双槍銃士   作:トマトしるこ

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phase 23 浮遊城温泉同好会2

「《妖精》……ね。あれって噂話じゃないの?」

「なんだ知らないのかアスナ。ちゃんとあるんだぞ。俺もアインも幾つか発見してクリアしてきた。俺が愛用してるこのコートも、アインがここ十層近く使い続けてる敏捷値大幅上昇のブーツも、《妖精の試練》で手に入れたワンオフのレア装備なんだ」

「そ、そうなんだ……私はてっきりボスドロかと」

 

 温泉旅行が急遽クエストチャレンジに切り替わった旅館の一室。未だに《妖精》を疑い続けるアスナとフィリア相手に教えることにした。シノンは俺がメールしていたこともあるし、結婚によるアイテム共有で馬鹿げたステータスの装備を見て納得している。

 

「妖精はエルフみたいな、アインクラッドに暮らしている種族の一つ。プレイヤー達人間や他種族にはない力を持っていて、強力な武器やら防具やらアイテムをくれる友好的な連中だ。ただし、見つけるのは困難。そしてアイテムを貰うのはもっと困難」

「ハイレベルのプレイヤーや、技術のあるプレイヤーで無ければ手に入れることはおろか、見つけることさえできない。βの頃から発見されていた妖精達だけど、あまりの難易度の高さに、試されているみたいだって話になってさ……《妖精の試練》なんて言われるようになったんだ」

 

 これが噂される妖精について。

 

 ここからは俺達の体験や経験を元にした憶測だ。

 

「そこまでは知ってるわ」

「それじゃあ話を進めよう。見つけるのが困難って言葉通り、ただフィールドや街を歩いているだけじゃ絶対にこのクエストは発生しない。とあるクエストをクリアして、さらに条件を満たした時だけ発生したり、決められた手順どおりに進めなければ発生しなかったり………時間指定される時もあった」

「あー、二十八層だっけ? あれ、十分で移動できない距離を十分刻みで動く必要あったから大変だったよな。敏捷を伸ばしてて、結婚でこれまた敏捷を伸ばしていたシノンのステータスを持ってたアインでさえギリギリだったっけ……」

「うわぁ。………ってことは、クエストの中身は統一されていない?」

「そう。アイテム探し、人探し、討伐、探索、測定……色んな種類のクエストを受けてきた。だが、妖精が絡むってだけでクエスト内容については統一性はまるで無かったよ。フィリアの言うとおり」

「昔は人によって受けられるクエストと受けられないクエストがあるなんて推測も立ってたが、結果的に言えばあれは嘘だ。全プレイヤーが全ての《妖精の試練》を受けることが出来る。条件も一緒」

 

 妖精を追い掛けるだけのギルドも最近出来たらしく、連中は全層の《妖精の試練》発生条件とクリア法を編み出す事が目的なんだとか。ま、確かに攻略の手助けにはなるだろうな。最前線のここであっても、六層のクエスト報酬だった転移結晶は超がつくほどレアのままだし。

 

「ただし、受注は兎も角クリアは一度きり。そんでもって人によって手に入る装備品のパラメータは別々。だから手に入る武器系はワンオフなんだ」

「へぇー! ねぇ、細剣も手に入るかな?」

「だからあげたじゃないか。確か……十二層あたり」

「………あっ」

 

 自分が使わなくても、誰かが使うかもしれない。そしてそれは必ず攻略の助けになる。

 

 攻略組の中でも、《妖精》を追っている連中は多い。俺達もその内の一人だ。どんな時でも欠かさず情報は集めて、こまめにこっちの攻略も進めてきた。流石に全部は無理だが、手掛かりを見つけた時は必ず追いかけるようにしてきた。だからこそ、俺達は装備に恵まれているし、少数であっても攻略組を代表するギルドに数えられている。

 

「クエスト報酬は、クエスト内容の難易度に関連する場合が多い。難しければ難しいほど、得られるモノはウンとイイものになるのさ」

「じゃあ、もしこれがそうなら………」

「とんでもない奴が手に入るに違いないな」

 

 そこまで辿りついたことで、ようやく二人の表情が真剣なものに切り替わる。温泉を堪能するのも悪くは無いが、プレイヤーの至上の目的はゲームクリアだ。そこに絡むとなれば、気持ちが切り替わるのは当然だと言える。

 

「経験のあるキリト君とアイン君がそう言うなら、きっと間違いじゃないと思うな」

「フィリアはどうだ?」

「私も」

「おし。なら――」

「待って」

「……シノン?」

 

 ようやく温泉モードから切り替わろうというところで、シノンが制止の声をかけた。俺の右手をがっしりと強く握りしめて離そうとしない。いつもの鋭い眼からは、決して譲らないという強い意志が感じられる。

 

「探索は、温泉に入ってからにしましょう」

 

 …………さいですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 アスナとの熱い握手と抱擁を済ませた私は、二人と一緒に女湯に来ていた。

 

 澄まし顔を見せてはいたけど、私も温泉は大好きだ。アスナみたいに熱く語るほどじゃないけど、お風呂は大事だと思うし、綺麗でいるためには欠かせない要素の一つだと思う。

 

 ……何よ、私だって美容に気を配るわよ。いつまでもユウに綺麗だって言ってほしいし、女の子なんだから。

 

 銭湯や家のお風呂みたいに籠やロッカーは無い。ワンタップで手軽に着替えが出来るSAOにはそういった類の物は必要ない。金庫ぐらい、かしら。それにしてもこう言うところで風情がないわね……。

 

 防具を外して、服も解除。お気に入りの下着も全部脱いでタオルを巻いて、脱衣所から浴室……外へと脚を踏み出す。

 

「……綺麗」

 

 露天風呂は星を見上げるのが好きなんだけど、空模様がハッキリ見えるのも、これはこれで悪くないわね。

 

 看板曰く、一番のお勧めは露天風呂らしいから、私達はここを選んだ。周りを見れば立派な岩で囲まれているし、ガラスの向こうには庭園が広がっている。うん、とても贅沢。

 

 身体を洗おうと思ったけど、鏡や洗剤の類が見当たらないので諦めた。アバターに衛生なんて概念はないのだから、本当なら垢や汚れを落とす入浴というシステム自体存在する意味はない。ゲーム的に言えば余分なデータ。宿屋の安い風呂に入れるだけでも本当は贅沢だって、ユウが言ってたっけ。

 

 左脚の指先で水面を揺らして温度確認。うん、ちょうどいい。

 

「だめだよ、シノン。お風呂に入る時は身体を洗ってからなんでしょ?」

「したくても無いのよ」

 

 なにやら湯船を使う時のマナーを疑問形で語るフィリア。お風呂入ったこと無いのかしら? ……私と会う前の知り合いだってユウとフィリアから聞いたけど、シャワーばかりだったんでしょうね。ユウも最初はきょとんとしてたし。あ、鼻血でそう。

 

「私の貸してあげる!」

「……遠慮するわ」

 

 意気揚々と突入してきたアスナがストレージから次々とタオルとかシャンプー諸々を取り出して、フィリア相手に自慢し始めた。露天風呂の雰囲気や景色を堪能したかった私としては今は気にならないので丁重にお断りする。決して解毒薬入りシャンプーとグロテスクなモンスターの皮が混じった石鹸に引いたわけじゃないから。

 

「湯船に洗い流した水入れないでよ」

「分かってる」

 

 それだけ伝えて私は一足先にゆっくり身体を沈めて、肩まで浸かった。

 

 キリト曰く、流石のナーヴギアでも液体の再現だけは少々苦手らしい。多少の水たまり程度であれば何の問題もないが、滝ほどにもなると処理が大変なので周囲に比べて雑になりがちだとか。私から見ても大した違いは感じないのだけど……。

 外見はそうであっても、流石に温度ははっきりとわかる。色々な宿に泊まったことで分かったけれど、宿屋のお風呂の温度は一定。ダンジョン内の水たまりや温水の場所はそのダンジョンにあった温度があったりと、場所で液体の温度はコロコロと変わった。まぁ、万人向けに設定されていると思えば我慢できなくもないけど、正直お風呂の温度じゃない気がするのよね……。

 

 でも、ここの温泉はいい具合に熱くて気持ちがいい。家の湯船を思い出す。

 

「ふぅ……」

 

 リアルとはまた違った感覚が、首から下へ染み渡る。ちょっぴり刺すような熱さが心地よい。

 

 空を見る。ムカつくぐらい綺麗な青い天井がそこには広がっている。いい思い出も苦い思い出も一杯だ。

 私が初めてユウと出会ったのも、ユウの過去を知った日も、私が銃を握った日も、この世界に閉じ込められた日も。

 

 そう、そして同じこの空の下で、竹の壁一枚の奥には、タオル一枚でリラックスしている愛しの彼が……!

 

「シノンー?」

「何?」

「鼻血でてるよ?」

「え?」

「あと鼻の下伸びてるよ?」

「は?」

「あとね、だらしない顔してる」

「ダメよフィリア。妄想してるところ邪魔しちゃ」

「アスナ、あなた人の事言える? ねぇフィリア」

「二人共大して変わらないんだけど……」

「「………」」

 

 似た者同士ってことね。どうせアスナもキリトの裸でも想像してたんでしょ。

 

「シノン、貴方毎晩アインと抱き合ってるんでしょうが。今更赤面なんてしないでよ。釣られるじゃない」

「あら? 人に責任を押し付けるなんて、随分と可愛いわね」

「うぐ、この余裕が私との差ってわけ? って、否定しないのね。抱き合って寝てるって」

「本当のことだもの。勿論毎晩ね」

「そんなに強調したところでねぇ……」

「だったらからかわないことね。そっくりそのままダメージ返ってくるわよ」

「はいはいすみませんでしたー」

「もう、折角のお風呂が台無しだよ……」

 

 う、フィリアには悪いことをしてしまったかもしれない。どうやら温泉ははじめてみたいだし、たとえ冗談交じりでも口論が隣で起きるのはいい気分じゃないだろう。私がアスナをからかってるだけで何も面白くない。

 

「……そうね、なら―――」

 

 ゆっくりと立ち上がって、傍に於いていたバスタオルで身体を隠して湯を出る。そのままひたひたとタイルの上を歩いて竹で編まれた壁の前に立って親指で指す。にこりと自然な笑顔と共に温泉の醍醐味を一つ。

 

「―――温泉の名物と言えば、コレ。やるしかないと思わない?」

 

 何をやるのだろうかと首をかしげるフィリアと、ピクピクと口角と眉を吊り上げるアスナの表情はまぁまぁ私の予想通りで面白かった。

 

 そう、覗きである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「っあぁ~~、イイねぇ」

「だなぁ。日ごろの疲れも吹っ飛びそうだ」

「渋っちゃいたけど、悪くないな、温泉」

「毎日は遠慮したいけど」

「確かに」

 

 人二人分の距離を開けて俺とアインが肩まで浸かる。俺は熱々の湯が好みだから、正直俺的にはちょっとだけ温いんだがこれはこれで悪くないな。SAOにログインしてからはずっとシャワーしか使ってなかったからホントに久しぶりだけど………やっぱり風呂は肩までどっぷりやるのが一番だ。

 

 頭に乗せたタオルで顔を拭いてまた乗せる。風呂の中にタオルを入れないのはある種のマナーであり、街中の銭湯なんかでは最早不文律ですらあるほどの常識だ。

 が、隣のアインは何食わぬ顔で肩にタオルをかけている。体育終わりの様に。そして俺と同じようにどっぷりお湯に浸かっているのでタオルが全身浴してしまっていた。

 

 ここは公衆浴場でも何でもないし、居るのも俺だけ、もっと言えばここは仮想空間なので汚れもクソもない。俺が気にするわけでもないから言わなかったが………念のため現実に帰った時の為に言った方がいいのか?

 

「キリトが何を考えてるのか、よーく分かるぜ」

「え? マジか」

「ああ。むしろ分からない方がおかしい」

 

 ………ということは、分かっていてやっているのかコイツ!? それはそれで性質が悪いな。ここにアスナが居たらとんでもないことになっていただろう、うん。

 

「キャッキャウフフと騒いでいる女湯だろ?」

「そりゃまぁ…………って違えよ!!」

「何? お前女に興味ないのか? ホモか?」

「なんでそうなるんだよ! 極端すぎるわ! てかホモじゃねえしノーマルだし!」

「冗談冗談。アスナ一筋だもんな」

「んなっ!?」

「ははははは!! 照れてる照れてる」

 

 冗談だのよく言う奴だけど、アインが言うことは大体間違っちゃいない。まるで心の中を覗いているみたいに。なんて言うかな……核心を突いてくる。自分でも気付いていないことを、アインに言われて初めて気付いたことも多かった。

 顔の表情や視線だけで察しがつく、とは本人談。

 

「お前が本当に気にしているのはあの猿だよな?」

「それも違う! いや、確かに気になるけど考えていたのは全く別の事でどうでもいいことなんだって! むしろ気にしないように気をつけてすらいたんだよ!」

「キリト……お前、何時からツッコミ担当になったんだ?」

「お前がボケるからだろうが!」

「はっはっは。そう怒鳴るなよ相棒」

「やかましい!」

 

 ……くそ。おかしい、俺達は疲れをとって身体を癒す為に温泉を探して練り歩いたってのに、何で俺は歩いている時よりも疲れているんだろう。

 

 俺の呪いを込めた視線を涼しげに受けながら、肩まで浸かった状態で動き始めて対岸で暢気にくつろいでいる猿に近づいて行く。

 

 そう、猿。この猿、俺達が服を脱いで浴場に入ってきた時は居なかった。なのに、身体を洗って温泉に入ってくつろいでいるといつの間にか向かいの端に現れて、タオルを頭に乗せながらおふぅと息を吐いていたんだ。アインと会話している間も眺めていたけど、盆の上に乗せていた日本酒をぐいっと頂いていた。俺達よりも満喫しているというか………常連?

 

「お、おい………バグの類だったらどうするんだよ? 危なくないか?」

「んー、まぁ大丈夫だろ。いざとなったら武器を出せばいいし、無くても俺は強いから大丈夫」

「そういう問題かよ……」

 

 不用心……なわけないか。格闘技か何かやってたって言ってたし、ステータス的にもハイレベルだし。ただそれでも最強じゃない。この世界は全部レベルが全てだ。もしも、この猿が唐突に超高レベルモンスターにでも変身すれば堪ったものじゃないぞ。

 念のため、ストレージから剣を取り出してタオルと一緒にタイルの上に置いておく。

 

 アインが一足で剣の間合いに入れる程の距離まで近づくと、ようやく猿は興味を示した。お猪口をお盆に於いてこっちを交互に見てくる。

 

「うきっ」

「よう、お猿さん。酒の味はどうだい?」

「きゃきゃっ」

「へぇ。俺にも一口くれないか?」

「きいいっ!」

「残念。久しぶりに酒が飲めると思ったんだけどな」

 

 ……だめだ、突っ込みどころが多すぎて俺じゃあ追いつけない。助けてくれシノン。

 

「この温泉結構使うのか?」

「うきっ」

「それもそうか、じゃなきゃ中で酒なんて飲めないもんな。気持ちいいよなぁ」

「きゃっ」

 

 どうやって会話しているのやら。いつもの様に心でも読んでいるんだろうか……相手はただのプログラムだってのにどうやってんだろうな……。とりあえず猿は酒を持ち込むことを許可されるほどの常連だってことは分かった。

 

 ってことは……この旅館に詳しいんじゃないか? もしかしてアインの奴、最初からそれが狙いだったりして。

 

「俺達旅の人間でさ、その辺り歩いていたらこの旅館が見えたもんでお邪魔してるんだ。俺はアイン、あっちがキリト」

「きゃっきゃきゃきゃ」

「お、モンキって言うのか。よろしくな」

 

 猿の名前はモンキっと……まんまだ。モンキがうきゃとか言いながら俺の方を向いて左手を上げてきたので、とりあえず俺も左手を上げて返す。

 馴れ馴れしいと言うべきか、フレンドリーとオブラートに包むべきか。アインはモンキと肩を組んで話を続けた。

 

「さっき女将さんからこの旅館についてちょっと聞いたんだけどさ……なんか四階あたりから上には行くなって釘を刺されたんだ。そこに何かあるのかとか、ダメな理由とか知らないか?」

「むき……………」

「そう嫌な顔しないでくれよ。これも何かの縁だろ? ほら、ぐいっと一杯」

 

 とっくりをそっとお盆から持ちあげたアインが空いたお猪口に日本酒を注いでいく。むすっとしているモンキだが、注がれた酒を飲まないのは礼儀に反する。先と同様に一口で飲み干す。

 

「んー! いい飲みっぷりだ! そら」

「きゃっきゃっ」

 

 同じことを繰り返して繰り返して繰り返すこと……十分ほどだろうか。モンキはべろべろに出来あがっていた。元々赤かった顔が更に赤くなっており、マーカーペンで塗りつぶしたみたいになっている。頭もふらふらと漂っているし、お猪口を持つ手も危ういので途中からアインが支えていた。それでも呑まれているのに飲ませる当たりコイツ鬼だ。

 

「んで、教えてくれよ。俺とお前の仲じゃないか」

 

 出会ってから一時間も経っていない相手によくもまあ言えたもんだ。

 

「うきゃ」

「ん」

「きゃきゃきゃ。うっきゃきゃ。きいいかかかか」

「ほうほう」

「きゃああああああああああきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!! うきききっ!」

「………そう言うことだったのか。悪い、無理強いさせちまったな」

「きゃ!」

「ありがとう。こっからは俺達に任せときな。この―――」

 

 話はついたようで何より。組んでいた肩と腕を解いてアインがその場で立ち上がる。自然な動作でタオルを腰に巻いて盆の上に乗っていたとっくりを掴みとって一気に飲み干した。

 晩酌を好む母さん曰く「日本酒は割と度数が高いわ。ぐいっと煽っちゃったらあっという間に潰れるの。だからこうやってチビチビ飲むほうが美味しく頂けるってわけ。浴びる様に飲むのも嫌いじゃないんだけどね……」とのこと。

 

 さっきの久しぶり発言といい、美味そうに飲む姿といい、こいつ飲んだことあるな?

 

「―――うまい酒代ぐらいは働いてみせる。代金は頂いたぜ」

「うきゃ!」

 

 とっくりを返して、猿と拳を突き合わせる人間の姿は、傍から見れば非常にシュールだった。

 

 盆を湯から上げてタイルの上に置いたモンキはバシャリと派手に湯から上がり、千鳥足で盆を持ちながらふらふらと脱衣所の方へ去って行った。カタカタと載せているものが音を鳴らすが落とすことなく、片足で引き戸を開けて閉める動作はモンキの珍妙さを物語っている。

 

 ………よくわからん猿だった。

 

「で、彼は何と言っていたのかな? 調教師さん」

「女子が上がったら纏めて話す」

「ふーん………っておい!」

「んだよ」

「その傷……!」

「ああ、これ? 古傷だよ。見ての通り、痕が消えないくらい深くてデカイ傷さ」

 

 モンキが出て行った脱衣所から視線をアインへ移すと、まず目に入って来たのは体中にある傷の痕だった。

 

 斬り傷、刺し傷はなんとなくわかる。肩から脇へはしる線や、お腹にある少し縦長の線。他にも区別がつかない、どうすればこんな傷がつくのか、どうやってついたのか考えたくも無い痕が所々に見られた。腕にも、脚にも。きっと背中にもあるに違いない。

 

「勘の良いお前のことだ、付き合いもそこそこ長いし分かってんだろ? 俺はまっとうな生き方をしてきた人間じゃない」

 

 その言葉で思い出すのはまず一層のボス戦。アレだけの大きな敵はβテスター、特にビーターにとっては大した敵じゃないし、アレの見た目はマトモな部類だった。それでも死という可能性が目の前に迫っているあの状況で、コイツは怯える素振りなんて見せるどころか、あの極限のスリルを楽しんでいる風ですらあった。余裕が無かったからはっきりと見ていなかったが、確かに、笑っていたんだ。

 

 他にも思い当たる場面はある。槍を選んだくせして短剣――本人はナイフと呼ぶ――を必ず二本肌身離さず持ち歩いている。一度気分転換だと言って使ったことがあったが、あの時アインから感じたナニカは……そう、身体が竦むような嫌な感覚だった。取り扱いも玄人のモノだったことも覚えている。ぶっちゃけ短剣の方がコイツは強い。

 

 シノンとフィリアが絡まれていた時助けた時もそうだ。何の疑問も持たずに窓から飛び下りてするすると人垣を抜けたと思ったら自分と同じぐらいの相手を苦も無く放り投げた。その後の睨みが含んでいた威圧感も、ただ自分の大切な人が危機に遭っていたから、というだけでは絶対に出せない。

 

「日向で暮らせるような奴じゃないってことさ」

 

 以前とぼかした様な言い方だが、馬鹿でも分かる。

 

「そう、かよ……」

 

 それは、つまりはそういうこと。

 

 でも……。

 

「アイン」

「ん?」

「お前は、お前だろ?」

「ああ。俺は俺さ」

 

 アインはアインだ。それは変わらない。昔の色んな事があって、今がある。それに助けられた事なんて今まで数えきれないくらいあった。アインが日陰の人間だったからこそ、俺達はここまで来れたんだ。

 それに、コイツは俺の大切な親友で、仲間で、相棒だ。それだけ分かっていれば十分過ぎるぜ。

 

 互いに笑みを浮かべる。

 

「先に上がってる。上手そうなドリンクを街で仕入れていたんだ」

「俺の分、残しておいてくれよ」

「さあね」

 

 ザバンとモンキ同様に飛沫を散らしながら湯を出たアインは真っすぐ脱衣所へ消えた。

 

「はぁ……いい湯だ」

 

 ほっと息をついて身体から力を抜く。これでゆっくりと温泉を楽しめ―――

 

「………はぁ」

 

 ――ると、思ってたのになあ。

 

 《索敵》に引っかかったプレイヤーが三。場所は女湯と男湯を隔てる竹の壁と丁度被さっている。これは……ベッタリ貼りついているか、それとも………。

 

「……きゃっ」

 

 今のアスナの様に壁の上からこちらを覗いているかのどちらかだ。地面は破壊不可なので、地中に潜るという行動は却下。

 

 ……一つだけ言わせてほしい。

 

「逆じゃね?」

「知らないわよ!!」

 


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