双槍銃士   作:トマトしるこ

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トマトしるこです

ちょっと頑張りました。


phase 33 掃討作戦3

ユウとキリトは私達を助ける代わりにトラップの落とし穴に消えていった。その後もめちゃくちゃなトラップの連続に追い回されながらも、奇跡的にはぐれることは無かった。二人もHPバーに増減が見られるから、敵と戦って生き残っている事だけは分かる。

 

まずは生き伸びることだ。三人で固まって生き伸びて、二人と合流して、それから作戦に参加したプレイヤー達と合流するのが先だ。笑う棺桶の本拠地で良いようにされている現状をまずはなんとかしないことにはどうしようもない。クライン達も気になる。ていうか犯罪者ギルドなんてマトモに戦ってはいけない連中だ。

 

「…ふぅ」

 

ようやく一息つける開けた場所に出れた。洞窟らしく道が入り組んでおり、上下に走らされ、時には四つん這いにならないと進めない細い横穴も。湖に飛びこませられ必死に巨大ピラニアから逃げたりもした様な……。進むだけ嫌になるし、ちっとも合流する気配が無い。むしろ奥へ奥へと追い込まれている魚の気分だ。

 

「服が貼り付いたり、重くならないだけまだマシね」

「確かに。武器も錆びたり劣化しないみたい」

「私の道具類も無事だよ」

「流石のSAOも、水に関しては完璧な再現が難しいってことか」

 

日ごろのお風呂や釣り(男二人の密かな? 趣味に無理矢理付き合わされる)で理解はしていたが、改めて水に飛びこむ泳ぐ等をしてみると良くわかった。とにかくポリゴンの作りが他の大地や物体と比べて甘い。もう議論されつくした話だが、流動的な物は演算等々の負荷が重たすぎるのかもしれない。ムカつくけど、今回は妥協してくれた茅場に感謝しないと。

 

にしても…。

 

ダンジョン規模のこの洞窟。途中途中に生活していたであろう痕跡はいくつか見られた。せんべい布団が川の字に並んでたり、石を囲んだだけのなんちゃってコンロがあったり。

 

守るには最適だろうけど、根城にするには最悪よね。利便性なんてかけらも感じないわ。どうやって生活してるのかしら。

 

「わかるー」

「え、口に出てた?」

「顔には出てた」

「…私って、そんなに分かりやすい?」

「たまにね」

「はぁ」

「嫌なの?」

「おりこうさんじゃないから。それに、秘密が女の魅力だもの」

「あ、分かる」

「分かる、ってアスナはさておき、フィリアは…」

「あー! 馬鹿にしてるでしょ! 私だって秘密の一つや二つあるんだから!」

「惚れ薬を作ろうとしてるとか?」

「うぐ」

「はい、論破」

「ふふっ」

 

私とフィリアの駄弁りにアスナがほほ笑む。敵地ど真ん中で何を暢気にと思うかもしれないが、全く気を緩めてはいない。会話は片手間かつおびき出しのブラフで、実際は息を整えつつ装備の状況確認に集中していた。

 

これがかなり重要で、低レベルな下層ならスキルゴリ押しでどうとでもなるけど、前線やこういう場所で整備不良は生死に直結する。今まで何度もそんな場面に直面してきたし、ベータ出身の二人から耳にタコができるくらい言い聞かされてきた。

 

「随分下まで来たね」

「そうね、気付いてた?」

「うん。落とし穴系のトラップがぴったり止んだ」

「ええ」

「湖もあるってことは、このあたりが最深部なんじゃない?」

「フィリアの読みは、正しいと思うよ」

「私もそう思う。だから…」

 

そろそろ幹部クラスの連中が出てくるはず。

 

「っひひ、よお。俺らのホームは楽しんでるかい?」

 

噂をすれば。

 

手入れの道具一式を素早くアイテム欄へ格納し、岩から立ち上がって向かい合う。

 

楽しいわけあるか、ハゲ。

 

「ジョニーブラック」

「よぉ、シノン達…いや、今はエンブリオンだったか? 男はどうした? 死んだか?」

「馬鹿じゃないの」

「そうこなくっちゃなぁ。落とし穴にでもかかったって事にしとくわ」

 

耳触りな気味の悪い引き笑いが洞窟に木霊する。生理的嫌悪を催すそれは黒板を爪でひっかいた音より耳に触るので即刻止めていただきたい。

 

「年貢の納め時だぞオラ」

「こっちの台詞よ、アンタの顔ももう見飽きた」

 

ジョニーブラックが愛用の毒ナイフをちらつかせる。愛用の短剣を握る手に力が籠り、身体は自然と構えをとった。ふざけた野郎だが、腕やレベルは確かなのだ。この人数でも油断はできない。

 

「三対一で勝つつもり?」

「おいおい、逆に三人程度でどうにかできると思ってんのか? 笑えねえ、笑えねえよ。俺達ラフコフは、名前を聞くだけで竦み上がるような……悪なんだぜ?」

「そんなのどうでもいいわよ」

 

短剣を抜いて一直線に駆ける。初動は与えない。

 

あと数歩で私の間合いに入るかというところ、踏み込んだ足に力を込めてジョニーブラックの頭上スレスレを飛び越え、背中をとった。視線で私を追う男の身体が向く先には、私達の中で最も武器のリーチがあり、ジョニーブラックにとっても苦い相手のアスナが迫る。武器を持たない左手側には、片手でナイフ片手はポーチに手を突っ込むフィリアが陣取った。

 

攻略組でもまず脱出不可能な布陣だが…油断はできない。ここで張り込み、自ら姿をさらして先手をとらせたということは、どれだけ不利に陥っても状況をひっくりかえすだけの策があるはず。

 

指一本の微動でさえ見逃してはいけない。そして何らかの動きを見せても即鎮圧し全方位警戒を維持する。その為に包囲した。

 

絶対的、圧倒的不利。にもかかわらず、ジョニーブラックは少しも動じない。

 

それどころか

 

「っひひ」

 

にやりと口角を上げて、楽しむように笑うのだった。

 

左半身を前にジョニーブラックへ接近。音も立てずに一足で踏み込み短剣を突きだすが、振り向きざまに払われた剣で受けとめられる。更に押しこもうと一歩踏み込むものの、背後から斬りかかるアスナに気付いて払われてしまった。半身を翻す動作に合わせて降りぬかれた足を諸に受けてしまい、忍び足ゆえに踏み込みの浅かった私は容易く蹴飛ばされ距離を空けてしまう。

 

そのアスナが突きのラッシュが生み出す壁で迎える。ジョニーブラックは防具の薄い部分だけは的確に防ぎ、ダメージを最小限に抑えて大きく飛びのく。着地したその足はフィリアが撒いた爆薬を踏み抜き、追い打ちの様に傷とデバフを蓄積させた。男はさらに距離を空ける。

 

体勢を立て直した私が再度飛ぶ。空中で一回転して両足で二連踵落とし、短剣を袈裟に振り下ろし、逆袈裟に斬り上げ。衣服や鎧、皮膚を掠めるばかりで有効打となり得ないが、休む間を与えない。短剣と蹴りのコンビネーションでひたすら攻勢を保つ。

 

「いい加減邪魔なのよ! とっとと死ね!」

「そう思うなら上手く斬ってみせなドヘタクソ!」

「それじゃあお望み通りに」

 

ごきん。と鈍い音がジョニーブラックの左脚から聞こえてきた。正確には膝。

 

赤と緑の霧…攻撃と速度上昇のバフがかけられた状態で背後に回り込んだフィリアが、速度と体重を乗せた回し蹴りでジョニーブラックの左膝を内側に折り曲げた。例え大腿部でもイやな音を響かせたであろう一撃だ、脆い関節部など造作もない。

 

本来なら曲がらない方向に若干身震いするが、それも一瞬だけ。

 

立てなくなった、というより理解が追いついていない様子の虚をついてフィリアが更に畳み掛ける。ナイフを深々と横腹に突き刺して、蓄積させたデバフを付与させる。状態は麻痺だ。

 

「ブチ抜いてあげる」

 

私が再度頭上へ飛び服の襟を掴み上へと引き上げ重心をズラし、アスナが残った右脚を払って、身体を引き絞った全力の刺突が腹部を貫き重低音を響かせる。

 

「うごっ、ごほっ」

 

口が閉じれないようにアスナが縦に細剣を床まで突き刺した。歯はカチカチと切れ味のよい刃で音を鳴らすばかりで何を言っているのかさっぱり。部位欠損(欠けてはなくとも機能しなければ部位欠損同様の判定になりダメージが入るらしい)と貫通の継続ダメージが着々とHPバーを削っていく。

 

わかってはいたが三対一とはこういうことだ。対策しようが、手札を切る前にし止めればいいだけのこと。一対多を生業とするような人間ならさておき、正面切っての、あるいはデバフを絡めた暗殺を得意とするコイツではどうしようもない。

 

「殺しはしないよ。死ぬ手前でポーション飲ませてあげる。私達はあなた達みたいな殺し屋じゃないから」

 

フィリアが取り出した市販のポーションを顔の横にそっと置く。ジョニーブラックの驚いたような視線が天井からポーションへと移る。

 

一先ず、終わってみればあっさりと決着はついた。

 

「ざまぁないわね、ジョニーブラック」

 

返事は……ない。ただ呆けたように瓶を眺めるばかり。

 

「はぁ。ま、いいわ」

「幹部の一人はこれで片付いたね」

「あとは……まだ数人残ってる筈よ。赤目の刺突剣使いとか」

「だね。それに、キリト君達とも合流しないと」

 

コイツと赤目の刺突剣使い…たしか、ザザ。二人は数いる幹部の中でも特にPohのお気に入りだった。少なくとも人前に現れた時に従えていたのはこの二人。実力含めて可愛がられているほうだろう。その片割れを無傷で捕らえられたのは大きい。

 

幹部が姿を現した以上、ここからが本番だ。奥へ奥へと潜り続けた他の仲間も何処かでカチ合っているだろう。

 

しかし、捕まえたまではいいけど、どうやって連れまわすのが正解なのかしら?

 

「……ひひ」

 

カチカチ、とアスナの細剣の先から音が鳴る。耳障りな声も聞こえたような気がしたが…。

 

「ヒヒヒヒヒヒあああはははは!!」

 

どうやら聞き間違いでは無かったらしい。ジョニーブラックは突然気がふれたように高笑いした。

 

視線は……それでもポーションの瓶を捉えて離さない。

 

「ッ! フィリア!」

 

はっとなって叫んだときはもう遅かった。

 

ゴーグルから漏れる二つの赤い光が残像を残してフィリアに肉薄し、引き絞った剣を握る腕を突き出す。獲物の刀身は橙に光を放ち――ソードスキルが反応の遅れたフィリア吸い込まれた。

 

「    !」

 

空気だけが咽喉から零れ、フィリアは五メートル近く空を切り雑巾のように数回バウンドを挟んで壁にたたきつけられ停止した。

 

突然の新手に距離を取るべく、フィリアを守るべく脚を動かす。

 

「あっ」

「くっ」

 

私もアスナもそれは叶わなかった。

 

首筋にある鋭い感覚…そして一瞬で蓄積した麻痺のバッドステータスが、嵌められていたのは自分達だったと教えてくる。

 

ジョニーブラックへ剣を突き立てていたアスナが先に、そして次に私が倒れる身体を腕で支える事も叶わず人形のように伏せる。麻痺のせいで頭や肩が痛いなんて感覚も特になかった。

 

「ごほ……ナイスなタイミングだったぜぇ、ザザ」

「……」

 

フィリアをソードスキルで吹き飛ばし、私たちに指で隠れる程度の極小のスローイングダガーを投擲した乱入者…赤目のザザは、ジョニーブラックに麻痺特効のポーションを口に含ませ、感謝の言葉に無言で応える。

 

してやられた……自分を囮に使うなんて。

 

私達が絶対に殺しはしないという確信があったからこその作戦。

 

「わかってたみたいだなぁ、シノン」

「……」

「何とか言えよ」

「ぐっ!」

「シノン!」

 

ザザに倣って無言で返すが、流石にスルーはしてくれないらしい。軽装な腹部につま先がめり込む。更に拾ったアスナの細剣を私の口に縦で突き刺した。えずく度にカチカチと音が鳴る。はぁ、これは、確かにいい気分じゃないわね。

 

どちらかというと、さっきまでコイツの口に入っていたものが私に突っ込まれているのが屈辱過ぎて耐えられない。

 

「……ポーションの瓶でザザの位置を探って、笑い声が合図だった」

「まさかあんなイイもんくれるとは思ってなかったけどな。なんであの女を狙ったと思う?」

「フィリアだけが、自前で索敵スキルを持ってる」

「そういうこった。ああ、そういやHPやばかったんだわ、くれるって言ったんだし貰っとくか」

 

ひょいと拾ったフィリアのポーションをがぶがぶと一口に飲み干す。頭上のバーがじわりじわりと右端へ伸びていく様に悔しさを煽られる。

 

ザザの刺突剣重単発突進ソードスキル《ガストネイル》。刺突剣使いが希少なので、あまり多くの情報が出回っていないがコレだけは誰でも知ってる。《ヴォーパルストライク》の上位互換(・・・・)と名高いスキルだ。

 

刺突剣は片手剣ほど頑丈な作りでないため武器耐久値の損耗は他ソードスキルの比にならないが、威力は見ればわかる。フィリアのHPはたったの一刺しで八割を喰われていた。しかも気絶しているらしく起き上がる気配がない。

 

そして私達を麻痺にしたスローイングダガー。これはジョニーブラックが預けたものだろう。デバフ特化の補助スキルでも持っているはずだ。でなきゃたった一本でデバフ発動するだけの蓄積などできるものか。

 

「ごっそさん」

 

飲み干した瓶を後ろ手に放り投げる。当然瓶は割れて砕けた。

 

「うひゃひゃ、イイところまでいったよなぁ~。シノンちゃんアスナちゃんよぉ。ええ?」

「そうね…詰めが甘かったわ」

「なんつってたっけな? 三対一で勝つつもり? だっけ?」

「……」

「うははっはははははは!!」

 

げらげらと腹を抱えて笑うジョニーブラック。対して黙したままきょろきょろと辺りを見回すザザ。

 

「……こいつらの番はどうした」

「ひっ、ひひっ……ふぅ、途中で穴に落っこちたらしいぜ。ほっときゃそのうち来るだろ」

「わかった」

「そんじゃま、あいつ等が来るまで……」

 

じろり、と粘つく視線がザザから私へ向けられる。口角が三日月のように吊り上がり、下品な笑いとよだれをこぼして、私に馬乗りに覆いかぶさった。ザザも大して変わらずアスナへにじり寄る。

 

そして肘を直角に曲げたきれいな合掌。一瞬で思考を読み取った私とアスナは血の気が引いた。怯えるような表情をしてるのだろうと自分でもわかる。

 

合掌が意味するもの。日本人なら小学一年生だって知ってる。

 

「お楽しみとイきますか」

 

いただきます、だ。

 

麻痺で身体が動かないのだから、縄で縛る必要もない。御馳走を目の前にした貧民よろしく、両手が私の身体にべったりと触れて、衣服と防具を引き剥がそうと、あるいは耐える表情を楽しもうと際どい場所を撫でる。

 

「「ッ……」」

 

二人そろって唇を噛み締める。この手合いは何をしても喜ぶし、可愛らしく逃げまどえばもっと盛る。だから我慢の一択だった。唇を一文字に。

 

助けが来るか、麻痺が切れてチャンスが来るまで。

 

……。

 

それって、何時まで?

 

「ぃ」

 

最悪な考えがふと頭をよぎった瞬間、私は一瞬で恐怖に蝕まれた。

 

「嫌ああああああぁぁぁ!」

「うひゃひゃひゃ! そうそう! それでいいんだよ!」

 

三倍増しで愉悦の表情を浮かべる犯罪者はテンションが上がったらしく、撫でまわす手にいやらしさが増す。

 

「やだ、やだああああぁ!

 

アスナも似たようなものだった。同じ不安がよぎったのか、私にあてられたのか。もしそうなら申し訳ないことをしてしまったと思う。

 

ザザは相変わらず無口なままだが、その口元は肌が覗くアスナで興奮しているらしい。

 

たった一人にしか許したことのない場所が、侵されていく。その事実がとても恐ろしかった。

 

「…!」

 

そんな私に救いの糸が垂らされる。

 

麻痺状態を示すアイコンが点滅を始めた。アスナよりも先に、私のほうが早く解除されることを現していた。

 

結婚はステータス合算やアイテムストレージ共有という強力かつ諸刃の剣だが、それだけでなく習得スキルもある程度の恩恵を受けられる。ユウは状態異常にはかなり気を配っていたから、その手の対策スキルがパーティの中でも抜きん出ていた。

 

「いろいろと考えてるみたいだが……下手したらお前じゃなくて遠くで転がってる女にダガーが刺さっちまうかもな」

「っ…! この……」

 

フィリアは気絶していて動けない。HPは残り二割。ダガー自体の威力は左程ないけど、刺されば貫通ダメージが継続して入り、意識がなければそのまま死ぬ。たとえ回復しても、麻痺で動けず死ぬ。

 

抵抗するな。言外の圧力は実質の降伏勧告。

 

「ゲス。死ね」

「ここで誉め言葉とは、わかってるねぇ」

 

屈するしかなかった。たとえ麻痺が切れても。

 

あれよこれよという間に破かれて露わになった私の腹部に気持ち悪い手が触れ、少しずつ胸へと這い上がってくる。

 

せめて、と精いっぱい睨みつけた。

 

屑と目が合う。

 

「雌は雌らしくわめきゃイイんだよ」

 

 

 

 

ちょうどその中間を何かが通り過ぎた。

 

通り過ぎた何かに吊られて、ジョニーブラックの肘から先が後を追う。

 

断面からは赤く細かなポリゴンが血のように滲み出し

 

「何も―――」

 

喉笛に速度と体重と怒りを込めた蹴りが突き刺さり、何かと同じ方向へ同じように、腕の近くへ吹き飛ぶ。あのブーツ、ストップ&ダッシュの為に鋲がびっしりだった気がする。

 

跳ねるジョニーブラックを影が追う。

 

腕を連れて行った何か――槍を回収した影は地に着く直前に跳ねるように切り上げ、宙に浮かべてはもう片手のナイフで身体を少しずつ削ぎ落としていく。

 

一度槍で切り上げられれば四肢が先端から切り落とされ、再び地に落ちるころには耳や指など身体だった破片がぽろぽろと零れ落ちる。

 

「   」

 

それが数回繰り返された三十秒後、ジョニーブラックはこの世から消え去っていた。

 

影――ユウは何もなかったかのように武器を収めるとまだ痺れて動けない私の方へ歩み寄る。

 

「ジョニぃ―」

 

アスナの上で呆然と眺めていたザザが跳ねるようにユウへ刺突剣を振りかぶる。

 

その背後から、黒がいかにも重たそうな片手剣で深く斬りつけた。袈裟斬りで振るわれたそれはザザの右肩から背中を深く切り裂き、腕一本が別れを告げる。

 

黒はそのまま左手でザザの頭髪をつかみ、半月を描くように振り上げて、叩きつけた。

 

「キリトォォ!」

「黙れ」

 

怨嗟を孕んだザザの叫びは、キリトの二撃でショック状態で気絶し沈黙する。

 

一。投擲したピックが残った左腕の方に食い込み、腰の入った踏み込みで地面まで貫通し、直径の太いそれは容易く腕を千切った。

二。踏み込むと同時に股の間に逆手に握った片手剣の切っ先を突き刺し、裁断機のように左足を分割した。

 

ただ、それだけ。あっけなく幹部の一人は気を飛ばす。

 

「詩乃」

「…悠」

「そう呼ばれたの何年振りだ?」

「忘れた」

 

ジョニーブラックとザザの事など気にも留めてない様子で、ユウは傍に来て私をそっと抱きかかえてくれた。暖かさと安堵に視界が滲む。

 

誰よりも愛しい人が、私を呼んで求めてくれる。何よりも愛しい響きを、私の咽喉が奏でている。それだけで深い心の傷がじんわりと癒されていくのが心地よかった。

 

「ねえ」

「ん」

「帰ったら上書きして、ね」

「ん」

 

互いに身体を預けて頬を重ねる。薄っすらと開いた目で血痕も残ってない殺人現場を見る。

 

……女の声は、アンタが思ってる以上に価値があるものよ。

 

それきり、二層から何かと因縁のあった敵の記憶を消し始めた。




マジでビビってたけど悲鳴で位置を知らせる皮肉?の効いたシノンさんまじかっけぇし、それに気づいたアスナさんまじぱねぇ

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