第4十刃が異世界へ渡るそうですよ? 【ブラック・ブレット編】 作:安全第一
今回はタイトル通り、あのキャラとの邂逅もとい再会です。
因みに時系列はウルキオラがキャンサーを倒した二年後です。
では、どうぞ。
ウルキオラがステージVを斃してから早二年が経過した。
当時は『IISO』IP序列一位の座に君臨していたが、やはり自分に「1」という数字は似合わない。そう思ったウルキオラは新たにステージVを斃したペアにあっさりとその座を明け渡した。
現在のIP序列は四位。それでも一桁台であり一位とは大差ないものだが、ウルキオラにはこの序列が妥当だと考えていた。昔「
ウルキオラが自らの名と冠する称号を明かしたのは凡そ半年前だが、既に全世界では序列四位を『第4十刃』と呼称する様になった。ウルキオラには二つ名として『
さて、序列四位へ退いても尚、実質一位と謳われるウルキオラは現在、東京エリアの街並みを歩いていた。それ程の有名人が街並みを歩いていれば注目の的となるだろう。
しかし明かしたのは名と自らの呼称のみ。素顔まで明かした訳では無い。故に街並みの中を歩いていても然程違和感が無かった。ただ、ウルキオラはルックスが良いので特に女子達にはちらほらと注目の的となっている。ついでにその破面死覇装も。
「……この世界に来てからもう八年か。よくこの状態にまで復興出来たものだ」
ウルキオラが歩いている東京エリアの街並みは既にガストレア戦争前の水準へと回復している。それこそガストレア戦争後の三年間は復興が難航し、ままならない状態だったが、五年目以降より漸く復興が進む様になった。その影には一年後に人類初のステージV撃破という出来事が人類に希望を与えた事が大きい。
因みに海外間の空路や航路は確保されており、食糧自給率も安定している。
ウルキオラは念の為にこの世界で空座町という地域が有るか確かめたが、その様な町は存在しなかった。やはり日本国には平行世界によって存在する町と存在しない町が有るらしい。これは箱庭の世界にて学んだ事で有り、様々な世界が存在しているという事は
「………」
人通りが多い街並みを抜け、静かな住宅街へと歩いているウルキオラ。その視線の先には巨大な『モノリス』が
現在、世界各国はこのモノリスを等間隔で配置する事でバラニウムの磁場による結界を展開し守られている。
だが、ウルキオラはこれらを「守られている」とは認識していなかった。
“偽りの平和”、と。
ウルキオラは今の世界をその様に認識していた。モノリスによる結界を張ることで安心している者達が多いからだ。
そのモノリスの一つでも崩れれば、結界など消えてしまうのに。
一般人は「モノリスの結界が有れば安心」という常識に囚われてしまっている。偽りの余裕を得てしまっているからこそ発生してしまっている問題がある。
“ガストレアショック”
これは殆どの人間が患ってしまっている症状である。十年前のガストレア戦争にて肉親や恋人、我が子を奪われた影響で発症している。
その症状はガストレアの赤い目に対して過剰な恐怖を抱いてしまうというもの。一種の精神病の様なものだが、これが深刻な問題へと発展してしまっているのだ。
それは「呪われた子どもたち」になった
「呪われた子どもたち」とはガストレア戦争頃より生まれて来た十歳以下の子ども達の事を指す。
ガストレアウィルスの影響力は凄まじいが、それは血液感染でしか感染しない事が既に解明されている。だが例外が一つだけ存在し、妊婦の口からガストレアウィルスが入り込むと影響こそ及ぼさないものの、その毒素は胎児へと蓄積されて行くのだ。
そうして生まれて来るのが「呪われた子どもたち」である。生まれた頃よりガストレアウィルスを保菌しながらそれに対する抑制因子を持っており、何よりもガストレアと同じ赤い目が特徴である。因みにガストレアウィルスは生態の遺伝子に影響を与える為、男性へと変化せず全て女性である事が分かっている。
そして「呪われた子どもたち」の特筆すべき点はその能力。それは超人的な身体能力や治癒力、そのガストレアウィルスのモデルによって様々な恩恵を得ている所にある。
それ故、「呪われた子どもたち」を恐れた人間達は彼女達を迫害した。
それは彼女達を抹殺しようもする者達まで現れるくらいに。
ガストレアショックとはそれ程までに深刻な症状なのだ。一時期、嬰児を川に沈めて窒息死させる遊びが流行った程に。
現在でも大多数の人間が「呪われた子どもたち」を迫害する運動が続いている。自分自身が正しいと思い込み、狂っている事すら気付かずに。
果たしてそれを、“平和”と言えるだろうか。
「………」
ウルキオラがこの世界で感じた『負の感情』の正体でもあるそれは、世界そのものを狂わせている。
実際に、ウルキオラが『崩玉』を使えばその“歪み”を修正する事が出来る。「呪われた子どもたち」を元の人間へと戻す事も、ガストレアを絶滅させる事も、世界の認識を正す事も出来る。
だが、それは“禁忌”そのもの。世界を勝手に修正する事はその世界を消滅させるリスクが高い。それに“世界の修正”は易々とやるものではない。
何よりウルキオラ自身も『崩玉』を使って“世界の修正”をする気など更々無い。
その世界を紡ぐのはその世界の住人のみ。その“歪み”を修正するのもその世界の住人のみ。
ウルキオラは異世界からやって来た『イレギュラー』に過ぎないのだから。
ウルキオラに出来るのは見届ける事だけ。
この世界をどう修正して行くのか。人の可能性というものは『
それを見届けるだけなのだ。
「まっ、待ってぇ〜!」
ウルキオラが思いに
何故かその声は
「………」
ウルキオラがその声に振り返ると、男がその少女の鞄を奪い此方へ逃走を測っていた所だった。
所謂、引ったくりという奴だ。
「オラァ! そこをどけぇ!」
その男が此方に叫びながら向かって来る。だが、ウルキオラは微動だにしない。仕方なく男はウルキオラを突き飛ばそうとそのまま突っ込んで来た。
「……
ウルキオラはそう言うや否や、男の突進を横にずらす事で回避し、足で男の足を引っ掛け派手に転んだ所を手刀で
「………」
「はあっはあっはあっはあっ」
ウルキオラが引ったくられたその鞄を拾い上げると、男が逃走して来た方向から先程被害に遭った少女が此方に走って来た。
「……?」
ウルキオラは訝しんだ。遠くからだが、
ウルキオラが視線を鞄に移すと、女子が持っていそうなごく有り触れた鞄。だが、何故かそこから
「はあっはあっ、あ、ありがとうございますっ!」
視線を再び移すと、少女が頭を下げながら言っている。先程走った影響で疲労している様だ。
「……構わん。これは貴様の鞄か?」
ウルキオラがその鞄を少女へ差し出す。そして荒い息を整えた少女はゆっくりとその顔を上げ、屈託の無い笑顔で答えた。
「はいっ! そうです!」
「!?」
刹那、ウルキオラの時が止まった感覚がした。
顔を上げたその少女の顔をウルキオラが忘れる筈が無かった。
胡桃色のロングヘアー。
髪には六枚の花弁を持つ花の形のヘアピンが留めてある。
そして、整った顔立ちに母性溢れるその優しい瞳。
何よりも、ウルキオラに『心』を教えてくれた少女。
(……何故、貴様が此処にいる?)
───井上織姫が、そこに居たからだ。
「……あの、あたしの顔に何か付いていますか?」
「……いや、何でも無い」
その井上織姫らしき少女に呼び掛けられ我に返ったウルキオラは鞄を渡す。そして問い掛ける。
「……貴様の名は何だ?」
「はいっ、あたしは井上織姫と言います!」
「……そうか」
その問いに答えた少女は井上織姫と言った。これは同姓同名と言っている場合では無い。ウルキオラは恐らくだが仮説を立てた。
(……恐らくこの“井上織姫”はパラレルワールドの“井上織姫”だろう。そうでなければ説明が着かん)
別の可能性の“井上織姫”と仮説したが、目の前の少女はかつての“井上織姫”と何ら変わりない性格をしていた。
(……まあいい。別の井上織姫とはいえ、この世界に居た事だけでも良しとするか)
ウルキオラはそう思い、踵を返して立ち去ろうとする。すると、織姫が彼を呼び止めた。
「あ、あのっ」
「……何だ?」
ウルキオラは歩みを止め顔だけ振り返る。再び視界に捉えた織姫は少々上目遣いで提案した。
「せ、せめてものお礼ですけど、あたしの家でお茶しませんか?」
「………」
そこでウルキオラは考える。彼女がこの世界の主要人物たる可能性があるのならば、その物語を左右しかね無いと。
しかし、その可能性は低いだろう。何せこの“井上織姫”はパラレルワールドの人間である故、別世界の物語の主要人物となる事は無いのだ。その為イレギュラーであるウルキオラが井上織姫に接しても大した影響は与えないだろうと言う結論に至った。
故にウルキオラはその誘いに乗る事にした。
「……構わん」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
ウルキオラの了承に喜ぶ織姫。すると、何か聞きたがる表情を示し始めた。
「……どうした?」
「……あの、貴方のお名前は?」
「……ウルキオラ・シファーだ」
「ウルキオラ・シファーかぁ、良い名前だね。ウルキオラくんって呼んでも良い?」
「……好きにしろ」
「ホント!? ありがとう!」
以前ならば「ただウルキオラと呼べ」と言っていたものだ。だが今は違い、その点に関しては既に気にならなくなっていた。そのウルキオラの了承に笑顔を綻ばせて喜ぶ織姫。それに、いつの間にか彼女の素が出て丁寧語を崩していた。
その笑顔にウルキオラは思う。
(……もしもあの世界で俺とこいつが敵同士でなければ、より『心』を知る事が出来ただろうか。この笑顔の意味と共に)
あの世界でもしも敵同士でなかったら。
もしも自身が人間だったら。
もしもお互いに解り合えたとしたら。
もしも黒崎一護と同じ立場であったならば。
───今と違い、『心』を完全に理解出来ていただろうか。
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あれから小一時間、織姫と話し合ったウルキオラは不思議な親近感を得ていた。
既に織姫の方はすっかり打ち解けて、丁寧語を崩している。ウルキオラとしては堅苦しい言葉は好きではない為、別段構わない事だが。
『心』を多少は理解しているからか、あの世界の時の様な雰囲気は無い。何となく柔らかいというか、暖かい雰囲気を感じた。
「……此処が貴様の家か?」
「うん、そうだよ」
現在、ウルキオラは織姫と共に彼女の家の前へ辿り着いていた。家と言うよりは事務所の様な場所だったが。そして玄関の付近に看板でこう書かれていた。
『井上民間警備会社』
「……貴様は民警の仕事に就ているのか?」
「ううん、あたしは事務の方に専念しているんだけどね……」
そこまで言うと、織姫は少し俯き悲しみの表情を見せた。ウルキオラは訝しんだが、有る程度察していたのか敢えて問い掛けた。
「……戦死か?」
「……うん」
やはりか。そうウルキオラは思った。
民警とは
その対ガストレアのスペシャリストである民警だが、その誰もが命を落とさない訳では無い。一瞬の不覚を取られガストレア化してしまう者やそのまま命を落とす者もいるのだ。
「……これは……」
その後、織姫の家の中へと入って行ったウルキオラが見つけたのは写真立て。後方に織姫が映り、メインはプロモーターであろう人間がイニシエーターである少女を撫で回している風景だった。
イニシエーターを恐れる人間とは違い、家族同然で接しているそのプロモーター。困った顔をしているものの、拒絶する気配が一切無いイニシエーター。それを微笑ましく見つめている織姫。今の時代には珍しい光景。
───歪みが無い。
「………」
ウルキオラはその写真立てを手に取りそれを見つめる。これこそが歪みを正すに必要なもの。本当の平和とも言える風景。
だが、それは虚しく塵となり崩れ去った。
井上織姫はどれ程の絶望を味わったのだろう。一人残された孤独をどれくらい感じたのだろう。あの笑顔も、その絶望を隠す為のものであったとウルキオラはすぐに理解した。
「隠したものは弱さと真実
失くしたものは永遠の安息」
「……え?」
紅茶を淹れ終え、机に紅茶を置いて戻って来た織姫はウルキオラのその呟きを聞いていた。ウルキオラはゆっくりと振り返り、言葉を紡ぐ。
「……解っているのだろう? 貴様はこのプロモーターとイニシエーターを失って以来、己の非力さに絶望しそれを隠している事を」
「!」
その言葉は、図星である事は間違い無かった。織姫はその事に目を見開く。
「……そして一人で塞ぎ込み、今を孤独で生きている」
「………」
これもまた図星。感情を押し殺す役目を持っていたその笑顔も消え、俯いてしまう。
あの時の兎の少女の様に。
だからと言って、ウルキオラは人間の様に同情したりしない。彼はどこまで行っても
だからこそ、彼は彼なりのやり方がある。
「……一つ問う」
「……なに?」
「お前の心の中に、その二人は存在しているか?」
「……え?」
ウルキオラから問われたのは、織姫にとって不思議な質問だった。
そんなの、当然ではないか。
「もちろんいるよ。だってあの二人は両親が死んでから出来た家族だから……」
「……ならば、何故お前は塞ぎ込む事でその二人を消し去ろうとしている?」
「……それはっ……」
ウルキオラの的を射たその言葉に織姫は言い淀む。
それは事実だった。
あの二人がいたからこそ、両親が死んでも心を保つ事が出来た。心の平穏を持つ事が出来た。
両親はガストレアによって殺された。そのショックは織姫を絶望させるには十分だった。
それを追い打ちするかの様に、引き取ってくれる身寄りも全てガストレアによって殺されていた。ただ孤独という現実が幼い彼女を蝕んでいた。
そんな彼女を救い上げてくれたのがあの二人だった。
『IISO』が創立された初期に組んでいたペアらしく、プロモーターはまだ青年、イニシエーターはたったの六歳だった。
彼らに何の物語があったのかは詳しく知らない。ただプロモーターは彼女に優しく接してくれた。
(お前、一人ぼっちだったのか? なら、俺たちと一緒だな)
(俺は─────。で、こっちがイニシエーターの────。よろしくな!)
(呪われた子どもたちだろうがなんだろうが関係無ぇ。あの子達も同じ人間なんだ、あの時の俺みたいに一人ぼっちなんだ。───だから、俺はあいつらを山ほど護りたいんだ)
(そりゃあ力が無ぇのは分かってる。だからこそ護らなくちゃなんねぇんだ。他でも無い俺が、俺たちが)
(───必ず帰ってくる。だから、ここの留守番は任せたぜ)
───俺たちの居場所をな。
そして、彼らは死んだ。
「───」
溢れかえって来る思い出に織姫はいつの間にかその瞳から一筋の雫が流れ落ちていた。
得る事の喜びは大きい。だが、失う事の辛さはそれを上回る。
こんなに辛いのなら、忘れてしまった方が良い。
だが、出来なかった。その二人を貶している気がして。だから無理矢理明るくで振る舞う事でそれを塞ぎ込んだ。
だが、目の前の白い青年に看破されてしまった。
「うぅ……ひっく……」
「………」
双眸から流れ落ちる雫は止まらず、織姫から嗚咽する声が漏れる。ウルキオラはそれを無機質な双眸で見つめているだけ。
「井上織姫」
「……ひっく、なに……?」
ウルキオラの声に、織姫は僅かに顔を上げる。織姫が見たウルキオラは、先程と何も変わらない無表情をしていた。
なのに───
「───俺が、お前の希望になってやろう」
(───なら俺が、お前の希望になってやる)
───何故、その一瞬だけあのプロモーターの姿と重なったのだろうか。
「……え?」
突如として聞こえたのは、その見た目からでは到底紡がれる様なものでは無い台詞。
「……かつて、俺はお前と良く似ている女に出会った。“希望”があったからこそ強く有り続けた女を。心無き俺は、その女から“心”というものを教わった。お前は、その女に限り無く似通っている」
「……ウルキ、オラくん?」
「今のお前には“希望”がいない。絶望してしまっているお前を見捨てれば、それはあの女を見捨てる事と同義であるからだ」
ウルキオラも普段言う筈の無い言葉に多少なりとも戸惑っていた。それは目の前の人物が井上織姫だから故。
それが例えパラレルワールドの井上織姫であろうと彼女は彼女であり、唯一無二の存在。ウルキオラを変えた優しい少女。
箱庭の世界では、心を理解する為に子ども達を『護ろう』と思った。その無駄を試す為に。
だが、今のウルキオラはこう思っていた。
───『護りたい』と。
それは心の理解の為という不明瞭なものでは無く、心が自然に思わせる明確なものだった。
これこそが、黒崎一護の『強さ』の原点。不思議な感覚に囚われて行く内に、ウルキオラはそれを理解した。
「……お前の中に居る二人を消し去るのも、塞ぎ込むのもお前の自由だ。あの女もかつてはそうだった」
「………」
「お前の心はあの女と同じ様に澄んでいる。それはこの世界の歪みを正す唯一の希望だ」
「!」
ウルキオラは改めてその翠の双眸で彼女を見る。織姫はウルキオラのその双眸は無機質なものでは無くなっていた気がした。そしてまた、あのプロモーターと姿が重なって見えた。
「あ……」
「ならば、絶望しているその心を俺が救ってやろう」
(俺が、絶望してるお前の心を救ってやる)
───お前は、俺が護る。
「あぁ……」
かつて織姫を救ったその言葉、その姿が鮮明に蘇って来る。ウルキオラとあのプロモーターでは似ても似つかないかも知れない。しかし、その根本は一緒なのだと織姫は悟った。
当然、その希望を失ってしまう恐さは払拭し切れていない。次にその希望を失えば、たちまち織姫の心は砕け散ってしまうだろう。
だが、それ以上に彼女は嬉しかった。希望を失い、孤独となっていた自分に手を差し伸べてくれた存在が再び現れた事が。
そう、彼女が再び孤独になる必要など無いのだ。
───もう、彼女は
「う、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
その救いに、織姫の涙は堰を切ったように溢れ出し、ウルキオラへと抱き付いた。
「………」
ウルキオラは何も言わず、無表情のまま彼女の背に優しく腕を回し、目を閉じた。
そして彼女の気が済むまで、それは続いたのだった───
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「……ありがとう。ウルキオラくん」
「……気にするな」
あれからどれくらい経ったのかは分からない。だが、織姫の心は先程と違って澄んでいた。
「……それで、ウルキオラくんは私の民間警備会社に入ってくれるの?」
「無論だ」
「……!」
織姫の確認にウルキオラが即答すると、織姫はたちまち嬉しそうな表情をした。
それは隠す為の笑顔では無く、本来の彼女を持つ笑顔だった。
「……俺は今まで拠点を転々としていたが、漸くまともな拠点を得られそうだ」
「……え? そ、それってもしかして……」
「当然、此処に邪魔させて貰う」
まあ何とも勝手な判断だろう。その潔さには呆れるものが有るが、当の本人は完全にその気である。何故か織姫は顔を赤くしていたが。
(わ、私の家に住み込み……!? そ、それってつまり……ど、同棲……!?)
かつてのプロモーターですら自身の家を持っており、そこで暮らしていた。実質両親が死んで以降、ウルキオラがこの家で初めての同居人と言う事だ。
そして、ウルキオラはルックスが良い。体格こそ小柄であるものの、イケメンの部類に入る容姿だ。無表情で冷たい感じを醸し出しているが、その中に優しさがある。
そんな彼と同じ屋根で過ごす。そんな妄想が勝手に浮かび上がり、織姫はますます顔を赤くした。
「……何をしている?」
「ひゃあっ!?」
その妄想に捕らわれていた織姫は、突如として聞こえたウルキオラの呼び掛けに冷水を掛けられた感覚がして飛び上がる。
「な、なんでもないよ!」
「……?」
織姫は自分の心境を読まれまいと笑い照れ隠しをした。その行為にウルキオラは首を僅かに傾げていたが、織姫の心中は読めなかった。その際に、テーブルに置かれたすっかり冷めた紅茶が目に入った。
「……紅茶が冷めているな」
「あっ、ご、ごめんね! また新しく淹れるから!」
そう言って織姫は慌てて台所へ向かう。別に冷めた紅茶が嫌いとは言っていないのだが、慌てて向かった織姫の姿にため息を吐く。
すると、織姫はピタリとその動きを止めた。
「……どうした?」
ウルキオラが織姫のその様子に声を掛ける。すると、織姫は微笑みながら言った。
「……ありがとう、ウルキオラくん。ウルキオラくんのお陰であの二人の心も私の中に生き続けているよ」
「……そうか」
織姫のその言葉に、ウルキオラはただそう返す。無機質な返事かも知れないが、その返事に織姫は満足した。
「ウルキオラくん」
「……何だ?」
そして、向日葵が咲いた様な明るい笑顔でこう言った。
「───井上民間警備会社へようこそ!」
その後。
織姫「そう言えば、ウルキオラくんって民警なんだよね?」
ウルキオラ「そうだが?」
織姫「ウルキオラくんのIP序列って幾つなの?」
ウルキオラ「四位だ」
この後、あまりの驚愕に織姫がもんのすごい声を出したのは言うまでもない───
今回の話は井上織姫との邂逅、そして救済という話でした。
この話は『もしもウルキオラが織姫を護る立場だったら』というIFをイメージして執筆しました。
ウルキオラらしく無いのかも知れませんが、心の理解を少しでも得ているからこその成長の証なのです。
織姫はパラレルワールドの存在ですが、原典の方の織姫とあまり変わっていません。
そして黒ウサギの恋の宿敵となるのです(笑
原作まで後二年。
では次回にて。