あの蛭子親子の宣戦布告してから数日、いまだに雀が囀る時刻に蓮太郎たちが住んでいるアパートの裏の空き地に少年少女の計八名の子供たちが集っており、その子供たちは瞳を輝かせて蓮太郎を見詰ていた。ゼツと蓮太郎らは子供たちの顔に見覚えがあった。延珠のクラスメイトたちだ。
「お前らは俺の弟子入りしたい、と?」
「「「そうで~す!」」」
元気に返事を返す子供たちにゼツは欠伸を噛み締めながら眺める。
蓮太郎もまた欠伸を噛み締めながら、その見詰てくる子供たちに困惑の表情を浮かべて隣にいる延珠を見遣る。
「このガキ共を丁重にお帰りいただきたいんだが、どうしたらいい?」
「良いではないか、稽古をつけてあげるぐらい」
この事の発端は延珠が学校で蓮太郎のことを『格闘技の達人』と言い触らしたのが始まりだ。それを聞いたクラスメイトたちは興味を持ち教えもらおうと、休みで午後まで眠ろうと決めていた蓮太郎を延珠を叩き起こしたのだ。
「ししょー、視線だけでヒグマをショック死させたって本当ですか?」
「ししょー、素手で海兵隊の一個団体を壊滅させたって本当ですか?」
「ししょー、核弾頭受け止めて投げ返したって本当ですかぁ~?」
とんでもない程に尾鰭が付いていた。
延珠の話では蓮太郎は海兵隊を殺して核弾頭を受け止めたらしい。で、それを信じているガキ共にゼツは呆れ顔を浮かべた。
蓮太郎は頭を掻いて覚悟を決めたのか一回頷く。
「よく集ったなッ。俺が噂の里見蓮太郎だぜッ!」
沈黙。
居た堪れない空気が完成。目蓋を素早く瞬かせて蓮太郎はヘルプコールを延珠に送るのだが親指を立てて笑うだけで伝わっていない。次にゼツに向ってヘルプコールの視線を向ける蓮太郎ではあったが、ゼツはそれを親指を立てて下に向かって振った。
「ゼツお前。んんっ……えーとだなお前ら、期待を裏切るようで悪いが初段の俺に出来る事は限られてるぜ。俺程度じゃ伝授してもらえない奥儀はいくつも――」
「――そんなのどうでもいいので、必殺技教えて下さい」
流石は子供、純粋にカッコイイ必殺技が使いたいのだろう。それこそ特撮ヒーローやアニメ主人公のような一撃必殺みたいなものを子供たちは求めていた。
蓮太郎もそれは知っているので仕方なく溜息をつく。そして、空き地に生えているカエデの木の前に立つ。
「天童式戦闘術一の型三番――」
天童式戦闘術にはパンチの一の型、キックの二の型、その他の三の型、計三つの型が存在する。蓮太郎はパンチ技の一の型を選び、短く息を吐き拳に回転エネルギーを加える。
「――『轆轤鹿伏鬼』ッ」
放たれた拳は重く音と共にカエデの木を大きく揺らし、数枚の葉が落ちてくる。蓮太郎は息を吐き構えを解く。
「ど、どうだ?」
「速すぎて見えなかった~」「ただのパンチじゃん」「なんかショボいね?」「生木を叩き折ってよ~」「金かえせ~」「あすほーる、あすほーる」
蓮太郎は頭を抱えたくなった。どうしよう殴りたい。そう物騒な事を思う蓮太郎に、ゼツもまた子供たちをウザったく感じてきていた。
「いまのはウォーミングアップだよ。次はとっておきの技、天童式戦闘術奥儀の1つ二の型十一番『
「おお~」「ちょっとだけ格好いい」「名前だけジャン」「見てみないとなんとも、ね」
蓮太郎は今度こそと思いながらカエデの木に向き直す。蹴り技で今度こそへし折る気迫を持って高くジャンプする。ジョンプした蓮太郎に追いかけるようにゼツも視線が向ける。
「天童式戦闘術二の型十一番――」
気合の篭った意思を見せる蓮太郎。すると、隅っこでつまらなそうにサッカーをしていた少年が急に蓮太郎に向かってボールを蹴り飛ばしてきた。急なことで技の出掛かりを潰され態勢を崩し、頭からドブが詰まっている側溝に突き刺さる。
それを見た子供たちはどっと笑い出し、ゼツもまた噴出してしまう。
「超だぁせぇ。そんなへなちょこキックじゃゴミ虫も殺せないよ」
「まったくだ」
あの程度で集中が切れるとは情けないとゼツは溜息混じりに呟く。すると、周囲の子供たちはゼツに視線を集めた。子供たちのリーダー格らしき男の子が前に出て指を刺す。
「お前誰だと?」
「指すなガキ」
「お前だってガキじゃん!」
「格が違うは」
あからさまに延珠のクラスメイトたちを馬鹿にした態度を見せるゼツに、リーダー格らしき子供が再度指を刺す。
「何だよ偉そぉーに。だったら格の違いとか見せてみろよ!」
「「「そーだそーだ」」」と周囲の子供たちがリーダー格に賛同してゼツを挑発してくる。そこで、ゼツは軽く溜息を吐きながら連太郎が蹴ろうとしていたカエデの木に近付いて太い大木に手を添える。
「見てろ。すぅ~……はぁ~……――ハッ!」
深呼吸した後、全身の力を大木に添えている手に送り込む。深く、そして重い音が周囲に響くと同時にゼツは木から離れていく。それを見ていた周囲の子供たちは大木になんの変化が無いことに不満と挑発の声を漏らす。
「何だよ。何もないじゃないか、この嘘吐きめ」
「格好つけ!」
「ダサいよねぇ」
「ねぇ」
ここぞとばかりにゼツを攻め立てる子供たち。だが次の瞬間、カエデの木の全ての葉っぱが風船が破裂したかのように散った。急な出来事に、流石の蓮太郎や延珠たちも驚きの表情を見せ、それを見たゼツは不敵に笑みを見せて、
「これが格の差だ」
それだけを述べて空き地を去って行った。
◆
子供たちは蓮太郎の無様な姿をみて飽きたのか、空き地を去っていった。
子供が去った後、蓮太郎は寝直すにはすでに時間がかなり経過しており寝るのを止め、延珠とともに買物に出かける事になった。そこで、ゼツもまた延珠に誘われて付いて行くことになった。
蓮太郎たちの後を追いかけるようにゼツは歩き、アニメグッツコーナーにて延珠は足を止める。そこで、延珠がハマッているアニメ『天誅ガールズ』を蓮太郎は内容を聞いた。
「知りたいか?」
そこで蓮太郎は瞳輝かせる延珠を見て後悔した。っで、内用はと言うと義父・浅野を殺された大石内蔵助良子(魔法少女)が復讐を誓い、全国の四十六士を集めて吉良邸に討ち入るまでを描いた壮大な長編アニメだそうだ。『赤穂浪士系魔法少女萌え』がコンセプトだそうだ。
「魔法少女なのに復讐譚なのかよ」
「ふふん、そこが良いではないか」
「そ、そうかぁ? ゼツ、お前はどうだ?」
「…………びみょ~」
ゼツも微妙な顔を浮かべ、視線を大々的に映しているテレビ画面に向ける。「死ねぇぇ!」と少女が叫びながら凶悪な表情を浮かべブレードステッキを振り回する主人公魔法少女の
欲しい物を買い終えた延珠、玩具のブレスレットを腕に嵌めて嬉しそうに歩いている。序でに蓮太郎も同じブレスレットを嵌められている。
「何だコレは?」
「天誅ガールズたちが嵌めているブレスレットだ。仲間を欺いたり、嘘をついたりするとひびが入って割れるのだ」
「まるで『破鏡』みたいだな」
破鏡。離れて暮らすことになった夫婦が、鏡を二つに割ってそれぞれの一片を持ち愛情の証としたが、妻が浮気を働いたためにその一片が鳥となって夫の所へ舞い戻り、離婚してしまう昔話。それを蓮太郎は教えるが延珠に教訓の答えを聞くが「浮気はバレないようにしろ、です」と微妙に間違った答えを返した。
「っで、何で俺はコレを嵌めてんだ?」
「ペアルックだ!」
互いに嵌めているブレスレットを重ねる。
「これで蓮太郎は妾を欺くことは出来んぞ。木更のおっぱいに見惚れたとしても割れるぞ」
「えー、ワタクシ里見蓮太郎ハ藍原延珠ヲ愛シテイマス…………割れねぇな」
「事実だからだろ」
「チクチョウそう来たか。その返しは予想してなかった」
微笑ましい雑談。それを見ていたゼツもまた頬を上げて微笑む。
この風景、『奪われた世代』と『無垢の世代』の未来がこうあって欲しい切にゼツは思う。すると、蛮声がゼツたちが歩いている商店街に響き渡る。
「――そいつを捕まえろぉ!」
視線が蛮声する方に向く。煤だらけの顔、所々に修繕された後が見受けられる衣服、両手には盗品らしき飲食品を抱えて少女は走っている。そして少女の瞳は赤、呪われた子供である。
その少女は懸命に追手から逃げ、立ちはだかる位置にいた連太郎と延珠を見て、はっと立ち止まる。蓮太郎たちは金縛りにあったように動けなくなる。だが、その停止が追手に追いつく事になり少女は掴まってしまう。
大人達の複数の腕が少女を力任せに取り押さえ、少女の身体から骨が軋む陰惨の音がはっきりとゼツたちに聞える。
「放せぇ!」
地に舐められた少女は顔をゆがめ、猛禽の鋭い瞳を浮かべさせ牙を向かせて暴れる。観衆は誰一人として少女に同情を寄せない。
「泥棒め、貴様等は東京エリアのゴミだ」「よくやった! ざまぁ見ろガストレアめ」「喚くなうぜぇんだよ、この人殺しが」「貴様ら『赤目』が俺の親戚を皆殺しにしなければ」「くたばれ、『赤鬼』!」
鬼の形相を浮かべる民衆、それを見ていた蓮太郎は手近にいる一人に肩を叩く。
「おい、あいつがどうして……」
「盗みを働いて、声をかけた警備員を半殺しにしたんだ!」
事情を聞いたゼツは視線を延珠に向ける。今は2人の背後にいる為に顔は見えぬが、青褪めているに違いないと思う。すると、捕まえられている少女は手を伸ばして延珠に助けを求めようとする。
どうやら延珠を自身と同じ『呪われた子供』であると知っているようだ。その動作を見ていた延珠は震えながら手を差し伸べようとする。だが、その腕を蓮太郎が掴む。
急に腕を掴まれた延珠はハッと視線を蓮太郎に向ける。その顔には悲痛の表情を浮かべている。蓮太郎もまた、その少女を助けたいと思うが下手に手を出せば延珠が外周区の"呪われた子供"であると露見する恐れがる、故に関わらないようにしていた。
すると、蓮太郎と延珠の2人を割って一歩前に出たのはゼツであった。
「邪魔」
その一言。
一言、ゼツが述べると少女を取り押さえていた大人達が見えない何かで吹き飛ばされた。飛ばされたと言っても一メートルもない、精々打撲程度の怪我はあるかもしれないが大きな怪我人は居ないだろう。
吹き飛ばされた大人達を横目にゼツは少女に近付き、屈んで起き上がらせる。起き上がらせ、地に取り押さえられた時に付いたであろう泥や汚れを払い綺麗になると少女に笑顔をゼツは向けた。
「大丈夫?」
「なっ何で……」
少女は驚愕な顔をゼツに向けた。それは周囲の者たちもそうであった。
そして、少女を取り押さえていた大人の1人がゼツを指差して怒鳴る。
「何だお前、そのガストレアの仲間か!?」
「まさか人殺しのゴミを助けに来たのか!」
「おい、誰か民警に連絡しろ!」
周囲が更に騒ぎ出す。
この状況はヤバイと判断した蓮太郎、この場を後にする為にゼツの肩を掴もうと手を伸ばす。だが、肩を掴む寸前、急激な寒気に襲われた。
「黙れ」
ゼツは少女を引き寄せて抱きしめた後、殺気を孕んだ言を発した。
殺気を孕まされた言葉は周囲にいた者達にも確かに感じられ、騒いでいた大人達は顔を青褪めて黙ってしまう。
「先程からグチグチと訳分からん事を述べて、それでも大人か? 恥を知れ愚かな塵芥共」
「ヒッ!?」
ゼツの正面に倒れこんでいる大人達は瞳に恐怖を見せる。
蓮太郎と延珠は後ろに要るためにゼツの表情は見えないが、大人が怯えるほどの形相を浮かべているのかと思う。
「この少女は生きる為に盗みを働いた。だが、その様に追い込んだのはお前達大人たちの責任だと分かって言っているのか?」
「なっ何を」
「そんなにガストレアが憎いならモノリス外に出ればいい、だがお前達塵芥にそんな勇気も無かろう。故に力ない子供に手を出して自身の無力を誤魔化そうとする。ふん、これだから敗戦者の塵芥は醜くて嫌いだ」
見下す瞳で大人達を塵芥と罵声する。その罵声に周囲の見ていた観衆たちは反論しようとするがゼツの鋭い眼光で黙らせる。
「貴様等一体何をやっている!」
観衆を割って二人組みの警察官が入っていき収拾にかかる。
蓮太郎は内心でこの騒動が鎮火すると思いながら胸を撫で下ろす。だが、ゼツは一向に殺気を抑える事無く、警察を睨みつけていた。
警察たちはゼツに抱きしめられている少女を睥睨すると、状況を悟ったのか冷たい眼差しをむける。
「少年、その少女を渡しなさい」
「断る」
警察の申し出に、ゼツは真正面から否定した。
その予想外の言葉に警察たちはうろたえるが、直ぐに平常を取り戻し今度は怒鳴るようにゼツに命令口調で答える。
「公務執行妨害で君を捕まえる事だって出来るのだよ?」
「では、この少女は何故捕まえるのか答えてもらおうか?」
物を盗む、それは窃盗罪という歴とした罪だ。だが、だからと言って何も述べずに少女を、冷め切った瞳を浮かべて捕まえるのは話が違う。
確かに少女は罪を犯した、だがそれらは全て今の大人達の原因だとも言える。
「…………」
「答えないか。お前達警察は、"呪われた子供"だと判断して何も言わずに逮捕しようとした。――それが法と秩序を胸とする警察官のやることか!」
ゼツの雄叫び。
それと同時に待機していたミレニアモンがゼツの背後で実体をあらわす。ミレニアモンの咆哮は商店街全域に響き渡り、警察や周囲の観衆、蓮太郎たちすら怯ませるものだった。
「ば、化物!?」
「がっガストレアだ!」
「おっおい、ゼツ!?」
流石にやり過ぎだと判断した蓮太郎はゼツを呼び掛ける。だが、ゼツはそんな蓮太郎を侮蔑した視線を向ける。そんな瞳に、蓮太郎は息を飲む。
「蓮太郎、あまり俺をガッカリさせるな」
それだけを述べたゼツは少女と共にミレニアモンに掴まって、商店街を後にして飛んで行ってしまった。残された蓮太郎は何も言えず、去っていったミレニアモンの後を見詰た。
アニメの二話あたりのお話でした。
名前の知らない、蓮太郎が助けた後は病院に運び込まれてそのままフェードアウトした少女、その子を今回はゼツ君が助けました。
さて、ゼツ君は何処に行ったかと言うとそれは次回にわかります。
次回は少しだけご都合主義みたいな事になってしまいますが、ゼツ君の存在がご都合主義なので仕方ないよね!
では、次回も宜しくですよ!