「お、おぉ、すごいな、らーちゃんは人間じゃないのかー!」
横で聞いていたアムロは、もう少し上手くやれないのか、と本気でブライトのやる気を疑った。しかし脂汗を垂らしているその表情は紛れもなく切迫したそれであり、ぎこちないながらも笑顔を浮かべているあたり、ブライトは本気らしい。こんなところが未だに大佐どまりな所以かな、などと失礼なことを考えていたが、以外にも幼女は泣き止んで再び自信たっぷりの笑顔を浮かべ、元気を取り戻した。
『そーなのだ! らーちゃんは人間じゃないのだ!』
「そ、そーなのかー!」
『そーなのだ!』
「へ、へぇ・・・・・・」
『・・・・・・そ、そぉなのだぁ』
再び泣きそうになる幼女。どこからどう見ても"ブライトが幼女を泣かせている"ようにしか見えない。ブライトには悪いが笑いを堪えきれずにもらしてしまった。
ブライトも困り果てたのか、単に怒っただけなのかは分からないが、笑いを噛み殺していると無言でストレートが飛んでくる。勿論避けはしたものの、このまま無視すると後が怖い(何よりいまやこの艦隊に謎の幼女を除けば二人きりなのだから)のでブライトに代わって幼女に声を掛けた。
「そうか、らーちゃんは人間じゃないんだな」
『う、うん』
「じゃぁ、らーちゃんは一体何者なんだい?」
『よくぞ聞いてくれた!!』
ガバッという音が聞こえそうなくらいに勢いよく顔を上げる幼女。年相応の幼い仕草に、かわいいな、とこんな状況でも思ってしまう。相手は人間ではない(自称)らしいのに、何を考えているんだと思いながらも、頬が緩むのは抑えきれなかった。
『らーちゃんはね・・・・・・』
「らーちゃんは?」
『うぬ、らーちゃんはね・・・・・・』
「うん、らーちゃんは?」
「おい、いい加減さっs」
「ブライトは黙ってろ」
何やら余計なことを言おうとしたブライトの口を押さえ、無理矢理黙らせる。むっとしているようだったが、何とか押さえ込んでくれたようだ。
「それで、らーちゃんは?」
『むふふー、らーちゃんはね? AIなのだ! それも宇宙一賢いAIなんだぞ!』
「へー! そーだったのか! らーちゃんはちっちゃいのに偉いんだな!」
『そーなのだ、らーちゃんは偉いのだ! 今だってこの"らー・かいらむ"を動かしているのはらーちゃんなんだよ!』
「なにをバカなこt」
「いいから黙ってろブライト」
再びいい感じの会話をブチ壊そうとしてくるブライトを、今度は平手で叩いた。いつもなら拳骨三倍返しを食らっているところだったが、怖い目で睨みつつもブライトは自制を保ってくれたようだ。
「それじゃぁ、今ロンド・ベルを動かしているのもらーちゃんなのかい?」
『んー? "ろんどべる"は知らないけど、あっちの"くらっぷきゅう"とか"じぇがん"もらーちゃんが動かしてるよ?』
「何?! それは本当か!?」
『ぶぅー! らーちゃん嘘つかないもん!』
ブライトめ、折角上手く話せているというのによくも邪魔を。次に余計な真似したら殴ってやる。
「そうだよな、らーちゃんは嘘つかないよな。嘘つくのはきたない大人だけだよな」
『そーだよ! 嘘つくのは神様と"きたないおとな"だけだもん!』
「神様だとぉ? ふざけるのもたいg」
「うるさい☆」
ボゴォ。
ブライトはお星様になりました。
「そうか、そうだよね。それで、らーちゃん」
『なぁに、えっと、えっと、、』
小さな唇に指を当てて、うーんうーんと悩んでいる様はAIとは思えないほどにリアルで、そしてかわいらしい。本当にAIなのかという疑問はあるが、もしブライトと二人きりで過ごすことになっても、この子がいるならきっと心穏やかでいられるだろう。
「アムロだよ。こっちはブライト」
『あむお?』
「あ、む、ろ」
『あむろ?』
「そう、アムロ」
『あむろ!』
「よろしく、らーちゃん」
『よろしくあむろ! よろしく!』
やたら元気いっぱいのらーちゃんの姿に和みながらも、とにかく今聞いておかなければならないことを確認する。
『それで、あむろは何か聞きたいことがあるんでしょ?』
「ああ、うん。どうして僕たちがここにいるのか、らーちゃんは知っているかい?」
『もちろん知ってるよ! らーちゃんは天才だもん!』
「らーちゃんさすがだな! もしよかったら、それを教えてくれないかな?」
『いいよ! ちょっと待っててね!』
そういうと、らーちゃんは画面から姿を消した。よく分からなかったが、何か準備があるのだろう。それならここで待っていればいい。
「・・・・・・おい、アムロ」
「なんだ、ブライト」
「・・・・・・ふん」
ブライトの扱いが雑だったり、ブライトの扱いがかなり雑だったり、ブライトの扱いがあまりに雑だったりと色々まずいことはあったかもしれないが、少なくともブライトが話し続けるよりはずっと早く本題に入れたことは間違いない。そのことはよく分かっているのか、苦々しげに睨みつけるだけだった。
そのまま2分ほど待つと、画面に再び人影が現れた。
「らー、ちゃん?」
思わず疑問符がついてしまったが、再び画面の向こうに姿を現したらーちゃんは、幼女からおねーさんにジョブチェンジしていた。
『は、はい。その、わ、私がらーちゃんです』
何故か頬を紅くして、ものすごく照れている。しかも、その照れ方がまた初々しくてかわいいのだ。先ほどの幼女版らーちゃんが抱きしめて撫で撫でしたいかわいらしさとすれば、今のお姉さんならーちゃんは見ていて微笑ましいらーちゃんである。
・・・・・・済まない、忘れてくれ。
『その、私の正式名称はラー・カイラム制御AI Type-Bというのですが、幼児形態の私には長すぎて、そのぉ。。』
登場早々にしてまたもや泣きそうな目をしているが、今回泣きそうになっているのはあまりの恥ずかしさのせいだろう。たしかに見た目高校生の女の子が自分のことを"らーちゃん"などと名乗るのは公開処刑に近いものがあるのかもしれない。
「そうか、事情は察した。それじゃ、今の君のことはなんと呼べばいいかな?」
『呼びやすいように、お、お好きなようにお呼びください』
「そうだな・・・・・・ライム、でどうだ?」
『ライム。。良い響きです。ありがとうございます』
目元を潤ませてはにかむらーちゃん改めライムは、おっさんに片足突っ込んだアムロも少しクラッときてしまうほどかわいらしい。
「では改めてよろしく、ライム。それで、先ほどの質問なのだが」
『はい、ご説明させていただきます』
それからのライムは先ほどとは打って変わって要領よく現在の状況を説明していった。その内容を要約すると次のようになる。
なんでも、
・アムロ達は神様イベント"運命の悪戯"に巻き込まれ、別世界へ転移した。
・らーちゃん/ライムは、2人だけで艦隊を運用するのは無理だろうという神様の御配慮によって存在する補助AIで、ありとあらゆる指示をこなす。経験を積むにつれて性能が向上するが、初期状態では練度が低い艦隊程度。
・神様イベントの特典として、神様ポイントシステムがある。神様ポイントは特定条件をこなすことで支給され、ポイントに応じて戦艦やMS、資源などを補給することが出来る。
・資源は神様システムによって改造されているので、こちらの世界の資源を調達して流用することも可能。資源が存在する限り、修理は全自動で行われる。
・この世界の機械類も製造することは出来るが、実機もしくは設計図がないと出来ない。製造に関しては神様ポイントは消費されない(ただし資源が消費される)。
・現地人を艦やMSに乗せることも出来る。才能によってはらーちゃん/ライムを上回る成績を残すことも可能。ただし、この世界にはニュータイプは確認されていないので、NT用の機体だけは実質アムロの専用機となる。
らしい。ライムに嘘をついている様子はないのだが、そんなことを言われたところで納得できない、というのが本音だ。
「神様だっけ? そのポイント制っていうのは分かったけど、それじゃぁ今ある戦艦やMSはどうなるんだ?」
『は、はい。今あるロンド・ベルは初期ボーナスという扱いになっています』
なるほど。初期ボーナス、ね。聞けば聞くほど嫌な話だ。あまりやったことはなかったが、まるでゲームみたいじゃないか。
まるで、"神様"の娯楽か何かのようなルール。自分の与り知らぬところで道化を演じさせられているようで、どうにも気にいらない話だった。
「気に入らんな」
『ぇ、ふぇ?』
ブライトの剣呑な一言がライムを涙目にしてしまう。まったく、これだから朴念仁は。とりあえずブライトの腹あたりを思い切り蹴飛ばしてライムの視界から失せさせると、気を取り直してさらに話を聞いてみた。
「ごめんな、ライム。ブライトはちょっとばかり真面目すぎるんだよ」
『い、いえ。ライムがダメな子なのがいけないんです。ブライトさんは悪くありません』
涙目で健気にもそういったライムがあまりに不憫だったので、とりあえず戻ってきたブライトにもう一発蹴りを入れた。
「そんなことはない。悪いのはブライトだ。ライムは何も悪くない。それでだ、俺たちの元いた世界のことは分かるか? 出来ればどうなってるのか教えてほしい」
『分かりました。まず、アムロさんはアクシズを押し返した後、行方不明扱いになっています。あっちのブライトさんは、ロンド・ベルの司令官を続けています。あ、奥様とお嬢様、御子息も御無事です』
「なら、地球は無事だったんだな?」
『はい。地球にも多少の被害はありましたが、総じて軽微なものだったと言えると思います』
「そうか。なら、よかった」
ブライトから話は聞いていたとはいえ、やはり不安ではあったのだ。本当に地球は無事だったのか。自分は、シャアを止められたのか。地球の未来を、守るべきものを、帰る場所を、守ることが出来たのか。それはアムロにとっての願いでもあった。
「ライム、ありがとう」
『いえ、お役に立てて何よりです』
照れながら、それでも心なしか嬉しそうにそう答えるライムは、さっきまでよりもさらにかわいらしく見える。安堵の溜息をつき、無意識に張っていた肩を緩めて、少し気が楽になったからなのかもしれない。
「おい、あっちの俺、とはどういう意味だ? 俺は行方不明ではないのか?」
『あ、えぅ、その、ブライトさんは丸々コピーをこちらの世界に移動させたことになっているらしくて、あちらの世界にもう1人のブライトさんがきちんと存在しているそうなのです』
「そうなのです、ってなんだ!? どうして断言できないんだ!」
「ブライト、落ち着けよ。ライムはAIなんだ、神様とやらが何したかなんて知ってるはずがないだろう!」
「っ、そうだな、お前は行方不明のまま変わらないから構わんかも知れんな」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だろ」
『ひっぅ、お二人とも、喧嘩しないください。神様と回線つなぎますから、ちょく、直接聞いてみてください』
「ちっ、そんなものがあるなら最初から出せばいいものを」
『そ、そんなこと言われても、ライムに神様と回線をひらく権限なんてないんです。神様からコンタクトが来なければ、私にはどうしようもないんですよぅ』
もはやボロボロと涙を流しているライムに、少しは落ち着いたのかブライトも少しばつの悪そうな表情をしている。
「おい。謝れよ」
「・・・・・・悪かった」
おい。それは謝罪じゃないだろう。ジト目で見つめてやると、ブライトは憮然とした表情を浮かべながらライムに向き直り、そして頭を下げた。
「八つ当たりのような真似をして済まなかった。許してほしい」
『う、ううぅ、済みません、ブライトさんは悪くないのに、私の配慮が足りなかったばかりに、本当に済みませんでした』
それを見たライムが慌てふためいている様は、見ていて微笑ましかったとだけ言っておく。
「その、これからしばらく世話になる。よろしく頼む」
『・・・! はいっ、ブライトさん、アムロさん、こちらこそよろしくお願いします!』