《アニールブレード》という強力な片手剣を手に入れるため森に潜った俺とキリトは、元βテスターで俺のフレンドだった《コペル》という男性プレイヤーと遭遇。比較的フレンドリーなコペルとパーティを組んだ俺達は、今までの倍に近いスピードで狩りを続けることが出来た。二人なら躊躇った集団でもβテスター三人なら余裕だ。
その甲斐あって俺とキリトはレベル3、コペルはレベル2になれた。花つきを二体見つけることもできたので、クリアに必要なアイテムを二つ所持していることになる。残り一個だ。
ただし、何事もここからが長いわけだが……。
「イヤァッ!」
何体目かも分からないノーマルなネペントを、コペルが《ホリゾンタル》で両断する。いい加減見飽きたわ。ドロップする生産スキル用アイテムが三ケタに到達しそうだ。
「ふぅ……しかしもう一時間は経つんじゃないか?」
「だね。僕もまたレベルアップしそうだ……」
見飽きるほど、という事はそれだけ長い時間一緒に戦い続けたことにもなる。おかげ様で、キリトとコペルはそれなりに仲良くなっていた。どうやら、ゲーマーは普通の会話よりもゲーム要素を間に挟んだ方が親密になれるらしい。
「もういっそのこと実つきをぶったたいて呼び寄せた方が早い気もするんだよなぁ……」
「「それは無い」」
「デスヨネー」
猟奇的な案なのは分かりきっていたので驚きはしない。だが、ここで時間を食うわけにはいかないのもまた事実だ。さっさと安全マージンを確保して、迷宮区を攻略し、上の層に上がらなければならない。一日でも早くこの鋼鉄の城を昇り詰める為に。
同時にHP全損に対して、注意しすぎるに越したことは無い。失敗は許されない。死ぬ時は死ぬんだし、今までと大して変わらないじゃん。とか考えている俺は危機感が薄いとでも思われているだろう。俺から言わせてもらえば、現実世界だってヘマをすれば死ぬんだ。日本が平和だから忘れがちだが、その一点だけはSAOとなんら変わらないのに、ゲームになった途端ビビるのはちょっと違う気がするんだよな。それを言ったところで二人が納得するわけがないので黙っておくけど。
「出直すか? そろそろアイテムが危ないし、これだけ換金アイテムがあれば防具を一新できる」
「長い目で見ればそうするべきだろうけど、これがそうもいかないんだ」
「なんで?」
「ネペントの花つきは夜行性なんだよ。出直すならまた夜に来ないといけなくなる」
「そうか……困ったなぁ」
クエスト経験者がそういうのなら、そうなんだろう。βテストと違って昼でも動きまわっているかもしれない、そう考える事も出来るが、それを言うならクエスト報酬の《アニールブレード》が別の武器に変わっているかもしれないんだ、キリがない。
(どうするかな……?)
口にはしなかったが、村まで戻りたい理由がもう一つ。
疲労。可視化できないが、どんなプレイヤーでも確実に陥るバッドステータスだ。思考を鈍らせ、判断力を奪う。なにより動きが悪くなる。アバターが疲れを感じて筋肉痛を起こしたり、肉離れという重傷になることは無いが、それだけ精神的な面で疲れが溜まってしまう。今はハイになって気付かないだけで、俺を含めた三人は極限状態であることは間違いない。まだデスゲーム初日は終わっていない。
………やはり帰るべきだ。実つきの実を割ってしまう事だってありうる。
「……俺は帰るべきだと思う。キリト、コペル、お前等はどうだ?」
「俺はまだ余裕がある。ポーション分けてもいいぜ。ただ、ちょっと武器の損傷が危ないかな……」
「勝手かもしれないけど、もうすこしでレベルが上がるから、それまでは続けたいな。ポーションも危ないから、正直帰った方がいいとも思うんだけどね」
帰る、まだ続けられるけどちょっと危ない、もう少し続けたいけど帰った方がいいかも、か。決まりだな。
「戻ろう。帰りながらネペントを狩って、コペルのレベルが上がったら森を出て、俺の《索敵》とコペルの《隠蔽》でエンカウント回避で《ホルンカ》まで。アイン、コペル、これでいいか?」
「OK」
「僕も。でもよくわかったね、僕が《隠蔽》を習得してるって」
「βで使ってたからな、よくわかる。それはいつも使うんじゃなくて、ここぞって時に使うもんだぜ」
「そ、そうなんだ……」
「今度教えてやるよ」
「ありがとう」
《隠蔽》か。だから最初俺達が気付けなかったのか。俺はともかく、《索敵》を習得してるキリトが、あれだけ近づいたプレイヤーに気付かないわけがない。
右手を縦に振ってマップを開く。最短ルートを通りつつ、ネペントがPOPしやすい場所を経由しながら森の外に出るとしよう。
「でも、いいのかいアイン。三つ集めなくて」
「いいんだよ、手に入らなかったらそれまでだ。最低の二個は確保してるんだ、俺はあくまでちょっと欲しかっただけだから」
「まぁ、君が言うならいいんだけど……後から来た僕が貰うのは気が引けるよ」
「コペルのおかげでこんなに早く二つも集まったんだ。だから貰ってくれ、アインはそう言ってるんだよ」
「そっか……ありがとう。アインにもキリトにも世話になってばっかりだね」
仲のいいフレンドはどれだけ狩りをしても、スキルを上げても手に入るわけじゃない。旧友と再会できただけで、俺は十分だよ。
10分後。クサイ事を言った後だが、俺達は茂みに隠れていた。ここのモンスターは茂みに隠れた程度では逃げきれないので、追われているわけではない。
見つけてしまった。花つきを。
「……どうする?」
ただし問題が二つ。花つきを守るように取り囲むノーマルな奴が三体いること、もう一つが少し離れたところに実つきが
あれだけの数を三人で仕留めるのは少し骨だ。実つきが複数いる時点で挑むべきじゃない。ただ、花つきを倒して見事三人分ゲット&コペルのレベルアップもできる。
花つきだけをさっさと倒して逃げきる方法も無くは無いが、ネペントは思ったよりも足が早い。森は奴らの庭同然だし、逃走中に別のモンスターとエンカウントしてしまったら目も当てられない。実つきが追って来て、木にぶつかりでもしたら最後、二体分の実つきが引きよせる大量のネペントによって俺達三人は確実死ぬ。
戦うか、見過ごすか。二つに一つだ。
「……ここはスルーしよ――」
「待った!」
立ち上がろうとした瞬間、袖をコペルに引っ張られ、キリトが実つきの更に奥を注視していた。
そこには新たにモンスターがPOPしてくる光、青白い光は徐々にポリゴンを形作っていき、見飽きたネペントへと生まれ変わった。ただし、頭には俺達が欲してやまないものが一つ。
花。
「ここで花つきかよ……!」
現れた七体目は驚くことに花つきだった。一つの集団に花つきが二体もいる。これは実つき二体のリスクと釣り合うんじゃないか? 森に入ってかれこれ二時間、ひたすら狩り続けて手に入れたクエストアイテム――胚珠はたったの二個。単純計算で一時間に一個手に入るかどうかのそれを、ここで、二個も手に入れられる。
四人目がいないからといって必要ないわけじゃない。レアモンスターのドロップ品は程度はあれ非常に価値が高い。普通に売却してもここの層じゃありえないほどの金額を手に入れられるし、今からこのクエストを受けようとしているプレイヤーに高く売りつける事も出来る。
コルは勝手に溜まるが、レアドロップはまさしく一期一会。
ゲーマー……いや、この世界の住人として、ここで悩むのは当然だ。お金大切。
それでも……でもなぁ……。
「行くか?」
「俺は……止めた方がいいと思う。コペルのレベル上げなんて他の奴を倒せばいい」
「キリトに賛成かな。アインは?」
「狩る気失せたよ。もうアイツは見たくねぇ」
「んじゃ、行くか」
スルーに決まり、場を離れようとした時、今まで嗅いだ事のないような異臭が鼻をついた。反射的に鼻をつまむも効果なし、逆に吸い込んで気持ち悪い。
「臭っ! お前等……屁でも――」
「違う! これは……」
冗談半分、本気半分で叫んだ言葉は、真剣なコペルの叫びで止めざるを得なかった。コペル以上にキリトは強張っており、顔はさっきとは一転して青ざめている。
「キリト、僕は嗅いだこと無いんだけど、この臭いは……?」
「……破裂した実の臭いだ」
その言葉には驚いた。確かに俺達が見ていたネペントには実つきが二体もいた。だが、俺達は割る以前に近づいてすらいない。わざと割るようなことをするとは思えない……。なんで割れたんだ?
いや、考えるのは後だ。やるべきことがある。
「逃げるぞ!」
キリトの喝で一斉に足を動かす。出口方面は分かっているので迷いは無い。足の速い俺が先導し高速で森を駆けた。
後ろを振り向けばキリト、コペル。さらにその向こうではようやく臭いを感知したネペントの群れが此方へ詰め寄ってきている。よく見れば七体、ノーマル三、花つき二、実つき二と変化がない。実を割ったのは別の場所で戦っている誰かのようだ。こっちへ走ってくるって事は…………。
「走りながら聞いてくれ! 多分この先には別のプレイヤーがいるはずだ! 実を割った奴らがな!」
「……いる! 確かに四人いる!」
キリトの《索敵》で確証を得た俺は話を進める。
「突っ切るのは難しい、あらゆる方向からそこを目指してネペントが集まってくる! 迂回してもどこかでネペントの群れとエンカウントする! キリト! 無茶を承知で逃げるか、それとも実を割った四人と合流して迎え打つか、お前が選べ!」
「お、俺が!?」
「こういう時の判断は、お前の方が出来るだろ!」
コンビを組んだ時の経験からして、非常時はキリトに任せた方がいいことを経験則で学んでいる。俺の場合は野生のカンみたいなものだ。戦闘向きで、状況をよく見なければならない時では役に立たないことが多い。コペルはインテリらしく計算立てて行動することに長けている。出番はここじゃない。ソロじゃなくて良かったー。
「………迎え撃つ!」
よく判断してくれた!
「先に行って事情を説明してくるから、絶対に捕まるんじゃねえぞ!」
「分かった!」「OK!」
ようやく《俊足》の見せ場だ。
大きく一歩を踏みこんで、力いっぱい地面を蹴りつける。固い地面を抉って飛び出し、さっきの倍以上のスピードを出し、風のように駆けることわずか数秒で、パーティを視界に捉えた。
片手剣が二人、両手剣一人、両手斧が一人。壁役・攻撃役とバランスのとれた編成だ。彼らもβテスターだろうと判断すれば、何とかなるかもしれない。
戦場となっている開けた場所にたどりつく前に、槍を構えて大きく息を吸った。
「どけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
いきなりの叫び声に驚く四人だったが、俺の意図に気が付いた一人が、ネペントから距離をとった。彼の指揮により、パーティ全員がネペントから離れてくれたのを確認してから、《スパーク》を発動。今の俺に出せる最高速度と全体重を乗せた一撃は、ネペントの残り六割のHPゲージを軽く吹き飛ばした。
両足の踵を立て、砂埃を盛大に巻き上げながら急ブレーキをかけ、止まりきる前に反転。柄を短く持って突進する単発ソードスキル《スパイク》で一体を屠り、今度は柄を長く持って回転しながらなぎ払う二連続ソードスキル《リア・サイズ》で残った二体も片付けた。
中々の重労働に座り込みたくなるが、ここからが本番だ。槍を背負わずに、呆けているパーティへ近づく。遠目から指揮をしていたであろう男に話をつけよう。
「えっと、助かったよ、ありがとう。俺は《ディアベル》だ」
ディアベルと名乗った青髪の片手剣使いは右手を差し出してきた。槍を左手に持ち替えて握り返す。いつもなら少し話をするし、後ろのプレイヤーとも話したいが、そんな時間は無い。早速話を切り出した。
「アインだ。アンタら、さっきネペントの実を割ったろ?」
「え? どうしてそのことを………もしかして、俺達のせいで襲われたのか!?」
「まぁ、そんなところ。俺の仲間がもうすぐ来るんだけど、その後ろにも分かっているだけで七体追いかけてきている。その内二体は実つきだ」
「なんて事だ……本当にすまない!」
気をつけをして、きっちり腰を折った謝罪にたじろぐが、今はそれをどうこう言う暇は無いんだ。さっさと話をして協力してもらわなければ……。
「じきにその七体以外にも寄ってくる。だから協力をしてほしい」
「協力……迎え撃つのか! 無茶苦茶だ!」
「逃げるよりは確実だ。それに、それだけの旨みもある。その様子じゃまだクエストアイテムの胚珠は手に入れてないんだろ?」
「ああ。でも、寄ってくる奴らに二体も花つきがいる保証なんてない」
「大丈夫だ。さっき話した七体には花つきが混じっている。しかも二体」
「え!?」
「見たところ片手剣使いはディアベル、アンタとそっちのもう一人だけみたいだし、丁度いいだろ。俺達はもう人数分手に入れているからアンタらに分けてやるよ。もし一個既に持っているのなら余りは俺達が頂くけどな」
「待ってくれ、考える時間を――」
「無い」
いきなりの危機とイイ話に戸惑うディアベル、話に付いていけないパーティメンバーを冷えた目で睨みつける。もしもアンタがβテスターなら、この状況が分かるはずだ。仲間を生かしたいなら、生きたいならな。
「……わかった。協力しよう。皆もいいか?」
「ディアベルさんがそういうなら」「分かった」「………」
最後の一人は頷くだけだったが、とりあえず全員の同意は得られた。ここからは迎撃だ。気持ちを切り替えよう。
今の内に回復を済ませるようにディアベルに伝え、キリト達を待つ。それほどせずに合流した二人へ迎撃する事を伝え、準備をする。
「俺達は追ってきた七体を速攻で仕留める。その間は向こうのパーティ……ディアベル達が背中を守ってくれる。それが済んだら今度はディアベル達の援護、殲滅に移る。以上」
「シンプルだね」
「そりゃそうだ。シンプル・イズ・ベスト」
「要するに、誰も死なせず倒せばいいわけだろ?」
「そうそう」
ごちゃごちゃ考えて、戦闘中に意識を割くよりは、“結果的にどうなればいいのか”をはっきりさせる
「来た!」
「二人は他を無視して実つきを優先して倒してくれ! ヘイトは稼ぐ!」
「コペル、俺が右をやる!」
「僕は左だね!」
「三十秒で倒せよ!」
キリトとコペルが左右に走り出して、前方が開けた。
タイミングを合わせたように、木々の合間から飛び出してきたネペントにナイフを投擲。スキルを育てていない為にソードスキルは発動しないが、気を引くだけなら硬直があるソードスキルはむしろ邪魔になる。
三ミリほどHPバーが減少したネペント七体のヘイトを一身で受けている事に焦る。かなり怖いが後ろには下がれない以上、前に進むしかない。立ち止って迎え撃つなんてナンセンスだ。
戦闘にいた花つきに《スパイク》で急接近、零距離まで近づいて密着する。離れたら一斉に口から吐き出す腐食液でHPを持っていかれる。近距離でツルを使った攻撃を誘発させて避け続けるのが一番よさそうだ。
ただし、花つきだけは別だ。
「らあッ!」
ディアベルに協力を取り付けるにあたって、花つきがドロップする胚珠を条件にした。それは俺達が花つきを倒して胚珠を持っていることが前提にある。たとえ俺が撃ち漏らして、ディアベルが仕留めたとしても、人の良さそうな片手剣使いは「ありがとう」と返すだろうが、あの男を完全に信じたわけではないので、何としても俺達が二つ確保しなければならない。ディアベルが高潔だからといって、他のパーティメンバーまでそうだとは限らない。
槍使いが絶対に踏み込まない距離に入り込んで、チクチクと削っていく。常に目を配って、ツルが届きそうにない場所を見つけては飛び込んで、槍を振るう。
何度かそれを繰り返し、ようやく花つきを倒した瞬間、ガラスが砕けるような音が二つ聞こえた。どうやら実を割らずに倒せたらしい。後は今まで通り、蹴散らすだけだ。逃げに徹していた姿勢を反転、牙を向いたように猛攻を仕掛け、あっという間に残った四体をポリゴンに変えた。
ドロップした胚珠をストレージに入れて、ディアベル達のフォローに入る。一人でネペントを相手取るディアベルに対して、他の三人は全員で囲んで一体を相手にしていた。どうやらβテスターじゃないらしい。よくもまぁここまで連れてこれる気になったな、と思いつつ彼らを追い抜いて奥にいたネペントを倒す事にした。キリトが俺よりも先の方へつ込んで暴れており、コペルはディアベルの仲間をサポートしつつ後ろに気を配っていた。
この調子なら大丈夫そうだな。思ってたよりも集まってきた数が少ない。気を抜かなければなんとかなりそうだ。
早速一体倒した俺は、次の獲物を狩るべく槍を振るった。
無事《アニールブレード》を
「おはよう、二人とも。くあぁ……」
「おう」
「おはよう、アイン」
「ログアウトボタンあったか?」
「いや、無かった」
一晩経てば変化があるかと思ったが、やっぱり無かったらしい。現実世界の方で何かあるかなーと期待していたんだが……まぁいじくりまわして俺達全員が死んじまったら本末転倒だし、仕方ないか。
ということはSAOがデスゲームと化したのは本当って事だな。詩乃、どうしてっかな……。
「キリト、何か目が赤いぞ? 泣いた?」
「うるせぇ。だいたい、アバターの目が泣いて赤くなるとか無いって」
「ということは泣いたのは認めるわけだ。二日目だってのにホームシックか? 可愛いとこあんじゃねえか」
「……悪いかよ」
「全然、俺も泣いたよ。生まれて初めて大泣きした」
「そっか……」
アバターは脳からダイレクトに信号を受け取って動いている。脊髄を経由して信号を発する現実の身体とは違って、直接信号を受信する為、実は現実の身体よりも素早く動けている。身体とアバターでズレがでてはいけないのである程度の補正はかかっているが、それでも0にはできない。
その影響は他にも色々とある。はっきりと分かりやすいのが“泣く”ことだ。普通ならじーんと来た時ある程度は我慢できる。学校の卒業式、大切な何かを失くした時、手に入れた時など様々な場面で泣くことがあるだろう。SAOは勿論、VRワールドでは我慢が効かない。“泣く”ことで言うなら、自分の気が済むまでひたすら泣き続ける。キリトも俺も、溜まってたものを吐き出したんだ。
「コペルはどうだ?」
「ぼ、僕? ………ちょっとだけ。それより、よかったの?」
「何が?」
「《アニールブレード》だよ。今からでもクエスト起こして胚珠だけ渡して来なよ」
ディアベルとの共闘で一度は諦めた胚珠だったが、協力する条件にしたのでどちらにせよ俺達の手元に残ることは無いはずだった。
だったんだが、驚くことに割れた実の臭いで寄って来たネペントに花つきが三体混じっていたのだ。ここ数カ月の幸運をここで使いきってしまった気分になったが、得をしたことには変わりないので満足感で不安を誤魔化した。
というわけで、手元には四個の胚珠。内二つはキリトとコペルの《アニールブレード》に変わり、一個は売却して割り勘、残った一個も売却して全額俺の財布に入ってきた。たったの一晩で一文無しから復活できたので、今の俺は機嫌がイイ。
「ああー、いいのいいの。元から売るつもりだったから。まぁアニールブレードの方が売価高いならそうしたけど」
「片手剣スキルはどうすんだ?」
「もうちょい先になってから考えるって言ったろ。片手剣の前にとらなきゃいけないスキルはまだまだあるんだし。武器なら《短剣》が先だ」
「スキルは個人の自由だからね、僕らからうるさくは言えないよ」
「まあそうだけど……いいや、メンドクサイ。アインのやつ頑固なんだよなぁ」
「分かるよ、その気持ち」
おい、なんだその“被害者の会”みたいな口調は!?
コホン。気を取り直して……。
「さて、この後はどうする?」
「約束だからな、アニールブレードみたいな槍が貰えるクエスト手伝うって」
「あーそうだったな。頼む。コペルは?」
「是非ご一緒に……って言いたいんだけど、ディアベルからレベルが安定するまでパーティに入ってくれって頼まれててね。βテスター一人じゃあの人数は危ないだろうし、ついて行こうかと思う」
「てことはしばらくお別れってことか」
「うん。そうなるね」
ぴくっと動くキリトを視界に収めつつもスルー。声をかけるべきか迷ったが、少なくともコペルの前で話す必要はないと判断して話を進めた。
「それだけレベルがあればとりあえずソロでもなんとかなるだろ。新米ども磨いて、ボス攻略会議には絶対来いよ」
「約束する。彼らを立派な《攻略組》にしてみせるよ」
「《攻略組》?」
「今はそうでもないけど、上の層に上がるにつれてはっきりと分かれるはずだよ。《はじまりの街》でクリアと救助を待つ人達と、クリアを目指して剣を握った人と。きっとその剣を握った人達の中でもレベル差が出てくる。常に最前線で戦い続けて危険を顧みずに全百層攻略を目指す人達と、安全確実にレベルを積み重ねる堅実な人達にね。だったら、攻略をし続ける人達を《攻略組》と呼ぶのは普通じゃない?」
「文字にしたらゲシュタルト崩壊を起こしそうだな。でもまぁ《攻略組》か。悪くないな、それ」
「でしょ? というわけで、僕らは攻略組を目指す。多分、先に迷宮区に入るのは僕らになるだろうから、待ってるよ」
「おお、先に行ってろ。前に人がいた方が追い抜く楽しみがあっていい」
「こんな世界になっても君は相変わらずだね。じゃあ行くよ、また会おう、アイン、キリト」
堅いパンと不味いジュースを飲みほしたコペルは勢いよくコップを机に叩きつけて、さっさと宿を出て行った。
………。
「おいこらキリト、いつまでもおちこんでんじゃねえ」
「………」
「ん?」
「おし!」
コペルに負けず劣らず勢いよく立ちあがったキリトはウンと背伸びをして身体をほぐした。ウジウジしていたとは思えない爽やかさだ。……吹っ切れたかな。
「俺達も行くぞ」
「やる気だな」
「昨日思ったんだよ、ネペントの群れに囲まれた時に。死ぬかもしれないギリギリの状況だったのに……見えた。俺は、もっと先に行きたい。コペルが言った攻略組とかよりも、ずっと奥深くに」
「………そうか」
キリトはキリトなりに、SAOに対する理解を深めて、認めたのかもしれない。俺には分からないが、それでいい。
(呑まれるなよ)
こいつが覗いたのは、暗く冷たい物だ。他者には理解できない黒いモノだ。俺はそれを知っている。中毒者はそんなもんだよ。だから、止められない。出来るのは祈ることだけ。ソレは最悪、人間を壊すモノだ。
まあでも、キリトなら大丈夫だろ。
「んじゃ、出るか。道案内よろしく」
「おう」
ゆったりと立ち上がって、俺達は宿を出た。
アイン Lv5
キリト Lv5
俺達は着々と攻略組への階段を歩んでいる。