双槍銃士   作:トマトしるこ

8 / 37

 全開の後書きにて意見を頂戴したこと、覚えておいででしょうか?

 一週間程時間をとり、集計しました。皆様、ありがとうございます!

 集計の結果…………

 ②:詩乃をSAOにログインさせる

 となりました!

 結果は非常に偏ったものになっていましたが、どちらも濃い内容の意見を頂きました。いやぁ、迷った迷った。

 本気でIFルートを書きたくなるようなものばかりです! いや、やる予定は無いんですけどね。

 序盤から大きく原作から逸れる事になりましたが、こっちの方が二次創作っぽいし、自分の好きなように書けるので楽しみです!


phase 8 第一層攻略会議

 

「よう」

「おお、アイン! ひっさしぶりじゃねえか!」

「一ヶ月ぐらいだな」

「今丁度お前にメールの返信しようと思ってたところだ」

「んで?」

「勿論、俺達も行くぜ! 《風林火山》の初陣にゃピッタリだかんな!」

「《風林火山》……ね」

 

 フレンドマーカーとにらめっこしながら歩くこと十分、難なくクラインを見つけることが出来た。ついでに、ゲーム初日にクラインが探していた他ゲームで知り合ったフレンドの人達も一緒だ。《風林火山》って言うのは、多分チームの名前だろう。

 

 上の層に行けば、ゲームシステムにも認められたチーム………《ギルド》が結成できるようになる。これは攻略を進めていく中では欠かせないシステムだ。

 

 このことを伝えると。

 

「また借りが出来ちまったな」

 

 と鼻をこすりながら礼を言ってくれた。

 

「借りを返したいなら、精々ボス攻略に励んでくれ」

「任せときなって」

「ところで……レベルは幾つだ?」

「えーっとな……俺が6で、仲間が4とか5だな」

 

 低い。

 

 第一層での経験値効率からして、レベル上限を割り出すなら15前後が限界だ。全員がそこに到達している必要はないが、最低でもボス攻略に参加する全員が10以上になっていないと死んでしまう可能性が高い。数レベル分ステータスを引き上げてくれる装備を揃えているなら話は変わってくるが、こいつらにそんな物を求めても無駄だ。というか現時点でそんな装備があるかすら疑わしい。

 

 攻略会議は明日の午後四時。現時刻は午後六時。睡眠時間を六時間取って、準備に一時間、アスナを含めた諸々のレクチャーも行うならこれに一時間割くとして……使える残り時間はあと十四時間。これだけのパーティをどこまで強くできるか……。やらないよりはマシか。

 

「ぶっちゃけると、そんなに低いままじゃ連れていけない」

「うえぇ……こっちはやる気満々なんだぜ?」

「気合いでどうにかなるなら柱昇って最上階目指してるよ。とにかく、お前ら全員攻略会議まで鍛える。目標は全員が10レベルに到達すること。明日の午前八時までぶっ通して迷宮区に潜ってひたすら狩りをやる」

「い、今から! 俺達ようやくここにたどり着いたばっかなんだぜ! 疲れきってるしよぉ……」

「これが、ボス攻略に参加させる最低条件だ」

 

 俺の予想に過ぎないが、ボス攻略に参加するメンバーの大半はβテスターになるんじゃないかと思っている。その当人たちがβテスターだと公言するかどうかは別だが……。別に初心者連中――ビギナーとでも言おうか、彼らが居ないとは思わないが、主力ではない。スタートラインが違うんだから当然だ。

 

 そんな中にビギナーオンリーが混ざったらどうなるか? 完璧な足手まといにしかならない。さっきも言ったが、気合いでどうにかなるもんじゃない。叫び声あげたって経験値の足しにもならないし、経験が増すわけでもない。

 

 アスナの様な別格でもない限り、ビギナーは今回のボス攻略を見送るべきだと俺は思った。

 

 だが、攻略は俺達βテスターだけが行うものじゃないし、俺達だけでできるものでもない。じゃなきゃビギナーはいつまでたってもビギナーだ。これからを考えれば、ビギナーだってボス攻略に参加した方がいい。

 

 キリトのこともあるから、クラインは特にな。

 

「わかったらとっととアイテム買い漁って戻ってこい。回復Potと解毒Pot、それに食糧と水。武器と防具の更新、耐久値の回復。全部の要らないアイテム売り払ってコルが無くなるまで買ってこい!」

 

 ちと面倒だが、これもキリトの為、ボス攻略のため…………クリアして戻る為だ。

 

 おっと、パーティを一時解散する旨をキリトとアスナに送っておくか。

 

 

 

 

 

 

 ピピッ♪

 

「アインからメールだ。クラインのレベル上げに付き合うからパーティをちょっと抜けるってさ」

「クライン?」

「俺達のフレンドさ」

 

 ………4~6ね。それはちょっと低すぎる。今から10まで上げられればいいけど、そこまで上げたところでそれはβテスト時の安全マージンに過ぎない。命が掛かったこの正式サービスではもっと必要だろう。15、とか。……無理か。今の時点で15レベルに辿りついているプレイヤーがどれだけいることか。

 

 俺とアインが今14、アスナは12だ。俺達二人ならアスナの不足分を補ってやれるが、流石にあと6人も面倒は見きれない。何とか1レベルでも上がって帰ってきますように。

 

「ねえ」

「ん?」

「キリト……君と、アイン……君は、βテスターなのよね?」

「お、おう」

 

 ついさっきまで仏頂面でつんつんしてたから、いきなり君付けで呼ばれるとむずかゆいな。

 

「ここのボスと戦ったことある?」

「ある。お互いその頃は顔も名前も知らなかったけど、俺達は参加していたよ」

 

 アインがおいて行ったスケッチブックの一ページをベりべりとちぎって、ナイフで砥がれた鉛筆で絵を描く。たしか……こんな感じの奴だった気がするな。

 

「《イルファング・ザ・コボルドロード》。二メートル強あった」

「そんなに大きいの?」

「SAOのボスは全部デカイ」

「……なんか顔が気持ち悪い」

「SAOのボスは全部キモイ」

「それしか言えないの?」

「事実だ」

 

 こんなのまだマシな方だ。死霊系とか、昆虫系とか、植物系はとんでもないぜ。ぶっちゃけ斬りたくなかった。

 

 アスナを見る。

 

 室内だからか、ケープをつけていない為よく見える表情には怯えや恐怖といった感情が全くみえない。もしかしたら死ぬかもしれないのに。それ以前に、まだ中学生ぐらいの女の子がデッカイモンスター相手に立ち向かわなければいけないってのに、何も感じないのか?

 ただあるがままを、現実を受け入れて、直視してる。そんな感じだ。

 

 そう言えば、前に「死んでもいい」って言ってたっけ。

 

「なぁ、なんで死んでもいいなんて言ったんだ?」

「………ああ、あれ?」

 

 ちょっと聞いてみたくなった。

 

「死にたいのか?」

「馬鹿じゃないの? そんなわけないじゃない」

「じゃあ―――」

「こうして戦っていたら、いつか絶対に私達は死ぬ。私はそう思う」

「………今は死んでないだけ、か?」

「ええ。運よく生き残っているだけ。今日死んだ人が私じゃ無かった、それだけ。だから、私もキリト君も、いつかは死ぬわ」

 

 クリアするのが先か、死ぬのが先か。そのどっちかよ。

 

 アスナは続ける。

 

「負けたくないのよ」

「何に?」

「この世界に。私を守るために、私が私である為に、私は負けたくない。たとえ、その結果で死ぬことになっても」

 

 眼光は鋭い、表情も厳しい。

 

 だが、アスナは身体の震えを隠せてはいなかった。

 

 そりゃそうだ。男の俺だって怖い。怖くないのは、このゲーム以上に過酷な環境で生きてきた人間が、開き直ってゲームを楽しんでいる廃人ぐらいじゃないか?

 

 誰だって怖い。きっとボス攻略に参加しようと思っているビギナーはもっと怖いに違いない。

 

 俺は《はじまりの街》で友人を見捨てた。強くありたいが為に見捨てたんだ。生きることが目的なら一緒に居れば良かった。常に攻略する側で在りたいなんて願望を消せばそれはできたんだ。

 

 そうはしなかった。選んだ。他者を蹴落として成り上がることに、上で在り続けることに。

 

 それは人と交わらない道だと、俺は思っている。選んだのはそういう道で、とても自己中心的で、利己的で、合理的な事なんだ。

 

 それでも、だ。

 

「だったらどこまでも突き進めばいい。百層までぶち抜け」

「言われなくてもそのつもりよ」

「死なないように、俺達が守ってやるよ」

 

 それぐらいはできるだろうし、やらせてほしい。

 

「気持ち悪い」

「………」

 

 ………俺にはこういうのは向かないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり朝日が昇った頃、クライン達《風林火山》をひきつれて迷宮区にこもり続けた結果、見事目標の10レベルを突破した。時間ギリギリまで狩り続けたことで、クラインが11レベルまで上がり、そこまでにして街まで戻ることにした。

 

 因みに俺も1レベル上がって15だ。やったね。これでキリトにゃ負けないね。

 

 キリトに追加で部屋を取るように頼んでいたので、そこに全員ブチ込んで寝かせた。顔面を蹴り飛ばすぐらいしない限り、絶対に起きないってくらい熟睡している。六時間後にアラームを鳴らさせるようにセットもさせたし、俺も設定しているので抜かりはない。………起きれば、の話だが。

 

 俺も疲れたので一休みしようか。

 

 キリトは鼠に呼ばれて街へ出て行った。今はアスナの部屋で話を聞いている。

 

「鼠? あのチーズが大好物な、あの?」

「違う違う。βテストからずっと活躍し続けるSAOイチの情報屋のことだ。《アルゴ》っていうプレイヤーで、フェイスペイントで頬に髭を描いてるから、《鼠のアルゴ》って言われている。俺は鼠って呼んでるがな」

「だから鼠なのね」

「そう。やつが普段どこに居て、何をしているのか、プライベートに関わる部分は誰ひとりとして知らない。アインクラッド中を動き回る鼠さんさ。戦いに出るわけじゃないけど、最前線で活躍し続ける面白い女だ」

「女性なの?」

「多分俺やお前より年上だな。キリトをキー坊とか呼んで子供扱いしてるし、色々と上手い」

「上手い?」

「商売さ。何でもかんでも情報として売るんだよ。あのプレイヤー誰? みたいなものから、非売品のレアアイテム獲得クエストの発生条件とクリア方法まで。あいつのことだから《妖精の試練》だって網羅してるんだろうな」

「………とにかく、すごい人なのね」

「お前もいつか世話になるだろうから、覚えとけよ。そんで覚悟しといた方がいい。アレはユニークだ」

「覚えておくわ」

 

 鼠の事はさておき、キリトが呼ばれたのは数日前から続いている《交渉》についてだろう。

 

 間に立って、売買の商品とコルの引き渡しや値引き値上げ等の諸々を請け負うのだ。ただし、そこでも情報料を取るんだからきっちりしてるよな。

 

 キリトが持つ《アニールブレード+6》は、サービス開始から一ヶ月経った今ではそこまで珍しくない武器になった。《ホルンカ》は迷宮区への近道から逸れるものの《はじまりの街》から結構近い位置にある。何も知らなければ最寄りの街へ寄るだろうし、SAOの経験は無くてもゲームはやったことのある人なら街中の探索は恒例行事に近い。《森の秘薬》クエストの発生条件は難しいものじゃないし、協力的なβテスターもいる。普及しきったわけじゃないが、50人に一人ぐらいは持ってるんじゃないか?

 

 《森の秘薬》クエストの延長線上にある《妖精の試練》に関してはまだ知られていない様で、俺が獲得した《アイアンスピア》を持っている槍使いにはまだ会わない。市場の価値も中々なものだ。

 

 アスナの《ウインドフルーレ》はドロップ品なので努力次第といったところか。調べてはいないが、ドロップするMobが乱獲されて溢れかえっているのか、じつはメチャクチャレアなドロップ品で数が少ないのか。まあ今の時期に細剣を使い始めるやつがどれだけいることやら。

 

 意外とレアな武器を持っている俺達であった。

 

「くあぁ………」

「あなたも眠ったほうがいいわ」

「そうさせてもらう。午後の二時に起こしてくれ、多分アラームじゃ起きれない」

「ええ、お休みなさい」

 

 久しぶりにあんなに狩り続けたな。よく眠れそうだ。

 

 

 

 

 

 アイン君が私の部屋を出て自室へ戻るのとすれ違って、キリト君が帰ってきた。

 

 ………なんで私の部屋が集会所みたいになっているの?

 

「仕方ないんじゃないか? クライン達《風林火山》は熟睡してるし、アインも寝てるんだろ? 部屋がここしか空いてない」

「はぁ……まあいいわ」

 

 眠っている間に何をされるかわかったモノじゃない。それを教えてくれたのはこの二人だし、他にもたくさん教えてくれたから邪険には扱えないわ。……口には出さないけど。

 

「二時に起こしてって言ってたわ」

「起こした方がいいのか?」

「多分起きれないから起こしてくれって」

「あー、やっぱり」

 

 やっぱりって……彼毎日起こしてもらっていたの?

 

「最初の頃はそうだったな。一回だけ起こさなかったらいつまで寝てるんだろうと思って放置したことがある。何時まで寝てたと思う?」

「大体のプレイヤーが起きるのは七時~八時の間だから………十時?」

「十二時」

「………かなりのお寝坊さんね」

「学校とかどうしてたんだろうとか思ったな」

 

 学校……そうよね、同い年ぐらいだし、学校に行っているはずよね。夜中眠れてないのかしら? それとも、布団が合わないとか。リアルでも起こしてもらっていた? ………まさかね。

 

『家族よりも大切な奴だよ』

『誰よりも、だ』

 

 ………。

 

「きっと、あの子から起こしてもらっていたのよ」

「あの子? スケッチブックの?」

「いつもどこでも、毎日一緒だったんじゃない?」

「起きてから寝るまでか?」

「そうとしか考えられないじゃない。少なくとも、私はそう思う」

 

 それはきっと、自分の全てを預けるような行為じゃないかしら? 好きな食べ物とか、苦手なスポーツとか、そんなレベルじゃなくて、もっと深い部分を共有しあえる唯一無二の存在。

 

 ………羨ましい。知り合いはライバルで、敵で、蹴落とす相手の私にそんな人はいないし、出来ない。

 

 それが凄く羨ましくて、眩しくて、ちょっぴり悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は集まってくれてありがとう! おれは《ディアベル》! よろしく!」

 

 結局自力で起きることが出来なかった俺はキリト・アスナの二人からタコ殴りにされてようやく目が覚めた。少ない睡眠時間だったが、疲れはよくとれた。《風林火山》はそうもいかないみたいだが、まぁ大丈夫だろう。根性だけはある連中だ。

 

 色々とレクチャーして、準備で時間を潰して会議のある集会場に行ってみると、見知った顔が前で取り仕切っていた。

 

「あいつ、デキル奴だとはおもっていたけどな」

「てことはコペルもいるんじゃないか?」

「んー……お、あそこ。手を振ってるぞ」

「いやあ久しぶりに見たな」

「ちょっと」

 

 そこでストップがかかった。キリトの隣に座る赤ケープのアスナさんだ。

 

「誰なのよ」

「前で喋っている男と、こっちに手を振ってきた奴は知り合いなんだよ」

「へぇ、意外ね」

「何が?」

「知り合いがいたこと」

「……それは流石に失礼だ。キリトは兎も角、俺はそれなりに居るぞ」

「お前ェ……」

 

 βテストの頃は知り合いにあっちこっち引っ張り回されたからな、顔だけ知ってる奴とか、フレンド登録した奴とか結構多かった。まぁ現実の姿にされちまったから誰が誰やら全く分からないんだけど。

 

「ま、それはともかく」

「なによ」

「これで勝てるかどうか、だな」

 

 コペルから視点をずらして全体を見る。………俺達を合わせて四十五人か。ボス攻略レイドを組むならあと三人必要なんだが……仕方ないか。あとは全員のレベルがどれくらいのものか………。げ、鼠の奴もいる。まぁ、参加することは無さそうだがな。

 

 SAOでは一つのパーティは六人が基本となっている。レイドというのは、そのパーティが八つ集まった状態を指す。

 一パーティ六人というのはSAOで最も適した人数である、と言うのがβテスターでの結論で、それはビギナーでも変わらない。ボス攻略を始めとした大規模な作戦ではこうやってレイドを組むのが常識だった。多すぎず、少なくない。そんな人数だ。

 

「まずは集まってくれてありがとう。先日の事だが、俺達のパーティがボス部屋を発見した! 中もちゃんと覗いて来たぜ!」

 

 おおっ、という歓声が上がる。

 

 一ヶ月、ようやくここまできたか。

 

「手ごわそうな相手だが、絶対に倒さなくちゃいけない相手だ。だから、万全を期すためにあるものを皆に配りたい」

 

 そういって最前列に座っていたある五人が冊子を配り始めた。コペルもその中に入って配っている。

 

 ちょいちょいと手招きをしてみると、気付いてくれたのか直ぐに来てくれた。

 

「やあ。三人分だね」

「おう。これってなんだ?」

「見ればわかるよ」

 

 挨拶もそこそこに、受け取った冊子をぱらぱらとめくる。

 

 ………。危ないことをする奴だな。

 

「何よ、それ。見せてよ」

「読め読め。熟読して絶対に忘れるなよ。ほらよ、キリト」

「ありがとう。…………っ!?」

 

 ばっ、と勢いよく集会場の端を見るが、さっきまでそこに居た人物はどこかへ消えていた。

 

「これって……ボス?」

「そう、第一層のボスさ」

 

 冊子の中身は、第一層のボス攻略に関する内容でびっしりと埋め尽くされていた。名前から体格、使用してくる攻撃やスキル、取り巻きのザコ、ステージ、有効なソードスキル等々数え上げればキリが無い。

 

 これだけの情報を揃えて、尚且つ編集できると言ったらアイツしかいないわな。

 

 鼠の奴。無料配布とはよくやる。

 

「アルゴに無理を言って作ってもらったんだ。どうせ初心者用のチュートリアルブックを作ったんだから、ボス攻略も作ってよ、って」

「あいつがよく引き受けたな」

「ディアベルが結構粘ったんだ」

「ふうん」

 

 今でも前に立って冊子――ボス攻略ガイドブックの説明を続ける男は確かに必死だ。何に、というのは言わずもがな、だろう。ディアベルは心の底からこのゲームを皆で協力してクリアしようと頑張っている。

 

 俺ごときが色々と考えるまでも無かったかな。

 

「――というわけだ。じゃあ早速――」

「ちょいまち!!」

 

 先へ進めようとしたディアベルを遮って、一人の男が階段を飛ばし飛ばしで降りながら、軽やかに着地して全体を見渡した。とげとげ頭のいかつい奴だ。口調からして関西人、か?

 

「ワイは《キバオウ》ってもんや。会議すすめるんは賛成やが、その前に詫びぃいれなあかんやつがこんなかにもおるはずや」

「詫び?」

「せや! ええか、詫びいれなあかんやつらはな、βテスターのことや! でてこんかい!」

 

 キバオウと名乗る男は怒り心頭と言った様子で、冗談半分ではなく本気でそう言っている。βテスターには落ち度がある、責任がある。と。

 

 キリトは苦い顔をしていた。コペルは無表情でキバオウを見ている。

 

「ゲームが始まって数時間もせんうちにβテスターの連中は我先にと街を出た、右も左もわからんビギナーを置き去りにしてな! そんなやつらに背中預けられるか! コルも装備も全部剥いで、死んだ二千人に土下座でもさせんと気が済まん! 連中にはそんぐらいさせなあかん!」

 

 ………言いたいことは山ほどあるが、キバオウが言っていることは間違いではない。そうしていれば二千人死ななかった、とまでは言えないが数が減っていただろうというのは想像に難くない。まぁ、気持ちも分からなくはないな。

 

 アルバイトで新人を鍛えるように、部活動で先輩に教えてもらうように、先を行く者は後に続くものを導く義務がある。今回で言うならβテスターはビギナーに様々な事を教えなければならなかった。

 

 βテスターは……少なくとも俺とキリトは放棄した。そしてキリトは悔いている。

 

 まあ俺は謝るつもりなんて全くないし、この選択に後悔も無い。生きるためにやるべきことをやっただけだからな。俺から言わせてもらうなら、アンタらの方がどうかしてるよ。教えてもらえるとか思ってんじゃねぇ。他人にケチつけたきゃそれだけの事が言えるようになってからにしな。

 

 世界は優しくないんだ。

 

「キバオウさん、だったな」

「なんや」

「さっき配られたこのガイドブックだが、実はもう一種類あること、知ってるか?」

「……これのことやな」

「そうだ」

「アンタ、名前は?」

「《エギル》だ」

 

 徐々に険悪になりつつある雰囲気の中で、キバオウに物申したのは、ガタイのいい禿げたおっさん――エギルだった。見た目によく合う斧使いだ。

 

 キバオウとエギルが取り出したのは今配られたやつよく似た冊子だ。あっちの方が厚いし、年季を少しだけ感じる。よく使いこまれたものだろう。

 

「なんだ、あれ」

「ビギナー向けのガイドブックよ。地図とか、用語とか、武器の特徴とか、モンスターのこととか、最低限の事が書かれているわ。私も貰った」

「貰った? 買ってないのか?」

「道具屋で無料配布されていたもの」

「う、嘘だ。俺は五百コルで買ったぞ」

「………どうなってるんだ?」

「えっとね、アルゴ曰く『序盤で買っていったのはβテスターばかりだったから、それを元手に増刷して無料配布した』ってさ。彼女なりに、ビギナーに対して何かできないかって考えた結果だと思うよ」

「だとよキリト」

「うぐぐ………損した気分だ」

 

 内容はβテスターなら知ってて当たり前の事ばかりで埋め尽くされていた。ご愁傷さま、買ったヤツ。

 

「これに載った情報はどうやって手に入れたんだろうな?」

「知らん」

「βテスター以外に誰がいる」

「………」

「情報はあったんだ。それでも死んでしまった。そういう事だ。それにβテスターにだって死者は出ている。何でもかんでもβテスターに全て押し付けるのは、違うと思うぞ」

 

 これはまぁ、結構ザックリ言うな。この場でβテスターを庇うような発言は今後に結構響くと思うんだが……あのエギルって男、正義感が強いのか?

 

 キバオウは苦い顔をして、近くのイスに座った。ここは認めるが、持論は崩さない。そんな態度に見える。というかそうなんだろう。エギルの発言で揺らぎはしたものの、βテスターが悪に見られていることは変わらない。一人の男が何を言ったところで――

 

 と、思ったがそうでもないようだ。

 

「確かにキバオウさんが言うように、βテスターの人達は先に《はじまりの街》を出て行動していた。憎いのはよくわかる。だけど、これから先の攻略には彼らの協力が必要不可欠になる。だから、キバオウさんもそうだが、他にもβテスターの人達を快く思わない人がいるなら、申し訳ないが攻略のために我慢してほしい」

 

 リーダーのイケメンがこう言うんだからしょうがない、そんな雰囲気に変わった。

 

 これで風あたりも少しは弱くなるだろうし、ボス攻略に参加しても文句は言われまい。隠し続けることに変わりは無いが、ばれた時を考えると少し軽くなった。

 

「さて、話を進めようか。ボス攻略ではレイドを組む。だから、近くの人達とパーティを組んでくれないか?」

 

 !?

 

 いや、想像はしていたけど…。

 

「どうする?」

「ほかは何か出来つつあるし、というか元々出来ているっぽいぞ」

「僕はディアベルのパーティに入っているから……」

「いらないわ」

 

 は? アスナの奴なんて言った?

 

「今日初めて会った人達と連携を取れなんて無理よ。だったら私はキリト君とアイン君二人だけと組む方がいい」

「三人だけで組むって言うのか? でもなぁ……」

「どっちにせよ、アスナの言うとおりになりそうだぞ」

「キリト?」

「見ろよ。六人いないの俺達だけだ」

 

 指をさす向こうには皆が六人ずつで固まっている。クライン率いる《風林火山》は元々六人だし、βテスターが混じっているのか、どこも六人で今まで行動してきたらしい。俺達は最初から余ることになってたわけか。

 

「ま、いいや。アスナの無知っぷりに他人を巻き込むわけにはいかないしな」

「キリト君?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

 仲いいな、お前等。

 

「よし、皆できたみたいだな。………そこの三人はいいのかい?」

「余り者同士仲良くやるさ」

「……分かった。じゃあこの四十五人でボス攻略を行う! 俺は今直ぐ行こうかと思うんだが……」

 

 その瞬間に「おおおおおおおおお!!!」と雄叫びが上がった。

 

 攻略会議は元々何回も行うべきで、ボスの情報が鼠のガイドブックで分かっているからっていっても、偵察は欠かせない。何度も何度も突っついて、試して、引き返して、これをずっと繰り返して討伐まで踏み切るものなんだが……。

 

「アイン。実は偵察まで済ませているんだ」

「そうなのか? ………いや、そうだな」

 

 だからこそのガイドブックってか。それでもやっておくべきなんだが……この空気じゃ言っても意見は通らなさそうだし、いいか。

 

 いや、でもなぁ……。

 

「アイン、置いてくぞー」

「わかったよ」

 

 まあいいや。メンドクサイ。

 

 さっさと終わらせて、二層に行こうぜ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。