英雄の魔法と最終の人類   作:koth3

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幕間

 幕間 麻帆良嶽煙 麻帆良学園

 

 麻帆良学園全域にて、超が用意した侵略軍からの侵略を阻止しようとしている魔法使いたちは、それに気がつけなかった。鬼神という規格外なものまでも持ち出され、その対処に忙しかったこともある。マシーンによる多量攻撃を仕掛けられ、処理能力をオーバーしていたということもあるだろう。

 各人が死力を振り絞り続けていたのだから、地上で起きている民衆のパニックなど気がつくはずがない。幾人かの魔法使いはそれでも気がついたのだが、それを周りに理解させるのは困難だった。

 呪文詠唱中の魔法使いたちの多くは、意識をそちらに割いており、他のことまで回らない。それは味方の合図でもそうだ。鬼神を止めるための呪文はほかに気を取られて行使できるほど簡単ではない。魔法教師たちは呪文を唱え続けるばかりで、ちっとも現状の認識は進められない。そう言った面では、魔法生徒の方がまだ現状をよく理解していただろう。パニック状態の一般人を落ち着かせようと、あるいは守ろうと孤軍奮闘していた。

 ただ、いくらそれぞれが頑張っているとしても、それは個人戦だ。戦略的な戦いをする必要があるというのに、連携が分断され、事態の判断もおぼつかなくなった時点で、彼ら魔法使いは敗北したも同然だった。だから止められなかった。麻帆良という地が壊れていくのを。

 彼らは一つ間違いを犯していた。本当に止めるべきは超ではなかった。超など、この麻帆良にとうにいないのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 すべては麻帆良祭二日目の夜に起きた出来事だった。超が魔法教師の集団から逃げ延び、三日目の最後における準備をしていた時だ。彼女は麻帆良工科学部の所有する実験棟ではなく、誰にも知らせずひそかに作った、麻帆良の住民街にある隠れ家にいた。

 

「とうとう明日で終わる」

 

 キィキィと作業用の安っぽい椅子が軋む。超の目の前には幾つものディスプレイが並んでいる。椅子と机に幾つかのパソコン。それに繋がるケーブルや外部機器など、生活感が一切ない部屋だった。

 いくつか並べられたディスプレイには、非常に複雑な演算式があとからあとへとスクロールして、計算した結果を表示する。それは彼女の作戦がうまくいっている証明でもあった。あとわずかで叶えられる、本来ありえなかった未来への片道切符。その製造の。未来を変えることに成功したのなら、超はもう二度とこの世界には戻らない。そう心に決めている。自身の勝手で世界を変えるのだ。罰は受けなければならない。

 ふと椅子から立ち上がった超は、固く閉ざされている部屋のカーテンを開く。飾り気が一切ないものではあったが、それでもこの世界の物というだけで愛着が生まれるものだ。いや、この場合執着というべきだろう。もう離れなければならなくなる世界への。だから今、姿を見られては拙いということを理解していても、それでも窓の外にある光景がどうしても見たくなった。

 ガラス窓からうすぼんやりと見える麻帆良の夜景は非道(ひど)く美しい。サファイア、アメジスト、ルビー、エメラルド、ダイヤモンド。幾つもの宝石を無節操にぶちまけ、それでいて全体のバランスが調和しきっている光の絵画。見ていると思わずその世界に入り、二度と外へ出たくなくなる類いの美しさ。童話の世界ではなく、神話の世界のように心を捉えて離さない。

 

「けれど、それは許されない事。私は、この世界にいて良い存在ではないネ」

 

 自嘲気味に顔を俯かせて笑った超は、しかし顔を上げて驚愕した。

 

「……裏切ったのか」

 

 凍った声は鋭い切先になり、相手を非難する。その切先が相手に刺さるかは別として。

 窓にはめ込まれたガラスには、龍宮真名が一丁の拳銃を超の後頭部に突き付けていた姿が映っていた。その瞳は罪悪感にまみれ、濁った光をともしている。傭兵である龍宮は裏切るという行為に慣れているというのに。確かに本人は裏切るという行為をあまり好んではいないが、傭兵ならば雇い主を裏切ることも、裏切られたことも一度や二度ではない。罪悪感にまみれることなどないはずだ。

 

「悪いね、超。契約の違約金も払う。でもね、仕方がなかったんだ。私には無理だった。あの言葉を聞いて、思想に染められ、それでもなおあの人を否定することは!」

 

 追い詰められた人間がするような、今にも壊れそうな叫び声が部屋いっぱいに響く。あまりにもチグハグだ。追い込んだ人間が追い詰められて、追い込まれた人間が追い込んでいる。牧羊犬達が羊によって世話をされている様なもの。摩訶不思議な光景だった。

 

「そんなものが私に効くとでも思っているのカ? 高々三時間程度しか飛べないその弾丸、私のカシオペアならばすぐに復帰できる。それに、そもそも当たるとでも?」

「当たるさ。お前のカシオペアはすでに起動していないんだから」

 

 パシュッと軽い音がする。消音機(サイレンサー)の取り付けられた拳銃からは、ほとんど音がしなかった。弾丸は超に直撃するとともに、その効果を発動する。龍宮が装填していた弾丸は、麻帆良学園祭中しか使えないという制約こそあれど、撃ちぬいた相手を未来へ飛ばす効果を持つ。量産品では三時間。そして今龍宮が装填している弾丸は特別製。飛ぶ時間は量産品の比では無い。

 黒い円球状の檻が、超を包む。それは彼女にとって、絶望としか言えなかった。

 

「何!? 何故カシオペアが作動しない!?」

「カシオペアを作ったのは、超だけじゃない。葉加瀬も関与している。メンテナンスと言って、その実誤作動を作り出すことくらいできるさ。その為に少し脅したが」

「龍宮ぁあああああああああああ!!!!!」

 

 怨嗟が龍宮を焦がす。だが最後まで龍宮の顔色は変わらない。変わらず何かに怯えていた(・・・・・・・・・・・・)

 

「それじゃ、一週間後(・・・・)にまた会おう」

 

 こうして超はこの世界の時間軸から消失した。

 

 

 

 

 進行を続ける鬼神を相手にしていた魔法使いも、ようやくこの麻帆良に起きている事態をだんだんと理解してきた。後ろがあまりにも騒がしい。そう思い振り返った先は、彼らが生まれてから一度も見たことがない光景が広がっていた。慣れ親しんだ麻帆良は、初めからなかったように土が露出し、今もなお建物は吹き飛んでいる。人間が作り上げたアスファルトという皮は剥がされていく。人々の営みがすべて崩壊されつくしているその光景。あまりにも人というものを愚弄している。醜悪で、醜怪で、醜態で、醜状で、醜悪であった。

 しかし魔法使いの多くは、それを見てあこがれた(・・・・・)。正義? 立派な魔法使い? あの力と比べれば、そんなものどうでも良い。足元を這っている蟻よりも価値がない。

 彼らは一様に英雄という名の力を求めていた部分がある。だから誘蛾灯に惹かれる蛾のように、他の人間と違い呆けた表情でそれを見続けていた。人類最強と人類最終の力のみ(・・・)を。


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