アヴァロンの落とし子   作:ktomato

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第十三話 Beating Gets Faster(1)

***5月18日(土)*** 

 

 

「それでは学園祭の催し物は喫茶店と移動屋台ということで、よろしいですわね皆さん?」

「はーい」

 

 双子の声に和するように、クラス中から賛成の声が響くのを泉はぼんやりと眺めていた。

 士郎が何やら気合を入れていることが少し気にかかったが、彼女は委員長の声に応えて起立し、高畑先生への礼を済ませた。次いで鞄を二つ手に持ち、千雨にちょっと声をかけてから呼んでいる刹那の方へ向かう。

 

「泉、こちらへ」

「あぁ」

 

 いつもの刀の他に大きめのバッグを持った刹那の後へついて、彼女は先生の方へ歩いて行く。

 

「泉さーん。今度、移動屋台のことで少し、お話しできませんか」

「勿論。葉加瀬もお披露目の後なら時間があるだろうし、そのときに三人で話そう」

「はい!」

「じゃあ四葉さん、また今度」

 

 途中、そんなふうに誰かとすれ違いながらも彼女はできるだけの早足で刹那を追った。

 教壇から降りて廊下に出ていた高畑先生の隣には、いつのまにそこへ来ていたのかエヴァンジェリンの姿があった。面倒くさそうに身体を壁にもたせかけて彼女はやってきた二人に胡乱げな眼差しを向ける。

 

「呼び立ててすまないね。泉君」

「いえ。今回の合宿の件でしょうか?」

「あぁいや、刹那君から話を聞いたんだ」

「刹那?」

 

 嫌な予感がすると少し眉をひそめた泉に、刹那は軽く目を閉ざして口を開いた。

 

「無理をしがちな弟子のことを、先達に相談しただけのことです。そんな顔をしてもダメです」

 

 見ていないのになんでそんなことわかるんだよ、という彼女の内心の言葉さえ士郎に『君がわかりやすいだけのことだろう』と封殺され彼女は何も言い返せなかった。ギュッと二つの鞄を背負い直して泉はひとまず高畑先生に向き直る。

 

「何度も、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」

「全くだな」

「エヴァ。いや泉君。構わないよ。早速今度の休日にでも、また話しあおうか」

「いいの、ですか。お忙しいところを」

「頼りにならないかもしれないが、これでも僕は君の先生なんだ」

 

 どう言えばいいのかと困ったように頬をかくタカミチに、泉の口元から自然と微笑が漏れた。

 

「はい。よろしくお願いします」

「今回だけじゃない。困ったことがあればいつでも僕たちに言いなさい。実は、新田先生からも頼まれているんだ」

「「たち」は余計だ「たち」は」

「父さんが?」

「薄々、新田先生も君が人とは違うということぐらいまた気づき始めている。それについても、それとなくフォローしていくつもりだ。それに時期が来ればまた情報を開示できるように、取り計らうつもりでいるよ」

「先生、その」

「あまり無理をしないようにするんだよ」

「ありがとう、ございます」

 

 ニッコリと笑って彼は刹那に会釈し、何やら文句をいうエヴァと連れ立って去っていった。泉は彼らを見送り、ふと頬を撫でる風の暖かさに目を細めた。開かれた窓の向こうには明るい青空が広がっている。鳥の影が廊下の上を音もなく横切って行く。泉の透き通るような笑みに釣られ、空を見上げていた刹那はふっと息をついて首を振り、いきなり勢い良く教室のドアを開いた。のぞき見をしていた明日菜に木乃香、一人盛り上がっていたパルが気まずそうに目をそらすのに、彼女はため息をつく。

 

「あれ、皆」

 

 それを責めるでもなく驚いたように声を上げる泉に、明日菜は怯むように後退った。

 

「どうしたんだ。神楽坂さん」

「ま、負けないからね!」

「おう?」

 

 顔を真赤にして仁王立ちし、堂々と宣言してくる彼女。泉はその言葉の意味を測りかねていた。

 

「売上か」

「違うわよ!」

 

 刹那に目を向けると彼女は無言で親指を、曲がり角に差し掛かった先生に向けた。それに得心したのか泉は大きく頷く。

 

「違うぞ神楽坂さん。俺は高畑先生に懸想していない」

「嘘!」

「アスナ、うちも違うと思うわぁ」

「で、でも」

 

 不安そうに目をうるませる彼女をみかねて、泉はポリポリとこめかみを掻いた。

 

「神楽坂さん」

「何よ」

「俺、別に好きな人がいるから」

「えっ!? ホント!!」

「誰なのですか泉」

「だ、誰なん?」

「ラブ臭? ラブスメルよ! カモーンパイナポーパパラーッチ! カメラを! 早くマイク出して」

「イエッサー! って誰がパイナップルよ!」

 

 わらわらと集まってきたクラスメイトに彼女は知らず視線を泳がせた。四葉や真名、委員長、那波といった大人びた知己たちさえ群がってきている。あまり興味なさそうにしつつも千雨もチラチラとこちらを伺っていた。刹那に至ってはさりげなく退路を塞いで熱心に耳を傾けている。

 

「いい加減にしなさい」

 

 パンと軽快な音が彼女らのざわめきを遮るように高く鳴った。委員長は颯爽と野次馬を突っ切って泉との間に入り、連絡事項を述べ立てた。

 

「さぁ、皆さん! 用意が済んだら一度寮に戻って支度をしてきください! その間に我が家のスタッフが夕食を準備いたします!」

「ぶーぶー」

「さ、風香さん、史伽さん。早く準備できればそれだけはやく美味しいケーキが食べられますわよ」

「やたー!」

「ケーキ! ケーキ!」

「釣られるにしてもチョロすぎるでござるよ」

「お願いしますわね長瀬さん。アスナさん。高畑先生はもう校門に向かってらっしゃいます。追いかけなくてよろしいんですの?」

「それを早く言いなさいよ! 行くわよこのか!」

「ま、まってーなぁ」

 

 委員長が怒涛のごとく野次馬を処理して静かになった廊下に、泉は呆然と立ち尽くした。刹那ももう先にいってしまったようだ。

 

「泉さん」

「は、はい」

「あまり口からでまかせをいうのは感心しませんわね」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

冗談めかして叱ってみせる彼女に泉も笑って頭を下げた。

 

「それはそうと気になる男性とは、どなたなんですの?」

「いないよ」

「へぇ?」

 

 まるでそういうことにしておきましょうとでも言わんばかりの訳知り顔に、泉はからかわれているのかそれとも彼女が本気でいっているのか、さっぱり区別がつかなかった。

 

「さ、行きましょうか泉さん」

「あぁ」

「そう不貞腐れずに」

「む」

「笑ってください。先ほどの言葉は、冗談ですから」

「分かり難いよ委員長」

 

 素知らぬ風に微笑む彼女に泉は苦笑して、彼女の隣について歩き出した。

 

 

**

 

 豪邸としかいえない佇まいの建築物に、泉は奇妙な郷愁を覚えた。

 真っ先にバスから降りて、笑顔で玄関に案内してくれる委員長の背をクラスメイトは興奮気味に追いかけていく。そんな中ふと立ち止まりそうになる自分が自分ではないように思えて彼女は勢い良く首を振った。

 

 各自が案内された個室は新築のホテルのように小奇麗な内装だった。これが別荘の一つだというのだから恐れ入ると泉は冬木に城ごと持ち込んできたアインツベルンのことを思い出して、感傷的なため息をついた。

 

 荷物を棚に仕舞い、彼女はベッドサイドに読みさしの本を置いた。少し続きを読もうかとベッドに腰かけて栞の位置を手探った。

 

「泉ーそろそろ行こう」

「時間だぞ。おい、寝てるんじゃないのか」

「あ、あぁ! 今行く!」

 

 二人の声にふと我に返り、彼女は急いで本を閉じた。制服のままの彼女が顔を出して千雨と和美は呆れたように沈黙する。

 和美は背中の大きく開いた濃い紫のイブニングドレスをきちっと着こなし、いつもと違うカジュアルなメガネをかけた千雨はフォーマルなワンピースに身を包み赤い宝石をあしらったネックレスをしていた。当然のように二人は軽く化粧までしている。

 

「さっさと着替えてこい。クローゼットに入ってたろ?」

「委員長が気を利かせて揃えてくれてるんだしさ。なんなら手伝おうか」

 

 二人の艶姿に困惑している泉に千雨は顔をしかめた。

 

「お前、もしかして希望言わなかったのか?」

「えっ、いや、すまない。先に行っておいてくれるか」

「まだ余裕あるし、いいよ。待ってるから」

 

 千雨も異存はないようだった。泉はもう一度軽く謝って急いでクローゼットへ向かう。化粧をする暇はなさそうだなと内心で呟くと士郎に手を抜く気かと叱られ、彼女は思わず「げっ」と声を漏らした。

 

 

**

 

 

 パーティー会場には幾人もの人々がひしめいていた。著名な科学者、葉加瀬の共同研究者のお歴々が集まったテーブルから少し離れたところで、麻帆良の生徒と高畑教諭たちは大人しくスピーチをきいている。一際華やかな彼女らに怪訝な目を向ける者はいない。

 

 結局ひどく上質なリトルブラックドレスに恐る恐る袖を通した泉は壇上の男性の話に耳を傾けていた。彼女が席についたテーブルには他に千雨、和美の他葉加瀬や夕映、のどか、パル、四葉、委員長たちが座っている。時々夕映やのどかが葉加瀬に質問する程度であまり会話はない。双子も大人しくケーキを食べていた。

 

 壇上の男の後ろには黒く、飾りのないメイド服の上に黒のライダースジャケットを羽織った女性が目を閉じたまま、立ち尽くしていた。手には何故か指ぬきグローブ。異様な大きさの耳殻から、彼女が生身の人間ではないことは生徒たちにも察せられた。

 

 拍手が鳴り響く。スピーチが終わって葉加瀬の名が呼ばれ、彼女はすっと立ち上がった。そしていきなり千雨の腕をとって有無を言わせず壇上へと彼女を引きずっていく。その様子を生徒だけでなく、研究者や出資者たちも苦笑交じりに見つめていた。

 

「お、おい、なんで私まで」

「言ったじゃないですか」

「だから何を?!」

 

 大声を上げるわけにもいかず小声で怒る千雨にやれやれと肩をすくめ、葉加瀬は指をぱちんと鳴らした。

 

「長谷川さんにはぜひ立ち会ってもらいたいと」

「いやなんで指を鳴らす」

「気分です。ひ・ど・くいい気分ですから」

「そうかよ」

 

 千雨ががしがしと髪を掻きむしりたい衝動を必死に抑えているのを泉と和美は半笑いになりながら鑑賞していた。

 そしてその人形に和美はあのとき、自分に悲鳴を上げるみたいに叫んでいた千雨のことを思った。泉はその人形に冷たさではなく、親しみを抱く自分に口元を歪めた。

 

 半ば心配そうに笑っている二人に気がついて千雨は顔を赤らめる。ずれてもいないメガネの位置を直して、彼女は頬に軽く手を当て、振り返った。

 

 千雨より大分身長の高いその人形は妙に趣味的な服装はともかくとして、非現実的なまでに整った顔をしていた。その寝顔の冷たさにまるで寝てる時の泉みたいだなと千雨は思う。

 

 自分たち二人の一挙手一投足に視線が注がれていることを意識するだけでその場で蹲りそうになる自分を、彼女は気合で無視した。

 

「準備はいいですかー」

「おう」

「皆さん! では、いきますよー! ウェイクアップ! B2!」

 

 地を這うような駆動音、名を呼ばれた彼女の関節から膨大な量の蒸気が吹き出した。咳き込む千雨に目もくれず葉加瀬は目を開いた彼女の口の動きを注視する。B2はゆっくりと周りを見渡した。

 

「ここですよ、B2」

「おはようございます、博士。了解しました」

「さぁ千雨さん」

 

 以前のような軋みを上げず、躯体は滑らかに歩を前へ進めていく。

 煙が晴れ、会場の人間の視線が向かい合う1人と1体に集中する。千雨の脳裏にはあの日、自分が言い放ってしまった言葉が鳴り響いていて、そんなことはまるで気にならない。琥珀のような瞳が、じっと彼女を見つめている。

 

「マスター」

「は?」

 

 唐突に漏れ出したアブノーマルな単語に、彼女は思わず低い声で問い返す。

 

「これからは人の役に立つロボットとして、あなたにお仕え致します」

「なにいってんだお前、私みたいなのじゃなくて、そう、お前、もっとだな。いや、違う、そうじゃない」

 

 しどろもどろになって何を言っているのか自分でもわからなくなってしまった千雨は、助けを求めるように級友たちのテーブル席へ振り向いた。和美はサムズアップで答え、泉は心底祝福しているのが分かる満面の笑みを返した。

 

「B2、だったか?」

「イエス、マスター」

 

 自意識を示すロボットに観衆は騒然としていた。AI技術は先達からの借用とはいえ、肉体の再現をこうまで見事にあの少女が成し遂げたのだ。好意的な驚きは歓声に変わり、万雷の拍手が鳴り響き始める。

 

「長谷川千雨だ」

「存じています」

「そう、か」

 

 だから戸惑った千雨の声は二人以外の誰にも届かなかった。

 


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