双槍銃士   作:トマトしるこ

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お久しぶりです。


phase 25 浮遊城温泉同好会4

 待つこと約三十分程。部屋が揺れた。正確にはこの部屋の天井のとある一部が、だが。

 

「アインがやってくれたんだな」

 

 相変わらず仕事の早い奴だ。探すのに時間がかかると思っていたんだが……。

 

 メールを送って階段が現れた事を連絡し、上の階へと足を進める。

 

「キリト」

「どうしたシノン?」

「どう此処を攻略するつもり?」

「そうだなぁ……」

 

 俺達の目的は、この旅館を助けることだ。

 

 助けるということはつまり、旅館で働いていた人達を解放して、居座り続ける賊を追い出すこと。どちらか片方ではなく、両方を達成しないことには成功とは言えない。

 

 依頼されたクエストじゃないが、この手のやつは別にRPGでは珍しくはない。二つのチームに別れて同時進行するか、一つずつ目標をクリアするか、だ。

 

 適当なゲームなら二手に別れるんだが、生憎と命懸けのSAOで命の安全が保証されない別行動は死亡フラグしか立たない。それどころか、場所によっては一チームで行動しても全滅する可能性がある。

 

「一つずつ、確実にフロアを攻略しようと思う。安全だし、確実だ」

「そうね……」

 

 そんなことはわかっている、と言いたげなシノンの視線が痛い。

 

 俺が「思う」と言葉を少し濁したのは理由がある。

 

 別行動を諦められないのは、この旅館の大きさと先行したアインの存在があるからだ。

 

 まず、この旅館だが………めちゃくちゃ広い。各層に幾つかのダンジョンが点在するが、そこらと比較しても広い。一階層が広いことに加えて、それが約十もあるのだ。しかも目的が目的なので、隅々まで見て回る必要があり見逃すこともできない。全部探索するとなればかなりの時間がかかる。正直二手どころか単独で回りたい気分だ。

 

 そして、先行したアインは一人だ。ゲームという枠組みを超えた力を持っていることを理解はしてるけど、それは必ず生きて帰れることを証明するものにはならない。一人だけでも連れて行ってくれればあまり考えなくても良かったんだけどな……。

 

 む、よし。

 

「アインには下に降りてきてもらおう。そんでもって合流する」

「別れるの?」

「それはその時に考えよう。そもそもアインが上の階に一人で行ったのは上の階へ上がれるようにするためだったんだ。目的は達成してるんだから、そのまま危険な一人旅をする必要もないだろ」

「……そうね」

 

 多分、シノンとしては早くアインとあって無事なことを確かめたいんだろう。その為なら、最悪一人で上の階まで駆け上がることも平気でやりそうだ。それをやられると今度はシノンまで危険になるし、後でアインからこってり絞られるので何としても避けたかったってわけさ。中々の妥協案だろ?

 

「シノンはメールをアインに打ってくれ。フレンド機能使って合流してくれってさ。それが終わったら、この四階から上に上がって行こう」

「分かったわ」

 

 シノンが右手を縦に振ってメニューウインドウを開く。横目で確認しながら、俺はどう階を攻略していくかを考えていた。

 

 圧倒的に広いと言っても、所詮は旅館でしかない。トラップの存在は怪しい所だが、通常のダンジョンのように入り組んでいたりはしていないだろう。等間隔に部屋があり、規則的な構造をしているはずだ。ただし、手間がかかる。

 

 幸いなことに、マッピングは出来るようだし、苦労するのは四階だけで済みそうだ。

 

「……みんな。メニューを開いて」

 

 ただし――

 

「どうしたんだ?」

「いいから」

「わかったよ……」

「あっ」

「うそ……!」

「……シノン、これは」

「ええ。私たち、結構厄介なことに首を突っ込んだみたいよ。ユウのマーカーがオレンジになってる」

「攻撃せざるを得ないプレイヤーが、いるってことか」

 

 ――別の問題は、楽に済まなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 反射的に動いた右手が、背中の槍じゃなくて腰のナイフを引き抜いて攻撃を防いでいた。

 

 眼前に迫る黒い外套にフードを目深に被った、タトゥーの走る左頬。俺の首を狩ろうと振るわれたのは、肉厚で無骨な包丁。恐らくは短剣に分類されるであろうその武器のリーチは片手剣に近い。

 

 俺に気づかせない気配の消し方と、素早い踏み込みに重い一撃、そして再び距離を取る勘の良さ。

 

 ゲームのステータスは高く、纏う雰囲気はゲームだけで培えるものでは無い。

 

 血の臭いだ。こいつは、猛烈に臭ぇ。

 

「随分な挨拶じゃねえか、フード野郎」

「あぁ? Coolの間違いだろう?」

「そう例えるならRockと言うね、俺は」

 

 拔いたナイフを腰のホルダーに納めて腕を組む。

 

「で、何のようだ? 殺し屋」

「それはこっちのセリフだぜ、殺人犯。ウチのメンバー殺りやがった上に、土足で上がり込んでんだからよ」

「こりゃ失敬」

 

 ………土足で上がり込んだ、ね。一番にこの層に上がってきて、フィールドもかなり練り歩いてここにたどり着いたんだが、まさか先客がいたとは。

 

「なら直ぐに去ることにする、じゃあな」

 

 こんな奴がゴロゴロいるんじゃあやってられるか。助けてやりたい気持ちはあるけど、流石に無理だ。早く離れるべきだし、レッドに相当するプレイヤーがいると軍の連中にでも情報を売っちまおう。

 

 手をひらひらと振りながら横をすり抜ける。横目でフードの中身を拝見しようとしてみたが、かなり深く被っていて見えなかった。

 

 だが、首筋に見慣れたマークが見えた。

 

 棺桶の蓋を少しずらして、中身が笑いながら腕を放り出している、不気味でありこのゲームに於いて不吉の象徴。

 

 笑う棺桶のタトゥー。

 

 それに、これだけの力を持っているってことは……幹部かそれ以上のプレイヤーだ。

 

 ………いや、もしかしたら。

 

「二度と会わないことを祈ってるぜ」

「奇遇だな、俺も会いたかねぇ」

 

 ひゅっ、と風を切る音が真横から。

 

 今度はわかりきっていたので、槍を抜いて払う。

 

「殺すわ」

 

 フード野郎は腰を落として走り出す体勢を作った。肉厚包丁をぶらりと下げ、しかし握る力は弱めることなく、確実に俺の命を叩き斬ってくる。

 

 かろうじて見える口元が、愉悦に歪む様を見て確信した。

 

 ……こいつは、楽しんでやがる。

 

 これが普通のゲームなら気にする必要もなかっただろう。プレイスタイルに一々突っ込んでいちゃキリがないし、目に余る様なら多くのプレイヤーが不満を募らせて、運営が対処して終わる。

 

 が、SAOは仮想の現実だ。負ければ人としての死を迎える。だから武器を取って戦う。ここには法律なんてない、警察のような連中もおらず、そもそも国家ではない。所詮、寄せ集めの人間達が必死に生きようとしているだけだ。

 

 そんな世界の中で、こいつは心底こいつなりにこのゲームを楽しんでいる。気ままに狩り、レベルを上げ、モンスターやライバルプレイヤーと戦いあい、命を懸けて殺し合う。

 

 それも一つのプレイスタイルだろう。否定はできない。

 

 いや、プレイスタイルというかなんというか……もはや生き方だ。きっと殺し合いにずっと身を置いてきたんだろう。今の平和な日本は喧嘩するだけでお縄につくんだ、ストレスがあったのかもしれないな。

 

「そいつは勘弁だな。こりゃもう殺すしかねえわな、うん」

 

 しかし、止めなければならない。そして俺もストレスは感じていたぜ。

 

 プレイヤーを殺していくコイツは、見方を変えればモンスターの仲間だ。敵だ。

 

 だったらやることは一つしかないだろ?

 

 自分を納得させるように言葉を反芻して、握った槍を突き出す。

 

「シッ!」

「シャアァ!!」

 

 肉厚包丁で払われ、突進した勢いで肉薄する。

 

 上から振りかかった包丁の一撃を、槍の払いで弾いて石突で喉元を突いた。フード野郎は膝を曲げて回避、かろうじて首を掠めたおかげで体勢をずらせたので、もう一度払うことで敵を遠ざけ、距離を取る。

 

 大きく飛びのいたフード野郎へ追い打ちをかけるように、投擲スキルを使って投擲用ナイフを投げつけた。まるでそう来るかと分かっていたように、顔も上げずに肉厚包丁を一閃してナイフを叩き落とす。かなりの力を持っているようで、ナイフはたったの一撃で砕けてしまった。

 

 軽いフットワーク、人間離れした力と、獣のような直感に、死線をいくつも乗り越えてきた経験。それらをすべて兼ね備えた、SAOトッププレイヤーであり殺人者。か。

 

 楽に片づけられる相手ではないと再認識して、頭のスイッチを切り替えた。

 

 ガチン。

 

 ……よし、やるか。

 

「さぁて……」

「~~~♪ やりゃあ出来んじゃねえかよ」

 

 ムカつく口笛だな。いいさ、今すぐその口を削ぎ落して喉をかっ裂いてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ユウにメールを送信してからおよそ十五分ほど。四階の探索を終えた私たちは、途中で見つけた五階へ上がる階段へと戻っている所だった。

 

 かなりこの旅館は広かったけど、探索にはそこまでの時間を要しなかった。よーく考えてみると、旅館が広いのはいくつもの部屋を抱えているからであって、廊下はそこまで長くはない。一部屋一部屋を開けて回るのは面倒だったけれど、敵も出ず楽に一週出来ると思えば全然マシだ。

 

 返信が無いことを確認してから階段に脚をかけて五階へ。やはりというか、四階と同じような間取り。ここ数階は宿泊用の部屋が集まっているみたいね。

 

「なあ、アインからの連絡は来ないのか?」

「無いわ」

「なんでかしら……四階へ上がる階段はもう下ろしたんだから、連絡ぐらい寄越してくれたっていいじゃない」

「アスナ。ユウは送らないんじゃなくて、送れないのよ」

「オレンジになったのは分かってるけど、アイン程のプレイヤーならとっくに相手を負かしてそうだよね」

「うんうん。この間のデュエル大会も、結局はキリト君とアイン君の決勝戦になったし」

 

 あぁ、それはそうかも。

 

 一層の頃から頭角を現していたユウとキリト、アスナのチームはとにかく知名度が高かった。レイドを率いたプレイヤーに変わって、一層のボスを仕留めたそうだ。加えてビーターという言葉が生まれた原因、元祖ビーターとでも言えばいいのか……良い意味でも悪い意味でも目立ってきた。私とフィリアという仲間も加わり、ギルド結成の際は新聞の一面を飾ったこともあるし、ユウとの結婚イベントをクリアしたこともあり、私達を知らないプレイヤーなんていないと言っても過言じゃない。

 

 知名度もあるし、それを裏付けるだけの実力も備えている。驕りがあるわけでもないし、威張ったことも無いけれど、囁かれることも道を譲られることも少なくない。それが今のアインクラッドでの私達だ。逃げられることもしばしば。

 

 そんなユウが、オレンジにならなければならない相手がいる。もしくはそういう状況になってしまった。

 

 つまり、ボスと同等かそれ以上に危険に違いないのだ。ここは。

 

「そう思いたいのはわかるけど、偶然でそんなことあると思う?」

「そうだなぁ……一緒にバカやるけど、結構しっかりしてるよな。シノンの言うとおり、うっかり槍の穂先で突っついたとかは無いと思う。アイツの事に関しては、シノンの言うことをとりあえず聞いといた方がいいんじゃないか?」

「う……確かに。無言で語り合うくらいだし」

「だろ?」

「納得の仕方に釈然としないのだけど?」

「気のせいさ」

「ふうん。そういうことにしておくわ」

 

 あなた達が私のことをどう思っているのかはよくわかったけれど、今すべきことはそれじゃない。危険の真っただ中にユウがいるのに、私が傍に居ないわけにはいかないもの。

 

 急いで旅館を捜索して、旅館の人を助けつつ賊を追い払う。そしてユウと合流する。ササッと帰って寝る。よし。

 

 右手には旅館の壁があり、正面には六階へ上がる階段、左を向けば客室がずらりと並んでいる。

 

「さ、行くわよ」

「待ってくれシノン」

 

 探索の為に踏み出した脚を、キリトの制止で踏み留める。キリトは私よりも大きく一歩を踏み出して、だらりと下げた左手で私を阻み、右手で背中の剣を抜こうと柄を握っていた。

 

 ギルドで最も高い索敵スキルを持つキリトが、警戒の姿勢を見せている。

 

「ようやくお出ましって事?」

「みたいだな。結構な数だぞ………四十はいるな」

「一人十人もこんな場所で相手には出来ないと思うんだけど?」

「キリト君、階段を使おうよ」

「うーん……そうだな、アスナに賛成だ。俺が殿を務めるから、フィリア、シノン、アスナの順番で六階に上がってくれ。踊り場の安全が確保できたら、フィリアには俺と後退して後ろの足止めを頼む。俺が先頭に立って索敵をを続けるから、それでアインを見つけよう」

「旅館の人はどうする?」

「今は無視しよう。アインとの合流を最優先にして、助けに行くこと。アイツから色々と聞いてからだな」

「うん」

 

 話を終えると同時に、廊下の奥がきらりと光った。何の光りなのかを一瞬で察した俺は慌てて両手で一本ずつのピックを投擲、シノンの投擲用ナイフと合わせて四本をその光へ向かって投げる。キン、と金属がぶつかり合う音が数回した後に、それが地面へ落ちる音が階へ響く。

 

 床には見慣れた二本ずつのピックとナイフ、そして見慣れないナイフが六本。

 

 続いて聞こえてくるのは床板を荒々しく踏んで走り回る足音。それもだんだん大きくなってくる。

 

 視線で合図をして、三人を先に行かせて自分は剣を抜いた。しゃりん、という鞘を走る音を鳴らして、そのまま力を込めて振り下ろす。真っ先に飛び込んできた影――明らかに賊っぽい男がすっぱりと両断されて床に伏せった。

 

「………こいつらは、NPCか何かだな」

 

 流石に一撃でHPがゼロになるとは思わなかったけど。これだけ弱いプレイヤーがここまで来れるはずは無いし、斬った俺がオレンジになっていない事がその証明だ。

 

 恐らく、大多数の雑魚にまぎれて、熟練のプレイヤーがいるに違いない。

 

「みんな! 襲ってくる奴のアイコンに気を配れよ! 殆どはNPCだけど、プレイヤーが混じっているかもしれない!」

「分かった。伝えておくね」

 

 先に行ったフィリアとシノンには聞こえなかったらしい。アスナが伝言してくれるならそれでいいか。前に集中できる。

 

 今度は三人同時に襲いかかって来た。斧が二……突撃槍(ランス)が一。

 

「よっと」

 

 右脚を振りあげて、ランスの穂先を踏みつけて、そのまま足場にしてランス使いを斬りつける。後ろから顔と半身を覗かせた斧使いの胸に剣を突き刺し、柄を握る力を強めて突き刺したまま振り抜き、二人目の斧使いもろとも両断した。

 

「数が居ても、これじゃあな……」

 

 この場は楽に済ませることが出来そ―――うにもないな。うん。

 

「キリト君! 上でプレイヤーが! しかも―――」

「分かってる。ラフコフの連中だろ?」

「え、ええ……」

「気をつけろよアスナ。そこの柱の陰に、いるぜ」

「!?」

 

 見えないが、確実にそこにいる。索敵スキルだけじゃない、とても嫌な感じがしたからこそ気付くことが出来た。こんなところでこんなことをやる奴らなんて、連中ぐらいしかいない。

 

 笑う棺桶。イカレ野郎共の殺人ギルド。

 

 まいったなぁ。のんびり帰りたかったんだけど。ていうかコイツらとだけは関わりたくなかった。

 

「………よく」

 

 ガサガサと音を立てながら、柱から現れたのは、まるで人間の骸骨の面を被ったような不気味な男だった。面と言うよりは、実際に白骨化した死体の顔を貼りつけたような感じだ。口の部分と耳だけが唯一見える素肌で、首から下はボロ切れや防具で黒一色に染まっていた。そのお陰で、骸骨の目に当たる部分の赤がより不気味に見える。

 

「……よく、気付いたな」

 

 カラカラのかすれた、しかしはっきりと聞き取れる声で奴は話しかけてきた。

 

「噂どおりだ。これは、期待できる」

「俺はそこまで期待されるような奴じゃないけどな」

「それは、これから、確かめる」

 

 奴……赤目の男が腰から引き抜いたのは刺突剣(エストック)。俺の片手剣が斬撃寄りの剣、アスナの細剣が刺突寄りの剣だとするなら、この刺突剣は突きのみに特化した剣だ。

 

 つまり、刺突剣には突きしか攻撃の手段は無い。言いかえれば突きの攻撃しか来ないとはっきり分かる。また別の言い方をするのなら、それだけ自分の技量に自信があるということ。恐らくコイツの実力は、アスナと同等かそれ以上だな。

 

「アスナ。コイツは俺が引き受ける。用があるみたいだしな」

「うん。他は任せて」

「頼む」

 

 ……きっとアインとシノンなら、このくらいは何も言わなくても分かるんだろうな。なんて場違いなことを頭の中から押し出して、柄を強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「シノン。キリトは?」

「………上がって来ないわね。もしかしたら、下にもいるのかもしれないわ」

「ああ、なんかそれっぽい」

 

 キリトの指示で先に上がった私達は少々ピンチだった。見わたす限りザコNPCばかりで囲まれている。弱いということは分かっていても、大の男から武器を持って迫られると流石に不安にもなるでしょう?

 

 キリトが戻って来ない以上下に行くわけにもいかないし、私達だけで上の階に行ってしまうと確実に分断される。

 

「粘るしかないよね」

「そうね……」

 

 壁になるなんて、私達本来の役割じゃないけれど、そうも言ってられない。というかウチのギルドには壁役がそもそも居ないし。男二人は避けてナンボのステータス構成だからさ……うん。

 

 欲しいわね、壁。

 

「はぁ」

「どうしたの?」

「なんでもない」

 

 観念して短剣を抜き、構える。ナイフの出し惜しみは無しだ。フィリアもポーチに手を伸ばしている。警戒していたアスナは細剣を既に抜いていた。

 

 そして視線が……なぜか胸へ。

 

 ユウから少しくらいはフィリアの事を聞いている。一回だけ兄とも読んでいたし、ユウと同い年の私より年下であることは間違いない。

 

 にもかかわらず、服を押し上げるソレは私よりも大きい。

 

 アスナに至っては、立派すぎて見ていられない。

 

 ………。

 

 やっぱりいらないわ、壁。

 

「シノン、視線が痛いんだけど………」

「気のせいよ」

 

 この恨みは、そこいらのザコ共にでも………そう、あの短剣使いと……か…………。

 

「あいつ……!」

「どうしたの?」

「ほら、あそこ見て」

「…………あっ!?」

 

 じりじりとにじり寄ってくる連中の中には、見知った顔の男が一人いた。

 

「いよう」

 

 第二層で私とフィリアに絡んできた、あの片手剣使い。目深にかぶったフードでよく見えなかったけど、間違いない。

 

「エンブリオンの……シノンとフィリア、か。奴は居ねえのかよ。ちっ、まぁたヘッドに獲物奪われちまった」

 

 ナイフをクルクルと手の中で遊ばせている。カーソルはオレンジ、手の甲には……棺桶から覗く白骨の腕と不気味な笑み。

 

 笑う棺桶。コイツ……犯罪者ギルドのメンバーだったのね。

 

「アスナ、キリトにラフコフがいるって伝えてほしいの」

「……直ぐ戻ってくるから」

 

 一歩二歩と前を向いたまま後ずさり、下へ続く階段の手前で反転して段差を無視して飛び下りて行った。

 

「ずっとてめえらをぶっ殺してやりたかったんだぜぇ! そりゃあもう大恥かいたんだからなァ!!」

「アンタの自業自得よ」

「そのスカした態度、何時まで続くか楽しみだぁっひひ」

 

 べろりと自分の短剣を舐めてニヤつくフード男。

 

「アンタ、名前は?」

「へぇ? 気になるのかい?」

「そうね。自分が倒したレッドがどれくらいのプレイヤーだったのか、気になるじゃない?」

「クソガキが………まあいい、メイドの土産ってやつだ、教えてやるよ」

 

 懐から取り出したのは、一部分だけくりぬかれた黒い布の袋。それをフードをかぶっていながら頭にかぶると言う器用なマネをしてフードを下ろした。くりぬかれた部分から目が現れ、それ以外は全て包まれている。まるで舞台に出てくる黒子の様だ。

 

「ジョニーブラック様だ。よぉーく覚えとくんだな」


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