英雄の魔法と最終の人類   作:koth3

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第三十二話

第三十二話 訣問う 血統 

 

木乃香は今学園長室にいる。アスナの連絡によって木乃香の状態を知った近右衛門によって呼ばれたのだ。

 

 「お爺ちゃん、何の用や?」

 「木乃香」

 

 机に顔を向けていた近右衛門はその顔を上げる。そこにはいつもの好々翁といった顔はなく、近衛という名を継いだ一人の翁がいた。

 

 「木乃香、近衛が怖いか?」

 「……何の事や?」

 「まだまだ甘いのう。返事をするのに遅れすぎじゃ。そうか、木乃香もまた近衛が怖くなったか」

 

 近衛という一族には長い間の歴史が積み重なっている。その中には血塗られた歴史だってある。

 

 「少し昔の話をしようか」

 「? いきなり何やお爺ちゃん」

 「まあ、少しだけ聞いてくれ」

 

 近右衛門は木乃香にとある少年の話をする。かつて近衛の持つ意味を嫌い、そして理解した男の話を。

 

 

 

 あるところに一人の近衛の姓を持つ少年がいた。その少年は家業の陰陽術に類稀なる才能を示して多くの人に賞賛され、喜ばれた。その少年もそれをうれしく思いさらに張り切り修行にはげんだ。

 長い時を経てその少年が青年といってよい年になった時に青年はある本を見つけてしまった。それは近衛の裏の顔だった。多くの政敵を暗殺し、ほかの優秀な一族に呪いを振りまき力を衰えさせて自己の一族をのし上げ続けてきた裏の顔を。

 

 「それを知った青年はのう、怖くなった。自分の一族が。先祖がしてきた罪を」

 

 それを知った青年は誰も信じられなくなり始めた。父も母も祖父も祖母もいつか自分が邪魔になって殺しに来るのではないかとそう思ったから。夜も眠れない日々が続いた。それでもその苦悩はなくなることはなかった。

 そんな青年に一つの吉報が訪れた。関東魔法協会から関西呪術協会への打診があった。その内容はお互いの若い人間をそれぞれの協会へ招き、相互理解を深めるという内容だ。これを聞いたとき関西呪術協会含めて多くの近衛の名を継いだ人間は反対して激怒した。昔から日本を守ってきた関西呪術協会に対して関東魔法協会は後からやってきた新参者に過ぎない。しかし、本国から送られる魔法使いの力と物量で関西呪術協会は力を無理やりそぎ落とされた過去を持っていたからだ。

 

 「そこでな、青年は近衛の中で発言したんじゃ。近衛から離れるために、自分が行って魔法協会を監視して報告する間者になると」

 

 最初は猛反発を受けたが青年は裏で手を回した。それもすべては近衛から離れるために。それほどまでにその青年は近衛が怖かった。結局最終的にはその青年は近衛を離れて関東魔法協会へと向かうことになった。そして、青年はそこで魔法とであった。

 

 「そのころの関西呪術協会は鬱屈した感情の掃き溜めのようなものじゃった。権力の低下と権力にしがみつこうとする人間たちが多く居たから青年は辟易していた」

 

 古い慣習に縛られた呪術協会よりも目新しく、すべてが新鮮で人助けを主眼とした魔法使いにその青年はどんどんのめりこんだ。いつしか呪術を捨てて魔法を選択するほどに。それでも青年は間者としては機能していた。本当に重要なことは流さずそれでも信頼されるようにうまく立ち回って。

 

 「だが、あるときその青年の父が亡くなった。その青年は家督を継がなければならなくなった」

 

 青年は一族を導かなければならなくなった。しかし、青年にとって、近衛はいまだ恐怖の象徴だった。なにより、自分がそんな罪を犯してきた一族から生まれたという事が嫌だった。青年はうぬぼれていたのかもしれない。自分は何でもできるのにかつての一族の出来事まで変える事ができず、汚点として存在するのに。

 

 「その青年は一族を導く義務より自身の技巧を磨くことを優先してしまった」

 

 その結果、近衛は滅びかけた。多くの政敵、関西呪術協会の長の座を狙うほかの一族から狙われた。もしこれが近衛の家長である青年が対策を練っておけば起き無い事であったはずなのに。

 

 「そうしてなその愚かな青年は気づいたんじゃ」

 

 かつての一族が犯してきた罪は自分の一族を守るためでもあったと。決して許されるものではない。しかし、誰かがやらなければならなかったことであると。それを知った青年は近衛をまとめ上げた。政敵からの呪いを防ぎ呪詛返しで反撃し、近衛に手を出すことを許さなかった。

 

 「なにも血を流すことを良しとするわけではない。じゃがな、その時の青年には遠くの他人よりも近くの一族を優先しただけ。それが近衛の長がしてきたこと。まあ、その青年は近衛に手を出すことで何が起きるかをほかの敵に知らせて隠居した。娘に長を譲り、関西呪術協会の唯一の敵対組織に入り長まで上り詰めて今度は関西呪術協会を守り始めた。その当時、関東魔法協会は関西呪術協会を吸収しようとし、侵略してきていたからじゃ」

 

 それから青年は長い間で政治基盤を築き上げて関東魔法協会の理事となり、下を抑えて関西呪術協会を救い続けた。青年はその時にはすでに老人になっており、その老人の功績を知らぬものから呪術協会の裏切り者として恨まれて、昔の顔なじみからは救世主として慕われて。

 

 「じゃがな、どんな言葉でも報われたことはなかった。何故ならその老人は人を殺したからじゃ。近衛を守るために、一族の歴史を継いだことを。

 木乃香、自分の道を行けばいい。今の近衛は木乃香程の魔力を持つ者はいないが優秀な呪術者はたくさんいる。近衛の血の歴史を継ぐ必要はない」

 「お爺ちゃん」

 「じゃがな、せめて近衛の長のしてきたことは否定してやらんでくれ。彼らもまた木乃香のように苦悩して苦しんだ来たのじゃから。人を殺すことを許容したものは近衛の長にはいない。多くの歴代の長の最後はその苦悩によって自決したのじゃ」

 

 近衛の長は最終的には自決で幕を閉じることが多かった。それは罪の意識かそれともほかの事かは分からない。それでも近右衛門は思う。

 

 「それでもの、彼らは自身のしたことを後悔はしていないと儂は思う。必要悪ともいえんようなもんじゃがそれでも近衛には必要なことじゃ。木乃香、血筋に縛られるなよ? 木乃香は木乃香であり、近衛じゃない。それを一緒にしてはならん」

 「……ありがとう、お爺ちゃん」

 「何、若者を導くのは爺にとって生きがいじゃよ。木乃香、今のお前にとってそれを抱えて暮らすのは難しいかもしれんがいつかは抱えなければならんものじゃ。幸いお前には味方がいる。刹那君と一緒のお前ならきっと負けんじゃろう」

 

 

 近右衛門の言葉は木乃香の中で少しだけあの恐怖を弱めてくれた。自分自身の血にこびりつく恐怖を。学園長室を出る木乃香の後姿には先ほどまでの弱弱しさがなくなり、どこまでも突き進める白い翼が見えた。




うう、オリジナルの部分の出来のひどさに嗤うしかない自分が居る。

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