第三十三話 見死 剣士
木乃香と刹那はもう一度、あの巻物中に入ろうとしている。期限まではまだ時間がある。だからこそ、もう一度入り、彼らへ挑戦しようとしている。
「それじゃいくで、せっちゃん」
「うん。このちゃん」
二人はそれぞれの巻物を手に取り、同時に意識を失い精神体だけを巻物の中に吸収されていく。
「また此処からか」
周りは竹林。そんな中を刹那はあの場所目指して歩いていく。
「やあ、また会ったね!」
真心、いや真心の皮をかぶった何か。それを見ても刹那は落ち着いて彼に話しかけた。
「ええ、また来させてもらいましたが大丈夫ですか?」
「もちろん! 大歓迎だよ。君みたいな可愛い子ならね。ただし、スパッツだけは歓迎できないけどね」
ゆっくりと彼はそこらの竹を切った出来た薪に火をつけて大きな焚火を作る。その焚火をはさんで刹那は男と反対に座った。
「それにしても前来た時と君は変わったね? ぐらぐらしてみているこちらが不安になるくらい不安定だった君が今ではしっかり安定しているようだけど。疑って本当に信じることを知ったからかね?」
何せ疑わないという事は一種の人形であり、それを人間がするのなら依存になってしまうからね。
そう言って、彼は朗らかに笑う。
「さて、では試験は追試だけど合格。だけどここでは私の試験は意味が無い。君が臨む試練へと移行しようか」
ゆっくりと橙色のスーツから鋏を取り出す。和式のナイフを鋲で無理やり止めたような奇天烈な鋏を。
「では始めよう」
その鋏を静かに刹那に向けて彼は走り出す。
「!?」
それを予期していなかった刹那はそのために初動が遅れた。そしてその遅れは絶望的だ。すぐに彼の後を追って竹林の中に駆け込んだがすでに辺りには居なくなっていた。
「こっちか」
とはいえ目の前には竹が切られた跡があり彼が逃げて行った方向はすぐにわかる。警戒しながら走って彼を追いかける刹那だが、
「なっ!!?」
ある一点を越えた瞬間先が鋭い竹が勢い良く迫ってきた。
「くっ!!」
迫ってきた竹をその手に持つ野太刀で切る。
「振りづらくて重い!」
そう。此処は竹林。辺りは竹で覆われていてお世辞にも刀を振るう場所ではない。唯の刀ですらそうなるのに野太刀という規格外の長さを誇る刀を満足に振れる訳が無い。振るった刀は加速が足りずに竹を切るどころか何とか狙いをそらす程度に終わってしまうほどだ。
それでも刹那は追う。この場所にほかの罠が無いとは限らない。すぐさまほかの罠が連動するかもしれないし彼が来て不利な状態で戦う羽目になるかもしれないからだ。
逃げる彼に追う刹那。圧倒的な不利な状況に居ながらも刹那は冷静さを忘れていない。
どうやら彼はぐるりと一周していたようだ。先ほどの広場にまで戻ってきた。そして、目の前に彼がいた。
「まあ、あまり罠で削り殺すっていうのは趣味じゃないからね」
そう言って朗らかに笑う彼を無視して刹那は一気に接近する。この広場であるなら十分に刀を振るう事が出来る。横凪に払った一撃はしかし一歩前に出た彼に簡単に止められてしまう。
「やれやれ、少しは考えたらどうだい? 君は人を疑うという事を知ったのだろう? なら流派についても疑うべきだろうに」
簡単に止められた。その事実が刹那を揺さぶる。
「なっ!!?」
「簡単な事だよ。そもそも君自身の力はそれほど強くないだろうに。気を使えなければこの程度の力しか出ない。遠心力である程度の威力は出る野太刀だけど薙刀と比べればそれほど威力が出るわけじゃない。それにここまで近づいたら野太刀なんて意味が無い」
一歩踏み込まれたせいで的確な場所での斬撃を放つ事が出来なかった。その為刹那の力と不十分な遠心力。それに彼の力とてこの原理で簡単に斬撃を止める事が出来た。
鋼と鋼がかみ合う嫌な音が響き彼が持つ鋏が刹那の首を貫こうと迫ってくる。しかし、彼女も神鳴流と名乗るのは伊達じゃない。
「神鳴流 雲流掌!」
迫る鋏ではなくその持ち手を掴み合気道のように力を流す。流した力を利用して彼を投げ飛ばす。クルクルと独楽のように飛ばされていく彼はしかし辺りに生えている竹に足を付けてその反動を生かして超接近戦を仕掛ける。
刹那が使っている野太刀はそもそも馬上で、あるいは馬ごと人を斬るために作られる太刀だ。その為かなりの長さを誇る。それをふるう事が出来るのは戦術的優位性は計り知れない。だが、逆を言えば戦術的優位性は戦術的劣勢に変わる事もある。野太刀の間合いの長さは近づかれれば逆に無用の長物であり足かせにしかなりえない。その点、彼が持っている鋏はそれほどの長さを持たない。大型のナイフよりは長いがそれでも脇差よりかは短いだろう。その為に接近戦でもその間合いを十分に使える。
「くっ!」
「如何したんだい? この程度では残念ながら私の首は切れないよ?」
余裕綽々と彼は刹那を追い詰めていく。さらに刹那にとって最悪なのは追い込まれていく方角が竹林だという事だ。このままでは防御のために野太刀を振るう事すらできなくなってしまう。
「くぅおおおおおおおお!!」
だからこそ渾身の一撃を放った。普段のように、雷鳴剣を放つように。
そして、その結果、竹林には鈍い鋼の音が響き渡った。
りぃぃぃいん、と鳴った音が消え去った後に刹那は己の手元を見て今度こそ思考が止まってしまった。
「当り前の話だがね。|日本刀なんて人を斬ったところで二・三人が限度だよ《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。|それをああも力づくで鋼にぶつければ曲がるのは当然だろう《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》?」
簡単な話だが刀は消耗品だ。良くある話やゲームのように何時までも振るえるものではない。すぐに折れる。曲がる。キレ味が落ちる。それが普通の刀だ。しかし、神鳴流にはそれが通用しない。気を使えば決して折れず曲がらず鈍らない究極の刀なんていくらでも用意できるからだ。だが、今刹那は一切気を使えない。刀に気を纏わせて威力を上げる事だけではなく刀の強度を上げる事すら敵わない。普段のように咄嗟にはなってしまったからこそ刀は綺麗に曲がってしまった。
「そこまで曲がり切った刀はもう人なんて切れないよ。君にとっての不幸は神鳴流を最強の流派だと思っていたことだよ」
普段から獲物を失う可能性が高くそれを留意しながら戦ってきた人間と、獲物をいつまでも消耗を気にせず使い続けてきた人間。どちらが長く獲物を持たせる事ができるかなんて火を見るよりも明らかだ。
「まあ、ここまで良く持った方だよ。だから少し面白いものを見せてあげる」
そう言いながら彼は鋏を変えていく。根元の鋲を外すと鋏は二振りの和式のナイフへと変わっていく。其れこそが彼が持っていた武器の本来の姿の一つ。彼が持っている武器の一番使いやすい形になっていく。二振りの人を切り裂くためだけに作られた武器に。
「っく!」
刹那はこの時に追い詰められてしまった。自分の武器を完全に破壊されて相手は最後に全力を出してこようとしてきたと刹那は考え、思考を巡らせる。この状態でどうやったら勝てる? ただただそれだけを思考する機械となって判断する。
そして今の状態を改善するために一つの策を練り行動し始めた。
「なっ!?」
刹那は手に持っていた折れ曲がった夕凪を彼に向けて
一瞬にぶった腕の片方を掴みひねりあげる。筋肉のつき方からどうやっても腕をひねられてしまえば手首から先の力が抜けてしまう。だからこそその片腕にある一振りのナイフを奪い取れる。奪い取ったと同時に彼を蹴り飛ばして間合いを取った刹那に彼は話しかける。
「驚いたね」
「そうですか? 貴方も知っているでしょうに。神鳴流という流派について」
神鳴流は獲物を選ばない。例え素手だとしても野太刀ほどではないとしても十分すぎるほどに使いこなせる。
「確かにそうだね。神鳴流は全ての武器をある程度使いこなせるように訓練するからね」
だがそれでも目の前の彼は余裕を崩さない。自身の武器の一つを奪われたというのに。
「うふふふ。面白い。私からそれを奪い取るなんて」
笑いながら今までとは比較にならないほどの殺意を発しながら彼はその獲物の間合いにはいるために詰める。刹那もまたその腕の獲物の間合いにはいるために詰め寄り始める。
一方は軽快な足取りで、しかし慎重に。一方はすり足だが大胆に迫っていく。お互いの間合いが重なった瞬間に二つのナイフが振るわれる。一合、二合、三合。何度もたたきつけ合いそして刹那のナイフが段々と振るわれる速度が遅くなっていく。
当然の結果だ。女子中学生の刹那とセーブされた力とはいえ人類最終の真心では力の差が大きすぎる。簡単に力負けしない程度には抑えられているとはいえそれでも力の差は存在する。
「あああああああああああ!!!」
だが力が負けたからなんだ。力で負けるのなら速度で勝てば良い。振るうナイフの速度が加速していく。一振りだったものが二振りへと。二振りから三振りへと。
「っと!」
その速度の連撃に彼はナイフを弾かれてしまう。宙をくるくると回転しながら飛んでいくナイフを確認すると同時に刹那はナイフを構えて体全体で刺突する。決して逃がさないために、此処で致命傷を与えるために。
「ふぅ。
確かに胸に突き刺さった。しかしそれは刹那のナイフではない。|彼がいつの間にか手に持っていた鋭くとがった竹槍に《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
「……え?」
今の今まで彼が隠し続けていた切り札。ナイフの長さと切り落とされた竹。どちらの方が長い? 人が走れる程度に視界を広げるために切り落とされたのなら落とされた竹の長さはかなりのものになる。それをさらに加工すれば即席とはいえ確かに槍となる。
「君は今までの戦いで私が真に頼るのはこの獲物と考えたようだけどそれは残念。私が持っているあの獲物は私が最も不得意とする武器だよ。
君たち神鳴流は獲物を選ばないなんて謳うけどそれは事実じゃない。現に君たちは野太刀という武器を使う。その時点で君たちは選んでしまっている。最も得意な武器を。だからこそ違う武器を使うことはできても勝てることはできない。簡単な話だろう? |最も得意な武器で勝てない相手に不慣れな武器で勝てるものか《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》?」
アクションゲームで普段とは違うアイテム、装備でボスを倒すことはできるだろうか? もしレベルが全く違っているのなら可能かもしれないが実力差が無い時はそういかない。いくら相性が良くともその武器を使いこなせるだけの経験が無いのだから。
「けれど私は違うよ。私は、まあ本当は違うのだが結果的に普段から私の獲物は不得意な獲物を使うことで実力をキープしている。まあ、簡単に言うと心苦しいのだけど君を騙していたという事だね」
笑みを浮かべながら彼は一振りのナイフを持ち上げて一閃する。
「惜しかったね。非常に惜しい。とはいえその年でここまで戦えれば十分というべきだね」
笑いながら落ちていく刹那の首に話しかける。彼は軽薄そうな笑みを浮かべながら最後に、
「合格だよ。満点とは言えないが合格点は越えていたよ」
次回は木乃香のリベンジです。