「・・・地球、連邦だと?」
「そうだ」
何故だか訝しげに問いかけてくる相手側の指令に苛立ちを覚えながらも、とにかく情報の整理につとめる。
とりあえず、ロンド・ベルの状況を確認するに戦艦・巡洋艦は全艦健在のようだ。アクシズ攻略中に撃沈されたはずのラー・チャターもどういう訳か無傷でそこにいた。MSについては残念ながら整備クルーからの報告が受けられないので確認が出来ないが、おそらくこの様子なら失われてはいないだろう。もっとも、自分しかいない状況では宝の持ち腐れでしかないのだが。
「もう一度だけ問う。貴艦の所属を明らかにされたし」
明らかにおかしな状況に、再び所属を確認してくる相手。苛立ちが募ると共に、得体の知れない不安が押し寄せたがそれを押し隠して、努めて冷静に、受話器に向かって声を出す。
「私は、地球連邦軍外郭部隊、ロンド・ベル艦隊指令、ブライト・ノア大佐だ。そちらの所属を明らかにされたし」
嫌みなくらいにゆっくりと告げた内容に息を飲むような気配がしたが、返答は返ってこない。
しかし、それにしてもあの奇妙な部隊は一体どこの所属だ? 戦艦の艦影は今までに目にしたことがない、さながらトライデントのように3つに分かれた艦首を持つ奇抜なものだ。塗装も灰色に近い、暗い水色で、やはり今までに見たことがないパターンだった。これはもしかしてネオ・ジオンの別働隊か何かなのか。
そう思って第二種戦闘配置を指示しようとして、自分しかいないことを再び思い出し、また溜息をついた時だった。
「こちらはザフトパトロール艦隊、パイソン艦長タヒン・デルソルだ。貴艦隊を拿捕する。なお、抵抗する場合は撃沈も辞さない」
長い沈黙の返答は、まさかの撃沈宣告だった。
「ザフトだ? ふざけるのはいい加減にするんだな」
「当方は本気だ。すぐに機関を停止し、武装解除せよ」
そういうと、青い戦艦から緑色のビームが2条、飛んできた。
まさか本当に撃ってくるとは。向こう側は青い戦艦の他に、ムサイに少しだけ灰色を混ぜたような地味な緑色の巡洋艦らしき艦が2隻。本来なら充分蹴散らすことも可能だが、いくらブライトといえど、クルーもなしでは艦隊機動はおろか旗艦のラー・カイラムの操艦すら危うい。
仕方ない、武装解除に応じようと受話器に手を掛けた時だった。
いた。
たまたま首を振った拍子に見えたのは、地球を背にして浮かぶ特徴的な機影だった。
思わず通信を切り替えて叫ぶ。
「アムロっ! 聞こえているか、アムロ! 無事なら返事をするんだ!」
ブライトが今、一番気になっていたこと。それはアムロの安否である。一年戦争から数えて実に14年間、ずっとというわけではないものの、長い付き合いをしてきた、言うなれば腐れ縁だ。アクシズの破片をνガンダムで押し返すという離れ業をやって見せたアムロを必死で捜索したものの発見できず、結局MS・母艦共に資源も損傷も限界を迎えて帰投しようとした矢先のこの異常事態だったのだから当然だった。
「ーーーアムロっ! 聞こえているなら返事をするんだ! アムロ!」
何度目の呼びかけだったろうか、ついにスピーカーの向こうでうめき声が上がる。
「アムロっ!」
「・・・・・・なんだ、ブライトか」
ようやっとつながったと思ったらこれである。出会った頃から変わらない、投げやりな口調に苦笑しながら、ブライトは大きく胸を撫で下ろした。
「それで、地球は・・・・・・?」
「あぁ、無事だよ。お前の、いや、お前達のおかげでな」
「そうか。よかった。よかった・・・・・・」
心底ほっとしたような声を出すアムロにブライトも労いの言葉を掛けてやりたいのは山々だったが、残念ながら、状況は二人にそんな時間を与えてはくれなかった。
今まで無視していた警告が、最終通告を突きつける。
「ーーー所属不明艦隊に告ぐ。今すぐ機関を停止し、武装解除せよ。この要求より3分後、本艦隊は所属不明艦隊に対して攻撃を開始する」
「アムロ、聞いての通りだ。俺としても状況が分からないし、無用な衝突は避けたい。とりあえず連中を振り切る。護衛を頼めるか」
「ん、了解。・・・・・・どういうことだ? フィンファンネルが戻っている?」
「その説明はとりあえず後回しだ。とにかく今はこの状況からの離脱を優先する。墜とすなよ」
「分かったよブライト」
相変わらずの口調にホッとするのも束の間、刻々と近づくタイムリミットに即座に指示を出す。
「全艦ミノフスキー粒子を散布しつつ最大戦速! 威嚇射撃を撃ちつつ後退して左舷後方のデブリ帯に突っ込む!」
そして指示を出してから気がついた。
この艦隊には、自分とアムロしかいないのだ、と。
クルーのいない艦隊など、いくら最新鋭の戦艦だろうとただの的、ハリボテの艦隊である。
そこに改めて想い至って、おそらく人生でも最も重い溜息の一つを吐き出そうとしたその時だった。
「っ!?」
ぐん、という宇宙空間独特の加速感に身体を引っ張られると、ラー・カイラムは左舷側へと回頭を始める。さっと視線を左右に走らせれば戦列を組むようにして並んでいたクラップ級の巡洋艦達も一斉に移動を開始していた。
無人の戦艦が動き出すという前代未聞の怪事件にとらわれている暇もなく、ザフト、と名乗ったパトロール艦隊は主砲らしきビームを放ってくる。その発射と同時にMSも発艦させてきていた。
てっきり警告の時点で出してこないのだからMSは配備されていないのだろうと思っていたのだが、違ったようだ。
少しばかり動揺して、艦隊直援にMSを回そうと発進を命じ掛けて、一瞬、迷う。パイロットもおそらくいないのであろうこの状況で、命じたとしてMSは動くのだろうか。
無人のMSが勝手に発艦していったらそれはそれでホラーだとは思うが、無人の戦艦が動いたのだからMSだって動かないとは言い切れない。とりあえず、動けばいいな、程度の気持ちでブライト発進命令を下した。
「各艦MSを出して直援に回せ! 威嚇射撃は認めるが、絶対に当てるなよ!」
そして艦隊機動の命令を随時出しながら、注意深く様子を観察する。命令を下してからおよそ5分後、MSが飛び出すのが確認できた。しかし、ためしに通信を送ってみても、返答はない。まったくもって摩訶不思議な現象だった。
「アムロ、艦隊の直援にはジェガンを回した。ミサイルとMSの牽制はこっちでやる。お前は敵艦隊の主砲だけ頼めるか?」
「ビームバリアを使えばいけると思うが、落とすんじゃダメなのか? そっちの方が手っ取り早いぞ」
「いや、ダメだ。絶対に攻撃を当てるな」
「分かった」
こちらの方が足が速いのか、敵艦隊との距離はどんどん離れていく。こちら側はもうデブリ帯の端にかかりつつあるが、2つの艦隊の間には、既に当初の二倍近い差がついていた。
「各直援MS隊は母艦に帰還。各艦デッキ上にて艦進路上のデブリ警戒にあたれ。アムロは適当に足止めをしてから追いつけ」
「了解した」
「各艦船速落とせ。隊列を崩してもかまわん、デブリの回避を最優先しろ。
デブリ帯に突入する!」
@@@@@@@@@@@@@@@
「ーーームロッ! 聞こえているなら返事をするんだ! アムロ!」
重たい頭をふりふり意識を覚醒させてみれば、スピーカーから聞こえていたのはブライトの声だった。何かと対立することも多かったが、今はその声がただ懐かしい。
「アムロっ!」
「・・・・・・なんだ、ブライトか」
ただそんな気持ちを悟られるのは癪な気がして、憎まれ口が口をついて出てしまう。自分はあの時から変わらず子供のままだな、と自嘲の念に駆られながらも、とにかく、最大の関心事を確認することにした。
「それで、地球は・・・・・・?」
「あぁ、無事だよ。お前の、いや、お前達のおかげでな」
「そうか。よかった。よかった・・・・・・」
自分の無謀は、何とか地球を救えたらしい。
今ようやく少し落ち着いた頭で考えてみれば、いくらガンダムが最新鋭の高性能機であったとしても、アクシズの破片などという巨大な質量を持つ物体を押し返すなど、無謀という言葉の枠には収まりきらないほどの無茶無謀だろう。ただ心に浮かぶのは、よかった、という安堵の気持ちだけだ。
「ーーー所属不明艦隊に告ぐ。今すぐ機関を停止し、武装解除せよ。この要求より3分後、本艦隊は所属不明艦隊に対して攻撃を開始する」
「アムロ、聞いての通りだ。俺としても状況が分からないし、無用な衝突は避けたい。とりあえず連中を振り切る。護衛を頼めるか」
状況は飲み込めないが、アクシズを押し返すのに協力こそしたが、まだ敵対するネオ・ジオンの艦隊が残っているのかもしれない、とアムロは思った。事実、見慣れない艦影は明らかに敵対的な通信を送ってきているのだから。それにガンダムはもちろんだが、MS隊に艦隊も損傷が大きい。アクシズ落としを阻止するという最大の目的は果たしたのだから、ここは撤退するのが一番良いように思えた。
「ん、了解。・・・・・・どういうことだ? フィンファンネルが戻っている?」
「その説明はとりあえず後回しだ。とにかく今はこの状況からの離脱を優先する。墜とすなよ」
「分かったよブライト」
戦闘中になくなったはずのフィンファンネルがどういうわけかガンダムの背中に戻っている。それだけではない、損傷していたはずの機体もどういう理由か完璧な状態だった。
思わず困惑するもとにかく今はこの場からの脱出が最優先だ、と頭を切り替え、ガンダムを奇妙な艦隊とラー・カイラムの間に割り込ませるようにして援護についた。
「全艦ミノフスキー粒子を散布しつつ最大戦速! 威嚇射撃を撃ちつつ後退して左舷後方のデブリ帯に突っ込む!」
若干、艦隊機動に遅れがあった。普通なら気がつかない、ほんの少しの遅れであるが、百戦錬磨の猛者共が集うロンド・ベルにはありえない、その程度の差である。
友軍の挙動に疑問は抱いたものの、ガンダムの操縦には一切の乱れを見せない。フィンファンネルのうちの5本でビームバリアを形成すると艦隊への直撃コースにある砲撃を迎撃し、残りの一本はエネルギーの充填に回す。ミサイルが撃たれれば手に持つビームライフルを速射モードに切り替えて迎撃する。たとえ別のことを考えていようとも、その動きに一切の乱れはない。
そうこうしていると敵艦隊からMSが発進してきた。見たことのない、灰色のMSだ。全体的に丸みを帯びたフォルム、そして特徴的なモノアイ。
アムロはネオ・ジオンの残党ではないかと思いつつも、撃墜しないように牽制の射撃を加え続ける。
「各艦MSを出して直援に回せ! 威嚇射撃は認めるが、絶対に当てるなよ!」
このブライトの命令でジェガン隊が増援として出撃してきたが、その発進もいつもと比べて明らかに時間が掛かりすぎている。
やはり、何かがおかしい。
「アムロ、艦隊の直援にはジェガンを回した。ミサイルとMSの牽制はこっちでやる。お前は敵艦隊の主砲だけ頼めるか?」
「ビームバリアを使えばいけると思うが、落とすんじゃダメなのか? そっちの方が手っ取り早いぞ」
「いや、ダメだ。絶対に攻撃を当てるな」
「分かった」
色々と聞きたいことはあったが、まずはこの戦場からの離脱が先だと頭を切り換え、敵主砲の迎撃に専念する。向こうもこっちがやる気だと気づいたのか、いつの間にか先ほどまでの単発的な攻撃とは打って変わって艦隊斉射に切り替わっている。ビームバリアだけでは防ぎきれないものは射撃モードのビームライフルで相殺する。
「各直援MS隊は母艦に帰還。各艦デッキ上にて艦進路上のデブリ警戒に当たれ。アムロは適当に足止めをしてから追いつけるか?」
「了解した」
「各艦船速落とせ。隊列を崩してもかまわん、デブリの回避を最優先しろ。
デブリ帯に突入する!」
そして、アムロは気づいた。この違和感の正体に。
戦艦にも、MSにも。命の気配が感じられないのだ。
ただブライト1人の気配しかそこにはないことに、アムロは気づいてしまった。
@@@@@@@@@@@@@@@
「ブライト、これはどういうことだ?」
アムロはコックピットから出るなりMSハンガーまで出迎えたブライトに詰め寄った。だがブライトだって状況は分からないのだ、喚きだしたい気分だったのは同じだったが、上官として、大人としての意地がそれを許してはくれなかった。
「分からん。俺にも何が何だか分からない」
「そんなバカな話があるものか! 一体何があったんだ! 見た限りは何もなかったが、地球は無事なのか?!」
「何があったのかは俺にも分からん。とにかく落ち着け」
「この状況が落ち着いていられるかっ!」
「アムロ! ガキみたいに喚くのは止めろ。まずは状況を整理するのが先だ。そうだろう?」
「・・・・・・済まない」
気にするな、とはいったもののブライトは溜息をつきたい気分だった。一体なんだってこんなわけの分からない場所に来てしまったんだろう。この事態を招いた存在がいるのだとしたら、アムロのように今すぐ怒鳴りつけてやりたい気分だった。
「アムロ、お前は一体どこまで覚えている?」
「俺達はシャアのネオ・ジオンと戦って、俺はシャアを倒した。それで俺はアクシズの破片を押し返そうとして、・・・・・・それからどうなったんだ?」
「やはり記憶はそこまでか。俺も似たようなものだが、とにかくお前のおかげでアクシズの地球落下は阻止された。そしてその後お前の捜索をして、帰投しようとした後、俺はここにいた」
「そうか。地球は無事か」
「あぁ」
アムロは困惑しながらも地球の様子は気になっていたようだったが、やはり無事だと聞いて安心したのだろうか、少し落ち着きを取り戻していた。
「ブライト、とりあえずアクシズ落としを防げたことは分かった。だが、どうして艦に誰もいない? さっき出ていたMSにも人の気配はしなかった」
「あぁ、それなんだがーーー」
『それは私が説明するのー!』
アムロに現在の状況を説明しようとしたその時、突然艦内のパネルモニターが一斉に点灯すると【SOUND ONLY】の文字が映し出され、少女のような高い声がヘルメットのスピーカーから聞こえてきた。
ブライトとアムロがもしや敵のハッキングかと身構え、アムロにいたっては銃に手を掛けているのも気にかけず、謎の女の子?は言葉を続けた。
『とりあえずここだと画面小さいし説明面倒だからブリッジに来てほしいなって』
無言で二人は視線を交わす。そして互いに頷くと腰の拳銃をとり、警戒を解くことなく、艦橋へと移動を始める。
『たしかに怪しいかも知れないけどさ、そこまでしなくてもよくない?』
そんな二人の姿を、どことなく寂しげな声が追いかけていった。
@@@@@@@@@@@@@@@
「さぁ言われたとおりブリッジに来たぞ。姿を現せ」
警戒しながら進んだため随分と時間が掛かったが、二人はようやっと艦橋へと到着した。油断なく銃を構えたまま、ブライトが姿の見えない相手に向かって声を掛ける。
『こんな幼い女の子に銃を向けるなんて、男としてさいてーです。さいてーですよ』
再び聞こえる声はやはりスピーカー越しだった。
「要求通りに移動しただろう! いい加減姿を現せ!」
「・・・・・・ブライト、違う」
今まで黙っていたアムロは困惑した表情を浮かべながらも銃をホルダーに戻してそういった。
ブライトはその行動に戸惑いを覚えながらも、アムロの行動に促されて、仕舞いこそしなかったが銃を下ろした。
「で、どういうことなんだ?」
「ブライト、この子は多分、人間じゃない」
「・・・・・・何?」
『ごめいとー! らーちゃんは人間じゃないのだ!』
今度は声と共にブリッジのスクリーン一面に、腰に手を当ててふんぞり返った幼子が映し出される。どういうわけか、その幼女は連邦軍の女性士官用の制服を、水色に染めたかのような服を着ていた。
二人は呆気にとられて声も出せない。
『ら、らーちゃんは人間じゃないのだ!』
この"えっへんオーラ"をまき散らしている幼女は、もう一度名乗りを上げると精一杯胸を張る。
妙齢の女性がやれば色気も漂うのであろう、綺麗な銀髪がさらりと肩を流れる様も、目の前の幼女がやると精一杯背伸びしている感がヒシヒシと伝わってきて、むしろ微笑ましい。
とぼんやり二人が思いつつも、まだかたまっていると、幼女はついに涙声混じりになって三度声を張り上げた。
『ら、らーちゃんは人間じゃな、ないんです。お願いです、反応してください。グスッ』
最新鋭の戦艦のブリッジを、幼女の啜り泣く声がこだまする。
おそらく前例のない、連邦軍史上最大級の居心地を誇る艦橋で、アムロとブライトが目配せを交わし合う。
(アムロ、お前がいけ)
(交渉ごとは苦手だ。上官だろ、ブライトがやればいいじゃないか)
(俺だって交渉は苦手だ。得意だったら左遷人事なんてくらってないさ)
(でも子供の相手はブライトの方が得意だろう。二人も子供がいるんだし)
『ら、らーちゃんは、らーちゃんはぁぁぁああああああんんんん!!』
(・・・・・・アムロ、後で覚えていろ)
肩を竦めてみせるアムロに対して呪いの言葉を投げつけつつ。
「お、おぉ、すごいな、らーちゃんは人間じゃないのかー!」
と声を掛けてしまうあたり、やはりブライトは底抜けにお人好しなのかも知れなかった。
・・・(目をそらす