風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第七話

神凪一族は戦慄していた。混乱の極みにあったと言っていい。

ここ数日、彼らは今までに無い状況に追い込まれていた。

名高い最強の炎術師の一族から、多数の逮捕者が一斉に出てしまったのだから。

 

これにはさすがに宗主である神凪重悟も頭を抱えた。

今まで退魔で死者が出る事はあった。何らかの理由で追放されたと言う事例はあった。

しかし長い歴史の中で、国家権力に逮捕されると言うのは前代未聞であった。

以前にも似たような事は無いでもなかったが、時の宗主や長老が裏から手を回し、それをもみ消したり、内々に処理したりした事でそれが表に出る事はなかった。

 

だが今回の件はあまりにも規模が大きすぎる。

先代宗主であり重悟の父である頼通始め、長老はほぼ全員逮捕。他にも分家の現当主である者達も軒並み逮捕と言う目も当てられない状況であった。

早急に宗家、分家含め全員を集めなければならない。

分家の当主はそれぞれに家に跡継ぎがいるため、彼らには早々に当主の地位についてもらえばいいのだが、それでも熟練層が軒並み逮捕では戦力の低下も無視できない。

 

戦力とは力の問題では問題ではない。数の問題だ。

神凪一族の分家・宗家の力は炎雷覇を持った綾乃を含めても、神凪厳馬や神凪重悟個人にも遠く及ばない。

しかし数と言うのは重要なのだ。いくら強くでも一人でできる事など限られている。

 

神凪一族は最強の炎術師の一族であり、千年にも渡り、この日本と言う国を守り続けてきたと言う実績がある。

そのため、政財界からも数多くの依頼が舞い込む。尤もこれは先代頼通の手腕によるところが大きかったが、それでもそれらのコネからさらに噂や実績を口コミで聞き、神凪一族に依頼しようとする者は少なく無い。

 

そのため神凪一族も、それらの依頼を振り分け、各分家や宗家の実力者に割り当てを行っている。

端は九州から東北、北海道まで広範囲に渡り神凪一族は仕事をこなしている。だからこそ人手は欲しいのだ。

 

先代や長老は現役を退いているので依頼への負担は少ないが、分家の当主は不味い。彼らもまだ現役で仕事をこなしていただけに厄介だ。

さらには逮捕された分家はそれ以上に混乱し、家督相続やら何やらで、てんやわんやになっており、退魔の仕事で遠くに出張する事も難しい状況だ。

 

(何故こんな事に・・・・・・・・)

 

重悟は今回の件が神凪の不始末であり、自分のあずかり知らぬ所でここまでの不正が横行していたとは考えもしなかった。

父である頼通が権力や地位に固執している事は重々承知だったが、まさかこのような脱税や不正を行い、政府や企業と深いつながりを持っていたとは考えもしていなかった。

いや、薄々ではあるが気がついていた。気がついていながら証拠もつかめず、何の対処もできなかった。

 

不甲斐なさに重悟は拳を握り締める。

足を失う前は神凪最強だ、炎雷覇の継承者だ、紫炎の重悟だともてはやされていたが、結局自分は一族の不正も取り締まる事のできなかった無能な男ではないか。

知らなかったと言うのは簡単だが、そんなもの言い訳でしかない。人の上に立つと言うことはそれだけで責任を持たなければならず、知らなかったと言う言葉を軽々しく使ってはいけない。

 

「ふっ、実に情け無いではないか」

 

だが過ぎてしまった事を言っていても仕方が無い。問題はこの窮地をどう脱するかだ。

重悟は手元の資料を見る。それは仕事の依頼のキャンセルの書類だった。

事件が明るみに出てから、退魔の仕事のキャンセルが後を絶たなかった。

人手不足と嘆いてはいたものの、その仕事自体が無くなりかけている。

風評被害と言うものは恐ろしいものだ。一度失った信用や信頼を取り戻すのは並大抵の事ではない。

 

しかも神凪は一斉に大勢が逮捕された。組織ぐるみの犯罪と言われても否定できない。

いくら千年に渡る実績があっても、それも所詮過去の栄光でしかない。

社会と言うものは世知辛く、また厳しいものなのだ。

さらに今回の件は金にまつわる問題。重悟も詳しく知らないが、ネットでは神凪は金に汚いとか、他の退魔の組織よりも優遇されていたのは金にモノを言わせていたからだとか言う噂が流れているらしい。

 

インターネットの普及で情報が駆け巡るのは早くなった。国内の多数の情報屋もインターネットを利用し、多くの情報を得ていた。

その彼らが仲介する仕事で神凪に回ってくるものはあまり無かった。それはそんな事をしなくても政財界から勝手に回ってきたのと、その口コミでより多くの依頼が来たからである。

 

しかしその政財界の連中も軒並み逮捕。これでは仕事が回ってくるはずも無い。さらに国内の仲介屋と連絡をとっても、事件が尾を引き色よい返事をもらえない。

当然であろう。仲介屋も仕事であり、信用の置けない相手を依頼人に紹介できない。

仮に紹介して依頼人が神凪の不祥事の件を知っていれば、何故そんな相手を紹介するのかと逆にその仲介屋が信用を失いかねない。

つまり神凪は現在、八方塞状態なのだ。

 

「とにかく一度一族をすべて集め、話をしなければ・・・・・・・・・」

 

重悟はすぐに一族の者を集めて気を引き締めなおす事を決めた。

 

 

 

 

神凪重悟が頭を抱えているのと同様に、兵衛もまた頭を抱えていた。

風牙衆はさほど大きな被害を受けてはいない。無論、神凪の仕事が激減すればこちらへの仕事も減るが、彼らは風術師であり他にも稼ぐ手段は多々ある。

 

情報を探る事に関しては一流であり、探偵の真似ごとでもすればいいのだ。神凪の名が地に落ち始めているのに対して、風牙衆の名は別にそこまで落ちていない。

ただ問題がある。それはネット上で実しやかに囁かれている今回の事件の真相。

 

『風牙衆が政財界や上部組織である神凪一族の不正を内部告発した』と言うものだ。

 

兵衛はその知らせを聞いたとき青ざめた。なぜこんな馬鹿げた話が出回っているのだと。

自分達はそんなことしていない。濡れ衣だと兵衛は声高らかに言いたかった。それにそんな噂は荒唐無稽だと何とか情報戦を行い沈静化しようとした。

しかし情報は消せない。それどころかネットではその波がさらに吹き荒れている。

唯一の救いは風牙衆に対する批判ではなく評価したり賞賛したりする声が大多数であったことだろう。

 

内部告発をすると言う事はいけないことではない。むしろ不正を正す正義の行いである。その後に来る社会的制裁を考えればとてもできないし、しり込みしてしまう事だが、それを行った勇気ある行動は評価され、賞賛に値される。

風牙衆も神凪や政府、社会の不正を見逃せない、正義の集団であるとネットでは英雄扱いされた。

 

他にも秘密裏に兵衛に接触してくる退魔組織は多かった。簡単に言えば引き抜き、スカウトである。

もちろん、神凪の不正を暴いた経緯を考えれば脛に傷を持つ古い一族は二の足を踏んだが、これから躍進しようと考える新興組織からの勧誘が多かった。

待遇もいいものが多く、兵衛としては心動かされるものがあった。

 

しかしそれでも兵衛は返事ができなかった。当然だ。これは身に覚えの無いことなのだから。

彼らの誘いを受け入れればどうなるか。

確かに一時的にはいいかもしれないが、兵衛にはこれがうますぎる話でありどこか落とし穴があるのではないかと疑ってしまっていた。

 

もし受け入れた矢先に事件を真相を何者かが暴露すればどうなるか。

下手をすれば他人の手柄を横取りしたと言われかねないし、相手にも思うところを植えつけてしまう。

それに神凪一族も黙っていないだろう。

分家の当主や長老、先代が逮捕されたと言っても、神凪の過激派はまだ残っている。そう言った者達が報復に出てこないとは限らない。

 

だからこそ、兵衛は頭を抱えているのだ。

彼は知っている。この事件を起こした第三者が確実にいることを。

調べたところ、神凪の分家や頼通、長老が秘密裏に用意していた裏金も風牙衆の裏金同様に消えうせていた。

つまりこの流れを作った者がいるのだ。

 

(この流れを作った者は我らだけではなく神凪の資金まで奪った。これだけの事をしでかす相手……。おそらくは個人ではなく組織。だがそんな組織がどこにいるのだ)

 

調べさせてはいるが、敵の影を踏む事さえできない。

神凪の裏金が奪われた事はまだ報告していない。報告するべきかと思うが、まだ決めかねている。

資金が奪われただけを報告して、後の調査はどうなっていると追及されるのは目に見えているからだ。

 

(それに下手な報告をすれば、余計に風牙衆に疑惑の目が向きかねない……)

 

タイミングを誤れば、一気に風牙衆が犯人にしたてあげられる事になる。それだけは何としても防がなければならない。

他から見れば英雄でも神凪から見れば裏切り者と言う不遇の扱い。この流れを作った者に兵衛は恨みをぶつける。

普通なら神凪が没落して万々歳なのに素直に喜べないどころか、逆に神経をすり減らしている始末。

ここ数日で抜け毛が増えて夜も良く眠れない。仕事も神凪の調査以外に金を奪っていった相手を探したりと、神凪とは逆に金にならない事が増えて風牙衆は大慌てであった。

 

いっそ、和麻にプチッと潰してもらった方が兵衛としては別の意味では幸せだったのかもしれない。

和麻に善意は欠片ほども無いが、神凪が痛い目を見て少しは風牙衆が良い思いをするかと思ったが、そんな事は無かった。

逆に真綿で首を絞められるかのごとく、精神的にも肉体的にも辛い状況に陥り始めた兵衛。

すべてはたった一つの失敗から始まった。

 

「落ち着け。まだ大丈夫だ。神凪が没落する事はいい事ではないか。それにうまく立ち回れば、風牙衆の未来は安泰。そうじゃ、うまく状況を利用すれば……」

 

兵衛は何とか状況をうまく利用する事を考える。少しでも良い風に良い風に考えを持っていこうとする。

でなければ倒れてしまいそうだったから。

 

「だが念には念を入れておかねば。もしもの際の戦力を確保しなければ……」

 

仮に戦いになった場合、風牙衆は戦闘力と言う点で言えば話にもならない。

流也がいれば何の問題も無く、逆にこの混乱た神凪相手に一族皆殺しだ! 三百年の恨みを思い知れと反旗を翻し、ウハウハの状況だったかもしれない。

もっとも戦闘になった場合、風牙衆はただ逃げるだけで良い。逃げていれば神凪は勝手に没落してくれる。

 

世間的には内部告発と言う形なのだ。もしここで神凪が実力行使に出れば、不正を暴いた正しい理があった風牙衆を力で脅し報復したと言う最悪の結果が生まれる。

そうなればもう信用関係は生まれない。神凪と言う名前はタブーとなり、その一族の血を引いている炎術師は二度と退魔の世界で活躍する事はできないだろう。

 

つまりこの状況は風牙衆にとって、最高の状況なのだが兵衛は神凪への反抗心と恐怖心ゆえに客観的に物事を考える事ができなくなっていた。

それに逃げていても見つかって殺されるのではないかと言う恐怖が生まれる。

根底にある神凪一族への恐怖。流也と言う切り札を無くし、逃亡資金も奪われ、心の余裕が和麻とウィル子に削り取られたことで、彼は最善の手を見つけられなくなっていた。

 

また他の風牙衆もそのような先見に長けた人間がおらず、長である兵衛に意見する事もできなかった。

つまり兵衛は負のスパイラルに陥り始め、安易な手しか考え付かないようになっていた。

人は単純な力に心を惹かれる。術者ならば己の力や近くにある強大な力に。神凪ならばその圧倒的な炎に。

そして風牙衆ならば、かつて封じられた自分達が神と崇めた存在に。

溺れる者は藁にも縋る。兵衛はこの状況を脱する力を求めるのであった。

 

 

 

 

 

「おし。G級に突入」

 

そんな神凪と風牙衆の混乱も他所に未だにゲームにいそしむ和麻。

 

「いやはや。それにしても神凪の混乱振りは凄まじいですね。まさかこんな事になるとは」

 

ウィル子はゲーム画面から目を離さずに、マスターである和麻にウィル子は話しかける。

 

「まあどんな事でも信用・信頼が第一だからな。術者の世界でも同じだよ。風評被害はヤバイよな」

 

それを起こした張本人達はどこ吹く風だ。

 

「ここまで行けば後は勝手に話が広がっていってくれますからね。まぁウィル子が情報屋の集まるサイトに、ある事無い事書き込んできましたからね」

 

ウィル子も影で暗躍していた。直接手を下す必要は無い。もう昔とは違う。社会的立場と言うものが重要視される現代社会において、これは致命的だ。

 

「にひひ。すでに神凪の失態は国内だけには留まらず、海外にまで出回っていますね」

「あーあ。こりゃ神凪もしばらく面倒な事になるな」

 

ニヤニヤと笑いながら、実に楽しそうに言う和麻。自分達は

風牙衆と神凪の裏金を強奪した犯罪者と言う立場では同じだが、バレなければ犯罪ではない。

そして別に濡れ衣を着せたわけではないし、間違った事はしていない。

 

「この件はもうほっといても面白い事にはなるだろう。もう俺達が何かをする必要も無い。ここまで大事になれば俺を探すとか悠長な事も言ってられないし、個人でこんな事をしでかせるとも思えないだろうよ」

 

和麻もウィル子と言う存在がいなければ、ここまでの事を調べる事は出来なかった。

如何に風ですべての事象を識る事ができる和麻でも、特定個人の行動やどこに行ってきた等を探る事はできても電子上の情報は専門外。

 

しかしウィル子はそれをカバーし、和麻の風の情報収集をもフォローする。また和麻もウィル子が知る事ができない場所でも、現実ならば半径十キロ以内ならばよほどのことが無い限り調べる事ができる。

とにかくチートすぎて超一流の存在でも、このコンビと同じ土俵で戦う事はできない。

 

神凪も風牙衆も和麻が個人、と言うかコンビで政財界から神凪まで調べ上げ、裏金全てを奪い取ったなど考えもしないだろうし、予想もつかないだろう。

もしそんな考えに至るのなら、それは予想ではなく予言や予知と言う類になってくる。

 

「おっ、獲物見っけ。ところで俺としては最近は殺すよりもこう言った報復がいいと思うんだが、お前はどう思う?」

「ウィル子も到着と。そうですね。ウィル子もマスターに連れられて殺しの現場は見ましたが、直接手を下した事は無いので、できればこのまま殺さないでジワジワといたぶるのが良いのではないかと思いますよ」

「俺もだよ。いやー、アルマゲストの連中も一部は殺さずに、こうやって痛めつけて放逐し解けばよかったかな。あの時はお前が銀行口座やらカードを使えなくして経済面から攻撃したりして、茫然自失のところを俺が風で殺しまくってたからな」

 

ここ一年ほどのアルマゲストとの戦いを振り返り、和麻はうんうんと懐かしむ。

 

「にひひ。本当にマスターは考える事が外道でしたね。向こうも魔術師といっても人間でしたからね。まあ中には人間やめてた奴もいましたが、そういった連中も魔術の研究やらで金を使ってましたからね」

 

アルマゲストとは基本的に魔術師の集まりである。人間やめている連中も多々いるが、彼らは衣食住の他に魔術の探求にその重きを置いた。

しかし魔術の研究もただ本と睨めっこと言うわけではない。研究には必要な材料がいる。それもはした金ではなく億単位の金が動くこともある。

中には物々交換でする場合もあるが、探求を続ける魔術師にとって自ら収集した貴重な物品を取引に使う事は稀だ。

 

億単位の金を動かそうと思えば、手元に現金を置くのではなく銀行などを経由してカードや小切手を用いる。

アルマゲストは西欧を中心に活動する、近代魔術の最高峰とも謳われる権威ある組織である。

EUの経済にも深いかかわりを持つ。そのため高名な魔術師や幹部になるほど、社会的地位に付いている者も多く、そんな彼らからアルマゲストに資金が流れている。

 

しかし現在社会においておおよそ経済にはパソコンなどを利用し、銀行でさえもその例に漏れない。

アルマゲストの連中も秘密主義のスイス銀行を使っていた。ここに金を預ければ並大抵の事では手を出せない。

普通ならば。

だが彼らは普通では無い。しかも当時の和麻は手段を選ばず、ウィル子もHDのデータを喰う事の衝動が今ほど抑えられなかった。

 

つまり無茶苦茶をやり、一時期EUの経済やら何やらを混乱に陥れたりもした。現在でもその事件は謎のまま、どこかのハッカーかもしくは国家的なサイバーテロかと噂されている。

とにかくそんな社会的立場にいる連中に対してサイバー攻撃で資金の流れを止め、混乱しているところを探し出し殺していく。

中には魔術師としては並だが、出資者としては超一流と言った奴もいた。そう言った奴は資金を奪ったり、罠にはめ架空の出資をさせたり株式を操作して大損させたりと言う手を使った。

 

これにはさすがのアルマゲストも太刀打ちできない。しかもそれだけではなく物理的に彼らを簡単に殲滅する化け物までいるのだ。

和麻とウィル子の同時攻撃はいかなアルマゲストと言えども抗えなかった。連絡を取り合い各個撃破を避けようとしても、魔術以外の電話などを使えばウィル子に察知され、それどころかその内容を途中で変えられ罠にはめられた。

電話に盗聴防止やら魔術的な障壁を張っても、和麻と契約を結び、日々進化を続けていたウィル子に無効化されていった。

 

さらに魔術を使えば和麻に察知され、これまた物理的に殲滅される。

それに如何に優れた魔術師でも何百キロも離れた場所と連絡を取り合うのは難しいし手間もかかる。それならば電話などの方が簡単である。

つまり無理ゲーもかくやと言う状況でアルマゲストは、攻勢に出られた和麻とウィル子に半年も待たずに物理的にも社会的にも抹殺された。

資金もすべて奪われるか罠にかけられ大損し、逆に借金を背負わされた。アルマゲストの主要メンバー含め、上位百人はすでにこの世におらず、残りの部下やその家族は不幸な事にその負債である借金や社会的制裁を受ける始末。

 

現在のところ、それらの大半は未だに逃げ延びているアーウィンの片腕であり、実質アルマゲストを取り仕切っていた評議会の議長であるヴェルンハルト・ローデスに背負わしているため、家族がアルマゲストにいただけのあまりかかわりの無い肉親には被害は少ない。

 

そのヴェルンハルトはここ半年探しているが一向に姿を見せない。自殺でもしたかと思ったが、あの男がそう簡単に死ぬとも思えない。

それでも以前は世界経済でもそれなりに顔の通っていた男だけに、この沈黙は少々不気味ではあった。

 

「今回の件がひと段落したら、ヴェルンハルトを探すぞ。今日まではあいつの事も些事ってことで放置してきたが、不安の目は出来る限り早く潰さないとな」

「はぁ、ヴェルンハルトも不幸ですね。まあマスターに喧嘩を売ったのが運の尽き。しかしマスターとウィル子が本気で探さなかったとは言え、この一年良く逃げおおせましたよね」

「まああいつはアルマゲストの議長を務める男だしな。魔術にしても一流だし、それ以外にも組織の運営手腕やら経済経営に関してもそこそこやる。一年程度逃げ続ける事も難しい事じゃないだろ。けどそろそろ気にかけるのも面倒になったからな。殺るぞ」

 

和麻の目がいつにも無く鋭くなり、纏う気配も針のようにトゲトゲしたものに変わる。ウィル子はゴクリと息を飲む。

八神和麻と言う男は普段は飄々として、こう言った絡めてが大好きなウィル子と良く似た長愉快型の人間ではあるが、ウィル子と違うところが一つある。

それは彼が人間でありながら、人を超越した力を持ち、ウィル子が苦手とする直接的な破壊活動をやってのける事だ。

ウィル子も能力やら電子精霊の力を使えば様々な破壊活動はできる。その気になれば核兵器さえも作り出せる。

 

しかし和麻は人間でありなが単独で、それも一瞬でそれを可能とする。

やった事は無いし本人もできるかは知らないが、彼は核兵器の直撃を受けても生き残るであろうし、核兵器に近い破壊力を生み出す事も不可能では無いだろう。

持てる力、それこそ契約者の力を行使すれば、核兵器の破壊範囲である数十キロ圏内を死滅させる事も不可能ではない。

そんな相手を敵に回して、一体どれだけの存在が生き残れるだろうか。

そんなウィル子の様子に気がついたのか、和麻はそんな気配を霧散させ、いつものような飄々とした態度に戻る。

 

「おいおい。何よそ見してるんだよ。お前、死にかけてるぞ」

「へっ・・・・・ってああぁっ!?」

 

見ればPSPの画面でウィル子のキャラが集中攻撃を受けている。

 

「マスター! 援護して欲しいのですよ!」

「仕方がねぇな」

 

楽しそうに呟きながら和麻はウィル子を救出する。顔を見れば実にいい笑顔を見せて貸しだななどと呟いている。

ウィル子はそんな姿にハァっとため息を吐くが、やっぱりマスターはこの方がいいと思った。

和麻と出会って一年、色々なことがあったが、このマスターは色々な意味で最悪で最高だなとつくづく思うウィル子だった。

 

 

 

 

 

神凪一族宗家の大広間。

畳の敷き詰められた部屋の中には、神凪一族の宗家・分家をはじめ風牙衆に至るまですべての人間が集められていた。

 

神凪一族は宗家と分家からなり、総数は主だった術者とその家族を含め五十余名。分家は久我、結城、大神、四条の四つからなる。

昔はもう少しあったのだが、頼通の時代に幾つかの分家は他家に婿入りしたり嫁入りしたりして幾つかが途絶え、また策謀により消滅した。

現在の長老の中にはその途絶えた分家の出身も何人かいる。

宗家の数は総数で十人にも満たない。

風牙衆は彼らよりも少ないがそれでも四十人にも達する。

 

だがそんな神凪一族だったが、今回の事件では実に十一名にも及ぶ逮捕者が出てしまった。

先代宗主頼通、長老連中五名、久我と四条の当主。さらに四条からは他に三名もの逮捕者が出てしまった。

大体一つの分家は、当主とその直系の家族、当主の弟妹の家族で構成され、大体十人前後の構成となっている。

上座の中央に座る重悟は全員の顔を見渡す。いつもならこのような会合で集まる場合、口うるさい頼通や長老連中がいるはずなのだが、その声は無い。残った長老三名も大人しいものだ。

 

上座に座る宗家の面々を見る。

神凪の名を名乗る事を許された者達。

娘である綾乃。

神凪最強の術者である厳馬とその妻である深雪と息子である煉。

その横には宗家の一員である燎とその両親が座る。

それにしても十一人もの人間がいなくなると言うのは異常事態だ。

 

「……皆、此度の件は知っておるな」

 

重悟は重々しく口を開いた。彼自身、このような不始末を出した事自体が恥ずべき事なのだ。

 

「神凪一族の中からこれ程までの逮捕者を出したのは、千年の歴史を紐解いても始めてのことであろう。本来はこのような事はあってはならん」

 

厳しい口調で彼は語る。

 

「幾人かの者には伝えておるが、今回の件で神凪の信用は地に落ちた。依頼も激減し、今受けている物もキャンセルする旨が伝えられておる」

 

その言葉に部屋がざわめき立つ。知らされていなかった者にとって見れば、寝耳に水だろう。

 

「これから神凪はより厳しい時代を迎えるであろう。今回の件は私の不徳とする事件ではある。知らなかったと言って許される事ではない。だからこそ、私は身を退こうと思う」

 

その言葉にまたざわめきが大きくなる。責任者は責任をとる立場にある。神凪で起こった不祥事の責任を取り、宗主がその地位を降りる。間違った事ではない。

 

「次期宗主は綾乃だが、まだ修行中の身。代わりに私は厳馬を綾乃が成人するまでの四年間、宗主代行に推薦したい」

 

もしこの場に頼通がいれば必ず反対意見を述べたであろう。他にも長老連中も同じだが、彼らは今回の件でいないし、残った長老も代案が無いために何も言えない。

厳馬は何も言わない。ただ目をつぶり静かに考え事をしている。

 

「お言葉ですが宗主。非才の私では宗主の大任にを努める事は叶いません」

「……お前でなくてはダメなのだ。神凪現役の術者であり、先代と反目していたと言うお前の立場でなければ」

 

厳馬が不器用であり、あまり社交的な人間とは言えない。その性格ゆえに返って反発を招きかねない。

しかし今のまま、重悟が何の責任も取らずに宗家の地位にいることは許されない。それに先代宗頼通の息子と言うこともまた余計に尾を引く。

 

体面だけでも取り繕わなければ今の神凪は不味いところまで来ていたのだ。

無論厳馬に全てを押し付けるつもりは無く、褒められた手段では無いだろうが、宗主の地位を退いても厳馬を支えると言うか裏方として神凪を支えるつもりだ。

とにかくこれは外部に対するアピールなのだ。

厳馬もその事を理解しているのか、重悟と顔を見合わせ静かに頷く。

ここに宗主は引退する事になる。

 

「宗主代行はこれでよい。あと久我と四条の当主だが、それぞれの息子に当たらせる。久我透、四条明、異論は無いな」

「はい」

「謹んでお受けいたします」

 

深々と頭を下げる二人の男達。これで一通りの話しは終わった。

だがその時、結城と大神の当主である結城慎一郎と大神雅行が別の声を上げた。

 

「宗主。此度の件で些か疑問が…」

「…なんだ、慎一郎」

「はい。今回の件はあまりにも急な事。さらに神凪一族内の情報をあまりにも詳しく警察が入手していたと言う事実があります」

 

チラリと慎一郎は風牙衆を見る。その視線に気がついた兵衛が拳を握る。

 

「……内部告発。これ以外に考えられません」

 

次に雅行が発言を行い、今度は堂々と風牙衆をにらみつけた。

 

「これはお前達の仕業では無いのか?」

「さよう。それ以外に先代や長老の不正の証拠を調べ上げれる輩がいるとは思えん。いや、もしいればそれは風牙衆が何の仕事もしていないと言う話ではないか」

 

もし風牙衆でなければ別の相手がいる。しかし諜報に関しては風牙衆の仕事。それだけしか能が無いと神凪は思っている。

外部から調べられたのに、風牙衆はそれを指をくわえてみていたのかと彼らは糾弾する。

どちらにしろ、風牙衆にとっては落ち度でしかないと、彼らは言う。

 

「各方面では色々と噂になっている。風牙衆が内部告発を行ったと」

 

その言葉に逮捕されたものに近しい者達が、一斉に風牙衆を鬼の形相で見る。

 

「何を馬鹿な! 我らにそんな事をして一体何の得がある!?」

 

思わず大きな声を上げて反論する兵衛。恐れていた事が現実に起こった。兵衛は表情こそ平静を保とうとするが、内心は激しく動揺した。

 

「噂ではそれを餌に国家権力、警視庁に自分達を売り込んだと言う噂もある」

「まさか! 長年我らは神凪一族のために仕えてきました! その神凪一族を我らが裏切ったとでも!?」

 

実際裏切って反逆しようとしていたが、それは言わないし言えるはずも無い。兵衛としては何とかこの窮地を脱しなければならなかった。

自分の一族と組織を守るために。

 

「では他に何者かが暗躍していると、お前は言うのか? 仮にいたとしても、お前達は気がつかなかったのか? ここまでされるまで」

 

どうする、どうすると兵衛は考える。どちらにしてもこの状況は不味すぎる。

自分達がやったにしてもしてなくても、神凪一族は自分達を糾弾し、処断する口実を得ている。対応を間違えれば、風牙衆は終わりだ。

 

自分達がやったと言えば分家は決して風牙衆を許さないだろう。重悟はわかってくれるかもしれないが、自分達を絶対に守ってくれると言う保証は無い。

自分達がしていないと分家に納得させても、では何者がやったのだ。それに気がつかなかったのか、また今もわからないのかと今まで以上に風牙衆への風当たりは厳しくなる。

 

「いい加減にせぬか、お前達!」

 

だがそんな時、重悟の怒号が室内に響き渡った。

 

「此度の件はすべて神凪の不始末。風牙衆の内部告発であとうと外部からの発覚であろうと、すべての罪は神凪にある! それをわきまえず、何を言うか!」

 

重悟の怒りの声に今まで声高らかに、風牙衆に噛み付いていた慎一郎と雅行は何も言えなくなり、他の分家も大人しくなった。鶴の一声とはまさにこの事だろう。

 

「この件に関してこれ以上の追求は私が許さぬ。分家、宗家とも肝に命じよ」

 

宗主にこう言われれば、この場において分家は何も言えない。

しかし兵衛はわかっていた。この場が収まっても分家の腹の虫は収まらない。この会合が終われば、分家の一部は風牙衆に詰め寄り力を用いて風牙衆を痛めつけるだろう。

それだけは断じて許してはいけない。だから兵衛は必死に考えた。

この場において神凪一族を納得させる答えを。

自分達がしたと言うのは論外。ならば外部の犯行。

 

だが最適な人間がどこにいる。この場にいる者がだれもが納得する人間。

神凪を良く知り、神凪に恨みを持ち、情報収集に優れた者などどこに……。

 

(いや、一人いるではないか!)

 

兵衛の脳裏に神凪一族を納得させる答えが浮かんだ。その人物の名前を言えば、この場の誰もが納得する最適な人間が!

 

「・・・・・・和麻です」

 

兵衛の呟きが部屋に響く。

一人の男の名前。この場の誰もが知り、誰もが納得する人物の名前。

神凪を良く知る男。神凪を恨む男。情報収集に優れた風術を操る男。

 

「この件は、和麻が起こしたものです!」

 

それは彼にとって見れば口から出任せ。風牙衆を守るためのこの場しのぎの嘘。

だが兵衛はある意味正解を口にしたのだ。それが彼らにとって、救いではなく地獄の門を開く行為だとも知らずに……。

 

 


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