第三十六話 致死忌 知識
ネギが戦っている中、もう一つの闘いはそこで行われていた。ただし、その成果は芳しくはなかったのだが。
「ダメネ! 水の中で威力が殆どでやしないネ!」
「如何すればこの水牢を!」
そこはネギと仮契約した生徒たちが、水牢に囚われていた。
風呂場で襲われたために、裸で囚われてパクティオカードも奪われたために抵抗する事すらできないのだ。
「無駄無駄。私たち特性の水牢はそう簡単に破壊されなイヨ」
「そんな!!」
抵抗できないがゆえに逃げ出すことも敵わない。そんな状態の彼女たちだが、それでもあきらめずに逃げ道を探っていく。だからだろうか。その声が聞こえたのは。
「よお、お嬢ちゃん。そこから出たいか?」
「え?」
「何ダ、お前ハ!!?」
スライムすらも気が付けず、そこに一人の女性が立っていた。紅い、朱い、赤い女性。まるで世界に敵はいないとでもいうように、自信満々に不敵な笑みを溢しながら立っている。
「まあ、良イ。悪いがここで少し眠ってもらうヨ」
「へぇ、おまえがスライムって言う奴か。面白い体だな」
見られたがゆえに、スライムは彼女を抑えようとした。確かに、彼女はスライムが気が付かないような達人だ。だが、気は使っていない。ならば、負けるはずがない。そう思い込んで、スライムは無謀にも彼女に突っ込んでいってしまった。
「弱いな。さすがスライム!」
だから今、スライムは轟音と共に地面に埋め込まれて気を失ってしまう。
余りの勢いで叩きつけられたせいで、ダメージはなくとも衝撃が体中を襲い、意識を保てなくなってしまったのだ。
「嘘!!?」
「凄いネ!」
「で、お嬢ちゃん達。アタシを雇うかい? 代金はお嬢ちゃんたちの財布の中の全財産だけどね」
かけていたサングラスを外しながら言う彼女に、のどかは叫んでいた。
「お金ならいくらでも払いますから、助けてください!!」
「良いね、お嬢ちゃん。其れ位の方が助け買いが有るってもんだ」
ザパリと水牢は彼女の素手で引き裂かれ、破壊される。
解放された少女たちはすぐさま、行動を開始していく。のどかと夕映は瓶に飛びつき、クーフェは千鶴をとらえている水牢を破壊する。
そして、朝倉はアスナにかけられているペンダントをもぎ取った。
「ちっ!」
「しまっタ」
「のどか!」
「えっと、封魔の瓶!!」
夕映たちは迫りくるスライム残り二体を、封魔の瓶に封印する事に成功した。
「行っけぇええ! ネギ君!」
倒れ伏した悪魔、ヘルマンをこの場にいる全員が取り囲んでいた。
「くっくっく。まさか、
「人類最強の請負人?」
ヘルマンの言った言葉に、疑問を抱いたネギは聞き返したが、その答えはすぐに隣にいる小太郎によって明かされる。
「そんなウソやろう! あれが伝説の赤き征服? 女やないか!」
「小太郎君知っているの?」
「知っているのやない。生きた伝説や。噂では赤き征服の名の由来は、
「嘘!」
ネギの驚きも当然だ。ネギの父がリーダーをしていたグループ、赤き翼はまさしく破格の戦闘能力を所有していた。だからこそ、それを一人で倒しきったという話が信じられない。
「ふむ。まあ、その噂話は私は知らないけどね。しかし、最強が現れたか。ならばあれも動き出すかもしれん。……ネギ君。一つ君に忠告しておこう。何、ただの老婆心だとでも思いたまえ」
「忠告、ですか?」
「そうだ。かつて、私が戦闘能力を一切持たない人間に恐怖した時の話だ。あの男は常に探しているはずだ。
「何故、そんな事を?」
「ふっはっは! まあ、こんな悪魔がする事など早々信用してもらえないだろうが、それでも理由は簡単だよ。私は君のような若い才能が潰れるのを見るが楽しいとも言ったが、逆に才能が伸びていくのを見るのも楽しいのだ。だから、君にはまだまだ育ってもらわなくてはならない。私がする忠告は、知らなければ、いつしか君事態を滅ぼすかもしれないからな。何せ、アレは最悪なのだから」
そう言うヘルマンの顔は今まで見せた顔のどれよりも真剣だった。
「そうだ。私はその存在と会った瞬間、初めて心の底から勝てないと思わされた。確かに戦えば勝てただろう。だが、アレはもはやそのレベルの話ではない。出会った瞬間私は彼に屈服されかけた。幸い、アレは私に興味を持たなかったが故に助かったのだがね」
「何や、それ? 弱いのに、負ける?」
「ふふ、まだまだ君は若い。だから知らないだけだよ。この世界には戦いという次元が無駄な存在もある。それはかの真祖の姫でも決して到達できない領域。真祖の姫君はまだ、勝てるかもしれないという望みを作り出していたが、アレはそうではない。絶対的な弱者であるがゆえに、誰もが彼の前には屈伏してしまう。あれとは戦わず、逃げる事をお勧めするよ。いや、もしかしたら戦うのではなく、勧誘されるかもしれないが、一言も聞かず逃げたまえ。でないと、君という存在が完全に破壊されてしまう」
ヘルマンがもらす内容に、全ての人間が思わず息をのまずにはいられなかった。別に悲惨な内容であるわけではない。だが、それでも話す内容が辺り一帯を支配しているかのように、いや、実際に支配していたのだ。
「むう! そろそろ限界か。だが、まだ話さなければならないだろう。良いかね、ネギ君。約束してくれ。狐のお面を見たら、逃げてくれ」
「狐のお面?」
「そうだ。アレは何時も何故だか知らぬが、狐の面をかぶっている」
「わ、分かりました。約束します」
「そうか、それは良かった」
余りに真剣なヘルマンに、ネギは威圧されながらも約束した。
「何せ、アレはもはや人間とは言えん。悪魔である私より、悪魔だ」
「アンタがさっきから危険視してるやつって結局なにをしようとしているの? さっきからいろいろ言っているけど、そこが分からなきゃ、如何警戒するかもわからないんだけど?」
「おっと、すまないね。お嬢さん。成程、たしかにそれもそうだ。彼の名前は、
「人類最悪?」
「そうだ。勘違いしてもらいたくはないが、別に彼が人として最悪な手段をとるからそう名づけられたのではない。唯単純に、彼が人類として最悪の願いを持っているからだ」
「最悪の願い?」
「そうだ。君たちが想像している物は、アレの願いと比べれば、はるかにマシだ。何せ彼が望んでいる物は、正真正銘、世界の終りなのだから」