第三十一話 唱我鵜 疑う
龍宮はとある駐車場である人物を待っている。刹那の治療を受け持ってもらったがその医者は闇医者と呼ばれる人間だ。闇医者だがその腕は確かであり、龍宮も信用している。その性格を除けば。
「来たか」
龍宮の目には一台ウン千万というような超高級車が
「相変わらずだな」
そのままいるとひかれてしまうために龍宮は急いでその場から離れる。離れた瞬間、そこに高級車が一台ぴったりと龍宮が動かなかった場合いた場所に急ブレーキをかけて止まる。自動車から一人の女性が慌てて飛び出して龍宮に駆け寄る。
「ごごご、ごめんなさい。龍宮さん。私ってその、あの間抜けだから」
「いや、気にしていないよドクター。貴方がそう言う人なのは知っているから」
「そうだよね。私なんか龍宮さんに見捨てられてもおかしくはないよね」
車から出てきたのは白衣を着た女性だった。そこまでならなにもおかしくはない。白衣の下に水着を着ていなければ。
「うん、そうだよね。だから皆私のことを」
「落ち着け、ドクター絵本。それより治療が必要な患者がいるのだが?」
「う、うん。その人は?」
「寮にいる。今から連れてくるから少し待っていてくれ」
それだけ言い残していったん龍宮は寮へ帰る。刹那を連れてくるためだ。
「この子ね」
「そうだ」
狭い車内の中で二人は話し合っている。今刹那は眠らされている。刹那を連れて来ようとしたときに龍宮ですら手が付けられないほど暴れだしたために眠らされたのだ。
「肉体的なけがじゃないわね。おそらくは精神的なもの」
「そうだ。今の刹那には周り全てが敵に見えているのだろう」
龍宮の推測を混ぜながら詳しい症状を伝える。それを聞いている絵本はしばらく考えながらもすぐに考えをまとめ上げて龍宮に説明する。
「うん。用意した病室についたら一度患者をおこしてどんな具合かをきちんと調べないといけないと思うの。調べた結果によってはそれがどれくらいの傷なのか、そもそもの原因は何か? そういった事を調べないといけないわ」
簡単な説明だが龍宮はそれだけで納得したのか、
「ドクターに任せるさ。治療に関してはドクター以上に信頼できる人間はいないからね」
「それって、私が治療以外には役立たないっていうこと? そうだよね。私なんか治療しかできないよね」
その場の空気が暗く重たいものになったが丁度絵本が用意した病室についた。そのためにこれ以上あの空気を吸わなくて済むことになり龍宮は安心する。
(それにしてもへたくそな運転は相変わらずだが、何故私がいないと多少はまともな止め方ができるのだ?)
そんなことを考えながら。
病室では今、刹那が患者が暴れた時用の拘束具でしばりつけて絵本が話を聞いている。気を使えないように龍宮が符を使ってまでしたのだ。
「一枚三十万なんだが。治療が終わったら後で刹那に請求しよう」
そんなことを言いながら龍宮は一人待ち続ける。時間はかかるが絵本ならば確実に刹那の治療ができると信じているからだ。だが、
「きゃああああああああああああああああ!!」
轟音と共に絵本の悲鳴が響く。
「ドクター!?」
龍宮が慌てて部屋に入るとそこでは白い翼を見せながら額から血を流す絵本を見下ろす刹那の姿があった。
「刹那!!」
「龍宮、お前もか」
刹那は先ほどのように過剰に怯えているわけではない。だが、その精神は大きく変わっていた。無理やり開かれた心の傷に、抉り出されて傷付けられた心。それらが相まって今の刹那は過剰な行動に今は出やすいのだ。
「っく!」
手刀で頸動脈を切り裂こうと刹那が攻撃を加えてきたの龍宮が認識した瞬間に龍宮の体から血が噴き出す。
「な!?」
慌てて血管を抑えるが頸動脈からの出血がその程度で止まるはずがない。今もなお血を流しながら龍宮は驚愕を顔に貼り付けていた。
「バカな。いくらなんでも速すぎる」
龍宮が言った通り刹那の行動は速すぎた。元々刹那は速い攻撃などが得意だがいくらなんでもこれは速すぎた。出血を止めるために符を使い怪我をいやす。
「どこだ?」
龍宮の魔眼ですら捉えきれない程の速度で刹那は病室という密閉空間を走り続ける。それはつまり完全に制御できる程度の速度で走っていることであり、さらに加速することも可能ということだ。
「仕方ない。このままでは私も死ぬだけなのでな。恨むなよ、刹那」
瞳に魔力が集中すると同時に翼が生える。
「全力解放なんて久方ぶりだ」
龍宮は刹那と同じ魔のハーフだ。それも高位の魔との。そのために魔眼という特異な生態部位を持っている。魔族としての力を開放したその状態ならば普段は使えない力も使える。
「そして、今の私は率直に言うとお前より強いぞ?」
瞳でとらえた刹那を腕で薙ぎ払い、壁に叩きつける。
「がぁ!!」
刹那とて強大な力を秘めているが錯乱している今の状態ではまともに使うことができない。
パンと軽い音が響き、龍宮が持っている銃から白煙が上がり、発砲された。
「ぐぅう」
「無駄だよ。風属性の拘束弾だ。コストが高すぎるためあまり使わないがその拘束力はかなりのものだ。お前にはほどけんよ」
ゆっくりと刹那に近寄る龍宮だが、龍宮が近づけば近づくほど刹那は暴れだす。
「なあ、刹那。お前は怖いんだろう? 人が、妖怪が。自分と少し違う。ただそれだけで迫害して殺そうとする奴らが。だがな、それでもお前にはお嬢様とやらがいるだろう? お前を拒絶しなかった存在が。お前を受け止めてくれた存在が」
「黙れ!!」
「黙らないさ。なあ、刹那。お前は世界で一番不幸なんて思っていないか?」
「な、なにを?」
「なあ、迫害されるのがお前だけと思っていないか? お前以外にもよりひどい不幸を背負わされた人間を私は知っている」
刹那から大量の汗が流れていく。
「そう思わないと幼いかったお前は生きていけなかったんだろう」
「お、お前に何が分かる!! 私のことを知りもしないで」
「知っているさ。私もハーフだしな。人間からは拒絶され、悪魔たちからは人間ということで嘲笑われていたよ」
刹那と龍宮が迫害されていた理由は似ているが違う。ハーフということだけでなく刹那には白い翼という理由があったからだ。それでも同じような境遇であった人物がいるだけで刹那にとって多少なりとも感情を抑えることができるようになった。
「龍宮」
「なあ、刹那。確かに人も悪魔も妖怪も私たちのような奴らには敵かもしれない。けれどもな、私たちのような存在でも味方はいるんだよ」
「……たとえいたとしても私には信じられない」
「ならば疑えばいい。人間なんてそんなもんだ。常に他者を疑って生きている。ならば私たちも疑えばいい」
「疑う?」
「そうだ。結局人は人を疑って疑って疑って初めて信用することができるんだ。今までお前は疑っていなかった。今から疑えばいい」
刹那にとってそれは考えたこともない事だ。桜咲の家に拾われてからそんなことは考えたことがなかった。
「疑う」
「そうだ。別に人間不信になれと言っているわけではない。お前が目で見て聞いて信用するかどうか決めろ。まあ、ドクターほどになってもらっては困るがな」
「?」
「気にしなくていい」
刹那にとって人を疑うなんて信じられないことだった。だがそれは相手を見極めることの放棄と同じだ。だからこそ今まで築き上げてきた人間関係なんて信じられなかった。だが、今言われたことにより刹那は本当の意味で人を信じるということを知ったのだ。
「龍宮。私は今まで勘違いしていたのかもしれない。人を信じれば人は私を傷つけないとそう思っていた。いや、そう思いたかった。幼いころの虐待は私にとって耐えられるものではなかった。だからこそ人として生きる時には他者を信頼、いや、盲目的に信頼することで傷付けようとしてこないと信じたかったんだろう。けれどな、今回の件で私が抱えていた憎しみを、弱さを知った。だからこそ、私は弱くあろうと思う。人を疑う臆病な弱いそれでも、本当に人を信用できる私になる」
それを聞いて龍宮はうっすらと笑い、
「そうか、がんばれよ」
刹那を励ました。