洗い物は持ち回りでいいか?」

 

 千雨もそれに乗って、普段なら決して言わないような無茶を口走る。

 

「おっけー。では新田泉ッ! 君の意見を聞こうッ!」

 

 こめかみを指で抑えながら、泉が立ち上がった。

 

「とりあえず、おかゆでも作るから、それを食べてから判断してくれ」

「お願いねー」

 

 早速黒いバッグから土鍋などの調理器具を取り出してキッチンへと向かう泉を余所に、こたつの中で、二人は自分の誕生日も知らない新田泉という女性のこと、彼女の料理の腕のことを考える。

 

 しかしこたつの魔力には抗えず、二人はそのまま浅い眠りに落ちていった。




 あまり期待していなかった彼女らの予想に反して、そのおかゆは非常によくできていた。

「おいしい……」
「合格か?」

 黙って頷く朝倉とレンゲを動かす千雨に、自身の空腹も忘れ、泉は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「おかわりは、まだたくさんあるぞ」

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