魔法科SSシリーズ   作:魔法科SS

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執筆順でいえば、これが5作目でした。

無名の一科生から見た、深雪さんの姿を描いたSSです。このあたりからセリフや状況描写を加えるようになりました。

※こちらではpixivの投稿作品を転載しています
掲載元:http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1316731


3. ある一人の犠牲者について

「あなた、最近の成績落ちてるみたいだけど、大丈夫なの?」

 第一高校の一年A組には、ブルームの立場でありながら、授業に全く身の入らない女子生徒が一人いた。

 激しい実力主義で知られる魔法科高校だからこそ、カリキュラムについていけなくなるような事態は、死活問題に関わる。なんといっても、代わりとなる「スペア」には事欠かない学校でもあるのだから。

「うん……」

 彼女は今年の九校戦で、新人戦に抜擢された女子メンバーの一人。付け加えるなら、エイミィとスバルに付き添って、深雪とほのかと雫の三名を温泉施設に誘いにいった二名、のうちの一人だ。

 九校戦の出場選手の一員である以上、こと魔法力に関してはエリートの仲間入りをしていたはずの生徒である。だが、夏休み明けからしばらく経ったこの時期にあって、まずは魔法以外の筆記から成績が落ち始め……、今では魔法理論・魔法実技のどちらも低下しつつある。

 その理由は、エイミィに誘われて入ったあの温泉にある。

 正確に言えば、司波深雪と同じ湯船に浸かったことが原因だ。

 湯で濡れた薄衣を肌に張りつかせた深雪の裸身からは、学校では知ることのできなかった色香が漂い、一瞬で彼女はその虜となった。

 もちろん、深雪に魅了されたのは彼女だけではなかった。……が、一人だけ熱のこもり方が違う目をしていたことを、他の女子たちは気付いていない。

 一触即発の空気で、深雪に襲いかかるも寸前だった彼女たちの煩悩は、ほのかと雫が冷や水を差したことで有耶無耶となったわけだが、実はこの女子生徒が「最も危険な状態」にあったのである。

 エイミィとスバルと、そしてもうひとりいた生徒は、女の子同士で日常的にセクハラな雰囲気を作り出す常習犯だったから、その中にまぎれて目立たなかっただけだ。

 その時のことを思い出していると、ふっと教室内にいる、深雪の姿が目に入った。クラスメイトと会話を交わしながらも、どこか物憂げな面持ちが、いつもながら兵器級に可愛らしい。

 ほぼ自動的に、浴場で目に焼き付けたあられもない姿が、この現実の深雪に重なって見える。

 ああ、もう一度ホンモノで見たい……。

 気がついたら、自由時間が終わっていた。

「おーい! ホントに大丈夫?」

 しつこく何度も名前を呼ばれていたらしく、ガクガクと肩をゆするクラスメイトの声で、ようやく我に返る。

「いや……大丈夫。んじゃない、と思う……」

 

 

 そう、大丈夫じゃない。

 九校戦でトドメを刺されたのが、ピラーズ・ブレイクのときの巫女装束と、フェアリー・ダンスのコスチューム。

 そのふたつの衣装は、会場全体を熱狂の渦に巻き込み、各校の生徒から大量のファンを集めた「晴れ姿」だったわけだが、その下の裸身を見てしまっていた彼女にとっては、発禁レベルに色めいて感じられたのだった。

 ……ようするに、(女子の競技に卑猥な目線を向けていた)一部の男どもと比較しても、よっぽどみだらな意識でしか見ていなかったのがこの女子生徒、ということだ。

 そんな自分のふしだらさを知って愕然としつつも、多大な脚光を浴びる深雪を目の当たりにしたことで、「本来ならばおいそれと親密になれないくらいの相手」だったという現実にも気付かされたのは幸いだったと言えようか。多くの者たちは、彼女の美しさを神聖なものと讃え、不可触(アンタッチャブル)な貴人のごとく扱っているというのに、自分ときたら……と恥ずかしく感じた。

 それ以来、彼女にとっての深雪は「可愛いクラスメイト」というポジションから、「いけない情欲を誘う少女」であると同時に、「手の届かないスーパーアイドル」へと変化していた。

「いや……変化したのは深雪さんではないわね」

 変化したのは私自身。

 あれから私は、自分が女であるということが良くわからなくなっていた。

 深雪さんが浴室に入ってきた瞬間、息を飲んだ周りの子たちが何をどう感じたのか知れないが、私にとっては「風呂場に異性が闖入してきた」も同然の衝撃だった。

 といっても、女風呂に男が入ってきたのとはわけが違って……。どちらかといえば、男風呂にいきなり美少女が入ってきたらあんな感じになるのだろうか? と想像してみる。

 いや、深雪さんの美しさが一般的な男のイメージに結びつかないだけで、とてつもない美男子が女風呂に現れたと喩えた方が近いのか? などと思考を混濁させながら、当時の記憶を引っぱりだす。

 当然、どちらの比喩もしっくりこない。

 でもともかく、深雪さんの性別は間違いなく女性なわけで、でも女同士という気がまるでしなくなって、だとしたら、自分が女ではなくなった、ということになるのかもしれない。

 誰かが深雪さんを評して「性別なんて関係ないって気になる」と漏らしたとき、本当にそうだと思った。気になるというか──みんなは気になるだけだったかもしれないけど──、そんな気になるだけじゃなくて、性別って本質じゃないんだ、と実感させられた。

 劣情を抑えきれなくなった者の前に、その対象がいる。それだけであの危ない空気は作られるのだから。

 彼女は元々、エイミィのように同性とのスキンシップを好むタイプではなかったし、スバルのように中性的なポーズを取るタイプでもなかった。

 なまじ、普段から女子へのセクハラや、カップルごっこを趣味にしているエイミィたちの方が、あの入浴からの立ち直りは早かったかもしれない──あの子たちも多少は引きずっている、ように見えなくもないが──。

 自分がずっと悶々としていることは、友人にも打ち明けられずにいる。しかしそろそろ、自分の挙動不審もエスカレートしてきたらしく、勘付かれても不思議ではない頃合いだ。

 特にプールの授業中などは、よほど気を付けていないと危ない気がする。

 ……と、携帯端末のバックグラウンド画像にしてある、深雪の顔写真をうっとりと見詰めながら彼女は考え込んでいた。

 

 

 学校から帰って、自室に戻ると、そこは壁の三面が司波深雪の巨大ピンナップに埋め尽くされていた。

 九校戦で記念撮影した写真が主だが、ファンクラブに頼み込んでゆずってもらった、会心の一枚が最も大きく引き伸ばされている。

 校舎を背景にした制服姿のそれは、ファンサービスを心得たアイドルがカメラマンに向けた、極上の微笑み。

 気を失いそうになるくらい可愛い。

 意識が戻ると一時間が経過していて、夕食を告げる家族の声が聞こえる。

「……着替えなきゃ」

 制服も脱がず、カバンも手に握ったまま、ずっと棒立ちで深雪さんの写真に心を奪われていた自分に、いっそ感心してしまう。今日も勉強できそうにないな、フフフ。

 ほぼ「ヘヘヘ」の発音に近い、乾いた笑いを漏らしながら、部屋着に着替え、夕食を済ませ、お風呂に入り、あの深雪の裸をついつい妄想し、またうっかり一時間、湯船に浸かりっきりになって湯当たりした。ふらふらになりながらベッドに倒れ、再び深雪の写真を、存分に眺める。

 目の焦点をその笑顔に合わせるだけで、頭の中が麻薬漬けになるような錯覚がする。じゅわり、と物理的に脳が液状化しているのではないか、と疑うほどの幸福感。

 まぶたを閉じてみても、あの美貌がくっきりと浮かびあがるくらい脳裏に焼き付けた自分に満足する。今夜は、照明を点けたまま眠るとしよう。どうせ自動で消灯する設定にしているはずだ。

「今度は、声も聴きながら眠りたいな……。こっそり録音する? あ、生徒会のアーカイブにスピーチのデータが残ってるかも……」

 深雪の、まるで玉の転がるような、小さな鈴の()のように涼やかな、凛と透きとおった声もまた、その魅力を語る上で欠かせざる要素だと感じる。その声域の高い部分は耳の奥をくすぐり、微かに含まれる吐息はきゅっと胸を締め付け、聴衆を腰くだけにしてしまうのだ。

 容姿だけじゃなくて、声まであんなに可愛い女の子なんて今まで出会ったことがなかった。これから会うことも、ないだろう。

 自分は恋を、──片想いをしてるんだと、今更ながらに思う。しかもあまり乙女チックではない、煩悩と下心だらけの恋愛を。

 重度のオタクって、たぶんこんな感じなんだろう。きっとこの学校の男子たちも、ほとんど私みたいな状態になってるんじゃないかな? と勝手なことを思いつつ、男なら一緒のお風呂に入れたり、体育の更衣室が一緒だったりはしないか、と考え直す。

 ならば、自分の方が重症になるのは当然か。まさに「目に毒」だったというわけだ。

 統計学的な割合でいうと、この魔法科高校にも、一学年あたり一人二人の同性愛者がいても不思議ではない計算となる。

 それがたまたま私だったのか……、とは思うものの、基本的にまだ「深雪以外の女子の体」には全く興味が湧かなかったので、それは素直に認められないでいた。

 きっと深雪さんの魅力が、異常なんだわ。

 好きな子への「のろけ」に近い結論を導き出したことで、また布団の中で少し悶える。

 私や、他の女の子たちと比べると、同じ種類の細胞で出来ていることが信じられない。深雪さんの体が大理石だとしたら、私たちは石灰で、深雪さんが高級マシュマロだとしたら、私たちは単なる角砂糖みたいなものじゃないかしら。深雪さんがふわふわのホイップクリームだとしたら、私たちはギトギトのマヨネーズみたいなものだ……。

 この学校の男子の場合は、片想いとは言っても「相手のレベル」の圧倒的な高さに尻込みしている状態だ。そこには学年主席にして生徒会員という抜きん出た肩書きも役立っているし、(一年生にして高い検挙率を誇る)風紀委員の妹、という素性も手の出しにくさに繋がっている。

 もちろん、その恐るべき風紀委員の兄……に対する重度のブラコンであり、他の男子など目に入らないであろう、という専らの評判も徐々に広まりつつあった(禁断の愛ではないか、という類のゴシップは否定されているのだが、異性にまるで関心がなさそうだという意味で、重度のブラコンも近親愛も変わりがない)。

 でも同性の私なら……せめてエイミィとスバルのじゃれあいレベルの接触はチャンスがあるのでは? と下卑たことを考える。

「発想がみっともないな……」

 なんだかんだといって、そのエイミィらですら深雪さんへのスキンシップは成立していないでいるのだ。普通の女子相手なら「冗談」で誤魔化せそうな痴漢行為でも、深雪さんが相手だと「本気」で手を出す目付きになってしまうから、らしい。やはり邪心があっては触れがたいひとなのだ、彼女は。

 逆に、もっとも平然と深雪さんとくっつくことのできる女子は、同じA組の光井ほのかだろう。あの子は私たちとは違って、触りたくて接近しているわけではないから、無邪気の勝利というか……私からすれば、なんとも口惜しい話だ。それがどれだけ羨ましい立場なのか、知りもせずに!

 ほのかはどうやら、深雪さんの兄に想いを寄せているらしい。私も新人戦では司波兄のお世話になった身ではあるが、あの子の「司波達也」に対する心酔ぶりは呆れるものがある。

 入れ込みの激しい性格の子だし、「意中の相手」をキープすることによって、深雪さんの放つ「魅了の魔力(チャーム)」の対象から外れているのかもしれない。あのコも入学したての頃は深雪さんを神聖視していた気がするのだが、夏休み以降、まるで元から友達だったかのような顔をしている。

「……なんかフクザツ」

 深雪に馴れ馴れしいほのかに嫉妬しているのか、深雪の魅力に酔わないほのかに腹を立てているのか、自分でもよくわからなくなってきた。

 司波兄といえば、全校生徒が羨望の眼差しを、あるいは好奇の目を向けている男子でもある。様々な活躍や才能でも知られている彼だが、それよりも「司波深雪を独占できる男」として、ある者は羨ましがり、ある者は奇妙なカップルとして注目している。

 学生離れして優秀であるという点を除けば、似ていない兄妹だ。見た目に関してなら、司波達也は私たちと同じく、「石灰」や「マヨネーズ」側の、標準的な人間だと言えるだろう。

 ひょっとして血の繋がらない兄妹だったりしたら、あの二人、結婚できるんじゃない? といった、大昔のドラマのような想像を、深雪さんに隠れてヒソヒソと噂している女子は多い。

 ほとんど深雪さんのことを諦めている自分は、深雪さんに幸せになってほしいなあと考えるようになっていたし、だとすれば好きな人と添い遂げてほしいと思う。

 あの浴場で、深雪さん本人は「禁断の愛」を動じずに否定して、私たちは「なあんだ」と肩透かしに感じたものだが、それは油断だった。

 九校戦以降、あの兄妹を観察することが多くなった私にとっては、懐疑心が深まるばかりだったから。

 だって、お兄さんのそばにいるときの深雪さんが、一番幸せそうに見えるのだもの。

 お兄さんに向かって、嬉しそうに駆け寄るときの深雪さんの笑顔が、一番輝いて見えるんだもの。

 深雪さんを愛している私から見て、一番してほしい表情がそこにあるのだもの。

 ファンに与えてくれる笑顔ももちろん素敵だが、深雪さんが「女の子」としての可愛さを、あらんかぎりの全力で振りしぼっているのは、お兄さんの前にいるときだけ……というのは、いやでも判る。

 あれはただ、肉親に懐いているとか、親密だとかそういうレベルじゃ決してない。

 なにか誘っている、というか、必死で誘惑しようとしている女の子の雰囲気だ。

 そして、司波達也の方も、そんなアタックに時々たじろぎ、秋波にぐらついている様子が窺える。本人は平然さを保っておきたいようだが、そんなガードは崩れて当然だ。私だったら、興奮して死にそうになる破壊力だろうから。

 素材ももちろん絶品の深雪さんだけど、女の子としての魅力をここまで磨き上げたのは、きっとあのお兄さんのためなんだろう。私としては、CADの調整でも感謝しなければならない司波達也だが、「司波深雪の調整(メンテナンス)」でも感謝しなければならないのではなかろうか。

 そんな深雪さんが輝いている様子を、もっと見ていたい。

 そのためには、生徒会に所属……するのはムリだとしても、A組へのクラス分けは三年間死守しなければ。

 魔法科大学への進学も視野に入れるなら、一科生からのリタイヤはますますありえない。

 深雪さんに見惚れて時間がふっとぶクセ……は多分治らないだろうから、それ以外の時間を削って努力しよう。

 まるで今までの世界が壊れて、世界の中心が深雪さんになってしまったみたいだ。

 いやらしい自分の下心までを美化するつもりはないけれど……こんな学生生活も悪くないかもしれない。少なくとも、後悔はしないし、恨みもしないだろう。深雪さんを中心に世界が回っていれば、それでいいのだから。

 ──私は本当に、どうなってしまったんだろう。

 あの子の破壊的(デモリッショナル)な魅力は、ひょっとしたら本当に魔法なのかもしれないな。

 彼女の体には、とんでもなく強力な魔法がかかっていて……きっと私みたいな犠牲者を、何人も、人数で言うなら二桁も三桁も、生みだしつづけているに違いない。

 

 

 

 

 

 




第4話「無防備な妹」へつづく

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