オリ主、オリキャラ、オリ設定、オリ展開が苦手な方は回避推奨。
※以前にじファンで投稿していたものの改訂版です
第一話 来訪
――宝石剣を突きつける。
「ここまでよ、士郎」
遠く、銃声が響いて消えた。連中が士郎を追ってきたのだろう。
「久しぶりだな、凛」
今の彼は、もうただの現象に成り下がっていた。
1を切り捨て、9を救う。それに納得できなくて、どうにかしようとして、救えもしないものを救おうとして、世界なんてものと契約して、英霊になった。そしていつか見た夢みたいに、助けた誰かに殺されるのだ。
「仕方がないから、殺してあげるわ。誰の手も届かない遠い、遠い世界にまで吹き飛ばしてあげる」
「至ったのか」
「えぇ、あなた一人吹き飛ばせる程度にはね」
「凄いな。さすが凛だ」
「当たり前よ。士郎とは違うもの」
「ひどいな」
宝石剣が輝きだす。私はとびきりの笑顔を作って見せる。彼は苦笑いを浮かべてすぐ、最期のアーチャーと同じように笑った。
「さよなら、士郎」
「すまない」
***
――こうして、衛宮士郎はこの世界から消失した。
輝きは去り、魔法使いは踵を返して、光と共に消え去った。
***
新田春夫は仕事を終え、家に帰って一杯ひっかけようと考えながら歩いていた。
一昨年子供も立派な社会人になり、家が随分広く静かになったことを寂しく思う自分を誤魔化そうとしてか、彼の飲酒量は以前よりも増え始めている。
とはいえ彼は厳格な教師として通っているし、実際その通りなので金曜、土曜以外に飲むことはしない。というわけで今日は待ちに待った現実逃避の日なのだった。
しかしその小さな楽しみは心ならずも阻害されることになる。
「やめんか!」
彼は腕っ節が強いわけではない。学生時代以来武道に関わったこともないし、正月には格闘技ではなく紅白を見るタイプだ。
「なんだジジイ? 見せもんじゃねえぞ?」
コンビニでつまみを買い、そのまま帰ろうとしていた新田は中学上級生に絡まれている見覚えのある女の子を発見した。
「…………もしもし? 警察ですか?」
「なっ! 何しやがる! やめろ!」
彼は厳しい人間ではあったが、リーゼントな不良だからといっていきなり警察に突き出すほど非情な人間ではなかった。
大体彼に分かるのは少女が怖がっているということぐらいだ。その証拠に携帯は通話状態にない。焦り始めた少年を尻目に、新田はわたわたしている女子を睨みつけた。意図を察した彼女は小さく礼をして、その隙に走り出した。
「待ちやがれ!」
「はい、今まさに絡まれていまして」
我ながら何と情ないと苦虫を噛み潰したような表情で、彼はわざと少女から視線をきり、長年培ってきた生徒を叱り、正すためのその目で彼らを睨みつけた。要するにはったりである。
「何のつもりだ! あぁっ!?」
帰りが遅くなったらまた妻にTVを占領されるじゃないかと、新田はため息をついた。
「聞いてんのか!」
と轟雷のような声が響き渡ったと同時に、一種異様な轟音が響き渡った。
新田と彼らの間の空間が捻じれ、割れたかと思うとその裂け目から何かが吐きだされ、その亀裂はしばらくそこに佇んだ後、何の前触れもなく消滅した。
その何かとは、裸の女性だった。
少年だけでなく新田の思考も停止していたが、いの一番に新田が駆け寄って上着をかぶせてやり、すぐさま家に連絡した。
少年はどうしていいのかわからないのか、ただ様子を見ている。
新田はどうやらことを終えたのか、安心したような疲れきったような微妙な表情で女性の顔を見下ろし、そのまま担ぎあげた。
「君も、いい加減に帰りなさい。次も同じようなことをやっていれば高畑教諭に通報するから二度とやるんじゃないぞ」
どこまでも他力本願なその言葉に思わず「かっこわりぃ」と零して去って行った少年の背中を見つめながら、新田は首を振ってタメ息を吐いた。
***
彼はとても疲れていた。
妻に事実をありのままに話すと「養子にしましょう! 反論は許しません」と言葉通り抵抗も許されず、とりあえずもういない娘の部屋に女性を運ばされることになった。
内心でとうとう頭がおかしくなったのかと呟きながら、彼は黙々と二階へ上がっていく。
世話は妻に任せて、新田は冷えたビールを冷蔵庫から取り出し、ニュースを見ながらちびちびとやりはじめた。
うまそうにサラミを食べていると、もう目が覚めたのか妻と一緒に例の女性が階段を下りてきていた。その姿を改めて見据え、どう見ても養子にするというには無理がある、と新田はまた心内で愚痴を吐いた。
「ありがとうございました」
「あ、あぁ。構わんから、とにかく頭をあげなさい」
何度も礼をする彼女を見かねて、困ったようにしかめっ面でそう言う夫を微笑みながら見る妻は、その手を引いて席に着かせた。
「そういえば、名前は何て言うのかな? 私は新田かなえ。あっちは私の夫の新田春夫」
「………その、名前はですね……」
新田はあんな風に登場した女性なら何か事情があるのかもしれないと思い、妻を嗜めるように見つめた。意図は伝わらなかった。新田は少し悲しくなった。
「ハルが言うにはあなた、空間の裂け目から飛び出てきたらしいんだけど……やっぱりわけありなの? お姉さん話して欲しいな~」
見た目こそ20代の彼女ではあったが、実年齢は40代前半である。もちろんお姉さん発言に新田は口を挟まない。ただ酒を飲んでいるだけだ。
「どこから来たのかなー」
「えぇと、ここは、日本ですよね」
「そうよ? 日本の麻帆良ってところ」
「麻帆良……?」
「えぇ。知らない? すごーく大きな学校のある場所なんだけど。ちなみに関東ね」
「では冬木という地名に心当たりはありませんか?」
「聞いたことないわね。ハルは?」
「……ない、な。どうしても気になるならネットで調べてみなさい」
「そうですか、ありがとうございます」
それきり、彼女は黙り込んでしまった。
何か気になることでもあったのだろう、そう判断すると新田は空になった缶を処理してそそくさと席に舞い戻った。彼女はまだ黙っている。
「まぁ、いいじゃないかかなえ。もう10時半だ。話は明日にすればいい」
「そうね。じゃあ、え~っとさっきの部屋に戻りましょうか。行きましょう?」
「すいません。お世話になります」
「いいのよ~身体で返してくれれば」
「わかりました」
「冗談だから。冗談だからね?」
かなえはそのまま戻ってこず、新田は洗い物を片付けて風呂に入った後、独り布団で眠った。
***
目が覚めると新田かなえさんが隣にいた。やはり夢ではなかったらしい。
彼女を起こさないようこっそりとベッドを出て、鏡台へ向かう。椅子に座り、鏡の中の自分と向き合った。
さて、状況を整理しよう。俺の名前は……エミヤシロウとはいえないな。どう見ても外見はアイリスフィール=フォン=アインツベルンそのままだ。
錆びついたような赤色の髪と瞳を除いては。それに頭の中には衛宮士郎とアイリスフィールの記憶がある。
どうしてこうなったのか。投影は行えるのか。できるだけの推測を行おう。
感覚として分かることは俺の中にアヴァロンがあるということだ。
セイバーなしで発動することはありえないはずだが……しかし現状、崩壊したはずのエミヤシロウの肉体がこんな風になっている原因をアヴァロン以外に求めるのも難しい。とりあえず、そうなのだと仮定しよう。
……アイリスフィールもエミヤもアヴァロンを所持していた。エミヤにはアイリスフィールの記憶など覗きようがない。ならばアイリスフィールの記憶をアヴァロンが記憶していた?
そして不可解だが、今の俺はこの二人のどちらとも同一性を持てていない。思考がエミヤシロウに傾いているのは、俺の性別が問題なのかどうか……どうにも、埒が明かないな。
まぁとにかく、投影が行えるかどうかは、魔術回路を回してみれば分かることだ。
目を閉じて、撃鉄のイメージを思い描く。
「おはよう」
「――――おはようございます」
首を振ってイメージを振り払い、立ちあがる。
「起こしてしまいましたか?」
「いいのよぉ。それよりちょっとお話しましょうよ」
「……はい」
***翌朝***
「私、あなたの名前を考えたの。聞いてくれる?」
「は、はぁ」
一晩で仲良くなったのかと、新田春夫は戯れる二人を見て思う。
夜中にメールが着て、この名前でいいわよね? とただそれだけのために起こされた彼は少々不機嫌だった。だが、無表情で妻のスキンシップから逃れようとする女性を見て思いなおし、彼は自分で作った朝食を並べ、無言で席についた。
「あなたの名前は今日から新田泉! どう? どう?」
「いずみ、ですか……ありがとうございます」
「でしょう!?」
「ですが新田というのは」
どう見ても外国人であろう彼女は、外見に反して義理がたいというか遠慮しいな性格であるようだった。どのみちそんな彼の偏見も、妻が気に入っているという時点で取り除かれてはいる。人のいい彼はただのそれだけで、このまま放りだすのも気が引けると思ってしまっていた。
「とにかく、食べなさい。ほらかなえも。ご飯が冷めてしまう」
**
朝食を食べ終わり、歯磨きや顔も洗い終えて、新田は昨日の続きを始めようと座に臨んだ。
SF好きなのもあって彼は正直、彼女がどのように現れたのかということに対して興味津津だった。
「さて、泉ちゃん。改めて。あなたはどこからどのようにしてここへやって来たのかしら?」
「…………」
「信じられないようなことでも信じるわよ? ハルも私も結構そういうことに縁があるし。だから、話してみなさい。あんな顔してるけどハル、聞きたくてたまらないみたい「おいっ」ね? それに話すまで離さないからそのつもりで」
新田は眉間を抑えながら、自分たちの顔を交互に見て逡巡する彼女の声を待った。
「私は、―――――」
彼女は自分が異世界から来たと話した。
通常なら嘘か何かかと疑っただろうが、今回は違う。彼は泉が空間の割れ目から出てきたのを見ているし、取り繕ったような笑顔で話す彼女が嘘をついているとは、彼には思えなかった。
長年教師をやってきた彼にはそれなりの洞察力が備わっている。
この場合泉は助けてくれた人間が請うたモノを渡しているだけのように、新田には思えた。その後、どう思われてもいいとでもいうように。
「ということは肉体的には母親だけど、精神的には0歳ということなのかな?」
「はい。逆に衛宮とアイリスフィールを足した精神年齢と言えなくもないですね」
「ややこしいわね~。ねぇハル。学園長先生に頼めば戸籍は作ってくれるんでしょう?」
「……以前融通してもらった人がいたのを、知ってはいるがね」
常識的に考えて無理だろうと抗弁する暇さえ夫に与えず、かなえは話を続けていく。
「う~ん。じゃあ、中学生からやり直してもらおっか」
「しかしそこまでお世話になるわけには」
「え?! 嫌なの!?」
「いや、その」
「嫌!? でも私は諦めない」
「しかし、」
その後、勝負は彼の妻の圧勝に終わり、彼は学園長に新田泉の戸籍を都合してもらわねばならなくなった。彼女は小学校からやってもらいたがっていたが、さすがにそれは彼自身が止めた。
「じゃあ、今日から私のことはお母さんと呼んでね。ハルのことはお父さんで」
「……はい」
「もっと自然体でいいのよ? こうヌボーっと」
「善処します」
――彼らの人の良さに甘えるのは、それまでにするか
泉はどうせ戸籍など都合できるはずもないと考えていた自分を後日、詰るはめになる。
「よきにはからえ」
これから学園長にどうして戸籍が必要なのかと、その理由を率直に伝える必要があることを思うと憂鬱だったが、朝から騒がしい我が家が少し、娘がいたころを思い出させ、彼は懐かしむように小さく笑った。
「よっしゃー! 香夏子に電話しよっ」
次いで受話器に飛んで行った妻を見送って、黙り込んだまま表情をぴくりとも動かさない彼女に、彼はできるだけ柔和な笑みを浮かべた。
「部屋は好きに使っていい。必要なものがあればかなえに言いなさい」
「了解しました」
その後は沈黙が続き、はやく戻ってきてくれと願いながら、新田は意味もなく空のコーヒーカップへ口をつけ、読み終わった新聞を眺めていた。