風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第二十三話

風牙衆が反乱を起こし、和麻とゲホウが激しい戦いを繰り広げていたのと同じ頃、地球の片隅では次の物語に向けての動きがあった。

 

「くそっ・・・・・・・」

 

少年は朽ち果てたボロボロの教会の片隅で悪態をつく。

ヨーロッパ・イギリスのロンドン郊外にあるその建物は、数ヶ月前までは確かにその役割を果たしていた。

人を集め、儀式を行い、神のお告げを人々に広める。

ただしそれはキリスト教の定めるイエスの教えを広める事ではなかった。

 

魔術師が己が探究心を満たす為だけに用いられ、数多の人々を惑わし、誘導し、自らの欲望のために利用した場所。

 

しかし現在ではご覧の通り、見るも無残な廃墟と化していた。

 

少年―――ミハイル・ハーレイは何故このような事になったのかを考える。

彼はアルマゲストに所属する魔術師だった。

アルマゲストは長い歴史を持つ、欧州最大にして近代魔術の最高峰たる魔術結社であり、構成員も末端を含めれば一万人を越える世界でも有数の組織だった。

盟主たる最高にして至高の魔術師であるアーウィン・レスザールの下、彼らは星と叡智のの名の下に、魔術の研究を行っていた。

 

しかしそれは自らの欲望と探求を満たすためのものであり、彼らにとって見て他人とは等しく道具に過ぎず、見ず知らずの他人から、それこそ親兄弟でさえも自らの目的のためならば利用し、ボロボロになるまで使い潰すことさえも厭わない、最悪の愉快犯の集まりだった。

 

そう、だったのだ。

歴史と権威を誇ったアルマゲストは今はもう、形骸化してしまった。いや形骸化ではない。壊滅したのだ。

事の始まりは一年ほど前。彼らの盟主であるアーウィンが一人の男に討たれた―――アルマゲストの大半は相打ちと思っていた―――事から始まる。

 

アルマゲストの大多数はアーウィンを信奉し崇拝していた。神に等しい存在として、彼ら思っていた。もっとも滅多に表に顔を出さず、末端にはすでに死んでいるとも思われたようだが、序列が二百以内の者達は彼に直接会ったことがあり、彼の存命を知っていた。

 

だがそれが突然、八神和麻と言う男と戦い敗れた。彼の居城は跡形も無く消え去り、両者の死体さえも発見できなかった。

ここ一年ほど、八神和麻の名前や存在が表に出ることも無く、彼も死んだものであるとアルマゲストは考えていた。

 

いや、彼に目を向ける事が出来なかったというべきだろう。アルマゲストの受難は、ここから始まった。

アーウィンが死んでから半月が経った頃だろうか。アルマゲストの構成員、主に幹部や序列の高い魔術師が次々に殺害、あるいは行方不明になる事件が多発した。

事を重く見た評議会は即座に対策会議を行おうとしたが、それさえも集まった直後に全員が一掃された。

 

議長であるヴェルンハルトは偶然にも、表の顔の会合で遅れていたために難を逃れる事ができた。この事件後、ヴェルンハルトは姿を消し、実質アルマゲストを取り仕切る人間が皆無となった。

TOPの不在は組織運営を困難とし、アルマゲストと言う組織は急速にまとまりを失っていく。元々個人主義の魔術師の集団である。アーウィンやその下の評議会が存在しなくなれば、個人個人が好き勝手に動くのは当然だった。

 

しかし彼らの受難は終わらない。アルマゲストに深く関わっていた人間は次々に殺されていった。

さらにアルマゲストの資金が次々に奪われ、パトロンとなっていた資産家の大半が事業に失敗し没落していった。

新しいパトロンを増やそうにも、次々に殺されていくアルマゲストにそんな余裕はなかった。

 

組織の中で比較的結びつきの強い魔術師が何人か集まり対策を取ろうと画策したと思えば、数日後にはまとめて殺されていたり、殺された連中の所持していた金銭や貴重な魔導具までもが強奪されると言う事態が頻繁に起こった。

 

これだけの事をしでかす相手となると、アルマゲストと敵対する他の組織と彼らは考えた。事実、この期にあわせて、ヨーロッパでアルマゲストと敵対していた組織が一斉に彼らに対して牙を向いたのだ。

さらには彼らに恨みを持つ組織に所属していない術者までもが、彼らに襲い掛かった。

 

彼らは知らない。それが一人の男と彼が契約を結んだ一人の少女の策略であると。

八神和麻とウィル子。彼らは自分達の手だけではなく、アルマゲストを徹底的に潰すために、他の組織や彼らに恨みを持つ人間に情報を流し、彼らを襲わせたのだ。

 

ウィル子の能力を使えば、他の組織や他の術者を動かすなど難しい事ではない。

インターネット上のオカルトサイト。多くの術者が利用するアンダーグラウンドの掲示板にウィル子が情報をさらけ出す。個人情報を含め、彼らの拠点などを。

 

前述したがアルマゲストは、ヨーロッパ最大の魔術師で最悪の愉快犯の集まりである。EUや各国の政府がそんな彼らに対して、何の対策も講じていないはずが無かった。

特にイギリスはオカルトに関しては先進国である。政府はアルマゲストとも交流を持ちながらも、独自の戦力をも有していた。

 

さらにはヨーロッパにはバチカンもあり、彼らはアルマゲストとは水面下で争いを続けていた。

彼らは彼らなりに、アルマゲストと敵対する事も考慮し、お互いに腹の探りあいや情報の収集を欠かさなかった。

 

結果、各国政府のパソコンにはその情報が集められ保存されていた。これを直接各国政府やEUが使う事は無い。現状では均衡が保たれているのだ。下手に手を出して余計な被害を生みたくも無く、アルマゲストも各国の政府と事を構えるのを良しとしていなかったため、これまでお互いに情報を集めていても敵対はしなかった。

 

しかし和麻とウィル子にとって、そんなもの関係ない。彼らは各国政府が保管していたアルマゲストの情報を強奪し、利用し、彼らを殲滅していった。

構成員情報もここで入手し、次々に殺害。疑わしい連中は和麻とウィル子が徹底的に調べ上げ、殺して回った。あとの雑魚は彼らが手を下さず、他の組織や恨みを持つ術者に任せた。ここにアルマゲストは殲滅された。

 

残っているのは本当の末端とヴェルンハルトのみであった。ヴェルンハルトはその持ち前の頭脳と術を発揮し、何とか逃げおおせた。

伊達に評議会議長を務めていたわけではない。しかしその拠点の大半を失い、持ち出せた道具、資金にも限りがあった。

 

ミハイルが生き残っているのは偶然に過ぎない。彼の得意魔術の一つに転移の術があったからだろう。それに彼はアルマゲストの序列ではギリギリで百位には入っていなかった。

 

これが彼に和麻が手を出さなかった理由である。もし彼の序列が百位以内であれば、和麻に直接殲滅されていただろう。

事実、彼の顔見知りである術者はヴェルンハルトを除き、一人として生き残ってはいない。和麻に直接殺されるか、敵対組織や恨みを持つ術者に殺されていた。

 

「何もかも、あの男があの方を害したからだっ」

 

苛立ちを抑えきれずに、彼は吐き捨てる。八神和麻。あの男さえいなければ、主たるアーウィンが生きてさえいれば、こんな事には決してならなかったはずだ。

アルマゲストが壊滅したのは、八神和麻のせいだ。ミハイルはそう考えていたし、間違ってもいなかった。

 

しかし八神和麻はすでに死んでいる。主と相打ちになったはずだ。ならばこの怒りをどこにぶつければいい。もし和麻が生きていれば、彼は迷わず彼に対して復讐に動いただろう。

主を殺した彼をミハイルが殺す事は出来ないだろうが、嫌がらせ程度は出来る。彼の大切な者を奪う。壊す。陵辱する。それくらいはやってのける。

この怨嗟を鎮めるにはどうすればいい。

 

「そうだ。確かあの男は確か神凪一族の出身のはず」

 

アルマゲストは八神和麻のことを多少なりとも調べていた。彼の以前の名前は神凪。世界にも名をとどろかせる神凪一族の出身。ならばあの男の責任を彼らにとって貰おう。

自分のこのぶつけるところが無い怒りと憎しみを、ぶつけさせてもらおう。

 

神凪一族は最強の炎術師の一族であり、まともに遣り合っては勝てるはずが無いが少しでも気をまぎれさせたかった。

そのあたりの一般人を壊してもよかったが、その程度で自分の憎悪が晴れ、欲望が満たされるとは到底思えなかった。やるならばあの八神和麻に関わりがある存在。

 

彼の思考は本来なら決してありえない短絡的な物へと変わっていた。追い詰められた人間と言うのは自棄になる。

 

ミハイルはここ半年ほど、追い詰められていたのだ。かつてアルマゲストに所属していた時は、どれだけの恨みを買おうとも、背後にある巨大な組織とそこに所属していると言う事実、さらには彼の背後にいるであろう数多の魔術師を敵に回したくないと言うことから、彼らに敵対するものは皆無だった。

 

だが今は違う。

主たるアーウィンはいない。アルマゲストは壊滅した。ミハイル以上の魔術師は殲滅された。彼を守るものは、もはや自身しかない。

それも張子の虎に近くなっている。彼の所持金もほとんど無く、術で犯罪を犯そうとすれば国家機関に目を付けられる。警察や異能に対応する特殊部署。

 

これもまたアルマゲストが存在していれば、ある程度は何とでもなったが後ろ盾の無い今、秘密裏に消されてもおかしくは無い。

そういう意味でも、日本と言う国は都合がいい。先進国の中では、国家お抱えの異能対策機関が脆弱だ。

 

ヨーロッパやアメリカ、ロシアにおいては、歴史的なものや単純な力もありそう言った組織が幅を利かせている。

日本はと言うと、神凪をはじめ優秀な術者の家系が多いがまだ国家としての動きは鈍いし、アルマゲストに対する追い討ちも少ない。

 

「日本に向かおう。そして再起するんだ。そうだ、僕はこんな所で終わる人間じゃない」

 

彼はゆっくりと立ち上がり、ふらふらとした足取りで教会を後にする。

向かう先は日本。彼は知らない。そこには不倶戴天の敵である八神和麻が居ると言う事を。

彼が向かう先は安息の地などではなく、地獄にも等しい場所であると言う事を。

この時、彼は知る由も無かった。

 

 

 

 

「ふわっ・・・・・・・ああ、ねむっ。」

 

和麻は気だるげに都内の最高級ホテルのスィートルームのベッドの上で上半身を起こしながら、コキコキと首を鳴らす。京都での戦いから一週間。和麻はまだ日本にいた。

 

本来なら当の昔に日本を離れている予定だったが、いろいろな事情で未だにここに留まっていた。

最初の三日は聖痕の発動の反動での休養。あとの三日は事後処理の確認のためやダラダラと怠けるために。また本日は弟である煉との久方ぶりの語らいのためである。

 

「ああ、まだこんな時間か」

 

時刻はまだお昼の一時である。ここ数日、朝か昼かもわからない時間に起きてごろごろだらだらとした生活を送っている。

 

「……マスター。完全なヒキコモリですね」

 

タラリと汗を流すウィル子。ここ数日の主の姿はまさにヒキコモリの青年にしか見えなかった。さらにこれで布団からも抜け出さずに、パソコンやテレビにかじりついてゲームでもしていれば、もう完全にダメな人間である。

 

「おいおい。俺をそのあたりのNEET連中と同じにするなよ。親の脛もかじって無いし、外にはきっちり出てるだろうが」

「……最近は主に、パチンコや競馬や競輪と言ったギャンブルが目的ですけどね」

 

働く必要の無い和麻はそう言ったギャンブルで時間を潰している。金は元々一生食べていくのに困らない額を持っていた上に、最近は風牙衆や神凪から奪ったので十分にある。

彼の場合ギャンブルは主に暇つぶしでしかないが、どう見てもダメ人間である。

 

「これで夜に自己鍛錬をしていなければ、ウィル子は本当にマスターを人間のクズで人間の形をしたゴミなどと言いながら、包丁を振り回いていたかもしれないのですよ」

「物騒だな、お前」

 

ウィル子の言葉に和麻はもう一度あくびをしながら返す。

和麻は一日中ダラダラしながらも、夜の三時間ほどは自己鍛錬を欠かさずに行っている。厳馬やゲホウとの戦いもあり、ここ数日はあまり激しい事はしていないが、それなりに体力や筋力を衰えさせないようには気を使っている。

 

「さてと。着替えて出かけるかな」

 

ベッドから抜け出し、和麻は服を着替える。煉との約束は午後四時である。まだ三時間はあるが、その間はブラブラと時間を潰すつもりだった。

 

「またギャンブルで時間つぶしですか?」

「いや、今日はゲーセンでも回るか。適当な暇つぶしにはなる」

「ああ、なんかマスターがどんどん最近の若者っぽくなっていく」

 

原作ではこんな奴じゃなかったのに、とどこからか電波が聞こえる。

 

「いいだろ、別に。俺だってまだ二十二なんだぞ。高校、中学と遊べなかったし、最近まであいつを殺す事だけしか見えてなかったんだ。日本に来たんだから、今時の若者を気取っても罰はあたらねぇよ」

 

と、尤もな意見を出す。ウィル子としても、確かにその通りだと思うのでそれ以上何も言わない。

 

「にひひ。そうですね。ではマスター、ゲーセンに行くんだったら、ウィル子と勝負するのですよ~」

「ほほう。俺に勝負を挑むつもりか? 後悔するなよ」

「にほほほ。そっくりそのままお返しするのですよ」

 

と、この二人も通常運転で毎日を謳歌する。すぐそこに、不倶戴天の敵の一味が近づいていると知らずに。

 

 

 

 

「邪魔だからどいて頂戴」

「はい」

 

ギンと睨みつけると、そそくさと男達は道を明ける。その様子を見ながら、ふんと小さく吐き捨てると彼女―――神凪綾乃は悠然と歩き出す。

そんな様子を彼女の友人である篠宮由香里と久遠七瀬は苦笑しながら見る。

 

ここ数日の親友である綾乃の様子が、変わってきている事に気がついていた。

今もナンパを受けたのだが、殺気をぶつけるだけで退散させた。ここ数日、そんな事が多々あった。

彼女達三人は文句なしの美少女である。並んで歩いていれば、言い寄る男が後を立たない。

 

以前の綾乃は言葉で言っても聞かない、しつこく言い寄る男に直接的な行動―――主に拳で―――黙らせていたが、ここ最近は大人しかった。

視線で黙らせる。もしくは手を出してきた相手は合気道などの比較的穏便で、怪我をしない方法で対応していた。

 

どこか大人しくなった綾乃。確かに彼女の親類縁者がいきなり大量に逮捕されると言う不祥事を犯したのだ。綾乃に何の責任が無かったとしても、大人しくならざるを得なかったのだろう。

 

「綾乃ちゃんも最近は大人しいわよね。前は物凄く過激な方法を取ってたのに」

「……別に」

 

由香里と七瀬は綾乃の家族が逮捕されたからと言って、彼女との付き合いを改めるつもりは無かった。

綾乃は綾乃であり、彼女自身を見ている二人にしてみれば些細な問題でしかなかった。

しかしここ数日の彼女はどこかおかしい気がした。

 

「うーん。まあ家の事情もあるとは思うけど、逆に男に対してきつくなってるような」

「これは男関係で何かあったか?」

 

七瀬の指摘に綾乃はピクリと反応を示した。そんなおいしい反応を見逃す二人ではなかった。

 

「あー、今ちょっと反応したー」

 

面白そうに由香里が綾乃に詰め寄る。

 

「ほほう。このファザコン娘が、ついにパパ以外にも興味を持つようになったか」

 

七瀬も由香里と同じように面白そうな顔をしながら綾乃に詰め寄る。

 

「あたしはファザコンじゃないわよ」

 

と、ブスッとした反応を返した。綾乃としてはまあ確かに男関係で何かあった。

自分でもわかっている。原因は幾つかあるが、男関係と言われればあいつしかいない。

 

八神和麻。

四年ぶりに日本に戻ってきた再従兄妹。しかも四年で信じられないくらい強くなっていた。

いろいろと助けられたし、神凪の滅亡を救ってくれた恩人ではあるのだが、綾乃はどうにも和麻を尊敬できなかった。

一々報酬を要求したり、軽薄に振舞ったり、自分に対して馬鹿だの猪だのと言う始末。

 

いや、そりゃ最近はいろいろと自分の迂闊さだとか、未熟さだとか思い知らされたり、自覚したりはしたとは言え、ああも面と向かってはっきりと馬鹿にしながら言われれば誰でも腹が立つ。さらには大阪でのセクハラ。

 

(あっ、また腹が立ってきた……)

 

ゴゴゴと少し危ないオーラを吹き上がらせながら、綾乃は拳を握り締める。もしこの場に和麻がいたら、思わず顔面を殴っているだろう。しかし京都の一件以来、和麻の所在はわかっていないらしい。一、二度報酬の件で重悟に電話が来たらしいが、こちらから連絡する事は出来ないらしい。

 

おそらくは神凪に関わりたくないので身を隠している。もしくは国外にいるか。どちらにしろ、大阪の時のようにこちらから会うことは叶わないだろう。

それが余計に綾乃を苛立たせる。あの野郎、好き勝手言ってくれて。こっちも文句の一つや二つあるって言うのよ。

 

今度会ったらどうしてやろうか……。

 

などと考えながら、ふふふふといつもの綾乃らしくない笑い声を出す。さすがの親友二人もどん引きである。

 

「いつもの綾乃ちゃんじゃなーい。それに綾乃ちゃんから何か危険なオーラが……」

「こりゃあんまり聞かない方がいいか」

 

由香里も七瀬も顔を引きつらせ、少しだけ綾乃と距離を取る。

そんな折、二人はいつもの帰宅路の大通りのゲームセンターの前で、凄い人だかりが出来ているのに気がついた。

 

「あれ、珍しいわね。こんなに人が一杯なんて」

「新作のゲームでも出たか?」

 

由香里と七瀬は興味を引かれたのか、ゲームセンターの中に視線を向ける。見ればあるゲーム機の前に釘付けになる野次馬の姿があった。

 

「あのー、なにかあったんですか?」

 

行動派の由香里が近くにいた野次馬の一人に声をかけた。

 

「ああ、何でも今時珍しいゲームセンター荒らしなんだって。ここの店って、結構全国対戦のレコーダーが多かったんだけど、それが軒並み塗り替えられてるんだ。他にもUFOキャッチャーの景品もごっそりとゲットされたみたいで」

「そうなんですか」

「ほら。あそこの兄ちゃんと嬢ちゃんの二人組み。他にもここの店のチャンプに挑んで相手をボコボコにしてるんだよ。今もあの格闘ゲームのチャンプが負けたし」

 

由香里と七瀬の視線の先には、にほほほと高笑いをする少女の姿が見える。対戦者の男は茫然自失となりながら、真っ白に燃え尽きている。

他にもその相方と思われる年の若い男が、挑戦してくるものを次々に返り討ちに、しかも瞬殺している。

 

「へぇ、凄いんですね」

 

パッと見、大学生くらいと中学生ぐらいの二人組み。あまり似ていないが、兄妹か何かだろう。それにしても凄いようだ。次々に来る挑戦者達を完膚なきまでに叩き潰し、真っ白にしている。

と言うか、あの男の人どこかで見た覚えがなかっただろうか。

 

「ねえねえ、七瀬ちゃん。あの男の人、どこかで見た覚えない?」

「んー、言われて見れば……」

 

二人が彼を見たのは大阪でだったが、その時は本当に数秒程度だったし、あまりの出来事に思考停止していたため、はっきりと覚えてはいなかった。何とかうろ覚え程度でも覚えていただけマシだろう。

 

「それにしても、なんて言うか、挑戦者が気の毒に見えるんだが」

「うーん。多分容赦なく叩き潰して心を折ってるんじゃない?」

「いや、それは見ればわかるが、極悪すぎないか、それ?」

 

七瀬はタラリと汗を流しながら、由香里の言葉に聞き返す。

 

「でも一応、ゲームだけだし、言葉で傷つけてるみたいじゃないからいいんじゃない?」

 

由香里の言葉どおり、二人組みは勝利の際は笑みを浮かべたり笑い声を上げたりはしているが、相手を貶める発言は一切していない。見下したりしたような態度も見せていない。

ただ単純にゲーム内で相手を完膚なきまでに叩き潰しているだけだろう。

 

「だから問題無し」

「そんなものかな」

 

と二人して会話をしていると、後ろから「あーっ!」と大きな声が聞こえた。瞬間、由香里や七瀬を含めた全員が一斉に声の方を向いた。

声の主は綾乃だったが、一斉に自分に注がれる視線にうっと若干声を詰まらせる。さすがの自爆に由香里と七瀬は、笑うよりも同情するような優しい気持ちになってしまった。

ちなみにゲームをしていた極悪コンビはそろって「「げっ」」と呟いていた。

 

綾乃はさすがに不味いと思いそれ以降、声を上げないように黙っていた。しばらく顔を赤くして俯いていると、他の面々も興味を薄れさしたのか、再びゲームの方に視線を戻す。

綾乃はそれを確認すると、ゆっくりと友人二人の傍にやってくる。

 

「もう綾乃ちゃんったら。もう少し気をつけないと恥ずかしいわよ」

「本当だな。まっ、綾乃らしいと言えば綾乃らしい自爆だけど」

「で、綾乃ちゃん。何がどうしてあーっ、なの?」

「えっと、それは……」

 

由香里の追及に、視線を逸らしながらももう一度、声を上げる原因になった人物がいた方を見る。

 

「あれっ?」

 

綾乃が見た先には、見覚えのある二人組みの姿はなかった。思わず走り出し、さっきまで二人がいた場所に向かう。

 

「ねぇ! ここにいた二人は!?」

 

近くにいたギャラリーの一人に詰め寄り、綾乃は彼らがどこに行ったかを聞く。

 

「えっ、さあ? なんかいきなり帰るぞって言って二人ともどこかへ行っちゃったから」

 

その言葉を聞いた綾乃は、あの野郎逃げやがったなと小さく呟き、怒りを顕にする。

 

「ふーん。あの人が目的だったんだ」

「あっ、じゃあ綾乃ちゃんが何かあった男の人ってあの人?」

 

と、親友二人に散々からかわれる事になり、綾乃は対応に四苦八苦するのだった。

 

 

 

 

「……あいつは俺に恨みでもあんのか? 大阪でもそうだが、こんなところまで俺の邪魔かよ」

「知らないのですよ、マスター」

 

並んで歩く和麻とウィル子は煉との待ち合わせ場所に向かっていた。ただし和麻は非情に不機嫌そうに呟いていたが。

 

「しかしこう会わずに姿を消すのは、ウィル子達が綾乃から逃げてるみたいで癪ですね」

「まあな。けどあいつに関わったら余計に面倒な事になる。大阪でもそうだったからな。もう煉に会ってとっとと南の島にバカンスでも行くぞ」

 

和麻としても綾乃ごときから逃げ回るみたいで癪だったが、神凪はどう考えても彼にとっての疫病神にしか思えず、このまま会わずに済ませたかった。

何が悲しくて、厄介ごとに進んで巻き込まれなければならないのか。

 

「平穏無事な生活がいいんだけどな」

「あー、無理じゃないですか? マスターはどう考えても厄介ごとに好かれる体質ですから」

「マジでそんな体質とはおさらばしたい」

 

やだやだと首を横に振る和麻だったが、不幸な事に彼はウィル子の言うとおり、不幸と動乱の星の下に生まれている。

今回もまた彼は巻き込まれてしまう。厄介ごとと言う名の不幸に。

 

 

 

 

 

その男はベッドの上で怒りを顕にしていた。

久我透。それが彼の名前であった。

神凪の分家である久我に生まれ、炎術師としても優秀な部類に属され、次期久我の当主としての地位も確立していた。

 

しかし今の彼は全てを失った。

地位も、名誉も、金も、健康な肉体さえも。彼は神凪一族からの追放を言い渡された。

宗主の命を破り、和麻に突撃した挙句、自爆して両足を複雑骨折し、日常生活さえ満足に送れなくなった。

 

さらに久我の彼の所有していたはずの資産も、いつの間にか株につぎ込まれ全てなくなっていた。名義は全て久我透名義。自分はこんなもの知らないと言っても、誰も聞き入れてくれない。

それどころか今まで自分を慕っていたはずの連中は手のひらを返したかのように、誰も見向きもしなくなった。

 

久我透を慕っていた連中と言うのは、彼が恐ろしいがゆえに、久我の次期当主であるがゆえに慕っていただけで、本心から彼を慕っていた人間など皆無だった。

それどころか和麻を襲うために無理やり連れて行かれ、透と同じように再起不能にされた者は彼を恨むようにもなった。

 

そもそも彼らが負傷した原因は、透達が無闇に放った炎がプロパンガスに引火したの事である。さらにその爆発で外で待機していた者も負傷している。

 

和麻のせいと言うには、あまりにも稚拙だった。無論、和麻に対して敵意を向ける気持ちは負傷した者達にもあったが、透が原因と言う考えの方が勝っていた。

誰からも見放された透は孤独になる。

しかし彼は心の内にある怒りを増幅させ、募らせていった。和麻に対する憎悪を。

 

(和麻の野郎ぉっ……)

 

あいつが全部悪い。あいつが大人しく自分になぶり殺しにされていれば。神凪の不正を暴かなければ。あいつがいなければ・・・・・・・・・。

 

「和麻の野郎ぉっ、和麻の野郎ぉっ、和麻の野郎ぉっ!」

 

呪詛のように怨嗟の声を透は呟く。今すぐにでも和麻を殺したい。自分をこんな目に合わせた和麻を、自分の手で殺したい。いや、殺すだけでは気が収まらない。自分と同じように、足を、いや、手も燃やして達磨にしてやる。その後、一週間くらいかけてじわじわと嬲ってやる。殺してくれと懇願するようになってから、さらに時間をかけて殺してやる。

 

そうだ。自分はこんな目に会うような人間じゃない。精霊王に祝福された一族の、分家とは言え当主になる人間。そのあたりの有象無象とは違う。

和麻は神凪の宗家に生まれながら炎を操れなかった無能者ではないか。自分達のように炎の精霊の加護すらなかった屑ではないか。自分の姿を見れば、泣いて許しを請う雑魚だったでは無いか。

 

許さない、絶対許さない!

 

「和麻の野郎。絶対に殺してやるっ!」

「君程度じゃ無理だよ」

 

不意に、透の耳に別の人間の声が届いた。驚き、透は声の方を見る。窓の傍にいつの間にか少年が立っていた。

 

「……誰だ、お前」

 

警戒し、相手を睨みながら、透は少年を睨む。

 

「僕? 僕かい。そうだね。僕は天使とでも名乗っておこうか。君の手助けをする、神の使いさ」

 

少年――ミハイルは笑う。

 

「天使だ? はっ、胡散臭い奴だな」

 

透の言葉にミハイルは苦笑する。

 

「別に信じてもらわなくても結構だけど。君はあの八神和麻に復讐したいんだろ? 今の君では何もできない。でも僕が協力すれば、あの男を……僕らにとって憎んでも憎み足りない、怨敵たる八神和麻を」

 

 

それは天使のささやきではなく悪魔のささやき。しかし透にとってはそんなものどうでもいい。

ただ重要なことは一つ。

 

「お前と組めば、あいつをぶっ殺せるのかよ?」

「ああ。僕と君ならば、あの男を必ず殺せる。いや、殺すだけでは足りない。あの男の大切なモノを奪い、壊し、そして絶望の中、死を見返させるんだ」

 

そう言ってミハイルは手を伸ばす。

 

「いいぜ。その話乗ってやる」

 

透も同じように手を伸ばし、その手を取り合う。

共に八神和麻に復讐を誓う者同士の邂逅。それがどのような結果をもたらすのか、二人は当然知る由もなかった。

 


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