魔法科SSシリーズ   作:魔法科SS
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司波兄妹以外のお話になります。

妄想ばっかりな、学生時代の(そもそも高校や大学に通ってたのかどうか……?)双子百合です。同性愛描写が苦手な方はご遠慮ください。

※こちらではpixivの投稿作品を転載しています
掲載元:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2029009


私への嫉妬【真夜×深夜】

「……真夜」
「姉さん」
 目を開けてから、初めて見た少女の顔は、とても綺麗だった。
 歳は中学生になるくらい。「清楚さ」と「儚さ」が具現化したかのように、幼い可憐さのなかに年齢を越えた幻想の美を兼ね備えている。
 辛そうな、今にも泣き出しそうな顔。その辛さを悟られないよう、表情を抑えているつもりだろう。しかし赤く腫れ上がった目元がその努力を裏切っていた。
 悲しみを抑えきれないのは当然だろう。彼女の愛する妹に、何があったかを想像すれば……。
 だがその「妹」のことを、なぜか他人のように感じる自分がいた。その「妹」とは、間違いなく「私」のはずなのに。
 目の前にいる少女のことも、まるで初対面のように感じる。この綺麗な女の子は、「私」にとって双子の姉であるはずだ。
 本当なら、ずっとそばで眺めてきた顔だった。顔立ちや声が記憶のデータベースと一致し、迷うまもなく名前を導き出せる。彼女は四葉深夜。私(四葉真夜)の、姉さん。
 後で知ったことだが(深夜に聞いたのではなく、独学だ)、人間の記憶には「実感としての記憶」と「知識としての記憶」とは別に、「手続き記憶」と呼ばれるものがあるらしい。
 ナイフとフォークの使い方や、服を着る順番、ひもの結び方や、体を洗う際のクセを忘れたりしないように。
 意識上の知識や実体験とは異なる、無意識にしみ込んだ記憶。それは深夜の精神構造干渉魔法で改変されることなく、原型を留めていた(でなければ、流暢に言葉を発することにすらリハビリを要しただろう)。
 真夜の口から「姉さん」という呼び名がすっと出てきたのも、日頃のクセが呼び起こされた結果だった。それは反射神経のようなものであって、実際に「姉」と意識して呼んだわけではない。
 だが「目覚めたばかりの真夜」にとって、この平凡な呼称は、重大な意味をもって受け止められていた。
 ……姉さん。
 そこには、紛れもなく親密な、安心しきった響きを感じる。
「姉さん」
 この響きが、自分の口から自然に紡がれることが、生まれ変わったばかりの身には嬉しかった。
 「かつての真夜」は消滅したかもしれない。それでも「今の真夜」が確実に「生きている」ことの拠り所のように思えた。
 真夜がそう感じた瞬間、深夜はかけがえのない存在となった。
 卵から孵化して、初めて見たものにインプリンティングされる雛鳥のように。真夜が目覚めたときに初めて「実感」できたのは、悲しみをたたえた深夜の可憐さであり、自分の喉を震わせた「姉さん」という言葉だった。
 「個人としての経験」を何ひとつ持たずに生まれ変わったとしたら、私とは一体誰なのか? という苦悩に陥っていたことだろう。だが、私には「姉さん」と呼べる人がいる。
 まるで早送りの映画を観るかのような、味気のない記憶しか真夜には残されていない。そんな過去には、面白みもなければ思い入れもなかった。何を基準に生きてきたのか、まったく理解できなかった。
 しかし、深夜という少女を特別扱いした「姉さん」という呼び方だけは、自分の大切な記憶(メモリー)として刻印すべきだと感じたのだ。


 この人はきっと、私にとって「軸」になる存在かもしれない。


 生まれたばかりの無垢な自我の中で、真夜は確かに、そう直感したのだ。
 頭のなかの「記録」を眺めれば、「私」がこの少女を愛していたことが解る。ただし、そのときの感情は一切蘇らなかった。
 今の彼女にわかるのは、思わず「姉さん」と呼んだクセのなかに、確かな愛情の響きが込められていることくらいだった。
 そして何よりも実感できることが、ひとつ生まれた。
 悲哀に満ちていた姉の表情を見詰めているうちに、たまらないくらいに可愛い……、と胸をときめかせていた事実だ。



 そもそも、実の姉妹である深夜の顔は、二重の意味で「見慣れた顔」だったはずだ。
 血縁者の顔に愛着を感じることはあっても、綺麗、とまで思うのはナルシズムのようかもしれない。
 しかし実感を失ったということは、今まで眺めてきた深夜の顔も、せいぜい「テレビで見たことがある」程度のボンヤリした印象へと低下するということだ。
 生まれ変わった真夜にとって、あらゆる光景は「知ると見るとは大違い」と感じるもので、ホンモノとの接触はなにもかもが刺激的なのだ。
 それは己の顔であっても変わらない。「生まれて初めて自分を鏡で見る」のが12歳になってようやく、という人間と同じだ。この経験によって真夜は、以前よりもはっきりと自分の美貌を自覚できるようになった。
 驚くほど綺麗だねと褒められることと、自分を見て綺麗さに驚くことでは認識のレベルが違う。
 このくらい迫力のあるものを武器にしない手はないし、磨かないのは損だと素直に思ったくらいだ。
 その意味では、真夜はナルシストの性癖を獲得した、と評せなくもない。水面に映る己を見詰めたナルキッソスと同じく、自分自身を「私の体のはずなのに他人の体のようだ」と感じているのだから。
 だから姉の可憐さにときめいたのも、記憶のなかの愛着とはまるで関係なく、本能的に美しさを感じる造形だったから……に他ならなかった。
 「見慣れる」という防護壁さえなければ、誰であってもこの双子の美貌には心を奪われるに違いない。
 その上で、真夜は姉と自分の顔を「好み」で区別していた。表情が違うのだ。
 どちらかというと真夜の表情は勝ち気そうで派手な印象があり、深夜は物静かで内気な印象があった。
 たまらなく可愛い、と感じた第一印象のイメージを裏切らない、アンニュイな表情を良く見せる深夜が好きだった。
 彼女たちの美しさは天賦のものだったが、どんな生き方をするかによって、プリズムのように輝き方を変えるのだと真夜は学んだ。
 素材としては抜群なのだと充分に自覚したことによって、美容に積極的な生活を自分に課そうと決めた。
 そう心掛けた上で、あの事件後にまず懸念したのは女性ホルモンの適切な分泌だった。
 しかしこの心配は杞憂となる。
 正常な女性の機能を取り戻そうとした治療は成果を見せずに終わったものの、それは生殖能力の回復が不可能だったというだけで、体内から女性の器官を喪失したわけではない。
 むしろ一族は回復の望みを懸けて、彼女の生殖器を完全に再生しようとしていたのだから。
 結果、肉体が第二次性徴を遂げようとするあいだ、再生医療の副作用なのかどうか、彼女の卵巣はより多くの女性ホルモンを全身に巡らし、女性らしい丸みを帯びたシルエットを作り上げることに大きく貢献した。
 その皮肉な作用は、双子の姉妹である深夜と比べてみれば歴然とする。
 高校に入った頃には、すでに真夜の身体は日本人離れしたグラマラスさを備えていたが、深夜は対照的に、日本人女性らしく着物姿などが似つかわしいスタイルに成長して見えた。
 真夜付きの使用人は、彼女に合う洋服や制服を調達するのに苦労し、若くしてオーダーメイドが当たり前にもなっていた。
 言うまでもないことだが、着るものを選んだのは、肥満スタイルだったから、ではない。人並み外れて均整の取れすぎたスタイルだったからだ。
 多くの既製服(レディメイド)は、彼女に着られることを前提に作られておらず、服の方が彼女のプロポーションを持て余した。
 日本人離れしたと言っても、コーカソイドと同じ体格というわけでもない。いずれの人種を基準にしても理想的な調和が実現しており、それは既存のボディバランスからの大幅な逸脱も意味していた。
 ボディラインのわかる格好で人前に出ることは「物騒」だと見なされたほど、悩ましくも非常識な肉体だった。
 シックな和装などを華美に着こなす姉に対して、妹はコルセットドレスなどで豪奢に身を飾ると、どんなパーティであれ同席者らを圧倒し、我を忘れさせ、放心めいた溜め息の渦に感染させた。
 彼女のプロポーションは、あらゆる女性のなかで最も理想(イデア)の姿に近い、と現代魔法学からすれば不適切な賞賛を浴びせた者までいた。
 優れた魔法師のプロポーションや手相・顔相は、理想的な黄金比の美に近付く、という古い考え方がある。
 科学と魔法が融合した今世紀において、それは神秘主義(オカルト)の領域にある見識だ。とはいえ、もとより魔法陣や呪印などの幾何学文様からあやかしの力を導き出すのが魔法の原理・原則である。
 そんな力を用いる世界からすれば、あたかも魔法陣のごとき姿形(デザイン)を授かった者であるほど「魔」の深奥に近付けるのかもしれない……。そうした考えが出てくることは至極自然であり、なんら奇妙でもなかったのだが。
 魔術を意味する「グラム」と、魅惑的な容姿を意味する「グラマー」が語源を同じくするというのも、あながち無意味な一致ではないかもしれない。
 ただ、人為的にデザインしうる「正解」が見出されていない以上、神による造形に任せざるをえないというだけだ。
 遺伝子操作でプロポーションに手を加える技術はほぼ完成しているが、調整体魔法師に期待通りの魔法力を発揮させた実例もなければ、理論化もなされていない。
 正解もなければ、理論的な証明も不可能だという点で、芸術の奇跡に通じるという意見もある。
 ともかく、高校生の真夜が授かった容貌と肢体は、まさに芸術品と呼ばれるに相応しいものだった。
 「まるでギリシャ彫刻の傑作のよう、いや彫刻の天才をしても表現しえなかった理想そのものだ」という賛美は、学生の頃から擦り切れるほど捧げられた。
 それはただ完璧であるだけでなく、聖と俗が真夜の身体には同居していたことを意味する。
 あやしい蠱惑の色香も、天使のようなあどけなさも、小悪魔的な人懐っこい魅力も、畏縮してしまうほどの高貴さに反して劣情を誘ってやまない妖艶さも内包した「矛盾の調和」こそが、芸術家には到達しえぬ領域なのだった。
 同じく一族の当主候補として育成された深夜と真夜の姉妹だが、果たしてこのプロポーションの差が実力を隔てる一線となったのか、は知りようもない。
 深夜は魔法力よりも精神の安定性に問題があり、それが魔法の才を損なってもいたのだから。
 その上、不安定さを埋めようとするあまり自身に鞭する気性が重なっていた。真夜に負けまいと限界を越えようとするたびに魔法師としての寿命を縮めていた。
 真夜は、そんな姉の必死さをずっとそばで眺めていた。
 能力や人間性で劣るかもしれない、というコンプレックス。淑女としては完璧な作法を身に付けていた深夜だが、世渡りや、人を惹きつけることに関しては真夜の方が巧みだった。
 深夜はその異能の性質ゆえに他人を恐れるところがあり、幼いころから妹の明るさに頼っていたきらいがあった。だが今、その「妹」はいない。
 深夜は深い喪失感に浸かった思春期を送っていた。そして、その喪失の直接原因である自分を憎悪し、罪悪感に縛られていた。

 真夜は、こんな姉が可愛くて仕方がなかった。
 その可愛らしい顔が悲哀に(かげ)るようすを目にするたび、もっとめちゃくちゃにしたい気持ちに支配され、喉がカラカラに渇いた。



 記憶のなかの姉妹は、人知れず愛し合う関係だった。
 とはいえティーンエイジにも至らぬ少女たちのすることだ。言ってみれば、幼い戯れだったかもしれない。
 それでも「姉妹愛を超えた」感情で繋がっていたのは確かだった。
 特に真夜は、先天的とも解釈できる同性愛感情を伴っていて、異性には食指が動かないと薄々自認していたほどだ。
 深夜はそんな真夜に振り回されつつも、互いの愛情を確かめ合うことを拒まなかった。むしろ、系統外と呼ばれる未知の力を抱えた彼女は心に闇を抱えやすく、姉妹愛に深く依存していたのは真夜ではなく深夜の側だったろう。

 ……今の真夜が客観的に洞察すれば、かつての姉妹は恋人のような仲だったと解る。
 そして真夜のリセットされた自我は、(記憶や経験とは無関係に)改めて実の姉に情愛を抱いた。
 あの日以来、深夜だけが性的な想いを寄せる対象となっていた。
 おそらく自分は、生涯独身を貫く立場の人間だろう。女として、誰かの妻となり誰かの母となる人生とは無縁に過ごして死ぬのだろう。
 育ちに育った肢体も使いどころはなく、潔癖を通すことだろう。
 だがそれは悲劇ではなく、むしろ望ましいくらいに感じている。
 かといって、真夜は男性が嫌いなのではないし、怖いわけでもない。
 知識として思い出せる、かつての自分が惨たらしく残酷な体験に晒されたのは確かで、それは仮に「他人の記録のように思える」としても、女性の身ならば知りたくもない出来事であったのは間違いない。しかしその上で、自分が事故によって歪められた人生を送っているのではなく、納得のいく生き方を選べているように感じていた。
 男性や、婚姻などと関わらずに生きられる今の自分を、真夜は満足して受け入れている。
 真夜は、深夜の「魔法」のことも本当に感謝しているのだ。
 姉の精神構造干渉魔法によって、自由な自分に生まれ変われたことを。
 残念なのは、そのありがとうという気持ちを正直に伝えられないことだ。
 深夜は「かつての私」が好きなのであって、「新しい私」が好きなわけじゃない。
 彼女が取り戻したいのは「かつての私」からの愛情であって、「今の私」からの愛情じゃない。
 元々の姉さんは、孤独を避けたがるタイプだった。いつも私から離れようとせず、七草の御曹司との婚約が決まったときも、ずっとふてくされていたものだ。
「これでもう、姉さんは私を独り占めできなくなるのね。でも、いつかはそうなるものよ」
 そう事実を告げて、互いに姉妹離れをする決心をした。私たちは、精神的な繋がりさえあれば充分だと信頼しあって。
 そこにあの事件が起きた。
 自立しかけていた姉さんの心はまた脆くなり、再び支えを必要とした。
 一方で私は、人格をリセットしたと同時に、かつてと異なる愛を姉さんへ向けるようになった。
 新しい私には、選択肢がふたつあった。


 ひとつは、姉さんへの想いを秘めて、わずかでも過去の関係が取り戻せるように、支えつづけること。
 もうひとつは、「姉さんがもっと悲しむ顔を見てみたい」という自分の欲求に蓋をせず、強引にでも関係を結ぶこと。


 自分を傷付け、私のために辛い思いをしている姉さんが、とても愛おしい。抱きしめたくなるほどに。
 激しさを増す愛おしさに負けて、選んだのは後者の選択だった。
 そう決断してからというもの、実の姉に対する真夜の愛は、獰猛な欲望のかたちへと変わった。



「今度こそ可愛い妹を独り占めにできるのに」
 いつものように制服の裾のなかへ指をすべり込ませながら、長椅子の背もたれまでズッ……と追い詰める。
「私はもう姉さんから離れたりしないのに……。喜んでくれてもいいでしょう?」
 姉さんはいやいやをするように、目に涙をためながら首を振る。
 それが可愛くて、また唇を奪う。
 姉さんはいつでも拒絶はしない。泣きじゃくりながらキスを受け入れてくれるが、心は閉じきっていることがわかる。
 その固い扉をこじ開けたくて、私は姉さんを陵辱するような気持ちで、さらに深く口腔のなかを犯した。
 息を忘れるほどの丹念なキスを済ませると、無抵抗になった姉さんは、声を殺して泣いていた。かまわず、腰砕けになって力が抜けている体を襲って、全身を愛撫していく。
 こんな行為を続けても、今の私を愛してはくれないと知りながら。
 姉さんのなかから、かつての私を消すことはできないと知りながら。
 私は、私に嫉妬を焼いていた。
 今の私を姉さんが拒絶しないのも、私のなかにかつての私を感じるから、というだけなのだろう。
 それ自体はかまわない。この身体が姉との絆ならば、誘惑の材料に使うだけだ。

「昔の私とは、こんなことしなかったわよね?」

 すっかり大人の身体になっていた私は、姉さんから様々な(思い付くかぎりの)「初めて」を奪った。二人きりになれるときなら、状況も場所も選ばず「思い出」になるようなことを要求し、容赦なく犯した。
 きっとこれは自分への罰だと思っているのだろう。姉さんが内罰的に自分を責めているのなら、私はそれも利用して束縛するだけだった。
 それに姉さんは、潜在的に私との関係を必要としているようにも思えた。
 今のこんな私でも、求められればすがりつきたいほど、心が危ういのかもしれない。それはどうにか救ってあげたかった。私は姉さんの可哀想な姿をいくら愛していても、心を壊したいとまでは思ってないのだし……自分で言っても説得力がないけれど、私はサディストではないのだから。
 たまたま泣いている姉さんが好きなだけで、姉さんは私が抱くとすぐに泣くだけで、単純に「泣かせたい」のとは、ちょっと違うと思う。
 自己弁護はともかく、姉さんは私と体を重ねることで感情の泥を吐き出し、精神の安定をかろうじて保っていたようだった。もちろんメンタルだけでなく、肉体的な悦びを与えることに関しても、「私」には自信があったが。
 激しく辱めることより、姉さんを悦ばせる行為に集中して優しく抱いてあげた方が、より悲しみの表情が浮かぶことを私は見抜いていた。
 私の身体で感じたり、開発を受け入れたりすること自体が、姉さんにとって切ないことなのだろう。
 だから、姉さんが目を赤く腫らして泣いているときが、一番満足しているときだとわかる。羞恥に耐えながら私をにらんでくるのは、高まる快感に震えているサインだ。
 それがとても可愛くて、姉さんの前なら私は、いくらでも優しい言葉を囁くことができた。
 姉さん。愛してるわ。気持ちいい? と尋ねたら、泣きながら頷いて、
 大好きなの。愛してる。姉さんは? と尋ねたら、泣きながら首を横に振った。
「……そんな顔をするから」
 姉さんのことを、もっと好きになってしまうのだけど。
 その冷たい涙を舐めとるような愛し方が、私の姉さんへの愛となった。
 愛し返されたい、とは少しも思わなかった。
 今は姉さんに触れられるだけでよかった。たまに自分が、姉を守る保護者であるような錯覚をしてしまうが、あくまで耽溺しているのは私の方だ。
 人前で手を繋いだりしてそばを離れないときも、姉さんに避けられたらそれでお終い。甘えているのは私であって、単に触れることを「許されている」だけだ。
 その証拠に、私が強引に襲った直後の姉さんは、本当に冷ややかな目で私を見下すのだ。「妹」の身を汚す、いやらしい女だとでも姉さんに思われているのだろう。
 そういえば、同性の反応をもっと経験しておくために学校の女子生徒を囲ったとき、姉さんから酷く軽蔑されたものだった。それは私に妬いてくれたのではなく、単にこの身体で淫蕩に耽ることが腹立たしかっただけかもしれない。
 逆に姉さんは、私から逃れるために女を作ることがあった。……奪い取るのは簡単だったが。
 今は私だけの姉さんだけど、私がいないならいないで、ガーディアンの娘でも誰でも代わりは勤まるだろう。
 学校を卒業して、実質的に私が一族の当主となる頃には、そのくらい距離をとってもいいだろう。
 ただし、私が姉さんに甘えたい日は、四葉当主の権限を使ってでもそばにいさせるつもりだ。本当の姉妹のように仲良くしてみせよう。そのとき、成人した姉さんが男と結婚していようと逆らわせる気はない。
 死ぬときも、姉さんと二人きりがいい。
 若くして衰弱の見える姉さんは、長生きしないかもしれない。しかしベッドの上で看取るにせよ、戦場で共に果てるにせよ、最期の瞬間は「私の一番そばで死なせたい」というのが夢だった。
 これは「私」への当て付けになっているのだろうか、と真夜は想像する。
 この人はもう、あなたのものではないし、あなたには支えてあげることも、支配することもできないでしょう?
 口惜しい? それとも羨ましいかしら?
 その答えは、「私」ではない真夜にはまったく想像できない。実感の湧かない「記録」でしかない過去のイメージは、年々あいまいにしか思い出せなくもなっていた。
 恋敵として、これほど手応えのない相手もいないだろう。虚しい。だから真夜は、まるで女の子のような憎まれ口を漏らすしかなかった。

「あなたには渡してあげない。
 絶対に、私の方がずっと……何倍も何十倍も、姉さんのことが大好きなんだから」



 このSSのあと、真夜×深夜の漫画をSBSさんが描いておられました。とても萌えるので、そちらも合わせて見ていただきたいです。→http://twitpic.com/dfz9kq