初日の内に俺達が移動した先は《ホルンカ》という小さな村だ。町って言ってたじゃん、とかいう突っ込みを思い付きはしたものの、俺もキリトもそんな余裕は持ち合わせていなかった。
ここに来た理由を聞いてみたところ、レベル上げがしやすいことと、非買の強力な片手剣が手に入るクエストがあるらしい。ソロだと結構危ないらしいが、二人だから大丈夫というキリトの言葉を信じてクエストを受けることにした。
「悪い、俺の装備を優先させて……」
「いいってことよ、片手剣スキルは上げるつもりだったし」
「上げるつもりって……お前、これはもうただのゲームじゃないんだぞ? 無駄なスキルに割く時間もコルもないだろ」
「まだ先の話だよ。使う時が来るだろうから、持っておいて損はないさ。スキルはその時また考えなおせばいい。槍の耐久値だっていつ切れるか分からないし」
キリトがこう言ったことはよくわかる。
レベルが1の時は何もかもが低い。ステータスもそうだし、装備も弱い。合わせて、装備できるスキルとその制限が酷い。βテスターからすれば、スロットがたったの二つはあんまりだ。
手堅くいくなら、自分が装備する武器スキルと戦闘に役立つ補助スキルで埋めるべきだ。キリトを例に上げるなら《片手剣》と《索敵》だな。補助スキルは好みが分かれるだろうが、ここで《料理》や《裁縫》なんて生産系を選ぶ馬鹿はいないと思いたい。そんなものは余裕が出来てからだし、それ以前に百層攻略を目指すプレイヤーにはカケラも必要ないので、俺が習得することは無いだろう。
俺は《槍》と《俊足》を選んだ。《俊足》は移動速度、敏捷と回避にボーナスが付くという単純なスキルだが、ここから派生するものが俺にとって必須なので育てる。《俊足》も勿論重要だ。小学生が履きそうな靴の名前だけあって、いい仕事をしている。
「それより、クエストだろ? まずはアイテム整えようぜ。ポーションもだけど、防具がこれだけじゃ不安だ」
「……そうだな。よし、これ片付けたら良い槍が手に入るクエストするか!」
「そいつはありがたいな」
気を持ち直したキリトの誘導に従って村を歩く。防具屋でまずは換金。デスゲーム開始宣言前、クラインと狩ったときにドロップした毛皮などを売って、まずは防具を更新した。キリトは茶色のハーフコート、俺はモスグリーンのミリタリーコートを選んだ。色々と悩んだものの俺は完璧に趣味で選んだと言っておこう。性能は問題ない。
盾やその他は後回しだ。揃えるだけのコルが足りないし、スタイルじゃない。コンビを組んでいるといっても、たったの二人、どちらかが壁役になったところで意味は無い。まず槍を装備していたら盾は装備できないし、《俊足》を選んだ時点で重たい鎧は装備する価値がない。
余ったコルで回復と解毒ポーションを買えるだけ買った。状態異常はどんなに程度が低いものでも、ソロにとって手痛いことは既に学んでいる。命がかかっているなら尚更だ。
財布を空にしたところで、更に移動する。
「どんなクエストなんだ?」
「見てからのお楽しみってことで」
キリトの視線の先にはこの村にはどこでもある一軒家。既に日が沈んでいるので辺りは暗く、窓からこぼれる光がまぶしい。煙突から煙がもくもくと出ている。晩御飯でも作っているのかな?
ノックをして玄関を開ける。本当はそんなことをしなくてもいいが、某勇者のように勝手に入っては部屋を漁りお金やら薬草やら下着などを盗んで出て行くなどするつもりは無い。単なる気分だ。マナーって言葉もある事だし。
出迎えてくれたのは若い女性の方だった。
「こんばんは、旅の剣士さん。出せるものはありませんが、ゆっくりしていってくださいね」
巫女と魔法使いの生首を思い出して笑いそうになるのをこらえて、言われる通りゆっくりすることにした。
<ゆっくりしていってね!!
うるさい!
「んで、どうするんだよ」
「少し待つ。具体的には隣の部屋から咳が聞こえるまで」
「ふーん」
コトコトと音をたてる鍋を見ながらさっきのことを思い出していた。
「なあ、いきなり家の中に入ってごゆっくりっておかしくね?」
「んなこと俺に聞くなよ。まぁ、そういう不自然なところがあるから、クエストNPCだって見抜けたんだけどな。そう思えばよくできてるよ、SAOは」
「あえて不自然にしたってことか……」
それでも押しかけた輩二人ってことにはかわりないんだけどなー。
「ごほっごほっ……」
「……今の?」
「ああ。ほら、あっちの奥さん見ろよ」
「お、本当だ」
どことなくさっきより悲しそうな奥さんの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。さっきまではそんなものは無かったのに、咳き込む声が聞こえてから急に現れた。なるほど、確かに咳が聞こえるまで待つ必要があったわけだ。
「何かお困りですか?」
すばやくキリトが問いかけた。これでようやくクエストを受ける事ができる。
話の内容はこうだ。子供が病気にかかってしまったので薬を飲ませてみるも少しも効いた様子は見られなかった。様々な薬を試しても効果は無く、残された方法は西の森で出現する植物系モンスターを倒して手に入れられるアイテムしかないらしい。しかも、花を咲かせた個体でなければそれは手に入らないとか。
最後まで話を聞いた俺達は依頼を受ける旨を伝えて家を出た。
「西か……」
「そういえば、アインはこのクエスト知らなかったのか?」
「この村は迷宮区とはちょっと方角が違うだろ? 俺はこっちに来なかった」
「なるほど」
「βテストって意外と期間が短かっただろ? 寄り道しようにもできなかったんだ」
「俺が寄り道しまくってるからこんなクエスト知ってるって言いたいのかよ?」
「いいじゃねえか。おかげでこうして良い武器手に入れられるんだから」
移動の最中は驚くことに敵とエンカウントすることは無く、こうして無駄話をすることが出来た。デスゲームが始まってからまだ一日も経っていないというのに、こうして馬鹿言えるのは互いに話相手がいるからだろう。キリトもクラインもいなければきっと今頃ピリピリしながら狩りまくっているに違いない。
特に名称のない森に入ってからは口数を減らし、歩きながら耳を澄ませる。二人分の足音の他に、風が揺らす木のざわめき、森の奥から聞こえる猛獣達の雄叫び、何本か先の木でゆらゆらと動くモンスター達。現実世界のように危険な野生動物は存在しないので、毒蛇や毒蜘蛛に気を配る必要は無い。少しでもそれっぽい見た目をしていたらそれは即モンスターと断言できる。もっと言えば夜中なのでモンスター以外がうろつく事は殆どない。
道と言える者は存在しないので背の高い草をかき分け、木に隠れながら目的のモンスターを探す。見たことは無いが、キリト曰く「俺達よりはデカイ唇つきの植物」らしい。色々と種類がいるらしいが、とりあえずそれらしき奴を見つけたらキリトに言えば分かるだろう。
先を歩くキリトが急に足を止めた。
「見つけたか?」
「ああ、アレだ」
指差す先には確かにデカイ植物。触手やら根っこやらをうねうねと動かしている。不気味な歯がならんだ唇からは時折よだれを垂らしながらゆったりと動いていた。
「……なんか、キモイ」
「肉食だからな。それに昆虫系よりマシだろ」
「まぁな。ああいうのが肉食系なら俺は一生草食系でいいや」
「俺も」
馬鹿なことを小さい声で言いあいつつも目はあのモンスター《リトルネペント》から離さない。形を覚えようとじーっと睨んだ途中であることに気が付いた。
クエスト内容では“花が付いた”植物系モンスターだったはず。だが、目の前の《リトルネペント》にははっきりと分かるような場所には花が咲いてなかった。
「なあ、花が付いたやつじゃないぞ」
「ああ。ネペントは三種類あって、目の前の普通の奴、目的の花つき、そして厄介な実つきがいるんだ。だからアイツはハズレ」
「ハズレがいるのかよ。結構めんどくさそうだ。倒していい?」
「勿論。倒せば花つきの出現率が上がるし、パターンを覚えられる。何よりレベルも上げられる。見つけた端から狩りまくるぞ」
「OK!」
お許しを頂いた俺は槍を構えて直槍ソードスキル《スパーク》を発動させた。開いた距離を大きな踏み込みからの突進で詰めて、渾身の一突きを放つ単発技だ。命中させれば相手をスタンさせる妨害効果付き。序盤から相手をスタンさせられる唯一のソードスキル。槍の魅力である“リーチ”と“状態変化”を含んだ扱いやすいソードスキルとなっている。《俊足》も合わさって奇襲にはもってこいだ。
視覚を持たないタイプのモンスターは基本的に奇襲、背後からの攻撃は通用しないのが常識だ。定かではないが、その分他の感覚が鋭くなっているから、らしい。ただし、それは気付かれるだけであって、急に攻撃を仕掛けてくるわけではない。
ネペントが振り向いて目があった瞬間、《スパーク》が轟音を上げて胴体に命中。振りあげようとした触手は振り下ろされることなく、ネペントは吹き飛ばされて木に叩きつけられた。
吹き飛ばしによる衝撃と《スパーク》のスタン効果によって、想像していたよりも長い間、ネペントは硬直を余儀なくされる。それだけあれば十分だ。俺の真横を通り過ぎて行った茶色の影――キリトは剣を構え、ジャンプした。刀身には水色の光が集まっている。綺麗な軌跡を描きながら、《バーチカル》は直撃し、ガクンとゲージを削った。
「スイッチ! 身体の細い部分が弱点だ!」
「おう!」
サイドステップで側面に回り込んだキリトのアドバイスを頭に入れてもう一度《スパーク》。弱点部分の茎に見事命中させたこともあって更にHPバーは減少。反撃しようと動き始めたネペントはもう一度スタンした。ここまですると可哀想に見えなくもないが、手心を加えるつもりは無い。
「スイッチ!」
バックステップで道を開け、キリトはソードスキルで答えた。水平単発技《ホリゾンタル》は茎部分に命中し、奥深くまで切り裂いて両断した。ネペントは俺達に1ダメージも与えることなくポリゴンに変わって四散した。
色々と限定された条件の中でしか成立しないシステム外スキル《スイッチ》、更にそれを連続して行う《連続スイッチ》。久しぶりに決まったので爽快感がある。
ドロップ品と経験値、コルを素早く確認してウインドウを閉じる。次を探そうとキリトへ歩み寄った。
「次はどっちに行く?」
「奥まで行きすぎると別の奴が出てくるし、ギリギリまで潜ったら今度は帰りが大変だしなぁ……このあたりをウロウロするか」
「わーった」
クルクルと片手で槍を回転させ、背中の留め具に固定して歩みを再開した。こういうレアモンスター(?)探索は苦手なんだよなぁ……。
「お」
「あ」
そろそろ十五体目になるだろうか。途中で実つきのネペントにエンカウントするも何事も無く倒す事に成功し、未だに花つきは現れなかった。
飽きが出てくるがこれもまたゲームである為仕方がないことだと割り切って、ひたすら突いて切ってしていると二重でファンファーレが鳴った。これが鳴るのは知っている限りSAOでは三種類。フロアボスを倒した時、クエストクリアの時、そしてレベルアップの時だ。
SAOが始まってから俺とキリトはずっと一緒にパーティを組んで戦ってきたので、同じ分の経験値が与えられていた。プレイヤーごとにレベルアップに必要な経験値がばらつくことは無いので、同時にレベルアップするのは当然だ。ソロに比べてペースが遅いのは仕方がない。
「まずはレベル2おめでとう。俺」
「そこはお互いにたたえ合うんじゃないのか?」
「おめでとう、キリト」
「ついでって感じがすげぇけどありがとう」
いつもならハイタッチなんだが、ここでやるとモンスターがわらわらと寄ってくるだろうから握手にしておく。
早速ステータスウインドウを開いて与えられたポイントを割り振る。といっても筋力値と敏捷値しか存在しない。魔法が無いから知力や魔法攻撃・魔法防御も無いし、体力と防御力は自動的に上がる(更に上げるなら筋力でプラス補正がかかる)。自分で剣を振り回すわけだから技量のようなクリティカルの確立を上げるステータスも無い。ビルドに悩む必要がない代わり、無限大に近いスキルで頭を悩ませるわけだ。
とりあえず速度が欲しい俺は与えられた3ポイントの内、2ポイントを敏捷値に振って、残りの1ポイントを筋力値に振った。
少しだけ槍が軽くなったような気持ちを感じつつ、ウインドウを閉じた時、俺とキリトの背後からパンパンと乾いた音が響いた。
「「!?」」
たまらず驚いて大きく距離をとる。キリトは剣の柄に手をかけ、俺は槍を抜いて構えた。
「わわ、待った待った! プレイヤーだよ!」
突如現れた男は確かにプレイヤーだった。グリーンのカーソルがそれを証明している。隠れるつもりはないようで、それどころか済まなさそうな感じで出てきたプレイヤーは茶髪の片手剣使い。左手にはキリトが装備しなかった
木立と茂みから両手を上げながら出てきたそいつの顔が月明かりではっきりと写された。メガネがあれば完璧なインテリ系の爽やかな奴だ。
「ゴメン、驚かせるつもりは無かったんだ」
「いや、こっちも大げさすぎた。悪い」
槍を背負って現れたプレイヤーへ歩み寄る。
「アイン……」
「見極める。お前は警戒を解くな」
小声でキリトに警戒を促すと同時に、俺の考えを悟らせる。
ただし俺は目の前のコイツを信用したつもりは全くない。こんな世界になってしまったのにと思うだろうが、逆だ。こうなってしまったからこそ、危ない考えを持つ人間が生まれる事は珍しくない。そんな奴らを嫌と言うほどこの目で見てきた。
他者を蹴落とし、リソースを奪って、誰よりも強くありたい、先へ、先へと。自身の分身であるアバターを育てるMMORPGの本質はこのSAOではデスゲームという枷によって浮き彫りにされた。いつか犯罪行為に手を染める奴もでるんだろうな……。
「えーっと、レベルアップおめでとう」
「ありがとう。ここに居るって事はβテスターで間違いないよな?」
「君たちも? あ、向こうの人は片手剣使いか。納得」
「納得?」
「このクエストで手に入る《アニールブレード》は結構強くてね、3層ぐらいまでなら使い続けられるんだ。1層のフロアボス戦には欠かせないよ」
「なーるほどね。てことはアンタもそのアニールブレード目指してここまで来たってわけだ」
「そういうこと」
話をしていく中で、目の前のプレイヤーに対する評価をつけて行く。ふむふむ、βテスターか。もしかしたら知ってる奴かもしれないな……。
「俺はアインだ。分かってるだろうけど、βテスターだ」
「よろしく……って、ええ!?」
「うお! ど、どうした?」
「僕だよ、僕! コペル!」
「………おお! お前だったのか!」
SAOではβテスト時とは大きく違う仕様が一つ、茅場晶彦のドッキリイタズラでアバターの容姿が現実そっくりだってことだ。おかげで誰が誰かわからない。今日から始めた奴なら問題ないが、βテストでの知り合いとは、名前を言わなければ出会えないのは正直つらい。キリトはわからないが、少なくとも俺にはそれなりの数の知り合いがいた。
目の前の片手剣使い《コペル》もその内の一人。黒ぶち眼鏡がよく似合うインテリアバターだったと記憶しているが……なるほど、大した差を感じない。そう言われればなんとなくコペルっぽい。
「えーっと、知り合いか?」
空気となりかけていたキリトの言葉を聞いて存在を思い出した俺は、お互いに自己紹介をさせた。同じ片手剣使いだ、何か通じるところだってあるだろう。一口に“同じ”と言っても、キリトは要求値バリバリの重たい剣をぶんぶん振り回し、コペルは
「ああ、βテストで知り合ったんだ。こっちはコペル。んで、あっちがキリト」
「えっと、よろしくキリト……君」
「君はいいよ。よろしくコペル」
ぎこちない挨拶だが、しばらくすれば普通に接することが出来ると思う。二人とも、特にキリトは人付き合い苦手みたいだから時間はかかるだろうけど。
コペルが言った通り、俺達が挑戦しているクエストは片手剣……アニールブレードを獲得するためだ。キリトにとってはしばらく世話になるであろう武器だし、俺にとっては槍に変わる予備の武器だ。コペルだってキリト同様にそのつもりでこのクエストを受けたはず。ここは是非とも手伝ってほしい。
クラインのことを引きずっている所悪いが、ここはキリトに協力してもらうように言ってもらおう。俺から言えば問題なくパーティを組めるかもしれないが、コペルとキリトがよそよそしいままでは困る。
「じゃあキリト、お願いがあるんだ」
「え?」
「聞いてた通り、僕もアニールブレードを狙ってこのクエストを受けてる。だったら三人で協力しないかい? ノーマルのネペントも狩りやすくなるし、実つきが出ても楽に対処できる。どうかな?」
「………そうだな。俺は賛成だ。アインはどうだ?」
「いいぜ。さっさと三人分集めて戻ろう、いい加減腹減った」
「だな」
どう切り出そうか困ったものの、コペルが何も言わずに切りだしてくれた。単に効率のいい選択をしただけかもしれないが、ここでキリトに声をかけてくれたのは助かった。少なくとも、キリトの警戒心は薄まった。
片手剣使い二人を前衛にして、俺が少し後ろについてバックアップ兼殿を務める形で森の探索を進める事にした。
このペースならなんとか早く終わりそうだ。と、思っていたがまた何か起きそうな気がする俺であった。