影胤に差し出された手にゼツは、払った。
「……これは決別、でいいのかね?」
「悪いな。人間は醜く嫌いだ……それでも」
袖に入れていたスマホを操作してレオモンの剣・獅子王丸を具現化、袖から剣を出したように影胤たちに見せかける。袖から急に剣が出てきたことに影胤や待機していた小比奈は驚きを見せる。
「信じたい存在でもある」
「愚かな選択を犯したねゼツくん。小比奈、殺りなさい」
「はい、パパ!」
影胤の背後で待機していた小比奈は一瞬にして前に現れ、ゼツを切り裂こうと一対の剣を振り抜く。その動作に肉眼で追えたゼツは両手で確りと獅子王丸の柄を握り締め、衝撃に備える。
薄暗い小道、貴金属が弾き火花が散る。ゼツによる横一閃、それを小比奈は屈んで回避すると二振りの剣をX字を描くように下段から上段に向かって切り上げる。X斬り、それを半歩後方にゼツは下がり回避、前髪が少しだけ切れ宙に舞う。
舞う髪を気にする事無く持っている剣を逆手持ちにして、薙ぎ払うように振る。だが、その一撃は空を切るだけだった。
「……避けられたか」
「ほう、小比奈相手に白兵戦で負けないとは……それに、その剣ただの剣ではなさそうだ」
「パパ、あのちっさいの強い!」
ゼツを監視しながら後方で傍観している影胤。だが、内心では驚いていた。
影胤が事前に調べた調査結果では珍しくバラニウム製の矢を使った後方タイプと判断していた。だが蓋を開けた瞬間覆された。娘であり"呪われた子供たち"である小比奈と互角以上に接近戦で渡り合い、普通の子供とは思えないほどの冷静力。その結果に影胤は自身の目に狂いは無かった判断する。
「成程、実力を隠していたのかい。照れ屋なのだね」
「自身の手の内は早々出さないものだ」
ゼツは獅子王丸を逆手で持ち構える。その姿に子比奈は踵を蹴って凄まじい速さでゼツに突貫する。そのスピードとパワーの乗った一撃はゼツの想像以上のものであり後方に押し切られる。
押す力が弱まると二刀流特有の眼にも止まらぬ素早い連続切りが繰り出される。繰り出された連続切り、それを全て獅子王丸で受止めるが次第に押し切られだしてしまう。
ゼツは焦る。余りにもこの子供は強いと。
「小比奈ちゃんは、強いな」
「……名前」
「えっ?」
連続で放たれる剣戟をゼツが受止めながら小比奈を評価すると、急に小比奈が名前を問うてきた。急な問いにゼツは驚きながらも直に答えた。
「ゼツ、苗字は、捨てた!」
「私は、蛭子、小比奈!」
斬り合いながらの会話。
余りにも普通から懸離れた風景、だがその2人はダンスを待っている様にも見えた。だが、そのダンスも終わりを迎えようとしていた。
急に小比奈の剣が外に大きく弾かれる。
「えっ!?」
それに大きく驚いているのは小比奈自身であった。
確かに押していた。相手ゼツが反撃する隙すらも与えぬように絶え間ない攻撃を続けていた筈、それなのに何故自身が押し返されているのか。それに理解出来ない子比奈は始めて焦りの表情を浮かべる。
一方ゼツは小比奈の動きに完全に捕らえていた。最初は何か裏の攻撃方法でもあるのかと思いながら凌いでいたゼツだが、小比奈の攻撃は単調にして素直、ただ単に自身のスペックをフル活用しているだけのゴリ押し。それを理解したゼツは、反撃に移った。
左から来る剣戟を剣で往なし、その状態から右から来る剣戟を柄頭で弾く。そして、空いている腕で小比奈の喉元に肘突き。その肘突きを小比奈は驚きながらも回避、だがそこから膝蹴りを放つ。
「ぐあっ!」
「劣化・獅子羅王漸!」
強烈な獅子王丸の一撃。膝蹴りされて怯んだ小比奈は必死に二本の剣で防御を固めるが、その一撃は防御させた剣を砕き、後方へと弾かれ吹き飛ばされる。
娘である子比奈が破れた。その結果に影胤は大いに驚き、そして狂喜した。あの"呪われた子"に勝てる子供が居ようとは、そう思いながら吹き飛ばされた子比奈を回収する。
「見事だよゼツくん。君は私が想像するより遥か頂に居るようだ。大丈夫か娘よ」
「うっ」
片手で担がれた小比奈は苦痛の表情を浮かべながらゼツを見詰る。
ゼツも勝負あったとして身体を楽にして蛭子親子を見詰る。だが、いつ攻撃されても良いように警戒は解いていない。
「次、必ず殺す!」
「……待ってるよ、小比奈ちゃん」
「ッ!」
睨むように次は殺すと答える子比奈に対し、ゼツは笑顔を向けて手を振った。その想像していなかった態様に小比奈は驚く。
影胤もまた予想外の受け答えに驚きながらもその場を後にした。
去った蛭子親子、完全に居なくなった事が分かったゼツは大きく溜息を吐いた。
「さて……大絶滅か。はぁ、本当にここは」
闇が深い。
内心そう思いながらゼツもその場を後にして去っていった。
◆
蛭子親子襲撃から数日経ったある日、公園の芝生に横になって昼寝をしていると一通の電話がスマホを鳴らす。浅く眠っていたゼツは寝そべった状態でスマホを取る。
「はい、どちらさま?」
『ゼツ君、ちゃんと画面見て電話相手事前に知ってから出なさい』
電話越しに聞える声の主が誰か理解したゼツは瞼を擦りながら起き上がる。
「むにゅ……あぁ、木更さんですか。どうしたの?」
『もしかして寝てたの? 兎に角、仕事よゼツ君、今直ぐに防衛省に来て』
「……はっ?」
一瞬、木更が何を言っているのか分からなかったゼツは唖然としてしまう。そこで、ゼツは聞き返す。
「防衛省って国を担ってる汚いお偉いさんの巣窟?」
『何故かしら。訂正したいのに出来ないこの遣る瀬無さ……兎に角、里見くんはこっちで拾うから1人で防衛省前に来て、二十分前に』
「二十分って……」
現在、ゼツが居る公園は防衛省から軽く一時間以上は掛かる所にいた。どれだけ頑張って向っても間に合わない。流石に無理だと判断したゼツは木更に間に合わない述べようとするが、
『じゃっ待ってるから』
「あっ待っ…………切りやがった」
スマホから聞えるのは空しい不通音。顔を歪めながらスマホを睨むゼツは一旦溜息を吐いて立ち上がる。周囲を見渡し、ある場所に目に入る。
それは公衆電話ボックス。携帯電話などの普及に連れて数を減らすその電話ボックスにゼツは中に入る。ボックスに入って周囲に人影が無いことを確認したゼツはスマホを取り出し、そして
「ゲートオープン」
ボックス内が光に満たされる。そして、次にはボックス内にいたゼツの姿が消えていた。
今のゼツの周囲は電話マークや数字の羅列などで埋め尽くされた空間に居た。此処はネット内、その電話系統の中に存在した。
「こうやってネット内に入るのはこの世界に来て初めてだな……さて、ディアボロモン」
自身の相棒であり家族であるディアボロモンを呼ぶ。だが、中々姿を現さない事に不思議に思いながら待っていると耳元から何かの声が聞えた。
「モシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシモシ」
「だぁーうるせーなー!」
ゼツの背後に逆様になって「ケケケッ」と笑うディアボロモン。
悪戯大好きなディアボロモンの姿にゼツは少しだけ苦笑してポンッと頭を叩いてやる。
「さて、防衛省近くの場所まで頼む」
「ケケケケッ」
ディアボロモンはゼツを肩に乗せると一気に駆け抜ける。
デジタル空間を上や下、左から右にと縦横無尽に突き進む中、ゼツは口元を押さえる。どうやらゼツは酔ったらしい。
進んで数分、ある場所にで到着する。そこは入った場所と同じ電話マークと数字の羅列さえた空間だった。どうやら出口もまた公衆電話ボックスのようだ。
「ありがとディアボロモン」
「ケケッ」
デジタル空間を後にしてゼツは現実世界に戻る。
公衆電話ボックスに出てゼツは周囲を見渡す。誰一人人影が見られないことが分かったゼツは溜息を吐く。もし、こんな場面を目撃されたら厄介な事になる。故にゼツはこの移動手段は使いたがらない。
ボックスから出て顔を上げると防衛省のビルが肉眼で見られる。そのビルに向って歩くこと五分、目的の防衛省の出入口前に到着してスマホを出して時間を確認、そこには木更から電話してから十五分ほど経過していた。
「丁度、かな」
スマホを袖の中に戻してゼツは待っていると蓮太郎を連れた木更がこっちに向かって歩いて来ていた。どうやら連太郎たちも気付いたのか手を振る。
「おうゼツ、もう来てたのか?」
「つい先程ね」
「うんうん、時間厳守。先輩も見習ってほしいわね」
「うぐっ」
ニヤッとした笑みを浮かべて蓮太郎を横目で見る木更。此処に来る前に何かあったのか、ゼツはそう思う。すると、防衛省の出入口から職員らしき若者が現れた。
「天童民間警備会社の方々ですね?」
若者からそう聞かれた木更は顔を引き締めて向き直し、毅然とした態度で答える。
「社長の天童木更です」
「その社員の里見蓮太郎だ」
「同じくゼツ」
「お待ちしておりました。こちらに、ご案内させてもらいます」
完結的に答えるゼツたち、それを訊いた職員はそのままゼツたちを案内する。
ロビーを過ぎてエレベーターに乗り込む。何かを話す事無く目的の階に到着、エレベーターを降りて廊下を歩くこと一分、ある部屋の扉の前で案内していた職員はゼツたちに振向き一礼、そのまま去っていった。扉の上には第一会議室と書かれている。
木更が先頭に扉を開く。その中を見た瞬間、蓮太郎たち――ゼツは除く――は息を飲む。
広い部屋、中央には細長い楕円形の卓、奥には巨大なELパネルが壁に埋め込まれている。そして卓の席には一度は見たり聞いたりしたことのある、東京エリア民警トップクラスの社長格の人物が座っていた。
「木更さん、こいつは……」
「ウチだけが呼ばれたわけではないだろうと思ってたけど、さすがにこんなに同業の人間が招かれているとは思わなかったわ」
これ程の同業者が居るとは思っていなかった木更と蓮太郎は驚きながらも奥に進む。すると、壁際に待機していたプロモーターやイニシエーターの中から1人の人物が近付いてきた。口元をスカーフで隠した厳ついプロモーターの男、その人物に蓮太郎は心当たりがあった。てか、知っていた。
「てめぇ、やっと見つけたぞ!」
急な男の出現に木更は驚く。
そして、木更の後ろに待機していたゼツは手を振って挨拶をする。
「久しぶり筋肉達磨」
「ぶっ殺すぞ!」
ゼツの軽いジャブを怒鳴り散らす将監。
数ヶ月前、デジモンなどの一連で出会った人物である。
ゼツも久しぶりの再開に嬉しくなり手を振って罵声を浴びさせる。それにカチッと来た将監は額に青筋が浮かぶ。
「ちょっと、知り合いなの?」
「あぁ、以前にな」
木更の疑問に蓮太郎が答える。すると、将監は蓮太郎の顔を睨むように見詰て何かを思い出したように目を丸くする。
「てめぇは……あぁ、あの時にいた不幸面のガキ」
「誰が不幸面だ!」
急な罵倒に流石の蓮太郎も怒る。
だが、そこで将監に援護が送られる。
「不幸面は蓮太郎のデフォだから仕方ない」
「そうだな、デフォじゃ仕方ない」
「お前ら実は仲良いだろ!?」
「「……まさか~」」
何故か殺伐とした空気が一変して和やかに、そして2人から詰られる連太郎。
それに付いて行けない木更は困惑していると、少女がこちらに近付いてきた。長袖のワンピースにスパッツ、その少女は伊熊将監のイニシエーターである夏世だった。
「お久しぶりですゼツさん」
「夏世」
夏世の姿を見たゼツは抱きしめた。
急な抱きつきに流石の夏世も驚き、頬を赤く染める。実際、ゼツはかなり夏世の事を心配していた。
この業界、何処で不祥事が起きて死ぬか分からぬ世界。常にIISOにハッキングして夏世の生存を確認しているからといって五体満足であるとは保証は無かった。故にゼツは最初に出合った頃と一寸の変わらない夏世の姿に喜んだのだ。
夏世もまたゼツに出会えて嬉しく思っていた。民警に所属している以上、私情で勝手に動けなかった理由もあるが、出会う口実も思いつかなかった理由もあった。兎に角、夏世は懸命に心臓音をゼツに聞かせないように冷静になろうとしていた。
「久しぶり。怪我とかしてない?」
「あっあの、はい大丈夫です。ゼツさんも変わり無いようで、民警に入られたんですね」
「そう、でもイニシエーターは居ないけどね」
一度、ゼツと夏世は離れ話に花を咲かせていた。
すると、ゼツの頭に大きな掌が置かれた。ギギギッと効果音が聞えそうな感じで無理矢理にゼツの視線を後ろに向かせられる。その手は将監のものだった。
「勝手に無視して夏世と話に花咲かせるな」
「イカ臭いだけど?」
「臭かねェ!」
鼻を摘まんで嫌な顔を浮かべるゼツに更に額に青筋を1個プラスされる将監。
そこで、ゼツはある事に気付いた。以前、将監は夏世のことを道具などよ呼んでいたのに、今では夏世と名前で呼んでいた。どうやら、以前と比べて関係が良好になったのだろうとゼツは内心嬉しく思う。
「将監、いい加減に戻りたまえ」
卓側に座っている一人の若者が呆れた表情を浮かべながら将監に注意する。名は三ヶ島影似と呼ばれる人物で、将監と夏世のペアが所属している大手民間警備会社・三ヶ島ロイヤルガーターの代表取締役でもある。
流石の将監も社長命令では仕方ないと思い舌打ちをする。
「チッ。ガキ、逃げんなよ」
ゼツに警告を述べる。だが、ゼツはそんな言葉など聞かずに夏世に向いていた。
「夏世、後でお話しようか」
「はい」
「だから無視するなって言ってんだろうが!」
結局は振り出しに戻っていた。
その場を収まるのに約十分程度の時間を労した。
遅くなって申し訳ありません。やっと話が完成しました。
ゼツVS子比奈の戦い、勝敗はゼツ君が勝ちました。勿論、影胤が加わっていないので勝ちましたが、二対一では勝敗は分かりませんが。
さて、ディアボロモンと言えばウォーゲームです。そして、ウォーゲームと言ったらネット空間です。ネット空間は常に光の速さで繋がっているので移動手段では持って来いです。でも、デメリットとして、周囲に見られる恐れがあります。
さぁさぁ将監・夏世ペアに出会いました。
将監はあの態度ですが何気にゼツ君のことは認めてます。だから自分の手で倒したいっと願望があるので、あんな態度を見せました。
では、次回もお楽しみに!