風の聖痕――電子の従者   作:陰陽師

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第十四話

 

兵衛は何とか東京から京都へと向かおうと必死だった。

だが何者かの妨害に合い、思うように動けない。移動手段も路線、自家用車、バス、空路と様々な物を利用しようとしたが、そのどれもが無理だった。

 

そもそも公共機関などを利用する際に必要になる金が使えないのだ。カードは使用不可能。現金は引き出せず手元にあまり無い。さらには携帯電話の使用さえ出来なくなってしまった。

 

(一体、これはどうした事だ!? 何者の仕業だ!?)

 

兵衛は狼狽した。あまりにもありえない事態だった。

 

「お父様、大丈夫ですか?」

 

娘の美琴も心配そうに声をかけるが、そんな彼女の言葉も今の兵衛の耳には届かない。

兵衛は何としても、急いで京都に向かわなければならなかった。

厳馬が動けない今、神凪の戦力が衰えた今、美琴に妖気を憑依させ、自分達の最強の手駒にする必要があったのだから。

 

(なにか、何か手は無いか……)

 

もうすでに出発をしようと考えてから丸一日経つ。丸一日も足止めを喰らったのだ。

本来ならば当の昔に京都の風牙衆の神を封じている場所についているはずなのに。

 

(このままでは身動きが取れぬ。かと言って、時間をこれ以上かけるわけにも……)

 

もはやパニックになりかけていた兵衛は、最善の策を模索しながらも、何も出来ずにうろたえる事しかできなかった。

だからこそ、パニックになりかけながらもこう判断した。

 

「移動手段が全て潰されたのでは仕方が無い。だが我らには風術と言う機動力がある。こうなれば、我らの力のみで京都に向かうだけだ」

「そんな!? 兵衛様、東京から京都まで五百キロ以上あります! さすがに我らでもそんな距離を短時間に移動するのは無理です! 下手をすれば三日以上かかります」

 

無茶だ、無謀だと部下が兵衛に言う。しかし兵衛は首を横に振る。

 

「我らは絶対に京都に向かわねばならぬ。ならば頼れるものはこの身体しかあるまい。それに全てを肉体と術に頼るつもりは無い。途中、幾つかの公共機関を使えばよい。それくらいの現金はあろう」

 

資金の凍結は別の風牙衆に調べさせている。神凪の方にもこの件は連絡してある。さすがに正規の口座が凍結されたと言うか、使えないようにされているのだ。

銀行も警察も動いている。サイバーテロの可能性もあり、彼らが対処に乗り出している。

だが自分達はそれ以上に重大な任を負っている。

 

「何としても、どんな事をしても京都に向かう。付いてこれぬのならそれで良い。だがワシは行くぞ。美琴も構わぬな?」

「はい。お父様。京都で不穏な動きがあるのでしたら、当然です。神凪一族の皆様のお役に立つためにも、私はどのような苦境でも構いません」

 

美琴は神凪一族の綾乃や燎のために出来る事をすると心に決めていた。風牙衆の中では綾乃や燎と言った同年代で、風牙衆を蔑む輩と組む事も無かったので、熟練の風牙衆よりも神凪一族への不満が少なかった。

そのため、彼らのためにこの任務を全うしようと考えた。

 

だが実際は風牙衆の一部、それも自分の父親が画策する神凪一族への反乱の片棒を担がされようとしていた。それどころか、その身を妖魔に捧げられる生贄にされようとしていた。

彼女はそれを知らない。ゆえに悲劇であった。

 

「うむ。それでこそワシの娘じゃ。では行くぞ。強行軍で進み、路線やバス、タクシーなども使えば二十四時間もあれば行けるであろう」

 

そして兵衛達は動き出す。

 

 

 

 

「……ありゃ。これはちょっと困った事になったのですよ」

 

ウィル子は街中の防犯カメラの映像から、兵衛達の動きを追っていたのだが、どうにも彼らは自力で京都へ向かおうとしている。

風牙衆は風術師。その機動性はかなり高い。和麻ほど非常識ではないが、一時間に普通の人間なら五キロしか進めなくとも、その倍以上を進む事が可能だ。

 

いや、もしかすれば三倍から四倍の速さで進めるかもしれない。

東京から京都まで約五百キロ。単純に一時間に二十キロ進んだとして、丸一日と少しあれば京都に到着できる。

と言っても、さすがに休まず一睡もせず移動するはずも無いだろうし、そんな事出来るはずが無い。せいぜい半日で百五十キロから二百キロが限界だろう。

 

「電車やバスを使ってくれれば、ウィル子でも何とかできますが、風術を使って自力で進まれると打てる手があまり無いですね」

 

うーんと悩む。携帯はまだ持っているのでGPS機能を使って位置を確認する事は出来るが、だからと言ってそれ以上に何が出来るか。

警視庁のデータをいじくり、彼らを指名手配して足止めするにしても、風術師である彼らを補足するのは困難である。

一応、足止めはかけたし、移動手段の大半を奪ったので、どんなに早くても彼らが京都に到着するのは和麻が目を覚ます頃だろう。

 

「出来る限りの足止めはしたので、ここからは更なる情報収集ですね。何で兵衛達が京都に向かっているのか。そこさえわかれば、少しは有利になるはずなのですよ」

 

何か言い情報は無いかとネットの海を渡り、アンダーグラウンドの情報も漁る。

しかしいい情報は出てこない。

 

「うーん。やはりここは神凪一族に聞くしかないですね」

 

ウィル子は一番情報を知ってそうな相手から、風牙衆の情報を得ようと考えた。

神凪一族最高権力者、神凪重悟。

彼ならば風牙衆の不穏な動きを伝えれば、何かしらのアクションを取ってくれるだろう。

そこを監視、または情報を聞き出すようにすれば……。

 

「にひひ。では早速神凪重悟に聞くとしますか。それに少しは神凪さんにも動いてもらいましょう」

 

ウィル子はまた暗躍を開始するのだった。

 

 

 

 

「と言う事でしばらくは厳馬は動けん。そのため宗家であるお前達には、しばらくは負担をかけるが頑張ってもらわなければならん」

 

神凪の本邸において、重悟が綾乃、燎、煉を呼び出し話をしていた。

厳馬と和麻が戦ってからすでに二日が経ってからのことだった。ここまで話が出来ずにいたのは、重悟が忙しくて中々時間が取れなかったと言うのもある。

内容は厳馬がしばらく入院すると言う話しだ。無論、和麻と戦ったなどの話は一切していない。

 

「でもまさか厳馬おじ様が入院するなんて」

 

信じられないと綾乃は呟く。厳馬の強さは綾乃も良く知っている。重悟と唯一戦う事ができた炎術師と言うことは尊敬するおじである雅人からよく聞かされ、その武勇伝も一緒に伝えられていた。

そんな厳馬が入院するなど、とてもではないが考えられなかった。

同時に神凪内でも厳馬の入院の話は瞬く間に広がり、大なり小なり動揺が広がっている。

 

「確か流星を周囲の被害が出ないように破壊するために、ほとんどの力を使ったとか」

 

「厳馬おじ様が本気を出さないとだめだったとか、どんな凄い流星よ」

 

燎の言葉に綾乃も呆れたように言う。

 

「そうだな。一体どれほどの力だったのか」

 

重悟も二人の言葉に相槌を打つ。ただし彼の場合、それがただの流星ではなく、和麻が起こした何らかの術であると考えたゆえの疑問だった。

厳馬の実力は良く知っている。その厳馬が負けを認めるほどの強さと威力。

和麻は本当にこの四年でどれだけの力を得たのか。それを得るには並々ならぬ努力があったのは間違いないだろう。

 

だがそうなると大阪での一件が気になる。それほどまでの力があるのならば、何故和麻は綾乃を巻き込んだ。

厳馬並みの力があるのならば、単独で討滅は出来なかったのか。

 

(いや、まさか。そんな和麻でさえも単独では手に負えない相手だった?)

 

その考えに至り重悟は戦慄した。綾乃と協力してあっさり勝てたと言う話から、妖魔の強さは綾乃以上でも厳馬には遠く及ばない程度と考えていた。

だが逆に、和麻の力が厳馬以上であったのなら、その妖魔はそれ以上の強さと言う事になる。

 

(そんな妖魔がまさか国内にいるとは……。二人が無事であってよかったが、何故和麻はそんな妖魔に追われておったのだ?)

 

疑問は尽きない。考え出せば、様々な憶測が生まれるがそのどれが正解なのかわかるはずも無い。

 

「? どうかしたんですか、お父様?」

 

父が何か考え事をしているのに気がついた綾乃が声をかけた。

 

「むっ。いや、少し考え事をしていたものでな。しかしお前が気にかけることの程のことでも無い」

 

重悟はいかんいかんと自分に言い聞かせる。今はそれよりもこれからの事の方が問題だ。

 

「お前達はまだ成人しておらぬし、今このような話を聞かせても困惑するかも知らぬが、神凪がこんな状況で厳馬もしばらくは動けぬゆえに、話しておかねばならぬことがある」

 

本来ならこんな話をするのはこの子達が大きくなり、外の世界を知る時期が来てから話すつもりだったが、そんな事を言っていられる状況でもない。

 

「知っての通り神凪は炎術師としては最強と目される一族だ。それゆえに敵も多い。それは妖魔だけに限った事ではない。同じ人間、他の古い一族や術者の組織とも争いごとが絶えぬ」

 

重悟は淡々と説明を行う。

 

「お前達は知らぬであろうが、今までにも他の一族との小競り合いはあった。術者として、または炎術師として名を上げようと神凪に挑戦してくる者や妖魔、人間問わず我らを恨み、その血を根絶やしにしようとする者もいた。私や厳馬がお前達くらいの頃や、成人してからしばらくの間に、何回かそのような手合いと戦った事もある。俗に言う一族滅亡の危機と言うやつだな」

 

重悟は笑いながら自分と厳馬の武勇伝を冗談半分に言う。

 

「まあ当時も一族の存亡と言われても、実際は死者も出ずに私と厳馬で解決したと言うものだが。と、話が逸れたな。とにかく、このように一族が混乱している時に何かしらのよからぬ行動に出ようとする輩が出るかもしれん。事実、兵衛の情報では京都のほうで不穏な動きがあるとのことだ」

「あっ、そう言えば美琴が仕事で京都に行くって言ったな」

「そうなの? 美琴も大変ね。京都まで行かなきゃならないなんて。帰ってきたらきっちりと労ってあげないと」

 

燎の言葉に綾乃が友人の少女に、どんな事をしてあげるといいかなと考える。

 

「風牙衆の働きには私も頭が上がらん。しかし一族ではそんな彼らに対しての評価は悪い。厳馬も厳馬で風術を下術と言うからな。厳馬ももう少し考えて発言してもらいたいのだが……」

 

戦う事が出来ないという事は、大切な者を守れないと言う事だと厳馬は思っていた。それが完全な間違いではないが、視野が狭すぎるなと重悟は思う。

いや、妖魔と戦う術者にとって見ればそれは当然なのだ。力なくば蹂躙される。どれほどの機動力も、どれだけの情報収集力も、強大な力を持つ妖魔の前には無力なのだ。

 

人間相手には風術師は優位に立てるが、妖魔と相対した時、彼らは脆弱な存在に成り果てる。

裏の世界で、魔と戦う術者に戦う力が無いなど合ってはならない。力が無ければ何も守れない。ゆえに厳馬は風術を下術と言うようになってしまった。

 

「と、また話がずれたな。京都のほうは兵衛達からの報告待ちだが、一応心構えだけはしておいて欲しい。無論、すぐに戦いに発展すると言うわけではないが、宗家として出向く場合もあれば、万が一と言うこともある。その時は分家も総動員するが、分家最強の雅人でさえ、単純な炎の出力では煉にも劣る。まあ奴はその分、戦い方がうまいがそれでも火力に不安が残る」

 

と言っても分家最強の大神雅人の実力は術者の中では一流クラスで、宗家には一歩劣るもの、それでも十分と言ってよかった。

そして分家最強コンビの大神武哉と結城慎吾だが、こちらは組めば宗家に匹敵すると言う評判もあり、こちらもかなりの術者としては及第点は十分だった。

 

しかしそれは神凪宗家の一般的なレベルと言える。

現在の宗家の若手である綾乃、燎、煉は基本的にその一般的な宗家のレベルよりもかなり高いレベルや潜在能力を有していた。

正直、雅人や武哉と慎吾のコンビでも真正面からの炎の打ち合いでは煉にあっさり負けると言うなんとも悲しい実力差であった。

ただ、それがそのまま勝敗に直結することではないので、戦力と言う意味ではこの三人は十分と言える。

 

いや、神凪宗家が異常なだけなのだ。

分家のトップクラスの術者ならば、世間一般的に見た術者の世界では畏怖の念を抱かせる強さがある。

大神雅人も神凪宗家から見ればそれなりの術者だが、術者の界隈では超一流の実力者と思われているのだ。

 

「だからこそ、お前達には心構えだけでも持っていてもらいたい。なに、そこまで心配はいらん。刃を交えるのは最後の最後であり、そんな状況になるのは稀だ。煉もそう硬くならずに、いつもどおりにしておればよい」

「あっ、はい……」

 

この中で一番幼く、まだ心構えも出来上がっていない煉に重悟は優しく言う。重悟もさすがに十二歳の煉に、人間同士の殺し合いの経験をさせるべきではないと思ったからだ。

 

「今の所、兵衛達からは何の連絡も無い。もうすでに京都についているはずだが、携帯もつながらんからな」

「お父様、それってまさか美琴達に何かあったってことじゃ?」

「まさか。兵衛達は優秀な風術師だ。確かに戦闘力こそ高くはないが、それを一番理解しておるのは彼らだ。無茶はしないだろうし、今回は数人で行動している。万が一何かあれば、誰か一人くらいを逃がす事はするだろう。それに連絡が付かないと言ってもまだ兵衛達が京都に向かって一日しか経っておらんのだ。そう心配することもあるまい」

 

重悟は風牙衆が優秀な集団であると言う事を神凪の中では誰よりも理解している。兵衛も風術師としては優秀で老練な使い手でもある。以前にもこう言った小競り合いがあり、その際も若かった兵衛は情報収集で活躍している。

 

「もっとも、明日の朝までに連絡が無ければさすがに心配ではある。その時はさらに風牙衆の人員を京都に送る。その際は綾乃、お前も雅人と共に京都に向かってもらうぞ」

「ええ。もし誰かが神凪に喧嘩を売ってきたら、あたしが返り討ちにするわ」

「頼むから穏便に済ませてくれ。お前も次期宗主なのだから、いつまでも力押しではいかんのだぞ」

 

猪突猛進気味な娘に軽い頭痛を覚える。もう少し女の子らしく育てればよかったと若干後悔していたりもする。

 

「話しはこれで終わり……何者だ!?」

「「「!?」」」

 

重悟の言葉に全員が息を飲む。彼の視線の先、綾乃達の後ろに注がれる。

全員が一斉に後ろを振り返る。そこには真っ黒な衣服に身を包んだ謎の人物がいた。顔はローブのようなもので覆われ、うかがい知る事が出来ない。

 

「っ!」

 

綾乃は即座に炎雷覇を抜き出し相手に向けて構える。また燎も同じように炎を召喚し、いつでも放てるようにする。

 

『突然の訪問失礼します。神凪一族の神凪重悟氏に少々お聞きしたい事がありまして』

 

どこか機械音のような声。明らかに人間のものではなかった。

 

「……何者だ?」

 

重悟は座ったままの体勢で相手に聞き返す。だが彼も即座に炎を出せる体勢にある。重悟は事故の影響で一線を退いたものの、未だに炎だけ見れば厳馬に匹敵、否、それを上回る。

 

座ったままでも、それこそ指一本動かさずとも、彼は視界に映る物をすべて燃やしつくせる。

しかし彼はそれをしない。いつでも出来るという事もあるが、彼らの目の前にいる存在から、一切の気配を感じなかったからだ。

 

『そうですね。匿名希望、いいえ、ジグソウとでも名乗っておきます』

「ジグソウ? あんたふざけてるの?」

『はい。名前に関してはかなりふざけてます』

 

綾乃の言葉にジグソウと名乗った人物はそう返した。その発言に綾乃の頭に青筋が浮かぶ。

 

『と言うか、こんな怪しい格好して、最強の炎術師の一族の、それも歴代でも最高クラスと言われた術者の前に立とうと言うのをまともでできますか。とても出来ませんね』

「……あんた、酔ってるの?」

『いいえ。私は酒にも麻薬にも酔ってませんよ。ただ自分に酔っているだけです』

 

ピキリピキリと綾乃は青筋をさらに増やしていく。

 

「しかしもう少し礼儀は弁えて欲しいものだ。ここは神凪一族の本邸であり、今は大切な話し合いの最中。しかも何の連絡も無くこの場に姿を現すのは失礼極まりないと私は思うのだが」

 

綾乃がキレかけているのを察しながらも、重悟は一人冷静に話を行う。

むやみに切りかかったり、炎を召喚しない辺り大人な対応と言える。

 

『無礼はお詫びします。しかし事態は急を要するので』

「ほう。急を要する事態とな。それは神凪一族にどのような関係があるのか……」

『神凪一族滅亡』

 

短く言い放たれた言葉に、その場の誰もが表情を一変させた。

 

「神凪一族、滅亡? あんた、それは何の冗談よ」

『冗談で済めばいいですが、下手をすればそうなりますよ』

 

綾乃の言葉に謎の人物は変わらぬ機械音で言い放つ。

 

「滅亡。あまり穏やかな話ではないな。詳しく聞かせてもらいたいものだな」

『はい。そのためにここに来たので。あっ、茶菓子とかはいりませんよ。食べる気無いですから』

「んなもん出すか! 図々しすぎるでしょ、あんた!?」

「あ、綾乃様落ち着いて!」

「そうですよ、姉様! それに炎雷覇を振り回さないでください!」

 

一番年上である綾乃が燎と煉に落ち着かされる光景に、本当にこの娘はと重悟は悲しくなってきたが、今はそれよりも大切なことがある。

 

『いや~、神凪一族さんも大変ですね。この子が次期宗主じゃ。結構不安じゃないですか?』

「……」

 

問われた重悟は無言であった。

 

「えっ、あのお父様。フォローとか無いんですか?」

「……この状況で出来ると思っておるのか?」

「綾乃様、ご自身の行動を考えてください」

「姉様。自重してください」

 

そんな三人の視線に綾乃は言葉を無くし、かなりショックを受け涙目になってしまった。最後にはいじけていじいじと部屋の片隅でのの字を書いている。

 

「まああの娘の事は置いておいて、ジグソウとやら。事情をお聞かせ願いたい。そちらに敵対の意思が無いのは気配でわかる。と言うよりもそちらからは一切の気配を感じない。そこにあるのは虚像と言ったところか?」

『正解です。私はここにはいません。本体は別のところにいますので。気に喰わなければこの虚像を燃やしても構いませんが、そうなった場合、神凪一族は滅亡するとお考えください』

「いや、私も一族の存亡に関わる話だけにそのような事をするつもりは無い。ただしこちらに害があると分かれば、即座に行動に移らせてもらうが」

 

重悟は話を聞くといいつつも、相手に釘を打つ。

 

『それで結構です。さて。ではどこから話しましょうか』

「神凪の滅亡に関わる要因について話していただきたい。今、京都の方で不穏な動きがあるという話しは知っているが、まさか京都の古い一族が神凪と敵対すると言うのか」

 

重悟は手持ちのカードをまず切る。相手の話が本当か嘘かは聞いてみないとわからないが、こちらもある程度の情報を握っていると言うアピールを行う。

 

『いいえ、違います』

 

だが相手はそれを否定した。

 

『確かに京都の方で多少の動きがあるのは間違いないですが、それも小さな物。末端のチンピラが騒いでいるだけで、上の方は静かなものです。問題は神凪内部です』

「なに?」

 

相手の言葉に重悟は眉をひそめる。

 

『風牙衆。長である風巻兵衛と一部の者が神凪に対して反乱をたくらんでいます』

 

えっ、っと綾乃が息を飲む。燎も、煉も同様に驚いた顔をする。重悟も同じように驚いた顔をしているが、どこか納得しているようにも見受けられた。

 

「風牙衆が反乱? 何の冗談よ、それ」

『事実です、神凪綾乃。あなたは先日大阪で妖魔に襲われましたね』

「ええ。って、何でそれを知ってるのよ」

『その際あなたは警察にお世話になっているでしょう。他にも色々と噂は流れています。その妖魔のことですが、あれは元々人間でした』

「あれが、元人間?」

 

綾乃は思い出す。あの身の毛もよだつような、全身が凍りつくような妖気を纏った人間のような存在。だがあれは断じて人間と呼べるようなものではなかった。

 

『はい。彼の正体は風牙衆の長の息子、風巻流也です』

 

突然の正体の判明に綾乃だけでなく、その場の全員が驚愕を浮かべた。

 

「えっ、流也って。何で流也が……」

 

燎も事情を飲み込めていないのか、言葉が出てこない。

 

『これもまた事実です。調べてみればわかります。もうこの世のどこにも風巻流也と言う人間はいません。彼が病気で療養している施設、もしくは場所に行ってみればわかります。そこに彼はいません。先日、大阪で綾乃に討たれたのですから』

「そんな、あれが流也って。美琴のお兄さんだったなんて」

『まあ悔やんでもどうにもなら無いでしょうね。浄化しようにも完全に妖気に取り込まれ、自我を壊されていたのでは神凪の炎でも本質的な救済にはならないでしょう。ならばっさりと消滅させてやるのがせめてもの情け。それともあなたは自分の炎で流也を助けられると思いますか?』

 

問われて綾乃は何も言えない。無理だと思ったから。明らかに手遅れだった。あれは仮に厳馬や重悟でも浄化して助けるなんて選択肢は出来ない。

人間の身体に異物である悪霊や妖魔、妖気が取り付いても神凪の浄化の炎ならそれだけを焼き尽くし、人間を助ける事は出来る。

 

ただしそれは人間の傷ついていても魂や精神が消滅しておらず、肉体が変質しきっていないと言う前提があってのことだ。

魂や精神が悪霊や妖魔、妖気に消滅させられていれば、肉体が無事でも死んでいるも同じ。

また肉体が変質し、人間のものでなくなりきってしまっていた場合も、また然り。

 

『終わってしまった事はいいですが、風牙衆……と言うよりも風巻兵衛は流也を使い神凪一族に反乱を企てました。で、大阪では綾乃を誘拐しようとしていました。それが何を意味するのか、あなたはわかりますか?』

 

重悟はその言葉に言葉を詰まらせる。何か、彼にも思うところがあったのだろう。

 

『なるほど、それなりに心当たりがあるようで。しかもこの場での言及は出来ない。神凪としてはあまり表ざたにしたくはない、と言うよりもこんな素性のわからない相手に話したくは無いと言う所でしょうか』

「……その話が事実かどうかもわからんのだ。下手な事を言及する事は出来ん」

『ご尤も。まあいいですけど。あなたなら何か知っていると思いましたが、やはりビンゴでしたね』

「どうやってこの情報を?」

『企業秘密です。ですが今、風巻兵衛が京都に向かっているのも、反乱には無関係では無いでしょう』

 

さらなる情報を重悟へと渡す。

 

『しかし語るつもりが無いと言うのなら、私はここで立ち去らせてもらいます。こちらとしては欲しいのは情報であって、神凪がどう動こうとも、どうなろうとも別にいいので。では……』

 

そういい残すと、その人物は何の前触れも無く姿を消した。

 

「……気配も一切せんな」

 

重悟はポツリと呟く。炎術師の彼では調べるのにも限度がある。それでもアレはあまりにも気配が薄すぎた。と言うよりも術の気配が一切しなかった。

 

「……周防」

「はっ、ここに」

 

重悟に呼ばれると、一人の男の声が何の前触れも無く襖の向こうから聞こえてくる。入室を許可されると、彼はすぐに重悟の横による。

 

「風巻流也について調べよ。所在は以前に兵衛がこちらにも届けている。そこからの足取りを早急にだ。だが風牙衆には内密に。国内の情報屋を使っても構わぬ。だが今すぐに、短時間にだ。それと今この場に現れた人物についてもだ。そちらは風牙衆に内密に調べさせろ。急げ」

「はっ」

 

短く返事をすると、彼は文字通りに姿を消した。何の前触れも無く唐突に。

彼は宗主の側近であり懐刀でもある。その存在を綾乃達は知っていても、どんな実力があるのか、またいつから重悟に仕えているのかは一切知らない、文字通り謎の人物である。

 

風牙衆に謎の人物の動きを調べさせるのは、まだ疑惑が確定していないのと同時に、彼らにこの件から目をそらせるためだ。

神凪の屋敷に侵入を許したとあれば大問題だ。それだけで風牙衆を総動員する理由にはなる。彼らも必死になって情報を集めよう。

そして風牙衆に疑惑を浮かべる自分達から注意を逸らす事ができる。

 

「お父様、まさかさっきのあいつの話を信じるんですか?」

「それはまだなんとも言えぬ。だが疑惑があるのは間違いない。兵衛達に連絡が付かない理由も、自分達から絶っていると考える事も出来るからな」

「けど風牙衆が反乱を起こそうとしているって、まさか美琴も……」

 

燎の呟きに綾乃は表情を暗くする。あの美琴がまさかと言う気持ちだ。彼女の事は良く知っている。とても優しくて気が利く真っ直ぐな少女だ。そんなはずが無いと綾乃は言う。

 

「それに風牙衆はずっと神凪の下で働いてきたじゃない……」

「……丁度よい機会だ。風牙衆が反乱を起こそうとしているにしろ、違うにしろ彼らについて話しておくべきであろう。特に綾乃、お前は次期宗主として知っておかなければならん」

 

険しい顔で重悟は語り始めた。風牙衆の歴史を。

 

 

 

 

「……ふぅ。やっぱり疲れるのですよ」

 

ウィル子はホテルに戻り、パソコンから出て一息つく。

ジグソウと名乗り重悟達の前に出たのは結構綱渡りだった。と言っても、さすがに本体で出向いたわけではなく、事前に用意していた投影機から映像を映し出し、立体映像を矢面に立てていた。

 

自分は相変わらず静かにネットに潜み、音声だけを流していた。その音声も合成であり、ウィル子を特定するものではない。

少し動きすぎてこちらの正体を詮索される危険性は高いが、和麻が動けない今、風牙衆を牽制、もしくは封殺するには神凪を利用するのが一番だ。

 

下手に外部を使えば神凪との衝突で余計に話がこじれかねない。ならば神凪そのものを利用すればいい。

疑惑と言うものを広めてやれば、向こうもそれの確認やらで動かざるを得ない。しかもそれが事実であり、風牙衆が反乱のために何らかの準備をしているとなれば神凪も静観していられるはずも無い。

 

ウィル子としては情報だけいただけばいいかと思ったが、こっちばかり面倒ごとをするのは嫌だと思い、この際神凪にも動いてもらおうと途中で考えを転換した。

 

「にひひひ。さて、これで向こうも動くでしょうし、実力行使になれば風牙衆は少々荷が重いでしょうね。情報も神凪重悟の会話を聞けば手に入りますし一石二鳥ですね」

 

極悪に笑うウィル子。もし和麻が起きていれば、彼もここに加わって盛大に高笑いしていただろう。

一手で様々な問題の解決と言うか騒動を大きくして、さらに風牙衆を追い詰める。

 

「風牙衆同士の連絡も今は携帯電話の機能を止めて出来なくしているので、東京に残る風牙衆が京都に向かう風牙衆に連絡を入れるのは不可能。神凪も事実確認さえ出来れば風牙衆を拘束するでしょうから、これで兵衛も摘みですね」

 

連絡も取れず情報の共有が出来ない上に、兵衛達は神凪が反乱の情報を得たと言うのも知りえない。

ここから神凪が京都に兵を向け彼らを拘束すれば終わりだ。例え逃げようとも、彼らに行くところはなく、資金も使えない状況だ。もはや兵衛は諦める以外に無い。

 

「これで一件落着ですね。あとは兵衛をはじめ、ウィル子達の情報を知るものを消して、こっちの情報を隠蔽すれば終了なのですよ」

 

にほほほと笑顔を浮かべながら、ウィル子は作業を続ける。

だが彼女は知る由も無い。

まだ兵衛は終わってはおらず、諦めていないという事を。

彼らが京都に向かう理由とその決意を。

 

 


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