第4十刃が異世界へ渡るそうですよ? 【ブラック・ブレット編】   作:安全第一

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どうもです、安全第一です(・ω・)ノ

今回の話は過去最長の話となります。

しかし完成までに時間が掛かったので、違和感があるかもです。

あ、時系列は朝宮柚菜ちゃんを救ってから一週間後です。

注意事項
今回出てくるオリキャラは二重人格の影響により、ぶっこわれた性格です(ぇ
もう片方はとても可愛い性格ですが。



6.沙斬 咲希

 彼女は人を斬る。斬り捨てる。

 

 彼女は怪物を斬る。斬り捨てる。

 

 其処には目的も無く、目標も無く、信念も無く、何も無く。

 

 唯、斬る為に斬る。思いのままに、思うがままに。

 

 故に其れは殺人剣。業深き修羅外道の道標。

 

 彼女はその外道を突き進む。其れが、彼女の選んだ『道』故に。

 

 そして其れは───

 

 

 

 

 

 ───唯一遺されていた最後の『道』───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 I always alone .(私はいつもひとりぼっち。)

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───井上民間警備会社

 

「……『白斬鬼(はくざんき)』かぁ。何だか物騒だね」

 

 朝のテレビ番組の特集を見ていた織姫はそう呟いた。

 そのテレビが伝えていた内容はこうだ。

 

 現場はモノリスの外、未踏破領域にて起こった。

 そのモノリスの付近にて、珍しくステージIVのガストレアを警察が発見。警察の応援要請に対し民警を五組、つまり十人も送り込んだ。ガストレア一匹に対して過剰戦力なのではないかと思うだろうが、侮るなかれ相手はステージIVのガストレア。下手をすれば全滅する可能性も十分に有る。

 だが出撃した民警と警察からそれ以来、一切の連絡がつかなくなった。警察はもしかすると全滅し、全員がガストレア化してしまった最悪の可能性と感染爆発(パンデミック)の危険性を考え、直ぐに新たな民警を現地に送り込んだ。

 

 そして現地に到着した民警はその光景を目撃し、驚愕した。

 

 

 

 ───地獄絵図

 

 

 

 そこは血の海だった。

 ガストレアも民警達も全て切り刻まれており(・・・・・・・・)、現場には交戦したとされる跡が一切見つからなかった。恐らく民警達が駆け付ける前にガストレアを一瞬で始末し、その後に着いた民警達を一方的に斬り殺した。若しくは、ガストレアと民警が交戦しかけた時に全員を斬り殺した。この二つの線がその現場で起こっただろう出来事なのではと予想した。

 そして切り刻まれて殺された手口からするに、犯人はかの『白斬鬼』と断定した。

 

『白斬鬼』

 一年前から東京、大阪、仙台エリアにて有名になった人斬りである。

 その正体は十中八九イニシエーターとされており、空前絶後の極悪人ともされている。

 その斬り殺した人数は数知れず。少なくとも千人以上は斬り殺しており大半は市民で残りは全て民警だと言う。

 だが同時に斃したガストレアも数知れず。そのガストレア撃破数も最低で千体以上だろうと推定している。その実績を元に『白斬鬼』の他に『千人斬り』などと言う二つ名も付けられるぐらいだ。

 故にその実力は超高位序列の民警に匹敵するとされており、IP序列が最低でも百五十番から上でなければ全く歯が立たないとのこと。

『白斬鬼』の異名の由来は幸いにもその姿を目撃した人物によると、髪は白く肌も白く、とても秀麗な美少女だったという。唯そこに二本の小太刀と返り血を浴びた姿が無ければの話だが。

 その白き人斬りの姿を取って名付けたのが『白斬鬼』である。因みにこの存在の影響でガストレアショックを受けた多くの大人達からは呪われた子ども達を一刻も早く排除すべきとの声が続出している。

 

(……でも、本当に殺すだけの殺人鬼なのかな……? 犯人が呪われた子どもならそこに原因となった出来事があると思う……)

 

 テレビによる放送では、『白斬鬼』を一方的に邪険な扱いで語っていたが、織姫はそうは思わなかった。

 呪われた子ども達は普通の人間であり、体内にガストレアウイルスを持っているだけで排他的にされている被害者なのだとそう思っている。

 幼い彼女達の心は脆く弱い。その大半は迫害により心を失ってしまった者達ばかりだ。大人達は何故こうまでして迫害するのか織姫には解らなかった。その現実に対して悲しんだ。

 織姫は幼い頃に両親をガストレアによって無くしている。僅かながらもガストレアには怨んだ事はある。しかしそれが呪われた子ども達へ怨嗟の声をぶつける理由にはならない。寧ろ織姫はその理不尽な暴力を受けている呪われた子ども達を救いたいと思っている側だ。だがそう思っている人間は少ない。現実とはそういうものだった。

 

「……何をしている?」

「あっウルキオラ君、おはよう。ちょっと考え事をしてただけだよ」

 

 そこでウルキオラが事務所に現れる。織姫はいつもの如くウルキオラに挨拶した。するとウルキオラの雰囲気が少し違うと感じた彼女は小首をかしげて問う。

 

「あれ、どうしたの? もしかしてお仕事?」

「……ああ、聖天子から直々の任務だ。つい先程、俺の携帯からそう伝えられた」

「聖天子ちゃんから? 珍しいね〜」

 

 ほぇ〜、と感心する織姫。因みに織姫が聖天子をちゃん付けしている理由は同じ美和女学院の生徒であり、彼女よりも先輩だかららしい。一つのエリアの最高権力者にちゃん付けするとはある意味、織姫は大物と言えるだろう。

 

「それで内容は何なの?」

「……ここ周辺にて現れた『白斬鬼』の抹殺、又は捕縛だそうだ」

「……っ!?」

 

 その内容を聞いた織姫は思わず息を飲む。先程、考えの中心にいた『白斬鬼』がウルキオラの口から出たからだ。それも抹殺、又は捕縛と。

 『ガストレア新法』を掲げている聖天子からすれば、呪われた子どもを抹殺するなど苦渋の決断に間違い無かっただろう。幾ら独裁とはいえ聖天子一人で何もかも簡単に決めてはならないからだ。だが最大限の譲歩として捕縛という条件を付けた。そしてその任務を必ずこなすであろう人物にウルキオラが抜擢された訳だ。とはいえこれまでの任務で一度のミスもせず完璧にこなしたウルキオラが抜擢されるのは当然の事だろう。ウルキオラはかのゾディアックガストレアを撃破した実績とIP序列四位という雲の上の存在だ。それにウルキオラはこの東京エリア最強戦力なのだから。

 

「……ウルキオラ君は」

「……?」

「ウルキオラ君は、『白斬鬼』って呼ばれてる子をどうするつもりなの?」

 

 先程も述べた様に、織姫は呪われた子ども達を一人でも救いたいという思いがある。ウルキオラと出会ってから一年半という時間が経ったが、その間にも織姫は慈愛の心を持って多くの呪われた子ども達の心を救って来た。その事実はウルキオラも承知済みであり、聖天子にも認められている。

 だが今回はそうはいかない。この任務はウルキオラが単独で行う任務であり、織姫はそこについていけない。何より任務の対象はあの『白斬鬼』である。その殺人鬼次第ではウルキオラが殺す可能性もある。どうにかしてそれは避けたい、と織姫は思った。それ程までの殺人鬼になるという事は、あまりにも悲しい過去がある筈なのだ。

 

 そんな子が救われないまま抹殺されるなど悲しすぎる。

 

 『白斬鬼』を何とかして救いたいと織姫は思い、ウルキオラに問いた。しかし彼から返って来た言葉はどちらでも無かった。

 

「……解らん」

「え?」

「俺がその餓鬼の『心』に何かを見出すまでは解らん。生殺与奪はそれからだ」

「……そっか」

 

 解らないという言葉に織姫はそう言いながら視線を落とす。ウルキオラの判断次第だが、生かすも殺すも確率は五分五分だろう。ウルキオラという破面(アランカル)はどこまでも破面であり、人間ではない。

 だがウルキオラは良くも悪くも破面であり容赦が無いが、それは同情しないと言う事だ。価値が有れば容赦無く助け、それが無ければ容赦無く切り捨てる、そんな存在だ。だからこそウルキオラは『白斬鬼』を救おうとすれば救えるだろうと織姫は思った。

 

「……任務は今夜にも実行する。奴は神出鬼没らしいが大体の位置は絞っている。恐らくその場所に現れる筈だ」

「相変わらず仕事が早いね。そう言えば柚菜ちゃんは連れて行くの?」

「いや、連れて行かん。あの餓鬼がガストレアや殺人鬼を斃すにはまだ戦闘経験が足りん」

「でも柚菜ちゃんは天性の素質って言うのを持ってるらしいんだよね?」

「ああ、あいつは叩けばどこまでも伸びる逸材だ。たった一週間で戦闘技術の三割が完成するとは予想外だったが」

 

 ウルキオラはそう言いながら己のイニシエーターである朝宮柚菜を賞賛する。ガストレアを倒すには戦闘経験が足りないとは言ったが、ステージIIまでなら倒せるだろう。このまま行けばステージIVのガストレアも余裕で倒せる程に成長するに違いない。ウルキオラは柚菜に僅かながら期待していた。

 

「……兎に角、任務は今夜だ。だが目標の餓鬼を救えるかは解らん。これだけは憶えていろ」

「……うん、分かった」

 

 ウルキオラはそう言うと椅子に座り今回の任務に関する書類を整理し始める。

 織姫はその様子を見ながら、彼が『白斬鬼』を救えるように祈ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───路地裏

 

「ヒイッ!? や、やめろ! やめてくれええええええぇぇぇぇぇッ!!! 死にたくな───」

 

 鮮血。

 

 男の首が刎ねられ、辺りに赤い液体が舞う。しかしそれだけでは終わらなかった。

 

「あはっ♪ もう一丁★」

 

 小太刀を持つ両手で残った首から下の腹の部分を交差しながら真一文字に斬る。更に鮮血が舞い、少女は返り血を浴びる。斬られた腹からは臓物が飛び出し、至る所へとばら撒かれた。

 

「良いよ良いよぉ♪ 返り血のシャワー♥︎ 生暖かいのが飛び散って堪らないよぉ♥︎」

 

 返り血を浴びた事に対して少女は愉悦を感じていた。それを至福だと身体で感じながら火照り、真っ白な頬が若干紅くなっている程だ。しかも腰まで長く伸ばしている美しい白い髪が更にそれを助長させる。

 

 そして路地裏は辺り一面が真っ赤に染まり、夥しい死体と相俟って愉快で素敵なアートが出来上がっていた。

 

「お、お前はまさか───」

 

 先程斬り殺された男の友人はその光景を目の当たりにし、腰を抜かすと少女を指差しながら言葉を紡ごうとする。だがそれよりも先に翠の色を持つ少女の瞳がギョロリと動き───

 

「次はテメェだ★ クヒッ♪」

 

 ───死刑宣告。

 

 死の宣告と同時に少女の着たワンピースが靡き、縦二つに割れるその身体。再び舞う鮮血に脳漿が混じりぶち撒けられた。

 

「あは。あはは。あははは。あッははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 可憐な声に似つかわしくない哄笑が辺りを木霊し、少女の口が歪む。辺りに転がっている死体が少女の残虐性を強調している様で、そこは正に死の空間と化していた。

 

「フヒヒッ。ここら一帯の生ゴミ共はみぃんなお掃除しちゃったしぃ。次は大物狙いで聖天子とか言う偉いヤツでも殺っちゃおうか───」

 

 

 

 ───虚無

 

 

 

「───?」

 

 思わず少女は振り返る。

 

 おかしい。

 充満していた死の空間がいつの間にか別のもの(・・・・)に変質している。

 一体誰が───

 

「………どうやら貴様の様だな」

 

 路地裏の奥からやって来る『虚無』

 青年の姿をしたそれは白の装束を身に包み、腰には刀を挿し、側頭部には骸骨の破片の様なものが付いている。肌も病的なまでに白であり、瞳は自分と同じ翠。

 

 似ている、限り無く己と似ている。

 

 服も白く、肌も病的なまでに白く、瞳は翠。唯一の違いは髪の色だけでそれ以外は全て似ている。

 

(……おかしいなぁ、どういう事?)

 

 だが少女は不自然な点に気が付く。その出で立ちには全く隙が無く、相当な手練れである事を証明している。

 

 

 

 なのに何故、彼からは何も感じないのか(・・・・・・・・)───

 

 

 

(ま、いいや。どっちみちぶった斬っちゃう事には変わり無いしぃ♥︎)

 

 少女はその疑問を気に留めず、血に濡れた鞘から小太刀を抜く。その動作一つにしても美しく見えるのは慣れた動作か又は少女自身が秀麗であるが故か───

 

「いっくよぉーーー!」

 

 静かに一歩踏み出す。そのたった一歩で肉薄し、両手に小太刀の(きっさき)を彼に向け振りかぶる。

 

「死んじゃえ♪」

 

 少女が白い青年に死刑宣告を告げる。そして少女の振り下ろした刃がそのまま彼をクロス状に斬り裂き血飛沫を飛び散らせ、少女に愉悦を与える。

 

 

 

 ───筈だった。

 

 

 

「え?」

 

 少女が斬り裂こうとしていた青年は瞬く間に消え失せ、刃は空を斬る。

 

(何処に───)

 

攻撃が失敗した事に動揺するも、少女は目標を探すべく降り向こうとした。

 

 

 ───世界が揺れる。

 

 

 青年に頭を鷲掴みされた少女はその勢いのまま放り投げられ、音速の領域を超えて壁に衝突する。衝撃に耐えられなかった壁は崩壊し瓦礫が少女に降り注ぎ、強烈な風圧が辺りを襲う。

 

「………」

 

 何事も無かったかの様に佇む青年は、全てを見透かす翠の瞳で瓦礫の方向を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……殺戮に特化した餓鬼と言えど、所詮は人間のレベルか───)

 

 少女を投げ飛ばした青年、ウルキオラは『白斬鬼』の少女がどれ程のものなのかを計ろうとして、嘆息した。

 どうやら彼女の戦闘経験は豊富だ。実力は恐らく最上級大虚(ヴァストローデ)に近い中級大虚(アジューカス)と言った所か。護廷十三隊の副隊長ぐらいの実力と言い換えた方が分かりやすいだろう。

 

 しかし相手が悪過ぎる。

 

 ウルキオラは元々最上級大虚であり、破面化した後に黒崎一護に敗れたが奇跡的に蘇り、新たな力を手に入れた。そしてその力は箱庭の世界で既に研鑽を積んでいる。それに加えて天然物の崩玉と融合し、超越者へと成った。先程少女がウルキオラから何も感じ取れなかったのはそれが原因だ。

 

 隔絶とした力の差が有れば、弱い方は何も感じ取れなくなる。

 

 以前にも説明したが、ウルキオラはエリア内において霊圧を極限にまで抑えている。しかしそれでも少女はウルキオラから何も感じ取れなかった。

 例え自分が実力を抑えていたとしても、相手が此方から感じ取れるものは何一つ無いだろう。

 

 これは実力(レベル)の問題ではなく次元(ディメンション)の問題なのだから。

 

(……元より実力などに期待はしていなかったが)

 

 殺人鬼とはいえ所詮は十年も生きていない未熟な子供。虚の時代から永き時を生きて来たウルキオラとは何もかもが未熟過ぎる。始めから勝敗は決している様なものだ。ウルキオラからすればこれはただの戯れとしか認識していないが。

 すると、瓦礫が徐々に動き始める。そして瓦礫を斬り刻んで辺りに吹き飛ばした少女が憤怒の表情で現れた。

 

「クソが、クソが、クソがあああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!

 テメェ……許さねェぞッ! 絶ッッッ対にバラバラにしてぶった斬ってやるッッッ!!!」

 

 憤怒の表情をした彼女は口を大きく歪め、先程よりももっと汚い口調でウルキオラに怒鳴りつける。

 だがウルキオラは明確にぶつけて来る殺気を意に介さず、極めて普通の態度で語りかけた。

 

「……お前を突き動かしているものは何だ?

 復讐か? 執念か? 因縁か? それとも唯の衝動か?

 見せてみろ、お前の『心』を」

 

「訳の分かんねぇ事ほざいてんじゃねぇぞクソがあああああああアアアアアアァァァァァァッッッ!!!」

 

 怒鳴り散らした少女は弾丸の速度で飛び出し、再びウルキオラに斬りかかる。

 

「死ねッ!!!」

 

 次に仕掛けた斬撃は二本の小太刀を揃えており、先程の斬撃よりも威力が上がっている。ただウルキオラを斬り殺したい一心なのだろう。

 

「!!?」

 

 だがそれは徒労に帰す。

 

 ウルキオラはその斬撃を手の甲でいとも容易く防いでいたからだ。それも片手で。

 

(なッ……!? 素手に斬りつけた筈なのに全然手応えがねぇ───!?)

 

 そう、素手で防ぐという事は相手も傷を負う筈だ。なのにも関わらず出血どころかの傷の一つも付いていないではないか。

 それ以前に、硬過ぎる。まるで地球の核を相手にしているかの様な感触だった。

 

「うぐッ!?」

 

 その隙を突かれ、空いているもう一方の手で首を掴まれる。少女は脱出しようと必死に(もが)こうと刀を振り回そうとする。

 だが足掻きすら許さないのがウルキオラ。即座に二本とも弾き飛ばし、武器を手放させて無力化する。弾き飛ばされた刀は回転しつつ大きく弧を描き、最後には壁へと突き刺さった。

 

「うぐぅッ! は、離せぇ……ッ!」

 

 幾ら刀を失ったとはいえ少女は呪われた子どもだ。この程度なら普通に自力で脱出出来るぐらいの筋力はある。

 だが相手が相手だ。ウルキオラという超越者による万力の力の前には超人的能力を持った呪われた子ども達も一介の弱者に成り下がる。すると少女はウルキオラと目が合う。

 

「一体、何、を、しようと、してやがるッ……!?」

「………」

 

 万力の力で首を掴まれている為、苦しい呼吸の中で話し掛ける少女。だがウルキオラは言葉を発さない。故にウルキオラが一体何をしようとしているのか解らない。このまま殺そうとしているのかそれとも無力化しようとしているのか。未だにウルキオラからは何も感じ取れず、何を企んでいるのか全く解らなかった。

 

 

 

 

 

(……貴様の『心の記憶』を見せて貰うぞ)

 

 一方のウルキオラは自身の『瞳』の能力を発動させていた。

 ウルキオラの『瞳』の能力と言えば『共眼界(ソリタ・ヴィスタ)』だ。ウルキオラ本人は『全てを見通す目』と言っている。

 

 だがそれは本来の能力では無かった。

 

 それが判明したのは箱庭にて崩玉と融合した時、その瞳の本来の能力が発現したからだ。それ以来、その能力はウルキオラが『心』の理解をする為に欠かせないものになった。

 

 

 その名を『境眼界(オキュロス・ヴィデント)』と言う。

 

 

 その能力とは凡ゆる境界を見通す事が出来、その先をすらも『視る』が可能となった。例えば相手が考えていることを『視る』事も可能であり、相手の手の内を『視る』事も可能だ。ウルキオラの言った通り『全てを見通す眼』なのだ。そして視ている間は時が止まったかの様に時間が進まない(現実世界ではほんの一瞬の出来事となる)メリットまで有る万能な眼だ。

 但し相手の『心』を視る事だけに関しては“対象の眼を至近距離で合わせる”という条件を満たさなければ効果が無かった。それ故、『白斬鬼』の動きを直接封じたのだ。

 ウルキオラは『境眼界』を発動させ、少女の過去を視る。何故彼女がここまでの殺人鬼と化してしまったのか。そこに至るまでの彼女の『心』とはどういうものだったのか、それが知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時が止まり、彼女の過去が映し出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……これは)

 映し出された世界は何処かの研究室だろうか。そこには研究員と五人の子ども達が居た。子ども達は身包みを全て剥がされ手術台に拘束されており、至る所に電極が取り付けられている。子ども達は明らかに怯え切っており、その瞳は絶望の色に染められている。余りの絶望に囚われ、言葉を発する事すらままらない少女達。だが一人だけ涙を流しながら、頑なに拒絶の姿勢を取っている子どもがいた。

 

『い、いやっいやっ、いやああぁぁ……』

 そう、『白斬鬼』である白い少女だ。

 

 少女は嘗て内気で大人しく引っ込み思案で、部屋の隅っこにいる様な性格だった。殺人鬼となった彼女とは似ても似つかない、寂しがり屋なだけの普通の女の子だった。

 そんな女の子だからこそ、この後においてまだ抵抗しようとしている。だがこの状況に対する恐怖心は誰よりも大きかった。その抵抗する姿はレイプ寸前の女性の様にも見える。

 

『フヒヒヒッ、このガキだけはっきりと抵抗の意思を見せるとは、今宵の実験には丁度良い素体だァ』

『ひうっ!』

 

 その様子にこの実験を統括する研究者が舌舐めずりをしながら白い少女の華奢な素肌に触れ、いやらしく腹部を撫でる。その事に声を上げながらびくんっ、と跳ねる少女の身体。

 

『おお、活きの良いガキだァ。コイツだけはスペシャルコースにしてやろゥ。感謝しろよォ? この俺様が行う偉大な実験のメインプランになれるんだからなァ。精々良い声で啼き喚けェ』

『えっ……?』

『実験開始だァ』

 

 男の言葉に少女は理解出来ず、ただ嫌な予感だけがした。その事に少女は身構えるが、それは無駄な行為だった。

 

 

 

 ───天を衝くかの様な激痛。

 

『あ、ああ"あ"あ"あ"あああ"あああ"あああ"あああ"ああああ"ああ"ああああ"ああ"ああ"あああ"あ"あ"あアアア"アア"ア"アアア"ア"アア"アアアアアア"ア"アア"アアア"アアア"アア"アア"ア"ア"アアア"ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!???』

 

 

 

 全身に染み渡る様に流れる激痛に有りっ丈の悲鳴を響かせる少女。それは彼女だけでなく、他の子ども達も同じ悲鳴を上げていた。

 

 余りの苦痛に崩壊しそうになる。

 肉体的にも、精神的にも。

 

 正に地獄。

 

 その地獄から逃れられる術は少女には無かった。舌を噛み切って死のうにも、少女にはそこまでの覚悟も無ければ勇気も無い。()してや抵抗すらも出来なくなった少女はされるがままに、実験という名の地獄を味わい続ける事になった。

 

 

 Project:【APOTHEOSIS(アポテオーシス)

 

 

 アポテオーシスの意味は『神化』・『神格化』

 その名の通り神の如き力を発現させる為、選りすぐりのイニシエーター達に凡ゆる投薬や身体に改造を施し『凶化』する事で能力を極限、又はその先の領域へと引き出す事を目的とした実験である。

 並のイニシエーターでは実験初期の段階で耐えられず死んでしまう欠点が有り、少数のイニシエーターで実験を行う手筈になった史上最悪の身体実験で、『四賢人』の実験よりも遥かに狂った実験でもある。実験の担当責任者である所長は『四賢人』と同等の知能と実績が有ったにも関わらず残虐非道な実験ばかりを行っていた為、世間から追放された『兇気の科学者(マッド・サイエンティスト)』だった。

 

『ヒャアァアッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!! そうだ! 啼け! 喚け! 死を恐れて生に執着しろォ!!! 生に執着し、神の領域に至れえぇええぇえエエェェエエェッ!!!』

 

『兇気の科学者』の奇声が響き渡る。それは少女を更なる絶望へと陥れるには十分な声だった。

 

 

 

 それから二年もの間、実験は続いた。他の四人の呪われた子どもは中盤まで実験に耐えたものの、結局は耐え切れず死亡した。肉体の崩壊や精神の崩壊等、原因は様々だったが。

 一人残された白い少女は地獄の様な実験を受け続けても尚、精神を保っていた。寧ろ壊れていない事の方が異常なのだが、それ程までに『生』への執着が強いと言える。しかし肉体の方は限界が来ており、精神という名の『心』も満身創痍であった。

 

(痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて)

 

 心の中で必死に助けを求めようとも、誰も来てくれない。誰も助けてくれない。

 

 

 イタイ。

 

 

 他の四人が死んだ為、少女一人に集中して様々な実験が行われた。更に過酷な地獄を味わう羽目になった。

 

 

 クルシイ。

 

 

 研究者達は少女に加虐を加える度に恍惚とした笑みを浮かべるばかり。所長にしては子どもが玩具で遊ぶかの様に嗜虐的な表情をしている。

 

 

 タスケテ。

 

 

 逃げたい、でも逃げられない。

 

 こうしている間にも自分の身体や『心』が犯されていく。

 

 

 ツライ。

 

 

 もう自分が自分なのかが解らなくなって来た。長い間耐えて来たがもう限界だ。

 

 それでも、『心』だけは壊される訳には行かない。それだけは絶対に嫌だ。壊されたらそれは『死』を意味するのだから。

 

 

 ───それだけは、絶対に死んでも嫌。

 

 

 故に少女は自らの『心』を死守する為に、『もう一人の自分』を作り出した。否、自己防衛の為に勝手に作られた(・・・・・・・)と言った方が正しいだろう。

 

『次の実験もヨロシクぅ〜、お嬢ちゃん(モルモット)?』

『……ぁ……ぅ……』

 

 そしてそれは、実験が終わった後に少女が投げ入れられる暗闇に包まれた牢獄の中で発現した。

 

『………ぁ』

『んん〜〜? 何だか様子がおかしくねぇか……───』

 

 発現した人格は弱り切っていた少女の身体の支配権を乗っ取り───

 

 

 

 

 ───少女の意識は反転した。

 

 

 

 

 三日後、警察が何処かの研究所にて研究員全員が壮絶な死体となっていたのを発見した。所長だけは行方不明となっていたが、恐らく重傷を負っているだろうと思い、別の場所で既に死亡しているとして放置した。それに警察には所長の正体が『兇気の科学者』であるなどと分かる筈も無く、事件の真相は闇に包まれた。

 

『クク……クヒヒッ』

 

 廃墟となったとある街を血に塗れた一人の少女が口元を歪め嗤いながらゆらゆら歩く。研究員から奪った白衣を着込み、手にはバラニウム製のナイフを持ってそれは歩く。そこに嘗ての少女の面影は既に消え、残虐性だけが滲み出ていた。

 

 

 ───殺す、ころす、コロス

 

 

 非情にも『白斬鬼』という残虐な殺人鬼が誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ほう」

 その一部始終を視たウルキオラは興味深そうに感嘆する。『心』を守る為に『もう一人の自分』を作り上げるとは思わなかった。

 

「!」

 

 すると世界は突然、暗闇へと反転する。どうやら此処は白い少女の『心』の奥底であり、何も映さない黒は『無』を表している様だ。しかしウルキオラの目に入ったのは暗闇では無い。

 

「……───お前は」

 

 ただそこにぽつりと一人の白い少女が蹲っていた。服は着ておらず、ウルキオラと同じ病的なまでの白い肌が人形の如き美しさを伺わせる。そこには『白斬鬼』の面影は一切無く、禍々しい雰囲気が少しも感じられない。

 

『……だ、れ?』

 

 少女は弱々しく顔を上げ、ウルキオラを見つめる。少女の『瞳』は澄み切っていて真珠と思わせる程に美しいのだが、触れただけですぐに壊れそうな脆さと儚さが備わっていた。

 

(……成程、『白斬鬼』本来の人格か)

 

 それが元々の人格である事を看破したウルキオラは、彼女とコンタクトを取る。向こうはどうやら此方を認識している様なのでやり易い。

 

「……俺の名はウルキオラ・シファー」

『うるきおら……?』

「……お前の名は何だ?」

『……沙斬(さきり)咲希(さき)

「……そうか」

 

 淡々とした自己紹介。だが言葉を交わすというのは重要な事だ。特に『感情』に敏感な子どもはそれだけで相手の印象が解ってしまう。沙斬咲希もまた、『感情』に敏感な部類だった。

 しかし彼女がウルキオラから感じたものは何も無い。精神世界であろうと、ウルキオラからは何も感じ取れなかったからだ。

 

 未知。

 

 しかし咲希はウルキオラの『瞳』を見て安心した。その瞳からはあの研究員達がしていた濁りに濁った色が全く無いからだった。咲希の様に澄み切っている訳でもないが、ウルキオラの瞳は綺麗だと思った。

 

 何より、自分をちゃんと見てくれている。

 

 その事がとても嬉しかった。暗闇の精神世界で出会って間もないし、自己紹介だけという会話らしい会話すらもしていない。だが咲希は既にウルキオラに心を開いていた。感情は何故か何も感じないが、邪な感情がウルキオラの瞳には一切無かった。それだけで十分だった。

 ウルキオラはそれを察したのか一つ咲希に問い掛ける。

 

「……お前はこれからどうしたい? 本来の人格であるお前は何を望む?」

「……わたしは、ここからでたい。でも、しってるの。『もうひとりのわたし』がわたしのためにいっぱいがんばってて、……いっぱいひとをころしちゃってるんだって……」

 

 咲希は精神世界から殺人鬼と化しているもう一人の人格の様子を全て知っていた。幾ら主導権が自分に渡っても千人以上を殺して来た重罪は変わらない。それに重罪を背負うには彼女は幼すぎる。この時点で既に罪悪感で押し潰されそうなのに。

 

「……確かに、お前が表に出たとしてもその罪や事実は一切変わらん」

「……ぁ……ぅ」

 

 ウルキオラの言及に、咲希の声はか細くなり俯く。しかしウルキオラは彼女を責めるつもりは毛頭ない。

 かく言うウルキオラも、虚の時代に沢山の虚や人間を殺して来た。それは千を超え万を数えるぐらいに。ただウルキオラは『虚無』だった故に、責任感も罪悪感も、倫理すら何も感じなかっただけだ。

 

 

 ───それが貴様等の言う心というものの所為ならば、貴様等人間は心を持つが故に傷を負い、心を持つが故に、命を落とすという事だ───

 

 

 黒崎一護との決戦と時、彼に言い放ったあの台詞は強ち間違いでは無かったらしい。現に心を持つが故に傷を負っている少女が目の前に居る。

 

 

 ───ならば、心に傷を負っている者を救えば、その傷は癒えるのだろうか。

 

 

 否、だろう。

 心に負った傷は一生癒えることは無い。その者は負った傷を一生抱え続けねばならない。心に傷を負った者とはそういうものだ。

 だが救う事で何かが変わるのは間違いないだろう。救わねば何も変わらないのだから。

 

 そう、心の傷が癒える事に意味が有るのではなく、救うという行為自体に意味が有るのだ。

 

 織姫には救えるかどうかは解らないと言ったが、目の前に居る少女はウルキオラにとって救済するに値した。

 

 故に、ウルキオラは手を差し伸べる。少女と同じ白い肌で。

 

「……だが、何かを変える為に行動しなければ何も変えられないのもまた事実だ」

「……ぇ?」

「……お前が自らの変化を望むのならば、手を貸そう」

 

 その言葉に咲希は俯いた顔を再び上げた。差し伸べられた白い手が視界に入る。

 

「……俺の手を取るかどうかはお前次第だ。だがお前が自らの変化を望み、お前の犯した罪とやらと向き合う積もりがあるのならば手を取れ。その為の力と居場所を与えてやる」

「……!」

 

 初めての救済の言葉。生まれて初めての救いの手。地獄を味わい、重罪を背負った彼女には衝撃とも言える言葉だった。

 咲希にはその言葉が途轍もなく甘い蜜の味がする言葉の様に聞こえた。ウルキオラは当然その気はないのだが、少女にはそう聞こえた。例えその言葉が嘘であろうと咲希は甘美な誘惑に酔い痴れてしまうだろう。

 

 

 だって貴方は

 

 

 ───傍にいても、良いの?

 

 

 こんな私に

 

 

 ───当然だ。

 

 

 優しくしてくれたから……───

 

 

 少女の答えは初めから決まっていた。

 

「……はいっ」

 

 返事と共に、その手を取る。

 暗闇の世界に罅が入り、硝子の如く砕け散る。世界に光が差し込む。

 

(あったかい……)

 

 生まれて初めて触れる光の暖かさに咲希は涙を流しながら微笑む。失った笑顔を取り戻したそれはとても美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識は現実世界へと引き戻される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガ、ハッ……!? ゲホッゲホッ……」

「………」

 

 本来の咲希を閉じ込めていた檻を破壊したウルキオラは掴んでいた手を放す。『もう一人の自分』である殺人鬼は突然の解放に戸惑いながらもバックステップで距離を取ると咳き込んだ。

 ウルキオラは構えずそのまま咲希を見据えていた。殺人鬼の人格である咲希は呼吸を整えながら隣に一本だけ刺さっていた小太刀を引き抜き、構えた。

 

「こ、のやろ……ッ!?」

 

 再び殺気を振り撒こうとした直後、ズキリと頭に鋭い痛みが走り、ここで初めて殺人鬼は冷や汗を流す。その原因は解っていた。

 

「ぐああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!?? 止めろッやめろッヤメロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!!」

 

 頭に走る激痛に殺人鬼は耐えられず頭を抱えながらもがき苦しむ。小太刀を持っていた腕は何かを振り払う様に乱雑に振り回していた。その中で殺人鬼は本来の咲希に訴え掛ける。

 

「何故だッ!? 何で今更『テメェ』が出て来やがるッ!? 『テメェ』はあの地獄に耐えられずに『私』を創ってそのまま逃げただろうがッ!! !」

 

 殺人鬼の『人格』に罅が入る。本来の咲希が目覚めた以上、その人格は消滅を辿る運命(さだめ)となっていたのだ。

 

「『私』は身体を支配した時から『テメェ』の為に今まで生ゴミ共を駆逐して掃除し続けたんだぞッ!? 呪われた子どもたちを虐げている汚ねえゴミ共を斬って斬って斬り殺し続けたんだぞッ!? 『私達』をこんな風にした根源のガストレア共だって斬り殺しまくった!!!」

 

 血走った目で本来の咲希に訴える。『人格』に罅が入った以上、ウルキオラを殺そうとする思考は既に破棄されていた。

 

「なのにその見返りがこれなのか!? 何故だァッッッ!!! 何で今更出て来て『私』を殺そうとしてやがるんだ!? 邪魔だったのか!? 『私』は『テメェ』にとっての障害物だったのか!? 今まで『テメェ』の為に生ゴミ共を斬り殺し続けた『私』を否定するってのか!?」

 

 徐々に『人格』が消えて行く。卵を護り続けた殻の様に、ボロボロと剥がれ落ちて行く。

 

「何なんだよそれはッ!! それこそ“理不尽”だろうがッ!! じゃあ『テメェ』から創られた『私』は何だったんだ!!! 『私』の存在意義は何だったんだ!!! 『テメェ』に否定された『私』は一体何なんだ!!! あの生ゴミ共と同類だったのか!? 今までの『私』とは何だったんだああああアアアアアアァァァァァッッ!!!」

 

 目の前の“理不尽”に虚しさすら覚えた殺人鬼の瞳からはボロボロと涙が零れ落ちる。剥がれ落ちて行く卵の殻と同じ様に。徐々に消えて行く『人格』と共に零れ落ちて行く。

 

「教えろよ。答えろよ。何か言えよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」

 

 天涯孤独の殺人鬼は泣き叫ぶ。

 

 

 

 

 

 ───ありがとう。わたしのために、いっぱいいっぱいありがとう。

 

 

 

 

 

「ぁ………」

 

 それは感謝の言葉。苦労をした者を労わる言葉。今まで『自分』の為に頑張ってくれた『彼女』への救いの言葉。

 

 そして殺人鬼が何よりも一番欲しかった『言葉』

 

 それを聞いた途端、殺人鬼の悲鳴はピタリと止んだ。

 全身の力が抜ける。

 手から小太刀がするりと抜け落ちる。

 頭を抱えていた手の力も抜け落ちる。

 いつの間にか頭の中に走っていた激痛は無くなっていた。それどころか心地良さすら感じていた。

 

「……そっか……───」

 

 殺人鬼の『人格』が消滅する。全身の力が抜け落ち、両膝を地面に付けそのまま倒れて行く。その“最期”の瞬間、彼女は救われたかの様に涙を零しながら微笑んだ。ウルキオラに救われた本来の咲希と同じく、その微笑みは女神の様だった。

 

 

 

 

 

 ───だいすきだよ、『私』

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「………ぁ」

 

 咲希が目覚めると、そこは知らない天井だった。どうやらベッドに寝かされている様で身体に力が入らないのか、そのまま呆然としている。視線を窓側に移せば日が暮れようとしており、あの時から半日以上は寝ていると把握した。

 

「あ! 目が覚めたみたいだよウルキオラ!」

「……分かっている」

 

 咲希の耳に聴こえて来たのは明るい少女の声。そして聞き覚えのある、自分を救ってくれた人の声。

 何とかして首を動かし、声のする方へと向く。そこに写ったのは黄色の髪をしたセミロングの少女に、髪と瞳の色以外が全て白の青年、ウルキオラ。その瞳は此方を見ていた。すると黄色の髪をした少女が興味津々の様子で詰め寄って来た。

 

「すごーい! まっしろできれーい! ねえねえあなたのお名前は!? 好きな食べ物とかある!? 柚菜はりんごが好きだよ!」

「ひうっ……!?」

 

 元々引っ込み思案の咲希には驚くほどの事だった様で、びくりと身体を震わせて縮み込む。

 

「煩い」

「おぶっ!?」

 

 そこにウルキオラの脳天チョップが炸裂する。見事なまでのクリーンヒットだ。

 

「ぉぉぉぉぉ……」

 

 黄色の髪の少女である柚菜はそのまま蹲って悶絶していた。それなりに痛かったのだろう。それをスルーしながら咲希に話し掛けるウルキオラ。

 

「……沙斬咲希。お前は本来ならその身柄を聖天子の所に引き渡され、そのまま処刑されるという手筈だった」

「!!」

 

 処刑という単語に、咲希は酷く震えながら身を縮こませる。死にたくないという感情が丸分かりだ。しかし人を千人以上殺害している事実は変わらないし処刑という裁きも当然の判断だった。

 

「だが俺が聖天子に進言し、『IP序列四位の二人目のイニシエーター』としてお前を保護する事になった」

「……え?」

 

 その震えもウルキオラの次の発言により止まる。その中でとんでもない単語が入っていた気がする。

 殺人鬼の人格であった咲希とは記憶を共有しており、広範囲で活動していた咲希は当然ながら民警の存在を知っていた。その民警の中で伝説の存在とされている民警が存在している事も知っていた。

 

 IP序列四位『第4十刃(クアトロ・エスパーダ)

 

 民警の中で唯一イニシエーターを持たない民警であり、過去に元凶の一つ『ステージV』を単独で倒した功績があるのにも関わらず一位の座を明け渡す等、頂点に固執しない人物。名前は明かされたものの、その顔までは公開されなかったとして伝説の民警と噂されていた。

 

 そんな雲の上の存在が目の前にいる。

 

 まさかとは思うが、ウルキオラがあの『第4十刃』だとは思わなかったのだ。

 

「あ、わわ………」

「……何を動揺している」

 

 これが動揺しなくてどうすると言うのだ。咲希は驚愕の余り、言葉を失って口をパクパクと動かしていた。

 

「……お前は今から俺のイニシエーターとなる。その事だけは忘れるな」

「だいじょーぶだよ咲希ちゃん! ウルキオラはいっつもこんなんだけどとっても優しいよ! ぜったい咲希ちゃんの事を護ってくれるから安心して!」

 

 ウルキオラの発言に対し、柚菜は咲希を安心させる様にサムズアップまでしながら明るく言う。因みに咲希の名前は柚菜が悶絶している間にウルキオラが喋っていたのでそこから知った様だ。まあ「こんなとは何だこの餓鬼が」とウルキオラによってアイアンクローをお見舞いされて断末魔の悲鳴を上げているが。ウルキオラの額には何となく青筋が浮かんでいる気がしないでもない。

 

「……クスッ」

「……えへへ♪」

 

 そのやり取りを見ていると此方まで元気になる。咲希はクスリと笑い、微笑んだ。現在進行形でアイアンクローを受けている柚菜もそれを見て向日葵の様にニッコリと笑った。

 

「入るね」

 

 そこに織姫が部屋に入って来る。そしてそのままウルキオラに礼を述べた。

 

「ありがとう、ウルキオラ君」

「……別に構わん。こいつは救う価値が有ると判断したまでだ。お前が礼を述べる必要は無い」

「ふふっ、そっか」

 

 ウルキオラの素っ気ない返事に、織姫は微笑む。これもウルキオラの良い所なのだと織姫は解っているからだ。織姫の理解者であるウルキオラだが、織姫もまたウルキオラの理解者たる存在だった。

 

「沙斬咲希ちゃんだよね? あたしは井上織姫って言うんだ。これからよろしくね」

「は、ぃ……。よろしく、お願いします……」

 

 織姫との自己紹介だが、やはり初対面だけあって咲希の引っ込み思案が発動する。顔を赤くしながら掛け布団で身体を隠し、もじもじとしながら応えた。そんな微笑ましい光景に織姫はニッコリと笑った。

 

「それじゃあ、あたしは新しい家族が出来たお祝いも兼ねて晩御飯の支度をするね」

「あっ、なら柚菜もお手伝いするー!」

「ありがとう。でも転んでお皿を割らないようにね」

「はーい!」

 

 そう言うと織姫と柚菜は部屋から出て行った。二人となったその部屋は途端に静かになった。

 

「……騒がしい奴だ」

「……ウルキオラ、様……?」

「お前の呼びやすい呼称で構わん」

「じゃ、じゃあ……おにぃ、ちゃん」

「……まあいい」

 

 咲希はウルキオラへの呼称を顔を赤くしてそう呼んだ。なんともまあ典型的な呼称だが、ウルキオラはその辺は余り気にしなくなった。箱庭の世界で百年を過ごし、この世界で織姫と出会った今のウルキオラは呼称程度では揺らがなくなった。ただ前に柚菜が呼称した「ウルキー」と言う名だけはどうしても許容出来なかったが。今でも柚菜に呼ばれる事が偶にあるのでその度にアイアンクローをかましている。

 

「……おにぃちゃん」

「……何だ?」

わたし達(・・・・)を、救ってくれて、ありがとう……」

 

 今だに引っ込み思案が発動しており、その言葉はつぎはぎだ。しかしウルキオラは特にその事に関しては気にしていない。

 

「……そうか」

 

 目を閉じながらそう言う。その姿は夕日に照らされ、オレンジ色に染まってもその白い肌はいつまでも病的なまでの白色のままだった。




そのあと、織姫の手伝いをしていた柚菜は盛大にすっ転んで皿を割ってしまい、再びウルキオラにアイアンクローをお見舞いされたそうな。








過去最長、16322文字……っ!!
ヤベェ、こんなに書いたのは初めてですわ(白目

さて、この話で出てきた沙斬咲希ちゃんですが、私のオリキャラでは一番気に入っております。
白いロングヘアーで美少女ロリが殺人鬼というのも新鮮かなー、と書いてみた結果がこれだよ!(白目
そのせいか文字数もめっちゃ長くなりました(汗

因みにこの沙斬咲希ちゃんは『蛭子小比奈の成れの果て』というイメージで作りました。
なので小比奈ちゃんよりも残虐で残忍な殺人衝動を持っています。口調が汚なかったのもその一つです。
しかし、この『残虐で残忍な人格である沙斬咲希』は『本来の人格である弱く優しい人格の沙斬咲希』を助けたい一心で頑張っていた本当は優しい『人格』なのです。
ただ、その頑張りが殺人へと歪んでしまっただけの哀れで悲しい『人格』なのです。

簡単に言えば、“大切な人を護る為に自分の手を汚した”。そんな感じです。

今回の話でそのことを分かって頂けたらなー、と思ってます。

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