双槍銃士   作:トマトしるこ

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過去編。そんなに長くは無いですが、数話続きます


phase- 中東戦線

今日もまたいつも通り、だ。

 

鼻の奥を突くような腐った肉、むせかえる様な鉄、そして硝煙のにおいを深く吸い込んでは吐く。これ以外の空気なんて吸ったこともないが、これが非日常なことだけは最低限理解している。

 

「終わったか?」

「……ああ」

 

今日はサムと二人一組での索敵だったっけ。

 

「ここいらは大分片付いたな」

「うん」

「情報は?」

「三日後、連合軍が総攻撃を仕掛けるらしい」

「マジか……そろそろ潮時だな。引き上げるようにリーダーに言っとくか」

 

お互いに血と脂がべっとりついたナイフを拭う。布はそこいらに転がっている連中から拝借したものだ。その数およそ二十を超える。

 

ホルスターにナイフを収め、これまた銃を数丁頂いて肩に掛け、最後に持ってきたライフルをしかりと握る。こちとら今回はテロリスト側に雇われている身、弾薬や銃の補給は望み薄なのでこういう時に確保しておくのがすっかり癖になった。サムは弾薬に加えて携帯食糧や水なんかもザックに詰め込んでいる。

 

「行くか」

「ん」

 

目線でサムの言葉に答え、死体の山を二人で歩いて帰って行く。

 

なんてことはない、これが日常だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某年某月某日。中東某国にて、とあるテロリストが蜂起した。彼らは政府が不正を働いていると声をあげ、正しくあるべき姿――彼らの場合は国民への還元――をとるべきだと主張した。某国の財政を支えていた石油施設を抑えることで打撃を与え、要求を呑ませることが目的だ。

 

彼らは石油関係の採掘施設等を占拠し、拠点とすることで抵抗した。政府は当然軍を編成し鎮圧を図るが、施設を盾にされることで行動を大きく制限され、一ヶ月経過した時点で包囲網を形成するも、何も進展が無かった。

 

性質が悪いのが、某国は石油生産量と輸出量が世界的にトップを誇っていたところにある。それが何を意味するかと言うと……全世界が打撃を受けるということだ。価格高騰がもたらした経済打撃は生易しいものではなかったってことさ。

 

一刻も早い解決を望む諸国は、某国政府軍へ増援と物資の支援を送ることを決定した。これには日本も少なからず関わることに。

 

連合軍が編成されてから既に二週間。次々と人もモノも増えていく連合軍に対して、消費するばかりで補充のきかないテロリスト。勝敗は明らかと言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり!」

「ただいま」

 

サムとザックを背負って帰ってきた俺を出迎えたのは、同じチームの妹分だった。まだ幼いが光るものはあると別のメンバーが気に入って連れてきたんだっけ。今は勉強しつつ訓練し、家事を任せている。

 

「ギン兄、今日の料理は自信あるよ」

「食えればいい」

「そう言ってやるなよ」

 

俺もなかなかの子供だが、こいつはその俺よりも年下だ。女の子でもそれらしく料理が出来ない。ダークマター、バイオテロとえげつないシロモノを最初は作っていたがココ最近はまともに食べられる様になってきた。が、あまり期待はせずに食えればいいと思っている。

 

えへへと笑いながらついてくる少女を見る。

 

フィリア。橙色のショートカットに碧い瞳。やや外ハネの髪が、コイツの活発な様をよく表していた。俺がリーダーに拾われた後にクララが作戦帰りに連れてきたのが一年前。クララもそうだけど、歳が近い俺によく付いてくる様になり、気づけば妹のように横とか後ろとか、とにかくくっついて回るようになった。最初こそ少し疎ましかったが、今ではそれが心地よい。

 

「サムの言う通りだぞ」

「…クララ」

 

歩いている最中に脇の部屋から声が聞こえてきた。フィリアを拾って来るまではチームの紅一点だったクララが。しかも、石造りの棚を使って懸垂をしながらである。腕といい背中といいそこらの男性軍人よりも筋肉がヤバイ。ついでに中身も男より漢。

 

一息ついて懸垂をやめたクララはタオルで汗を拭きながら合流してきた。ストロー付きのタンブラーを咥えながら口を動かす。

 

「最近の飯はちゃんとうまいだろうが」

「それは…クララが当番だし」

「実は毎日フィリアに作らせてたと言ったら?」

「へぇ」

 

それは気づかなかった。味付けなんて人それぞれだけど、クララに教わっていたのなら味付けも当然似るからかな。

 

にかーっ、としてやったり顔を浮かべたフィリアがすすっと頭を差し出した。これはうん、負けだ。

 

「一本あり、ってお前の国では言うらしいぜ」

「知ってる」

 

凹んだ水筒のキャップを口で外して煽るように飲む。

 

「うぇぇっ! げほっ!」

「うおおきたねぇ! 何してん……はぁあん?」

「おぇ」

 

口に含んだ瞬間に広がる苦味、舌先が触れるだけで顔から指先までかあっと熱くなる感覚、頭の中がぐるぐるする浮遊感。

 

中身は酒だった。敵から奪った水筒だが、確かに帰るときに一口飲んだときは水だったはずなのに。つーか普通の酒なら俺はこんなにならないんだが……なんて度数飲んでやがる。

 

「大丈夫?」

「も、問題ないうぉえええぇ」

「あ、悪ぃ。俺のだソレ」

「は?」

「帰るときに重いからつって渡したろ? よく見りゃ似てるもんな」

「てめ…後でおぼおおぉぉうぇ」

 

鉄の意志を持って吐き気を押し殺す。外なら気にもとめないが、生憎ここは俺達の生活圏内。衛生的に良くない掃除も面倒だし、消毒液が無駄になる。吐くなら袋だ、袋をくれ。

 

「フィリア、水と酔い止めをキテツから貰ってきな。こいつは部屋に運んどくから」

「う、うん!」

 

いや、だから―――

 

「【自主規制】」

「ぎゃーーーーーーーーー!! ギンのやつ俺のポケットに【自主規制】を【自主規制】しやがった!!!」

「あーー、袋持ってくりゃ良かったね」

 

あははと笑いながら頭をぽりぽりと掻くクララのポケットにしっかりと袋があったことを見ながら、本日二度目のビックウェーブを巻き起こした。

 

「ぎぇえああああああああ!!」

 

サムの悲鳴が夕方の地下に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、なんだこいつは」

「あー、サムの酒を水と間違えて飲んだみたいだよ」

「ったくよぉ、鍛え方が足んねぇんだよ」

「そう言ってやるな、まだ子供だ」

 

夕食。俺はフィリアの膝枕でぐったりと横になっていた。酔いは収まってきたがまだ頭が痛い。揺さぶられるような、響くような頭痛はまさしく酔いだった。

 

「なんのために酒飲ませてると思ってんだ」

 

リーダーの言及にグウの音も出ない。酒…もといアルコールが恐ろしいものだからだ。それは身をもって体験したし、サムとキテツの体験談には背筋が凍る思いがしたことも新しい。

 

俺たち傭兵は金で動く何でも屋さんだ、まぁ、依頼は決まって血なまぐさいが。とにかく、契約が成立すればどこにだって飛んでいくのが俺達。ジャングルも砂漠も火山も孤島も雪山も船の上も空も、地球上の全てが仕事場だ。いつ死ぬか分からない事もそうだが、いつ食えなくなるかもわからない。

買い込んだ食料が底をついたこともある、一滴の水も飲めない時だってあった。

食料はまだいい、何かしらの生き物や植物があればどうにかなる。正しい知識さえあれば。

だが水はそうもいかない。放っておけば腐るし、そのあたりの川の水が飲めるかどうかなんて分かりゃしないのだ。当たれば最後だ。サムは三度死にかけたと言っていた。

その点で言えば酒はまだ信用できる。酒を水がわりに飲めるようになればいいとは奴の言葉だ。これにはリーダーも賛成した。

 

そしてもう一つ。避けては通れないのが酔い。

酔った勢いで押し倒される女性がいれば、酔った勢いで何をしでかすか分からない男がいる。酒には飲んでも呑まれるな、ってことらしい。

 

しっかりと(?)飲まされているが、サムのは飛び切りのヤツだったってことで。

 

「あー、リーダー。話がある」

「あ?」

「今日の仕事中に掴んだ情報だ。三日後に総攻撃らしいぜ、俺とギンはここいらが潮時だと思ってる」

「あー……」

 

フォークで刺したチキンを豪快に喰らいながら、リーダーは少し悩んだ。

 

今回の仕事、前金で結構な額を貰っているらしいが、そんなのはいつものことだ。依頼を完了して初めて報酬と言えるだけの金が懐に入る。前金は仕事中に大概が消えてしまう。言ってしまえば時間と金の無駄になるので、俺達としてはあまりいい選択とは言えないのだ。

ただ、引き際を見誤ると、死ぬ。

 

なんとも言えないバランスを考慮して行動しなければならない。

 

俺としてはこういう依頼は嫌いだ。面倒くさいのもあるが、自分ではどうしようもないところで話が決まってしまう。

 

「そっちの方向で考えとく、準備だけはしとけ」

「OK」

 

まぁ、そうなるわな。

 

その後はすぐにお開きとなった。俺はと言うと、少しずつ夕食を腹に入れて、痛む頭を抑えながら準備だけはなんとか終えた。最低限の食料と水、武器と弾薬、野営道具。これもまた、いつも通り。

もう少しだけ準備を入念にしたいところだが、コンディションが最悪すぎて何も出来そうにない、あの黒人ハゲめ。

続きは早起きしてやる事に決め、水をたっぷり飲んでボロボロのベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

酒が入ると、実は眠りが浅くなる。寝る前に飲む人もいるらしいが、俺の感性からするとありえない部類だな。あの眠らされる感じは嫌いだ。

 

アルコールは大分抜けたらしく、頭はスッキリしている。が、眠るには少し邪魔だ。

 

「よっ…と」

 

念のため自動拳銃と愛用のナイフをもって、散歩に出た。

 

俺達が使っていたのが石油施設従業員の宿舎一角。テロリスト共に紛れて生活している。洞窟掘ってスペースを確保しているのがほとんどだが、リーダーのおかげでいい場所を借りることが出来たらしい。ウチは女もいることだし、そこいらに比べれば安全だろうというらしくない配慮だ。

 

途中、巡回する奴らのライトに照らされながら敷地内をぐるりと半周。壁に突き当たって左へ曲がる。

 

タンクや建築物の影を踏んだところで、それは起きた。

 

「よぉ」

「おう」

 

こちらに背を向けている男が、その男へ向かって歩いてくる男に手を挙げて軽い挨拶をした。近づいてくる男は同じように手を挙げて返事する。

 

「リーダーと……日本の自衛隊?」

 

背を向ける男はリーダーだ。タンクトップから見えるタトゥーと古傷からして間違いない。向かってくる男は二の腕に日の丸国旗を縫い付けた迷彩服を着込み、深くキャップをかぶっていた。顔は見えないが、服と日本語からして間違いないだろう。

 

テロリスト側に日本人はいない。装備なんてもってのほかだ。お国柄自衛隊は絶対に前線に出てくることは無いのだから、奪うことも出来ないし、わざわざ用意する意味もないはず。

 

相手は自分から最前線の敵基地深くまで潜り込んだという事になる。

 

だが、リーダーは武器を構えるどころか歓迎している、なんでだ?

 

「仕事はどうだ?」

「ぼちぼちってとこだな。稼ぎは悪くねぇが――」

「乾きは癒してくれない、と。だがそこまでにしておけよ。三日後には総攻撃が始まる」

「ああ、知ってる」

「ほぉ?」

「ウチのガキが掴んできた」

「それは中々。明日には引き上げか?」

「そのつもりだ」

 

スパイ、なのか?

 

「ところで、仕上がりはどうだ?」

「良い感じだぜ、収穫時だな」

「だったら明日がいいだろう」

 

収穫って、なんだ? 野菜とか育ててないよな? 家畜もいないし。

 

「何人だったかな……」

「ガキが二人、黒人一人に女と男が一人ずつ」

「二人?」

「女が拾ってきたンだよ、メンドクセェ」

「なんだ鍛えてやらないのか」

「ありゃあダメだ、光るもんはあるがそこそこしか伸び代がねぇ」

 

ガキが二人、黒人一人に女と男が一人ずつ。

俺とフィリア、サム、クララとキテツの事を言ってるのか? 偶然にしてはぴったりだし、クララが勝手にフィリアを拾ってきた事も事実だ。リーダーはフィリアに仕込んだりしないこともそうだ。

 

「狙いは?」

「男のガキンチョと、黒人だな。あいつらコンビも良いがソロが特にイイんだよ。食い甲斐がある」

「お前に目をつけられるとは……災難だな」

 

………もしかして、収穫って、俺達か? 食うってのも?

 

「まったく呆れるぞ、殺しに生きがいを見出すのは結構だが、歯応えがないからと自分で育てるなんて」

「そっちがはえぇだろうが。それに、自分の癖を知ってる奴との殺し合い、下手すりゃ自分がやられるかもしれないスリルが堪んねぇだろ?」

「同意を求めるんじゃない」

 

自分で拾って鍛える。自分が殺すために、殺されるかもしれないスリルを味わうために。

 

じゃあ、親なしの俺を拾ったのも、生き方を教えてくれたのも、読み書き算数も言葉も全部全部全部……。

 

自分で殺すため、なのか?

 

リーダー。あんたは口が悪いしマナーもへったくれもない、女がいてもお構い無しのクソ野郎だ。でも皆あんたの事を何だかんだで信じてる。頼りになるリーダーなんだよ。

 

なのに……!

 

(知らせないと)

 

今までは死んでもいいと思っていた。たとえ死んでも何かを成せば、それがリーダーや皆への恩返しになると思っていた。

 

それがどうだ、俺の気持ちも皆の信頼も、預けるような人間じゃなかった。俺以上のロクデナシじゃないか。

 

死にたくない。そんなことで死にたくない。嫌だ。

 

音を立てないように、慎重に足を動かしてその場を離れた。

 

今動いてはダメだ。いつ戻ってこられるか分からないし、起こして準備してなんて余裕はない。逃げるなら、明日の戦闘中にドサクサに紛れてだ。

 

グッと強く拳を握って、その場を後にした。




誤字報告を上げていただいた方々、ありがとうございました。
20170223

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