今回はなんかノリノリだった、です。
自分達だけの声が響く洞窟で、偶然にも安全なエリアを発見した私達はそこで少しだけ休憩することにした。最初の犠牲者が出て直ぐ、トラップが起動しては分断され、ラフコフが現れては誰かが死んで、分断され……。そんなことばっかりで走り詰めだった。仮想世界でスタミナの概念が無くても流石に疲れる。
ユウは途中でトラップに引っかかり階下に落とされた。縦長の洞窟だろうと考えてただけに、まさか下に落とされるとは予想外すぎて、気付いた時は既に遅く落下していくユウを見送ってしまう事態。落石と迫る壁に追いかけられていたので中に飛びこむ隙は無く、引き返す事も難しい。
一応パーティは継続しているし、HPバーも減って無いことからまだ生きているのは分かる。ただし、このダンジョンはメールを始めとした一切の連絡手段が機能しない。足で探す他なかった。
一人で探しに行きたいのが本音だけど、ギルドメンバーだって大切な仲間だし、単独行動などしようものなら確実に死ぬ。
自傷ダメージが入る程拳を強く握って駆けだしたい衝動を抑える。
………よし。
「そろそろ行こう。五分だ。アインを探さないとな」
切り替えたその瞬間にキリトが腰を上げる。フィリアの強化ポーションのクールタイムが丁度切れたのだ。真っ先に口にしたフィリアが再度使用可能になったので、順次私達も使用可能になる。
短剣のメンテとポーチの整理を終えている私は直ぐに立ちあがって頷いた。アスナとフィリアも問題ない。
来た道はトラップによってまだ塞がれている。他に道は一本…奥へと進む方向だけ。迷わずに歩きだした。
「広いね、この洞窟」
「だな。結構走ったつもりなんだけど、まだ奥があるらしい」
「トレジャーハンターはどう思う?」
「並のダンジョンなら踏破してるくらい、かな」
「うん、十分ヤバい」
同じ場所をグルグル回っているわけでも無し。私達が思っている以上に広いらしい。最初は五十人も居たのに、気付けば走りまわらされて四人。ユウに至っては一人で行動している。レッドと言われるだけはある、実にいやらしい手口。命懸けと分かっているが、やられる側は結構苦しいわね。
ガチリ。
「「「「あ」」」」
何かのスイッチが作動した、今日だけで耳にタコが出来るくらい聞いてきた音に全員が反応する。足元から聞こえてきた。床が凹んでいるのは……キリトだった。因みにトラップ発動数はダントツでアスナが多かった。普段は全くそうじゃないのにね。
兎も角、全員で一斉に駆けだす。どんなトラップなのか分からないが、経験則で知っている。その場に立ち続けることだけは絶対にやってはいけない、と。
しかし今回のは発動した時点でアウトだった。
「マジかああああァァァァァ………」
キリトが一歩踏み出した先には堅い洞窟の岩盤はなく、ぽっかりと開いた穴が。常人離れした反応速度を持ってしても回避は出来なかったらしく、落ちた。
トラップ踏んだら走れ。そういう感覚が分かって来た頃に、コレか。汚い。
悔しさが胸を占める。
「……アスナ」
「…行こう」
手を伸ばす事も出来なかったアスナは強かった。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓
「いてぇっ!」
急速落下の衝撃は思ったより大きくごっそりとHPを持っていかれた。これで重量のある防具だったらと思うとぞっとするぐらいには。反射的にポーションを取り出して煽る。溢れた薬液は袖で拭った。
見上げると天井しかない。落ちてきた穴は最初から無かったみたいだ。何の因果か、俺もアインと同じように落とし穴にかかってしまうとは。
地面に打ち付けた箇所をさすりながら立ち上がる。洞窟としての作りはたいして変わらない。道は……どうやら一本道らしいな。迷わなくて助かる、何にせよ早く戻らないと。これ以上バラけるのは拙いし、あの調子じゃあどう気をつけても最終的には全員孤立しそうだ。
「急ぐか」
「どこにだ?」
「っ!?」
一本道へ進みだしたその矢先、背後から男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある、聞く者に恐怖を齎す声だ。
ゆっくりと振り返る。が、そこには誰も居ない。一帯を見渡すが人影は見当たらなかった。
「聞かれたことには答えろよ」
もう一度声がした。今度は視界の先……いた。
岩陰が乱立する行き止まり。そいつは岩を背もたれに肩膝を立てて座り込んでいた。ゆっくりと立ち上がった男は、無骨なブーツで石を蹴りながら俺の方に向かって歩いてくる。百八十センチ近くある身長で持って俺を見下ろしてくるが、目深にかぶったフードで顔は見えない。腰には肉厚で刀身の長めな包丁が。
「悪いな、びっくりしたんだ。まさか誰かいるとは思わなかった」
「そうかい。よく来たな、それで」
「アンタに会えるとは予想外だ、Poh」
「俺もお前に会うとは予想外だ、キリト」
僅かに覗く口元がにやりと歪む。
Poh。アインの話では父親代わりだった男で、多くの人間を殺してきた本物の殺人鬼。笑う棺桶のリーダー。ヒースクリフとは違ったカリスマでもって多くのプレイヤーに道を外させ、アインクラッドを混乱に落としこむ張本人。掃討作戦のターゲット。
予定ではアインがPohと戦う筈だった。本人の強い要望があったし、俺達と違って一度戦っている。今まで姿を見たプレイヤーで生きて帰ったのはメッセンジャーとして生かされた連中だけで、戦って生き残ったのはアイン以外には居ないと噂だ。
立ち会った今なら分かる。コイツは規格外だ。自覚もある。それを隠しもしない。マトモな人間なら恐怖するし、そうでない奴らがカリスマに魅入られて笑う棺桶のメンバーになっているってことだろう。形容しがたいプレッシャーを感じた。
背中の愛剣を抜く。聞いた限りでは他の短剣使いとそう変わらない戦術らしい。スピードで撹乱し、肉薄してからのラッシュで削る。フィリアのようにアイテムを使い、更にはデバフをちらつかせて隙を作りつつ攻め入るタイミングを与えない。ただし、そのどれもが全プレイヤーを圧倒する技量を持つ。加えて体術と勘と経験と……そこからは聞いて無かった。
ソロで戦うには相性最悪って事だけは覚えてるが、最悪ってもんじゃないだろこれ。
「おいおい、俺は戦うつもりはねぇよ」
「何?」
すると、へらへら笑いながらPohは両手を上げた。俗に言う降参のポーズ。
「信用しろって方が難しいだろ」
「だな。じゃあお前は剣を抜いたままでいいぜ」
「……何の用だ」
「話がしたかったのさ」
「話?」
「アイン、って名乗ってるのか? アイツは」
その言い方から察するに間違いない。リーダーって奴はPohだ。
「どうだ、話を聞いただろ?」
「アインとお前の昔話か?」
「あぁ、そうだ、それだ。どうだった?」
「どう?」
「自分のダチが、実は人殺しだった事実は、どうだったんだ?」
「…」
なんだ、コイツ。
「知ってるぜ。お前等βテストから仲良しだったんだろ? このSAOが始まってからも初日からパーティ組んでたらしいな。そんなダチが何人も殺してきたんだ、感じるモンがあるだろ、思うことがあんだろうが」
「無い」
「本当か? 今の今まで、ずぅっとそんな大事なこと隠してた事に何も感じないのか? キリト、お前らはアイツに騙されたんだ。自分だけ肝心な事を言わずにいたんだ。悔しくないか? ムカツクと思わないか? 自分の信頼をコケにされても尚言えるか? 無いってな」
「…」
「怖くなかったか? 躊躇いなく殺せる人間がいつも横に居て、自分を殺せる武器を持ったまま話しかけてくる。いつ、どこで、自分が地雷を踏んで殺されるかもしれないとは考えないのか? 嫌われたら殺されるかもしれないよなぁ? もしかしたら、機嫌を損ねただけで首を刎ねられるかもしれないよなぁ? お前の横にいる男はそう言う奴だぜ、気に入らないからで殺された奴が大勢いる。身体がナイフの持ち方を覚えて、肉を斬る感触を気に入ってるんだ。もしかしたら、明日にはキリト、お前はおろか女どもまで―――」
「黙れ」
ああ、聞いた通りの異常者だ、コイツは。俺の反応を見て楽しんでる。苦しむ姿が見たいんだ。俺を通してアインを苦しめようとしている。
お前の言うとおり怖かった時もある。話を聞いた夜は寝付きが悪かった。
でもそうじゃない。
「アインの過去は望んだ過去じゃなかった。やりたくて人殺しをし続けたわけじゃない」
「あ?」
「自分で言ってたんだよ、生きたいって。生きるために戦ったんだ。それしか知らなかったから」
最後まで諦めきれなくて、醜く足掻いて逆らって、生きたくて今の生活を掴んだ。自分にできる全てをつぎ込んでやっとの思いで手に入れた。執念がそうさせたそれは、誰にでもできることじゃない。俺だったら逃げる。
「昔の少年兵とやらは知らない。俺が知ってるダチは、仲間の為に命をかけるヤツだ」
過去は過去だ。それでいい。大事なのは今をどう生きるか。
「……そうかい。ま、いいか。会えば分かる」
途端にPohはにやけ面を引っ込めてつまらなそうに言い放った。思った様な返答じゃなくて興味を失くしたのか。脱力したPohはだらりと上げていた腕を下げて歩きだした。
地面へ向けていた切っ先をPohへ向ける。
本当ならアインが決着をつけるべきだ。でも、今は分断されて全員が危険な状況でそうも言ってられない。この先にアスナ達がいるかもしれないのなら尚更。出会った以上、ここで仕留める。
「通行止めだ」
「お前がな」
「ッ!」
Pohの背後から影が飛び出す。手には片手剣が握られており、俺に向かって突きだされた。Pohに向けた剣先を少し逸らして片手剣を弾き、影と鍔迫り合いに。
男だった。俺やアインとさして変わらないぐらいの少年。頬には笑う棺桶のギルドマークが刻印されている。他のメンバーの様に隠すつもりが無いらしい。親玉とそっくりな口角を上げるにやけ面が酷く癇に障る奴だ。
「じゃあな」
必死に切り結ぶ俺の横をふらふらと通り過ぎていく。強引に少年を突き放して姿勢を崩し腹部に蹴りを一発。Pohを追う。
「ぐっ」
少年に背を向けて駆けだした瞬間に衝撃。運よく背負った鞘が防いでくれたそれは少年のとび蹴りソードスキルだった。勢いよく前のめりになって吹き飛ばされて地面とキス。超痛い。顔を上げるとPohは既に消えた後で、少年がただ剣を下げて俺を見ていた。
追う追わない、どちらにせよコイツは何とかしないと先には進めそうにないな。切り替えて少年と向き合う。
「……」
片手剣がゆら、と揺れると少年は真っすぐ俺に向かってきた。構える様子は無い。ソードスキル無しの白兵戦か。
右手の剣を握る手に力を込める。真正面から切り結び、先と同じように鍔迫り合いに。少年と視線を交わすと、彼はにやりと笑って左腕を振るった。手には逆さに握った短剣。そこで瞬時に意図を理解した。
(ソードスキルを使わずに戦うんじゃない、使わない戦い方か…!)
ちょうど今回渦中に居るダチも同じスタイルで戦う時があるから気付いた。熟練度を上げればソードスキルも種類が増えていくが、同時にダメージ等にボーナスがついてくる。最近になってモーション検知されない構えをとればソードスキルは発動しない、と気付いたアインも短剣スキルを獲得したが、少年は同じように片手剣と短剣のボーナスが目的で習得しているのだろう。
迫る短剣の狙いは俺の目。頭を逸らして空振った短剣を握る左腕に頭突き、そのまま押しこみ、未だに競り合う俺の片手剣に手首が食い込む。
「ッ!」
「がっ!」
今度は俺が蹴りを腹に貰ってしまい吹き飛ばされる。尻もちをつく前に空中で体勢を立て直して両足で着地、制止する前に足を回転させ走りだす。狙いは三分の一ほど亀裂の入った左腕。HPは俺の方が多い、Pohに追いつく為にも多少は無茶して押しとおす!
剣を振りかぶって上段からの面。防ぐなら左の短剣だろうに、千切れるのを恐れてかメインの片手剣でガードされる。思った以上に斬り傷が深いらしい。そこにつけ込む。
返す横薙ぎを縦に構えた片手剣で防いだ少年は、下がらずに踏ん張り順手に持ち直した短剣を心臓めがけて突きだしてきた。向かって右に体をずらし、左手で腕を掴んだ状態で踏み込んだ少年の左脚を内側へ払い体勢を崩す。スケートで滑った様なコケ方をした少年の無防備な身体に、容赦なく剣を振り抜いた。さらにそのままぐい、と左腕をひっぱり地面へと倒す。
身体よりも先に肘で地面を捉えた少年は、器用に俺がつけた勢いのまま足を振りあげてバランスをとり、倒れこむことなく着地し、力を溜めこむように肩膝をついて俺を見上げる。
そのまま考える隙は与えない。
既に追撃を仕掛けた俺の剣が上段から襲う。再度片手剣で防ごうとかぶるがそれはお見通しだ。振り下ろした剣を今度は左手に持ち替えて即座に振りあげる。一度打ち合って剣を握る力が籠っていようとも、予想外の、しかも普段ならありえない場所からの衝撃には対応できない。簡単に片手剣は少年の手から弾き飛んだ。
はっとした表情も一瞬だけ。残った短剣で反撃に移るがもう遅い。振りかぶった状態の構えを感知したシステムがソードスキルを発動させる。通常ではありえない速度で再度振り下ろされ、V字で再度振りあげる二連撃が短剣を半ばから叩き折りポリゴンに変え、掠るように少年にもダメージを与えた。片手剣二連撃スキル《バーチカル・アーク》。左で使うのは初めてだけどまぁ上手くいくもんだ。
硬直時間を過ぎて剣を右手で持ち直しても、少年は唖然とした表情で尻もちをつき俺を見上げる。油断はできないが、勝敗は決まった。切っ先を目前に突きつける。
「俺の勝ちだ。降参してくれ」
「……っ!」
宣言を聞いた少年は……にやりと笑い振りあげた足で俺の剣を弾き距離をとった。そして遠くにある自分の片手剣を拾い、再度向き合う。
HPの差は何時しか覆すのはほぼ不可能なまでに広がっていた。俺はヒーリングスキルで満タン、対する少年はレッドゾーン手前のイエロー。何らかの事故が起きれば全損して死んでしまう残量である。理性の無いプレイヤーでもここまで減らされればまず負けを認めて降参する程なんだが……少年はそのギリギリを楽しんですらいる様にしか見えない。
「死ぬぞ! もう止めろ!」
「うっせぇよ」
そこで初めて声を聞いた。顔に似合わず高めの、透き通った声。だが、含まれる負の感情は計り知れない。
「死ぬ? だからどうした?」
「だから、どうしたって…」
「そんなもん生きてりゃ何時そうなるか分かんねぇだろーが。道を歩いててもいきなり車に轢かれて死ぬかもしれないのに、お前は一々ビクビクしながらガードレール付きの歩道歩くのか?」
「そんな極端なことを言ってるんじゃない!」
「いいや違うね。お前等は恵まれてたからそんなことが言えるんだ。何時死ぬかも分からない状況で怯えたことが無い奴が言うクソ甘な言葉だ!」
振りあげられた片手剣を防ぐ。三度目ともなる鍔迫り合い。
「生き続けるのが戦いだ! 負けりゃ死ぬ! そんだけだろうが!」
「だったら何で笑ってられるんだ!」
「楽しいからに決まってる!」
「楽しい!? こんなことを楽しいのか!?」
「生きている奴は勝者だ、負けた奴が弱者! 見下すのは、いたぶるのは何時だって勝者の特権って決まってんだよ! 強ぇ奴も、偉い奴も、女だってなぁ! 楽しくないわけが無ぇだろ!」
「ふざけた理由で…!」
「だぁから勝者の特権だって言ってんだろああぁ!」
少年が両手で片手剣の柄を握り押しこむ力を強める。俺の剣は柄が短く片手でしか握れないデメリットがここにきて苦しめてきた。
「死んだら終わりだ! 俺は死にたくねぇから戦う! 生きたいから戦う! 人も殺す! 生き続けるために戦う! 負けたら死ぬ! 俺は終わりたくねぇ!」
気迫と筋力に圧倒されるのを感じた。笑っている顔が怖い。自分の首に引っかかる死神の鎌の冷たさがそれを引きたてている。
このままでは、死ぬ。
死ぬ?
……嫌だ。生きて現実世界に帰りたい。家族に会いたい。疎遠になった妹にまだ何も出来てない。仲間だって待ってる。
アスナ。
俺は!
「おおおおおおっあああああああああああああああ!」
生きる!
投擲ピックを左袖から抜いて剣に当てがい力を込める。徐々に押されていた剣が均衡を保ち、押し返し始めた。元々ステータスは結婚している分こっちが上だ。力勝負なら絶対に負けない。
ピックにヒビが入る。耐久がそも高くないこれは五秒も持たずに砕け散った。十分過ぎる時間をくれたそれに感謝しつつ、最後の詰めに入る。
剣を滑らせ手首を返し、鍔使って絡め取り真上に剣を弾く。片手剣に吊られて両手が上がり、まるで万歳したようにガラ空きになった身体へ、身体全体を使って、両足のバネを一気に開放し心臓のあたりを貫く。鍔が少年の胸に接触するほど、深く突き刺さった。
さらにその姿勢を感知したシステムがソードスキルを立ち上げる。
重単発突進技《ヴォーパルストライク》。俺の十八番。
ゼロ・マックスの衝撃は余すことなく少年の身体に伝わり、剣を突きだす動作によって、少年は十メートル以上離れた洞窟の壁に叩きつけられた。優にHPを全損させ、オーバーキルという表現がピッタリな一撃によって、壁に弾かれた途端に身体は砕けて散って逝った。
前のめりに身体が倒れこむ。見届けるまでもなく、柄を握った右手が少年の死を伝えてくれた。
「はあっ、はっ、ふ、ふうっ…」
死にたくない、生きたい。そう願った瞬間に身体が動いた。その結果が、これだ。殺した。
彼らの言葉を借りるなら、生きるために戦った、生きたいから戦った。俺だって死にたくなかったんだ。仕方のないことだ。
なぁ、どうなんだよ。アイン。