シンオウ地方から帰ってきて数日が過ぎ、月曜日がやってきた。
ミノちゃん達は大分ここに住み慣れ、今や当たり前のように裏庭の住民と化している。
キッパさんは畑を回り、ミノちゃんは木の枝で過ごし、ダイトさんはナゾノクサやスボミーと一緒に土の中で寝ている。
遠い地方から遥々やって来た彼らが新しい環境に慣れてくれてほっとした僕は。朝の恒例である畑の整備を始めることに。
そうやってノンビリと裏庭で過ごしていて、もうすぐで開店時間になる頃。
「うひょひょ。お邪魔しますよ」
変な笑い方をする太った男性が、2人の男女を連れて裏庭に直接やって来た。
「あ、いらっしゃい。そろそろ店を開こうとしていたんで、御用件なら店の方で聞きますよ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが私達の用件は売り買いではないのでしてね、こうしてガーデンまでやってきた次第です。ひょひょひょ」
結構丁寧な人だね。裏庭の看板の注意書きを見てくれたのか、看板前で立ち止まっているし。やっぱり笑い方は変だけど。
3人ともビジネスマンのような服装をしているし、デボンのお偉いさんか何かな?後ろで直立している2人は彼の部下とか。
「ご丁寧にどうも。立ち話もなんですし、あちらのテーブルでお話とかどうでしょう?」
「店の方はよろしいので?」
「ここしばらくは落ち着きましたし、開店直後はあまり人が来ないんですよ。本格的に客が来るのは10時ごろなので、大丈夫かと」
「……それでしたら、お言葉に甘えさせて貰いましょう」
「それじゃあ僕についてきてください。『まきびし』が撒いていない……」
「いえ、それには及びませんぞ」
そう言って彼は裏庭に足を踏み入れ、部下らしき2人もその後に続く。
……凄いや、芝生に隠れている小さな『まきびし』が見えているかのように、しかし足元を見ずに平然と歩いている。
注意書きを読んでいながら堂々と歩く様を見た僕は、失礼ながら「へぇ~」と声を上げてしまう。
「凄いですね。『まきびし』が見えているんですか?」
「まぁこの程度ならノープロブレムですな。うひょひょ!」
大きなお腹を張って自慢げに言った。意外とお茶目な人なのかも。
対応が丁寧で口調も柔らかく、それでいてちょいとお茶目なビジネスマン。うん、好感度高いなぁ。
気のせいかポケモン達が彼らを警戒しているようだけど……きっと後ろ2人の目つきが怖いからだろう。うん。
―――
普段はご飯を食べるために用いるテーブルにテーブルクロスを掛け、4人分の椅子とお茶菓子をご用意。お茶請けはオボンクッキー。
「……そちらのお2人もお座りになられては?」
「ご心配なく」
「お気になさらず」
部下らしき2人はそう言って彼の後ろに並んで立ち、結局座ったのは僕と彼だけ。真面目というかお堅い人達だなぁ、トホホ。
商談らしいので対面する形で座るんだけど、部下2人が立っているからかちょっと緊張する。ええい、いつも通りに接すればいいんだ!
「では改めて自己紹介を。私はデボンコーポレーション社ミナモ支店のメンバー、ホムラと申します」
「ホムラさんですね。僕はハヤシといいます。さっそくですけど、うちへの用件ってなんでしょうか?」
「おお、話が早くて助かりますな。実は木の実栽培に詳しい貴方に栽培して欲しい木の実がありまして……」
支店とはいえ、デボンコーポレーションの人がうちのような個人経営の店に木の実栽培を?中々無いなぁ。
そうホムラさんが言い終わると同時に、女性の方が一歩前に出て、持っていたアタッシュケースをテーブルに置く。
そのままアタッシュケースを開くと、中には緩衝材に半分埋もれている木の実が十数個ほど……って。
「こ、これはまさかタマンタ!?」
ついキンセツ流ポケモンダジャレを言ってしまったが、この木の実って図鑑でしか見たことがない、あのレアな……!
「た、タマンタ?……いや失礼。チイラの実とヤタピの実、これらの栽培し、増量させて欲しいのです」
ホムラさんには悪いけど、僕は非常に珍しい木の実を目の当たりにして震えが止まらないとですよ!
一流トレーナー同士のバトルとかバトルハウス特集番組ですら一握りしか使われた所見たこと無いけど……やばい涎が。
いやいや、こんな貴重な木の実となれば慎重に話を進めなければ!邪念を振り払うように頭を軽く振り、ホムラさんに向き合う。
「こ、こんな貴重な木の実を育てて貰えるのは光栄ですけど、何故うちに?木の実名人と呼ばれる方が居ますけど、そちらに任せた方がいいのでは?」
ホウエン地方では有名な木の実名人なら間違いないだろう。何度かお世話になったけど、あそこの畑は凄いの何の。
チイラやヤタピほどではないがホズの実など珍しい木の実も沢山あるし、畑は広いし、収穫する量も多い。
最近のあそこはバイトやお手伝いさんを雇うようになったが、それでも人手が足りないらしい。おじいさんも大変だ。
「あー……実は木の実名人にもお声をかけたのですが、先客がおりましてね。申し訳ありませんが御宅の店は次点でセレクトした次第です」
困ったように眉を歪ませるホムラさん。なるほど、タイミングが重なっちゃったわけね。
申し訳ないとはいったけど木の実名人の次にうちを選んでくれたのは正直嬉しい。
「――」
「何か言いました?」
「ああいえ、コチラの話です」
舌打ちして何か囁いていたけど……きっとライバル支店に取られたか何かで悔しいんだろう。
とりあえず木の実名人はダメだったのは解ったし、任せて貰えるっていうんならそれでいいや。
「解りました。ですけど、初めて育てる木の実なので、もしもを考えて今の半分の量でよければ引き受けます。それでいいでしょうか?」
「ふむ。貴方の反応を見る限り、初めてというのは本当のようですし……ではそれで頼みますよ」
「ありがとうございます。ちなみに期限や目標数はどれくらいで?」
「期限は1ヶ月以内。一週間毎に直接お伺いしますので、その際に目標数に近ければお受け取りします」
「随分と悠長ですね……もしかして相当な個数を用意する必要が?」
「はい。ざっと100個ずつですかな」
「ひゃ、100!?」
二種類だから、計200個!?多いよ!支店で売り出す分と考えれば妥当かもしれないけど、すげぇ多い!
驚愕する僕を余所にホムラさんは電卓を取り出してポチポチ押し出す。すまし顔で。
「いやはや、何せ貴重な木の実です、多い事に越したことはありませんからな。収穫した木の実1つにつき……このプライスでどうでしょう?」
ホムラさんが置いた電卓の数字を……これ木の実1個の卸値にしては高くね?
「そうそう、もし余ったらそちらの取り分として木の実は差し上げ「やります!やらせてください!」、ひょひょ、驚くほど食いつきましたな」
してやったりと言わんばかりの笑みだけど、チイラとヤタピを分けてもらえるって言うんなら受けざるを得ない!
僕はガーデニングマニアであり、草ポケモン好きであり……木の実収集家でもあるんだから!何のために木の実畑を作ったんだって話だよ!
「うひょひょ、やる気があるようで結構です。では頼みますぞ」
「合点承知のストライク!」
「……ノーコメントで」
流していただいて結構!今の僕はテンションマックスなのです!
やっはーい、珍しい木の実だー!育て甲斐がありそー!余ったらさらに栽培しちゃうもんねー!
まぁ落ち着くとして、連絡先やら雑談やらしてお開きにしますかね。
「うひょ?マルチナビをお持ちでないんですか」
「まるちなび?」
「ポケナビのパワーアップ版で、最新器ですよ」
あー……ライブキャスターを買ったと思ったらコレだよ。
―――
●ホムラ視点
ふむ、すっかり遅くなってしまいましたな。お茶請けの菓子が美味しくてつい買い占めてしまいましたよ。
さてと、2匹のオオスバメに掴まって空を飛んで帰路についていますが、急いでキンセツ支部に戻らなくては。
「よろしいのですか、ホムラ様」
「何がです?」
「半分とはいえ、貴重な木の実をあの方に手渡してよかったのかと」
相変わらずの能面顔ですねぇ2人とも。部下とはいえ、いい加減に楽にしてもいいと思いますがね。
「まぁ在庫はあるのです。こちらでも栽培を検証していますし、増えればラッキー程度に考えていいでしょう」
要は、より多く木の実が増えればいいのです。全てとは言いませんが、ある程度の数の団員に配って戦力が強化できれば越したことはありません。
ピンチ時限定とはいえ、攻撃力を上げるチイラの実と、特殊攻撃力を上げるヤタピの実。たかが下っ端でもこれらがあれば若干の戦力アップになるでしょう。
「どんな些細なことでも、我々マグマ団の為になるなら何でも利用する。それが私の信条なのですよ。うひょひょ!」
何せ1つでもあれば木の実はバンバン増えていくものなのです。元値を考えても充分なお釣りがでます。
その為に有名な栽培師に託すのですよ。まぁ身分は偽っていますがね。
「それより仕事はまだまだありますよ。マグマスーツの開発やらアジトの再興やら色々あるんですから。お前達もしっかり働いてもらいますよ?」
「「了解」」
No.1の座を得る為にも、明日からも頑張らなくてはなりませんね。頼りにしますよ2人とも。うひょひょ!
「……ところでホムラ様、合点承知のストライク、とはどんな意味でしょうか?」
「あ、まさかタマンタの意味も是非」
「……ノーコメントで」
本当にギャグの通じない方々ですねぇ……多分ダジャレだと思うんですが、いかんせん無理がありますよね、あれ。
少なくとも……リーダー・マツブサとカガリには1マイクロも受けないこと必須でしょうな。笑う顔とか想像も出来ませぬ。
―続―
ハヤシ、知らぬ内に悪の組織の片棒を担ぐ羽目に。しかし喜々として栽培します(笑)
アルファサファイア版を買ったからかホムラの口調が怪しいです(汗)
ちなみに作中でホムラが囁いていたのは
「アクア団め、野蛮な連中と思って油断したぜ」
……です。乱暴な口調。