双槍銃士   作:トマトしるこ

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お久しぶりです、トマトしるこです。

そう言えば新作がPS4で出るそうですね。もう出たのか?
GGOということで、早くお金をためて買いたいとうずうずしています。

シノンのおしりでご飯五杯はいけますね、えぇ。


phaseーー 中東戦線3

右へ左へと蛇行しながら、牽制とは思えない正確な弾丸を頬で感じつつ接近し、ナイフを振るう。

 

「シャアッ!」

 

嬉々とした表情で、リーダーは俺のナイフを肉厚なダガーで受け止めた。鍔迫り合いになると体格的な問題で俺が競り負けるのは避けられないので直ぐに下がる。

 

着地と同時にサイドステップを踏んで追撃の弾丸を避け、もう一度攻める。

 

防がれ、避けられ、いなされる。それでも一撃の為に喰らいつく。正確無比な弾丸が服を掠めても、ダガーが俺の行く先にあろうとも、ポンチョが裂かれても止めない。否、止めるわけにはいかない。

 

リーダーはプロだ。殺しのプロ。俺なんかとは比べるべくもない。普通に戦えばまず負ける。今は(・・)あらゆる手を尽くしたとしても負けるだろう。逃げるのが最善だが今回はそうもいかない事情がある。

 

殺すために……勝つためにはゼロ距離でのインファイトを仕掛け続けるしかないのだ。小柄故の小回りの良さを活かして避け続け、一回有るか無いかの攻め時を雨と岩場という最悪の足場で作らなければならない。

 

何度目か分からないバックステップにリーダーがダガーで追撃をかけてくる。突きだされた刃を握る腕に左手を掴んで地面へと加速させる。ダガーで岩を削ったリーダーはそのまま顔面を打ちつける…はずもなく前転して襲いかかって来た。

 

「何でだよ! 俺達は……いい加減だけどなんだかんだ仲間思いで頼もしかったリーダーが大好きで今までついてきたんだ! なのに!」

 

ダガーの突きをナイフで弾き、至近距離で膝に狙いを絞って引き金を引く。最高のタイミングで放った弾丸は僅かに開脚して姿勢を低くするだけで避けられ、俺の脚を刈るようにリーダーの右脚がしなる。その攻撃を読んでいた俺は一回転するようにリーダーの頭上を飛び越え、すれ違いざまにナイフで背中を斬りつけるも、特注の自動拳銃を盾代わりに防がれた。

 

「気付いたら独りだった俺にとっちゃ、生き方も死に方も教えてくれたアンタは親代わりだったんだ! ナイフの握り方も! 銃の引き方も! 全部! それが自分で殺したいからそうしたいからだってんのかよ!?」

「あぁ……? そうか、お前昨日の話を聞いていたな? 俺はてっきりサム当たりかと睨んでたんだがなぁ。まぁ、どうでもいいが」

 

ゆらりと立ち上がって俺を見下したリーダーは、俺の知っていたリーダーとは違う誰かだった。ピエロの様な三日月の目と口角。獲物を前に歓喜する捕食者のソレを顔に貼り付けて、コイツは口を開く。

 

「家畜を育てるのは何故だ? そう、食う為だ。それはそれはおいしくおいしく召し上がる為だろ? 飼育員が、エサが、小屋が、個体が変われば味に優劣が生まれる。グラム100円もしないクソ肉と、メニューに値段の載らない時価って肉の違いはそこだろ?」

 

口角を釣り上げ涎を撒きながらも、目の前のコイツはお喋りを止める気配は無い。

 

「誰だって美味い飯が食いたいはずだ、そうに決まってる。頑張った自分へのご褒美も、誕生日を迎えた奴も、メデタイ時も、人間が選ぶのはいつだって普段は口にしない御馳走と決まってンのさ」

 

だらりとダガーと自動拳銃を指にひっかけるようにぶらさげて、ケタケタと笑いだす。背後で隠れていたフィリアの息を飲む姿が見えた。そういや見たこと無かったんだっけ。

 

こんな状態のリーダーは、ただしく獣だ。

 

「俺はとびっっっっっきりの御馳走が食べたくて仕方なかったのさ。でもな、舌が肥えちまった俺には御馳走が御馳走じゃなくなっちまった。年に一回だけだったハーゲンダッツが、いつの間にか毎日それを口にしていたときの絶望がお前に分かるか? てかハーゲンダッツしらねぇか。まぁいい、とにかく俺は美味しいご飯が食べたくて食べたくて食べたくて仕方ねえのよ。だから作ることにした」

「それが俺だってのか……!? サムやキテツだってのか!?」

「ああ。だから―――」

 

滲んだ視界で捉えていたはずのリーダーが、消えた。

 

「―――ハラいっぱいにしてくれよおぉぉぉ」

 

不気味な声が背後から囁いてくる。覇気もなく、抑揚もなく、ただ食欲を満たしたいだけの呻きが。

 

「クソッタレェェェェ!!」

 

振り払うようにナイフを一閃し距離を取る。元々攻撃するつもりが無かったのか、リーダーは俺のナイフをいなしても追撃しこずにヘラヘラと笑っていた。

 

ダメだ、焦るな、落ち着け気を沈めろコントロールだ、クールになれ。逃げるなら冷静さを欠いた本能剥き出しの今しかない。気を張っていても、数年かけて待ち望んだ瞬間が来たんだ、気が緩まない訳がない。

 

銃口を心臓へ向け狙いをつける。ナイフの乱舞を必死に避けながらもブレさせることなく、ただ機会を待つ。いつ放たれるか分からない銃に全く怯む様子のないリーダーは、よだれを撒きながらただただ俺を切りつけようと突進を繰り返す。まるで理性を感じないスタイルだ。

 

一瞬だけ悩む。

 

他の安否もあるがまずは俺達が生き延びることが優先。この後も雨の真っただ中を行進しなければならないのだ、慣れないフィリアの安全にも気を配りながらとなると、体力は少しでも多く温存しておきたい。ということは一秒でも早くリーダーを何とかする必要がある。そろそろ逃げ回るのも限界だ。

 

なら攻める。理論もクソもない今の状態が一番崩しやすいと見て、一気に決めてやるさ。

 

まずは一発。

 

殆ど本能にちかい動きでソレを避けたリーダーに、さらに数発。

 

「オラオラどうしたぁ! しっかり狙ってんのかアァ?」

 

下品な笑い声を上げながら、挑発を交えてじりじりとにじり寄ってくる。余裕で全弾交わしたリーダーは愛用のナイフで俺の頭を狙って突きだした。

 

ここだ。

 

「ッ!」

 

銃をホルスターにしまい、空けた腕で突きだされた腕を掴み逆上がりするように自分の身体を持ちあげた。ふわりと綿のように舞いナイフを振り抜く。

 

「ぐぉっ……!」

 

その一振りをすんでで避けたところへ、自動拳銃の柄を振り抜く。避けようのない一撃は綺麗に延髄に決まり鈍い音を立てた。普段は絶対に聞かないであろうリーダーのうめき声とセットで。

 

スローモーションのようにふらついては、力を失くしてどっさりとうつ伏せに倒れ込んだ。しかも頭をぶつけるというボーナス込み。

 

「はあっ、はっ、はっ……ふぅ…」

 

良し。決まった、手ごたえあり。こうなればしばらくは動けない。死んではいないだろうが、少なくとも気絶はしている。起きてもマトモな状態じゃないだろう。立つことも碌に出来ないはず。

 

やった、やったぞ! リーダーに勝った!

 

いや、喜ぶのは後だ。今すぐここから離れないと。動きを止めただけで死んでるわけじゃない。時間が経てば回復するし、起き上がってくる……から…。

 

(殺すか?)

 

そうだ。追いつかれるのが嫌なら気絶している今の内に殺してしまえばいい。そうすれば最大の不安を取っ払う事が出来る。追撃される心配もない、逃げおおせた後に怯える事も無くなる、弄ばれた復讐も、仲間の仇も、他方に逃げている仲間達も助かる可能性が高まる。いいことずくめじゃないか。

 

「……殺ろう」

 

やらない理由が、無い。

 

拳銃を正しく持ち、引き金に指をかけて、倒れる男の後頭部に狙いを定める。寝ているフリという場合もある、近づいて確実に仕留めるのは後だ。

 

さあ。

 

やれ。

 

……。

 

「くそ!」

 

やれよ! やるんだよ、俺! じゃないと死ぬぞ! 俺もフィリアも、他の仲間も! この男はこれからもずっと人を殺し続けるぞ、スナック感覚で命を弄ぶ奴になにを躊躇う!?

 

殺せ、殺せ、殺せ!

 

「いいよ、もう、やめよ?」

 

引き金を引く事を躊躇う手を、そっとフィリアが包み込む。にこりと俺に頬笑みながら、首を横に振った。

 

「危ないぞ、下がってろ」

「いいんだって、ね? 行こうよ」

「駄目に決まってるだろ。放っておいて良いことなんて一つもない。コイツは今ここで死ぬべき――」

「泣きながらそんなこと言っても説得力無いって、お兄ちゃん」

 

……泣く? 俺が?

 

「泣いてなんかない、雨の間違いだ」

「嘘。すごく悲しい顔してる。手も震えてる」

「……」

「分かるよ、気持ちくらい。だって家族だったじゃない。私達からしたら、お父さんみたいな人だって」

「それは」

 

ああ、言った。確かに自分で言った。そうだよ、コイツは、リーダーが父親代わりの男だったさ。

 

「それとこれは別だ、だから殺す」

「そうしたほうが良いんだろうけど、一生後悔すると思うよ。だから今は行こう?」

「バカ言うな。今更一人多く殺そうが後悔なんてするか」

「他人と家族は違うよ。私だって、そんなの見たくないよ。お願いだから、行こうよ」

 

あぁ、分かるさ、分かるとも。そうだよ殺したくない。親殺しなんて俺だって嫌だ。そこまで行けばきっとコイツと同類になってしまうんじゃないかって怖くなるさ。引き金を引く度胸が、今の俺には無い。変だな、さっきまではガンガン撃ってたのに。

 

でも……。

 

「そう、だな」

「うん」

 

少し悩んで、諦めることにした。

 

分からないままなんだ、きっと。リーダーに裏切られたって実感はあるけど納得なんて出来てないし、気持ちの整理はつかないまま出てきて、一線を越える覚悟も無い。だから手が震えるし、フィリアが言うように悲しい顔をしているんだろう。

 

このまま何時間も考えられるならきっと撃てるけど、今は一秒すら惜しい。

 

だから行くんだ。

 

今は逃げる。それでいい。

 

「行くぞ」

「うん」

 

最後に一瞥だけくれて、踵を返した。

 

さて、また悪路と向き合う時間か。戦況がどうなってるかわからないが、とにかく進むしかない。

 

フィリアの手をとって、先を歩きだす。

 

 

 

 

「あ」

 

踏み出した一歩は、地を捉えることは無かった。

 

力がすとんと抜けていく感覚。温存していた活力をごっそりと持っていかれた様な、脱力感。

 

じわじわと腹部から広がっていく熱、脳裏にうかんだ色は赤。身体から何かが零れていく確かな感触。

 

「くそったれが、やるじゃねえか。流石だぜ?」

 

撃たれた。

 

「いやぁあ!」

 

フィリアが必死に手を引っ張ってくれたおかげでなんとか岩石とキスするシーンは未然に防げた。が、フィリアの慌てようと、衣服についた血痕、染みついた感覚が、確かに撃たれたのだと教えてくれる。

 

くそ、まさかこんなに早く復帰するなんて。

 

「はぁ、ぐぅ、クソが。痛ぇ……」

「ぐっ、ごほごほっ」

 

互いに痛みに悶え苦しむ。

 

どうやら身体を起こすのが限界らしい、立つのはおろか這いずることも出来ないようだ。ああもう、うだうだ悩まずにさっさと進んでいれば回避できたってことじゃねえかよ。やるせねぇ。

 

対する俺は想像以上の深手に身動きが取れなかった。リーダーの銃はオーダーメイドの大口径、火力は俺の物とは段違いで、受けたことのない深手と風穴が体力を素早く奪っていく。リーダーとは違った意味で立つこともままならない。

 

こうなったら覚悟がどうとか言ってられない。先に動いて、撃ったほうが生き残る。フィリアじゃマトモに当てることもできない。俺が撃つんだ。

 

立て。立つんだ。せめて身体を起こせ。支えられてちゃ反動で外す。自分で構えろ。

 

「ごおおおおお!」

 

あいつ、立とうとしてやがる。無茶苦茶だ!

 

「フィリア、俺を前に放り投げろ!」

「う、わ、わかった!」

 

戸惑いも一瞬。意図は伝わってないだろうがフィリアは俺を支える力を全て使って前に突き飛ばす。勿論前のめりに倒れて岩が身体を打ちつけるが、今だけは痛みを感じなかった。

 

最速で身体を動かすように指示を出すが、思い通りに動いてくれない。まるでスローモーションだ。

 

が、俺の勝ちだ。

 

「……っ!」

 

うつぶせのまま銃を構え、リーダーの心臓に向ける。数秒早く構えた俺はさっきとは打って変わって躊躇いなく引き金を引いた。

 

ガキン!

 

「な……!」

 

弾が、出ない!? 

 

「ふ、ふざけんな……!」

 

単純に撃ち過ぎた。ヒートアップしてたから残弾の計算が頭から離れていたけどさ、別に今じゃなくたっていいだろ空気読め! 

 

慌ててマガジンをリリース。弾倉の回収も後回しにして新しいマガジンをセット。スライドを引いて構えて迷わず引き金を引いた。

 

それはリーダーの右肩を貫き、同時に放たれたリーダーの弾丸は俺の右腿を抉る。

 

「うぐっ!」

 

追撃に顔をしかめる俺は一拍ほど遅れ、二発目を許してしまう。次の弾丸は俺自身ではなく銃に向けられ、銃身を砕かれる。

 

「はぁ、手間取らせやがって……」

「ぐっ、ああああっ」

 

ナイフを抜いた左手をブーツの踵で踏みつけられる。バキバキと骨が折れる音が身体と地面の両方から伝わってきた。同時に右腕も踏みつけられ、同じように骨が悲鳴を上げ、衝撃が傷口を広げ、紅い水たまりがじわりと広がっていく。

 

腕は両方とも使えない。右脚は抉られて力が上手く入らない。腹部の風穴からは依然として血が零れていく。

 

完璧な、詰み。死神の足音とやらがよく聞こえる。

 

「まぁまぁ、いや、かぁなり楽しめた。最ッ高のディナーだったぜ」

 

カッ、と口癖の様な独特の笑い。焦げ臭い銃口がピタリと自分の額に向けられるのを、ぼんやりと眺めるしかできなかった。

 

足掻くだけ足掻いたが、どうやらココが限界らしい。子供のわりには頑張った方だろう。仲間やフィリアには、許してもらえ無さそうだが……。

 

生きたかったなぁ。

 

「あばよ」

 

髭を生やしたリーダーが俺を見てにやりと口角をあげる。獲物をしとめたぞ、と。

 

 

 

 

 

 

その顔が、ブレた。

 

「離れ、てっ!!」

 

どうやって持ちあげたんだってぐらいデカイ丸太をリーダーの左顔面に見事命中させる。よろけさせるどころか重心を崩して尻もちをつかせた。

 

「痛ぇ……。このっ、クソガキぃぃぃいいいいいぃ!!」

「きゃっ」

 

流血している左目あたりを抑えたまま、右目でにらんでくるリーダー。銃をフィリアに向けて乱射するも、どれもがギリギリを掠めるばかりで命中することはなかった。片目で照準をつけているから狙いが微妙にズレているのか。

 

いけるのか。いや、いく。

 

「やってくれたじゃねぇか…! まさかお前にヤられるとは思ってなかった、が!」

「ッう!」

 

立ち上がってあっという間に間合いを詰めたリーダーがフィリアの髪を掴んで引き寄せる。強すぎる力に逆らえないフィリアは意趣返しの様に左の頬を殴られ、腹をつま先で蹴りあげられた。こみ上げた消化中の朝食と血餅が吐き出されていく。

 

痛みを堪えて、死力を振り絞って立ち上がる。指先がだんだんと暖かさを感じなくなってきているが、今は意識の片隅に放り投げ、手ごろな石ころをリーダーへ向かって蹴り飛ばした。当然、避けられた。

 

無事な左脚に力を込めて一足でリーダーに迫り、腿が抉れた右脚を振り抜く。それも当然避けられる。それどころかガラ空きの胴に裏拳を貰ってしまい、強制的に地に叩きつけられた。

 

フィリアから俺に矛先を変え、ゆっくりと無表情で歩み寄る。背後からフィリアがナイフを持つ腕にしがみつき、露出した腕に文字通り噛みつく。流石に痛みを感じたか、目いっぱい腕を振り抜いて振り払い、順手で握っていたナイフを緩く持ちかえ振りかぶる。

 

投擲する気だ。させまいと折れた右腕を背中を向けたリーダーへ伸ばす。どうせもう痛みなんて感じないんだから無茶も無茶じゃなくなる。指先に力を込めてシャツを握り、全体重をかけて下へと引っ張る。つられたことで姿勢を崩し、投擲されたナイフはフィリアの額へ吸い込まれることなく、森の方へと吸い込まれていった。

 

「……いい加減死ねよガキ共。流石につまんねぇ」

 

知ったことか。お前のつまるつまらないに付き合ってるつもりはねえよ。

 

醜い。自分でも思うがあまりにも醜い足掻きだ。藁にもすがるなんてレベルじゃない。俺が逆の立場だったら生き汚さに吐き気を催して唾でも吐き捨てるに違いない。

 

それでもいい。

 

「…死ねない」

「あぁ?」

「生きたいって、言ってんだ……!」

 

生きたかった。どこでもいい。逃げきって、とにかく生き続けたい。

 

その執念が、奇跡を起こした。

 

「いたぞ! 主犯格の一人だ!」

 

森の方から聞こえてきた第三者の声と、十数人はいるであろうガシャガシャという装備の金属音。迷彩服を着た男達がぞろぞろと出てきては銃を構えて迫ってくる。腕にはテロリスト達とは違う紋章。そして、国旗。

 

間違いない、敵側の連合軍兵士だ。

 

「ッチィ!」

 

不利。総判断したリーダーの動きは流石に素早かった。小銃の弾幕をかいくぐりながら、岩石と雨という悪路もすいすいと走りぬけて行った。

 

まさかの急展開に頭が追いつかない。フィリアと二人でぽかんと、消えていった方角を眺めていた。

 

‥‥‥助かった。

 

そう脳が判断したその瞬間に、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたのは暖かいベッドの上だった。肌の感触からして、全身にグルグルと包帯が巻かれ、ところによっては当て木がある様子。視線だけを動かせば、左側に点滴パックがあり、垂れ下がるチューブが丁度左腕があるあたりまで続いている。

 

身体は動かない。痛みもあるが、物理的にベッドに縛られているようだ。

 

「よう」

「……サム」

 

傍らには見慣れた黒人。包帯が所々に巻かれているが、元気そうだな。

 

「フィリアは、まだ寝てるぜ」

「……そうか」

 

フィリア、は。つまりはそういうことか。

 

「連合軍が石油施設を制圧して今日で三日目。俺達は投降兵って扱いになってる。まぁ、軍の兵を殺したりもしたからな、むしろ高待遇か。リーダーの情報を全部くれたやった結果さ」

「助かるよ」

 

サムが上手い具合に交渉を進めてくれていたお陰で生きていられたってことかな。感謝感謝。あの男はいきなり現れてはひっかきまわしてドロンと消える。セーフハウスや作戦傾向、手口なんかは喉から手が出るほど欲しい情報だっただろうさ。

 

「俺達はどうなるんだ?」

「そうだな、また後で話があるだろうが……お前等二人は養子として引き取られることになった。相手は今作戦に参加していた日本の自衛隊員。相手先の情報は一切明かされていないが、少なくともフィリアとはここでお別れになる。聞く限りはそこそこの階級らしいから、今までよりは良い暮らしが出来るんじゃないか? よかったな」

「……あぁ。お前は?」

「俺か? まだ決まってねぇよ」

「そうかよ」

 

会話はそれっきり。あとは呼び出されるまでぼうっと天井を眺めてた。

 

それからはあんまり覚えてない。いや、二人との別れは悲しかったからすこしばかり泣いたことぐらいはちゃんと覚えているとも。互いに再会の約束をして、その内黒人野郎とは祭りの境内でばったり再会するわけなんだが……。なんというかめまぐるしさもあって現実味を感じなかった。鷹村悠って名前も、しっくりこなかったしな。

 

今まで生きるって言われたら、銃を撃って、ナイフで切って、血を浴びることだった。生活がガラリと変わって、価値観も周囲に合わせざるを得なくて混乱ばっかで。あんなに生きたいと願っていたのに、いざ生き伸びてみても、そもそも普通とか常識が分からなくて、生きるって結局なんなんだよって思ってた。

 

それが変わっていくのが、おじさんに引き取られて大体一ヶ月後。本当に必要最低限の教育を受けて、長野の家に案内されたあの日。

 

『そう、私、詩乃っていうの。朝田詩乃』

 

 


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