蛭子影胤事件はゾディアックガストレアが消失した事によって事態は沈静化していった。途中、謎の存在であるデジモンたちの激戦も起きたが大きな被害は起きなかった。
そして、その翌日後にゼツは聖天子の向き合う位置にて椅子に座っていた。
嘗ては皇居があった場所、そこに建てられている聖天子が責務を行なう場所にて呼び出されていた。ゼツが座る左右には蓮太郎と木更が座り、向かい合った場所には聖天子が座っていた。その聖天子の一歩背後には菊之丞が巌の様に佇んでいる。
「……先ずは、任務お疲れ様です。身体は大丈夫ですか?」
「まっ痛いのは痛いけど、動けないほどではない」
「そうですか」
「それが言いたい為に態々このような場所に呼んだ訳じゃないよね?」
「そうですね。では、デジモンに付いて色々と聞かせてもらいます。ゼツくん、彼方のこともです」
「ふむぅ……」
顎に手を置いて複雑な表情を浮かべながらゼツは考える。そして、顎に置いていた手を離して自身の隠していた秘密を語りだす。
その内容は蓮太郎たちも聞き覚えのあるものから、聞き覚えのないものまでもが含まれていた。
自身の地球にはガストレアはいない。ネットワーク内には異世界と呼んでもいいデジタルワールドがある。デジタルワールド内を旅をしていたら何時の間にかこの世界にいた。
教えられた内容に聖天子や菊之丞たちは終始、表情を変えることもなく耳を清ませて聞いていた。そして、ある程度の説明を終えて少しだけ溜息を吐くと聖天子が何かを決意したような表情を菊之丞に向けた。
「……説明御苦労様です。色々と分からず納得出来ない部分もありましたが、先ず最初に今後デジモンの力を無闇に扱わぬよう此方で監視したいと思います」
ゼツの眉間に皺が寄りだす。だが、直ぐに怒鳴る事もなく黙ってきく。
「勿論、ゼツくんにとってはデジモンは家族と同義的な存在ですので愉快に思わないでしょう。ですが、一体だけでもエリアを破滅できる力を内包した存在を東京エリア統治者である私が管轄出来ていないとなれば、周囲から要らぬ誤解を招く恐れがあります」
ゼツ自身もそれに付いては色々と考えていた。
このガストレアで蹂躙された世界ではデジモンの力は人間の希望にもなるし絶望にもなる。そんな存在であるデジモンが統治者ではない民警一個人が持っていい戦力ではない。
「周囲のエリアの軋轢を起こさないため、デジモンの戦力投入は私の許可なしではしないで下さい」
それは統治者である聖天子の許可なしでは使用できないと言う意味でもあった。各民警たちの手綱が聖天子にあるように、ゼツのデジモンにも手綱を繋ぎたいのだろう。それは致し方ないと思うゼツではあったが、
「断らせてもらう」
意味も理由も全てを理解しながらゼツはその申し出を拒絶した。
その言葉に左右に座っている二人の額には嫌な汗が浮び、菊之丞は射抜くようにゼツを睨みつける。だが、その中で聖天子だけは一切表情を変えなかった。
「……では、東京エリア統治者の聖天子ではなく、一個人としてゼツくんに相談があります。デジモンの投入を控えてはくれませんか?」
微笑を浮かべて両手を顔の前で合掌しながらゼツにお願いする聖天子。序でに首をコロンとかしげた。
その表情は色々なメディアに見せた冷徹に徹した表情ではなく、歳相応の愛らしい可愛い表情だった。
『……はっ?』
「…………ゑ?」
一瞬、その場の空気が凍った。
菊之丞と蓮太郎、木更は素頓狂の表情で口をポカァと空けて唖然としており、ゼツも遅れて頭上に『?』を浮ばせる。そして、最初に反応したのはゼツだった。
身体を丸めて肩を震わせ、笑い声が聞える。どうやら笑いを堪えているようだ。だが、結局は我慢が出来ずに今まで見たことのないような腹を抱えながら爆笑しだした。
「アハハハッ! ヒィーヒィー、少し……待っ……笑いが、止まッ……アハハハッ!」
足をバタつかせて腹を押さえて笑いを抑えようとするゼツではあるがツボに入ってしまったのか一向に収まらない。それから二分ほど存分に笑ったあとゼツの目元に涙を浮かべながら聖天子を見詰返す。
「ふふっ良いよ。一個人のお願いじゃ仕方ないかな」
「出来れば一度だけ連絡を入れてくださると私的には嬉しく思います。ダメですか?」
「あはは。うん、その程度は構わないよ。後で連絡先教えてね」
「はい。それでは後ほどお教えしますね」
他三名を無視して勝手に話が決まってしまった。
そのやり取りは政治的なのは一切なく、まるで友達と相談しているようにも見えた。だが、それを良しとしないのが一名いた。天童菊之丞であった。
「お待ち下さい聖天子様ッ! そのように勝手に決められては困ります!?」
「何が困るのですか菊之丞? ゼツくんは先程デジモンの使用を抑えて下さると言ったではありませんか。当初の目的は達成されました」
先ほどの微笑を消して聖天子は振向いていけしゃあしゃあと述べた。だが、それでは菊之丞は納得しなかった。
「いいえ、本来の半分の達成されていません! あの様な危険な存在を我等の管轄から離れて好き放題動くなど、周囲のエリアから付け入られる恐れがあります! 本来の目的であった化物の全権を我等の手に!」
「菊之丞。それはゼツくんから家族を取り上げろと言うのですか?」
「あの様な化物を家族など」
「口を慎みなさい菊之丞。ゼツくんを東京エリアの敵に回したいのですか?」
「ッ!?」
菊之丞に二つの影が射した。
獣の唸り声が耳元から聞えてくる。凄まじいほどまでの殺気に蓮太郎や木更は背中から冷汗をかき、菊之丞は強烈な殺気のありまりに身動きは出来なかった。
「あっ自分は何も指示なんてしてないからね」
「この二体は家族想いですね」
「苦楽を共にしたからね」
室内全体に満ちる殺気のなか、聖天子は平然としておりゼツと話を続けた。だが、このままでは話が続かないと聖天子は少し困った表情を浮ばせる。
「このままでは話が出来ませんので殺気を引かせても?」
「それは良いけど。次は何を仕出かすか分からないからね」
「お願いします」
パンパンっと二回ほど手を叩くと室内に満ちていた殺気が失せ、二つの影は蜃気楼のように消えてなくなった。
空間に圧し掛かっていた殺気と言う名の重圧が無くなり、三人は深い溜息を吐きだす。菊之丞の呼吸が落ち着いた後、聖天子は話を続けた。
「菊之丞、私は最初に述べました。縛りはする、ですがそれは緩いものだと」
「ですが……」
「まだ分かりませんか? 私たちの様な権力者から命令した所でゼツくんは決して屈する事は無いでしょう。ましてやゼツくんに何かが起きれば二体のデジモンは黙ってはいない。ならば一個人として、お願いや約束ならば従ってくれるでしょう」
「無茶なお願いじゃなければねぇ」
手をヒラヒラして返事を返すゼツに微笑みで返す聖天子。
菊之丞は悔しげにゼツを睨むが、その当人は飄々とした態度を見せて平然としている。神経が図太いのかふてぶてしいのかさて置き、流石にこれでは二体のデジモンを抑えるのは不可能と判断した菊之丞はその場を引いた。だが、それでも菊之丞はデジモンの力を押さえ込み我が手中に納めるために虎視眈々と狙いを定めていた。
「じゃっ帰って良いかな?」
「はい。後日改めて連絡先などをお教えしますので宜しくお願いします」
「りょ~か~い。じゃっ帰ろっか蓮太郎に木更さん」
「あっあぁ」
「そっそうね」
未だにデジモンの殺気に当てられて身動きが出来ない二人、その姿にゼツは少しだけ苦笑混じりな顔を見せて動けるのを待つのだった。
それから数分程度の時間をえて二人は動けるようになり、その場を後にして玄関前に待っていた延珠と合流して彼等の会社に戻ってきた。
会社に帰って木更は何時もの場所の椅子に座って大きな溜息をつき、蓮太郎も同じく近くにあった椅子に座って同じく深い溜息をついた。その二人に不思議そうに見詰る延珠にゼツはその理由と訳を説明すると、空笑いをする。
「流石に仕方ないのだ。デジモン、それも完全体以上の殺気は妾ですら恐怖を感じる」
「そうなんだ。完全体程度の殺気なら怖くは感じるが、竦むほどじゃないんじゃない?」
「それはゼツがデジモンに対して馴れているからであろう?」
「あっ、そっか。その差があるのか」
「ゼツだって最初は恐怖したりはしなかったのか?」
「流石に最初はしたよ。完全体に会ったのは2~3年前ぐらいの頃だったし、相手がヴォルクドラモンだったから最悪だったな」
「ヴォルクドラモンとはどの様なデジモンだったのだ?」
「簡単に言えば活火山の身体を持ったブラキオサウルスかな。普段は大人しく争いは好まないんだけど、タイミングが悪かったのかすっっっっっごく機嫌が悪かってさ大暴れしてて、標的にされて攻撃を受けた。その頃はディアボロモンは成熟期のクリサリモンだったし、ミレニアモンは未だに居なかった状態だったから必死に逃げて逃げて、最終的には海に逃げ込んだ」
「さっ災難だったな、ゼツ」
「今では相手して負けないだろうし竦むことな無いだろうけど、その当時は俺は涙目で逃げてたのは覚えている」
次はゼツが深い溜息をついた。
その姿にどれだけ災難な目にあったのか想像も出来ない延珠は空笑いしてご愁傷様だと思うのだった。
それから延珠が準備した緑茶を飲んで一服していると木更が真剣な表情を浮かべてゼツに視線を向けた。
「さて、色々と立て込んでいて聞きそびれてたけど……あの子は何者なのゼツくん?」
「タクマ、の事か……」
皆が脳裏に浮ぶのはゼツと同じくデジモンを従える子供――タクマ――の姿。そして、あの異様なまでのゼツの怒り具合であった。
「そう……だね。少しだけ話そっか」
ゼツとタクマ、その二人の浅からぬ因縁を語りだした。
デジタルワールド。
数多のネットワークが混ざり合って構築された世界。そこにはデジタルモンスター、略してデジモンと呼ばれる生命体が跋扈していた。
その世界では弱肉強食。弱者は強者の糧となり、糧を得たデジモンが新たな進化を遂げていった。そんな中でゼツは一つのタマゴとスマホを持ってデジタルワールドに降り立った。
当初は右も左も分からなかったゼツは、不安に押し潰されそうになりながらもタマゴから孵ったばかりのクラモンを抱えて逃げ隠れするしかなかった。
やがてクラモンはツメモンに、次にケラモンへと進化を遂げた。その頃から色々な所にカードが落ちており、そのカードを具現化させられることを知ったゼツはケラモンと共にデジタルワールドを生き延びた。
たとえ、火の中水の中草の中森の中土の中雲の中……兎にも角にも戦い生き延びやがてはケラモンは究極体のディアボロモンに、途中から仲間になったミレニアモンを供にしてデジタルワールドを旅を続けていた。その頃、自分と同じくしてデジモンをパートナーにしてデジタルワールドに降り立った子供が複数居ることを知った。
ゼツは彼等に接触してデジタルワールドの仕組みや生き延びる術を教えていった。
一人助ければ二人、二人助ければ三人、それが続きやがては一つの団体が出来上がった。それが後に最強グループ一角と呼ばれる様になる『ノーネーム』である。タクマはそのメンバーの一人だった。
タクマはお母さん子だった為かデジタルワールドに迷い込んだ当初はずっと泣き続けていた。泣いて、疲れては寝て、起きては泣いての繰り返して周囲のメンバーも困っていた。そこでゼツはタクマを面倒を見ることとなり、やがてはゼツを兄と慕い一角のテイマーへと成長していった。タクマのパートナーはギルモンであり、聖騎士であるデュークモンに進化が一番近かったペアだったが、ある"事件"が起きてしまいグループから離反して『人類滅亡』を第一に動き出した。
そして、ゼツは自身の二体のデジモンを連れ、タクマとそのパートナーのギルモン共々消滅させたのだった。
社内は重たい空気が漂う。
だが、肝心のタクマがゼツと敵対関係になった"事件"に付いては触れられていなかった。それに不思議に思った蓮太郎はそのを問うと、渋ったような顔を浮かべるゼツは顎に手を置いて口を開いた。
「事件って言うのは簡単に言えば政治関係の話だよ」
「政治関係?」
「タクマの家庭は病弱な母親一人の母子家庭だった。そのお母さんがある日、殺人罪の罪で警察に捕まった。タクマのお母さんは無論無実を訴えたが聞き入れてくれずに有罪、刑務所に入れられた。その原因なのかは知らないが病弱だった身体は一気に悪化していって最後には息を引取った」
「亡くなったのか」
「うん。だけど、そこから一気に荒れた。その逮捕が誤認逮捕だったのが後に分かってね、それを企てたのは国会議員の一人だった。理由は単純明快、その議員の息子が殺人の真犯人でそれを隠蔽する為に無実の人間に擦り付けた。その標的が偶然にもタクマのお母さんだった」
それを聞かされた三人は驚きの悲痛の表情を浮かべた。そんな三人を無視して話を続けた。
「当時はこの真実をタクマに聞かせまいとしたが、何処からか手に入れた情報でその事実を知ってタクマは暴走。ギルモンを連れて現実世界で完全体のブラックメガログラウモンに進化させて都心中央で大暴れさせた。それを止める為に当時『ノーネーム』リーダーだった俺自身が先頭に立ってタクマを鎮圧させた」
両手をギュッと握り締めて歯を食い縛って握った手を見詰ながら、今にも泣きそうな瞳を固く瞑って言葉を呟く。
「その戦闘は荒れに荒れた。デジモンの存在は未だに現実世界では隠匿すべき事柄で、直ぐに結界班がタクマ中心半径五キロに亘って封鎖、説得を試みた。だが、結果としては失敗して最終手段としてタクマを殺した。確かに……殺した筈なんだ。この手で……アイツの胸元を剣で……でも、生きていた。それも『奴』に魂を売ってまで」
「『奴』とは、誰のことだ?」
冷えてしまった緑茶をゼツは啜りながら苦虫を噛み締めた表情を浮ばせ、『奴』の事を思い浮かべて殺気を放つ。そんなゼツの姿に蓮太郎は『奴』が何者かを問う。
少しだけ教える事に迷ってしまうが、ゼツは『奴』の事を蓮太郎たちに教えた。
「奴って言うのは『アポカリモン』。一年ちょっと前あたり、『第一次闇黙示録戦争』の頭であり既に討伐されていた筈だったデジモン」
「だった?」
過去形として話すので延珠が首をかしげる。
その疑問にゼツは直ぐに話を続けた。
「だったて言うのはね、誰かがアポカリモンの残骸データを回収して復活させたんだよ。その誰かは、結局分からずじまいで調査を打ち切ったけど。俺的には
苦笑混じり笑みを浮かべるゼツの姿に他三名は何とも言えなかった。
今までゼツの強さは何処から来ていたのかと色々と疑問を浮かべていたが、これで疑問は氷解した。デジモンと呼ばれる存在が跋扈する世界デジタルワールドで生き延びたのだ、そりゃ強くなるわけだと蓮太郎たちは思う。ソレだけではなく、話的には大戦らしきモノに参戦している雰囲気の話もしていた。
「まっ色々悩んだって結果は変わらないし。そろそろ俺は帰るよ」
「帰るとはアッチにか?」
「そうアッチにね」
余った緑茶を一気に飲み干すとゼツは会社を後にして出て行った。
◆
ビルから出て、少しだけ離れた場所でディアボロモンを呼んで
目的地である
少しだけ長い廊下を歩きながら肉眼で自室の扉が見える距離に近付くと、扉の前に誰かが立っていた。
「ルリちゃん」
「お帰りなさい」
立っていたのはルリだった。
微笑を浮かべルリは帰ってきたゼツを出迎える。空の様に綺麗に輝くスカイブルーの瞳には優しさが満ちており、それを見たゼツは微笑みで返す。
「うん。ただいま」
「はい」
ルリの手に引かれて自室に入ると妹であるリアが居らず、友達であるマリアもいなかった。そんな疑問に気付いたルリは答えた。
「二人なら今日は調理当番ですから」
「そっか」
ゼツが座ると、その隣にルリが座る。
特に何も言わず聞かず黙ってゼツの前にお茶を置く。お茶を出してくれたことに礼を述べてから一口飲んで深く溜息をつくと、隣に座っていたルリが膝をポンポンと叩いた。
意味が分からずに不思議そうにするゼツに、じれったいと感じたルリは少しばかり強引にゼツ頭を掴んで無理矢理に自身の膝に置いた。
膝枕である。
「あの、ルリさん?」
「今日はゆっくり出来そうですか?」
「えぇ~っと、どうだろう」
聖天子には後日改めて会いに行かないといけないし、明日もまた民警として働かないといけない。此処に要られるのも今日一日程度だろう。
そう答えるとルリは少しだけ目を細める。
「なら今日はゆっくり休んで下さい」
一線だけ紫色のある黒髪をルリは優しく撫で始める。
ゆっくりと優しいテンポで撫でられる事でゼツは一気に眠気に襲われる。
(あぁ、こうして撫でられるのは母さん以来か)
記憶の奥に仕舞ってあった母の思い出を思い出しながら目蓋をゆっくりと閉じていく。
「色々と……あったけど、今日は……ゆっくりと……」
「今日だけは、ごゆるりと……」
優しく微笑むルリの顔を見ながらゼツの意識は眠りに落ちた。
これで第一章は終わりです。
何か聖天子が壊れた気もするけど気のせいです。はい。
現在、デジモン騒動編を書いている途中ですが、こちらは今のところ次に投稿出来るのは未定みたいな感じです。
プロットはある程度は出来ていますが、それを文にするのは大変です。まぁそれでも執筆中ですけど。
では、次回も楽しみに待ってて下さい。